第20話 個人の勝敗 チームの勝敗
※ 本日もAL編20話が先の話になります。かなりあちらのネタバレがあります。
×××
野球というスポーツは団体競技の中では、かなり個人対個人の要素が強く残っているものだと言える。
ただそうであっても、ピッチャーとバッターの勝負というのは、どちらが勝ったかの判断を下すことが難しい。
単純に打率であれば、四度に一度打てばピッチャーの勝ちで、三度に一度であればバッターの勝ち。
だがその四度に一度で、決勝点が入ったら。あるいはホームランとなったら。
また全ての打席でヒットを打ったとして、点には結びつかずにチームも勝てなかったら。
だから野球は個人競技の要素が強いが、やはりチームスポーツであることは間違いないのである。
その中でバッティングの能力というのは、分かりやすいが実は決定的なものではない。
打者にとって必要なのは、得点を取るか、出塁するか、ホームを踏むか。
代走という手段を考えれば、打力か出塁率。
しかし結局は総合的にどれも出来なければ、安定して試合の勝利に貢献することは出来ないと思う。
トローリーズとの初戦、大介は三打数一安打ながらも、二打点で活躍。
チームも見事に勝利した。
しかし本多の投げた二試合目は、四打数一安打。
これも打点はついたが、試合はトローリーズが勝利した。
直史との投げあいには敗北したものの、メトロズを相手に二連勝。
これはたいしたものだと、また日本人選手の評価が上がっていく。
そしてなぜか大介は、少し息切れしたかのように扱われる。
五月も打率は四割を維持し、出塁率も六割を上回ったのだが。
勝負を避けられることが多く、そのため打率は維持していても、長打率は下がっていく。
ホームランの数があまり伸びていかないのだ。
それでもこの月も、11本のホームラン。
29試合で11本のホームランはすごいはずなのだが、先月は22試合で13本を打っていたので、相対的には息切れしたように見えるらしい。
比較の対象が狂っていることはもちろんのことで、まともなスポーツマスコミは、大介が不調などとは言わない。
アメリカンジョークでは言われたりすることもあるが。
三戦目もメトロズが勝利し、これで今季のトローリーズとの対戦は終了。
こんな五月の段階で終わってしまうあたり、対戦のバランスは悪いと思う。
移動などの負荷を出来るだけ軽減するため、こういった集中した日程にはなったりするのだ。
このままメトロズが次にフランチャイズで対決するのは、ア・リーグのシカゴ・ブラックソックス。
どちらのリーグも去年は東地区と西地区のチームが強かったが、今年もその傾向はある。
なんだかんだと去年はア・リーグで地区優勝を果たしたブラックソックスは、今年も成績を維持している。
既にア・リーグ試合ではアナハイムと対戦しているが、その時は二勝二敗であった。
この三連戦のカードの二戦目が終わったところで、五月の試合日程は終了。
おそらくまた大介は、プレイヤー・オブ・ザ・マンスに選ばれることになる。
ただ歩かされる数が、圧倒的に増えてきているのは気になる。
ブラックソックス戦を前に、既に四球の数は80となった。
49試合で80なのだから、単純計算だと年間に250個ほどの四球で歩くことになる。
去年の大介のフォアボール出塁は申告敬遠も合わせて206個。
もっとも欠場した試合がそれなりに多いが。
昨年は多くの記録を更新し、二度と達成不可能と思われた記録を達成した大介である。
長打率とOPSはシーズン最高を記録した。
その中で更新出来ていないのが、四球による出塁。そして出塁率。
あらゆるシーズンの打撃記録を更新する勢いであるが、今年もまた一気に複数の記録を更新するのか。
単純にコンピューターで計算するならば、大介の得点力を下げるには、どんな場面でも敬遠が正しい。
満塁で、歩かせたら一点が入る場面でもだ。
ただそれを本当にやってしまうと、野球というスポーツが崩壊するし、MLBというリーグの価値が消滅する。
そして確率的な計算ではなく、一戦ごとの偏りを見れば、大介と勝負して勝てる試合もあるのだ。
野球というのは戦力差があっても、それなりに勝てるスポーツだ。
そして同じMLBというリーグの中では、そこまでの極端な戦力差はない。
なのでそれなりに試合が成立するし、どちらが勝つか分からない、という勝負の醍醐味を見ることが出来る。
しかし競技と思えば、観衆が楽しむ点は、もう一つある。
圧倒的な力による、相手チームの蹂躙である。
これは今のメトロズには、よく分かることだろう。
打撃力による殴り合いで、試合に勝利することは見ていて面白い。
大介のバッティングがその一例となる。
ただこれが西海岸に行くと、何が何でも絶対に点を取られない、直史のプレイによる虐殺が代表例となる。
ブラックソックスとの試合が二試合終わり、明日の第三戦からは六月に入る。
大介の二ヶ月の数字が明らかになったが、四月に比べれば相対的に悪化していた。
いや、絶対値が低くなったと言うべきだろう。
100点に比べて99点は低いが、高得点であることは間違いない。
そして他の誰も、大介ほどの成績は修めていない。
五月の成績は以下の通り。
打率0.408 出塁率0.601 OPS1.537
ホームラン11本41打点。
ペースが落ちたのでホームランは更新できないのではないか。
確かに51試合消化で24本と、ペースは落ちてきている。
落ちるというよりは、わずかだが平凡化していると言った方がいいか。
四月の分の成績が高かったため、まだまだ通算ではとんでもない数字になっている。
打率が0.432となっている。
去年の大介の打率は、歴代で14位。
なおMLB史上最高の打率は19世紀に遡るもので、0.440となっている。
奇跡の四割打者と言われる大介であるが、これを更新することは出来ない。
野球の常識が変わっているし、相対的に見てもピッチャーの質が上昇しているからだ。
甲子園の一人のエースのように、かつてはMLBも、チームのエース一人が、そのチームを背負っていた時代があった。
だがパワーや技術が高く求められていくと、一人の人間がそんなにも投げるのは現実的ではない。
分業体制のおかげで、むしろピッチャーのレベルは上がっている。
ただしバッターも遠くへ飛ばす技術は上がり、両者がそれぞれ、過去の記録を塗り替えることが、どんどんと難しくなっている。
おそらく今が、大介が、野球という世界のバッティングの最後の到達点。
しかしそれと同時代に、それを抑えるピッチャーもいる。
時は少し遡り、五月の最後のローテで、直史がまたも、頭のおかしなことをやった。
大介のやってることも、たいがいおかしなことではあるのだが、人間は自分のことは良くわからないものである。
それに大介が打つことは、もう当たり前のことになりつつある。
直史がやったのは、ノーヒットノーラン。
パーフェクトも含めて、シーズンに三度目のノーヒットノーランというのは、MLBの歴史を紐解いてもなかったことだ。
しかも九回のツーアウトまではパーフェクト。
味方のエラーによって、パーフェクトを逃してノーヒットノーラン。
大介もその日は試合があったのだが、時差の関係で先に終わっていた。
なのでその終盤は、リアルタイムで見ていた。
「うわあ」
思わず漏れた声は、エラーをしたサードに対するものであった。
ピッチャーフライは本来、他の内野に任せてピッチャーは避ける。
だがあの小フライはさすがに、直史の守備範囲だったろう。
突進してきたサードとは、接触まであったようだ。
そしてキャッチしきれず、ランナーが出ることになった。
「駄目だね」
「死ねばいいのに」
ツインズの罵倒の声は、もちろんエラーをしたサードに向けられたもの、
だが大介だって人間で、ここまで致命的な場面ではないが、エラーはしたことがあるのだ。
テレビカメラはエラーをしたサードの顔を、これでもかとアップにする。ひどい。
経験者であれば、これは分かるものだろう。
直史は表情一つ変えず、それを慰めているらしい。
まあ直史は、エラーでパーフェクトが出来ないことに、充分に慣れている。
ターナーはアナハイムのクリーンナップを務める、強力なバッターだ。
だがメジャーリーガーとしての経験は、まだまだ未熟な24歳。
パーフェクトのかかった試合で、周囲の声が聞こえなくなることは分かる。
(気の毒だけどなあ)
歴史的瞬間を待っていただけあって、フランチャイズであるのにブーイングが聞こえてくる。
立ち上がったターナーに、肩を叩きながら直史が声をかけているが、さすがにその声までは拾えない。
だが怒っている様子は全く見られなかった。
直史はどうせ、パーフェクトの達成は何度も経験している。
別にここで一度ぐらいそれがなくなっても、別に構わないと考えているのだろう。
ただ前回のノーヒットノーランも、確かエラーが一つだけであったはずだ。
九回のツーアウトからエラー。
大介としてはどうしても、野手の立場から考えてしまう。
実際にここでサードは交代し、控えが出てきた。
まだノーヒットノーランは残っているのだ。
ここからエラーが続いて失点するとか、冗談のような展開はあるだろうか。
野球は九回のツーアウトから、という格言もあるのだ。
だがそれは、直史には当てはまらない。
そもそも九回のツーアウトから、どれだけのおかしな展開があったものか。
わずかにサードと接触もしたようだ。
しかし直史は全く顔色を変えず、そのまま投げ続ける。
普通のピッチャーならと言うか、相当にメンタルの強いピッチャーでも、こんなことでパーフェクトを逃したら、緊張の糸が切れてもおかしくはない。
だが幸いと言うべきか、直史はパーフェクトを達成することになれているし、味方のエラーで達成できないことにも慣れている。
いや、そんなものを慣れるなよ、とは周囲は言うのだが。
一番バッターに戻って、そこからピッチャーゴロでファーストアウト。
今季三度目のノーヒッター。
まだ五月であるというのに、既に三度目。
ただ球数が109球と、ほんのわずかに多かったのが、直史にしては不安であった。
ヒューストンは去年のワールドシリーズで戦った相手であり、メトロズは4勝2敗でワールドチャンピオンとなった。
大介としては相手のエースを打つことに注意がいっていたが、バッターもそれなりの選手がそろっていたのだ。
殴り合いの勝負で、メトロズは勝利した。
しかしこの試合でヒューストンは、一方的に殴られ続けた。
有効打は一つもなく、相手のスリップダウンが一度あった程度。
試合後の顔を見ても、厳しいものが見てとれる。
大介の両脇では、ツインズがぶうぶうと言っていた。
なんだかんだ言いながら、この二人はお兄ちゃんっ子なのだ。武史は除く。
しかしここでエラーした選手の下手な擁護など、大介はしない。
他のチームのことでもあるし、これでターナーの調子が落ちれば、それは何か言ってやりたいとは思う。
だが別に試合に負けたわけではない。
あの高校一年生の夏、ボロボロに泣いていたジンを憶えていれば、レギュラーシーズンの試合の一つぐらいどうでもいいだろう。
それがプロの割り切り方だ。
それに直史はこれで、前人未到の一シーズンで三度目のノーヒットノーランに達したのだ。
しかもそのうちの一回はパーフェクトで。
ここ三試合はマダックスを続けていた。
それが今日は少し球数を増やしてでも、ヒットになりにくい配球にしたのだろうか。
(あんまり変わらなかった気がするなあ)
ただ最終的な数字を見れば、やや奪三振が多かった。
試合後のインタビューでも、別に直史は不機嫌なところを見せなかった。
いつも通りの無表情である。
だが質問の中に、わずかに笑みを浮かべる場面もあった。
(無理に笑ってるな)
「無理に笑ってる~」
「配慮してるね~」
分かる人間には分かってしまう。悪魔のような微笑だ。
とにかくこの試合の結果で注目するべきは、ノーヒットノーランが三度目になったということだ。
パーフェクトの記録であれば、直史は既に日本で、プロのレギュラーシーズンに限っても、六回達成している。
だから本当に、今更なのだろう。
ただ大介としては、ホームランをいくら打っても、ノーノーやパーフェクトの感覚は、いまいち理解が及ばないが。
そのあたりがエースと、打つほうが好きな人間の差なのであろう。
最後にパーフェクトを逃したことについて、意地の悪い質問が飛んだ。
いくらポーカーフェイスの直史でも、ここは何か感情を出すと思っていたのかもしれない。
だが直史は声音を変えることはなく言った。
日本語であったので、三人にはよく分かった。
「長いシーズンの中では、味方がエラーすることもある。そして打たれたボールをファインプレイでアウトにしてもらうこともある。今日の一つのプレイで、アナハイムの大切なスラッガーをどうこう言えない」
本当にそう思っているのかと、多くの人間は思っただろう。
だが大介やツインズには、これが本気で言っているのだと分かる。
「野球はチームスポーツだから。それよりも今日は球数が増えてしまったことが反省点だ」
なんだか勝手に、自分で反省まで始めていらっしゃるではないか。
その後も色々とインタビューは、意地の悪い質問が飛んだ。
だが直史は、全く表情を変えない。
むしろ暗黒微笑とでも言うべき、うっすらとした笑みを浮かべる。
「シーズン中の一つのエラーをうんぬんするより、シーズン三度目のノーヒッターを記録したことを、どうして祝福してくれないのかな」
皮肉な調子で返して、相手の反応を見守る余裕すらあった。
これは上がってくるな、と大介は感じている。
まだまだ先は長く、突発的な事故が起こるかもしれない。
そういう不慮の事態を想像するが、それでもワールドシリーズまで、アナハイムが上がってくると想像できる。
あとは挑発した大介の方が、メトロズを率いてワールドシリーズに進めるかどうか。
一選手としてはあれだが、なんとかGMに話がつけられないものだろうか。
去年に比べても、まだ話題にするには早い時期であるが。
五月の終盤、やや大介の打棒が鈍ったのは、この試合を観戦したからでもあった。
倒すべき敵が、明確な形でそこにある。
そしてやはり大介も思うのだ。
野球はチームスポーツだと。
レギュラーシーズンはまだ二ヶ月が過ぎたばかり。
それなのに直史は、本当に色々とおかしい。
今更ながらも感じて、それでも対戦を楽しみにする大介であった。
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