『タイムトラベラー・SHIN-GO!~未来の女性総理大臣を救え!~』

宇部 松清

両親の馴れ初め

「朝美さぁ、小さい頃特撮番組って見てた?」


 私の隣を歩く彼が問い掛けてくる。


「あー、うん。見てた見てた」

「やっぱ女の子でも見るんだ」

「女の子でもとか、そういうの良くないんじゃない? アンタだって女児向けアニメ見てるじゃん」

「違う! 『アイレボ(『アイドル★レボリューション!』)』は女児向けじゃない! あれは全年齢全性別対象の健全なアニメだ!」

「うざっ。まぁ良いけどさ。それで何よ、特撮がどうしたって」


 こいつがアイレボを語ると長い。推しメンの大和田アッコちゃんの衣装がどうだとか、今期のダンスは神がかってるだとか、完コピしたからちょっと見ててとか、コールが違うとか、長い上にとにかくうるさいのである。


「いや、『タイムトラベラー・SHINシン-GO』って覚えてるかな、って」

「うっわ、なっつかし。見てた見てた。と言ってもあれ、リアルタイムじゃないでしょ、再放送だよね」

「そうそう」


 『タイムトラベラー・SHIN-GO』というのは、タイトル通り、タイムトラベラーである『鈴ノ木シンゴ』という大学生が、様々な時代を渡りながらその時代時代に現れる怪人と戦う、という変身ヒーローものである。


 その時代の偉人を亡き者にし、自分達にとって都合の良い未来にしようと目論む悪の組織が送り込んだ怪人を変身ヒーロー『タイムトラベラー・SHIN-GO』が倒し、歴史を守る、というのが大筋のストーリーだ。


 どうやらこれは私達が生まれるずーっと前に放送していたものらしい。だから、見たことがあると言っても当然のように再放送である。その上、出演している俳優が事件を起こしただとか、倫理的にまずい回があるだとか、杜撰な管理によってフィルムの一部を紛失してしまっただとか、とにかくそんなような理由が重なって、現在では二度と見ることが出来ない、幻の特撮作品らしい。


 加えて言うなら、当時もあまり人気がなかったらしく、視聴率もよろしくなかった。まぁ、だからこそ、俳優さんも次作に恵まれず事件を起こしたのかもしれないし、フィルムもきちんと管理しなかったのかもしれない。この辺は私の勝手な想像だけど。そんで、視聴率欲しさに際どいテーマに切り込み過ぎたのかもしれない。そんなことを考える。


 だからだろう、「昔、こんな特撮あったよね?」なんて話題を出しても、誰一人として「知ってる!」と食いついてこないのである。同じゼミの特撮オタクですら「聞いたことありませんな」という反応だった。


 だけど、それがかえってオタク心に火をつけてしまったらしく、「しかし、拙者にもわからぬ特撮作品とは……むむむ、気になりますぞ。KWSKくわしく!、詳細キボンヌ!」と謎の言葉を吐きながら眼鏡をクイクイしながら近づいてきた時には、つい拳が出てしまったけど。


 とにかく、誰も知らないのである。その作品を。確かに見たのに。


「でもさ、信吾は見たことあるでしょ?」

「もちろん。俺の『信吾』はあの『シンゴ』だから」

「ウッソ。おじさんおばさん、思い切った命名するじゃん。普通の名前で良かったね、『タイムトラベラー・SHIN-GO』」

「まぁな」


 しかし、なぜいきなりこんな話題を出したのだろう。直前の会話を思い出してみても、ゼミのレポートがどうだとか、小泉教授の本日の鼻毛がどうだとか、そんな内容だったはずだ。世界史関連の話をしていたのならまだしも。


「なぁ、もし俺がさ」

「何?」

「その、『タイムトラベラー・SHIN-GO』だって言ったら、どうする?」

「いきなり何言ってんの?」

「実はお前が数十年後に日本初の女性総理大臣になるんだけど、それを快く思わない連中が、お前を暗殺するためにこの時代に怪人を送り込んだって言ったら、どうする?」

「は?」


 信吾がぴたりと立ち止まる。


「俺は、そいつを倒すために未来からやって来たタイムトラベラーだって言ったら、どうする?」


 下唇を噛み、まっすぐに私を見つめている。そうだ、あの特撮のシンゴ君も、いつもこうやって正体をバラしてから変身するのだ。怪人を倒したら、もうこの時代にはいられない。だからこれでお別れだよ、と言って。


 そんなの嫌だ。

 もし本当に信吾がシンゴ君なら、怪人を倒したら、また別の時代に行ってしまう。


 そんなことさせるものか、と、私も覚悟を決める。


「……ねぇ、『ロンパガール★ロジカルサミー』ってアニメって知ってる?」

「えっ、あの、敵をとにかく論破しまくる魔法少女だろ? 確かあれもタイムトラベルものだったよな。覚えてるよ、もちろん。だけどあれも結構昔のやつで俺らが見たのは再放送のやつだったけど。でも誰も見てないみたいでさ、どういうわけか誰に聞いても知らないって言うんだよ」


 面白かったのに不思議だよなぁ、と言って頭を掻く。


「その、サミーがさ、私だって言ったらどうする?」

「は?」

「歴史改変を狙う悪の組織と、私も戦ってるって言ったら、どうする?」

「な、何!?」

「怪人を自分で倒さなければ、信吾の任務は失敗。他の時代へ飛ぶことが出来なくなるんだよね? そういう回、あったもんね?」

「軍が出張って来ちゃった回だな。あれは危なかった。とどめを刺したのが俺だったからセーフだったけど。でも、それを言うならサミーだって正体がバレちゃったらまずいんじゃないのか」


 そう、変身魔法少女のお約束とも言うべきやつだ。正体を知られてはならない。正体が知られてしまった場合のペナルティはというと――、


「問題ないよ。正体がバレたら、何が何でもその人と結婚しなくちゃならないってだけだし」

「えっ!? そんなんだったっけ? 自分が死ぬか相手を殺すかじゃなかったか!?」

「全年齢向けアニメだよ? そんな物騒なわけないじゃん! 要は、秘密が漏れないようにがっちり掴んでおけってことよ!」

「な、なるほど! え、それじゃつまり――?」

「大学卒業したら、私と結婚して。他の時代になんて行っちゃヤダ」

「だけど――」

「どうなの、信吾は結婚とか考えてなかったの? 私とは遊びだったわけ?」

「違うよ! ちゃんと考えてたって! そ、それにそういうのは男が言うもんだろ?!」

「だから、男だからとか女だからとか、いまはそんな時代じゃないんだってば! どうすんの?! すんの、結婚!?」

「し、します! ぜひともお願いします!」

「よく言った! それじゃいまから変身してぶっ倒すから! 結婚ね?! 絶対だからね?!」

「はい! お願いします!」


 その返事が聞こえたところで、私は鞄から変身ステッキを取り出した。




◆ ◇ ◆ ◇


「これがパパとママの馴れ初めよ」


 うふふ、と母が目を細める。父はというと、いやぁ懐かしいなぁ、なんて言って笑っている。


「いやいやいやいや、おかしいじゃん。ママ別に総理大臣とかなってないじゃん。ただの主婦じゃん」

「そうだけど?」

「そうだけど? じゃないよ。だっていまの話が本当なら、ママは日本初の総理大臣になってないと駄目じゃん。そのためにパパはタイムトラベルしてきたんでしょ?」

「はっはっは。そうとも。まさかここまで惚れこんでしまうとは誤算だったけどな。ああ懐かしいなぁ『変身! ターイムトラベラー!』」


 といって、御年四十五の父は、「まだまだ身体も動くなぁ」と言いつつなかなかに切れのある動きでポーズを決めた。


「あらー、やっぱり素敵ねぇ。だったらママも負けてないわよ〜。『あなたの罪を完全論破! ロジカルサミー!』」


 こちらもこちらで、衰えを知らぬアニメ声である。言っとくが、こちらも四十五である。


「パパとママって普通のサラリーマンと主婦じゃないの!?」


 そりゃあちょっと一般の人よりはガタイも良いし、ちょっとばかしアニメ声だとは思っていたけど!


「うん、まぁ。いまはね」

「だって結局パパも変身して戦っちゃったし、自分で倒したってことにカウントされちゃって別の時代に行くことになっちゃうし、だけどこっちだって正体を知られた以上逃がすわけにはいかないじゃない? だから間を取って別の世界に飛ばされることになったのよ。まぁ、流刑みたいな?」

「流刑って! ヒーロー&ヒロインの末路としてどうなの?! それどの辺が間を取ってんの?!」

「え~、でもまぁ、結果オーライよねぇ」

「そうだな、パパはママといられたらそれで良いんだ! アッチの世界は別のタイムトラベラーが派遣されたしな」

「そうよねぇ~。ママは変身ステッキがなければただの人だし、もう危険な仕事は終わりよ」

「はっはっは。ママに何の力もなくたって大丈夫、パパは元々腕っぷしで戦ってきたからな! どんなことがあったって守り切ってみせるさ!」

「素敵! 頼りにしてるわ、パパ!」

「ええい、このエターナル新婚夫婦め! 真面目に聞いて損した!」


 こんなホラ話に付き合ってられるか! とリビングを出る。あらあらマミちゃんたら思春期かしら、はっはっは、これも成長だな、なんてのんきな声が聞こえてイラっとする。

 


 ただ、この時の私はまだ知らなかったのである。


 この十年後、いきなり政治に目覚めた母が圧倒的な論破力で頭角を現し、あれよあれよという間に政界入りして、日本初の女性総理大臣になることを。そして、その女性総理大臣に、明らかに常人離れした力を持つ専属SPがつくことを。

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『タイムトラベラー・SHIN-GO!~未来の女性総理大臣を救え!~』 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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