第18話 視聴する三人
※ 本日の試合内容はAL編18話のものとなっております。
×××
ポテチとフライドチキンとコーラを揃えて、大きなモニターで野球視聴。
ステレオタイプなアメリカの娯楽である。
白石家の場合は飲食物がやや異なる。
燻製肉などをかじりながら、炭酸水をごくごくと。
三人の日常的な運動量からして、別にテンプレ的なおつまみでも問題はない。
だが日々の積み重ねというものを、大介は考えている。
白石家は小さなところから大きなところまで、ツインズの手が及んでいる。
しかしその中心は大介であり、別に亭主関白なわけでもない大介を、甘やかすためにツインズは動いている。
それに本当に甘えてしまえば、愛想をつかされるかもしれないと、大介は思っているのだが。
実際のところツインズは、一度甘やかすと決めた相手には、とことんまで甘い。
試合が始まり、まずは本多のピッチングを見る。
「調子いいな」
「そうなの?」
「低めに決まって、次に高めで空振りさせただろ? あの人の調子のいい時の特徴だよ」
ピッチャーの分析はそこそこツインズにも頼んでいるのだが、本多に関してはそこまでのものでもない。
既に日本で何度も対戦しているからだ。
追い込んだものの、そこから無理に空振りを取るのではなく、ツーシームでゴロを打たせてアウト。
かなりクレバーなピッチングをしている。
同世代に化け物のようなピッチャーがごろごろしているので気付かれにくいが、本多もレジェンドクラスの潜在能力は持っていたのだ。
帝都一でエースが四番を打つというのはそういうことだ。
ミートと出塁率では榊原の方が上であったが。
そこからもピッチングは冴えて、三者凡退。
特に三番打者のシュタイナーは、あえてフォークで空振りを取っていった。
勝気な性根をそのままに、闘志をボールに込めて投げる。
本多らしいピッチングだった。
さて、それでは一回の裏、トローリーズの攻撃となる。
マウンドに登った直史は、いつも通りの気の抜けたような球で、投球練習を終える。
画面越しでも分かるのは、その体軸の精密さ。
体の運動の全てが、投げることに収束している。
「やっぱりこうやってみると、微調整してるんだな」
録画された映像でも、ちゃんと事前にチェックはしているのだ。
だがこの大スクリーンであると、はっきりと分かるものだ。
ピッチャーは基本のフォームを一つ持ち、そこからどうやって見分けがつかないように、違う球種を投げるかを考える。
直史はあえてフォームを崩して、そこからでもしっかりとコントロールする。
だがそれは表面を見ただけの話。
基本的な体幹は、崩れずにしっかりと動いている。
ボールを持ったトップの位置から、体の捻り具合まで。
「タイミングをいちいち外してるんだよな」
「バッターによっては絶対打てないよね」
「気付いてない人も多いかもね」
この三人は、あっさりと気付いているわけだが。
直史のピッチングフォームは、高校時代に既に完成されていた。
だがこう変化したのは、おそらく大学時代だ。
なぜなら大学野球は、高校時代のトーナメントと違い、何度も同じ相手と対戦することになる。
プロの世界ほどではないが、初見殺しだけでは通用しない。
それはツインズも同意見で、だからこそリーグ戦でも勝てなかった。
この変化はプロ入り後に加速しているはずだ。
プロの世界では、年間に同じ相手と25試合をする。
ましてプレイオフでは、連続で二試合か三試合も行うのだから。
完成させたものを、さらなる高みへ至るために崩す。
その結果がこれだとすれば、このスタイルを確立するために費やした労力は、凡百のピッチャーの何千倍であろうか。
もっともそれは不充分なはずのスイングでもスタンドに運ぶ、大介にも同じことが言えるのだが。
そんな大介自身が、今のままでは勝つのは難しいと思っている。いや、確信している。
狙いをある程度絞っても、ヒットになるのが精一杯。
前にランナーがいれば、それを帰すことは出来るかもしれない。
大介がランナーとして出て、後ろに帰してもらうというのは、はっきり言って現実的ではない。
どれだけ勝負強くても、そんなものは直史には関係ないのだ。
一回の裏を、内野ゴロだけであっさりと打たせて取る。
三者凡退のスタートは同じだが、直史の方からは余裕が感じられた。
テレビで試合を見るというのは、やはり色々と利点が大きい。
特に画面が大きいと、動作の細かいところまでが分かる。
それに球速や、投げたコースも表示される。
マイル表記はいまだに慣れないが、それでもおおよそは分かるものだ。
二回の表に本多はランナーを出したが、後続が打てずに無失点。
対して二回の裏、直史はランナーを出さずに無失点。
なんとなく投手戦の気配がするが、それよりも気付くことはある。
「お兄ちゃん、今日はあんまりストレートが伸びてない」
それは大介も気付いていた。
「伸びるストレートを使ってない」
そういう捉え方も出来るか。
俗に言うストレートの伸びだとかキレだとかいうものは、回転数と回転軸が決める。
またホップ成分は回転軸が地面と水平に近く、そして回転数が多いことが要因となる。
直史の場合、球速はどうしてもそこまでは出ない。
だがスピン量に関しては、NPB時代もトップクラスの一人であった。
なおこれも、武史が兄を上回る部分である。
本多の場合も、キレのあるストレートは投げるが、ホップ成分はやや落ちる。
綺麗なバックスぴんと言うには、回転軸がずれているからだ。
その本多と比べて今日の直史は、あまりストレートに伸びがないように見える。
ただそれは、別に必ずしも悪いことばかりではない。
バッターはある程度、ボールの軌道を予測してスイングする。
ホップすると言われる球が打ちにくいのは、そもそもボールが浮くということが、物理的にありえないからだ。
だからより、落ちる量が少ない、と言う方が正しい。
それに比べると落ちる球は、普通に他の変化球がある。
ただ綺麗なストレートと平凡なストレートを、しっかりと投げ分けることが出来ればどうか。
タレ球と言われるストレートは、標準の軌道よりもタレる。
ひどく極端に言えば、わずかにスプリットとなっているのだ。
そんなボールを打たせれば、ゴロになることが多い。
あるいはスピンが少なければ、ボールの減速は著しい。
それはチェンジアップと同じ効果になる。
試合はずっと続いていくが、本多が好投しているのと比べて、直史は力感のないフォームから、それでもしなやかに投げている。
おそらく当てるだけなら、直史のボールの方が、よっぽど簡単なのだろう。
だが難しい変化球に、上手く手を出させてしまっている。
高めに浮いたストレートを、振っていっても空振り。
「高めは伸びてるな」
「う~ん、低めはあえてタレさせてるような」
ほぼ全ての球は、低めに集められている。
その球を打っていくと、ゴロになるというパターンが多い。
ランナーの出ないパーフェクトのペースで、試合が進んでいく。
対する本多も失点は許さず、完全に投手戦となっている。
「本多さん、調子いいな」
「開幕は負けてたけどね」
開幕二連敗の後に、勝ち星を積み上げていった。
もっともその負けた試合も、内容自体は悪くなかったのだが。
この間のメトロズとの試合も、結局本多の失点は一点だけ。
その後のリリーフを打ったが、それでも追いつけなかった。
トローリーズは間違いなく、チームのバランスはアナハイムよりもいい。
だがこの試合に限っていえば、そんなバランスなどは関係ないと、大介は思っていた。
二遊間がしっかりとしていることで、ランナーを出しても簡単には進ませない。
ツーシームでファールを打たせて、決め球としてフォークがある。
本多と言えばフォークというぐらい、日本では決め球として有名であった。
どうやらMLBにおいても、それは充分に通用するらしい。
現実を見ればメトロズは、まだトローリーズとの対戦を残している。
それにポストシーズンに進出すれば、アナハイムよりも先に当たる可能性が高い。
オフシーズンに色々とポストシーズンの制度が変わっているが、それでも一つだけ変わらない点がある。
ワールドシリーズは、ア・リーグの代表とナ・リーグの代表で争われるというものだ。
直史のいるアナハイムと、運命的に対戦するとは、確率的には保証されていない。
だが直史のいるチームが、短期決戦で負けるとも考えられない。
まさかとは思うが、直史にとっての一年目の日本シリーズのように、連投での起用があるものか。
ワールドシリーズの最終戦ならともかく、それまでの試合ではないだろう。
またクローザーとして出てくるならともかく、先発としての連投も考えにくい。
試合は続いていくが、今日の直史はどうやら、あまり三振は狙っていないようだ。
ただ高めの釣り球では、空振りを取ったりフライを打たせたり、それなりの仕事をしている。
球速は最大でも93マイル。
km/h計算だとおおよそ150となる。
94マイルが直史が、シーズンの中で投げてきた最速だ。
もちろんMLBでも技巧派で、これより遅いボールを駆使して、それなりに成績を残している選手はいる。
よく引き合いに出されるマダックスなども、選手生活の序盤で93マイルを投げていたものの、晩年でもまだ充分に通用していた時は、86マイル程度しか出ていなかったという。
球速は必ずしも、絶対的な評価ではない。
だが分かりやすい評価であるし、アマチュアレベルまでならば、普通にフィジカルを鍛えて球速を上げれば、出てくる結果も分かりやすい。
投球動作のメカニックというのは、なかなか指導するのが難しいものだ。
必要な機材もそれなりに多く、分析するのも特別な目がいる。
だがウエイトのトレーニングは、ほぼネットにも出回っている。
だからとりあえずフィジカルから鍛えるというのは、基本的には間違っていない。
打つのもまた、フィジカルが重要視される。
そもそもどんなスポーツであっても、フィジカルが重要でないものなどないのだが。
強いて言うなら体重別のスポーツであれば、フィジカルはほぼ同等となっていく。
それにしても筋肉の質は、瞬発力系が重要となる。
しかしそんなフィジカル全盛の中で、直史はずっと、自分の優先順位を間違えなかった。
一度だけ盛大に間違えて、冗談のように制球を乱したことはあったが。
この試合においても直史が重要視しているのは、おそらく単なるコントロールなどではない。
フォームの微調整からリリースポイントが変わり、タイミングも変わってくる。
100マイルピッチャーが当たり前にいる中で、見逃し三振を取ってしまえる。
それが直史の投球術だ。
そして六回、ついにアナハイムが一点を先取した。
大介の目からすると、どうもここまでの球数以上に、球威が落ちていた気がする。
精神論や根性論ではなく、ピッチャーはプレッシャーによって、その疲労度が変わってくる。
ここまで直史が全くランナーを出さなかったことで、本多に影響はあっただろう。
ただ大介の知る本多であれば、むしろそんな逆境でこそ、より大きな力を発揮していたはずだが。
「諦めたかな~」
「諦めるよね~」
諦めたくもなるか。
ここまで全く、失点をしていないピッチャーなのだ。
味方の打線が援護してくれないというのは、ピッチャーにとってはかなりきついことのはずだ。
もっとも直史はそんなことは気にせず、15回をパーフェクトに投げたものだが。
本多はややメンタルにムラがあることを考えるとここまでの一失点で充分だろう。
そもそもピッチャーは六回三失点であれば充分で、七回二失点だと敗北はチームの責任と言える。
ただそれでも、先にアナハイムが点を取ったのだ。
これで試合は決まった、とまでは大介は思わない。
下手にアナハイムがリリーフ陣を投入すれば、一点差ならひっくり返るからだ。
逆に一点差であるなら、まだ直史を続投させるだろう。
球数的にはまだまだ、充分に完投が可能で、パーフェクトをしているのだから。
「あ」
だがその先取点を奪った六回の裏に、打球が内野の間を抜けていった。
トローリーズの初ヒットで、パーフェクトは防ぐ。
ベンチの中で首脳陣が一安心とした顔をしたのは、大介の気のせいではないだろう。
それにしても、ラストバッターに打たれたか。
「ラストバッターがピッチャーじゃないしなあ」
MLBのDH制により、ピッチャーは打席に立つことはない。
だからと言って、直史が油断をしたとも思えないのだが。
「あ」
そして牽制球で、ランナーを殺す。
これでまだまだ、球数を増やすことは防いでいけている。
牽制球は球数の内に入らないのだから。
パーフェクトこそ逃したものの、直史を交代させる理由はない。
球数は少なく、そしてクローザーのピアースよりも、防御率が良い。
それでも過去の試合を見れば、一点なら取れなくはないのだ。
しかし七回の表には、坂本のホームランが出た。
二点差となった。
これで決まったな、とさすがに大介も思う。
おそらく直史はシーズンが進むにつれ、そこそこ失点もするだろう。
だがロースコアゲームで失点することは、まず考えられない。
点差がついた試合であれば、力をもっと抜いて投げる。
より消耗少なく、シーズンを戦うために。そしてポストシーズンで、全力を出すために。
そこからの展開も見事であった。
二点差となると、下手をすればホームランにもなる、高めの釣り球をもっと使うことが出来る。
早いカウントで打たせていけば、球数は節約できる。
中盤で待球策を取ってきたが、ここまで来るともう諦めもついたであろう。
トローリーズの首脳陣は、リリーフの強いところを、つぎ込むのには諦めたようであった。
エラーによってランナーが出ても、そこを問題なくダブルプレイでしのぐ。
パーフェクトは達成できないが、この記録はもうパーフェクトのようなものだ。
最後にバッターボックスに立つのは、九番のラストバッターであるのだから。
実はトローリーズの九番は、キャッチャーであるのでバッティングはそこまで期待されていないが、ポジションの割りに足は速くて出塁率はそこそこある。
上位打線につなげばそれなりに、意味のある九番であるのだ。
だがそんなことは、本当に関係なかった。
直史は最後まで、気負いもせず油断もせず、バッターを片付けた。
「つーかこのペースで完封続けてたら、MLB記録とか更新できるんじゃないか?」
大介は呟いたが、実はその通りである。
過去のレジェンドピッチャーは、その勝利数などはさすがに、現代では超えることは出来ない。超えるような運用をしてはいけない。
だが一試合ずつのクオリティを見るなら、直史のそれは優るとも劣らない。
なにせたくさん勝つためにはたくさん投げて、そしたらそれなりにたくさん負けるのだ。
サイ・ヤングは伝説のレジェンドで、なんとその生涯において、500勝を超える勝利をつかんだ。
だが負け星も300を超えていて、こちらも歴代のピッチャーの中では一番である。
もちろん22年間も投げていながら、勝率、防御率、WHIPなどは優れた数字を残している。
ただそれはやはり、長い期間を投げた、という活躍があってこそのものだ。
積み重ねる記録では、過去のレジェンドを超えることは出来ない。
だから超えるとすれば、その試合内容であろう。
サイ・ヤングの通算ノーヒットノーランは三回。
また一シーズンにおける最大の完封数は10である。
五月半ばの時点で、既に直史は七つ目の完封を達成した。
完投数であれば、サイ・ヤングは40以上の完投を何度もしているので、それは超えることが出来るはずはない。
だから完封を目指すのだ。いや、本人が目指しているのかどうかは知らないが。
ただ直史の理想どおりのピッチングを続けていくなら、その数は増えていくだろう。
実際に日本時代も、シーズン記録の多くを塗り替えたのだ。
「俺もタイ・カッブ超え目指すかなあ……」
大介のホームランと打点は、一年目で記録を更新した。
半世紀以上なかった四割打者にもなって、それはもう突出した記録となっている。
だがシーズンの打率であれば、まだ上はいる。
ちなみに現在の打率をキープできれば、その記録を上回ることが出来る。
「大介君は、お兄ちゃんと対戦することだけを考えた方がいいよ」
「単純に四割だけなら、大介君なら打てるんだから」
優先順位を間違えてはいけない。
しかし相変わらず、どうしようもない完璧なピッチングであった。
打たれたところからリカバリーするところまで、完璧なものであった。
だがそんな様子を見せられては、大介にも逆に日が点くというものだ。
「明日からは打つぞ~」
そうは思ってはいても、勝負を避けられまくる大介は、無理に打ちにいって打率を下げるのであった。
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