第14話 独走
とりあえず今年も、ナ・リーグ東地区はメトロズが優勝するらしい。
開幕から一ヶ月経過時点での、MLB界隈の共通認識である。
ピッチャーの層が薄いのではないか、と専門家は言っていた。
確かにそうかもしれない。去年よりも防御率は悪化している。
だが得点力がそれよりも上昇しているため、結果的には凄まじいチームに見える。
実際に強いチームではあるのだ。
ただピッチャーが弱点であるのは、GMやFMも分かっている。
七月には積極的に動いて、足りない駒を取りに行くが、出来れば40人枠の中から、ローテやリリーフでちゃんと使える選手が出てきて欲しい。
ポストシーズンでピッチャーの価値が変わるのは、大介も去年感じている。
ただ大介としてはむしろ、ポストシーズンの方が戦いやすかった。
レギュラーシーズンは統計統計データ統計と、やたらと勝負を避けてくる。
それなのにポストシーズンは、ドラマチックな要素を求めてくる。
ポストシーズン前の地区優勝が見えてきたあたりから、本格的なMLBは始まると言っていい。
それまでのレギュラーシーズンは、とりあえずお茶を濁すような存在だ。
「MLBってもう、レギュラーシーズン減らして、まともなペースでポストシーズン増やせばいいんじゃねえの?」
大介はそんなことを言って、杉村を震撼させた。
確かにポストシーズンの方が、より競った試合になりやすく、観客の動員もいい。
だがレギュラーシーズンの試合数が減るということは、そらだけホームランを打つ機会が減るということ。
大介がどんどんとこれからも記録を更新していくためには、試合数は多い方がいいに決まっている。
「白石さんはホームランや打点の通算記録の更新のために、レギュラーシーズンの試合が多い方がいいのでは?」
なので直球で聞いてしまった。
「消化試合で数を増やすより、一つ一つの対戦をしっかりしておいた方がいいだろ」
対戦する相手がちゃんと強ければ、そちらの方が打つとしても楽しい。
大介は弱い者いじめをしたいわけではないのだ。
記録を作るような人間は、本当に思考回路が違うのだなと、杉村は思った。
成績を積み重ねていって、キャリアを輝かしいものにするなど考えない。
平均的に三割打てればいいなども考えない。
目の前の勝負に全力を尽くす。そしてその相手が、強ければ強いほど燃える。
「佐藤はライバル、ですか?」
西海岸を中心に、ある意味大介よりもひどい暴れ方を直史について、杉村は尋ねる。
大介を調べるということは、そのまま直史を調べるということでもある。
特にプロ一年目の直史は、大介と勝負出来る、数少ないピッチャーの一人であった。
「それでも違うような気がするんだよなあ」
大介は最近、いや対戦する中で、そう思うようになっている。
直史と戦いたいというのは、偽らざる本心だ。
だが実際にプロの公式戦で対戦すると、想像していたような対決とはならない。
全然打てなくて不本意、というわけではない。
むしろ強い相手との対決は、確実に自分を成長させてくれる。
直史との対決は、自分に足らないところを教えてくれる。
単純なフィジカルの上昇には、もう限界が来ている。
これ以上のパワー、即ち体重を増やしても、あまり意味がないという認識がある。
技術には向上の余地があるはずだ。
本来は大介のスイングは、アベレージヒッターのもの。
それをほんのわずかにミートを調整することで、スタンドの最上段まで放り込むのだ。
フェンスギリギリでも、場外でも、ホームランはホームラン。
ただ飛距離を出すという技術は、普通にヒットを打つ上でも、重要なことになる。
最大出力を上げておくことは、悪いことではない。
そして最大出力を、どこまで上手くボールに伝えられるかがテクニックだ。
それが直史との対決だと、リードの対決となる。
どこに何を投げるかとか、どういう配球で投げるかとか、そういった単純なものでもない。
投球フォームを変えてくるし、わざとタイミングも外してくる。
リリースポイントがずれるだけで、変化球は全く違うものとなる。
決め打ちをするか、完全に反射に頼るか。
ただ直史の場合はリリースの瞬間まで、キャッチャーではなくバッターを見ている。
そのタイミングを取る足の動きやトップを見てから、球種を変更している可能性が高い。
(さすがに昔は、こんな無茶苦茶はしてなかったけどな)
尋ねてみればあっさりと教えてくれた。実はクラブチーム時代、様々なピッチャーに対応出来るようになるため、他のピッチャーの特徴を入れたりしたのだ。現在への完成形への最後のピースだ。
メトロズの次戦は、ホームでのアトランタ戦。
日本ではゴールデンウィークの五月。
そういえばプロ入りしてからは、シーズン中の祝祭日なぞ、全く関係ないな、と思う大介である。
それはMLBでも同じと言うか、むしろ休日はNPBよりもはるかに少ない。
ただ実質的な拘束期間と言えるスプリングトレーニングは、日本のキャンプよりも短い。
極めて休日の少ない仕事であり、むしろ休日にお仕事である。
(好きじゃなきゃやってらんねえよな)
などと思っている大介であるが、ふと気になった。
直史はおそらく、野球は好きではあっても、ここまで野球ばかりをするほどの野球好きではない。
好きで野球をやっているのではなく、野球を仕事と割り切っている人間もいる。
また野球が好きであっても、その野球によって得られるメリットが、多くてやっている人間もいる。
もちろん大介のように、本当に好きでやっている人間もいる。
大介からすると、仕事と割り切ってやるには、野球というのは微妙な仕事と思うのだ。
他のプロスポーツにおいてもそうだが、特に野球、さらにMLBは拘束期間が長い。
年間162試合もレギュラーシーズンだけで消化するプロスポーツというのは、他にはないのではないか。
そんな過酷な状況で、それでもやっていられるのは、野球が好きだからというのは、立派な理由になる。
仕事でやってるという選手なら、そこまで親しいわけではないが、樋口は普通に口に出していた。
直史は野球が、どこまで好きであるのか。
確かに中学時代、一度も勝てなかったのに、わざわざ高校でも野球部に入った。
それは客観的に見ると、野球が好きなように見える。
ただ深く思い出すと、大介は色々と気付くのだ。
直史は負けず嫌いなだけではないのかと。
野球はほどほどに好き。
そんなほどほどに好きな程度で、これだけの成績が残せるのか。
逆転して死ぬほど負けず嫌いなら、こういった方向で力を出せるのではないか。
(分かんねえやつだよな、あいつも)
大介はそう思うわけだが、野球選手としての性能の意味不明さでは、どっちもどっちといったところである。
今年も完全に一強と言えるメトロズであるが、アトランタも二位にはいる。
本来なら去年は、ポストシーズンからのワールドシリーズまで狙っていたのだ。
それが大介が来てしまった。
もちろんメトロズフロントが、それを見て戦力を補強したということもあるし、トレードデッドラインまでにさらに補強したということもある。
だが今年はちゃんとそのあたりが分かった上で、ナ・リーグの東地区を蹂躙している。
ピッチャーは去年の優勝メンバーから、かなりの人数を放出してしまった。
もちろん普通にFAとなって、再契約をしなかったという者もいる。
ここまではそれでも、戦力的には充分であった。
だが分かる者には当然分かっている。
ポストシーズンで勝ち進むには、ピッチャーが足りない。
補強をするだろうな、というのは分かっている。
ただ経営者でもGMでもない大介にとっては、ランドルフを残せなかったのかな、と疑問に思うことはある。
そしてそういうことを下手に口にすると、フロント批判にしたがる人間がいないわけではない。
その点で大介は、本当に助かっている。
通訳を通すというのが、ニュアンスの違いを教えてくれる。
日本語では大丈夫なものが、アメリカではNG。
そういったことを杉村が言うため、失言らしい失言がない。
元々日本時代からも、大介は煽っていくタイプではなかったが。
その存在と実績自体が、ショーの塊と言っていい。
派手なパフォーマンスというのは、言葉やグラウンド外でのものではなく、試合において発揮するべきものだ。
そんな考えを実現する実力を、大介は持っている。
ゆえにわざわざ挑発的な物言いもしないし、煽っていくこともない。
ただあのチビには負けたくないと、味方も敵も思うかもしれないが。
素直に負けを認めて、自分の成績にこだわるのも、それはそれで仕方がない。
この三連戦、大介は普通にホームランを打っていったが、チームは負け越した。
三タテを食らってはいないが、今季二度目の連敗だ。
どれだけ強いチームでも、野球は普通にシーズンの中で連敗ぐらいはする。
ただやはり、先発のローテの弱いところでの連敗であった。
ピッチャーが必要だ。
杉村は通訳ではあるが、同時に球団のマネージャーでもある。
GMであるビーンズと接触する機会などは、大介よりもよほど多い。
なので大介は杉村に、GMの考えなどを尋ねてみる。
「今のピッチャーの陣容だと、ちょっとポストシーズンは厳しくないか?」
「ポストシーズン自体は余裕で出場できそうだけど?」
「それはそうだけど、俺が言いたいのは優勝だよ」
レギュラーシーズンのリーグ戦は、おそらくこのままメトロズが勝つ。
だが短期決戦となるポストシーズンでは、確実性が薄いと思うのだ。
杉村にしても、確かにビーンズと接触することは多いが、だからといって選手のトレードに口を出せる立場ではない。
ただ指示をされて、どこどこのピッチャーに関する資料などを、集めたりすることはある。
「シーズンを進めながら育てていくのはまだしも、チーム作りまでシーズン中に行うのは、あんまり日本ではやってないからなあ」
全くやっていないわけではないが、今のNPBのトレンドはトレードではなくドラフトと育成だ。
選手をぽんぽんとやり取りする野球には、さすがに違和感が大きい。
シーズンの始まる前から、ちゃんとチームの構想をはっきりさせておく。
故障者の復帰などは計算に入れているが、MLBほどの選手の入れ替えはない。
特に二軍選手の中の有望株と、一軍選手のFA間際のトレードというのは、日本ではありえない。
主力同士で、ポジションがそこそこ被っているところを、トレードするということが多いのだ。
二軍の選手などは、そこにオプションのように付け足されることもあるが。
「チーム数が全然違うから仕方ないけど、一つのチームが覇権を握り続けることも少ないよな」
このあたりはちょっと、大介の方が感覚はずれている。
NPB時代の大介は、ライガースで四度のリーグ優勝と、五度の日本一を味わっている。
また去年は別にしても、ずっとスターズ、ライガース、レックスの三強時代が続いていた。
ただ興行として見た場合、優勝がそこまで集まっているのはどうなのか。
パ・リーグ冬の時代であったし、連覇の多い時代であった。
セ・リーグの場合はクライマックスシリーズでの下克上はあっても、もう五年連続でリーグ戦は、レックスが制している。
このあたりは杉村も、少し耳にしている。
ビーンズとオーナーであるコールは、王朝という言葉を口にしていた。
スポーツにおいては、チームが全盛期となり、覇権を握り続ける状態と言える。
そしてそのコアとなる選手が、大介なのである。
大介はそのルーキーイヤーから化け物であったが、今年でまだ29歳。
あと数年は、ルーキーイヤーほどでなくても、怪物じみた成績を残すだろう。
しっかりと打線を組んで大介を活かせるようにして、ピッチャーも揃えられるなら揃える。
そして開幕からしばらくは、チーム状態を確認する。
行けると思えばそこから補強し、ワールドチャンピオンを狙う。
ただ杉村から見ても、そのためには絶対的なエースが、一人は欲しいのではと思うのだが。
メトロズの打撃力は、史上最強とまでは言わないが、史上最強のバッターを、そのコアに備えている。
なのでこの上位打線では、かなりの得点を狙っていけるのだ。
大介が打つだけではなく、走ることも出来るバッターであるため。
チャンスに得点すると共に、チャンスを作ることも出来る。
ホームランの記録にばかり目が行くが、大介は今シーズンも、既に18盗塁している。
ホームランの数より多いのだ。
今年はこれまで、一試合に一度は必ず、歩かされてしまっている大介。
そこからチャンスメイクもできるし、単純に同点や逆転のランナーにもなれる。
アトランタ相手に負け越したあと、メトロズはアウェイで西地区のサンディエゴに向かう。
ここ最近というかもう随分と長い間、ナ・リーグの西地区はトローリーズの覇権が続いている。
時折選手の構想が外れて、さすがに延々と地区優勝とはいかないが、もう10年以上も四位以下には落ちていない。
そんな西地区でサンディエゴと戦うわけだが、大介は気付いた。
日程の関係もあって、半日ほど時間が作れる。
直史がその気なら、メトロズの試合を見に来ることが出来るな、と。
そこまではしないにしても、アナハイムは休みの日で、リアルタイムでメトロズの試合を見ることが出来る。
直史がどうするか、大介はおおよそ分かる。
球場には来ないだろうが、確実にメトロズの試合を見る。
同時性を重視して、大介のバッティングを見てくるだろう。
それに対して何か対策でもするべきか?
(いや、それは違うか)
いつも通りでいい。
いつも通りに打って、直史に見てもらえばいい。
ここまで無茶区茶な成績を残している直史が、己に匹敵するほど無茶苦茶な成績を残している大介を、どう思うのか。
なんなら電話で念押しして、見るように言っておくべきか。
いや、そこは直史のことを、ある意味では信じるべきである。
直史なら必ず、大介と対決したときのために、大介の情報を得るはずだと。
「つーわけでなんなら会ってこようかなと思うんだけど」
「どうやって?」
「大介君あのさあ」
サンディエゴとアナハイム。
確かに地図で見てみれば、近いように思える。
だがそれはアメリカが広いからそう思えるだけであって、普通にものすごく距離はある。
車の免許をこちらにも切り替えはしたが、基本的に大介は自分では運転をしない。
レンタカーを借りるにしても、その手続きなどを考えて、そうそう会いにいけるものでもない。
あちらは一日休みがあるので、そこで会いに来るのはかろうじて可能かもしれないが、直史は用もないのに来ないだろう。
アメリカ二年目のシーズンながら、いまだにスケールの違いに戸惑うことが多い。
東海岸と西海岸を、飛行機で移動するのとは違うのだ。
これはそんな大介の、普通の日常の出来事であった。
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