第19話 打てる球を打て

 打てる球を打て。

 ボール球を打って凡退する大介に、よくかけられる言葉である。

 そんなことではどんどんと打点やホームランが少なくなると、おそらく数字だけを見ている人間や、バッティングシーンだけを見ている人間には分からない。

 試合の中では大介が打たなければ、勝てない試合というシーンがある。

 そういう場合に申告敬遠をしてくれたなら、まだ潔いというものだ。

 

 同地区ワシントンとの三連戦。

 三打数一安打であるが、大介としてはさほどの打撃とも言えない。

 だがその一安打で一点を取って、一点差でメトロズは勝利した。

 他の凡退した打席も含めて、歩いていては負けていたと、後から見れば分かる。


 大介にはある程度の勝負勘はあるが、あくまでもそれは直感的なもの。

 もっともその直感というのは、案外頭の中の無意識の計算によるものなのだが。

 四打席で二出塁なので、これまで六割を超えていた大介の出塁率は下がる。

 もっとも五割あれば異常なのが出塁率なので、これを見て大介の調子が悪いとは言えない。

 ただこれで、五試合も連続で、ホームランの快音が聞こえない。

 本人はともかく、周囲はどうしても気にするものだ。


「出塁はともかくホームランは、打てるボールが一個もなかったからなあ」

 東地区ではワシントンもフィラデルフィアも、調子が上がってきていない。

 現時点で既に、この地区はメトロズがアトランタが優勝するだろうという予想が出ている。

 あるいは六月に入ったあたりから、早くもトレードが活性化するかもしれない。

 ただ投手力が弱いままの方が、点の取り合いとなって面白い。

 直史のような極端な場合を除いては、あらゆる競技はハイスコアで推移する方が面白いのだ。


 それに二戦目は、普通に大介のバットが火を吹いた。

 フォアボールで歩かされる間に、それでもチャンスを逃さない。

 ソロホームランであったが、第20号ホームラン。

 39試合目での達成であった。




 ゲームバランスを崩すほどの圧倒的なプレイヤーというのは、確かに色々な競技で存在する。

 だが野球に関しては、その貢献度は高くなりにくい。

 単純に打順が回ってくるのは九人の中の一人であり、守備においてもその守備範囲は限られている。

 フィールド全てを動き回るスポーツなら、話は違うだろう。

 だが野球というのはポジションの仕事は、かなり限られているのだ。


 もっともだからこそと言うべきか、大介のように走ることまで含めて、全てに優れた野手の価値は高い。

 ただ大介が直史に勝てない、と思う理由は、やはりそのポジションが関係する。

 ピッチャーというポジション、特に先発というポジションの特殊性。

 その差があるからこそ、大介はレギュラーシーズンでは、直史を上回ることが出来る。


 第三戦も大介は、ヒットとホームランを打った。

 一試合に一度以上はフォアボールで出塁するという記録は、40試合を消化してもいまだに続いている。

 メトロズとの対戦のローテを任されるというのは、ピッチャーにとっては地獄だろう。

 だがそれでもメトロズが、常に勝っているわけではない。


 野球はより多くの点を取った方が勝つスポーツ。

 逆にいればどれだけ点を取っても、それ以上に点を取られれば、負けてしまうということである。

 メトロズは守備力もかなり高いのだが、フライボールを打たせるピッチャーがそれなりに多い。

 ゴロであれば大介が、自分の守備範囲をしっかり捕ってしまうのだが。


 ワシントンとのカードが終われば、次はまたホームで、今季初のミルウォーキーとの対戦である。

 ナ・リーグ中地区は今年、かなりの混戦が予想されている。

 現時点ではミルウォーキーが首位にいるが、ほとんどゲーム差はない。

 まさにトレードデッドライン直前まで、どう動くのかは分からない。

 コンテンダーとしてポストシーズンを狙うのか、あるいはまだ今年は育成に絞るのか。

 メトロズとの試合次第で、方針は変わるかもしれない。




 メトロズは相変わらずまだ、無失点で勝利した試合がない。

 ロースコアゲームに弱い可能性がある。

 序盤から強力な打線で、一気に差をつけてしまう。

 なのでピッチャーにも、微妙に緊張感がないのかもしれない。


 負ける試合は負ける試合で、普通に二桁近くの点を取られたりもする。

 だが今季最少得点の試合も三点は取っている。

 つまり二点以内に投手陣が抑えれば、試合に負けることがない。

 もっともピッチャーの強力なチームと対戦しても、だいたいはリリーフが点を取られるので、絵に描いた餅だ。

 直史だけは例外であるが。


 いつになったら投手陣を、特にリリーフを補強するのか。

 先発ではスタントンとジュニアに、まだ負けがついていない。

 野球の勝敗というのは、ピッチャーには完全に運だというのが、今のMLBの考え方である。

 味方の援護にもよるし、飛んだ打球の方向にもよる。

 なので奪三振、フォアボール、ホームラン以外は運だとも言われている。


 それでも大介が気になるのは、完封した試合がないことだ。

 完投完封とまではいかないが、完封リレーを出来ていない。

 ピッチャーのレベルが低いのか、それとも継投のタイミングが悪いのか。

 直史は一人でやっているが、本当にあの性能はおかしい。


 ミルウォーキーは覇者であるメトロズに、ピッチャーの強いところを当ててきた。

 おそらく今のメトロズの戦力を実感して、ポストシーズンで勝てるかどうかを考えるのだろう。

 大介としてはそのあたりの意図はどうでもいい。

 問題は勝負してくれるか、してくれないかだ。


 第一戦は、見事にしてくれなかった。

 フォアボール三つのうち二度が申告敬遠で、なんとか打って打った二打数もボール球。

 ただこれで大介は、久しぶりの打点なしだ。

 塁に出たら盗塁をするも、得点は伸び悩む。

 結局は4-5で第一戦は試合も落としてしまった。


 


 ここからメトロズは、先発の弱いローテに入る。

 ポストシーズンのことを考えると、ローテのピッチャーは勝つべきときに勝つ者を三人集めれば、残り二人は数あわせでいいとさえ言える。

 だが実際は故障なども考えて、余剰戦力を意識しないといけない。


 ミルウォーキーが先制した試合で大介は、久しぶりにまともに勝負された。

 そして打ったわけだが、打球が野手の正面に飛ぶのは普通のことだ。

 今季五回目の三振もして、点の取り合いの中であまり大介に回ってこない。

 あるいは珍しくも凡退が続く。

 ただそこから、やはり打ってくるのが大介である。


 ランナーが二人いる状態。これまでは主に敬遠された。

 だが点の取り合いで足の速い大介が出るのを嫌ったのだろうか。

 下手に勝負してきたアウトローを、踏み込んで引っ張る。

 引っ張りきれなかった打球が、バックスクリーンに入るスリーランとなった。


 相変わらず二試合に一本は打っているペース。

 そしてホームランの三倍以上、フォアボールが多い。

 稀にあるチャンスを、確実にホームランにする。

 今はどうにか、ボール球であってもスタンドに運べないかを考えている。

 もっともそんなことをすれば、打席の半分ぐらいは歩かされてしまうことになるかもしれないが。

 大介は悪球打ちだ。

 だがそれは必要だからやっているだけで、本当は真っ当に勝負がしたい。

 MLBのピッチャーでもなかなか、大介相手に真っ向勝負をしてくる者はいない。

 

 状況を整えないといけない。

 接戦であったり、打てば同点という場面では、ほとんど勝負されることがない。

 序盤であればまだ勝負されるが、終盤で試合を左右される場面だと、また歩かされてしまう。

 そういう時はスチールをしかけて、チャンスを拡大する。

 実際にホームランより、盗塁の方が多い大介である。


 ただ対戦相手も巧妙になってきて、大介の前にランナーがいるようにしたりする。

 特に一塁が空いていれば、ほとんど自動で歩かされる。

 大介はこれでフラストレーションがたまったりはしないが、どうにも調子が狂ってしまう。

 やはりバッターは打ってなんぼなのだ。




 ミルウォーキーとの試合は結局、メトロズは負け越して終わってしまった。

 次は比較的近場だがワシントンに移動し、そしてまたすぐにホームに戻ってトローリーズとの対戦となる。

 ローテの順番的に、おそらくまた本多の投げる試合に当たる。

 なんだかんだ言って、それなりに勝負してくれるのは、やはり本多のようなピッチャーと言えるのか。

 実際のところ逃げるばかりではなく、しっかりと内角攻めと外角を組み合わせれば、もっと打ちにくいと思うのだが。


 それは大介の責任というか、スタイルとも関係がある。

 なんだかんだ言いながら、打って勝負を決めなければいけない状況では、ボール球にでも手を出してしまう。

 それでまだ四割打っているのだから、首脳陣としても止めるわけにはいかない。

 打点もホームランも、まだまだ数は伸びていく。

 そんな中で大介は、自分のことばかりではなく、他のチームのことも考える。


 基本的にはナ・リーグのことだけを考えればいい。

 ア・リーグのチームとの試合で注意するのは、同じニューヨークのラッキーズとの試合ぐらいだ。

 ただア・リーグの試合でも、直史がどういう試合で投げるのかは調べている。

 それによるともうすぐ、去年のワールドシリーズを戦った、ヒューストン相手に先発するとのこと。


 ヒューストンが直史を打てるかどうか。

 状況によるな、としか大介は思わない。

 ヒューストンはアナハイムと、地区優勝の座を争っている。

 今のところ勝率はアナハイムが圧倒しているが、直接対決はこれからが初めてだ。

 ここでまさか直史を負かしたら、勢いが逆転するかもしれない。

 前提条件の時点で、不可能だとは思うが。


 勝負をあまり避けられると、大介としても感覚が鈍る。

 日々の練習でどうにか技術を維持しても、言語化しにくい感覚が、バッティングにはあるのだ。

 走塁や守備は、なんだかんだ経験で判断できる。

 だがバッティングはやはり、打たなければいけない。


 おそらくメトロズはもうこのまま、地区優勝をしてしまうだろう。

 ピッチャーに層の薄さがあると言っても、それは統計的にはあまり表面化しない。

 それでもしっかり、ポストシーズンを勝つためには、エースが必要だ。

 単に勝ち星だけを言うなら、今年はまだジュニアに負けがついていない。

 エースの条件に運も含まれるなら、確かにジュニアはエースになるだろう。


 ただ防御率などを見ても、ジュニアはメトロズのエースになりつつある。

 守備力やフォアボール、相手のバッティングもあってなかなかいちがいには言えないが、防御率が2点台というのは、エースの条件としては充分だろう。

 ただ今年はピッチャーに関する話題は、全て直史が持っていっている気がするが。




「サトーをどう攻略すればいいんだ?」

 チーム内からこんな声が上がってくるのは、珍しいことだ。

 MLBは移籍が多いということもあってか、どうしても個人主義になることが多い。

 だがメトロズの打線は、去年の優勝を知っている。

 あれをもう一度味わいたいと、執念で直史を打とうと考えている。


 そんなものはこちらが聞きたい。

「一点も取られずとにかく粘って、その試合を捨ててでも次の試合に疲労を残させる」

 大介はそんなことを言ったが、それをやって失敗したのが、日本シリーズのジャガースだった。

 まさか七試合で四試合に先発し、三試合を完投するとは。

 そして単に投げただけではなく、無失点に抑えたのだ。


 一つの試合だけで、直史を攻略するのは難しい。

 シリーズ全体、あるいはシーズン全体で、削って削って勝利するのだ。

 メジャーリーガーがそこまでしないと勝てない時点で、既に生物としておかしい。

 だがそれが、大介の考える正直なところである。


 アナハイムの打線はそれなりに強力であるが、メトロズほどではない。

 先発が上手く投げて、リリーフでつないでいけば、どうにか無失点で終わらせることは出来るかもしれない。

 大介は過去の直史の記憶を思い出すが、まともに勝負して負けた試合は、果たしていつが最後であったろう。

 プロ二年間で無敗。

 上杉や武史も、年間無敗というシーズンはあったが、それでもある程度は負けているのだ。

 それが野球という不確定性の高いスポーツなのだ。


 大学時代も無敗であった。

 高校時代には敗北しているが、直史が敗戦投手になったのは、大阪光陰戦が最後か。

 あの日はひどい天気だった。

 大介も点を取れなかったので、はっきりと憶えている。

「ひょっとしてクラブチーム時代なら、あっさり負けてる試合もあるのかな」

 そうは思うがおそらく、大人気ないほどに完璧なピッチングをしていただろう。

 あるいはあの間は、それなりに鈍っていたが。


 


 そんなことを考えつつ、ワシントンとの三連戦カード。

 メトロズは先発の強いところが回ってきたので、スイープを狙っている。

 あと大介が気になっているのは、自軍のピッチャーの補強である。

 先発は五人で回し、回らないところはリリーフ陣を使っているが、この先発五枚目のマクレガーは、まだ今季一勝しかしていない。


 リードされた試合を、そのまま負けてしまう。

 打線が援護すればという話だが、この二試合は五回ももっていない。

 イニングイーターならイニングイーターで、せめて六回までは投げて欲しい。

 さもないとリリーフが消耗して、他の試合でも勝てなくなる。


 40人枠に登録しながらも、今はマイナーで投げているピッチャーがいる。

 そのあたりと入れ替えることも、考えなければいけないだろう。

 ただ去年のマクレガーは、25先発で11勝9敗と、それほど悪くはなかったのだ。

 しかし今季はやはり、36歳という年齢の衰えもあるのかもしれない。

 大型契約というほどのものは結んでこなかったが、それでもメジャーで先発のローテを守り続けた。

 そろそろ普通に、年齢的な限界なのだろう。


 今の大介は29歳。

 まだまだ上手くなる余地があるとは思うが、10代のような急激な成長はもうない。

 果たして何歳までプレイ出来るのか。

 MLBでは無理となったら、NPBに戻るつもりはあるのか。


(全盛期はあと3~4年かなあ)

 その間にどれぐらいのことが出来るのか、大介としては少し不安になる。

 NPBでは金剛寺や島本など、40歳を過ぎてプレイしているチームメイトがいた。

 足立などはその最終年に、タイトルを取ったほどである。

 40歳まではプレイしたい。そんなことをふと思ったが、それは意識にずっと残る思考とはならなかった。




 ワシントンとのアウェイでの三連戦、大介は相変わらずよく打った。

 どうやたこのペースでいけば、五月も打率四割と、出塁率六割を維持できそうである。

 ただホームランを打つペースは、少し落ちてきた。

 勝負されないのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。


 そして今度は、ホームでのトローリーズとの試合である。

 またここでも、本多は先発のローテに入っている。

 大介としてもまた、勝負するのが楽しみだ。


 前の時はホームランは打ったが、試合には負けてしまった。

 大介がホームランを打っても、他のバッターが打つことが出来ず、ピッチャーがそれ以上に打たれては仕方がない。

 ピッチャーはローテで投げるため、毎試合活躍の場があるわけではない。

 だがこと直史にとってみれば、完全に一人で試合を決められる役割だ。

 一点も取れないというのは、今のMLBにおいてはかなり珍しいことになる。

 だから直史は一点を取って、そのままチームを勝利に導くのだ。


 全く本当に、味方としては頼もしく、敵としては厄介である。

 だがそんな巨大な壁であるからこそ、自分は対決を望んだのだ。

 野球というこの競技の果てに、果たしてどういった境地が見えるのか。

 大介はまだ、誰も見たことのない風景を、心の中で望みながら、今日もバットを振る。


 メトロズ自体の勝率は、やや鈍ってきている。

 やはりピッチャーの層が、不充分だということなのだろう。

 ただアナハイムの方は、相変わらず好調だ。

 チームを引っ張るタイプでもないのだが、直史の影響が大きすぎる。


 セイバーで選手の貢献度を計算すれば、どうしてもシーズン中のピッチャーの値はバッターより平均的に小さくなる。

 だがそんな中で直史だけは、数値が突出していた。

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