第8話 ケースバッティング

 直史の成し遂げた、現代に現出した奇跡。

 その興奮はしばらく冷めないようであるが、シーズンはそれとは別に続いていく。

 大都市ニューヨークに戻ってきた大介は、録画していた直史の試合を見る。

 参謀としてツインズを両脇に置いて。


 ベアーズの敗因は、まずそもそも勝てる確率自体がほとんどなかったが、やはり作戦の選択によるだろう。

 積極的に行くなら、最初から全員にホームランを狙わせるべきであった。

 逆に待球策をするなら、もう序盤はヒットを狙うべきではなかった。

 MLBのバッターのレベルから考えれば、さすがに直史でも三球以内で相手を抑えることなど出来ない。

 要するにマダックスを食らっていながらも、まだベアーズは直史を甘く見ていたのだ。


 試合全体を通して見た後、球団に用意してもらったスコアも見る。

 そしてその球種のパーセンテージを見ると、見事に普段とは割合が違う。

 オープン戦では多投していたツーシームが少ない。

 カーブはさすがに多いが、それよりもストレートが多い。

 直史にしては珍しいことだし、さらに特筆すべきはその球速だ。


 カーブやチェンジアップを使っているのに、緩急差をそこまで意識させない、150km/hオーバーの少ないストレート。

 アウトロー以外はかなりの部分がボール球で、これで空振りを取っている。

「ストレートはほぼフライか」

「外野に飛んでない」

「フェアグラウンドには二回だけ?」

 外野がほとんど仕事をしていない。


 ファールはそこそこスタンドに飛んで、ストライクカウントを稼いでいる。

 だがやはり相手の、中途半端なスイングが目立つ。

「好球必打でやっていたら……それなら厳しい球を増やすだけか」

「でも球数は増えてたと思う」

「100球は行かなかったと思うけど」

 それは大介もそう思う。


 好勝負というのは、二つの力のぶつかり合いなのだ。

 この試合を高勝負とは言わない。ただの蹂躙、あるいは陵辱だ。

 ベアーズの選手はしばらく、バッティングの調子を崩すのではないか。

 試合後の直史のコメントなどを見ても、明らかに相手を混乱させようとする意図が見える。

 手の内をわざわざ明かすのは、思考を誘導するためのものだ。

 気づかなくてもよかった欠点に気づき、そこを改善しようとして、よりドツボにはまる。


 翌日の試合もアナハイムは勝っていて、ベアーズは完封を食らっている。

 今年のシーズンはあと二試合、アナハイムとは当たる。

 たったのそれだけしか当たらない相手を、ここまでボコボコにしてしまったのか。

 開幕カードだからとしても、あまりにも惨い。

 どうせなら今年も優勝候補だった、ヒューストンをボコボコにしておけば良かったろうに。

 そう思って調べてみたら、ア・リーグ西地区を去年制し、ワールドシリーズまで勝ちあがったヒューストンは、五月の下旬になってようやく対戦のカードがあるらしい。

 このあたりなんとも、MLBのカードは偏っている。

 それでもコンピューターを使っているから、かなり公平には近いのだろう。


 ともかく確実なのは、アメリカに来ても直史は直史だということ。

「織田さんとかアレクとか、今年は大変だなあ」

 シアトルはかなり戦力補強に動いたらしいが、おそらくはひどい目に遭う。

 それは予想ですらなく確信だ。

「まあこっちはこっちで、試合をするわけだしな」

 まずはフィラデルフィアと、ホームでの対戦だ。




 メトロズはフィラデルフィア・フェアリーズとの対戦に、去年は13勝6敗。

 完全に勝利が上回っているが、実は大介はあまりホームランが打てていない。

 16試合で五本。

 充分に多いと言ってはいけない。

 三試合は、イリヤの事件で出られなかった試合だ。

 去年は結局、勝率はかろうじて五割を保って地区三位。

 オフの補強はほどほどといったところか。


 直史に話題をかっさらわれたとは言え、別に大介の試合がなくなるわけではない。

 無失点に抑えた一回の裏、今日も二番で出場して、カーペンターが出塁していた状況から、歩かされてしまった。

 最初の二試合が一打席目に打ってしまっているので、ここはどうしても避けようというつもりだったのだろう。

 だがカーペンターも大介も、俊足の選手である。

 後ろのバッターが打ってくれて、大介はホームを踏むこととなる。

 初回に一気に三点。

 これが先発が直史だったら「勝ったな」とか言ってしまうところである。


 実はこの試合は、ジャッキー・ロビンソンの初先発であった。

 シーズン前のピッチャーの補強はほどほどにして、支配下のマイナーから40人枠に多く入れたのが、今年のメトロズである。 

 その中で先発として一番期待されているのがジュニアと呼ばれるロビンソン。

 オープン戦では実績を残している。


 去年はマイナーで20試合に登板し10勝5敗。

 だがよりにもよって九月を前に、ちょっとした突き指でしばらく投げられなくなった。

 その時期は本来なら、ロースター枠が拡大されて、メジャー昇格になったはずなのに。

 アメリカのピッチャーの評価は、単純な勝ち星と負け星で決まるものではない。

 ポストシーズン一直線、ワールドシリーズ制覇が現実的であったメトロズは、マイナーの方もそれなりに動かした。

 オフを見れば分かるように、多くのピッチャーを切っている。

 それはつまりマイナーの中のプロスペクトに、ピッチャーはそれなりに期待出来る者が多かったからだ。


 逆にシュレンプやランドルフを手に入れるため、バッティングの方のプロスペクトはそこそこ手放している。

 なので援護が少なく、ジュニアの勝ち星はそれほど伸びなかったとも言える。

 シュレンプと今年も契約したのは、そういう理由もあるのだ。

 おそらく今年は七月までは、ピッチャーは若手を育てる時期。

 それだけにそれを援護する打線は、強力なままで置きたかったのだ。




 ピッチャーを現場で育成中というのは、悪いことばかりではない。

 特に大介にとっては。

 なぜなら未熟なピッチャーの登板機会が多いということは、それだけ点を取られる可能性も高いということ。

 そして相手が充分にリードすれば、大介との対決もそれなりにしてくるのだ。

 さすがに試合にも充分に勝てそうで、シーズンもまだ序盤のこの時期は、どうにかして大介を攻略しようと考える方が当然だ。

 もっともこの試合は一打席目から、歩かされてしまったが。


 ジュニアはとりあえずフィラデルフィアの打者一巡を、ヒット一本とフォアボール一つに抑えた。

 そして三回までは、無失点である。

 三番から始まる四回は、クリーンナップということもあり要注意である。

 だがその前の三回の裏は、メトロズも大介からの打順である。


 先頭打者であるので、ランナーは一人もいない。

 打たれたとしてもソロホームラン。

 ただし三点差が、四点差になるのは大きい。

 歩かせれば歩かせたで、また厄介なことになるのは分かっているのだが。


 バッテリーは動きを見せない大介に、慎重にボール球を投げる。

 外の球は、打とうと思えば打てなくはない。

 ただここで単に打つならば、普通にフォアボールを狙った方がいい。

 そうすればピッチャーと、ついでに向こうのベンチにもプレッシャーはかかる。

 フォアボールからピッチャーが崩れるというのは、一番怖いパターンだからだ。


 スリーボールとなって、次の一球。

 内角の球をキャッチャーは要求した。

 ここまで外ばかりで、ずっと続けてきたのだ。

 内角の球には、対応できないのではないか。

(ぶつけてもいいぐらいの感じで来い!)

 そのサインに対して、ピッチャーも頷く。


 ここで内角を狙うというのは、悪くはない。

 外の球ばかりを見ていては、いくら強打者であっても、ボールの軌道が目に残ってしまうのだ。

 そこで内角を投げて、どう反応するのか。

 試しておくべき課題だ。


 大介は外に意識を向けながらも、ある程度は予想をつけていた。

 それと一つ思い出している。

(この場合は打っても問題ないよな)

 念のためにであるが、暗黙のルールの一つには、大量に負けている方のピッチャーがフォアボールで連続のランナーを出したら、スリーボールからは振ってはいけないというものがある。

 もちろんまだ三点差であり、それにランナーも一人もいない。

 確率的に考えれば、ここは待つべき場面である。

 バッターによってはど真ん中であろうと、絶対に見逃すと決めている者もいるのだとか。

 下手に絶好球であると、力んでしまうというものもいる。

 大介の思考はシンプルだ。

 打っていい場面なら、打てるボールは打つ。


 内角。ストライクでない。

 無意識のうちに、ピッチャーが逃げていた。

 だがそこがストライクではないのは、MLBのゾーンである。

 NPBならそこはストライクで、そして大介はそういった内角打ちは得意中の得意だ。


 早めに開き過ぎないように。

 それだけを意識して打ったボールは、ライナー性の打球でスタンドに突き刺さる。

 これにて、開幕から三試合連続ホームラン。

 今年もまた、怪物は怪物である。




 確かに直史のあの、鮮烈的過ぎるデビューは、ピッチャーにしか出来ないものだろう。

 大介は去年の開幕戦、四打数の四安打でホームランを二本打っていたのだが。

 そしてそこから八試合連続ホームラン。

 大介の場合あまりにも打ちすぎるので、打席での連続ホームラン記録は、もう更新のしようがない。

 そもそも勝負してもらえないからだ。


 う~ん、とメトロズのベンチではスコアラーを横に、FMのディバッツがうなっている。

 四点差となってからも、ジュニアはしっかりと投げている。

 少し球数は多めであるが、打たれても点にならないところはいい。

 気になるのは大介だ。 

 悪い意味ではなく、また変なことをしている。


 三打席目に打った打球は、ファーストへのライナーとなった。

 ここまでホームランを一本打っているので、それでノルマはクリアと言える。

 ジュニアも六回までを投げて、無失点でお役御免。

(そうだよな。普通MLBの初先発で大成功っていうのは、こういうものなんだよな)

 ディバッツとしては当たるとしてもワールドシリーズのアナハイムのことは、とりあえず忘れておく。

 今のこの大介の成績を、どう考えるべきか。


 四打席目のボールは、レフトへの大きなファールフライをキャッチされてしまった。

 スタンドに入りかけたのをグラブを伸ばして取った、レフトのファインプレイである。

 メトロズの応援団からは、ブーイングが飛んだが。

 だがそれは悪いことでもないだろう。


 6-2と点差は変わって、大介の五打席目。

 もう試合の結果はほぼ見えているが、この打席はやはり注目される。

 ホームランをまた打つのか。

 開幕三試合で、五本目のホームランとなるのか。

 だが結局はボール球が先行し歩かされる。

 ランナーはいなかったというのに。


 試合はこれで終わりだろう。

 大介の調子に、不安なところがあるわけではない。

 だがディバッツも、そして他の首脳陣も、注目せざるをえない。

「あいつ、ホームランしか打ってねえ……」

 八打数の四安打で、打率が五割というのは、あくまでもシーズン序盤の偏りだろう。

 だがその四本が、全てホームランである。


 ベンチに戻ってきた大介に、狙っているのか?と問いただす。

 大介はもちろん首を振る。

 一点がほしい場面であれば、素直にヒットを打つ技術も、大介は持っている。

 ただここで相変わらずの、例の理屈を持ち出すのだ。

「野手が守っているグラウンド内じゃなく、野手のいないスタンドに放り込む方が、バッティングって簡単じゃないかな?」

 お前は何を言っているんだ、という顔をされる。

 去年も言っているのだが、聞き流されたのだろうか、と思う大介だ。

 あるいは杉村があまり通訳していなかったのか。

 まあこれには慣れている大介であるが。




 試合には無事に勝利した。

 だから何も、問題はないはずだ。

 大介がホームランばかり狙うと言っても、そもそもここまで打率が五割。

 それで何が悪いのか、という問題である。


 試合後のインタビューにしても、大介が三試合連続でホームランを打っていることには触れられたが、ヒットが全てホームランということには触れられなかった。

 フライを打ってアウトになっていることもあるし、ファーストライナーなどもあったからだ。

 全球ホームラン狙い。

 基本的にそれは、バッティングの奥義であり基礎である。


 バッターであれば誰でも、それこそ年に二桁も打たないバッターでも、ホームランを打ちたくない者はいない。

 狙って打てる場面なら、ホームランを狙っていくのだ。

 そもそもホームラン狙いのスイングからヒットになることはあっても、ヒットを狙ってホームランになることは少ない。

 それはミートが偶然重なっての結果であるのだ。


 もちろんそもそもホームランを打つパワーがない時には、センター返しを教える。

 だが全ての打者はホームランを狙うべきかどうかはともかく、ホームランを打てるようになっておくべきなのだ。

 フライボール革命も、そのあたりから発生している。

「大味な野球だからっていうわけじゃなく、普通に打てるならホームランは狙うべきだよな」

 中学時代には、散々に転がせと言われていたのが大介である。


 もちろんこんな無茶な記録が、いつまでも続くわけはなかった。

 次の試合で大介は、普通に単打を打ってしまった。

 誰かが注目することも特になかった。

 何打席か連続であればともかく、その間にしっかりとアウトがあったので。

 ただしその試合も、ホームランは一本あった。

 四試合目で五本目のホームラン。

 こいつはひょっとして、160本ほどもホームランを打つつもりなのだろうか?


 ただ去年も、イリヤの件がなかったら、80本は打っていたペースであったのだ。

 去年塗り替えた、MLBの大記録。

 それを今年もまた、たやすく塗り替えるというのか。

 傍でそれを見ている者からしたら、もう呆れるしかないのだが。


 ともかく今年も大介は絶好調。

 そしてメトロズも絶好調。

 だが確実に優勝できるなどとは、全く思っていない大介であった。

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