第139話 常人の野球

 アナハイムの主砲ターナーは、充分にスーパースターと呼ばれるほどの実績を挙げている。

 打点とホームランでリーグトップクラスの数字を維持し、打率も三割以上をキープ。

 この二年で間違いなく成長した選手であり、まだ三年はアナハイムが保持する権利を持っている。

 本当に年俸が上がる、年俸調停権を得るのは来年から。

 おそらく年俸は一気に、三倍ぐらいにはなるだろうと言われている。

 ただそれでも現在の活躍に比べれば、まだ見合ったものとは言えない。

 メジャーリーガーがおかしなほど稼ぐのは、FA権を手に入れてからなのだ。

 もちろんそれ以前に一年か二年で結果を残し、七年だと10年だのという、長期契約を結ぶ選手も稀にいるが。


 活躍度で言うなら四番のシュタイナーよりも、はるかに上である。 

 ただシュタイナーはFA権をもって契約しているため、ターナーよりも高給取りなのだ。

 MLBの世界というのは、FA権を持ってようやく、本当のアメリカンドリームを掴んだと言える。

 年俸調停権はまだ、それで一生食べていく、ぐらいまでの金にしかならない。

 NPBから連れて来られた選手が、最近は最初から大金の年俸なのは、過去の選手たちの実績によるものだ。


 そのターナーを相手に、ジュニアもまた若手のピッチャー。

 だが今年は先発のローテーションを、しっかりと守って29登板したのが立派である。

 先発ローテのピッチャーというのは、試合を作るために最低限必要な役割だ。

 中でもジュニアは単なるローテのピッチャーではなく、チームのエースを目指しているのだ。

 武史はなんだかんだ言いながら、ニューヨークにはとどまるつもりでいる。

 しかし都合が悪くなれば、あっさりと日本に戻ってしまうだろう。

 ジュニアがFAまでの戦力か、それともFA後もメトロズに残るのか。

 ターナーのようなバッターとの対決では、その行方を占うのに充分なものとなっているだろう。


 一塁ランナーの樋口は、ここで絶対に一点は取っておきたいと思う。

 サインを出して、ベンチが反応し、そこからまたサインが出る。

 ターナーの一打席目。

 ジュニアの投げたボールに対して、なんとターナーはバットを寝かせた。

 だがそれよりも驚くべきは、アレクと樋口のダブルスチール。

 ここでそんな危険なことを、坂本に対してしてくるのか。

 だが左利きの坂本は、サードへの送球のために、右打者の場合は一歩動かなければいけない。

 ターナーはもちろんバットを引いたが、それでもわずかに坂本には邪魔になる。

 サードに投げたがタイミングはセーフ。

 もちろんその間に、樋口も二塁を陥れていた。


 ノーアウト二三塁。

 この場面で点を入れられなかったら、それは完全にバッターとベンチの責任である。

 内野ゴロであってもアレクなら、まずホームに帰っているだろう。

 出来れば外野フライでタッチアップという、いつものパターンを使いたいが。

 その間に樋口も進塁し、ワンナウト三塁にする。

 もう一点が狙える状況だ。


 上手くヒットが打てれば、樋口もホームを狙うかどうかが問題となる。

 タッチアップの場合も、メトロズ側の判断で、一点を諦めるかもしれない。

(どういう打球になるか)

 樋口はそこそこのリードを取りながらも、選手全体の配置を意識する。

 セカンドとショートの動きによって、二塁でランナーを刺してくることもあるのだ。

(ゴロか、フライか)

 内野ライナーだけはまずいし、内野フライも意味がない。

 そんな中でターナーが打ったのは、サードへのファールフライ。

 ベンチに突っ込めば取れそうであったが、メトロズ側から制止の声がかかった。

 サードのペレスも、素直に諦める。

 おそらく捕ろうとしたら捕れただろうが、そのままベンチに突っ込んだら、ボールを落とすかそのままタッチアップされる。

 アレクはそういう判断もするのだ。


 ターナーとしてはこれで、わずかに息がつける。

 まさかあのままであったら、本当に最悪のアウトになっていたからだ。

 そこから狙いを絞って、ムービング系を掬い上げて打った。

 ライト方向への、理想的なフライであった。


 ホームへの送球は間に合わず、セカンドがカットする。

 そしてサードへ投げるのだが、樋口の三塁へのタッチアップも成功。

 本当にアナハイムの三番四番は、外野フライを打つのが上手い。

 先取点を取ったことで、樋口としてもほんの少しリードが楽になるだろう。


 四番のシュタイナーの打ったボールは、センターへのクリーンヒット。

 これで樋口も帰ってきて、アナハイムは二点目を奪取。

 さらにランナーが残る。

 メンバーとハイタッチをしていく樋口だが、二点差でもまだ油断は出来ない。

 おおよそ大介周りで一点、それ以外で一点は、取られることを覚悟している。

 しかしジュニアの調子は、あまり良くないのか。

 ここから二つ、外野フライを打たれたが守備範囲内でアウト。

 スリーアウトチェンジである。




 二回の表、メトロズは三者凡退。

 そしてその裏、アナハイムはランナーを出さないものの、ゆっくりと攻撃をする。

 三回の表は、ランナーを出さなくてもツーアウトから大介に回る。

 重要なのは、大介に打たれないことではない。

 二点差の今は、ソロホームランならまだリードしているのだ。


 下位打線のアナハイムであるが、ジュニアは簡単に切ることが出来ない。

 やはり序盤の立ち上がり、打たれたのが響いている。

 ランナーが一人出れば、またアレクに回る。

 アレクがなんとか出塁すれば、樋口にまで回る。

 ツーアウトからでも追加点が入るパターンだ。


 三点差がついていれば、大介とも勝負出来る。

 ホームスタジアムなので、応援の雰囲気も、ピッチャーを後押ししてくれるか。

 これが甲子園だったらな、と樋口は高校時代を思い出す。

 また同じように、NPB時代のアウェイでのライガース戦を思い出す。

 MLBは正直なところ、ファンの行儀がいい方だと思う。

 アレクなどに尋ねると、ブラジルのサッカーの試合などは、本当にひどいものだと聞かされるが。

 MLBはそのファンの年齢層が、比較的高い。

 最近はまた新規の若いファンを獲得しているが、それでも過激なファンは少ない方だ。


 アナハイムの場合はロスアンゼルス大都市圏の街ではあるが、基本的に治安はいい。

 観光客目的の街というのは、治安に気を使っているのだ。

 若いファンが地元の球団の選手を見て、メジャーリーガーを志す。

 それが健全なベースボールの拡大の動きである。


 アナハイムの場合は、子供のファンもそれなりに多い。

 そんなファンに見せる試合としては、今日のようなものは面白いだろう。

 直史は案外、と言うほどでもなく子供のファンは少ない。

 あれは悪魔が化けているからあれだけ凄いのだと、そんな噂が流れているのも原因の一つだ。


 アレクは今年から加入したメンバーだが、とにかく塁に出てからの動きが華麗だ。

 対すると樋口は地味に搦め手で勝負するので、これまた凄さが分かりにくい。

 一番人気なのは、やはりホームランが打てるターナーであろう。

 球団のマイナーから上がってきた選手となので、生え抜き感もある。

 長くチームの主力を務める選手がいると、それだけファンも長くチームのファンであり続けることが出来る。

 ただ最近のMLBは、選手の出し入れが基本になっているのだ。

 主力が五年も変わらないチームはないし、もしも変わっていなければそれは、停滞とみなすべきだ。

 NPBとは完全に、選手の移籍に対する意識が違うのだ。




 アレクがボールを選んで出塁。

 これでツーアウトから、ランナー一二塁という状況に変化。

 ツーアウトなのでクリーンヒットが出れば、それなりに足のあるセカンドランナーが帰って来れるだろう。

 そんな状況において、バッターボックスには樋口である。


 さて、と考える。

 ツーアウトであるから、前の打席とは前提が違う。

 ランナーを進めた上で自分も生きないと、後ろに続いていかない。

 出塁するためには、フォアボールでも構わない。

 ターナーは得点圏での打率が、それなりにいいバッターだ。

 またもしも樋口が出れば、ツーアウト満塁。

 ターナーを敬遠することは出来ない。


 ただメトロズのブルペンは、さっきから動き始めている。

 リリーフ陣を投入し、なんとかアウトを取ろうと考えているはずだ。

(俺の打席には出てこないのか)

 メトロズが果たして誰を出してくるか。

 確実性なら、本来はクローザーのレノンであろう。

 しかしこんなイニングから、レノンに準備をさせているだろうか。


 セットアッパーとしてはバニングやライトマンだが、それほど強力なリリーフではない。

 あとは先発の中から、スタントンやワトソンを出してくるか。

 どちらにしろこの投手陣のちぐはぐさからいって、この試合は上手く勝てるかもしれない。

(無理に打っていく必要はないが、甘く入れば打つぞ)

 樋口としてはおそらく、ターナーにまで回ってしまえば、ピッチャーは交代するので、ここで打っておきたい。

 だがジュニアはアレクに対しても、フォアボールでランナーに出している。

 完全に今日はもう、ピッチング自体がダメな日なのであろう。


 単打でいい。

 アレクほどでないが、セカンドランナーもそこそこ足はある。

 フォアボールで出塁するのもいいが、ここはヒットで確実に、セカンドランナーを返す。

 ジュニアの投げるボールは、坂本のリードが大きな配分を占めているのか。

 ただそれを完全には再現できないはずだ。

 最終的に投げられたのはストレート。

 それをミートに絞って、センター返しで振り切る。


 二遊間を抜けて、センター前へ。

 これで一点と思ったが、センターが思ったより前寄りに守っていた。

 タイミング的にこれは、三塁で止まった方がいい。

 しかしランナーはサードベースを蹴って、フォームを目指す。


 センターのバックホームボールは、まさにストライク返球。

 ホームに手を伸ばすランナーに対して、追いタッチ。

 審判のコールはアウトで、スリーアウト。

 ツーアウトからセカンドランナーを、ホームでアウトにするとは。

 前のカーペンターとは違って、守備力重視のセンターは、さすがにその役割を見事の果たした。




 ツーアウトからせっかく作り出したチャンスだが、ダメだったものはダメだったで仕方がない。

 むしろここでジュニアを交代させなかったので、次も投げさせるのか。

 アナハイムの三回の裏は、三番のターナーからである。

 しかしその前に、この三回の表をしっかりと抑えなければいけない。


 ツーアウトランナーなしからなら、大介がホームランを打っても一点で済む。

 そう思っていたのだが、先ほどの強肩を見せたセンターが、打撃でもヒットを打って先頭のランナーとして出る。

 続くラストバッターが右方向に打った間に、二塁へと進塁。

 バッターはファーストアウトで、大介に回る。


 ワンナウトランナー二塁。

 樋口のサインに、さすがにアナハイムベンチも動く。

 審判に対して、申告敬遠。

 ついに大介は歩かされた。


 スタジアムの一部のメトロズファンから、わずかなブーイングが聞こえてくる。

 だがこういう状況こそは、大介はさすがに敬遠するべきなのだ。

 樋口は当然のように、試合前からミーティングで話している。

 本当ならばどんな状況でも、大介などは歩かせてしまいたいのだが。


 ワンナウトランナー一二塁。

 そして二番のシュミットである。

 メトロズのバッターの中では、小器用に打点を稼ぐ。

 しかし長打もあるので、下手な組み立て方は出来ない。


 この場面で重要なのは、点を取られないことではない。

 点を取られたとしてもそれを最小限にし、しっかりとアウトカウントを取っていくことだ。

 樋口のサインに従って、スターンバックは投げていく。

 フルカウントまで、球数は増えていった。


 低めのボールを、掬い上げられないようにしたい。

 シュミットに対して投げられたボールは、インローへのカットボール。

 三塁線を抜けるかと思われたボールに、ターナーは横っ飛びで追いつく。

 そしてそのまま三塁ベースにタッチしたが、二塁にも一塁にも間に合わない。

 ただこれで、シュミットを抑えた上で、アウトカウントは増やせたのだ。


 ツーアウトでランナー一二塁。

 まだ得点のチャンスではある。

 だが先ほどに比べれば、その可能性は減っている。

 ただセカンドランナーがスタートを切りやすいので、単打でもホームに帰って来られる可能性はあるが。

 三番のペレスも、一発の多いバッターだ。

 樋口としては勝負したくないのは、五番の坂本であるが。


 ここはもう外野フライを打たれても、一点にはならない状況。

 スターンバックは球数を使いながらも、ペレスを内野フライで打ち取った。

 これで三回の表まで、メトロズを無得点に抑えている。

 問題なのは先発のスターンバックの、球数が多くなっていることだ。

 第二戦に投げた彼は、八回までだが120球近くを投げている。

 もちろんポストシーズンならば、これぐらいの無茶は当たり前なのだが。


 中三日で、三回までを投げて既に50球オーバー。

 球威の衰えが見えたら、早々に代えていくことが必要であろう。

 ワールドシリーズの空気の中で、普段よりもいいパフォーマンスを発揮している。

 だがそれもアドレナリンあたりを過剰分泌していて、肉体の限界を超えてしまうかもしれない。

 樋口としても、単純な球数以上に、スターンバックが無理をしているのは分かっている。

 だがまだ限界までは遠いし、ここからリリーフを使うには、危険性が高い。


 幸いにもと言うべきか、レナードは今日、先発ではなくリリーフ枠で考えられている。

 五回から六回ぐらいを目処に、スターンバックから交代させるべきではないか。

 ただレナードは、スターンバックと違って、ワールドシリーズでの登板経験がない。

 実力的には足りているが、果たしてそこいらがどう出るか。

 大介はもう、ランナーがいる状況ならば、敬遠してしまえばいいのだ。

 スターンバックは一打席しっかりと勝負したし、そのあたりは弁えているのだが。


 これに関しては直史も役に立たない。

 大介を相手にして勝負し、勝てる確率は微妙なところなのだ。

 第一戦のホームランに、第四戦のノーヒットノーラン。

 少なくとも今日の直史は、自分で全く役に立たないと申告している。

 三回の裏は、アナハイムはターナーからの打順だ。

 ここでもう一点取ってくれれば、メトロズ相手にかなり楽に組み立てて行ける。




 ターナーはここで、一点は取っておきたいなとは思っている。

 スコアは2-0であるが、どちらのチームもそれなりにヒットは打っているのだ。

 初回にたまたま点が入っただけで、どちらのまだまだ点は取れる可能性が高い。

 それにスターンバックは、かなりの球数を使っている。

 途中で継投していって、メトロズの打線を抑えきれるか。

 難しいだろうな、と素直に思う。

 スターンバックにしても、ランナーをそれなりに出している。

 どちらのピッチャーも少しの運の差があるだけで、結果は逆になっていてもおかしくないのだ。


 メトロズのジュニアは、やはり球数は多くなっている。

 だが中三日のスターンバックに比べると、中四日と一日休養日が多い。

 それだけに期待されていたのだが、確実にアナハイムを抑えるのは難しい。

 第一戦もジュニアは敗戦投手になっている。

 そのあたりの経験が、逆にその力を縛ってしまっているのか。


 坂本としてもこの試合、ジュニアの球が来ていないな、とは感じている。

 この第五戦は早々に交代して、あるいは中二日で第七戦に出番を作るかどうか。

 リリーフとして使うのでもいいな、とメトロズ側は思っているのだが、前のイニングはどうにか抑えた。

 このターナーの打席で、交代するかどうかを考える。


 ジュニアの球種はそれほど多くないが、緩急はちゃんと取れる。

 ターナーはもちろん、速球にタイミングを合わせている。

 100マイルオーバーのストレートが、内角の際どいところに入ってくる。

 ターナーはそれに合わせていくが、ファール。

 ストライクカウントは増える。


 速球を活かすためのチェンジアップ。

 ターナーはそれも上手くカットしていった。

 大介のような化け物じみた成績は残していなくても、ターナーもまたアナハイムの主砲。

 ここでジュニアを打てば、試合の流れをかなりアナハイム寄りに出来るだろう。


 ジュニアはここまで、初回も二回も、ランナーを多く出している。

 そのため実際の体力以上に、精神力が消耗している。

 そんな状態で投げたツーシームが、浮いたコースへ。

 ターナーのバットが一閃。

 打球はスタンドへと飛び込んで、アナハイムは追加点を加えた。




 メトロズはここでピッチャーを交代する。

 ジュニアのボールは今日はいまいちだと、坂本なども言っていたのだ。

 代わって出てきたのは、レギュラーシーズンでは先発ローテの一角であったスタントン。

 オットーの代わりにスタントンが、昨日の第四戦で投げていてもおかしくなかった。


 ターナーの後も、アナハイムはシュタイナーと、ホームランの打てるバッターがいる。

 だが丁寧に投げたスタントンは、それをしっかりと抑えた。

 四回の表、メトロズの攻撃。

 まだまだ先は長いが、そろそろ一点ぐらいは取っておきたい。


 メトロズの四回の先頭打者はシュレンプ。

 スターンバックとの正面対決で、惜しくも外野フライ。

 先頭打者を打ち取ったスターンバックは、まだまだ投げられる。

 しかしここでメトロズは、五番バッターの坂本。

 いやな感じがするな、と樋口などは思っている。


 スターンバックのカットボールで、上手く内野ゴロに打ち取りたい。

 ただ打率はそこまでではない坂本であるが、勝負強いイメージがあって、それは間違ってはいない。

(左バッターだから、スターンバックのスライダーを空振りさせることも出来るか)

 ただこちらのピッチャーの情報を、去年まで正捕手であった坂本が、分かっていないはずもない。


 ボール球先行で、低めに集めていく。

 だが坂本は際どい球には手を出さず、ゾーンのボールだけをフルスイングしていく。

 いいスイングであるが、当たらなければどうということもない。

(インローへカットボールを投げて、追い込んでいくか)

 スターンバックが頷いて、カットボールをインローへ。

 だがサウスポーゆえの弱点と言おうか、内角ぎりぎりには入ってこない。

 やや真ん中よりのボールだが、それでも低めには投げてきている。

 そのボールを坂本は、ゴルフスイングで叩いた。


 敵ながら、いい当たりであった。

 打球はぐんぐん伸びて、ライトスタンドへのソロホームラン。

 大介以外のバッターに打たれたというのが、かなり悔しい。

 コースは確かにやや甘かったが、それでも坂本のスイングは、しっかりと低目を狙っていた。

 かくしてメトロズは一点を返し、3-1となる。

 ソロホームランであったのが、救いと言えば救いだろう。




 投手戦と言うよりは、守備の上手さでアウトを取る。

 内野は鉄壁であり、その間を抜かせない。

 また外野もいい当たりであっても、俊足を活かしてそれをキャッチしにいく。

 アナハイムもメトロズも、ヒットは出る。

 だがフォアボールを出さないように、両チームのキャッチャーが上手くリードしている。


 強打者の揃っている両チームなので、ホームランを打たせずフォアボールも出さないというのは、かなり難しいことだ。

 打たれてもホームラン未満に抑えるのである。

 五回の表には、ツーアウトから三打席目の大介。

 そこでフェンス直撃のツーベースを打たれても、その後をしっかりと打ち取るのだ。

 打ち取るというよりは、相手の打球が幸いにも、野手の守備範囲内にあるというぐらいだが。

 シュミットが悔しそうな顔をしながら、グラブに持ち替えてグラウンドに戻る。。

 

 五回の裏は、アナハイムも先頭がアレクからという好打順。

 だがここで上手く左方向に打ったはずのボールを、大介がジャンピングキャッチ。

 ショートの守備範囲に打ってはいけないということは分かっていたが、あの高さでも取ってしまうのか。

 続く樋口は球数を投げさせたが、上手く内野ゴロに打ち取られてしまった。


 先ほどはホームランを打ったターナーだが、ここはシングルヒットにとどまる。

 シュタイナーも連続ヒットを打ったが、それでもここで二者残塁。

 試合は六回へと入っていく。

 おそらくこの試合、大介には五打席目が回ってくるのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、樋口はシュレンプから始まる打線を抑えることを考える。

 先ほどは坂本にホームランを打たれたが、本当にソロでよかった。

 スターンバックの球数は、もう100球を超えている。

 樋口が進言したら、スムーズにリリーフが出てくるだろう。


 シュレンプに対して投げたスライダーで、空振り三振を奪うスターンバック。

 だが投げたその瞬間に、その場にうずくまってしまった。

 慌ててタイムをかけ、樋口が向かう。

 ベンチからもFMが飛び出し、そしてオリバーはブルペンの用意を確認する。


 まだ球数は、それほどでもないと思っていた。

 だがやはり、イニングあたりに投げる球数は多かったのだ。

 肘の痛みが続き、スターンバックはここで降板。

 代わりに出てきたのは、レナードである。


 どのみちスターンバックは、今年は今日の試合で最後の登板のはずであったのだ。

 球数的にも、そろそろ代えておかしくはなかった。

 その症状は心配であるが、キャッチャーとして考えるのは、メトロズを抑えること。

 ちゃんとレナードも、肩は作っている。

(なんとか勝ち投手にしてやりたい)

 樋口はそう考えるが、それすらも雑念だと打ち消す。

 アクシデントが発生したが、第五戦は続いていく。

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