第7話 アート

 ※ 本日はAL編第七話の重要なネタバレがあるので、そちらを先にお読みください。



×××




 五打席二打数二安打二ホームラン。

 開幕戦での大介の成績である。

 初回の初球でホームランを打たれた次の打席、ランナーを一人置いたところで、またも打席がやってきた。

 そこで歩かせても良かったであろうに、経験にさせようとしたのか、またも勝負させる。

 内角のギリギリと、体が早く開かないように打ってホームラン。

 その後の三打席は、ボール球を見極めて歩いた。


 そして塁に出た大介は、走りそうで走らない。

 そのくせここぞというタイミングで走る。

 大量点差がついた時には走らないという暗黙のルールがなければ、さらに盗塁の数を増やしていただろう。


 メトロズの先発は34歳のベテランウィッツで、五回までを一失点の好投。

 そこから後ろは本来ビハインドに使うようなリリーフを、気楽に投げさせる。

 相手が戦意喪失していたこともあり、なんとリリーフ陣は無失点で投げきる。

 勝ちパターンのリリーフ陣を使わなかったことは、シーズン序盤とは言えメトロズにとってはありがたいことである。

(これで自信がついて、ひよっ子どもが使えるようになれば)

 FMのディバッツは、そんなことを考えている。


 最終的なスコアは9-1となった。

 全打席出塁した大介と言うか、オープン戦はそこそこおとなしかったのに、レギュラーシーズンでは甘くない球をたやすくホームラン。

 やはりシーズンが始まると、高揚してしまったものだろう。

 相手のファンからさえ、声援を送られるということが、嬉しかったというのもある。

 おだてられれば木に登ってしまうところがあるのが大介だ。


 カンザスシティとのカードは、ここでは二連戦。

 次の試合も大介は最初の打席でホームランを打ってしまった。

(なんだか打ててしまうぞ?)

 そう思いながら他のボール球に手を出して、この試合は三打数一安打。

 だがこれで……まだ二試合だけのことであるが……打ったヒットが全てホームランという、笑える事態になっていた。


 全打席ホームランとか、全打数ホームランではない。

 アウトにならず、歩かせることもなかった場合が、全てホームラン。

 なんだろうこの、とってつけたようなかろうじたリアルさは。

 いや、言葉としておかしいのだが。

 たったの開幕二試合なのだから、数字が偏るのは当たり前だ。

 去年も四月の成績は、打率が0.467であったりした。

 NPBでのプロ三年目の大介は、四月の打率が0.490だったりする。

 ただ一年を通じて数字はよく、よほど調子が悪かったときも、月間打率が三割を下回ったことは一度しかない。


 つくづくおかしい。

 人間の限界は、想像よりもはるか先にあると思わせてくれる、超人的な成績だ。

 本当に人間か、と舞台を移すたびに検証される。

 そして生まれつきの素質が違う、ということが証明される。

 チートだと言われても、ならば身体的能力に恵まれた、他の人間はチートではないのか。

 ウサイン・ボルトが人間の限界以上のタイムで走れたのは、その骨格が正常から逸脱していたからだ、という話もある。

 大介のそれも、いうなればそれと同じことである。


 ともあれ二試合目もメトロズは6-2と快勝。

 敵地での二連戦を終えて、いよいよフランチャイズに戻ってくる。

 ここで対戦するのが、フィラデルフィア・フェアリーズ。

 いよいよ同じリーグの、同地区のチームとの対戦である。




 とりあえず二試合で三本を打った。

 162試合が終われば、240本塁打に到達しそうなペースである。

 もちろんそれが不可能なのは言うまでもない。

 ただ今年も、何かの記録を塗り替えてくれるのでは。

 そんな期待が大介にはかけられている。


 期待をする方は簡単だが、される方は大変だ。

 期待外れに終わったときは、掌をくるりと返すのが世間である。

 大介もこれまで、挫折がなかったわけではない。

 直史にはなんだかんだいって、肝心のところで一度も勝てていない。


 最後の一回に勝てばいい、というのは古い時代の戦争の話だ。

 野球もまた、確かに最後のポイントでさえ勝てば、それまでの全てはチャラになるところがある。

 一回でも勝てば、だが。

 直史は点を取られても、負けないようになった。

 普通はどちらが勝つかを楽しむスポーツが、全く意味を変えてしまった。

 今はまだ、誰も気づいていない。大介以外は。

 誰が最初に、直史を倒すのか。

 それとも一度も敗北することなく、グラウンドを去ることになるのか。


 ありえないことだと、理性では分かっている。

 だが夢を現実に、そうまさにこの陳腐な言葉通りに、変えてきたのが直史である。

(ただ数を重ねるだけじゃ駄目なんだよな)

 大介は分かっている。

(結局ワールドシリーズの最終戦で、決勝点を挙げないと駄目なんだ)

 興行という点では完全におかしくなってしまっている。

 だがそのリーグを根本から歪めてしまうような選手がいてこそ、この英雄譚は成り立つのではないか。


 日本だとピッチャーはエースとなって花形になる。

 だがアメリカだとむしろ、そのピッチャーを打ち崩すバッターがベビーフェイスだ。

 三割打てれば一流の世界で、その三割の中から試合を決める打球を打つことが、バッターにとっての見せ場になるのだ。

 だがラスボスにしても強すぎる。




 いざホームでの開幕と、メトロズが移動しようとしたが、それよりも話題は違うところに発生した。

 大介が二試合で三本のホームランを打ったことを、完全に忘れさせるように。

 西のアナハイムで、直史がやらかした。

 それは偉業とか達成とか、そういう言葉で表現していいものではない。

 一番言葉にして近いのは、奇跡というものだろう。


 おそらくアメリカの大地で、もっとも驚きが少なかったのは大介である。

 彼でさえ驚いたが、やっても不思議ではないと思っていたのだ。

「パーフェクトどころの騒ぎじゃないだろ……」

 パーフェクトの記録を、更新したのだ。


 アメリカ中の新聞が、これを記事にしたと言っていい。

 さすがに専門誌は除くが。

 経済の新聞でさえ、これの経済的影響を記事にした。

 まったく、さすがと言うべきなのだろうか。

「しっかしこれ、どうやったらこうなるんだ?」

 英字が読めないので、日本のサイトを見ている大介である。

 詳細については、さすがにこれだけの事件なので、全てのボールの球種やコースなどが解説されている。

「お前なら打てたか?」

 ベテランシュレンプが、さすがに顔を強張らせて大介に問う。

「ヒットでいいなら確実に」

 大介はあっさりと答える。


 直史の恐ろしいところは何より、点を許さないところなのだ。

 球数の少なさ、ノーヒット、内野ゴロ、無四球といったものは、全てそれに付随したものにすぎない。

 軽く当てて落とすだけなら、まず出来る。

 問題はそんなことをしても、試合には勝てないということだ。


 高校時代からそうだった。

 部内紅白戦でも、大介はそこそこヒットは打っていたのだ。

 だがその前にランナーがないか、いても単打では帰れない状態。

 そしてただ塁に出ただけでは、ホームベースを踏めない。


 直史は野球というスポーツを、極限まで単純に考えている。

 点を取った以上に取られなければ、勝てるスポーツだ。

 二点差があればソロホームランもOK。

 ただしその一発が、チームに火を点けることは許さない。

「まあ、レギュラーシーズンで当たらないことが幸いだが」

 こんな記録をどうやったら残せるのか、下手にMLBというリーグにいるだけに、理解出来ない。

 だがメトロズのチームメイトは、去年も理解出来ないことに遭遇したではないか。


 怪物は海の向こうからやってくる。

 それは日本人にとってのみの認識ではなくなったらしい。

「そもそもこの二人がハイスクールだとチームメイトだったんだろ? そこそこ負けたことはあると聞いたが、なんで負けたんだ?」

「ハイスクールの一年生と三年生だと、さすがにフィジカルスペックが違いすぎるだろ」

「それはまあ、そうか」

 納得したが、直史はその後、ある意味分かりやすい無茶をしている。


 アメリカ人ならおそらく、四大スポーツに詳しければ知っている、バスケットボールにおける奇跡。

 カリーム・アブドゥル・ジャバーは大学に入ったその一年生のとき、前年全米チャンピオンとなった上級生チームを負かしてしまった。

 またオリンピックにNBAから選手が選出されて、その壮行試合を大学選抜チームと行ったとき、大学側にマイケル・ジョーダンがいてプロを負かしてしまったことがある。

 直史は大学に入学して、最高のリーグで一年生からパーフェクトを達成し、そしてWBCに選抜された日本代表に、大学選抜チームのエースとしてノーヒットノーランを食らわせた。

「ジャバーとジョーダンを合わせたような選手」

 と言っていたのは直史の実弟の武史である。

 凄く分かりやすい! だが凄すぎて誰も信じてくれない。


 またこれは武史は言わなかったが、プロ一年目からチームを優勝させてMVPを取ったところなどは、マジック・ジョンソンにも似ている。

 あの時のレイカーズは主力のジャバーが怪我で、マジックがフルで働いた。

 主力の樋口と武史を怪我で欠いていたレックスとは、状況がかなり似ている。

 ジャバーでジョーダンでマジックって、それなんの冗談?




 そんなわけで日本での対決が多い大介に、マスコミは群がってきたりする。

 そして図々しいと言うか、あるいは怒らせるであろうかという質問を、大介に投げかけてくるのだ。

「貴方と彼と、どちらが上ですか?」

 ピッチャーとバッターでどちらが上とは、なんと頓珍漢な質問か。

 専門的な人間はそう思ったのだが、大介はそれについては明解に答えられる。

「俺とあいつの間には、ほんの少しだけど絶対的な差がある。俺はそれをどうにかしようと何度も挑戦しているが、一度も成功していない」

 大介の認識としてはこんなものだ。


 実際それは実感であると共に、客観的な事実でもある。

 大介が打てなかったので、ライガースはレックスに勝てなかったのだ。

 わざわざ求めてまで対決し、そして全く勝てていない。

 なんというか、自爆である。


 だがその壁は、大介が求めたものだ。

 超えるべき存在が巨大であればあるほど、力が湧いてくるのだ。

 単純に自分と戦うだけでは、大介はどうしてもモチベーションを維持できない。

 特にMLBでは一年目、とりあえずどうしても打てないというほどのピッチャーはいなかった。


 上杉との勝負は分かりやすいのだ。

 それは人間という生物の能力の、上限同士を比べるようなものだ。

 だが直史は違う。

 人間という存在が、その存在の限界をどこまで引き上げるか、そういう勝負だろうか。

 大介としても、上杉と違うとは言えるのだが、何がどう違うのかは説明しにくい。


 だがとりあえず認める。

「あいつの方が上だ」

 前年度三冠王で、21世紀以降唯一の四割打者、そしてシーズンホームラン記録保持者の言葉である。




 多くのチームの分析班が、ようやく動き出した。

 いや動いてはいたのだが、その切実さが変化した。

 改めて直史の記録を取り出す。

 27先発27勝0敗。235イニングを投げて、わずかに三失点なのだ。


 何かの入力ミスではないのだな、と何度も確認された。

 二度見三度見して、試合のデータも全て確認する。

 直接の試合でのピッチングを分析する前に、まずこの記録が本当に間違っていないのかが確認されたのだ。

 日本のプロ野球の記録に、そんなミスなどあろうはずがないのに。


 プロ入りこそ遅かったが、新人から二年連続で、満票にてサイ・ヤング賞と同等の賞を得ている。

 またピッチャーでありながら、シーズンMVPなども取っている。

「いや、普通に調べたら分かるだろうに」

 どれだけこいつら日本の野球に興味がなかったんだ、と改めて呆れる大介である。

 おかげで去年の大介は、開幕からのスタートダッシュで色々な記録を更新したが。


 お前の目の前の端末を使えば、いくらでも調べられる。

 そもそも日本人からメジャーリーガーが毎年のように出ているのだから、スカウトが知らないはずもない。

 なんでチェックしていなかったんだ! と日本のスカウトは責められる。

 仕方がないではないか。まさかレックスがたったの二年で、直史をポスティングにかけるなど、常識からして考えられなかったのだから。


 常識は、限界ではない。

 記録もまた、破るものである。

「登板数も多くなるし、あいつが30勝しても俺は驚かないね」

 大介はむしろ、それぐらいはするだろうなと思っている。

 MLBの選手のレベルは、確かに平均的にはNPBよりも高い。

 だが玉石混淆であり、NPBのトップはおおよそMLBでもトップレベルに近い。

 NPBでも記録を作りまくった大介は、MLBでも記録を作りまくっている。


 次の登板がどうなるか、大介は楽しみだ。

 ただ直史本人は、自主トレ期間中から、不安なことばかりを言っていたが。

 周囲が思っているほど、直史は簡単に不可能を可能にしているわけではない。

 むしろチェックポイントを一つ一つ潰すことによって、そのピッチングの極みに至っているのだ。


 ただ大介は、ワールドシリーズで対戦した場合、日本時代よりも勝算はあると考えている。

 クライマックスシリーズでの対戦は、たったの一年だけ。

 そしてレックスにはアドバンテージがあった。

 日本シリーズと同じようにワールドシリーズでも、アドバンテージは勝ち星としては存在しない。

 NPBよりもさらに、チーム力同士の対決となる。

 もっとも一人のエースピッチャーの重要度は、むしろ短期決戦のポストシーズンの方が高くなるのだが。




 地元の開幕戦は、フィラデルフィア・フェアリーズとの対決。

 ただ日程の都合で、ここは休みが二日入っている。

 また今年も17連戦だのがそこそこ序盤にあるのだから、もう少し日程を考慮してくれてもいいだろうに。

 大介はそう思うが、そこは大人の事情と言うか、カードを考える人たちの必死の努力があるのだ。


 ボストンでは上杉が、既に2セーブを挙げていた。

 103マイルしか出ていない、手抜きとも思えるピッチングであったそうだ。

 ただそれでも普通に、三振は取ってしまう。

 上杉もおそらく、新しいスタイルを模索しているはずだ。

 単純に今のストレートでは大介に勝てないというのもあるが、日本時代にも何度か、負けている試合はそれなりにあるのだ。


 かつては上杉が、プロにてその存在感を示し、大介を導いた。

 だがMLBにおいては、その関係性は逆になっている。

 直史と上杉の、どちらがワールドシリーズでの対戦相手となるのか。

 そのどちらかが上がってくるのは、間違いないと思っている。

(上杉さんは今年だけなんだよな)

 それを思えば自分で望んだことながら、直史との対決は来年に回してもいい。

 と言うかせめて、レギュラーシーズンでも少しぐらい、当たるチームに入って欲しかった。

 これは直史だけではなく、上杉に対する文句でもあるのだが。


 開幕の連戦で鮮烈なホームランを打ちながらも、大介の影が薄くなってしまった。

 上杉のスピードと、そして直史のパーフェクトは、それだけ異次元過ぎた。

 永遠に残ると思っていた記録を、塗り替えてしまったもの。

 そしてはるかな高みを、一気に越えてしまったもの。

 とにかく二人の新人が、話題としてスリリングすぎるのだ。


 ただ状況が整わなければ投げないクローザーに、ローテでしか回ってこない先発。

 どの試合でも見られるのは、大介だけなのだ。

 そのあたり集客的には、やはり打てる選手が必要になる。

 まさにGMも、そのあたりを考えて動いているのか。


 二年目のMLBは、ある程度慣れてきたと思う。

 だから自分の限界も、まだ先にあると分かる。

(勝負してくれよ~)

 大介があの二人のピッチャー以外に願うのは、とにかく対決することだけだ。

 あの二人は必ず、言わなくても逃げはしないので。

 熱いシーズンが始まった。

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