第134話 第四戦

  【ミスター・パーフェクト】 佐藤直史専用スレ part1243 【大サトー】


345 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ターナー不発

 本日の戦犯なり


346 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いや、どう考えても今日の戦犯はヴィエラ

 アウトローに外すのはいいけど、それでもまだゾーンに近すぎた

 素直にしっかりボール球にしろ


347 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 樋口もろに外に構えてたからな

 俺たちのサトー以外はもう白石との対戦は避けた方がいい

 つーか避けろ


348 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 スターンバックもなあ

 ヴィエラにしても第一打席は明らかに勝負避けてるのに


349 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 徹底した勝負の回避をどうして出来ないのか……


350 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 メリケンはワールドシリーズで敬遠しない脳筋だから


351 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 大サトーもミネソタ戦で叩かれてたな


352 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 白石は散々に歩かされてるんだが?

 あいつらの基準どうなってんねん


353 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 >>352

 白人様から逃げるな、黒人に打たれろ、東洋系などとは勝負する価値もない

 アジア系への差別はほんとひどいよ

 日本人から殿堂入り出たのに、それでもまだまだ差別はあからさま


354 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 レギュラーシーズン一個もフォアボールのランナー出してないのに、それでも叩いてくるからな


355 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 去年も今年も白石から一度も逃げてないのはサトーだけなのにな


356 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ブリアン第一戦で普通に抑えられてるからなあ


357 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 けど第一戦ではついにホームラン打たれたし、サトーが投げても間違いないとはもうならんよな


358 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 どうかな? 第一戦はもう点差が開いたから、あえて打たせていったみたいな気もする


359 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 なわきゃーない

 ……いやあるかも


360 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 どっちやwww


361 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 大サトーは打たれてはいけない時には打たれてないからな

 プロ入り後に負けた試合は自分に黒星一つもつけてないし、点取られた試合では必ず逆に勝ってる


362 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 危険球退場なかったっけ?


363 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 分からんがwiki見た限りだとプロ入り後負け星なしだな


364 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 連勝記録じゃなく無敗記録っていうところがほんとゴッド


365 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 さて明日というかもう今日になったが、いよいよ二度目の先発です


366 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いや現地時間だとまだ明日やで




×××


 


 結局二回以降、武史のボールを打てたのは、樋口だけであった。

 ほとんどのバッターが三球三振か、粘れても一本カットする程度。

 VIPルームで試合を見ていたセイバーは、明らかに不機嫌なモートンを窺う。

「……シライシを敬遠していたら、勝てた試合ではなかったかね?」

「かもしれませんが、観客は納得しないでしょうね」

 セイバーとしては自分がFMならば、絶対に大介を敬遠している。

 投げているのは直史ではないのだから。


 第一戦の直史が打たれたホームラン。

 あれはおかしいな、とセイバーは考えていた。

 直史の持っているコンビネーションの中では、それほど制圧力が高くない。

 あえて打ちやすいボールを投げて、大介の意表を突こうとしたのか。

 あるいはあの内角のボールの後にこそ、本命のボールを投げるつもりであったのか。

 前者はともかく、後者はないだろう。

 大介の内角は、ぶつけるぐらいに投げない限り、ホームランの危険性が高い。

 それをあの二人が、分かっていないはずはないのだ。


 また前者にしても、あれで大介の意表を突けると考えただろうか。

 ボールが先行するのは、大介相手ならば仕方がないのかもしれない。

 だがそれにしても、あのバッテリーにしては安易な攻め方だった。

 そして四打席目は、ナックルなどを使っている。


 セイバーは野球の駆け引きに、それほど通暁した人間ではない。

 監督などをやっていた頃も、データは出すが実際の判断は、ジンやシーナに任せていたのだ。

 それでもある程度、言語化できない領域を感知するようになった。

 あの二人がやったことは、次につながることではないのか。


 三点差となっていたのだから、ホームランは打たれても大丈夫であった。

(あれで今の白石君のレベルを判断した上で、ナックルを使った?)

 高校時代も直史は、ナックルを投げること自体は出来た。

 だがコントロール出来ないボールなので、強いて使おうとは思わなかったのだ。

 他にはMLBで使っているボールの方が、NPBよりも縫い目が高く、よりナックルの不規則な変化が大きくなるとも言われている。

 もう他にコンビネーションがないから、ナックルを投げたのか。

 あるいは布石とするために、ナックルを投げたのか。

 セイバーとしては珍しく、理詰めではなく直感で、後者の方が正しいと感じる。

 なぜなら直史は、最後まで考えて投げるピッチャーであったのだから。


 明日の第四戦、アナハイムは直史が先発だ。

 対するメトロズは、オットーである。

 ジュニアを中三日で投げさせるという無茶も、ポストシーズンではよくあることだ。

 だがメトロズ首脳陣は、直史相手の試合を捨ててくるようだ。

 ジュニアとウィッツの二人を、第五戦と第六戦に投げさせる。

 おそらくそれで、アナハイムのピッチャーに対抗するのだ。


 あるいは第五戦までに三勝に到達していれば、第六戦は武史を投入するか。

 直史以外が投げるのであれば、彼我の戦力から考えて、おそらく勝つことが出来る。

 中三日で投げるのは、武史のスタミナだけを考えるなら、それほど無茶というものでもない。

 ただ今日の試合は終盤、明らかにコントロールが乱れていた。

 ある程度の無理をしたことは、VIPルームのモニターで分かった。

 球数自体は普段の完投時と、それほどの開きがあるわけではない。

 だが疲労度というか消耗度は、確実に今日の方が大きい。


 明日の試合で直史が勝って、二勝二敗となるだろう。

 第五戦はスターンバックが中三日で出てくるのだろうか。

 ポストシーズンで、それもおそらく今季最後の試合のため、その可能性は高い。

 対するメトロズは、中四日体制で投げてくる。

 第四戦は直史が大介に打たれても、それ以上にアナハイムが点を取ってくれるだろう。

 スターンバックとヴィエラが投げて、それで負けているというのが本当に痛い。

 勝つチャンスは確実にあったのにだ。


 モートンが口に出して言っていることは、セイバーも心の中で思っていたことだ。

 だがモートンはしょせんビジネスマンで、プロとしてのプレイヤーのことは分かっていない。

「大金を払っているのに、あんなプレイをされていては困る!」

 彼の望んでいることと、観客が望んでいることは、おそらく違うのだが。


 セイバーとしても、分からないではないのだ。

 MLBの高校野球、どちらが勝利によりこだわるかと言うと、高校野球だと言える。

 実体験だけに、それは間違いないだろう。

 日本の高校野球ほど、取り返しのつかないものはない。

 極端に言えば、MLBでは来年こそは、と言う事が出来る。その年で引退などをしないのであれば。

 だが高校野球は、負ければそこで終わり。

 特に三年の夏は、特別なものなのだ。


 最後まで甲子園で勝ち進んだ、直史や大介。

 また武史も最後の夏を、勝ったまま終わることが出来た。

 対して樋口などは、最後の夏には負けている。

 もっとも春日山は本当に、総合力が高かったのは樋口たちが二年生の時。

 最終学年になってからは、正也と樋口のバッテリーを中心に、どうにか甲子園に来るのが限界であった。


 セイバーは二つの手を打っていた。

 一つは穏当な手段であり、もう一つは過激な手段。

 前者はもう少し時間がかかるが、後者はあるいは来年にもありうる。

(穏当な方を期待していたけど)

 モートンのこの鬱憤を見れば、むしろ後者が早急に訪れるかもしれない。


 ずっと考えてきた、世界の野球に影響を与えること。

 いくら考えて計画しても、その一割ほども成功していない。

 だがそれだけ難しいので、逆に面白くなってくる。

(ショービジネスの世界を、もっと大きくしていきたい)

 セイバーの得意な分野は金融投資である。

 それは一見すると詐欺のように見えて、この資本主義社会の中では最も必要なものだ。

 生臭い金銭と思うが、金に貴賎はない。

 存在するとすれば、それをどう使うかによって生じるのだ。


 二つのチームを天秤にかけていた。

 最初はボストンだったのだが、あそこはどうにも動かせなかった。

 なので今はメトロズとアナハイムを。

 高齢で後継者に球団経営に興味のないメトロズと、切るべき時にはビジネスとしてあっさりと切るアナハイム。

 本当はメトロズが良かったのだが、アナハイムはチームの状況が、セイバーの希望に合致している。

 ただ、一枚カードが足りない。

(来年までにどうにかしないと)

 セイバーが考える未来は、彼女が楽しむためのものだ。




 現地アナハイムにおいては、街中が騒がしくなっている。

 近隣までのホテルはフル稼働になっており、そこまでなぜ人が集まるのか分からない。

 チケットは既に完売していて、これだけの人数が集まる理由にはならないだろう。

 そう思う者もいるのだが、まずは遊園地で遊んで、それから試合を。

 あるいは逆のパターンがあるため、街は一時的に人間が増えている。


 モートンとしてはこれが、まさにワールドシリーズ効果だと思っている。

 だが同時に、普通のワールドシリーズではないとも思っている。

 去年もある程度は多くなったが、今年の観光などに与える影響は、およそ二年前の三割り増し。

 直史と大介の対決があるからこそ、これだけの効果があるのだ。


 アナハイム球団だけではなく、他のビジネスにも手を伸ばしているモートン。

 こんな異常事態はそうそうないと思っているが、逆にこの状態を出来るだけ続けておきたい。

 メトロズとの対戦試合は、どの球団も集客力が極端に上がる。

 一方のアナハイムも、かなりの集客力を持っているが、大介と直史を比べれば、ローテーションピッチャーとチームのスタメンでは、効果の与えられる範囲が違うのだ。


 どうせなら大介がほしかったな、とモートンなどは思っている。

 もっとも彼はわずかに話が通ってきた時、日本人のファンを目当てに考えたとして、大介ではそもそもあまり人気が出ないとか、それ以前に通用しないのでは、と考えていたのだ。

 MLB大好きお爺ちゃんであるコールとは、そのあたりの温度差があった。

 しかしそんな大介の活躍があったため、その大介を相手に勝利していた直史を、積極的に取っていったのだが。

 契約条件自体については、他にも色々なチームが獲得に乗り出し、アナハイム以上の大型契約を結ぼうとするところもあったと聞く。

 なのに代理人とも言えるセイバーは、三年契約のアナハイムを、良しとして選んだのだ。


 今年のオフシーズンは、直史との契約を結びなおすことから考えなくてはいけない。

 一人で30勝もしてしまうスーパーエースは、他のチームに渡したくはない。

 だが直史にそこまでの金をかけると、他の補強が疎かになるのではないか。

 なんなら年俸は、分割払いでも構わないのではないか。


 技巧派のピッチャーは、選手寿命が長い印象がある。

 かのマダックスは40歳を過ぎてなお、年間二桁勝利を達成していた。

 直史の技術は、そうそう衰えるものとは思えない。

 とりあえずは35歳のシーズンまで、五年契約か。

 あるいは七年契約で、という話はセイバーとも少ししていた。

 彼女の反応がいまいち鈍かったのが、少し気がかりであったが。

(今年もなんとか勝ってほしいが、ダメでもマダックスなりノーヒットノーランなりをしてほしいな)

 ワールドシリーズでメトロズを相手にしていながら、モートンはそんな贅沢なことを考えていた。




 アナハイムのホテルの最上階にあるような、高級ラウンジ。

 ホテルに部屋を取っている織田であるが、ここでは意外な相手と待ち合わせをしていた。

 アナハイムの不動の一番バッターとなっている、アレクである。

 実はこの二人は、直史や樋口、そして武史や大介よりも、ある程度は親しい。

 なぜなら同じ在京圏内のパ・リーグの球団にいたからだ。


 アレクはペナントレース制覇と、日本一を経験している。

 だがバッターとしては織田との比較が多かった。

 案打数はアレクの方が多かったのだが、出塁率は織田の方が上。

 首位打者や盗塁王のタイトルは、よく競い合っていたものだ。


「しかし明日も試合だろうに、飲んでていいのかね」

 呼び出された織田は、アレクの方を心配している。

「これはソーダ入りのミネラルウォーターだから」

「なるほど」

 そう応じながらも、自分は普通にウイスキーをロックで頼んだりする織田である。


 明日はケイティが娘と一緒に来るため、共に観戦する。

 その翌日は遊園地で遊んで、一緒にニューヨークに向かう予定だ。

 年に一ヶ月も会えない関係。

 だがそれがかえって、二人にとってはいいのかもしれない。

 お互いに相手を思いやっているが、それだけに短い期間の気遣いを一年中などやってしまえば、どちらかに無理がきてしまう。

 こういった関係でもいいのだろう。


 そんな織田にアレクが尋ねたのは、武史の攻略法である。

 織田としては武史と同じチームで、しかもプロでも対戦経験のあるアレクの方が、武史のことは分かっていると思うのだ。

 だが今のところアレクには、確実に武史を打つ手段など思いつかない。

 なのでアナハイムに来ていることを知っていた織田を、こうやって頼っているわけだが。


 織田としても武史は、まさに怪物としか言えない存在であるとは思っている。

 今年はインターリーグでメトロズとの対戦があり、織田は武史と対決している。

 ただその経験は、あまりアテにならないのではとも思っている。

 今日の試合の武史は、明らかに決戦モードのピッチングをしていた。

 あれからよくも、樋口はヒットを打ったものだと思うのだ。


 だが織田としても、武史の攻略というのは、ちゃんと考えている。

 またいつトレードでどこに移籍になるか、分からないのがMLBだからだ。

 特に織田の場合は、条件面でシアトルと長期契約を結んでいるが、一部のチーム以外には、トレード拒否権を持っていない。

 サブウェイシリーズで対戦するラッキーズや、同じナ・リーグの東地区でもワシントンやアトランタ、フィラデルフィアの拒否権はつけていない。

 なのであの、現在MLBで最高速を投げる武史対策は、ちゃんと考えているのだ。


「弟の方が、確かにまだ打てることは打てるかな」

 直史からホームランを打ったこともある織田だからこそ、こういうことが言える。

 他のバッターであったら、何を根拠のないことを、と鼻で笑われたであろう。

「チェンジアップかナックルカーブを狙って打つべきだとは思うが」

 左のアレクではあるが、比較的サウスポーは苦手ではない。

 あの大きく曲がるナックルカーブも、打てなくはないだろう。

「速球は捨てるということ?」

「まあ一対一の勝負で考えるなら、それがいいとは思うんだが」

 織田としては、これは本心である。

 だがもしも自分が打たなければいけないとなるなら、話は別である。

「あいつを本当に打ち崩すには、ストレートを打たないとな」

 武史の最大の武器は、そのストレートだ。

 これを打たれてしまって少しでもストレートを投げることに迷いが出れば。

 その時こそ本当に、武史を打てる機会になるであろう。


 ストレートを、相手のウイニングショットを打つ。

 それは本来、主砲に任される役割だ。

 だがアレクの感性には、それはとても魅力的な提案に思えた。

 あのとんでもないスピード。

 逆にそれゆえ、芯で打つならどこまでも飛んで行くだろう。


 アレクは立ち上がった。

 武史が投げてくるのは第六戦か第七戦。

 その時までにやっておくことが、自分にはある。

「ここは僕が出しておくから」

 そう言ってアレクは、今時珍しいことながら、現金を置いていく。

 今ではカードを普通に使うアレクだが、現金にもいいところはある。

 例えば強盗に襲われた時、現金を差し出せばそれでおとなしく去っていくことがあるからだ。

 時計などは逆に、襲われやすくなるためほどほどの物を身につけておく。

 もっとも体格に優れたアレクを、襲うような強盗は少なくて、それでも銃でも持っていたら、どうしようもないのがアメリカであるのだが。


 織田はしばらく、ジャズの流れるラウンジの空間に酔っていた。

 だがそれ以上は何も頼まず、己の部屋に戻っていった。




 第四戦の先発は、ワールドシリーズの最初から決められていた。

 去年は第一戦、第五戦、第七戦という当番間隔が二日ということがあった直史である。

 それに比べれば最初から、中三日と考えていた方が楽だ。

 もっとも先に三勝されてしまえば、第六戦でも投げていく覚悟はしている。

 そしてプロ入り一年目のように、連投で投げていくことも。


 大介を含むメトロズ打線は、直史にとっても間違いなく脅威だ。

 ワンナウトで大介を三塁まで進めてしまえば、それだけでも充分に、点を取られる危険性は高くなってしまう。

 プロ入り四年目にして、ポストシーズンでの試合で点を取られたのは、第一戦が初めてのことであった。

 だがあのホームランと、その次の打席には、直史と樋口で考えた毒が入っている。


 朝起きて、二人で手分けして朝食を作る。

 それが普段の日常なのだが、今日はツインズが子供たちを連れてきている。

 そのため四人で、それだけの分の朝食を作らなければいけない。

 もっとも瑞希はほとんど直史を、その場から遠ざけていたが。

 真琴を筆頭に子供たちが起きてきて一緒にテーブルを囲み、まだ明史など離乳食の子供は別の食事である。

 ツインズのところの双子は、まだそのままおっぱいを飲んでいる。

 瑞希が片付けと自分の仕事に入る前に、直史はマンションの中のジムに移動する。

 ここで軽く体を動かしているうちに、時間になる。

 クラブハウスへの移動は、球団の手配したドライバーの運転するリムジン。

 一応国際免許に切り替えはしたものの、自分で運転するのはほとんどない。

 むしろ瑞希の方が、買い物のために使っていることが多い。


 なおそちらも、球団の車を貸与されているという形である。

 どうせ長くは乗らないのだし、球団としても税制上有利である。

 直史はスタジアムに到着すると、ここでも肩慣らしを開始する。

 樋口は少し疲れていて、食事を終えたら午睡をするそうだ。

 この試合を落としたらアナハイムの優勝の可能性はほぼ消える。

 そう思えば色々と、考えなくてはいけないことも多いのだろう。


 直史が対決するのは、あくまでも大介一人。

 他の選手に打たれても、または勝負を避けても、それは構わないのだ。

 もっともこれまで、勝負を避けてきたことはない。

 避けなくても抑えることが出来たし、長打で大量点という場面もなかったからだ。


 屋内ブルペンで調整をした後は、集中力を高めていく。

 直史は集中力を高めるのに、特に決まったルーティンなど必要としない。

 なんなら瞬間的に自分の意思だけで、集中してゾーンに入っていくことも出来る。

 だがそれをやると、脳が疲れるのだ。

(この試合を勝っても、まだ二勝目か)

 疲れるものだな、と直史は思っている。


 アナハイムは次の第五戦をスターンバック、第六戦をヴィエラに先発させる予定だ。

 だが二人とも中三日で、しかも前の試合でそれなりに投げているので、回復しきっているとは言えない。

 やはり万全の状態で投げることが出来た、第二戦と第三戦、どちらかだけでも勝っておいてほしかった。

 ならば直史は問題なく、この第四戦と第七戦に挑むことが出来たのだ。


 郷に入れば郷に従え。

 同じことわざで、欧米には「ローマではローマ人のようにしなさい」というものがあるらしい。

 ただレギュラーシーズンではあそこまで、大介のことを避けまくっていたのに、ポストシーズンでは勝負したがる。

 ピッチャーがそうするならばいいのだが、ベンチは申告敬遠をもう少しちゃんと使うべきだろう。

 第二戦は、ランナーがいるところで、安易に大介と対戦するべきではなかった。

 第三戦は、歩かせるならベンチが申告敬遠をするべきであった。

 武史から初回に点を取るのは、NPB時代でもよく見られた攻略法だ。

 それをMLBが分かっていないはずもないだろうに。


 肉体を、脳がスキャンしていく。

 中三日ではあるが、第一戦は肉体に、決定的な消耗をかけるようなコンビネーションは使っていない。

 ほぼ万全の状態で、試合に臨むことが出来る。

 あとは試合を待つだけだ。

(この時間が長く感じると、あまりいい傾向じゃないんだが)

 今日は一回の表の先頭打者に、大介を迎える。

 これをどうにか封じないと、後は苦しくなっていくのだ。

 ただメトロズは、やや力の劣るオットーが先発となっている。

 つまり逆に一回の表さえ抑えれば、あとはリードした状況で投げることが出来る可能性が高い。


 様々なコンビネーションを、頭の中でシミュレートする。

 ほとんどのバッターに通用するものも、大介にはあまり有効ではない。

 スルーでさえも上手く組み合わせなければ、なんとかホームランを防ぐだけの球種になる。

 それだけでも充分であるという考えかたも出来るのだが。

(早いな)

 気がついたら、試合は目の前に迫っていた。

 今日の試合は、早い展開で進んでいくのか。


 少し寝てからまた体を動かし、すっきりとした樋口が待っていた。

 頷き合ったバッテリーは、対決のグラウンドに向かって歩いていった。

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