二章 史上最強の軍団
第28話 異質な対決
※ 今回はAL編28話を読んでからの方が楽しめますが、こちらを読んでからでも印象は変わると思います。
×××
「なるほどなるほどなるほど、なるほど~」
大介は不思議なほど不機嫌になっていた。
オールスター前に行われる、ホームランダービー。
八人のスラッガーによって行われる、トーナメント方式の勝負である。
大介は去年、決勝まで圧倒的な大差で優勝を果たした。
今年も大本命であり、二連覇の期待がかかっている。
他のバッターももちろん、MLBを代表するスラッガーたちである。
だが大介に比べると、その長打力は二回りほど低い。
大介としては、他のバッターを甘く見ているつもりはなかった。
だが特に優勝を狙うという、モチベーションもなかった。
これはお祭り騒ぎであり、どうせならオールスター初出場のジュニアを、先に慣れさせてやろうと思った。
誰もが忘れているかもしれないが、大介もMLB二年目の若手である。年はベテランに近いが。
ただ、これは予想していなかった。
そもそも同じチームの選手が出るのだから、バッピも同じチームのピッチャーがやってもおかしくはない。
高校時代は自分が、変化球打ちの練習に使っていた。
当時に比べると、球速などはずっと速くなっている。
直史の変化球で対応力を磨いたからこそ、基本的にはストレートを待って、そこから変化球へのスイングに移行することが出来たのだ。
その直史が、バッピとして、ホームランを打たせることに専念する。
するとこうなる。
アナハイムのターナーは、確かに今年から目立ってきたバッターだが、これは半分以上直史の力だ。
単純に打ちやすい球を投げるのではなく、バッターのリズムまで含めて、打ちやすい間隔で投げている。
バッターの理想のスイングを、引き出すようなボールだ。
あれで練習すれば、それは技術も向上するだろう。
直史は投げ込みをする際も、バッターを立たせるのか。
少なくともフリーバッティングで、しっかりとバッターには投げるらしい。
MLBだと練習でさえ、投球制限がやかましい。
だが直史ぐらいに実績を残していると、かなりの無茶も通るのかもしれない。
ターナーは一回戦を突破した。
当たるとしたら、決勝での対決となる。
(今シーズン、佐藤直史からホームランを打ったのは、フリーバッティングでバッティングピッチャーをしてもらった、アナハイムの選手だけであったのだ)
そんなことを胸でごちながら、オープン戦では打たれてなかったかな、といまいち思い出せない大介である。
NPB時代はほんのわずかだが、WBCやオールスターで、バッピをしてもらう機会もあった。
だがMLBに来てからは、あの自主トレで少し打っただけだ。
明らかにあの時点では、球威ではない部分に注意して投げていた。
それでもホームランを、絶対に打てるようなボールなど投げなかったが。
大介がターナーに感じているそれは、敵愾心ではない。
戦意でもなければ、対抗心でもない。
嫉妬だ。
そしてそれを大介と組んでいるジュニアは、敏感に感じ取ってしまっている。
そしてそれを、大介は気付かない。
大介の目に本当に映っているのは、直史だけである。
複雑な気持ちの大介であるが、二回戦もその打棒は鈍らない。
だがわずかにホームランの数は減った。
大介はまともな人間であるので、悲しいときは悲しいし、あるいはパフォーマンスが落ちる。
そのあたりは大介の、普通なら弱点とも言えない、人間として当たり前のことである。
もしもツインズが共に来ていたならば、大介の異常に気がついて、手を打つことが出来ただろう。
だが二人はこのホームランダービーには興味を持っていない。
明日のオールスターには間に合うように、飛行機のチケットは取ってあるが。
宿泊するのは大介のホテルで問題ない。なにしろデラックススイートだ。
二人にとっては大介が、ホームランダービーで優勝するのは、既に確定事項だ。
そもそも何をどう考えても、大介の対抗馬がいないのだ。
それこそ突発的に、怪我でもしない限りは。
そして怪我などをしたら、それはもう自分たちでもどうにも出来ないことだ。
こんな考えをするツインズは、やはり直史の妹であると言った方がいいだろうか。
直史が冷静、武史が無神経、ツインズは冷酷と言うように、プレッシャーには鬼のように強い四兄妹。
大介のメンタルは常人よりもはるかに強靭なのだが、他人への共感性は佐藤家の人間よりも高い。
だから人気者にはなれるのだが、同時にそれが弱点にもなりうる。
もっともそこを上手く攻めることが出来る人間は、そうそういないだろう。
なにしろ大介の性格の、正確な理解が求められるからだ。
決勝で待つ大介は、対戦相手のスイングを見ている。
一回戦を見ていれば、分かることだ。
ターナーが勝ちあがってくる。
(そりゃあまあ、ナオの球なら打てるだろうな)
ジュニアもしっかりと投げてきてくれるが、直史ほどに正確なタイミングを刻んでは投げてこない。
わずかな違いにより、スタンドまで運べなかったボールはあったのだ。
高校時代の直史のバッティングピッチャー。
要求したところへ、ボール半分も違わない、まさにどんぴしゃのところへ投げてくる。
そしてそこから、少しずつコースをずらしていく。
そんな芸当が出来るのは、プロまで見ても直史ぐらいであった。
ただしそんな直史を相棒にしても、ターナーが大介に勝つことは難しい。
ターナーのホームランはフライ性のものだ。
滞空時間が長く、そしてこのスタジアムでは、右打者のターナーのレフトに打つ打球は、ある程度風の影響を受ける。
右中間も深いが、それでも大介の打球は、そのままレーザービームでスタンドに落下する。
ボールにはくれぐれも気をつけてください、というものだ。
大介が気にしているのは、明日のオールスターのことだ。
ア・リーグの先発は直史で、大介はナ・リーグの一番バッターなので、直史との対戦が一打席ある。
そこで今現在の、直史の調子を確認したい。
七月に入ってからの直史は、95球マダックス完封と、103球完封を記録している。
別に驚くような数字ではない。
直史はNPBのプロ一年目、レギュラーシーズンで13回のマダックスを記録していた。
ポストシーズンでも三度達成している。
去年は海を渡ったので、あまり注目する暇もなかった大介だが、各種記録ぐらいは数えている。
二年目の直史は、レギュラーシーズンで四回のパーフェクトと二回のノーヒットノーラン。
そして17回のマダックスを達成している。
妖怪パーフェクトと呼ぶべきか、妖怪マダックスと呼ぶべきか。
とにかく人間の領域を超えている。
単純なパワーやスピードなら、まだ分からないでもないわけではないのだ。
だがこちらでいうMAXが94マイルのピッチャーが、NPBと変わらないか、あるいはそれ以上の成績を残している。
つまり直史のピッチングの成績は、相手の打力にはあまり関係がない。
そんなはずがないと言う者は多いかもしれないが、実際の数を見てみる。
前半戦が終わったところで、直史はパーフェクトを二回、ノーヒットノーランを二回、ノーヒッターを一回、マダックスを九回達成している。
NPBとは試合数が違うと言うかもしれないが、そういうレベルで言及すべきなのか。
そもそもNPBと違い、MLBは登板間隔が短い。
なのに直史は、普通に制限の球数内で、完封を繰り返しているのだ。
冷静に見てみれば、NPB時代よりもMLB時代の方が、直史の成績はむしろ良くなっているのだ。
MLBの方が本当に、リーグとしてのレベルは高いと言えるのか?
それは他の多くの日本人選手の成績を比較すれば、確かにNPB時代の方が、成績は良かったといえる。
だが大介は別だし、他にもわずかだが、MLBに来てから本領を発揮したような選手もいる。
多分単純に、慣れではないのか、と大介は思っている。
もっともそうだとすると、大介自身の成績に、説明のつかないところがあるのだが。
おそらく野球の、もっと本質的な部分で、直史と大介、そして上杉あたりは隔絶している。
その中でも特に直史は、アメリカの野球との相性がいいのだ。
単純なパワーとスピードではない、技術と駆け引きの世界。
あと組んでいる坂本も、相手の心理を洞察するという点では、樋口よりもこちらでの相性はいいのかもしれない。
そんなことを考えていたので、直史がわざわざやってきたのは意外ではあった。
「よう」
「おう」
ホームランダービーもオールスターも、しょせんはお祭り騒ぎ。
直史は高校時代からも、練習試合などでは公式戦ほど、緻密なピッチングはしなかった。
公式戦で通用する組み立てのために、練習試合ではまさに試すのだ。
そしてそこから、公式戦で通用するコンビネーションを組み立てる。
理論的に考えるという点では、ジンは高校野球の時点では、理想的な相棒だったろう。
ただその理詰めで考えるのを、読まれてしまったこともあったが。
「調子は良さそうだな」
「まあな。でも去年の記録は抜けないな」
直史は気楽そうに問いかけてきて、大介も気楽に返答する。
ホームランダービーの優勝の賞金は、それなりにおいしい。
だが大介の大型契約の前には、それほどの大金とも言えない。
また優勝したとしても、ホームランダービーの記録は、わりとしょっちゅうルールが変更するため、優勝さえすれば記録にはこだわらない。
大介にとって勝負ではないホームラン競争などは、その程度の存在なのだ。
ただ、直史にとってはそうではなかったらしい。
「いや、去年より上を目指すべきだ」
わざわざ英語で、ジュニアにも分かるように。
「大介以外のバッターには、それは不可能だろう。君も頑張って協力するんだ」
言葉の後半部分は、完全にジュニアに向けてのものだ。
直史は記録を気にする人間ではない。
彼にとって重要なのは、あくまでも試合に勝利することだ。それは大介が一番よく分かっている。
ただし、直史は大介から、逃れたことはない。
なんだありゃとは思いつつも、お祭り騒ぎだからこそ、記録に挑戦してもいいだろう、ということなのだろうか。
「まあ、それもそうかな」
どうせお祭り騒ぎなのだから、全力で楽しまなければ損だ。
そのためには記録を狙っていくのも、悪くはないだろう。
決勝のホームランは、二回戦までのホームラン数とは別に数えられる。
だからどれだけを打つか、純粋に勝負することが出来る。
ホームランを打つマシーン。大介が最初にそう言われたのは高校二年の夏であった。
春のセンバツでも合計五本を、たったの二試合で打っていたのだが、夏の桜島との対決がひどかった。
敵も味方も、とにかく打ちに打った。
あの試合のホームランに関する記録は、いまだに破られはいない。
大介にとってホームランというのは、どういうものなのか。
一般的にホームランは、野球の華と言われる。
それを否定するわけではないが、大介は何度も言っている。
一人で一点が取れて、そして野手が捕ることの出来ないものであると。
つまりアウトから最も遠いため、積極的に狙っていくべきなのだ。
難しいコースの球は、さすがにスイングスピードをつけることが出来ず、内野の頭を越えたあたりに、ぽとんと落とすことがある。
だがゾーンの中の打てる球は、基本的にホームランを狙っていく。
ホームランの打ちそこないがヒットになることはあっても、ヒット狙いの打球がホームランになることはほとんどない。
ヒットでいいと思ったら、上手くバットの芯を食って、スタンドまで飛んでいくことはあるが。
あまり大介には覚えがないが、手塚などはそんなことを言っていた気がする。
ホームランに限らず、大介は記録を塗り替えることを、狙っているわけではない。
ただいつも、最善のプレイを心がけるだけなのだ。
それが高打率であり、高出塁率であり、ホームランと打点の数となる。
しかし迷うとことはある。ボール球を打っていって、野手の正面に打球を飛ばしてしまうことがある時だ。
打てると思うから、打ちにいくのだ。
だがボール球のみならず、予想を完全に外されたボールだと、ミスショットはどうしてもある。
単純に出塁するなら、もっと出塁数を上げることは出来る。
だがランナーがいる場面なら、大介に求められるのは、打点かホームランだと思うのだ。
大介のホームランは、ソロホームランが圧倒的に多い。
次がツーランで、今年はスリーランは一本しか打っていない。
満塁の場面では、回ってきたことがない。
おそらくその場面で回ってきても、たとえ勝ち越しの場面であっても、まともには勝負されないような気がするが。
打順の関係もあって、大介の前にランナーが満塁という場面は、なかなかないのだ。
カーペンターがボールを選んで、一塁にいることは多いが。
その場面からは、カーペンターが盗塁を試みることはまずない。
一塁を空けてしまったら、大介はほぼ間違いなく敬遠されるからだ。
普通に打っていけば、普通に優勝できる。
大介にとってホームランダービーというのは、その程度のものだ。
バッティング練習というのは微妙なもので、あまり難しい球ばかりを打っていると、ど真ん中を打つのが難しくなってくる。
もっともこれは、大介だけかもしれないが。
満遍なく、色々なコースや球種を打っていく。
その中でしっくりこないものがあれば、それだけを重点的に打って調整していく。
このホームランダービーは、そういった配慮がいっさいいらない。
打ちやすい球を、ピッチャーがわざわざ投げてくれる。
それに合わせてスイングすれば、ボールはスタンドまで飛んでいく。
ただ大介の場合、スイングのアッパーカット成分は少ない。
なのでミートをしっかりしないと、ライナー性の打球がフェンス直撃にまでしか上がらないことはある。
大介がジュニアに頼んでいるのは、155km/h前後、マイル換算なら96マイル程度のボールを、真ん中付近に集めてくれることだ。
高めよりはやや低めの方が、むしろバットで打球の角度はつけやすい。
スタジアムの深いライト方向は、フェンスも左翼よりやや高い。
なので本来ライナー性の打球を放つ大介には、不利な条件なのだが。
メトロズのホームのシティ・スタジアムに比べると、わずかにホームランは打ちにくい。
だがそれでも上手く打球にバックスピンをかけて、スタンドまでは持っていくのだ。
大介の打球は、ファーストが捕れると思ってジャンプした上を、そのまま打球は失速せずに、スタンドまで運ばれてしまった、という伝説がある。
伝説ではなくて、実際に映像にも残っているのだが。
これはあくまでも他の打球と比較するからであって、大介がいくらバックスピンをかけても、ボールがホップすることはありえない、と言われている。
ピッチャーの投げるボールが、ホップするように見えるのと同じ理屈だ。
そんな大介であるから、気付かなかった。
ピッチャーであるジュニアからしたら、決勝の相手であるターナーがここまで勝ち進めたのは、もちろん自身の実力もあるが、直史がバッピをしていたからだ。
当たるとしたらワールドシリーズ、それにピッチャーであるジュニアが調べるべきは、ピッチャーではなくバッター。
だがここまで大記録を生み出し続けているピッチャーに、注目しないわけにはいかない。
ストレートの最速が、95マイルも出ないピッチャー。
いくら変化球が良くても、それでは打たれるとジュニアなどは思うのだ。
だが実際には、どんなバッターをも圧倒している。
おそらく、いや確実に、将来は殿堂入りするであろうピッチャー。
日本でやっていたとはいえ、MLB一年目のピッチャーが、ここまで活躍するのは驚異的だ。
典型的なグラウンドボールピッチャーだと思える。
だが実際はそうとも言えない。
奪三振率を計算すれば、なんと10.5を超えている。
これは先発ピッチャーとしては、極めて高いレベルだ。
もちろんクローザーの中には、これを上回る者もいる。
しかしまともにフォアボールを出さずに、この奪三振率を誇っているのだ。
はっきり言ってジュニアには、意味が分からない。
東洋の魔術で、バッターの狙い球を読んでいるのではないか。
あるいは忍者の末裔であれば、そういったことも可能ではないのか。
アメリカ人は日本人がすごいことをすると、だいたい忍者にしてしまう。
ジュニアもまたそこは同じである。
つまり直史は、大介が思う以上に、MLBのピッチャーには意識されていたのだ。
MLBはDHがあるため、ピッチャーが打席に立つ機会は滅多にない。
一応なくはないのは、DHに代走を送った後、代打を使い果たしてしまった場合など、もしくはピッチャーの方が打撃に期待出来る場合などだ。
ただそれでも、DHいらずと言われた上杉も、NPBでは打率が三割を超えたのは最初のルーキーイヤーだけで、ピッチャーがバッティングまでやることの難しさを示している。
こんなわけでピッチャーが、ピッチャーの研究をするのは、あまりないという意識が大介にはあった。
しかし優れたピッチャーが、その要素を自分に取り入れるため、他のピッチャーを研究するのは、普通にあることなのだ。
ジュニアは直史と、初めて対峙した。
特に威圧感もない、6フィートもないほどの、細いピッチャーだった。
それなのにやっていることは、まさに奇跡。
恐ろしいと見えないからこそ、逆に恐ろしい。
大介が揺るがないなら、他を揺るがせばいい。
直史の作戦は、確かに成功していたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます