第135話 いきなりフルスロットル

 大介は第一打席からホームランを打っていく印象が強いが、論理的に考えればホームランにおいて、第一打席の占める割合はそれなりに多くなっても当たり前なのだ。

 なぜなら第一打席から大介を歩かせるのは、ノーアウトのランナーを出すということ。

 ツーアウトからランナーに出すなら、その後ろのバッターを打ち取ればいい。

 だが進塁打でも打たせていけば、大介ならクリーンヒット一本で帰って来られる塁まで進むことになるだろう。

 下手をすれば単独スチールで、二塁にまでは行かれてしまう。

 大介は今年の盗塁王で、二年連続の100盗塁以上を記録している。

 そして盗塁成功率は、なんと91.7%であるのだ。


 盗塁阻止率60%近い樋口であるが、直史と組んでいる時は80%を軽く超える。

 もっともこのバッテリーからは、ほとんどの俊足ランナーでも、盗もうなどとはしないのだが。

 直史が自身で牽制刺殺したのは、数度しかない。

 ただ直史がほとんどランナーさえ出さないことを考えれば、この二人からスチールするのは、ほとんど無謀と言った方がいい。

 それは大介でさえも変わらないので、出来るなら敬遠してしまった方がいいのだ。


 分かっちゃいるけどやめられない。

 直史と大介の勝負は止められない。

 左のバッターボックスに、ゆっくりと入る大介。

 対する直史も、その動作はゆっくりとしていた。

 プレートに足をかけて、そしてサインに頷く。

 そこからの投球フォームは、ランナーなどいないのにクイック。

 そして投げられた球は、ゆっくりとしたカーブであった。


 打てるか? 打てる。打ちたいか? 打ちたい。

 だが打ったとして、スタンドまで届くか?

 いやここはヒットでもいいのではないか?

 そういったことを考えていて、結局ヒットでは得点にならなかった。

 一瞬の間にここまで考えた大介は、バットを動かさずに制止する。


 樋口のミットに収まったボールは、審判が腕を上げやすい位置であった。

 コールはストライク。確かに今の球は、打とうと思えば打てていた。

(力が入っていたな)

 打ってもおそらく、凡打になっていただろう。


 直史との対決ということで、力が入ってしまっていた。

 速い球であれば、むしろスムーズにバットは出たであろうが。

 遅いボールで思考してしまったため、脳と筋肉が上手くアジャストしていなかった。

 分かってはいるのに、どうしても見逃してしまう。

 ちゃんと考えておけば打てるのに。

(いや、下手に考えすぎると、やっぱり打てないのか)

 このファーストストライクから、次のボールがどう投げられるかを予想する。

 だが直史と樋口は、ファーストストライクからバッターがどう読んだかを予想する。


 遅い球の次は、普通は速い球だ。

 ストレート、ムービング、あるいはスルー。

 この中ではストレートが、最初のスローカーブには、一番反した球種になるであろう。

 直史は武史と違って、初回からフルパワーで投げることが出来る。

 スピードではMLBの中で、さほど速くもない直史のMAXスピード。

 だがその回転軸とスピン量は、アナハイムのピッチャーの中でも一番。MLB全体でもかなりの上位にいる。


 ただ速いだけのストレートでは打たれるのだ。

 だが直史はそのストレートで、スピードに対応可能なはずのMLBの強打者に、内野フライを打たせている。

 ストレートのバックスピンの質は、かなり優れているのだ。

 三振をそう簡単に取らない程度のホップ成分というのも、球数を減らせて丁度いい。

 沈む球と上手く組み合わせれば、空振りを取れることもあるだろう。

 ツーストライクまで追い込んでいるなら、空振り三振の方が確実なのだ。

(さて、何を投げてくる?)

 未知の脅威などではないはずだ。

 だがそれでも大介は、己の中で高揚するものを隠すことが出来なかった。




 ファーストストライクを取るのが、一番難しい。

 なぜなら大介が何を狙っているのか、一番分からないからだ。

 まずはボール球から入って、それで印象付けるのでも悪くはなかった。

 だがリスクを取ってでもストライク先行で投げることは、あちらの機会を潰すことになる。


 大介の対応力はさらに上がっている。

 考えずにただ打っていくなら、普通にヒットはいくらでも打てるだろう。

 この一回の表は、本当ならホームランではなくても、長打でいいのだ。

 ただスタンドまで飛んでいかないボールは、野手の守備範囲でアウトになる可能性がある。

 ホームランが一番確実だ。

 大介は日ごろ口にしていることを、自分でも本気で信じている。


 空振り三振は、かなり不可能に近い。

 見逃し三振の方が、まだ可能性はある。

 一番いいのは内野ゴロであるが、大介のスイングスピードを考えると、内野の間を抜けていく場合もある。

 なのでフライを打たせるのも、悪くはないのだ。

 内野フライはもちろん、外野フライでもセンターのアレクの守備範囲が広い。

 ただ強いゴロがホームランになることはないが、強いフライはホームランになることがある。

 大介の瞬発力で打ったボールには、それだけの飛距離を出すパワーが含まれているのだ。


 第二球、直史のリリースしたボールは、ふわりと浮いたものであった。

 高いところから空中を滑るように、アウトロー方向へと落ちていく。

 シンカーの軌道を、大介は見送る。

 わずかに間があって、審判はボールと宣告した。


 高さは甘いが、左右には厳しい。

 だが今は、ベースから逃げていくボールであった。

(外から入ってくるボールなら、ストライク判定を取るかな)

 何度か審判で入ってもらっているが、審判のゾーンも微妙に変化はするのだ。

 さて三球目をどうするか。

(ナックルを見せておきたい気はする)

(先頭打者に見せるもんじゃない)

 樋口の反対にあって、三球目はスピードのあるボールに変更。

 プレートの踏む位置を変えて、大介の内角、体に当たるような場所へ。

 そんなボールが鋭く変化して、内角のゾーンギリギリに入らないようなコースへ。

 大介のスイングはそのボールを、右方向に大きく飛ばした。


 ファールスタンドに大きな打球が飛んで、観客が大喜びしている。

 直史としても今の球で、ストライクカウントを稼げたのは嬉しい。

 追い込んだところから、ボール球を投げることも出来る。

 第四球はツーシームを、アウトローから外に外す。

 バットは届いたかもしれないが、大介は手を出さない。

 これで並行カウントになった。


 五球目で決める。

 直史のリリースしたボールは、その角度からカーブだと分かった。

 ゾーンを斜めに貫いていくボールに、大介はスイングする。

 だがそのカーブは思ったよりも遅く、落差が大きかった。

 カットのために振りにいったが、打球は左に高く飛ぶ。

 サードのターナーがファールゾーンでキャッチしてアウト。

 第一打席は直史の勝利に終わった。




 スローカーブを普段のものより、さらに遅くする。

 大介はそれでも当ててきたが、ファウルグラウンドへカットしなければいけなかった。

 ファールフライでアウトというのは、バッターにとって三振に等しいぐらい、無駄なアウトである。

 直史と樋口は、気取られないように安堵のため息をついた。

 第一打席の大介は、布石を打っていないだけに、一番打ち取りにくい相手なのだ。

 もっともいくら綿密に組み立てても、試合の終盤になれば、集中力が増してパワーアップする男でもあるのだが。


 せっかく大介を打ち取っても、その後に点を取られれば無意味だ。

 二番のシュミットも、高打率と高長打率を誇る。

 そのくせ大介を前の塁に進める、進塁打も打てるという珍しいタイプのスラッガーだ。

 正確に言えば好打者なのだろうが。


 そのシュミットをストレートで内野フライに打ち取る。

 沈む球を続けた後には、ストレートのホップ成分は有効であったろう。

 ただ追い込んでからなので、本当は空振りを狙っていたのだが。

 高めに投げるのではなく低めであったため、上手く合わされたのか。

 長打を警戒したが、それでも高めにボール球を投げて、それで空振りを狙うべきであったかもしれない。


 三番のペレスを内野ゴロで打ち取りスリーアウト。

 三者凡退と幸先のいいスタートを切った。


 アナハイムもメトロズも、上位打線の特に四番までで、点を取ることが多い。

 今度はそのアナハイムの、一番からの打順となる。

 メトロズの先発はオットー。

 普段のように先発としてではなく、とにかく全力で三回までを抑えればいいと言われている。

 ジュニアやウィッツのように、六回までを期待されているわけではない。

 それが分かっていても、とにかく投げるしかないのだが。


 初球からアウトローに全力で投げる。

 それに対してアレクは、素直にバットを合わせていった。

 遠心力のかかっていたバットは、正確にボールをミートする。

 素早く走塁に移行していたアレクだが、セカンドに到達する前に、ボールがスタンドに入ったのを見た。

 大歓声が湧きあがる中で、アレクはようやくガッツポーズをして、残りのベースランを行う。

 悪いコースではないし、悪いボールでもなかった。

 ただアレクは、初回の初球からでも、打っていくことがあるバッターだというだけであった。


 アナハイムの観客にとって、直史が投げて一点を先制というのは、それでもう既に「勝ったな」という状態なのである。

 もちろん首脳陣や選手は、そこまで甘くは考えない。

 第一戦で大介にはホームランを打たれているし、それを除いても長打は打たれているのだ。

(一点では足りないな)

 樋口はもちろん、それが分かっている。




 大介と勝負する場合、まずランナーがいないことを前提とする。

 その場合ならホームランを打たれても、一点までにとどまる。

 四打席勝負するとして、ホームラン未満に抑えるぐらいであれば、三打席はどうにかなるだろう。

 それも確実とは言えないが。

(あと二点取っておけば)

 大介がどういう状況でランナーとて塁に出るかも、得点につながるかどうか変わってくる。


 樋口はじっくりとボールを選んで、フォアボールで出塁。

 そしてターナーがバッターボックスに入る。

 塁上から樋口は、サインを出しておく。

 ターナーには基本的に、フリーに打ってほしい。

 だが長打一発でもう一点となれば、出来れば二塁には進んでおきたい。


 初球から樋口は走った。

 ターナーに投げられた変化球は、低めに沈むもの。

 ターナーはバットこそ出したが、途中で引いて、坂本の視界や動作を牽制する。

 キャッチした坂本も、二塁にしっかりと送球する。

 際どいタイミングであったが、セーフとなった。


 これで長打が出れば、おそらくホームに帰ることは出来るだろう。

 そんな状況を作りながら、樋口はまたリードを取ってうろちょろとする。

 キャッチャーであるだけに、ピッチャーをどう挑発するかは、完全に分かっている。

 

 オットーは先頭打者にホームランを打たれ、さらに樋口をフォアボールで出し、スチールまで仕掛けられた。

 ワールドシリーズのこの大舞台で、まだアウトを一つも取っていない。

 樋口のリードは気になるが、バッターの方に集中しなければいけない。

 だが樋口はセカンドとショートのカバーを見ながら、大きくリードを取る。

 まずはボール球を外に外したが、樋口は二塁に戻るだけである。


 そんなことがもう一度あって、ボール先行。

 途端に樋口はリードを小さくして、盗塁の気配を消す。

 バッターに有利なカウントを作って、ターナーと勝負させる。

 歩かせるにしてもまだ、一つもアウトを取っていない状況。

 そして次はシュタイナーなので、ランナーをこれ以上ためるわけにもいかないだろう。


 そう思って投げたところに、樋口が走った。

 ゾーン内に投げたボールを、ターナーは強く叩く。

 右方向に飛んでいったボールを見て、慌てて樋口は二塁に戻る。

 ライトがギリギリおいついてフェンスに衝突するが、それで樋口はタッチアップをすることが出来た。

 これでワンナウト三塁。

 シュタイナーは内野ゴロや外野フライでも、一点が取れるという状況になった。




 最終的にはシュタイナーもまた外野フライを打って、タッチアップで一点追加。

 追加点はいい結果と言えるが、最高の結果とまでは言えない。

 ノーアウト二塁という状況から、一点しか入らなかったのだ。

 それでも初回で二点を取ったというのは、大きなアドバンテージだろう。


 三点差になったら、とりあえずの安全圏ではある。

 だが四点以上もこの段階で差をつけるのは、かえってよくない。

 なぜかと言うと勝負を捨てて、直史の体力を削りにくるからだ。

 かと言って大量リードであっても、他のピッチャーに代えることは危険である。

 メトロズの爆発力は、下手をすれば五点差でも逆転してしまうからだ。


 直史はリードしていても、八回までは投げなければいけない。

 アナハイムのリリーフ陣を信じないわけではないが、もしもここで負けたら、アナハイムの勝算は0に限りなく近くなる。

 九回にメトロズの下位打線が回ってくるなら、それは任せてもいいかもしれない。

 だが下位打線のすぐ後にいるのは、大介なのである。

 ホームラン一発から逆転というのは、野球というスポーツではないわけではない。


 どこまでメトロズの攻撃を抑えていくか。

 直史と樋口は、わずかに迷いがある。

 ランナーを一人出しておけば、次の大介の打席は、ツーアウトから迎えることが出来る。

 しかし同時に一番バッターの大介の打席が、もう一打席必ず回ってくることになる。

 もしも一人ランナーを出すなら、このイニングで出すべきだ。

 下位打線で出すとしたら、ランナーがいる状態で大介の打席に回る。

 そこでホームランを打たれたら、一気に同点に追いつかれるではないか。


 ただそんなことを考えていても、偶然というのは悪いほうに作用するものである。

 ツーアウトからの六番バッターは、内野ゴロを打った。

 だがこれをサードのターナーがファンブルして、ランナーとして出してしまうのだ。

 記録の上ではエラー。

 ターナーは済まなそうな顔をしているが、とりあえずは悪い点ばかりではない。

 続くバッターを内野ゴロに打ち取り、この回も無安打。

 二回の裏の、アナハイムの攻撃へと移行する。




 オットーをさっさと打ち崩して、メトロズのリリーフ陣を消耗させたい。

 メトロズは今年、武史以外のピッチャーが完投したことは、ほとんどない。

 もちろんそれはポストシーズンに向けて、ピッチャーを消耗させたくなかったからだ。

 ただポストシーズンに入ってからも、多くはリリーフを上手く使って勝っている。

 第五戦と第六戦、メトロズに勝つためには、先発だけではなく、リリーフも打ち崩す必要がある。

 直史以外のピッチャーで、一試合は勝たなければいけない。

 殴り合いで勝負するためには、相手のピッチャーを削っていくのだ。


 フォアボールでランナーは出たものの、その後が続かずに無得点。

 だがこういった粘りによって、消耗戦をしかけていくのだ。

 なおメトロズ側がこの消耗戦をしかけるのは、直史に対してだけだ。

 そして直史には、こういった消耗戦が通用しない。


 メトロズはとにかく、点を取って勝つチームなのだ。

 そのために必要なのはフルスイングであり、ボールをカットしてファールにする技術ではない。

 もちろんそういったことが出来ないわけではないが、攻撃的な野球がメトロズの特徴なのだ。

 それを忘れてしまえば、自分たちの野球を捨てることになる。


 三回の表、メトロズの攻撃。

 下位打線から始まるが、直史も樋口も注意はしている。

 大介の前にランナーがいれば、ホームランでなくても点につながる可能性は高い。

 八番と九番を内野フライと内野ゴロに抑え、いよいよ大介との二打席目の対決だ。

 既にツーアウトとなっているので、ランナーに出してもタッチアップも何もない。

 クリーンヒットを打たれても、大介が一塁にいるならば、それは点には結びつかないのだ。


 直史はシュミットなどの脅威度を、大介ほど高いとは思っていない。

 だがそれでもMLBの中では、最高レベルだと思っている。

 長打を打たれたときには、点を取られる可能性もある。

 しかしここでは大介を、どうにかホームラン未満にさえ抑えればいいのだ。




 打たれてもいい場面というのは存在する。

 ただしホームランは打たれてはいけない場面だ。

 既に二点リードしているが、大介の打席は残り三打席。

 一打席あたりのホームランの確率は、勝負さえしてもらえば、20%ほどはある大介だ。

 だがその勝負する相手とは、直史以外の平均的なMLBピッチャーを含む。


 ツーアウトで打順が回ってきた大介は、ホームランの一発を狙っている。

 そして直史と樋口が、それだけは避けてくるだろうな、というのも分かっている。

 低めに上手く沈むボールで、ゴロを打たせるというのが理想だろう。

 もっともそう決め付けておくと、裏をかくのがこの二人なのだが。


 平常心を心がけて、どんなボールにも対応できるようにする。

 そこへ投げられたのは、まさかの高めのストレートであった。

 思考するよりも早く、体の方が動いた。

 バットはボールを捉えそうになるが、自分の意思であえてその軌道を下にする。

 打球はバックネットへ突き刺さる。

 もしもファールにしなければ、フライになっていただろう。


 ほんのわずかに、ゾーンから高めに外れていた。

 だが大介の見たリリースの瞬間には、ゾーンギリギリのストライクと思えたのだ。

 指先にしっかりとかかった、スピンの多いストレート。

 大介の中に蓄積されたストレートよりも、沈まないストレートである。

 てっきりストレートは、投げるとしても最後の打席の決め球だと思っていた。

 だがそんな読み合いであれば、この二人が知恵を合わせて考えれば、大介を上回るに決まっているのだ。


 読みで打とうと思ってはいけない。

 考えるな、感じろ。

 そう思っていたところに投げられたボールは、スルーかと思った。

 だが途中で気付く。これはスルーチェンジだ。

 ボールの上を振って、素直に空振りストライク。

 二球で追い込まれてしまった。


 大介であっても直史のボールに対応するのは、きわめて難しい。

 スルーという他のピッチャーが投げない球種に加えて、緩急自在なカーブがあるのだ。

 そしてストレートを投げる時は、それまでの布石を活かして、より伸びるようにキレのあるボールを投げてくる。

 152km/hというのはNPBでも、今は速球派とは言えない数字だ。

 だが直史が三振を奪うのは、このストレートを使うことも多いのだ。


 タイミングを外して、空振りを奪う。

 チェンジアップの変化にしても、三種類ほどは持っている直史である。

 同じカーブで緩急をつけるという、変態的なことを日常で行う。

 やはり読みで打つというのは、相当に困難なことなのだ。


 三球目に何を投げてくるのか。

 チェンジアップの次は、やはり速い球ではないのか。

 そう思っている大介のアウトローへ、直史はストレートを投げた。

 だがこのスピードは、ストレートではない。


 リリースからほんの一瞬の間に、大介の脳はボールの軌道を処理する。

 だがそれでもミートの瞬間には、もう対応できないのだ。

 このコースは外れると、大介は直感する。

 アウトローに、ストレートは決まった。

 審判のコールはストライク。

 88マイルしか出ていない遅いストレートが、単純にアウトローに決まっただけ。

 変化球ではなかった。

 打とうと思えば打てたはずなのだ。

 だが直感が、これを打とうとはしなかった。

 コースを見れば、本当にストライクだったのかは微妙である。


 樋口のフレーミング技術があるのだ。

 それにカーブのキャッチングするポイントに比べれば、このストレートのキャッチするコースはやや高め。

 そして右腕の直史のストレートは、わずかながら大介の外から内へと入ってくる。

 そのあたりの全ての要素が総合的に、審判のコールをストライクとしたのだ。


 何も次の打席に引き継げるものがない。

(いや、でも高めのストレートの軌道は見たぞ)

 去年も直史は、最後にはストレートを勝負球に使ってきた。

 第一打席には、一度も使わなかったストレートである。

 あとはナックルを、どういう場面で使ってくるのか。


 この試合自体はアナハイムの打線が、既に二点を取っている。

 おそらくまだ追加点は入って、メトロズは追いつけない。

(だけど、俺は勝たないと)

 珍しくも大介は、その背中に余計なものを背負ってしまっていた。

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