僕だけのヒーローは、知らないところで守ってくれていた純日本風のあの男でした!

兵藤晴佳

僕だけのヒーローは、知らないところで守ってくれていた純日本風のあの男でした!

 僕はゴムボール・ゴニスン。

 グロリア・ジュニア・ハイスクールに通う中学生だ。

 朝の爽やかな青空に向かって幾つもの高層ビルがまっすぐに伸びるのを見上げながら、僕はバンドで縛った教科書を担いで今日も学校へと走る。

 ここまでは、いろんな意味で僕も普通の中学生だ。

 途中で、お巡りさんに呼び止められたりする。

「待ちなさい! 身分証明書を!」

 仕方がない。ちゃんとした中学生は、黄色いスクールバスで学校へ行くんだから。

 学校のIDカードを見せて、ようやく納得してもらったけど、お巡りさんからは小言をもらう。

「気をつけなさい。この街で走ってると、犯罪者だと思われるよ」

 そう、僕は黄色いスクールバスには間に合わない、普通の中学生だ。

 でも、この街は違う。

 耳を澄ますまでもなく、今日もあちこちで警察車両のサイレンが鳴っている。

 常識の通用しない、邪悪と犯罪がはびこるオッサン・シティなのだ。

 出没するのは世界征服を企む悪人や犯罪者だけじゃない。

 そいつらと戦うスーパーヒーローまで、あっちこっちで活躍している。

 いや、マジで。

 いざとなったら警察権と即決の裁判権まで行使できる、「スーパーヒーロー特別措置法」まであるくらいだ。

 

 お巡りさんから逃げるように、でも走るのはやめて、学校へと急ぐ。

 すれ違うのは、朝から疲れているスーツ姿の男たち。

 海の向こうの「ジャパニーズ・サラリーマン」というやつだ。

 僕の父さんも、そのひとりだった。

 小さい頃は、「課長」と呼ばれてるらしいのが自慢だった。

 でも母さんが言うには、一生「課長」らしい。

 これは結構、恥ずかしいことなんだと最近、友達が言ってるのを聞いた。

 だから、僕は真面目にやるのをやめた。 

 早起きしないから、家の前を迎えのスクールバスも素通りしていくようになった。

 僕は毎朝、当たり前のように走って家を出て、最初の授業の直前に教室へ飛び込。

 でも、お巡りさんに呼び止められた今朝は、間に合いそうにない。

 近道しようとしてビルの間の路地に走り込むと、もの凄い爆発音が聞こえた。


 そして僕はいま、オッサン・シティの警察署にいる。

「そろそろ白状したらどうだ……あそこは宝石店の裏口でな、店に飾ってあった貴金属がごっそり盗まれた後だったんだよ」 

 そんなの、知らない。

 爆発の後に路地の裏口が開いて、担架で怪我人が運ばれてくる中、僕はいきなり逮捕されたのだ。

「名前は?」

 ゴムボールともゴニスンとも答えるつもりはなかった。

 家で待つ母さんや、会社で万年課長をやっている父さんには知られたくない。

 ここは、相手が中学生でも油断できないオッサン・シティだからだ。

 日ごろの行いが行いだから、無実だといっても信じてもらえないかもしれない。

 誰も当てにできないなら、完全黙秘を貫くしかなかった。

 この街にスーパーヒーローはいるらしいけど、見たことはない。

 だいたい、こんなどこにでもいる不真面目な中学生を助けに来てくれるはずがなかった。

 ところが、だ。


「待たれい!」

 警察署の壁を吹っ飛ばして、突き抜けるような青空から降ってきた人影があった。

 紙を折って作った兜で顔を隠し、アジアのカラクサ模様の黒いマントを翻した、筋肉隆々の男だ。

 その逞しい身体をまとうボディスーツには、舞い散る桜の花びらがプリントされている。

 警察署の人たちが呆然とつぶやいた。

「あなたは……タイラント・ショーグンブギョウ!」

 聞いたことがある。

 日本からやってきた、強く逞しく推理力もある、暴れん坊で「将軍」みたいに強い「奉行」とかいう、アメリカのキャプテンなんとかにあたるヒーローらしい。

 そのスーパーヒーローが警官たちに言い渡す。

「この事件、拙者が預かる!」

 いや、しかしと署長が口答えすると、タイラント・ショーグンブギョウは、腰から下げたスマホぐらいの大きさのストラップを突き出して叫んだ。

「ドゲザパワー!」

 警察官たちが一斉にひれ伏す。

 日本では「将軍」や「奉行」はみんな、この力を持っているらしい。

 こうして、オッサン・シティの「スーパーヒーロー特別措置法」が発動された。


 タイラント・ショーグンブギョウは、僕を抱えて空を飛んでいく。

 やってきたのは、街の真ん中を流れる川の岸辺だ。

 その白い砂利の上へ僕を座らせると、穏やかに尋ねる。

「あの場で見聞きしたことを、答えてみよ」

 真っ先に思い出したのは、路地の裏口から運びだされる怪我人のことだった。

「男の人が何人も、大きな担架で女の人を運んでた」

「いかにして?」

 担架の使い方は聞くことになさそうなものだけど、ふと思い出したことがあった。

「代わりばんこに、毛布の中に手を入れて抱えてた」

「女人は嫌がっておったか?」

 確かに、病人や怪我人の介護を装ったセクハラはあるらしい。

 でも。

「全然」

 大怪我をしていたら、そんなことは言ってられない気がする。

 そこで、タイラント・ショーグンブギョウはちょっと考えてから尋ねた。

「他に見たのは?」

 路地の向こうに大きなバン(ワゴン車)があって、出迎えた人が担架といっしょに男の人たちも運んでいった。

 この街では犯罪に巻き込まれる人が多くて、救急車も間に合わないから仕方がない。

 多分、家族だったんだろう。

 そう答えると、更に突っ込んで聞かれた。

「出迎えに、女人はおったか?」

 いなかった、と答えると、タイラント・ショーグンブギョウは腰に提げた「インロウ印籠」とかいうらしいストラップで何か警察と連絡を取りはじめたが、やがて僕の頭を撫でると、優しい声で励ますように言った。

「3分間、待つのだぞ」


 そして、きっかり3分後。

 今朝、路地の向こうで見たバンが、空を飛んできた。

 タイラント・ショーグンブギョウが運んできたのだ。

 乗せられていたのは、担架に乗せられていた女の人と、それを抱えていた男たちだ。

 その8人ばかりを僕の隣で白い砂利の上に座らせると、タイラント・ショーグンブギョウは尋ねた。

「今朝、宝飾店を爆破して貴金属を盗んだのは、そなたたちじゃな?」

「いえ、滅相もない」

 8人が8人、口を揃えて答えたが、スーパーヒーローの尋問は続いた。

「若い女が見ず知らずの男に、かけた毛布の中へ手を入れられて嫌がらぬはずがない。そのような女を出迎える身内に、女がおらぬというのも妙な話ではないか?」

 言葉に詰まった8人は、急に立ち上がって逃げ出そうとする。

 タイラント・ショーグンブギョウの兜の向こうで、真っ赤に隈取られた目が光を放った。

「おうおうおう、黙って聞いてりゃしゃあしゃあとシラ切りやがって……テメエらの悪事、このサクラフブキ桜吹雪がとっくとお見通しでい!」

 全身にまとったボディスーツから、眩しいばかりに輝く桜の花びらが、アメリカはワシントン、ポトマック川の春の岸辺のように吹き荒れる。

 雷に打たれたように硬直した8人の悪党たちを、タイラント・ショーグンブギョウが叱り飛ばした。

「盗んだものは、その若い女が担架に横たえた身体の下に隠してあったのだ! その重さは、男どもが交代で支えねばなるまい! 急ぎかき集めた金銀宝石がこぼれおちそうなのを、男どもが毛布の下で抱えておったのであろう! きりきり白状せい!」

 そこで突きつけられたのは、腰のインロウだった。

「ドゲザパワー!」

 一斉に土下座した8人の男女を見渡して、タイラント・ショーグンブギョウは高らかに宣言した。

「これにて一件落着!」

 

 8人の強盗犯を連行する警官たちを、タイラント・ショーグンブギョウはねぎらっった。

「犯行時間の監視カメラに映っていたバンの特定と追跡、かたじけない」

 警官たちも、敬礼と共に答える。

「あなたがたスーパーヒーローがいなければ、これほど鮮やかに事件は解決しなかったでしょう」

 その様子を、僕は憧れの眼差しで見ていた。

 いつか、こんなふうになりたいと思いながら。

 警察車両が走り去った後、僕は学校で習った日本のマナーを思い出しながら、頭を下げる。

「助けてくださってありがとうございました……でも、どうして僕が無実の罪で捕まってるって分かったんですか?」

 それだけでも不思議だったのに、さらにタイラント・ショーグンブギョウが頭を下げたのは意外だった。

 もっと驚いたのは、恭しく答えたその言葉だった。

「ゴムボール殿のお父様なくして、今の私はございますまい。ご恩返し申し上げたいと陰ながら見守ってはおりましたが、お父様は大過なく人生を送られてきた方……そのご子息の危ういところをお救い申し上げることができて光栄至極にございます」

 そう言うなり、タイラント・ショーグンブギョウは唐草模様のマントを翻し、夕焼けの空高く飛んでいった。

 このひと言を残して。


 ……お父様にお聞きなされい、廃棄物処理場でコンテナを持ち上げておった孤児を覚えておられぬかと!


 タイラント・ショーグンブギョウのおかげか、学校を休んだことは家に伝わっていなかった。

 何事もなかったように帰ってきた僕は、その夜、父さんが忘れていた昔話を聞きだすことができた。

「若い頃、僕はゴミ処理の仕事をしていてね。捨ててある大きなコンテナの下に、小さなバスケットが隠してあるのに気が付いたんだ。それとなく様子を見ていると、ボロを着た子どもがそれを持ち上げては、ゴミ箱から拾ってきた残飯を隠すじゃないか……」

 見かねた父さんは、食べものを与えて事情を聞いた。

 どんな家に保護されても勉強させられるのがいやで、つい暴れては追い出されてしまうのだという。

 だが、父さんはそれをたしなめた。

「学校へ行きなさい。そしていつか、その力を人のために使うんだよ」

 そこで、僕は聞いてみた。

「もし、その子がオッサン・シティのスーパーヒーロー、タイラント・ショーグンブギョウだったら?」

 父さんは、まさかと笑っただけだった。

 でも、次の日から、僕は真面目にスクールバスで中学校へ行くようになった。

 万年課長の父さんは、もう、恥ずかしい男じゃなかった。

 僕だけのヒーロー、「ジャパニーズ・サラリーマン」になったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕だけのヒーローは、知らないところで守ってくれていた純日本風のあの男でした! 兵藤晴佳 @hyoudo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ