第10話 未熟

 ※ 本日もAL編10話のネタバレが出ております。



×××




 マイアミとの三連戦は、メトロズの全勝にて終わった。

 だが課題も浮き彫りになってきた。

 やはりピッチャーの補強が足りなかったのだ。

 ウィッツ、オットー、スタントンの三人は、去年も先発のローテを回していた。

 この中ではウィッツが怪我で一時離脱したが、それでも14先発している。

 ここまで三人はある程度計算し、四人目としてはマクレガー。

 去年は25先発で11勝9敗と充分な成績に思えるが、打線の強力な援護を得たもの。

 今年も初めての登板で五回五失点と、負け投手になってもおかしくはなかった。

 それがしっかり勝てたのは、最終的に味方が九点も取ってくれたからだ。


 新戦力としては、ジャッキー・ロビンソン。

 フィラデルフィアとの初戦で投げて、しっかりと勝ち星を上げている。

 ただ残りの五人ローテのマクレガーを見ても、本当にこれで大丈夫か、とは思わないではない。

 普通に考えれば一人か二人は、ある程度の戦線離脱がある。

 その時に六番手として控えている選手が、本当に役に立つのか。


 大介との契約を変更して、シュレンプを残した。

 そこでかなりの年俸が発生してしまった。

 それでも打線のコアの選手を残したのは、打線が全体的に弱くなると、大介を敬遠することが多くなってしまうからだ。

 間違いなくチームにおいての最大戦力。

 しかしそれを活用するには、補助戦力が必要なわけで。

 ただそれでピッチャーの予備戦力を削ってしまえば、結局はポストシーズンには出られないのではないか。


 おそらく去年の例から見ても、トレードデッドラインに大きく動くのだろう。

 先発を一人にリリーフを一人。

 それが補充すべき、最低限の戦力である。

 故障者が出たらもっと必要になるであろうし、統計的に間違いなく故障者は出る。

 メトロズの連覇への道は遠い。

 もっともその原因は、メトロズ本体よりも、他のチームにあるのだが。




 フランチャイズで同地区のチームとの二カードを消化して、メトロズは敵地へと移動する。

 ア・リーグ中地区のクリーブランド・ネイティブス。

 去年は地区三位で、今年もそう大きな補強はしていない。

 大型契約の選手が一人、去年のシーズン中盤で故障したというのが大きかった。

 だから今年は、それが復帰してきたので、補強は調整程度であろうか。

 ここもまた調子が良さそうなら、トレードでシーズン途中の戦力補強を行うだろう。


 昨年は三試合当たって、3勝0敗。

 全ての試合を勝っているわけであるが、試合数が少ないのでそうそう甘く見るわけにもいかない。

 ちなみにこの三試合においては、大介は一本のホームランも打っていない。

 八月の対戦でその長打力を恐れられて、もうまともに勝負されることがなかったからだ。

 四打数無理に打ちにいって、ヒットすら打てていない。

 ただ歩かされたのに怒って走りまくり、六回もホームベースを踏んでいる。


 大介がどれだけホームランを打ったかどうかで、相手のチームの強さが決まるわけではない。

 そもそも対戦する数の少ないチームのピッチャー相手だと、大介は一本のヒットも打っていないというのもそこそこある。

 対戦するのが後になれば後になるほど、より対決には慎重になっている。それがまさにクリーブランドであった。

 序盤に大介と対戦したため、シーズンを通じて調子を崩してしまった者もいる。

 ただクリーブランドが警戒しているのは、大介だけでもないだろう。

 ア・リーグのクリーブランドは、同じア・リーグ西地区のチームとの対戦も、少しながらある。

 つまり直史との対戦だ。


 先日の直史の二度目の先発を、大介は終盤はリアルタイムで視聴していた。

 大介も試合があったのだが、時差のおかげで少し試合の時間がずれていたのだ。

 単純にシーズンのことを考えるなら、ちゃんと早く休んで、次の日もあった試合に備えるべきであったのだろう。

 だが大介は最終的な目的のためには、今の時点から色々と計算しておくべきだと思っていたのだ。


 チームとしてもレギュラーシーズンはおろか、ポストシーズンでもワールドシリーズまで勝ち進まないと対戦しない、アナハイムの分析は優先度が低い。

 だがもちろんデータ自体は収集していて、大介はそれを球団から提供してもらっている。

 今からやるべきだ。

 本気で戦って勝つつもりなら、それぐらいは当然するべきだ。

 もちろん球団としてもというか、MLB全体が、やっと直史の脅威度を正確に認識しだしてはいる。

 ただナ・リーグ東地区のチームは、対戦の機会がないことに感謝しているだけだ。

 同じことは大介相手に投げなくてもいい、ア・リーグ西地区のピッチャーも思っているだろうが。


 


 結果を知ってからではない、リアルタイムでのピッチング。

 あの試合はアナハイムの主砲が不調で、また攻撃での作戦も上手くはまらなかった。

 普通ならあの試合は、一年に一度ぐらいはある、ピッチャーがどれだけ好投をしても、勝てない試合になるはずであった。

 だがそこを全く隙を見せずに直史が九回までを投げて、そして坂本が運命を強引に捻じ曲げた。

 キャッチャーがツーアウトからバントをするか?

 いや、樋口あたりもしたかもしれないが。バントヒットというのは相手が無警戒であった時こそ、成功しやすいのだから。


 それはそれとして、直史のピッチングだ。

 ヒット四本を打たれたが、全てが単打。

 後から試合全ての録画したものを見たが、内角低めを上手く掬われている。

 重要なのはそれが、長打になっていないこと。

 確かに大介にしても、ボールになるほどのアウトローを除けば、インローは長打にしにくい。


 大介の場合はパワーを、回転運動で出す。

 だがインローであると、どうしてもバットのスイングと回転軸が一致せず、ロスが発生するのだ。

 それでも狙って、呼び込んでから打てば打てなくはない。

 直史の場合はどう考えているのか。


 ふと気になったのは、もしもこれが九回の裏でサヨナラにならず、10回の攻防に突入したらどうなったか、ということだ。

 もちろんたらればは禁止というのはあるが、これはちゃんと目的を持った想定だ。

(ああ、なるほどな)

 直史を打つことは難しい。

 だが勝つための道はちゃんとある。

 もっともそれは、大介は望んでいないし、観客も望んでいないことだろう。

 それにその道は、味方の投手陣に多大な消耗を強いる。


 高校二年生の夏、白富東が優勝できなかった、根本的な問題の一つ。

 直史が投げられなかったのだ、あの試合は。

 MLBにおいては実は、試合においては引き分けというものが、ごく一部の例外を除いて存在しない。

 必ず勝敗がつくまで、延々と試合が続く。

 直史を打てないなら、直史以外から打つ。

 いずれはMLBの球団もそれに気付くだろう。

 NPBであれば100球を超えても、直史に余裕があれば平気で投げていた。

 しかしMLBでは球数制限のルールは、日本よりもかなり厳しく守られている。


 大介はここで気付いた。

 だが自分から、チームに言うことはないだろう。

 そもそも球数を増やすためのカットをあまりしていると、報復死球がある。

 直史は絶対にしないだろうが。

 それに勝負を避けられて困っている大介が、直史との勝負を避けて勝っても、チームはともかく大介には、なんの意味もないのだ。

 そのあたり大介は、完全にフォアザチームではなく、エゴイスティックな人間であった。




 開幕からここまで、八連勝と絶好調のメトロズ。

 だがそんなメトロズと大介の記録を、直史の話題性は上回っている。

 投げたのはたったの二試合だが、一流のピッチャーでも、年に二回か三回も達成スレば上々という完封を、既に二度も達成している。

 二年も連続で、日本からの怪物に蹂躙されるMLB。

 特に去年はナ・リーグの東地区にいて、今年はア・リーグの西地区に移籍した選手などは、泣いてしまってもいいだろう。

 大介の目からすると、ちゃんと試合を重ねるごとに、ほどほどの手の抜き方を憶えて行っている気もするが。


 日本での直史の評価は、先発とリリーフで二人分。

 完封してしまうため、リリーフをしっかりと休ませることが出来た。

 そのためレックスのブルペンのやりくりには、かなりの余裕が出来た。

 二年連続で100勝してしまったあたり、本当に一人のピッチャーの影響とは思えないほどだ。

 実際には先発二人リリーフ二人の四人分の働きはしているだろう。


 上杉もまた、同じような効果をもたらした。

 だが上杉はそれ以上に、そのカリスマ性がチームに影響を与えたのだ。

 直史のそれは、あくまでも数字的に分かる貢献度。

 それだけに逆に、誰もが分かる脅威となる。


 直史と対戦したチームのバッターが、しばしば語ることによると、直史のピッチングは底なし沼だ。

 一見すると打てそうでいて、実際に塁にまでは出るのだが、前に進むのがひどく難しい。

 そして試合の終盤になれば、もうどうしようもなくなってしまっている。

 なるほど確かに、そういった面はある。

 だからといってピッチャーの投げる球からは逃げられないので、本当にもうどうしようもないのだが。


 目の前の敵を、軽んずるつもりはない。

 だがそれでも、今年も勝負を避けられる可能性は高い。

 そう思うとどうしても、直史対策に頭を働かせてしまう大介であった。




 やはりと言うべきか当然と言うべきか、大介はかなり勝負を避けられる。

 ただ今年と去年とで違うのは、打てそうならボール球でも、打っていくかどうかということだ。

 ボール球でも、打つだけなら打てる。届く範囲なら。

 だがそれをスタンドまで運んだり、しっかりミートできるかといえば、それは別の話だ。

 そして歩かされる大介を見ていると、むしろあちらのホームであるのに、ブーイングが起きたりする。

 なんとも盛大な援護射撃である。


 先発スタントンの好投と、大介が塁に出た後の打線のバッティングにより、メトロズは序盤からリードを広げていく。

 点差が広がっていくと、無駄に大介を敬遠する意味もなくなる。

 申告敬遠をするよりも、強打者との対決で、若手の多いチームを育てたいということか。

 しかしそれで真っ向勝負をしては、普通に打たれるだけである。

 四打席歩いたあとの、一撃がホームラン。

 最初からもっと、ちゃんと勝負をしておくべきなのだ。


 おかしな数字になっている。

 大介はこの試合まで、13本のヒットを打っていた。

 そしてそのうちの7本がホームランであった。

 つまりヒットを打てば、半分以上の確率でホームランになっている。

 おかしい。


 単純に超高打率とか、超高出塁率というのもある。

 だが打率が五割を超えて、出塁率が七割を超える。

 いくらモンスターとはいえ、これはさすがにおかしいと思うかもしれない。

 しかし勘違いされている。

 大介は去年、無理にボール球を打っていったから、あの打率となったのだ。

 打てるボールだけを打つなら、もっと簡単にホームランに出来る。

 いや、それでももちろん、おかしいのは確かなのだが。


 多くの人間が想像する。

 去年あの、アメリカ全土に衝撃を起こした事件がなれば、大介の成績はどこまで伸びていたのか。

 単純に出た試合の数が増えたであろうし、妻が大怪我となった大介は、明らかに本調子ではなかったはずだ。

 はずである。

 数字的に見て、ホームランが80本に達していた可能性は高い。

 

 今年はこれまで、九試合で七本。

 単純計算であれば、162試合でも100本はホームランを打てるだろう。

 何しろ今までの歴代のホームランバッターの多くにあった、歩かせれば足がないという弱点と、大介は無縁である。

 これまでも走力を備えたホームランバッターはいたが、それでも桁外れだ。

 おそらく神が、野球の歴史を塗り替えるために作り出した、人型野球機械。

 ホームラン製造マシーンの大介であるが、単にホームランだけでないところが、本当に恐ろしいのである。




 だが第一戦を終えた大介は、第二戦は集中力を欠いていた。

 なぜならこの日、直史が三度目の先発を行う日であったからだ。

 時差もないために、メトロズの試合が終わった頃には、向こうも試合は終わっている。

 それで自分の成績を落としてしまうあたり、大介もまだまだ未熟である。


 あれだけ勝負を避けられながらも、開幕から続いていた連続試合安打はストップ。

 ただフォアボールで一度、塁に出ることには成功した。

 そして守備の面でも先発のウィッツは同点でマウンドを降りたが、その後がいけない。

 打線が得点を取る前に、リリーフ陣が点を取られる。

 そのためチームの連勝も九でストップ。

 五点以上の点を取れない試合は、これが今季初めてとなった。


 大介は反省した。深く反省した。

 今季はここまで続いていた、無産新記録も途絶えてしまったのだ。

 試合の趨勢がほぼ決していたのなら、集中力を失っても仕方がない。

 長いシーズンの中では、ある程度力を抜いて、体力を温存することも大切という意見もあるからだ。

 だが大介のこれは、ただの集中力の不足。あるいは注意不足。

 実戦を前に練習をするならともかく、このていたらくはなんなのか。


 反省した大介は強い。

 このカードの三戦目、つまりクリーブランドとの今季レギュラーシーズン最後の対決。

 大介は三打席も勝負してもらえたため、単打、二塁打、ホームランと爆発。

 四打席目は調子に乗ってまた外野へライナーなどを打ってしまったが、それでも三打点。

 最終スコア13-2という圧勝の、まさに原動力となったわけである。


 直史の動向から目を離したくはない。

 だがそれで目の前の試合に集中出来なければ、それはそれで本末転倒だ。

 大介としてはむしろ、他の試合の全てより、その末の方を大切にしたい気分ではあったが。

 純粋にバッターとして、情けない姿は見せたくない。

 どうにかその本能が、勝負欲という煩悩を上回った。


 幸いと言っていいのかどうか、大介には間違いなく最高の、対直史のブレーンがいる。

 身内ではあるが、自らの妻二人。

 妹としてあの兄を、どう見てきたのか。

 分析はそちらに任せて、大介は勝利のことだけを考えるべきだろう。


 チームとしてもここまで、10勝1敗。

 クリーブランドから離れて、メトロズは遠征続き。しかし今度は同じ地区の、フィラデルフィアとの向こうのスタジアムでの対戦となる。

 今年はどうやらメトロズには勝てないかなと、実はもうフィラデルフィアのフロントは諦めかけていたりする。

 その場合は七月を前に、色々とチーム再建を考えなければいけない。

 大介はチームと、三年契約を結んだ。

 一人のバッターが全力を出せるようにすれば、どれだけの力を発揮することが出来るのか。

 投手陣の補強をやや犠牲とする代わりに、メトロズはそれを試しているようなものである。




 動きは東海岸と西海岸、それぞれ一つのチームだけではない。

 最も北東にあると言える、ボストンのチーム。

 美しいが歪なスタジアムでは、この時点で上杉が、既に4セーブを上げている。

 MLBのシーズンセーブ記録は、62である。

 このペースであれば上杉は、それを上回る可能性もある。

 そしてそれ以上に恐ろしいのは、いまだにヒットを一本も打たれていないということ。

 直史が西でおかしいことをして、大介と上杉が東でおかしいことをしている。

 今年のMLBの特異点は、三つも存在するのか。


 三人の日本人が、明らかにMLBをかき回している。

 渡米以前からの、それぞれのライバル関係。

 色々と想像の余地があって、見ている方は面白い。

 ただ当事者である対戦相手は、そうも言っていられなかったが。


 シーズンはまだまだ始まったばかりだ。

 MLB史上最も騒々しかった一年。

 おそらくこの年は、そう名づけられることとなる。

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