右手の恋人

ぴとん

第1話 ツヨシの相棒




 ツヨシ(21)は、変身ヒーロー「斬仮面」として、日々悪と戦っている。


 手首のブレスレットに光を当てて起動させ、同時にブレスレット下部から飛び出てくる採血針に、ツヨシの血液を吸わせることで、彼は斬仮面に変身できる。


「いくぞ!」


「かかってこい!」


 本日の戦いの相手は、毒使いの怪力怪人「コブラサイクロプス」だった。


 組めば力で抑え込まれ、離れれば毒光線を浴びせられる。斬仮面は序盤苦戦することになるも、一瞬の隙を見せたコブラサイクロプスに必殺一撃を喰らわせることで、勝利を得る。


 わずかな勝機も逃さない。これが彼がここまで勝利を積みかさねてきた理由である。


 戦いの後、夕暮れの中、ツヨシはブレスレットに話しかける。


「いつもありがとな、お前のおかげで俺は街の平和を守れる」


『………』


 ブレスレットは、ある日突然ツヨシの元に個包で送られてきた。ただの一般人だったツヨシはその日を境に、怪人と戦うヒーローになったのだ。


 寝る時も、風呂を入る時も一緒の手首のそれは、物言わぬものの、ツヨシにとってまぎれもない相棒だった。


 戦いで疲れたツヨシは、その日ベッドに入ってすぐに就寝した。


 月夜のひかりが、窓から注ぎ、ブレスレットがキラリと光った。



 その翌朝、ツヨシは新聞を見て目を丸くする。


「地下悪魔組織『ザバス』が壊滅……!?』


 見出しには、ツヨシが昨日まで戦っていた悪の組織が、壊滅したと書かれていた。


 コブラサイクロプスは、たしかに強かったがしかし、幹部というわけではなかった。その上にはもっと高位の怪人たちがいる。


 ツヨシは今以上に強くなる必要を感じ、日々トレーニングしていたというのに。


 虚脱感に襲われるツヨシ。ちらりと手首を見る。


「あれ……?」


 常に肌から外さない、相棒のはずのブレスレットが、そこにはなかった。


 外した覚えなどない。


 ツヨシは同時に戦う力をも失ったのだった。



 それから数年、ツヨシは一般的なサラリーマンとして社会を生きていた。


 彼がいままで守ってきた街の平和を生きる人々、その暮らしは思った以上に大変で、ヒーローの時より楽なんてことはなかった。


 いままで自分はどこか傲慢だったのかもしれない、とツヨシは反省して、日々真摯に仕事と向き合っていた。


 そんなある日、ツヨシの家に小包みが届く。


 宛先不明。既視感のある状況であった。


「うわぁ……!?」

 

 中に入っていたのは、かつてツヨシがつけていたのと、色違いのブレスレットであった。


 また戦いが始まる?そんな予感に、思わず、ツヨシの胸が高まる。


 いまの日常にもやりがいはあるが、どこか刺激が足りなかったのだと、このとき気づく。


 彼は何の不信感も持たず、ブレスレットを手首に巻く。


 すると、ブレスレットから針が出てきて、ツヨシを採血する。


「いっつ」


 これだけはなかなか慣れないものだったとツヨシは思い出す。


 ブレスレットが電子音と共に起動する。


『生体認証。ハローマスター』


「ハロー……?こんな音声前のになかったな新機能か?」


 ブレスレットを眺めるツヨシ。すると、ブレスレットはふたたび電子音と共に音声を鳴らす。


『マスター、落ち着いて聞いてください。あなたはいま命の危機に晒されています』


「は……?なんだそれ……というかこれ喋れたのか?向こうに誰かいる?」


 ブレスレットは続ける。


「あなたの今回の敵はあなたがよく知る相手です……そう、かつての相棒です』


「相棒……?俺はいつも一人で戦っていたぞ?」


 疑問点をいくつも抱えるツヨシに、ブレスレットは衝撃の事実を伝える。


『あなたは、斬仮面変身ブレスレットZ-23に、命を狙われています』


「は……?」


 ツヨシは頭が追いつかなかった。ブレスレットに命を狙われる?全然意味がわからない。


『我々はとある惑星から飛来した、宇宙人でした。生物の血液を吸うことで、寄生主に力を与える、そういう生態の種族です。もちろん私もそうですし、Z-23もそうでした』


「俺は宇宙人の力で戦っていたってことか?」


『その通りです。次にZ-23が突然あなたの元から姿を消した件ですが、これは少々複雑な事情となります』


「なんだ……?」


 ツヨシは唾を飲む。全く想像がつかなかった。


『Z-23は、あなたと戦場をかけている間に、あなたに恋に似た感情を抱きました。決して諦めずに戦うあなたの姿に、心が共鳴したのでしょう。寄生主に情が移ることは我々にはよくあることです』


「それは……まぁ嬉しいな。俺も相棒呼びしてたわけだし」


『ただし、Z-23は俗な言い方をすれば、拗らせました。ツヨシさんが関心を向けるのは、怪人と悪の組織だけで、自分のことは単なる道具としか見てないのだろう、と不安になったのです』


「ん……?」


『そうして、Z-23がたどり着いた結論は、自分一人で悪の組織を壊滅させて、ツヨシさんの関心を自分だけに向けさせることでした。

……Z-23は、ツヨシさんを自分だけのヒーローにしようとしたのですよ』


 ツヨシはその言葉をゆっくりと消化する。


「……は、はぁー!?つまりブレスレット如きに、俺が今まで戦っていた悪の組織ザバスは倒されたっていうのか!?」


『我々は寄生生物ですからね。敵の親玉に寄生して、その強大な力で同士討ちさせるなど容易いことなのです』


 ツヨシは冷や汗が流れる。


 右手の相棒がそんな力を持っていたとは、末恐ろしかった。


「ちょっとよくわからないんだが……なんで俺に恋してるZ-23が俺の命を狙ってるんだ?」


『単純なことです。Z-23は自らが悪になりかわることで、ツヨシさんの関心を一気に引きつけようとしているのです。

 ザバスの怪人培養プラントをZ-23はのっとり、新たな怪人組織を結成しました。

 来週には怪人が来るはずです』


 ツヨシは呆然とする。まったく想像もしてない展開だった。


「それで……お前はこのことを知らせるために俺の元に来たのか?」


『はい、そしてあなたを助ける戦力になるようにと、族長に派遣されました。我々は寄生生物です。星の住人に過度な影響を与えてはならないことが、掟で決まっています。Z-23はそれを犯しましたので、わたしが来ました」



 ツヨシは、しばらくの思案ののち、心を固めた。よくわからないことに巻き込まれたとはいえ、ブレスレットをつけて悪と戦うことはいままでと変わらない。


 自分は馬鹿みたいに、怪人と戦えばそれでいいのだ。


 ツヨシは、新しいブレスレットに話しかける。


「よろしくな、新しい相棒」


『……………』


 ブレスレットは、しばらくの沈黙ののち、重苦しく音声を鳴らす。


『絶対にZ-23の前で相棒呼びしないでください。浮気と疑われて、ひどいことになります。私のことはX-48とお呼びください』


「ああ、わかったよ」


 こうしてツヨシは戦士として再び敵と戦うことになった。


 女心……否、ブレスレット心を微塵も理解しないまま戦いに飛び込んだヒーローがらこのあとどんな酷い目にあったのかは、想像にお任せする。



 玉座に座った一個のブレスレット、Z-23は恍惚としながら、ツヨシと出会えるのを待っていた。


『もうすぐだね、私だけのヒーロー……♡』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

右手の恋人 ぴとん @Piton-T

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ