とりあえず

「リリコ、これは?」

「ええと、いつもルゴールさんたちにお世話になっていますけど、たまには私の手料理でもと思いまして。先日、弟にいくつか調味料をお願いしたでしょう? 日本で作っていた料理ぐらいしか出来ないんですけど」


 夕食の際、食堂のテーブルに並ぶ、いつもと違う料理に驚いたクレイドに説明をした。


「豚汁と肉じゃがと魚の切り身を焼いたの、後は茸の炊き込みご飯です」

「──まさかリリコが全部作ったのか? 仕事でいつも忙しいのに」

「一区切りついたので心配しないで下さい。ただ日本の家庭料理なので口に合うかどうかは分からないです。マズかったらルゴールさんに頼んで簡単なものを作って貰いますね」

「リリコが作ったのであれば全部美味しいし全部食べるに決まっている」


 目をキラキラさせて嬉しそうに笑うクレイドだが、仕事人間で寝不足がデフォルトなので、消えなくなった目のクマやら目つきが凶悪で、悪事を企んでいる犯罪者のようである。本当に顔立ちはいいのにもったいない。

 見慣れた私には嬉しそうだなあとしか思えないが、東ホーウェンの町で店に入ったりすると、ガタイもいいので店員にビクッとされたりするのは日常茶飯事。最初の頃はクレイドも少し気にしたり落ち込んだりしていたが、「リリコが怖がってないのであれば問題ない」といつの頃からか平然としているようになった。



 私は約二年前のあの事件の後、城に戻ることになった。

 戻って早々、クレイドは城で働く人間を集めて、


「リリコと結婚することになったので、これからは奥様と呼ぶように」


 などと人の意向を聞かずにアホ発言をしたので、怒って丸一日口を聞かなかったら涙目で謝って来た。


「奥様なんて呼ばれたら、せっかくリリコと名前を呼んでくれる仲良しな人たちと距離が離れるじゃないですか。大体なんで付き合う期間もないのにいきなり結婚なんですか」

「すまぬ。つい気が急いてしまった」

「結婚はお互いと何十年も一緒に暮らす覚悟が必要なんですよ。いくら好きでも一緒に暮らしていけば、嫌なところもお互い出て来るかも知れないじゃないですか?」

「私は一緒に暮らしていて、リリコに嫌な思いを感じたことは一度もなかったが、リリコが私に嫌な思いをさせているかも知れないな。これから直すので何でも言って欲しい」


 私も話していて、あれ、そう言えば私も一緒に城に住んでいて嫌な思いをした記憶はないなと思ったが、まあいい。慎重であるに越したことはない。


「ですから今は恋人同士の同棲期間ということで、結婚はその結果でまた改めて考えることにしましょう」

「……何というか、同棲という響きの方が淫らな感じがしてしまうが、リリコの決めたことに従う」


 深く頷いたクレイドに、喉元まで「まだ手を繋いでデートしたことすらない、中学生の付き合いみたいな関係で淫らとか言うな」と出かかったがぐっと我慢した。

 彼は本当に長い年月、恋人どころか親しい女性という存在もいなかったそうで、良く言えば純真無垢、悪く言えば無知なので、お付き合いで徐々に仲を深めて行けばいいと考えた。私も恋愛の達人からは程遠いのだが。


 そして一年かけて、デートで普通に手を繋いだりキスをしたりなどというボディーランゲージに慣れさせたのだが、次第にクレイドの恋愛脳が発動した。


 仕事中ふと視線を感じて振り返ると、クレイドがいつの間にか作業部屋に入ってそっと作業を見守っていたり、庭でゴブリンレディーの皆さんと話をしながら雑草取りをしていたら、姿が見えないことを心配してリリコ、リリコ、と名前を呼んで探し回っていたこともあった。

 町に買い物ついでに原稿届けに行くと言えば、必ず一緒について来て、ボディーガードのように四方に目を配っていたりする。雑貨屋など会計が男性のところには自分が代わりに立つ。

 その上デンゼル社長にも、


「私たちは恋人同士になったので、以後リリコをなるべく男性に近寄らせないで欲しい。正直言ってリリコは控えめに言っても才能あるマンガ家な上に、見てのようにこんなにこじんまりして顔立ちもとても愛らしいので、変な気を起こす人間が大勢いるはずだ。私も仕事があるので、完璧に目を配ることが出来ないかも知れぬゆえ、社長も出来るだけ気をつけて欲しい」


 と聞いてて赤面するような発言をかましたりもした。

 二メートル近くもあればどんな女性も大抵こじんまりだよ。

 デンゼル社長は大変喜ばしいことだと言い、責任を持って女性以外の対応はさせないと約束したが、後で私に小声で「……別に脅されてとか無理やりとかじゃないですよね?」と確認されたりもした。

 シャロルたち女性陣もやはり顔つきからなのか、クレイドはマンガ家としては大人気ではあるものの、どうも強面から来るイメージが拭えないようで、「何か辛いことがあればいつでも相談に乗りますから」とやたらと心配をされている。

 クレイドの顔から与えるイメージが強力過ぎて少し可哀想なほどだ。


 クレイドは私の好きに仕事をさせてくれるし、同居していて家事もろくにやらない女に不満を言うこともない。

 いや、家事をしてもいいのだが、城が大きすぎるため一人では手が回らないのと、仕事として働きに来ている人たちに迷惑がかかるので、やりたくてもたまーにお菓子や料理を作るぐらいしか出来ないとも言える。

 だって毎日そんなことをしていたら、一日中何かしらやっていてマンガ描く時間なくなっちゃうのよ。

 分不相応なセレブ生活みたいで、小心者としてはかなり心苦しい。が、ゴブリンレディーのエドーラさんたちやコック長のルゴールさんなどは笑って、


「二人のマンガ家先生の生活や健康を支えるってのは有意義で誇らしいし、本音を言うとクレイド様もリリコも、ほぼ作業部屋にこもって仕事しているので全然手も掛からないし、掃除も楽でこちらの方が申し訳ないぐらいだ。それにいつも面白くて感動的なマンガも読めるしね。リリコは幸せそうなクレイド様を手のひらで転がしておいてくれればそれで充分」


 と、全く困っていないようなので、今では私も開き直ってすっかり甘えてしまっている。


 そんなこんなで早二年。

 クレイドには「いい加減に周囲に妻と紹介したい」と時折他の魔王たちに愚痴をこぼしているらしいが、私には一切急かすような言葉は言わない。

 この国では役所みたいなところがなくて、自警団のところにある住民名簿に夫婦になったと連名で署名するだけだ。

 私も交際〇日で結婚はないだろ、と少々意地になって同棲から、とは言ったものの、彼とこれからずっと一緒に居たいと思う気持ちは変わらない。

 ただ、お互い仕事で忙しくしており、何となく言い出すタイミングを逃してしまったというのが本当のところだ。

 彼は自分がゴリ押しして城に戻って来て貰ったという負い目を勝手に持っていて、私から言い出すのを待っている様子である。

 私から今さら逆プロポーズするのも恥ずかしいなあ、でもいずれはやらないとなーと考えていたのだが、そう呑気なことも言っていられなくなった。


「クレイド、修羅場は終わりました?」

「ん? ああ、明日から数日はゆっくりできると思う」

「それじゃ原稿渡しついでに、久しぶりに明日、東ホーウェンの町までデートしませんか? ちょっと買い物もしたいので」

「断る選択肢はない」


 翌日、二人仲良く東ホーウェンの町まで出掛けて、ホール出版社に原稿を持って行き、昼食はビストロでシチューを食べた。


「……付き合って欲しいところがあるんですが」

「喜んで」

「どこ行くか聞かないんですか?」

「どこでもいいからな。リリコが一緒ゆえどこでも楽しい」


 私は自警団の詰め所のそばまでクレイドを連れて行った。


「……ん? まさかまた変なファンレターでも届いたのか?」


 途端に不安そうに目の色が変わるクレイドに首を横に振る。自警団はこの国で警察のような役割もしているから、心配になったようだ。


「そうじゃなくて、ですね。……あの……ええと……」


 私は顔から火が出そうなほど熱さを感じる。自分からプロポーズをするのって、かなりの勇気がいるものだ。仲良く暮らしていても、今はもう結婚したくなくなったと言われれば終わりなのだ。


「け、け、け……」

「ケーキを買いたいのか? そうか、近くに新しく洋菓子屋が出来ていたな。遠慮するな。沢山買お──」

「け、結婚して下さい!」


 そう言って頭を下げた。沈黙。

 怖くなり恐る恐る顔を上げると、普段細く鋭い目のクレイドが目をくわっと見開いて微動だにせず私をガン見していた。私でもちょっと怖い。


「すみません……あの、待たせ過ぎましたか?」

「──いや、余りに驚いて心臓が止まったかと思った。遅くない、全然遅くない! こちらこそ結婚して欲しい」


 私は安堵の息をついた。


「……だが、何故急に?」

「実は……その……赤ちゃんが出来まして……」

「赤ちゃん……」


 呟いたクレイドが、また動きを止め、さっきよりも目をかっぴらいた。だから慣れてても驚くんだってば。


「しかし、一生子供は出来ないだろうと……」

「私もそう思ってたんですよ。だって日本ではとっくに死んでますし。でも少し体調が悪いなあ、と思って町に買い物に来たついでに病院寄ったら、おめでただと言われて。自分でも不思議だなあ、と。私がずっとなあなあにして結婚延ばしてたので順番逆になっちゃいましたし、もう嫌になってて結婚して貰えなかったら、城から出て一人で産もうと思ってました」

「バカを言うな。私は一生でも待つつもりだったぞ。……しかし、私とリリコの大切な家族が出来るのか……」


 クレイドはそっと私のお腹に手を置いた。目には涙が溜まっている。


「……男かな? 女かな? いや、どちらでもいい。私たちの元に生まれて来てくれるなら」

「私も緊張が解けてホッとしました。それで、産まれるのは七カ月後でまだ先なんですが、産まれる前後でマンガはしばらく休んで育児休暇を取りますが、構わないでしょうか?」

「体が最優先だからそんなの私に聞くまでもない。私も休んで手伝う。……ああ、ようやく実感が湧いたのだろうか、手が震えてきた。ベビーベッドも注文せねば、いや子供服だって必要だな! 子育ての指南書があるか本屋にも行かねばなら──」


 急にわたわたとしてあれこれ言い出すクレイドに苦笑して、唇を指で押さえた。


「──それよりも先に、まず結婚の届け出しましょう。……旦那様?」

「っっっ! そうだ、そうだった! いやすまないがリリコ、今一度最後の言葉を聞かせてくれないか」

「……旦那様?」

「うむ。クレイドと呼ばれるのも好きだが、旦那様と呼ばれるのも特別感があっていいものだな。今後は子供から父と呼ばれるのか。……自分の子供にも楽しんで貰える幼児向けの絵本も描きたいな」

「ああそれはいいですねえ」


 嬉しそうに笑うクレイドを見ていると、私も幸せな気持ちになる。


「これからも、子供ともどもよろしくお願いします」

「もちろんだ。私のことも末永くよろしく頼む。……さ、まずは早く詰め所に行こう!」


 私の手を取り歩くクレイドと、これからも一緒に仲良くやっていきたいと考え、きっと大丈夫な気もした。



 そして私はクレイドと夫婦になった。

 直接弟に報告をしにいったが、『甥か姪も半年後ぐらいに出来るよ』と伝えたところ号泣された。


「姉ちゃん死んでから可愛い甥っ子とか姪っ子出来るって……嬉しいけど、どんだけ酷い仕打ちよ? やめてよせっかく家族が増えるってのに、俺ホーウェン国に会いに行けないじゃんか!」


 とひとしきり騒ぎ、あ! と言うと寝室の方からスマホを持って現れた。


「これ機種変して使わなくなったんだけど、写真の解像度が綺麗で、デジカメ代わりに使ってんだ。出産近くなったらクレイドに取りに来て貰うから、甥か姪を沢山撮影して戻してくれ。姉ちゃんにも写真にプリントして沢山渡せるから、成長記録にも出来るだろ? ついでに姉ちゃんとクレイドも撮ってくれよ? 俺少年クレイドしか知らないんだから」

「おお! トール、あんたってば天才!」

「素晴らしいぞトール!」


 これからも弟とは密かに長い付き合いになりそうだ。

 長い付き合いと言えば、魔王アルドラも最近は一人でこちらに現れるそうだ。幼子の姿でなければ良かろう、と数時間しか居られないがほぼ普段の姿でやってくるらしい。現在はお互い何となくいい関係になっている感じである。


「ロリコン扱いの心配はなくなったけど、美人過ぎて俺の目がつぶれそう」


 と贅沢なことを言っている。ただ、弟の場合は生きているので、アルドラが通うことしか出来ないが、今後弟もホーウェン国に訪ねて来られるようになったらいいのになあ、と思う。



 うん。まあとりあえず、幸せです。




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魔王様はマンガ家になりたい! 来栖もよもよ @moyozou777

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