第16話 高空飛行
大介の数字が落ちてこない。
もちろん打点やホームランなどは、積み重ねるので落ちてくるはずはない。
もっともその順位は落ちる可能性はあるが、全く落ちてこない。
打率や出塁率は落ちてくるが、それが落ちてこない。
よく見れば開幕直後に比べれば、しっかりと落ちている。
ただ地球人から見ればサイヤ人のロゼもブルーも、対処不可能な存在としては同じなのである。
「しっかし四試合ホームランが出てないだけで、どうして不調扱いされるんだか」
大介はそうこぼすが、本当に自覚していないのか、周囲から胡乱下な目を向けられる。
ただチームも今季初の三連敗で、投手力の弱さが見えた状況になっている。
大介がホームランを打たなければ、やはり難しいらしい。
その不調を心配された日の夜に、二発も放り込んでしまうところが大介である。
サンディエゴとの対決は四連戦。
今季も四度の対決となっている。
ニューヨークからアトランタ、そしてサンディエゴと移動してくると、やはりアメリカは広いと、二年目ながらもまだ慣れない。
そのわずかな感覚の狂いが、バッティングに影響していたのか。
そこが修正できれば、またもホームランの数が増えていく。
これ以上増やすのは勘弁してくれと、相手チームの首脳陣やピッチャー、そして過去の野球の常識で食ってきた人間が、悲鳴を上げる事態となる。
直史も化け物であるが、大介も当然化け物。
同世代にこの二人がいたことは、まさに奇跡。
あるいは近い存在だったからこそ、お互いに高めあうことがあったのか。
(俺はともかく、ナオの方はねえかな)
そう思いながら、二試合連続でホームランを打つ大介。
去年もそうであったが、メトロズは序盤から打撃が爆発するので、先発に勝ち星がつきやすい試合になっている。
また一点差のリードという厳しい場面で最終回を迎えるよりは、二点差や三点差の方が多い。
ここにつなぐまでのリリーフもホールドが付きやすく、そしてクローザーにもセーブが付きやすい。
クローザーのライトマンは、今季一度だけセーブの失敗があったが、それも敗戦には至っていない。
先発が崩れてリリーフも崩れて、よほどの殴り合いにならない限りは、負けることは少ない。
敗戦した試合で最もロースコアだったのは、先日のサンディエゴとの3-4というもの。
移動の関係か、打線が不調であった試合だ。
大介も珍しく、三打数の一安打であった。
充分に安定してヒットを打ててはいる。
大介は本当は、打つ気であればもっと打てるのだろう。
そんなことを言ってくる人間は、そこそこにいる。
その理由というのが一つは打球のミート率に、もう一つは三振率の低さ。
ピッチャーの投げたボールを捉え、そして強く打つ力が傑出して優れているのだ。
ただそれでも打球は、強いゴロで内野の正面に飛ぶことはないし、外野の正面のライナーフライになることもある。
こんな時、大介は思わないでもない。
もうちょっとアッパースイング気味に打ったほうが、内野ゴロは減るのではないかと。
今の大介は基本、レベルスイングでボールを打っている。
少し高いところから投げてくるボールは、当然ながら全て、落ちてくる軌道になる。
理論上に完全なレベルスイングであれば、その反発する方向は、本来はゴロとなる。
なので大介にしても、本当に厳密にはレベルスイングではない。
それに今でも逆方向に打つときは、やや掬い上げるようなスイングに変化する。
かなり細かく見ないと、単にボールの下を叩いただけのように見えるが、逆方向へ打つときは明らかにボールの性質は変わっている。
基本的には全て、全力でライナー性の打球にしたいのだが。
真ん中よりも外に投げても、普通に引っ張って右側に打てるのが大介だ。
ただピッチャーへの対応を考えると、広角に打てるほうがやはりバッティングの幅が広がる。
「打率だけを考えれば五割を打てますか?」
そんなインタビューもあったりしたが、大介としては多分無理、と答えるのみだ。
「バッターのスイングっていうのは、その人毎の最適解があるんだと思う。俺にとってはそれはホームランを狙うことで、基本的にその打ちそこないがヒット。ヒットだけを狙っていく選択肢はない」
転がせといわれ続けた、小中学生時代を思い出す。
確かにそのレベルであればまだ、守備も未熟だし肩も弱いし、内野安打は増える。
高校生だと金属バットで、強いゴロが打てるのも理由の一つだったろう。
ただ大介はワールドカップ以降、最後の一年間は木製バットで高校野球を過ごした。
もちろん金属の方が、打球は強く反発しただろう。
だが自分のこだわりを貫く大介を、ジンも止めなかったし、秦野も止めなかった。
確かに金属ならばさらなる結果を上積みしたかもしれないが、大介は既に誰よりも結果を残していたのだ。
この高校時代の途中から木製バットに変えたのが、大介がプロ入り後にすぐ通用した理由の一つだろう。
大介の打つヒットを種類別にすると、ホームランが一番多い。
次が単打でその次が二塁打。そして三塁打は一番少ない。
異常なことである。だが打球を見れば、その理由は分かる。
大介はふわりと打って落とす、という打球が少ないのだ。
練習のときから既に、その打球の性質はライナー性。
内野を抜けていく打球も、ほとんどはバウンドをせずに抜けていく。
たまに強烈に叩いて、大きく跳ねて内野安打ということもある。
だが基本的には強く打って、ホームランを狙わなければいけない。
むやみやたらと長打を目指すのと誤解されることもあるが、ホームランの打ちそこないがヒットになることはあっても、ヒットでいいと思ってホームランになることはまずない。
時々やたらと芯を食って、思っていたよりも飛んでしまうことはあるが。
いまだに大振りするな、という指導がアマチュアでなされるのは、野球に触れる初期の指導が原因である。
小学生であればさすがに、まだ体が出来ていないので、そもそもホームランを打つことは出来ない。
なのでその時は、ミートすることと強く打つことを頭に入れて、スイングを作っていかなければいけないのだ。
もちろんプロであれば誰もがホームランを目指せ、とも言うわけではない。
重要なことは点を取ることもだが、点を取るチャンスを失わないこと。
難しいボールをちょこんと合わせて打って、サヨナラのヒットにするのはもちろんありである。
ツーアウトランナー三塁のサヨナラの場面で、打率0.250の50ホームランを打てるバッターと、打率0.333の10ホームランを打てるバッター。
この場面では当然、後者の方が嫌なバッターだ。
もちろん得点圏打率という、クラッチヒッターの数値も考慮されるだろうが。
大介の嫌なところは、打率でも長打でも、どちらもトップの数字を残していることだ。
そして自分が言っていることとは別の、深く守った外野の前に、ちょこんと落とすことも出来る。
インタビューに対しての言葉は、言い訳にすぎない。
ホームランだけを狙うと思わせた方が、対戦するにおいては便利であるからだ。
サンディエゴとの四連戦は、初戦を落として連敗が三となった。
だがそこから残りの三試合は、全て勝利する。
やはり強い先発が、崩れずに六回までを投げてくれると、メトロズは圧倒的に強い。
今季三度目の、二桁得点という試合もあった。
さて、そこから移動して対戦するのは、ロスアンゼルス・トローリーズ。
去年はリーグチャンピオンシップで、ナ・リーグ代表を賭けて戦った相手だ。
今年も戦力は維持していて、ナ・リーグの西地区ではトップを走っている。
ただ西海岸のMLBの話題は、ほとんど直史のものとなっている。
MLBデビューからここまで無敗で六連勝。
しかも多くの試合を完封し、失点がまだ一点もない。
メトロズの試合は、それなりの乱打戦になることがあって面白い。
だがアナハイムの試合は、直史が投げるとそこに緊張感が生じる。
これまでにも多くのピッチャーが、MLBには登場してきた。
サイ・ヤングのような偉大な500勝投手もいたし、暴投王で奪三振王のノーラン・ライアンのようなピッチャーもいた。
とにかく打たせて取るということを体現した、グレッグ・マダックスは直史とよく結び付けられることも多い。
しかし直史は、それらとも違う。
とにかく負けないし、とにかく勝つのだ。
NPB時代はそれなりに援護に恵まれないこともあったが、それでも強引に完封して勝ってきた。
MLBでも援護点はやや少ないが、それでも引き分けにはならないようにしてくれている。
ならば勝ってしまうのだ。
どれだけ勝利が続くのかと言うよりは、どれだけ無失点が続くのか、という話になる。
引き分けを挟んではいるものの、直史はプロ入りしてからは、オープン戦以外では負けがついたことがない。
この統計的な異常さは、まだ野球というスポーツが、計測出来ていない要素があることを示すのではないだろうか。
ロスアンゼルスで試合をしている間に、アナハイムでは直史が投げる。
そこそこ重要なはずの第一戦だが、大介はいまいち集中できない。
直史が投げるのは、今日ではなく明日なのだ。
ただそこでまた、恐ろしいことを達成してしまうかもしれない。
MLB移籍一年目で、既にノーヒットノーランとパーフェクトを一回ずつ。
これだけでも異常なことではある。
なおこれまでに、一シーズンに二回のノーヒットノーランを達成したピッチャーはいるが、三度という者はいない。
ただNPB時代から数えれば、もう引き分けを挟んではいるが50連勝以上。
どこを見てもありえない数字である。
アマチュアまで遡ると、高校時代に江川が、練習試合も含めてやっているかもしれないが。
今日は調子が悪かったな、と思った試合は、先発ピッチャーが崩れて試合としても敗北。
それでもヒットを一本は打っているのが、大介なのである。
四月の驚異的な打撃成績では、打率は0.464であった。
五月に入って10試合を消化したが、まだ0.463となっている。
むしろ出塁率は微増。
ホームランが少ないと言っても、10試合で4本打っていれば充分だろう。少ないと思ってしまうなら、それはもう完全に毒が回っている。
そして二戦目が、直史の投げる試合と重なった。
もっとそわそわした気分になるかと思ったが、もうそのあたりの段階ではなくなっていたらしい。
考えてみればこれまでも、普通に直史の投げている間に、大介も試合はあったのだ。
ただこれほど近くで、お互いの試合はなかっただけで。
それにもう一つ、大介が試合に集中出来る理由があった。
今日のトローリーズの先発は、本多なのである。
MLB移籍一年目から、立派に数字を残して、先発ローテを守ってきた本多。
チームとしても去年のポストシーズンでは、本多の投げた試合では負けていた。
大介自身にはそんなに苦手意識もないが、今でもところどころコントロールが乱れる。
このあたりの不安定さが、むしろ読みでうつバッターにとっては、攻略の難しいピッチャーになるのだろう。
そういえば、と大介は確認する。
この同じ日に直史と本多が先発で投げるということは、近く迫っているアナハイムとトローリーズとの試合でも、両者が対決するのではないか。
確かに確認してみたら、何か調整が入らない限り、両者はハイウェイシリーズで投げあうことになっている。
(今日はスレイダーと投げ合って、次は本多さんと投げ合うわけか)
これはひょっとしたら、と大介は思わないでもない。
トローリーズは打線も充実しているため、直史でも簡単に抑えきることは難しいのではないか。
負けるまではいかなくても、球数制限で交代というのは充分にありうる。
そしてそこから、直史以外のピッチャーであれば、普通に逆転負けもありうるだろう。
これはその日の試合が終われば、何も聞こえないようにして、録画した試合を見てみるべきだろうか。
本多自身が直史を打つわけではない。
だが日本時代を知っている本多が、なんらかの攻略法を、見つけてチームに伝えたりはしないだろうか。
(今のまんまじゃ、たぶん勝てないんだよなあ)
大介はかなり、客観的に戦力を分析している。
メトロズとアナハイムが、ワールドシリーズで対戦した場合。
大介はヒットの一本や二本は打てるかもしれないし、あるいはホームランも打てるかもしれない。
だがそれでも取れる点は一点ぐらいであろうし、あちらの打線はこちらのピッチャーから、二点ぐらいは取ってくるだろう。
直史が中三日で投げて三勝すれば、あとは一試合だけどこかで勝てばいい。
あるいは直史が、リリーフで投げてくる可能性すら考慮に入れるべきだろう。
(考えてみれば去年のメトロズでも負けてるわけだしなあ)
パーフェクトを食らっておいて、何も偉そうなことは言えない。
あの試合は選手もシーズンオフのテンションで、たまたまああなったという言い訳は、今年のレギュラーシーズンを見れば、通じないのは明らかである。
(ヒントがほしいよなあ)
球団本体が必死で探している、直史の攻略方法。
それはまだ明らかになる端緒すらつかめていない。
メトロズ相手に先発して、次の先発ではアナハイムの直史と投げあう。
これは絶対に陰謀だな、とMMRに葉書を送る勢いの本多である。
昨日の試合では味方打線が序盤から機能し、結局は七点を取って勝利した。
今日の試合もメトロズの先発はマクレガーで、さほどエースと呼べるほどのピッチャーではない。
防御率は4点台後半と、とにかく先発のローテーションを回すためのピッチャーだ。
なので味方の打線は、ある程度の点は取ってくれるだろう。
重要なのは本多が、どれだけ相手を抑えられるかだ。
特に序盤は、メトロズに先取点を取らせてはいけない。
今年のメトロズの勝つ試合は、おおよそ去年と同じだが、より打撃偏重になっている。
ただせっかく点を取っても逆転するまでにさらに点を取られているというパターンが多い。
さほどの数字を残していなかったとはいえ、一度にリリーフ陣を切りすぎたのだ。
本多からすればそれは明白で、クローザーのライトマンも、三年前までの安定感はない。
去年はランドルフにクローザーを明け渡していたし、そのまま今年もライトマンをリリーフに使い、ランドルフをクローザーでよかったのでは、と本多などは思うのだ。
だが赤字覚悟のNPBの球団運営と違い、MLBはそのあたりがシビアである。
選手の年俸の総額は、NPBと比べ物にならない格差が、同じMLBの球団でも存在する。
日本の感覚が抜けないと、そのあたりはどうも理解が及ばない。
それに勝敗だけを見れば、メトロズはしっかりと勝ち星を重ねている。
おそらくはトレードでどこか、補強はしてくるのだろう。
21世紀以降、ワールドチャンピオンが連続で同じチームであった例はない。
戦力均衡によって、どのチームが優勝するか分からない、面白い状態になったとは言える。
だがそれでも今年のメトロズは、やはり強い。
21世紀に入って初めての連覇という、栄光を掴み取ることが出来るか。
(まあ俺はその前に、こいつをどうにかしないといけないわけだが)
トローリーズは去年と同じく、西地区の優勝候補。
メトロズを倒すとしたら、トローリーズではないかと言われている。
レギュラーシーズンでメトロズに勝っておくことは、重要なことだ。
先頭のカーペンターは打ち取ったが、二番に大介が居座っている。
初回からこの対決というのは、本当に精神的にプレッシャーがかかる。
(とは言っても今日の作戦は、初回のこいつは敬遠なんだけどな)
申告敬遠ではないが、勝負しない配球をする。
ただトローリーズがちゃんと先制できれば、そこからは勝負していってもいい。
このあたりは勝負したがりの本多としても、どうにか許せる最低ラインだ。
そう考えてまずは外にボール球を投げていく。
日本時代から大介とは、何度も対決した本多だ。
大介はボール二つ分ほど外れていても、打っていく時があることは分かっている。
だが今年の大介は明らかに、ボール球を見逃している。
日本時代には想像も出来なかったが、得点の方が打点よりもはるかに多い。
まずは出塁して足でかき回すという、嫌な戦法を取ってくる。
(次の打席までには)
そんなことを考えて投げていてはいけない。
本多の投げたボール球に、大介は反応した。
ゾーンからは一個半、体勢を崩せば届く。
倒れこむようにしながらも、大介は腰の回転で速度をつける。
そして打ったボールは、レフトスタンドまで飛んでいった。
今年は見てくると、思い込んでいたら打たれる。
そのきつい洗礼を受けた本多であった。
ただし試合自体は、トローリーズが逆転して、本多は勝利投手なるのであった。
野球の試合の流れとは、本当に不思議なものである。
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