第39話
神威が奏生を好きに成ったのは小さなきっかけだった。
普段パソコンと睨めっこし、ゲームの腕前を鍛えている奏生が親の酒場を手伝っている所をたまたま目撃したところから始まった。
最初は「あの子バイトしてんだなぁ」程度だったが、奏生が下の姉弟姉妹を相手しながら両親の手伝いをしていた所を見てから変わり始めた。
その光景を見た瞬間、神威は心臓の鼓動が高まるのを感じた。
多い兄弟達の為に、両親が居る為拓海程ではないが、バイトをしていた。
そんな自分と似たような光景に、既視感があり、親近感が湧いたのだ。
神威が明確に初恋と自覚するのは、初めてあった日からさほど時間は開いていなかった。
◆
俺は再び顆粒さんの所を訪れていた。
「お、また来たのか?」
「⋯⋯」
「どったの?」
「いや、なんで俺がこんな事してんのか分からなく成って」
「はい?」
「と、言う訳で本人連れて来るわ」
「は?」
俺はドアの近くで隠れている神威を力任せに連れて来た。
「ちょ、何すんだよ! てか力強いな!」
「ほらもう来いって」
俺だって雪といきなり接近したんだ。
だったら問題なくね?
本音は雪との時間を少しでも増やしたいってのがあるけど。
「あれ、君ウチの常連じゃん」
「え?」
「あぁワイの家って小さいけど居酒屋なんよ。そこの常連の一人」
「神威、酒飲んでの?」
「飲んでねぇよ!」
「でな、君がワイの事が好きだと」
「⋯⋯」
「ロリコンさん?」
「違う!」
「じゃあなぜ好きに?」
「いや、そのぉ」
そこをヅカヅカ聞くことは思わなかった。
確かに俺も神威が好意を向けるようになった理由が気になる。
「ひ、秘密です!」
「そうかい。ま、流石にワイはあんたの事良く知らんし、君もワイの事をあまり知らんやろ。だから、なんとも言えんがな」
ふむ。思っていた以上に前向きな態度だな。
「ベタだと思うが、友達から?」
「よろしくお願いします!」
「おんじゃ、俺帰るわ」
「おい待て拓」
「なんだよ」
裾を掴まれて動きを止められる。
「流石に二人になると会話出来ない」
「頑張れ!」
神威を置いて俺は雪と共に家に帰った。
「良かったんですか?」
「良いんじゃね?」
そもそもあいつが俺達の仲を深めたのは認めざるおえない。
だが、元は雪が神威に相談したからだ。
いなくても雪は何かしらやって来ただろう。そんな確信が俺の中にある。
しかも神威はラブレター(笑)の果たし状を書かせた。
そして少しの娯楽として楽しもうとしていた。
なのに、素直に手伝う必要があるのだろうか?
「ま、たっくんが良いのなら良いんですけどね」
「まぁ成るように成るだろ。人生そんなもんだよ」
「そうですね。それが運命、私達がこうなったのも運命ですね」
「運命、か」
雪が俺の腕に絡み付いてくる。その際に当たる膨らみのある⋯⋯深く考えないようにしよう。
運命、それは便利でとても薄っぺらい言葉。
俺は母親が事故に会うと言う運命を信じたくない。
だが、俺が雪に再び会えて恋人関係に成ったのが運命なら、俺は運命が好きになる。
正直、複雑だ。
雪と恋人に成れたのは嬉しい。だけど、そのきっかけの最初がアレだと考えると。
いや、深く考えないでおこう。考えても答えなんて無いんだから。
屋敷に帰ると、そこには雪の父親と母親が居た。
「お父様」
「雪姫、拓海君、おかえり。仲が良い事で何よりだよ」
父親と母親の前の席には、知らないおじさんと、その後ろには⋯⋯母親の墓で出会ったおじさんがいた。
「お久しぶりですね」
「拓海君、君も座りたまえ」
よく分からない恐怖が心の奥底から登ってくる。
心が沈み、何も言えなくなるような、そんな気持ちになる。
俺は素直に雪の父親の隣に座り、おじさんの正面に座る。
「⋯⋯」
失礼だと思うが、俺はおじさんの顔を凝視した。
雪の両親が居るだけでも異常だと言えるのに、このおじさんの顔は何処と無く見覚えがあるのだ。
愛海⋯⋯じゃないような。⋯⋯ッ! 母さん!
「まさか!」
「ああ。気づいたようだね。そうだよ。儂は伊集院正和。君の母親の父親、君にとっては祖父に当たる」
「え、え」
母さんは自分の家族について俺達には全くと言って良いほど話さなかった。
なのに、この人は、俺達の同じ苗字で母親の父親だと名乗る。
だが、確かに母さんの面影が目の前の老人にはある。
「たっくんの、お爺様」
雪の驚愕に満ちた声が響く。
いや、そうじゃないような。
そうだとしても、何か引っかかる。
そう、雪の両親がこの場に居る事だ。
「あぁ、知っていると思ったが、儂は伊集院財閥の現当主だ」
「⋯⋯え」
そうか、財閥。
同じ財閥の人材で、しかも現当主と言う同じ立場だから、ここに雪の両親が居るのか。
「まさか西園寺財閥の娘と恋仲だったとわな。それと、桜井財閥の双子の娘も居るとか」
雪の父親と俺の祖父の会話が始まる。
その光景を雪は立って静かに見守っている。
桜井姉妹は部活、愛海と天月、海華はまだ帰って来てない。麻美さん以外のメイド達はこの場に居なかった。
「さて、それでは正和さん。拓海君も来た事だし、そろそろ本題を」
「ああ。まぁ本来、ウチの血が入った子だ。引き取ろうと思ってね。勿論、ここからも引っ越す。かなり遠くだな」
「わざわざ引き取る、と?」
「ああ。何処ぞの誰かもしれぬ奴の血が入っている事は気に食わんが、孫だからな。他二名も引き取ろう。そちらとしても悪くない筈だ」
「お断りします」
「ほう? そんな出来損ないの馬鹿娘の息子達を引き取ろうと言っているのだぞ? そちらにデメリットは無いと思うがね」
「ありますね」
「なぬ?」
「愛海ちゃんと海華ちゃんは我々に取っても娘のようなモノです」
「ええ。そうですね」
雪の父親の意見に賛成する母親。
雪の両親は月一でやって来たり、パソコンでのビデオ通話で顔を出している事もある。
まぁ、目的は、麻美さんから「お嬢様一人だとすぐに終わってしまうので」と言う理由で、俺らも参加していたのである。
「それに、我が娘が選んだ相手だ。そんな人と切り離されたら大変だからな」
「親権はこちらにある筈だが?」
「数十年も音沙汰の無い、今日初めて知った祖父にか? 養子縁組は既に終わっている」
「⋯⋯ふむ。そちらに似合うだけの価値が無いと思いますが?」
「価値はこちらで決めます。第一、人は孫に対してその価値観は頂けませんな」
「ふん。出来損ないの血が入った奴に対して、どう思えと?」
「⋯⋯先程から口が悪いように思えますが。こちらの娘と恋仲になるのはそちらに不都合があるのですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
長い長い沈黙。
「そうですな。まぁ、そちらが何処ぞの馬の骨とも知らぬ相手を婿として選ぶ程度の相手だと知れた事だけでも収穫⋯⋯」
「いい加減にしろよ!」
俺は机を叩いた。
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