第17話 ヒント

 本多は結局メトロズ相手に勝利したわけだが、メトロズというか大介も、得られるものがなかったわけではない。

 それは本多のピッチングが、どこか直史と似ている、という感触を得たことだ。

 もちろんこの両者は完全にピッチャーとしてのタイプが違う。

 あるいは似ていると感じたのは、同じ日本人ピッチャーだから、という単純な理由だからかもしれない。

 全く違う文化である日本とアメリカの野球では、その雰囲気も変わるだろう。

 漠然と感じた、二人に共通の、他のピッチャーに対するものとは違う違和感。


 去年も本多とは対戦している。

 だがその時は、こんなものはなかった。

 改めて直史と比較して、そう感じたのだ。

(なんでだ?)

 本多はパワーピッチャーであり、100マイルオーバーのストレートを投げて、それにフォークと今ではツーシームを組み合わせている。

 対して直史は明らかな技巧派であり、その球種は本多よりもはるかに多い。


 二人の共通点を、大介なりに考える。

(ツーシームか?)

 最近増えている、二人の球種の割合だ。

 もっとも直史の場合は、すぐにまたその球種の割合を変化させるが。

 だからこれはおそらく違う。


 直史の分析に関しては、既に全球団が行っている。

 もちろんポストシーズンまで対戦することのない、ナ・リーグのチームは優先順位が低いが。

 ただそれは相手の戦力分析だけではなく、傑出したピッチャーの技術を、こちらも導入することにつながったりする。

 もっともインタビューなどを見ている限り、おそらくそれは不可能だな、と思えるのだが。


 高校時代にセイバーは、科学的なトレーニングを取り入れた。

 だが取り入れなかった部分もある。

 たとえば直史は、普通なら壊れるぐらいの球数を、毎日投げていた。

 キャッチボールも多かったが、そこそこの力をかけて、かなりの球数を投げていたし、家でも投げていたらしい。

 そこから逆算的に、大介は考えるのだ。


 おそらく100人か1000人だか10000人だかに、直史と同じ練習をさせる。

 そしたらほとんどのピッチャーは潰れて、だが一人だけは残る。

 その一人が、直史だったのだろうと。

 無茶をした本人が偶然、そんな練習やトレーニングに適した体を持っていた。

 実際に肉体的には似たような遺伝子を持っていたはずの武史が、かなり球数を投げていた。

 もっともあれは肩が暖まるのに、特別に時間がかかっていたということもあるが。


 アメリカはもちろん今の日本でも、そんな無茶をピッチャーにはさせない。

 直史は一般的にMLBで考えられる才能とは、また別の才能を持ってはいた。

 その一つが柔軟な肉体であり、反復した運動を繰り返す集中力。

 極端な話、フィジカルに劣る人間が、明らかに優る人間を倒すのは、技術が必要だ。

 その技術をコントロールすることが、集中力であったのだろう。


 直史に言わせれば、凡人の常軌を逸した鍛錬。

 あるいは修行というレベルに入るのかもしれない。

 ただこれを勘違いして、凡人でも常軌を逸した鍛錬をすれば、天才に並べると思う者もいるかもしれない。

 だが普通は途中で潰れるため、直史はあまり技術論やトレーニング論を、積極的に発信はしないのだ。




 大介は今後のアナハイムの試合予定を見る。

 するともうすぐ、トローリーズと対戦する予定になっている。 

 そしてローテを比べると、直史と本多が対決することになっている。


 日本時代は直史は本多相手に、プロでは全勝していた。

 そもそも引き分けた上杉がいた以外は、本多以外にも負けていなかったわけだが。

 二人の対決を見てみれば、大介の抱いた違和感も、明らかになるのかもしれない。

 もちろんリアルタイムで、その対決を見ることは出来ないのだが。


 そんなことを考えながら、大介は次の日からぽんぽんと打って行く。

 前の二戦と違って、ここではメトロズも強い先発を持ってきている。

 結局カードとしては四戦して二勝二敗。

 大介はホームランを二本打って、五打点である。

 五月の半ばの時点で、既に19ホームラン。

 ざっと計算すると、五月の終了時点で25ホームランを打っていれば、去年の記録を更新する。


 34試合で19本ペース。

 162試合なら80本を超えられるのか。

 不可能ではない。そもそも去年の大介は、16試合を欠場している。

 イリヤ事件によってそれだけ、実戦から離れていたのだ。

 146試合で74本を打ったことを考えれば、162試合なら83本あたりか。

 今年のペースは、それを上回る速度なのだ。


 人間であれば好調が、いつまでも続くわけではないと思う。

 だが大介の場合は、これよりもさらに好調であった時期がある。

 そして崩れるときというのも、NPB時代を見ていれば、それほど極端に崩れたりはしない。

 あとは怖いのは故障ぐらいだろうか。

 怪我の治りが異常に早い大介であるが、筋肉の損傷などは、治療だけではなくリハビリも必要となる。

 殿堂入りするような通算の記録を残すなら、怪我に強い体でないといけない。

 その点でも大介は、ショートいう負担の大きいポジションで、しっかりと結果を残し続けている。




 メトロズはこのまま遠征が続き、次はコロラドとの対戦。

 このカードの三連戦も、大介はホームランが出ない。

 だから、どうして四試合ホームランが出ないだけで、不調などと言うのか。

 フェンス直撃のツーベースなどによって、ヒット六本の七打点。

 わずかに下がった打率も出塁率も、また上がってきている。


 盗塁の頻度が減ってきたのは、疲労がたまっているのか?

 単純にリードが充分で、走る必要がなかっただけである。

 どうもMLBの評価というのは、数字だけを見てそこに注目する場合がある。

 確かにそれで分析するのは、専門家ではなくても可能なのだろう。

 だがここでは戦略的な目的があるために、あえて言い訳をしない大介である。

 そもそもチームとして三連勝をしているのに、なぜ自分のホームランの方が注目されてしまうのか。


 大介のホームラン数が、国民的な感心ごとになっているとも言える。

 確かに年間、レギュラーシーズンを162試合行うMLBでは、その数の積み重ねに注目が集まる。

 打率は下がることもあるが、ホームランや打点は積み重なる。

 100年残る記録と言われたものを、MLBデビュー一年目であっさりと塗り替える。

 今後も新人王がホームラン王になることはあるかもしれないが、新人が三冠王になってホームラン記録を塗り替えるのは、絶対にありえないだろう。

 野球に絶対はないと言われるが、さすがにこれだけは間違いない。


 次のカードはホームに戻って、ワシントンとの三連戦。

 同地区対決であるので、ここで勝つことが重要なのだ。

 もうあまり地区優勝を気にしなくても、メトロズのバッティングは驚異的と言える。

 このまま蹂躙して、レギュラーシーズンは終わることが出来ると思うのだ。

 ただそこから先が重要だ。

 

 このあたりはGMの見極めも重要になってくる。

 トレードデッドラインでの交渉が多くなるのは、本当にチームが優勝に届くか。

 そしてもう一つは、本当に優勝への道が途切れたか。

 あまり早く交渉をして、そこから一気に主力数人が、今季絶望となったらどうするのか。

 そのあたりのことも考えて、ギリギリまで粘ることになる。

 GMの仕事も大変なもので、ここでの補強が一番難しい。




 ワシントンとの三連戦は、ピッチャーも強い順番になっているので、おそらくは勝ち越せる。

 そんな計算がおおよそ、メトロズ陣営ではなされている。

 これは別に油断でもなんでもない。

 実際のところアトランタはともかく、同地区の他の三チームは、主力に怪我人が出ていたりして、かなりチーム力が低下しているのだ。

 メトロズは去年の終盤に比べレナ明らかにピッチャーが弱くなっている。

 だがそれでもワシントンは、それほど積極的な補強はしなかった。

 育成の方に力をシフトして、数年後の勝利を目指している。


 これは別におかしな考えではない。

 メトロズは現在、絶大な打撃力を誇っている。

 その大介の契約は三年と、コアとなるのは間違いない。

 だがストーブリーグでピッチャーの補強を、それほど積極的には行っていない。

 マイナーから上がってくるのを待っていて、それでも足りなければ開幕後の調子を見て、トレードで手に入れる。

 その年のチーム状態を把握してから、本格的に優勝を目指すかどうか考える。

 これ自体はおかしくない話である。


 だがメトロズのような、資金力のあるチームなら、ピッチャーをどうにかするべきであった。

 FAで得るピッチャーは確かに、高額の年俸になることが多い。

 なので必要となっただけ、トレードで手に入れるというのは、確かに考えとしては分かる。

 しかしそうやってトレードを繰り返していたら、プロスペクトの若手をトレード要員として、放出することになる。

 数年間は安く使える選手が、他のチームにどんどん流出するのだ。


 そこからチームの戦力を充実させるなら、FAの高額選手を手に入れる必要がある。

 一年か二年はともかく、長期的に強いチームを維持するならば、やはりピッチャーも大型契約で確保するべきなのだ。

 メトロズ以外のチームのフロントから見ると、メトロズは今年は21世紀以降初めての連覇を狙い、それが無理でも大介の契約の三年間で、ワールドチャンピオンを狙っていく。

 その後はおそらくある程度、チームを解体するだろう。

 だがそもそもGMのビーンズは、本来は安い選手を集めて、上手くチームを作るのに長けたGMだ。

 プロスペクトを上手く揃えて、また大介と大型契約を結び、恒常的に強いチーム作りを目指すのか。

 そのあたりのメトロズの戦略は、かなり長期的なものになるだろう。

 大介の選手としての全盛期が、どれだけ続くかにも、そのあたりは関係してくる。

 



 カリフォルニアからニューヨークに戻ってきた大介は、その日は移動だけで休みであったため、本来ならば色々と家族サービスをしたかった。

 だがこの日、時差のある西海岸で、アナハイムとトローリーズの試合が行われる。

 アナハイムの先発は直史で、トローリーズの先発は本多。

 日本人投手同士の投げあいということで、海の向こうの日本でも、相当に注目度は高い。

 正確に言えば直史の投げる試合は、全て注目度が高くなっているのだが。


 マンションで大介は、この試合を生中継で見る。

 もちろんツインズも、両脇に揃っている。

 もっとも子供たちは、昇馬でさえまだ、このことを詳しくは分かっていないだろう。

 だが直史の娘の真琴と同じく、今でも既にボールへの興味は抱いている。


 二人がかりの育児とはいえ、椿はまだ左足の麻痺があるため、基本的には他の家事をすることが多い。

 三人を桜一人で見るのが大変なら、その時は金に任せてシッターを頼めばいいのだ。

 一般的なメジャーリーガーと比べれば、大介もまた質素な生活をしている。

 野球ばかりやっていて、趣味が野球になった野球星人が大介である。


 これに比すればツインズは、普通に金を使っている。

 金は使わないと稼げない。それが二人の持論だ。

 実際にどんどんと、この一家の資産は増えていっている。

 しかし全ては、大介のために。

 傍から見ればどうかは分からないが、二人は大介に対して献身的であり、大介もまたそう感じている。


 大介はそのパフォーマンスはセンセーショナルであるが、グラウンドを離れると完全に庶民的な人間になる。

 色々なパーティーに呼ばれることがあっても、基本的に顔見知りからの紹介しか行かない。

 ニューヨークでの顔見知りは、イリヤからのつながりが多い。

 即ちマッチョイズムからは遠い芸術畑の人間だ。


 贅沢をするとしたら、それはトレーニングのために機材を揃えたり、あとは食事の内容を変えたりするぐらいか。

 それでも美食というほどではないし、酒もほとんど飲まない。

 ギャンブルもしない。馬は買ったが、あの一度きり。

 また女性関係のスキャンダルもない。そもそも二人も妻がいる時点で、既にスキャンダラスではあるが。

 どんなに不謹慎でも、それが誰にでも知られていることで、本人たちが堂々としていれば、騒いでも燃えないのだ。

 また大介は直史よりも、名誉欲などはさらに少ない。

 記録への挑戦などはよく言われるが、本人の認識は異なる。

 全力で野球で遊ぶ。

 そもそもプレイボールというのは、ボールで遊べというものなのだ。


 好きなことをやって飯が食えていける。

 家族を養い、子供はすくすくと育って、事件には巻き込まれたがそれでも総合的に見れば、幸福な人間なのだろう。

 

 ただハングリー精神を失っているわけではない。

 野球においてはこの先もどんどんと、己のスペックを更新していきたい。

 もっとも純粋にフィジカルな面は、おそらくそろそろ頭打ちだ。

 直史に勝つために必要なのは、明らかにフィジカルではない。

 インテリジェンスと、おそらくはメンタルだ。




「どうやったらナオに勝てるのかなあ」

「う~ん」

「困ったね~」

 他のことならおおよそどうにでもしてしまうツインズも、実兄の件に関しては弱い。

 直史には勝てないという意識が、子供の頃から自然と出来てしまっているのだ。

 もっとも同じ兄である武史には、負ける気がしないのであるが。


 直史の強さを分析すると、もちろんコントロールや変化球、ボールの質や動揺しないメンタルといったものはあるが、それは全て駆け引きのためのものだ。

 球速はMLBにおいては、全く珍しくないぐらいのものでしかない。

 だがコンビネーションを組み立てて、しかもそれを正確に投げるということが、直史の強さだ。

 何をどうすれば勝てるのか、本当に分からない。

 だからこそ勝ちたいと思い、こうやって試合を見るのだが。


 あるいはこれこそが、大介に残っている唯一の、満たされない欲望なのか。

 どんどんと強いピッチャーと戦い、そして勝ちたい。

 負けてもそこで折れることなく、追いついて追い越すのだ。

 その具体的な存在が、直史と上杉だ。


 ア・リーグの選手であるため、二人と対戦するのは、ワールドシリーズとなる。

 もっともその前に、オールスターがあるが。

「オールスターだと、当たっても一打席だろうしなあ」

「お兄ちゃんなら本番で勝つために、わざと打たれることすらありうる」

「お兄ちゃんならやってもおかしくない」

 妹たちから逆方向に、絶対の信頼感を持たれている直史である。


 オールスターについては、大介はそれなりに楽しみにしている。

 もっともその前に、本塁打競争がある。

 おそらく大介が期待されているのは、こちらでの雄姿であろう。

 だが投票はおそらく直史を一位にして、ア・リーグの先発としてくる。

 大介も怪我でもしない限りは、ナ・リーグの上位打線を打つ。

 そこでおそらく、一度は対決があるはずなのだ。


 今の自分には、まだ何が足りないのか。

 それを教えてくれるのが、直史との対決になるだろう。

 野球というスポーツの中で、まだまだ自分には伸びる余地があるとは感じる。

 だがその伸び代を考えても、直史にたどりつくことが出来るのか。

 さらに言えば直史は、初見殺しで何かをしかけてくることもある。

 本当に勝つためには、様々な揺さぶりをかけてくるのだ。

「なんて言ってる間に、この試合で負けたりしてな」

 大介の軽口を、視線だけで否定してくるツインズ。兄のことを信頼しているのだ。

 もちろん大介も、直史が負けるとは思っていない。

 あるいは試合中に、突然に故障でもすれば別だが。


 チーム力を総合するなら、トローリーズの方がアナハイムより強い。

 連続で七試合を行うならば、勝ち越す可能性は充分にある。

 だがその条件に直史の先発という一つが加わるだけで、圧倒的に戦力が逆転する。

 この試合で勝つのはアナハイム、いや直史だと、大介もツインズも信じている。

 それはかつての仲間であり、友人であり、家族でもある関係からの、絶対的な信頼感だ。

 だからといってネットで言うような、ナオフミストのような盲目的な狂信とも違う。

 純粋にピッチャーとして、直史が負ける姿が思いつかないのだ。

 心なしかテレビの向こうで、既にトローリーズの選手たちは、顔色を悪くしているような気がした。

 さすがに考えすぎのはずではあるが、おそらく結果は変わらないだろう。

 自分以外の人間に負けてくれるな。

 大介もまた、エゴイスティックな人間ではあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る