第142話 二日間

 数々の伝説的な記録を残した今年のMLBも、いよいよ最終決戦。

 メトロズが先に三勝した状況で、ニューヨークで決着がつく。

 この第六戦にメトロズが勝てば、それで決着。ワールドチャンピオンは決定だ。

 しかしそれは難しいだろうな、とメトロズの首脳陣は思っている。


 アナハイムは直史を先発として出してきた。

 第一戦と第四戦に先発し、既に二勝をしているアナハイムのスーパーエース。

 アナハイムのと言うよりは、間違いなく最強のピッチャーと言えるのだろうか。

 公式戦で負けたのは、もう10年以上も昔という、何か存在自体がおかしいものである。


 プロという舞台に入って、そこはもうどいつもこいつも、化け物しかいないと思うのが、普通の新人の反応だ。

 しかし26歳の年にプロデビューをしたこのピッチャーは、あらゆる野球のプレイヤーの上澄みである集団の中でも、全く負けることなく勝ち続けている。

 世に太陽の昇らぬ日はあっても、直史の敗北する日はない。

 それはさすがに言い過ぎであるが、無敗のピッチャーなのである。


 メトロズの本拠地シティ・スタジアムで、試合前の練習を行う。

 直史は調整のために軽く投げて、あとは試合を待つのみ。

 アナハイムでは味方のファンの声援もあったが、ニューヨークではブーイングにかき消されるだろう。

 だがあと一年で消える直史としては、大介をも抑えた存在として、名を残しておきたいという気持ちもある。

 そういった感情とは無縁のはずの直史であるが、相手が大介なのだ。

 そして勝負を避けることが出来ない以上、そこには自分なりのモチベーションを保つ何かが必要になる。


 寿命を削りながら投げている感覚がある。

 実際に脳細胞のほうは、オーバークロックの熱で少しずつ死んでいる気がする。

 佐藤家は代々長寿の人間が多いが、あまり脳を酷使しすぎると、将来は早めにボケが来るのではないか。

 そんなことも考えたりしたが、実際には頭脳労働をしないことが、ボケが早くきたり進行を早めるらしい。


 ただ今日はアナハイムの先攻だ。

 一回の表に二点取ってくれていたら、大介にはホームランを打たれてもまだ余裕がある。

 いよいよスターティングメンバーが発表されると、メトロズの先発は左のサイドスローのウィッツ。

 ランナーはそこそこ出して、点もそれなりに取られるが、大量点を取られてノックアウトは少ないピッチャー。

 左に対しては強く、打たして取るタイプ。

 そして今年で契約が切れて、またFAになる。


 ウィッツはそれなりの契約を結んでいたが、キャリアハイは去年のこと。

 そして今年もそれと、さほど変わらない数字を残している。

 だがそれは勝ち星基準で見た場合で、防御率やそれにつながるWHIPなどは、前からそれほど変わらない。

 打線の強化による援護の恩恵を、大きく受けた一人である。

 メトロズが果たして、また契約を結ぶかどうか。

 それは微妙なところである。




 一回の表、アナハイムの攻撃。

 スタメンに変更はなく、先頭打者はアレク。

 その打席を見ながら、樋口は考える。

(勝てることは勝てる)

 相手のピッチャーとこちらの打線、こちらのピッチャーと相手の打線。

 それぞれの戦力から考えると、かなりの確率でアナハイムの勝利であるはずだ。

 よほど運が悪くない限り、敗北の心配はない。

 ただそのよほどの悪い運が、よりにもよって重要な試合に回ってくるのが、野球というスポーツである。


 おそらくそれでも直史は負けない。

 だが負けなくても、運命を覆すには、大きな労力が必要となるだろう。

 それを避けるための手段は、それほど多くはない。

 直史が全力を出さなくてもいいように、打線が全開で援護する。

 大介相手にソロホームランを四本打たれても、五点を取って勝てばいいのだ。

 ただ大介以外であっても、それなりに消耗するのがメトロズ打線。

 それを抑える組み立ては、樋口が行う。


 その点で、今日の打順はミスだったかな、とも思う。

 キャッチャーとしての役割に徹するなら、もっと後ろの打順で打つべきであった。

 しかしバッターとしても仕事をして、点を取っていかなければいけない。

 キャッチャーもバッターも療法しなければいけないというのが、大変なところである。


 アレクは粘っていったが、最後は内野フライでワンナウト。

 やはりあの左のサイドスローには、サウスポー相手でもある程度打てるアレクであっても、苦戦するものなのか。

(そりゃそうだろうな)

 それだけに余計、今日は右打者が働かなくてはいけない。

 この一回の表で、出来れば二点。

 二点取れれば直史は抑えて投げても、おそらく明日に余力を残すことが出来る。


 ウィッツの投げた、サウスポー特有の逃げていくツーシーム。

 だが手元で鋭く変化するが、絶対的なスピードがそれほどではない。

 樋口はミートと強振を五割ずつと意識して、ライト方向に打った。

 ライト線を抜いて、長打コース。

 スリーベースヒットで、まずは絶好の得点チャンスである。




 アナハイムは三番と四番に、典型的なスラッガーを揃えている。

 もっとも一番のアレクと二番の樋口、どちらもやはり厄介な相手には違いないが。

(タッチアップでも一点は取れるチャンスではあるんだが)

 出来ればクリーンヒットがいい。

 タッチアップではランナーがいなくなって、メトロズを落ち着かせてしまう。

 先制するのは悪くないのだが、やはり直史を少しでも楽にしてやりたい。


 そういう思いが伝わったのかどうか。

 ターナーの打ったボールは大飛球。

 そこにとどまらず、スタンドインした。

「おお」

 思わず樋口も感心して、ホームベースを踏んだあと、ターナーを出迎えてハイタッチする。

 考えてみればターナーもこのワールドシリーズ、打撃ではかなりの活躍をしている。

 直史と大介がいないのなら、MVPでもおかしくない成績だ。

 もっとも塁上で目立っているのは、樋口であったりするのだが。

 

 MVPに選ばれるのは、直史か大介であろう。

 そしてベーブ・ルース賞には、負けたチームから選ばれるという可能性がある。

 この二人のどちらが、どちらのタイトルを得るのか。

 一応ベーブ・ルース賞は、ワールドシリーズで最も活躍した選手に贈られる、とある。

 MVPはやはり、勝ったチームから選ばれるのだろう。

 だがベーブ・ルース賞は名前が名前だけに、やはりバッターが選ばれるのが自然な感じもする。

 もちろん二人受賞というものもあるので、メトロズが勝った場合は、MVPに大介、ベーブ・ルース賞に直史とターナーという選択もあるかもしれないが。


 それはあくまで、今日の試合を直史が勝ったらという話になる。

 第四戦でノーヒットノーランをしている直史。

 第一戦も大介のホームラン一本に抑えた。

 ただ大介も五試合で四本のホームランを打っている。

 誰がどう選ばれるかというのは、やはりチームの勝利が決めるものだろう。


 初回の攻撃で二点を先制した。

 直史の三勝目には、大きな前進である。

 ただ問題は、大介との勝負をどうするか。

 樋口としては直史であっても、大介との勝負は避けたい時はあるのだ。

 野球というスポーツの中で、一番興醒めと思われるのが、敬遠である。

 樋口にしても敬遠は好きではない。高校野球はともかくプロならば、勝負して観客を満足させるのが義務と思うからだ。

 それと同時にキャッチャーとしては、ピッチャーの力を最大限に活用し、チームを勝利に導きたいとも思う。


 ベンチの中でプロテクターを装着する。

 二点のリードがあれば、かなり優位に試合を進めることが出来る。

 問題は大介を、どう単打までに抑えるかだ。

 直史との対決において、大介は必ずホームランを狙ってくる。

 おそらくこの初回でも、出塁で良しとは思わないはずだ。


 第六戦、負ければそれで終わる。

 それでも第七戦のことまで考えて、試合を進めなければいけない。

 樋口としては頭の痛いことであるが、それだけにやりがいのあることでもある。 

 大介が相手であっても、直史をリードするならば、確実に勝てる。

(余力をどれだけ残すか)

 一回の表が終わり、そして大介の打席を迎える。




 マウンドの上は直史の聖域だ。

 たまに樋口が近寄ってくるが、基本的にはFMでさえ、直史の元には歩いてこない。

 それだけ交代させられるということが、ないからである。

 万一にも失投がないように、丁寧に均す。

 そしてひょろひょろと投球練習を行うわけであるが、下半身はしっかりとマウンドの具合を確かめているのだ。


 日本に比べれば、アメリカのマウンドは硬いと言われる。

 だがそれにアジャストするのが、プロのピッチャーであろう。

 スタジアムごとの微妙な違いが、MLBでは多い。

 それに適応できない場合は、日本人ピッチャーでもあまり成績が残せないのだ。


 大介がバッターボックスに入る。

 相手の脅威度に対して、直史の中で警鐘が鳴る。

 基本的にこの試合、配球は全て樋口に任せるつもりの直史である。

 さて、それでは第一球は何を投げるのか。

(ん?)

 意外ではあったが、ならば大介にとっても意外になるだろう。

 直史はアウトローに、ごく普通にストレートを投げた。


 大介のスイングは、ほんのわずかにタイミングが遅れた。

 大きな飛球は外野に飛ぶが、ポールの向こうに切れていく。

 ひやりとさせられるが、ファールでストライクカウントを取るのは悪いことではない。

 だが直史が考えていたプラントは違う。

 ストレートはもっと温存しておくはずだったのだ。

 樋口もそれは了解していて、それなのにストレートを使った。

 

 直史は樋口のことを信頼している。

 盲信しているわけではなく、実績と経験からの信頼だ。

 その日口が出すサインには、全力で応えるのみ。


 二球目はカーブ。

 それもインローに入る遅いスローカーブで、大介はこれも打っていった。

 今度は逆に右方向への大きなファール。

 たったの二球で大介を追い込んだわけである。


 三球勝負をするか。

 それはさすがに厳しいと思うかもしれないが、逆にこの二球で、大介の打ち気も見えてきている。

 単純な統計によると、ツーナッシングからの打率や長打率は、他のどのカウントよりも低い。

 逆にボール球が三つ続いた場合は、その両方が高い。

 三球勝負というのは、実は合理的なのだ。

 なので直史は、普段から追い込んだら積極的にしとめに行く。


 だが三球目は、カットボールをインローに外した。

 大介はこれも打っていって、ボールは一塁線をファールゾーンに飛んで行く。

 今度はゴロであった。

 ゾーンからはボール一つほど外れていて、大介ならば見極めるかと思った。

 もっとも追い込まれていれば、あれは手を出すしかないか。

 追い込んで、さらに内角を二球続けた。

 外の出し入れでミスショットを狙うというのが、この場合のセオリーではあるか。

 ここで一番効果的なのは、スルーチェンジであろう。

 だが樋口のサインは違う。


 直史の投げた四球目は、スルーであった。

 大介のバットはそれを捉えるが、打球の弾道は低い。

 一二塁間、内野は追いつかない。

 だがそのライナー性の打球が、失速することもない。

 ライトの定位置まで、まるで地面と平行に飛んだその打球。

 差し出したライトのグラブに、そのまま収まった。

 ライトライナーで、第一打席は凡退。

 だがその打球は、間違いなくハードヒットであった。




 一回の裏を三者凡退に抑えたアナハイムバッテリー。

 ベンチに戻ると、二人は隣り合って座る。

「今日は四打席回ってくるよな?」

「そうだな」

 樋口の返答は、大介が一打席は必ず出塁することを想定している。

 走塁のタイミングも上手い大介は、ダブルプレイにしとめられることも少ない。


 今の打球も、内野は完全に追いつかず、ライトもわずかに左右にずれていれば、長打になる当たりではあった。

 だがホームランになる確率だけは0の打球であった。

 まずは一打席、打ち取ることが出来たのは幸運だ。

 そして三者凡退にも抑えている。


 二回の裏、ランナーをわざと、一人出すべきか否か。

 ツーアウトから大介と勝負したい、という願望はある。

「二回と三回、ランナーは出さないか?」

 そのあたりの計算は、試合の中で変えていかないといけない。


 わざと一人ランナーを出し、ツーアウトで大介と勝負する。

 するとヒットを打たれて、それが長打で三塁まで進まれても、次のシュミットを抑えることで、失点を防ぐことが出来る。

 ただそういった計算は、計算通りにはいかないのが、世の常というものである。

「三回に持ってくるか、四回に勝負するか、か」

 樋口としてはそのあたり、ちゃんと計算はしているつもりなのだ。

「今の時点で、一点までは取られても大丈夫になってるだろう」

 大介をランナーとして出しても、一点以内に抑える。

 それが可能であれば、わざわざ無駄にランナーを出す必要はない。


 大介の二打席目よりも先に、アナハイムの上位打線の二打席目が回ってくる。

 そこでもう一点取られれば、失点の許容範囲がさらに大きくなる。

「なんとかもう一点取って、点差を二点以上に保ちたい」

 都合のいい考え方かもしれないが、それが樋口のゲームプランである。


 メトロズのピッチャーは、その勝ち星で実力を計測してはいけない。

 あくまでもWHIPや防御率など、打線の援護のない試合において、勝てるかどうかを考えるべきなのだ。

 22勝4敗などといっても、ウィッツの防御率はおよそ3ぐらいである。

 そして完投能力や、奪三振能力は低い。


 アナハイムであれば、普通にやれば普通に勝てる。

 特に今日は、アナハイムの先発が直史であるのだ。

「ホームランさえなければ、今日の試合は勝てる」

 樋口の断言に、まあそうかな、と納得する直史。

 大介だけではなく、他にもホームランバッターのいるメトロズ。

 だが直史であれば、連打は避けることが出来るはずだ。


 32勝0敗の伝説は、まだ続いている。

 考えてみればこのワールドシリーズで負けたとしても、レギュラーシーズンの記録は続いているのだ。

 二回の表、アナハイムに追加点はなし。

 二回の裏のマウンドに、直史は登る。




 アナハイムの首脳陣としては、直史で負けたらどうしようもないと思っている。

 本当ならば第五戦は、どうにか勝てていた試合なのだ。

 ぎりぎりの判断ミスと言うのならば、第二戦や第三戦も、充分に勝機はあった。

 得失点差を見れば、明らかなことがある。

 アナハイムがメトロズに勝った、第一戦は三点差、第四戦は六点差。

 しかし負けた試合は一点差、二点差、一点差と接戦なのである。


 アナハイムは接戦に弱い、という見方も出来るかもしれない。

 そして接戦をものに出来ないというのは、選手の実力ではなく、首脳陣の采配ミスであることが多い。

 実際に負けた試合では、エラーなどが決定的な要因にはなっていない。

 リードしている場面から、バッターとの勝負を間違えて、負けていることが多いのだ。


 今から思えば第五戦などは、同点においつかれた時点で、大介は敬遠しても良かったのだ。

 それをワールドシリーズの試合と考え、ディフェンディングチャンピオンなどと考えていたから、こういう結果になったのではないか。

 確かに代打が同点ホームランなどというのは、出来すぎの結果ではあった。

 しかしそれを読まれていたと考えずに、大介とあっさり勝負したのは間違いだ。

 ワールドシリーズに相応しい試合にしなければいけない。

 それはそれで間違いではないのだが、それより重要なのはワールドチャンピオンになることなのではないか。


 二回の裏、あっさりと直史は、三者凡退に片付けて、ベンチに戻ってくる。

 FMのブライアンはそれに対して、声をかけてきた。

「シライシは抑えられるか?」

 直史ではなく樋口が回答する。

「状況によりますが、全て敬遠した方がいいですよ」

 それはさすがに、とも思うのだが、これまで都合のいい考えをしてきたのが、この結果につながっている。

 直史も無言で頷いたので、やはりベンチの判断で勝負を避けなければいけないのだろう。


 SNSなどにおいても、アナハイムの采配への批難は大きい。

 ワールドシリーズらしい正面対決とも言われているが、あそこで安易に勝負するのは、納得がいかないという意見も多い。

 樋口はわざわざそんなものは見ていないが、骨身にしみこんでいる日本的な価値観からすれば、大介を敬遠するのは悪いことではなかったはずだ。

 第五戦を勝っていれば、この第六戦は捨てることが出来た。

 そして完全な状態で第七戦に直史を使えれば、それこそ真っ向勝負が出来ただろう。


 マウンドに立つのが直史であるなら、樋口も大介との勝負を避けたりはしない。

 ただ樋口は信者ではないので、直史がマウンドにいても、状況次第では大介を敬遠する。

 それは野球における、戦術の一つではあるのだ。

 敬遠というのは、決められた中に存在する、れっきとしたルールであるのだから。


 三回の表は樋口に二打席目が回ってくるため、あまり長く話しているわけにもいかない。

 なので話すのは、直史が相手となる。

「調子は良さそうだな」

「ボス、俺は大介が相手でも、勝負は避けない」

 直史は意地悪でもなく、ここで明確に宣言した。

「だから大介を歩かせるなら、それはベンチの判断に任せる」

 そう言われるとベンチとしても、覚悟を決めるしかないのだが。


 フォアボールになっても仕方がない、などという組み立てでは、大介には打たれるのだ。

 だから最初から、ベンチの判断で申告敬遠をしなければいけない。

 それが徹底出来ていないからこそ、ここまでに試合を落としている。

 もちろん追いつかれない状況ならともかく、緊迫した点差のゲームであれば、勝負を回避する選択をしなければいけないのだ。


 打たれたのはピッチャーの責任ではある。

 だが勝負をさせてしまったベンチの責任は、それ以上に重い。

 この試合は今のところ、アナハイムの優位に進んでいる。

 しかしそれは第五戦も同じであったのだ。


 ツーアウトとなって、樋口の二打席目が回ってくる。

 ランナーのいないこの状況では、単打は狙っていかなくてもいい。

 出塁か長打、そのどちらかに絞るのだ。

 そして審判のゾーンを把握している樋口は、しっかりとフォアボールを選んだ。


 ここで第一打席、先制のホームランを打ったターナー。

 メトロズとしては、最大限に警戒する場面だ。

 ウィッツがサウスポーなだけに、樋口は盗塁をしかけようとは思わない。

 だが逆に視界に入りやすいので、細かく動いて集中力を削ろうとする。

 直史に楽に勝ってもらうためには、点差が必要なのだ。

 あるいは六点以上もの点差がつけば、さすがに直史を交代させることも出来るだろう。


 直史としては、覚悟をしている。

 それはなんの覚悟かというと、この試合では点を取られる覚悟。

 一気に色々な指標がマイナスとなってでも、明日のための余力を残しておくという覚悟だ。

 ただそれとは別に、期待もしている。

 アナハイムの打線ならば、もっと援護をしてくれるであろうという期待だ。


 ターナーの二打席目は、またも左中間を破る長打となった。

 だが深く守っていた外野からの中継は、樋口が一気にホームに戻るのを止めた。

 ツーアウトながら二三塁で、四番のシュタイナー。

 ここは単打であっても最低一点、そこそこのコースに飛べば、一気に二点が入ってもおかしくない。


 この試合は、勝つことを前提としている。

 前提とした上で、どうやった勝ち方が出来るのかが問題だ。

 大量点差であっても、下手をすれば逆転してしまうのが、メトロズ打線の恐ろしさ。

 もっとも樋口のリードがあれば、ある程度は抑えることが出来るだろうが。

(俺の時だけ援護が多いってわけでもないんだけどな)

 だが実際、レギュラーシーズンではあまり点を取ってくれないのに、このワールドシリーズではあっさりと点差をつけてくれる。

 第四戦で頑張ったのは、第五戦に勢いを残すためでもあったのだが。


 直史の鼓動は、早くも遅くもない。

 機械のような冷静さの中で、味方の攻撃を眺めていた。

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