第11話 教訓
※ さほどではありませんが、本日もAL編がやや展開が先になります。
×××
MLBは興行である。
極端な話チームは稼いでさえいれば、負けが続いてもいい。
もちろん実際のところは、全然勝てないチームはどんどんと人気がなくなる。
勝てなくてもスター選手がいれば話は別だが、そんなチームでスター選手がモチベーションを保つのは難しい。
かつてのNPBにおいては、どこかの球界の盟主との対決だけは、試合のチケットが売れた。
なのでほぼ一つの球団がNPBをリードしてしまったりしていたが、それはもう遠い昔の話である。
MLBにおいては基本的に、フランチャイズが球団運営の興行面での基本だ。
昨今はこれに、放映権料がつながっているわけだが。
そして例外もあるにはある。
あまり今年は期待できないのでは、と思われているフィラデルフィアのホームスタジアムは、ほぼ満員の観衆で埋まっている。
フィラデルフィア・フェアリーズのファンではない。あるいは野球ファンですらない。
そういうものを超越して、大介を見に来ているのだ。
現在のMLBの球団の資産的価値は、一般的にNFLやNBAのチームに比べて、低いところがほとんどである。
つまり野球というスポーツ自体が、そもそも縮小傾向にあるのか。
ただNBAのような体格要素が大きなバスケットボールよりは、まだしもベースボールの方が裾野は広い。
歴史の長さというものに、短い歴史しか持たないアメリカ人は、けっこう弱いのである。
以前よりは縮小されたとは言えマイナーのチームも多く、またNFLやNBAよりは、平均的な選手寿命も長い。
アメリカンドリームを実現するのに、向いたスポーツではあるのだ。
もっとも裾野と言うか、その初心者が入門するのは、バスケットボールが一番とも言われている。
人数が多くまたそもそも用具が必要なアメフト、そしてベースボールに比べると、ゴールを用意してボールさえあればいいバスケットボールは、敷居が低いものであるらしい。
そんな条件の中で、野球の人気を拡大する。
なんだかんだと商業的な展開を工夫しようが、全ては圧倒的なスーパースターの前には無力。
フィラデルフィアのみならず、さすがにマイアミでは全試合満員とはならならかったが、普段の三倍以上の観客が入った。
ポジションは花形のショートで、軽やかに跳躍する。
打てばポンポンとホームランを打つし、もう二度と出ないと言われていた四割打者。
そして勝負を避けられて敬遠されても、そこから走って盗塁を決める。
ホームランがなくてもスチールで魅せる。
今までになかったハイスペックなアスリーツだが、その外見はとてもそうは見えない。
がっしりとはしているが、それでも全身が筋肉というようなものではない。
小さな人間が大きな人間に勝つということ。
それはある意味、弱者による強者への対抗にも思える。
実際のところは、大介は全く弱者ではないが。
フィラデルフィアは第一戦、完全にとは言えないが、それなりに大介とは勝負にきた。
そして大介はそれに対して、あまり打てなかった。
敵のチームのファンからさえホームランを期待されると言うよりは、ホームランを期待してファン以外の観客がスタジアムにまで来ている。
これは言うなればイベント、あるいは祭りだ。
なので敵とか味方とかではなく、大介のホームランが見たいのだ。
花火を見に来るようなカジュアルな感覚で、スタジアムにまで来ている。
新たなMLBファンの獲得に貢献しているのだ。
ファンの正しい姿勢など、本来はどこにもない。
フランチャイズ経営が今のMLBの基本であるが、正しいファンの増やし方などはない。
たとえば大介を見に来たとしても、それをピッチャーがしっかりと抑えた場合。
それはあのピッチャーが凄いのではないか、という新しい興味の対象になる。
誰だって最初はそうではないだろうか。
お気に入りの選手を見つけて、それに注目する。
それが大介であれば、大介が歩かされたときに、その後にヒットを打って大介をホームに返す選手にも目が向く。
また大介が打ち取られたとしても、注目する理由にはなる。
後からいい成績を残していけば、さすがは大介を打ち取っただけのことはある、とどんどん知っている選手が増えていくのだ。
今はまだ、試合ではなく大介を見に来ているのでもいい。
だがファンになるというのは、そんなものなのだろう。
大介だけのファンであれば、大介が引退したらどうするのか、
大介のような選手は、おそらく二度と出てこない。
一人の選手が、野球全体のファンを増やすことになる。
これはリーグ全体にとっても、間違いなくいいことのはずだ。
実際に日本においても、野球の中高生の競技人口は、少し増えたのだ。
他にも上杉などの、圧倒的なスーパースターはいたが。
誰かに憧れて、野球をするようになる。
あとはそこで指導者が、おかしなことをして野球嫌いにならないよう、注意をするだけである。
この三連戦、大介の成績は平凡な一流選手のものであった。
ホームランは一本に、打点は4。
それのどこが平凡な一流選手なのか、という疑問は置いておく。
盗塁もそれほどしかけることはなく、素直にフォアボールを選んで塁に出た。
そこでしっかり、チームの勝利には貢献したのだが。
メトロズは12勝2敗というスタートで、地区ではぶっちぎりの首位。
もちろんこんな序盤では、まだなんとも言えないわけであるが。
フィラデルフィアとの試合の次は、やはりアウェイでのアトランタとの試合。
今年のアトランタは、まだそこそこ強い。
メンバーも揃っているし、勝率も確実に五割以上を維持。
だが同じ地区にメトロズがいるというのが、不運と言えば不運だろう。
ただメトロズにしても大介が入るまでは、ここまで攻撃的なチームではなかったのだ。
この五年に限っても、四位になったことがある。
上手く若手が成長するまで、GMのビーンズも苦労していたのだ。
だいたい五年ほどをかけて、安い選手でチームを強くしていく。
そして勝負と見た年には、しっかりと大型の補強を行う。
大介とは三年の契約をした。
ただ他のチームメイトとの契約などを考えれば、三年目はかなり戦力は低下しそうなのだ。
そもそも長期大型契約を望んでいなかった大介に、三年の契約をさせたのは、鼻先に人参をぶら下げる意味を持つ。
三年後には大介は31歳。
大型契約を結ぶには、もうぎりぎりの年齢と言えるだろう。
その大型契約を結ぶために、三年目にまで頑張って欲しい、というのがビーンズの思惑である。
あとは大介は、トレード拒否権を持っているが、それはあくまでも本人の意思で拒否をしてもいいというものだ。
本人が望むなら、トレードも出来るのだ。
三年目にもしも、メトロズの戦力が低下して、優勝を狙うのが難しくなったら。
その時は優勝が狙えるチームに、大介をトレードすることが、本人が許容すれば可能だ。
そしてそのトレードによって、プロスペクトの中でも特に、トッププロスペクトと言える人材を取れるだろう。それもおそらく複数。
もしもオーナーが許し、若手が上手く育ったなら、三年目でFAとなった大介と、大型契約を結んでもいい。
大介とトレードで手に入れた戦力でチームを底上げし、大介と前よりもはるかに大きな金額で契約する。
これはかなり長期的な戦略になる。
一番いいのは戦力がそれほど低下しない二年目までに、新しい戦力が育ってくれていることだ。
そのまままた大介と契約を結び、新しい若手の戦力と共に、チャンピオンリングを取りに行く。
上手くすれば王朝と言ってもいい、黄金時代が築けるかもしれない。
さすがに少しならず、夢を見すぎであろうが。
そんな先のことは、大介は考えていない。
とりあえず今確かなのは、ア・リーグに西地区で、アナハイムの調子がいいということ。
アナハイムにおいても、直史の調子がいいということだ。
違うリーグのチームであるため、対決にはワールドシリーズまで勝ち進まなければいけない。
しかし少なくともメトロズの方は、それが可能な試合を続けている。
アトランタにおいても、あちらのチームのファンではなく、大介を見に来た観客がいる。
明らかに一人の人間が、MLBというリーグ全体を盛り上げているのだ。
三連戦で、二本のホームランを打った。
期待してきた観客には、それなりに楽しめたことだろう。
また幸いにも、アトランタのファンにも嬉しい展開となった。
試合自体は二勝一敗で、アトランタが勝ち越したのである。
やはり危惧していた通りのことになった。
一戦目もクローザーのライトマンが打たれて同点にされて、そこから勝ち越してどうにか勝った。
だが二戦目も競った試合でリリーフが踏ん張れず、先制されたまま追いつく場面がなかった。
三試合連続で五点以上を取りながら、そのうちの二試合を負けているのだ。
これはどうにも、状態が悪いと言わざるをえないだろう。
ただ、想定の範囲内である。
コアとなるバッターは残し、微妙かもしれないがそこそこの実績は残しているピッチャーは切った。
そして若手の台頭を待って、実際にジュニアはしっかりとローテを回している。
ここにリリーフでしっかり投げられるピッチャーが、もう一人ぐらいは上がってきてほしかった。
マイナーで試しているピッチャーはいるのだが、とりあえずまたメジャーに昇格させるか、微妙なところなのだ。
メジャーリーガーはFAを獲得するまで、通常のドラフトを経ていれば、六年間の時間が必要になる。
球団としては少しでも長く安く使いたいため、その昇格している期間を短くしたいと考えたりもする。
ただ上の方の選手が不甲斐なければ、試してみるしかない。
もしくはトレード、という選択肢もないではないが。
遠征が終わってホームに戻ってきた段階で、ビーンズは現場の首脳陣との話し合いをする。
シーズンが始まったばかりの四月であるが、トレードの可能性の示唆である。
トレードデッドラインはまだまだ先であるが、ギリギリになってからのトレードであると、向こうに足元を見られる可能性もある。
なので補強ポイントが明白であれば、この時点から考えていってもおかしくない。
確かに現場も、ピッチャーが薄いなとは思っている。
そこは確かに分かっているから、補強をしてもらえるのはありがたい。
だが今のメトロズは、単に優勝を狙うチームではない。
連覇を目指し、さらに来年のことまでも考えられるチームなのだ。
戦力均衡のためのドラフト、FA、トレードなどが上手く機能し、現在のMLBではワールドチャンピオンが連続したのは遠い昔の話。
それはそれで毎年、どこのチームが強くなるのかと、楽しむことも出来るだろう。
金満球団がいつも優勝するのでは、明らかにしらけることになる。
ただ時には、王朝と呼ばれるような、圧倒的なチームが出てきてもいいだろう。
強さを楽しむことが出来るし、その強さに挑むことを楽しむことが出来る。
もっとも今のメトロズの戦力構成は、殴り合ってより多くの点を取って勝つという、人気が出やすいものになっているのだが。
先発ピッチャーを出来れば一枚、中継ぎを二枚、あるいは中継ぎとクローザー。
ライトマンは先日セーブ機会を失敗したが、負け星まではつかなかった。
「ウエスギをトレードで獲得できたらいいですなあ」
「そりゃあそんなことが出来ればいいだろうが、代わりに誰を手放せばいいのやら」
MLBでの実績はないが、今年の試合でクローザーとして、まだ一人のランナーも出していない守護神。
ボストン自体がそれほど強力なチームではないのだが、それでももう九回まで勝っていたら決まり、というような空気にはなっている。
「そういえばウエスギはどういう契約をボストンと結んでいるんだ?」
「調べておきますか?」
「いや……まあ一応な。今月中でいい」
自分たちは手に入れられないにしても、手に入れようとしてくるチームが出るのではないか。
念のためにビーンズはそこを確認しておくようにした。
一年間のレンタルなので、本当に意味はないのだが。
今のメトロズは、ピッチャーの若手には、機会を与える状況が整っている。
一方でバッターの方は、誰かが怪我でもしない限り、なかなかメジャーに昇格させるわけにはいかない。
マイナーでそこそこ打っている若手を、同じくマイナーでそこそこ投げている若手とトレードする。
これは何回か試してみるべきだな、とビーンズは考えた。
既に30回以上もフォアボールで歩かされている大介だが、既に11本のホームランを打っている。
そんな大介を擁するメトロズが、ホームで対戦する相手。
それはナ・リーグ中地区のシンシナティ・クリムゾンズである。
一説によるとア・リーグもナ・リーグも、中地区のチームは気の毒であると言われる。
なぜかと言うと、メトロズともアナハイムとも対戦する予定がある。
特に運が悪いのは、ア・リーグの中地区のチームであろうか。
直史が投げてくる可能性が高く、大介と対戦しなければいけない回数が多い。
もっとも正確に言うならば、ア・リーグ西地区のバッターと、ナ・リーグ東地区のピッチャーが不運である。
直史を打たなければいけないし、大介を抑えないといけない。
上杉はまだしも限定的な運用だけに、完全に心を折られることは少ない。
直史がやっていることは、大介にとっては別におかしくないのだが、世間にとっては十二分におかしい。
何をどうすればそんなことが出来るのか、というパーフェクトピッチングでデビューしながら、次にはマダックス。
そして次は単なる完封。
だんだんと成績が落ちている、ように見える。
いや見えるのではなく、実際に落ちているのだ。
だが根本的におかしい。大介はおかしいとは思わないが、MLB関係者は誰もがおかしいと思っている。
直史は、三試合連続で完封したのだ。
何がおかしいのか分からない人間は、完全に麻薬に侵されたナオフミストだ。
今はMLBだけではなくNPBでも、年間に完封するピッチャーは、あまりいない。
いたとしてもせいぜい、二試合か三試合の完封というのが、一流ピッチャーの証である。
たとえばレックスで言えば、三番手、四番手と言われた金原に佐竹。
この二人の去年の完封数はどれだけか。
はい、少し考えてみましょう。イメージで構いません。
完投はそこそこしているような気がするが、完封はかなり少ないのではないか。
ただ両方とも15勝以上しているピッチャーなのだ。それは完封もしているのではないか?
確かに完封している。
金原が一度。それだけだ。佐竹はしていない。
そもそも完投の回数すら、金原が三度で佐竹は一度もしていない。
だがそれでチームとしては優勝している。すさまじい勝率で。
理由はもう明らかで、佐藤兄弟である。
去年は武史の離脱があったが、直史はほとんどを完封してしまう。
つまりそこでリリーフが休めるため、金原と佐竹の試合では、終盤にしっかりとリリーフが引き継げるのだ。
NPBのトップレベルのピッチャーであっても、そのレベルなのである。
なのにナオフミストは、直史が三試合連続完封をしても普通だと感じている。
この認識のズレ。
大介はかろうじて、両方の立場からこれを認識出来ている。
去年のMLBのレギュラーシーズンにおいては、メトロズで完封したピッチャーは一人もいない。
つまり162試合で、完封が一度もなかったのだ。
リーグ全体で見ても、サイ・ヤング賞候補となった数人の選手を見ても、最高で三完封。
既に直史が達成したのと同じ完封数である。
上杉のスピードボールも、大介の鬼のような打率とホームランも、もちろんとんでもないものだ。
直史は二桁奪三振をしているが、その数が15を超えることはない。
だからおそらく一打席ごとの対決を見ていれば、いちいち地味なのである。
しかし残った数字を見れば、何かおかしすぎて頭が変になっちゃうようなことをしちゃったりしているのである。
何をどうやったらこうなるのか。
試合の後に、直史はちゃんと取材に応じている。
だが「そこは技術的な秘密で答えられない」と言っている場面もある。
つまり直史は、なんらかの特殊な技術を持っている。
あるいは他の誰もが気付いていない何かをか。
大介からすると、直史は当たり前のことを、ただ徹底的にやっているだけだ。
徹底的に出来る人間が、直史以外にいないだけで。
果たしてこの記録……記録?
なんだかおかしな直史の数字が、どこまで続いていくのか。
それはまだ、、エースですら自分のことをしらないのであった。
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