第40話
机を叩いて勢い良く立ち上がり、怒声を上げる俺に対して、相手方以外の人物は驚きの表情をした。
「さっきからなんなんだ! 母さんの事を悪く言って! あなた達は知らないだろうけど、母さんは俺達の為に毎日泣き言言わず笑顔で頑張ってくれてたんだ! 辛い事が会っても泣く事も無く頑張ってくれたんだ! 何も知らずに、何もしてくれなかった癖に、偉そうに母さんの事を語るな! それにだ! 雪やその家族の事を悪く言うのは違うだろ! 何も関係ないだろ!」
俺は思いの丈をぶちまけた。
「感情に流されているな。これは君にとっても良い話⋯⋯」
「ふざけるな。良い話? 何が? 今日初めて知った相手に大切な人達の事を悪く言われて、付いて行く事が良い事? 笑わせないでくださいよ。帰ってください」
「今後、君がバイトする必要も無い」
今も本来は必要ない。今のバイトは俺の自己満足と寄生虫に成らない障壁を作る為だ。
「お金に困る事はないんだよ?」
今でもない。
「君達の幸せは⋯⋯」
「今はとても幸せですよ。あなたさえ居なければね」
「そうか。まぁいい。出来損ないの⋯⋯」
「違う! 母さんは出来損ないなんかじゃない!」
「どうかな? 幼い子を残し死んだアイツを出来損ないと言わずなんと言う!」
「なんだよ、その言い方。あなたにとって母さんは娘だろ! なんでそんな言い方が出来るんだよ!」
「アイツは身が手に動いた。それが今の結果なんだよ。君には分からないだろうな」
「ああ、分からないよ。俺は財閥の親戚でもなんでもないからな」
「ふん。また来る。きっと、答えが変わる筈だ。冷静に考えるんだな。どの選択が一番良く、どの選択が一番皆が幸せに成るのか。忘れるな。我々は家族だと言う事を」
「今の家族は愛海と海華と母さんだけだ。そこにあなたのような赤の他人が入る由はない」
「そうかい」
伊集院さんが出て行ってから、数分後に皆が落ち着き、俺は雪の両親に頭を下げた。
「すみません」
「君が謝る事では無い。にしても驚きだ。まさか伊集院財閥の血筋だとは」
「どうなんでしょうね。たまたま苗字が一緒なだけかもしれません」
「いや。DNA鑑定も見せて貰ったんだよ」
「偽装かもしれません」
「全てを疑って掛かるね。まぁ、なんだ。君の思いを聞けて良かったよ。娘を頼んだよ」
「お父様⋯⋯」
「清きお付き合いをね」
「お母様⋯⋯」
俺はただ、聞きいて、最後に返事をした。
「はい。当然です」
両親は帰って行き、俺は自分の部屋で雪と一緒に居た。
ただ、俺の感情が整理出来ていなかった。
伊集院財閥、また関わって来るのだろうか。
「にしても、あんな発言して来るのに、どうして俺らを迎え入れようとするんだよ」
「分かりません。と、言うよりもたっくん!」
「ん?」
「今の家族、って事は、そこに数年後には私が入っていると、考えて良いんですか?」
雪の純粋な目線を受けて、俺はそっと目を逸らす。
心臓の音が雪に聞かれないかと不安に成りなり、顔は真っ赤である。
口元に手をやり、クスス、と雪は小さく笑った。
俺はベットに大の字で横になる。
「母さん」
天井に右手を伸ばし、母親の姿を思い浮かべる。
とても愛海に似ている。
伸ばした手を雪が両手で包み込むように握って来る。目だけを雪に向ける。
「何を考えていたんですか?」
「いやね。俺って母さんに似てないなって」
母さんと俺は当然血の繋がった家族だが、俺は本当に
「たっくん。あまり深く考えてはいけませんよ。ただ、心が沈むだけに成ってしまいます」
「そうかね? そうする事にするよ」
「はい。そう言えばもうすぐ六月三十日ですね」
「だな。ほんと、毎日がとても早く感じられる」
「⋯⋯」
今日は精神的に疲れた。
珍しく、本気の怒りってのを感じた気がする。
◆
翌日、学校に行くのにも億劫に成っていた。
昨日は寝れなかった。
理由は伊集院のお爺さんもあるが、一番は俺の事を心配した愛海と海華が色々と話しかけてくれたからだ。
なので、雪含めた俺らは綺麗に寝不足だ。
「い、伊集院君、何かありましたか?」
「うちも気になる。ウーちゃんやあっちゃんもぐったりしてたからな」
そう言えば、最近は六人で同じ部屋で様々な場所で寝ている。
だが、昨日は二人は来なかった。理由は分からないが、麻美さんが俺達とは違う意味でぐったりしていたので、何かしてくれたのだろう。
一緒の部屋で皆仲良く寝ないのは、使用人以外では天月だけだな。ま、時々甘えて来るけど。その時の愛海の顔は一言で表せば般若だった。
あれ? 俺のプライベート空間って実は減ってる? なんかおかしな方向に自分が慣れ始めた気がする。
「まぁ、ちょっとね」
「はわわわ。ッ! す、すみません」
雪は徹夜に慣れてないようで、欠伸をして、はしたないと思ったのか恥ずかしそうにしていた。
ちょっと可愛いな、と思ったのは内緒である。
学校に着き、早々に神威に絡まれた。
「よ。今日元気ないけど、何かあったのか?」
「まぁ、色々とな」
「そっか」
「お前は元気そうだな」
「まぁな」
神威と話していると、雪が神威に向かって殺意を放っているのに気づく。
眠いせいか、その殺意はいつもよりも鋭い感じがする。
「凛桜さんおはようございます」「桜井さんおはようございます」「桜井様こっちを向いてください!」
凛桜は他の人との挨拶で忙しいようだ。人気者は違うね。
雪の方は、今の目付きとオーラのせいか、皆から三歩程引かれていた。
そんな見慣れた光景を見ながら、俺達は今日も一日学校生活を送った。
◇
神威と俺は今日はメイド喫茶でのバイトである。
「奏生さんとはどうだった?」
「うん。多分、多分順調」
「お前、自分に言い聞かせてないか?」
パンケーキの注文が入っているので、作りながら会話をする。
同じメニューばっかなので作業になっている。
時間的にもうすぐでオムライスの注文が殺到するだろう。
「てかよ神威よ」
「たんだね拓よ」
「お前さ、ロリコンなの?」
「違うぞ。俺は小さい子が好きなんじゃなくて、奏生さんが好きなの。こんな話前にもしなかったっけ?」
「そうだっけ? 傍から見たら十分ロリコンだよ」
「いや。つ、付き合えれば、もうロリコン枠に入れる範囲外だから」
「そうかい。それまで遠そうだな」
「そう言うお前はシスコンだろ」
「安心しろ、それは自覚ある」
「あんなのかよ。雪姫嬢が泣くぞ」
「あはは。どうかな? 雪も俺から見たら十分義姉やってるよ」
「お前ら婚約もまだだろ」
確かに。
俺も雪色に染まっているのかもしれない。
先走って、色々と強引に成っていそうな気がする。
「そろそろ六時だな」
「だな」
さて、そろそろオムライスの準備するか。
翌日、6月29日土曜日、まさかの西園寺家の長女が来訪して来た。
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