第149話 人間の限界
ベンチに戻ってきたバッテリーは明らかに不機嫌であった。
直史も樋口も、無言である。
一人ランナーが出たら、樋口には打席が回ってくる。
なのでプロテクターの上の方だけは、外しながら考える。
二人の考えていることは、おおよそ同じである。
どこにミスがあったのか。
おおよそのところは、アナハイムにとっての不運で、メトロズにとっての幸運である。
坂本のバントヒット、そこから送りバント、盗塁、内野ゴロ。
避けられたであろうミスは、一箇所だ。
「三盗か」
「そうだな」
坂本は本日、盗塁を二回している。
二塁へはセーフであり、三塁へはアウト。
しかしあの盗塁は、アウトになることを承知しての、打順調整を許さないためのものであったはずだ。
だから今回はわざわざ、二塁へ進塁するために、送りバントをしてもらった。アウトになっては困るからだ。
そこから三塁への単独スチールなどは、セオリーに反している。
だがそれがいい。
坂本は心理の裏を突く。
わざとであろうが一度失敗しているし、わざわざバントでの援護ももらって、二塁にまで進んだのだ。
そしてあの二塁まで進んだものを、単なるダブルプレイ予防と考えてしまったアナハイム。
だから三盗を許した。許してしまったのだ。
本当の勝負は、最後の九回の裏だと、意識が割かれていたのも問題だったかもしれない。
坂本にしても、前の盗塁失敗を、わざとこの状況に向けてしたわけではないと思う。
だがあの状況になってから、布石を打ったように使えると思ったのではないか。
定跡ではない。
だがだからこそ、わずかな油断があったと言っていい。
それでも樋口のスローイングが正確であれば、アウトに出来たと思うのだ。
あるいはカーブなどを投げさせなければ。
野球は一瞬の油断が勝敗を分かつスポーツである。
それは樋口も重々承知していたはずなのだ。
NPBではなく、高校野球をそのまま持ってきたかのような、坂本の蜂の一刺し。
致命傷になるかどうかは、この先のプレイが決定する。
まだ同点に追いつかれただけだ。
内野ゴロの間の得点ということもあって、メトロズに大きく勢いがついたわけではない。
ただ九回の裏、ノーアウトの先頭打者で、大介の打順が回ってくる。
これがマンガやアニメなら、敗北のフラグが立っているところだ。
しかし直史は、フラグクラッシャーでもある。
九回の表、今はアナハイムの攻撃。
ツーアウトまでは三振を奪っていた武史に対し、アレクの四打席目。
考えてみればアレクも、第一打席以外は仕事を出来ていない。
粘っているアレクに対して、まだ武史のストレートは105マイルを記録。
だがアレクは七球目の105マイルを、レフト前に運んだ。
これで今日は二度目の出塁。
ツーアウトから、樋口に回ってくる。
追いつけて気が抜けた、というものでもないだろう。
坂本としてはまだ、武史の体力は、完全には切れていないと思っている。
だがわずかに、球が上ずったか。
武史は体力の限界が近いと、球威がなくなる前に、コントロールが乱れ始める。
ここまでの球数を見れば、まだまだ体力は充分のはずなのだ。
しかし初回にホームランを打たれて、その後は奪三振を16個。
普段どおりと言えるかもしれないが、球数はやや多めになっている。
アナハイム打線を封じるのに、考えるのは完全に坂本に任せている。
だがその坂本のリクエストに完全に応えるために、普段よりは集中しているのか。
体力の消耗が、本人やベンチが考える以上に、あるのかもしれない。
ならば九回の裏で決めたい。決めて欲しい。
大介と、あと一人ランナーが出ていれば、坂本に回ってくる。
自分に回してくれれば、ヒットは打てなかったとしても、なんらかの手段でランナーを帰す。
そう考えている坂本であるが、ここでバッターボックスに入ってきたのが樋口である。
直史から点を取るために、坂本は色々と考えた。
一番簡単にと言うか、確率的にありうるのが、ホームランである。
かつて坂本自身も、直史からホームランを打っている。
それに去年と今年、エラー絡みの失点を除けば、直史が失点しているのはホームランばかり。
そしてヒットを打たれても、三塁は踏ませない。
だからこそワンナウト三塁という場面を、作りたかったのだ。
最初に自分が三盗を狙った時点で、樋口はアウトにしてきた。
つまりあれは、ワンナウト三塁は、許容しがたいリスクと考えているということなのだろう。
だからこそなんとしても、三塁までは行く必要があった。
盗塁の成功率は、心理的間隙を突いたとしても、五分五分かなと思っていたのだが。
対して武史は、明らかに波がある。
ただ本気になった時の絶対値は、性質が全く似てはいないが、直史に劣るものではない。
これはもちろん、樋口も分かっていることだろう。
味方が追いついてくれたすぐ後に、ヒットを打たれる。
しかしそこでもう一度、気を引き締めるのだ。
坂本が要求したのは、インコースであった。
樋口はアウトロー狙いの樋口と言われるぐらい、アウトローを打つのが上手いというイメージがある。
だが実は圧倒的に、インコースを打っている時の方が打率はいい。
長打にしても、おおよそ同じぐらいか。
その樋口に向かって、インコースを要求したのだ。
去年、坂本は、こういう時に怪物的な力を発揮する、パワーピッチャーと対決した。
上杉の球威には、坂本は全く成すすべがなく、キャッチャーのミスを誘うしかなかった。
だがバッターとキャッチャーで立場が違うからかもしれないが、武史からはあれほどの威圧感は感じない。
上杉の場合はマウンドの上に立っているだけで、既に周囲を圧倒していたのだが。
インコース、強気の配球。
こういう時でも全く首を振らないのは、武史にとっていいことなのかどうか。
力強く、投げられたストレート。
樋口のスイングはそれをミートするが、それでも完全ではない。
引っ張るつもりだったのだが、打球はセンター方向へ。
二遊間を抜けていった。
センター前ヒット。
連打にて、ツーアウトながら得点圏にランナーが進む。
そしてアナハイムは、この試合で唯一の打点を記録した、ターナーの打順である。
二打席目以降は、しっかりと抑えている。
だが武史からホームランを打っているという事実はある。
初球は、高めにストレート外す。
ターナーならば振ってくるだろうが、おそらく当たってもフライになる。
しかし武史のストレートは、高めいっぱい。
(ゾーン!)
ターナーのスイング。
これは打たれると、坂本は覚悟した。
だが武史のボールが、ターナーのスイングより速い。
坂本のミットを弾き飛ばして、バックネットへと転がっていく。
一塁と二塁から、共にランナーは進塁。
坂本が拾ったボールは、ホームにまでカバーしにきた武史には投げない。
ランナーが進塁してしまって、これでもうパスボールでも一点が入る。
(ちゃんと外しとったがか)
自分の目算が、間違っていたのだ。
スクリーンに表示された数字は、107マイル。
去年の上杉は、日本でこそ109マイル相当であったが、MLBでは106マイルまでしか投げていなかった。
つまりこれで、MLBの最速記録は更新である。
(ピンチになって、やっと本気になっちゅうがか)
あるいはコントロールを犠牲にして、スピードに振ったのか。
とは言っても今の球は、ちゃんとボール球であった。
坂本のキャッチミスで、ランナーを進めてしまった。
一点を取るきっかけにはなったものの、ピンチを招いてしまった。
ターナーの表情を見れば、スクリーンの球速表示に視線が向かっている。
信じられないという、そんな表情だ。
確かにここまで105マイルを連発していたのに、九回に最速を更新するのでは、驚愕するのも当たり前なのだ。
坂本としても、信じがたいものだ。
武史の最速は、練習の時も変わらず、105マイルで安定していた。
おおよそブルペンの方が、ピッチャーは安定して球速が出せるはずなのだ。
もちろん試合の中で、限界を超えてしまうこともある。
だがこの一番大事な場面で、こんな覚醒したかのようにご都合主義的に。
(主人公がか)
坂本は呆れるが、同時に心配もする。
これまでに投げてこなかった球速に、武史の肉体は耐えられるのか。
球速に酔ってはいけない。
坂本のリードは、ツーシームをアウトローにといったもの。
ゾーンギリギリのボールは、坂本のミットに強い衝撃を与える。
審判の判定がボールとなったのは、おそらく坂本のミットが流れてしまったせいだろう。
出来ればこれで、追い込んでしまいたかったのだが。
三球目に投げたのは、チェンジアップ。
ターナーのバットは完全にタイミングを狂わされて、宙を切った。
どうしてもあのスピードが、脳裏に残っているのだろう。
あのボールがストライクゾーンに投げられて、打つことが出来るのか。
ターナーはボックスを外して、バットを見ながら大きく息をつく。
そして横目に、マウンドの上の武史を見る。
ワールドシリーズの最終戦、九回の表に、なんでそんなパワーが出る?
(化け物め)
同じチームの直史は、人間が芸術的に肉体を動かしているのだという気がする。
しかし大介や武史のスピードは、人間が人間のままでは、とても出せないものではないのか。
四球目に、何を投げてくる?
そう考えたターナーに投げられたボールは、低めのストレート。
(低い)
そう思って見送ったが、審判のコールはストライク。
思わずミットの位置を確認したが、確かにそこはストライクだ。
(ホップしたとでも言うのか)
107マイルの低めのストレートを、ターナーが見送り三振し、これで19奪三振。
九回の裏に点が入れば、それで決着である。
ツーアウト二三塁でターナー。
あそこは普通なら、それこそ申告敬遠をする場面ではなかったか。
確かにストライクカウントは一つ取れていた。
しかしこの試合、先制のホームランを打ったバッターなのである。
だがそれをアナハイム側から考えるのは、おかしな話である。
107マイルはMLB記録。
全盛期の上杉にはまだ及ばないが、それでもさらに一歩近づいた。
安定して105マイルを投げるピッチャーが、その限界を突破した。
いや正確には、無意識のうちに手を抜いていたと考える方がいいだろう。
安定して投げているというのは、勘違いなのだ。
手を抜いてコントロールしているからこそ、安定しているのだ。
「底抜けのめんどくささだ」
ベンチに戻ってきた樋口は、そんなことを言いながらプロテクターを着ける。
アナハイム側のベンチに絶望の色が濃い。
九回まで投げて、最後のボールが107マイルなのだ。
それはもう、打てないと思えてしまっても無理はない。
だが直史も樋口も、そしてアレクも見方は違う。
「ターナーが怖かったのかな」
アレクはあっけらかんと言った。
武史のことを、高校時代から知っているのだ。
初めての甲子園、一年の夏から、出場した一回戦。
それまで145km/hが限界であったのに、桜島打線に対して150km/hを連発した。
しかしその後を知っている直史からすると、それは悪いことではない。
「武史も限界に近いな」
アレクも頷く。
二人の会話は英語でなされていて、他のメンバーにも伝わる。
これで少しでも、諦観から這い上がってくるメンバーがいればいい。
メジャーリーガーは執念の塊なのだ。
107マイルだって、打てなくはないだろう。
ただし、次の攻撃のことは、この裏を抑えてから考えるべきだ。
まずは九回の裏を抑えなければ、延長戦を考える意味も、武史の攻略を考える意味もない。
メトロズのこの回の先頭打者は、大介から始まる。
そして大介を抑えたとしても、シュミットなども油断できないバッターなのだ。
延長に突入したとして、また10回の裏には、坂本などの打席も巡ってくる。
サヨナラの危険は、ここからずっと続いていく。
「大介との対決に、重点を置くからな」
直史の言葉に樋口は頷く。
「あいつさえ抑えたら、あとのやつは俺が考える」
そしてバッテリーは、大介と対峙する。
九回の裏、同点で先頭バッター。
坂本のように、得点のチャンスを自分で作れるか。
難しいだろう。シュミットもそれなりに器用なバッターだが、バントが上手いわけではない。
それに盗塁も、かなり警戒されるはずだ。またペレスやシュレンプにスクイズのバントを求めるのは間違っている。
ここで大介は長打を狙う。
ホームランならば、それで試合は決着だ。
ツーベースなどでも、メトロズはとにかく進塁打を打てばいい。
単打であれば、ちょっと難しいかもしれないが。
直史は、ここで三振を取りたい。
武史の107マイルの衝撃が、まだフランチャイズのスタジアムに残っている。
明らかにメトロズに、有利な気配が漂っている。
限界が近いだろう、と言ったのは嘘ではない。
しかし坂本がリードするなら、また出力抑え目で投げてくるだろう。
10回の表で点が取れるとは限らない。
直史としては、大介と五打席目があることだけは、どうにか勘弁してほしいものであるが。
直史は目の前の大介に集中する。
(行くぞ)
音を消し、色を消す。
脳が完全に意識を、感覚をゾーンのさらに深いところに連れて行く。
重力を感じる。
スパイクを貫いて、足を大地に縛り付ける重力。
だがそれが根のように、グラウンドに広がっていく。
大介も同じことをしている。
戦意に満ちて、一撃でこちらを破壊しようとしている。
純然たる、地上で最も強大なパワー。
スタジアムに共鳴して、その力は最大にまで達している。
これを抑えることは、人間のピッチャーなら不可能だろう。
だが人間でなくなれば、どうなるのだろうか。
直史の精神は、静謐の中にいる。
大歓声の中で、彼が感じているのは、奇妙なる静謐。
故郷の山の中にいるような、小さな生物のざわめき、風の揺らぎを感じながらも、精神はひたすらに穏やか。
完全に感情の凪いだ状態で、投球モーションに入る。
アウトローへのストレート。
完全に打てるコースであったのに、大介は見逃した。
そう、直史には分かる。
同じ地面に足をつけていれば、感覚が伝わってくるのだ。
ゾーンに入ったと言うよりは、これはもうシャーマンのトランス状態に近い。
自分の意思を消すのだ。
自分の肉体は、単純に力を通していく管のようなもの。
だがその力を、大介を打ち取ることに導いていく。
自然でなければいけないが、完全に自分の意思を消すわけでもない。
脳が活性化しつつも、たった一つのことに集中する。
大介を打ち取るということ。
そして第二球、シンカーがアウトローへ。
これも大介は、スイングすることが出来なかった。
欲を消すのだ。
意識もひたすら薄くして、ただ存在することだけを考える。
三球勝負だ。何度もこんな状態で、ボールを投げているわけにはいかない。
これもまた、欲の一つであるのかもしれないが。
ただ高速で回転するものが、全く動いていないように見えるのと、同じ現象。
実際にはとてつもないエネルギーが、このピッチングには必要となっている。
この精神の動きが、大介に伝わってはいけない。
樋口には完全にノーサインで、捕ってもらっている。
そもそも投げる直前まで、自分にも何を投げたらいいのか分からないのだ。
ストレートと、シンカーを投げた。
順番的に言うなら、遅いシンカーの後は、速いボールだろう。
スルーを投げればいいのだろうか。
だが考えるのではなく、感じるのだ。
大介の意識を感じ取れ。
そしてその間隙に、投げ込むべきボールを投げ込むのだ。
どこに投げても打たれるような感覚。
しかしバットの気配の一番薄いところを探る。
ここか、と思った瞬間には足が上がっていた。
このタイミングなら、勝てる。
そして投じられたのは、ナックルカーブであった。
直前のシンカーとは、反対側の変化。
大きなその曲がり方で、大介のインローへと、ゾーンの中を切り裂いていく。
大介のスイングの、始動がわずかにずれている、
そして腰を落として、ナックルカーブを打ちにいく。
体を傾けながらも、充分にスタンドに持っていくスイングスピード。
だがまるで死角から投げられたかのように、バットはボールに当たらなかった。
地面近くで、ボールをキャッチする樋口。
そして審判は、ストライクの宣告をした。
空振りをした大介は、その勢いのままに膝を着いていた。
投げた直史のフォームが、戻っていくのを見つめる。
二人の視線が交錯する。
これでこの試合、三つ目の三振。
ピッチャーとバッターの勝負であれば、おそらくこれでピッチャーの勝ちだと判断されるだろう。
樋口の返球してきたボールを、直史はキャッチする。
すると途端に、五感の認識が戻ってくる。
脳で処理する情報が一気に入ってきて、思わず膝をついた。
大歓声のスタンドから、さらに大きな歓声が上がる。いやそれは、悲鳴であったかもしれないが。
樋口が走り寄って来て、直史の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「まだ生きてるさ」
そう言った直史であるが、目が真っ赤に充血している。
そして鼻からは、つっと血が流れてきた。
慌てて樋口が、タイムをかける。
ベンチからも人員が出てきて、直史を治療のためにベンチに運ぶ。
審判からは治療のため、わずかに時間を取るとのアナウンスがなされた。
まったくもって、これが人間の限界か。
武史が到達しつつある、人間の肉体の限界。
直史もまた、全く違うアプローチで、そこに迫りつつあった。
人間という、存在の限界へと。
試合中に鼻血が出るというのは、のぼせたことで夏場にはなくもない。
だが直史の充血した眼球、そして鼻血を見ては、これは限界なのではと、首脳陣も思ってしまう。
こんな状態の選手は見たことがない。
しかし直史のしていることが、おそらく自分たちの常識から逸脱していることは、あっさりと納得出来た。
「まだ投げられるのか?」
なのでこの状態が、深刻なものなのか軽度なものなのか、それも分からない。
「ああ、鼻血が止まったら、すぐに戻る」
血を拭い取って、氷で鼻筋の根元を冷やす。
少し上を向いていたら、顔色も戻ってきた。
本当に大丈夫なのかとは、樋口でさえも思ったことだ。
直史のやっていることは、まさに命の削り合い。
これまでもわずかな時間で大きく消耗していることはあったが、今回のこれはそれが視覚的にはっきりと分かる。
脳にエネルギーを送るためには、当然ながら多くの血液が必要になった。
それが眼球の毛細血管の充血や、鼻血となって出てきてしまったのだろう。
つまるところ、興奮していたのだ。
そのくせ血液を送る心臓は、気配を感じさせることもなく、必要なエネルギーを提供し続けた。
自らの意識と言うよりは、半分以上は無意識であったろう。
だがそれによって、大介を三振にしとめたのだ。
フラットのフォームを使うという、単なる初見殺しではない。
完全に大介の動きを見極めた、直史のピッチング。
本人には配球という意識すらなかっただろう。
下手に考えていたら、おそらく打たれていた。
しかし九回の裏だけでも、あと二人。
野球とは全く別のような消耗をした直史が、果たしてどれだけ投げられるのか。
審判が確認しに来て、直史も鼻の付け根を離す。
どうやら早々に、鼻血は止まったらしい。
大介を打ち取ったとは言え、同点でベンチに引っ込むわけにもいかない。
あとの二人を打ち取るのは、樋口のリードに任せる。
アナハイム側も、ブルペンの準備は始めている。
だが出来れば、やはり直史の手によって、最後まで抑えてほしいのだ。
メトロズの武史も、限界を超えて投げた代償が、ある程度は残っているかもしれない。
普段よりもずっと、投げられる球数は少なくなっているだろう。
ピッチャーが己を削り合って、互いの強力打線を抑えている。
(さてと)
ベンチから出てきた直史に、アウェイでありながらも、拍手が送られる。
直史は自分の筋肉や腱などではなく、眼球や三半規管、また心肺の動きを意識する。
あとどれぐらい、投げられるのだろうか。
大介に次の打席が回ってくるまでに、どうにか点を取ってしまいたい。
残り二人は、人間のやり方で打ち取ってもらおう。
そう思いながら直史は、マウンドに戻ってきた。
三振した大介は、向こうのベンチから直史を、静かに見つめている。
激情はもう、全く感じられない。
そしておそらく、シュミットもペレスも、直史を打てないだろうと承知している。
二人の実力を、軽く見ているわけではない。
ただ純粋に、どちらの実力が上回っているか、分かってしまっているのだ。
シュミットがバッターボックスに入り、試合は再開。
一発で試合が終わる可能性は、もちろん残されてはいる。
だが誰も、そうなるとは思っていない。
スタジアムを支配する空気は、また天秤が吊りあうように、元に戻ってしまっていた。
投手戦は、ピッチャーの限界まで続くのだろう。
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