KAC20228 白バイ隊員に私はなる!

星都ハナス

私だけのヒーロー!

───口から心臓が飛び出しそうだ。もう一度深呼吸する。訓練では何度も倒したパイロンが、この時は味方になってくれそうな気がした。


「次、山本彩奈やまもとあやな巡査」

「はい!」


 私は全身から無駄な力を抜き、下半身でしっかりバイクを押さえた。


 もう逃げない。進むしかない。合格したい。いや弟との約束を果たすため必ず合格して白バイ隊員になる!



◆ ◇ ◇◆

 登下校はいつも三つ下の弟と一緒だった。仲がいいとかそんなんじゃなくて、母親からきつく言われたからだ。拓也は少しおっとりしていて、小学校に上がってもまだ一から十まで言えない子だった。


「彩奈、悪いけど拓也タクヤと必ず一緒に帰ってきてね」


 その日の朝、母から念を押すように言われてイライラした。


「私だってたまには友達と帰りたい。拓也と帰るのが恥ずかしいもん。この前なんか勝手にコンビニに入ってただお店を一周回って、ねえ、お母さん聞いてる?」


 母親は早くご飯を食べなさいというだけで苦笑いをした。私が一生懸命に訴えているのに、拓也を見るとアニメに夢中で余計にイライラした。


「学校に遅れるよ。拓也、行くよ」


 母親には何も聞いてもらえない。お姉ちゃんは損だ。観念した私はランドセルを肩にかける。左右反対に揃えられた拓也の運動靴を蹴飛ばした。


「お姉ちゃん、待って、待って」


 半泣きでついて来る拓也を、学校に行くまでずっと無視したら少し落ち着いた。しかし校門前で拓也がいないのに気づく。


 慌てて戻った私の目に飛び込んできたのは、白バイ。登校途中の児童が数人白バイを囲んでいた。その中に拓也もいて、白バイにベタベタ触っている。


「バイク、カッコいい。カッコいい。カッコいいね」


 他の児童が数メール離れて見ている中で、拓也だけが触りまくっていた。


「拓也、ダメ。こっちに来なさい。触っちゃダメ」どんなに大きな声で言っても聞かない拓也に腹が立つ。私は拓也の手を掴んで引っ張った。


 さっきは全く気が付かなかった白バイ。エンジン音もしなかったはずなのに、何処から現れたのだろう。通学路は安全な細道で車が通る事などないのに、何を取り締まっているのだろうか。


「お姉ちゃん、カッコいい。カッコいい。カッコいい」


 拓也は同じ言葉を何度も言って、その場で飛び跳ねた。私は友達の目と、学校に遅れるのではないかという不安と、白バイ隊員に迷惑がかかるという怖さから拓也の頬を叩いた。拓也はお姉ちゃんのバカと言って泣き喚いた。


「触っても大丈夫だよ。そんなに怒らないで」


 白バイ隊員さんがバイクから降りて、私に笑顔で言い、拓也の頭を撫でてくれた。私は余計に恥ずかしくなって軽く会釈すると、拓也の手を引っ張って校門へ向かった。拓也は何度も振り返って、白バイ隊員に手を振る。


「白バイさん、行ってきます。行ってきます」

 

 拓也が三回同じ事をした時、隊員さんの声が聞こえた。マイクを使って行ってらっしゃいと言った声だった。


 拓也はよほど嬉しかったんだろう。上靴に替えて教室に着くまで、ずっと白バイさん、白バイさんとはしゃいでいた。もう教室には先生がいて、私は焦って拓也に通学バックを手渡す。


「彩奈さん、今日もありがとう。帰りもお願いね」


 山田先生の声を背に聞いて、私は廊下を走る。お姉ちゃんは損だ。いや、拓也のお姉ちゃんだから損だと思う。拓也は特別学級だった。


 

───嫌だ、嫌だ。もう拓也のお世話なんか。一人で帰る。拓也と十メートル以上離れて歩いた帰り道。お姉ちゃん、お姉ちゃんと追いかけてきた拓也が、スピード違反の車にはねられそうになった。


 驚いて大泣きする拓也。私はびっくりして拓也を抱きしめた。ごめんね。ごめん。頭を撫でていると、後ろからサイレンの音がした。


「お姉ちゃん、白バイ、かっこいい、カッコいい」


 朝見た白バイ隊員かどうかなんて分からない。ただ、スピード違反の車を追いかける姿はめちゃくちゃカッコよかった。


───私は警察官になる。危ない運転を取り締まる。


 拓也を放った罪悪感を、悪を取り締まるという憧れや正義感に変換する私の脳は姑息だ。


「お母さん、白バイさんカッコいい、カッコいい、カッコいい」


 多くを、真実を話せない拓也の言葉に乗せて、私は母親に夢を語った。


◆◇◆◇


 夢の奥に罪悪感を隠したまま、私は大人になった。拓也に期待をかけられない分、親は私に期待を、大型二輪免許を取るための費用も出してくれた。


 警察官になって七年目、私は交通機動隊に配属になる。憧れだけでは白バイ隊員になることは出来ない。警察官としての実績をつみ、悪を憎む心を保った。


 養成所での研修期間、辛くて何度も泣いた。排気量千CC、総重量三百キロを乗りこなさなければならない。


 白い竜と化したバイクを従順な白馬にするまで、何度も眠れない夜を過ごした。


───進行方向を見ろ!

───バイクの動きに逆らうな!

───足の骨を折るぞ、倒れそうになっても足を絶対に出すな!


 昼間怒鳴られた言葉を思い出し、頭の中で何度もシュミレーションする。


 肘は絞りすぎず、曲げすぎず、スロットルを開けながら、クラッチミートして発進。半クラは心持ち長め。低速になっても、怖くても足は出さない。


 検定に合格すれば、私は白バイ隊員になれる!


 

 不安になると私は実家に電話した。拓也の声を聞くためだ。


「お姉ちゃん、頑張って。白バイ頑張って。頑張って」


 二十歳を過ぎても相変わらず言葉は少ないけれど、拓也の励ましが一番の元気の素だ。


 

 拓也も毎日頑張っているという。自分なりの方法でお金を稼いで、貯めたお小遣いでプラモデルを買って、組み立てる事が楽しいという。帰省するたびに、白バイのプラモデルが増えて、見せてくれた。



「お姉ちゃん、白バイカッコいい! 白バイカッコいい!」


 負けそうな時は、拓也の喜ぶ姿を思い出した。



 小学生の頃の白バイ隊員は私の、そして拓也のヒーロー。

 

 私は本物の交通機動隊、白バイ隊員になって、拓也のヒーローになりたい。







「次、山本巡査」

「……はい!」


 私は力強くグリップを握り、アクセルをふかした。





 


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