第125話 リスク回避
昨年のアナハイムとメトロズのワールドシリーズは、まさに死闘と呼べるものであった。
直史も全力で投げた球で珍しくも軽度の故障をし、最後のマウンドに立つことはなかった。
ただ今年はレギュラーシーズンで1カード対戦し、メトロズが二勝一敗と勝ち越し。
最終的に5ゲームの差をつけていたため、メトロズがかなり有利と見られていた。
それにア・リーグではミネソタが、やはり100勝を超えてポストシーズンに進んでいた。
この圧倒的な打撃力は、ジャイアントキリングと言うほどでもなく、ア・リーグではアナハイムの対抗馬と言われていたのだ。
だが実際に戦ってみると、最初の二戦は一点も取れず、勝負の地元第三戦も、直史が中軸を抑えてしまった。
レギュラーシーズン唯一の失点となった、あのホームランはなんだったのか。
もっとも直史と樋口は、ブリアン対策自体はしっかりと考えていた。
いざとなれば歩かせることも、充分視野に入れて。
スターンバックはさすがに打たれるかなと思っていたが、あそこまでやってくれたのは意外であった。
第一戦のダメージを引きずっていたのだとしたら、やはりチームが若すぎる。
三連勝してリーチをかけて、第四戦となる。
アナハイムはこの試合、四番手のピッチャーであるレナードが先発。
対して後のないミネソタは、第一戦のハーパーを中三日で投入した。
割と早めに、試合の勝敗自体は諦めていたため、少ない球数で降板している。
だから中三日であっても、おおよそは回復しているのだろう。
レナードは今年、28先発の20勝4敗。
とてつもないような数字に見えるが、投げたイニングは171で規定投球回にぎりぎり到達。
防御率は3.52のWHIPは1.06とエースクラスではあるがスーパーエースの勝ち星を上げるほどのものではない。
クオリティスタートは22回も達成しているが、ハイクオリティスタートは七回。
ただ一試合、完封勝ちがある。
七回、出来れば八回まで、リードした状態で試合を持ってきてほしい。
ならば後はリリーフ陣で、ミネソタを封じてしまえる。
強力なミネソタ打線と言っても、異常なまでに危険なのはブリアン一人。
そこさえ直史が抑えれば、あとのバッターはどうにかなる。
一人のピッチャーの力が、チームの中で大きくなりすぎている。
ポストシーズンのピッチャーというものの価値は、これほどであるのか。
もちろん直史が、異常すぎるというのはあるだろう。
史上最強のピッチャー。
史上最速ではなく、史上最強だ。
そしておそらく、史上最高でもある。
ピッチャーでありながら、チームの中で最高の勝利貢献度を誇る。
もちろん他の選手も、キャッチャーの樋口に主砲のターナーなど、高く評価はされているのだが。
アナハイム首脳陣としては、直史をどう使うかは、非常に悩ましいものであった。
だが正捕手である樋口もそろえたミーティングで、直史の経歴をちゃんと数字ではなく実感として、バッテリーを組んでいた者から伝えられる。
もしも可能であれば、第四戦をクローザーに限らずリリーフとして使えばいい。
そこで四連勝してしまえば、中五日休んで、ワールドシリーズの先発に投げることが出来る。
問題は終盤の勝負どころで、こちらが負けていた場合だ。
ならば直史の無駄遣いすることは出来ない。
第五戦では先発をしてもらう予定であったのだ。
中四日なので、ポストシーズンのピッチャーの扱いとしては、めちゃくちゃというわけでもない。
ただ第三戦で2イニング投げている。
出来ればここ第四戦で、勝負を決めてしまいたい。
直史の回復力と耐久力からして、ここでワールドシリーズ進出を決めれば、その第一戦までには回復しているだろう。
この第四戦は、乱打戦となる可能性が高い。
もう後のないミネソタは、中三日でハーパーを投げさせてくるか。
終盤でリードしていれば、あちらも強力なクローザーはいる。
ただ若手のクローザーに、このポストシーズンで一度も負けられない場面を、任せることが出来るだろうか。
任せなければ、選手は経験を積めないというのも確かだが、レギュラーシーズン中はまだ詰めの甘さが見えていた。
ともあれこの試合は、それなりのハイスコアゲームになることは予想される。
主導権を握りつつ、リードした状態で終盤に入るのはどちらか。
先発ピッチャーの役目は重い。
そしてそれをリードする樋口の責任も重いが、樋口はそういった重さには、既に充分に慣れている。
また負けたとしても、別にここでは後悔などない。
最悪でも第五戦で、直史に投げて勝ってもらえばいい。
第三戦で投げて中一日かと言われるかもしれないが、投げたのは2イニングだけなのだ。
大学時代はリーグ戦で、完全試合をした後に中一日で、8イニングを投げるというリリーフもしたことがある。
直史は肩を暖めるのも早いが、集中するルーティンも短い。
即座にメンタルを切り替えることが出来るのは、ピッチャーの誰もがほしがる技術であろう。
第三戦のリリーフを除けば、第一戦からは中四日と考えられる。
直史なら出来てしまう。
そしてワールドシリーズ第一戦も、第五戦で投げたとして中四日で投げられる。
酷使という言葉よりは、むしろ直史を中心にピッチャーの運用が決まっていると言おうか。
スウィープをかけた、第四戦が始まる。
たとえワールドシリーズにはもう進めないとしても、ここでスウィープされるわけにはいかない。
ミネソタの首脳陣は、そう考えている。
この数年はドアマットチームとして、地区の最下位が定位置だったミネソタ。
しかし去年の終盤あたりから、主に打線が開花し始めた。
単に安い選手を集めるのではなく、有望なプロスペクトをしっかりと集めた結果が今になる。
このオフにはピッチャーをしっかりと補強して、ワールドチャンピオンを狙う。
さすがに今年いきなり、そこまで進めるとは考えていなかった。
ただ負けるにしても、負け方というものがある。
ミネソタの打撃力は強いと、リーグ全体が認めるような試合をしたい。
第一戦はともかく、第二戦も無得点であったのは誤算であった。
第一戦のショックが残っていたからだ、とも言えるが。
しかし第三戦は、アナハイムの主戦投手のヴィエラから、六回で四点を取っていた。
そこで直史に代わって、やはり完全に抑えられてしまっていたが。
首脳陣はブリアンさえもが、己の信仰心への揺らぎを感じているのは分かる。
キリスト教国家アメリカであっても、ブリアンのような分かりやすいタイプはいまどき珍しい。
それがここまで心を折られかかっているのだ。
佐藤直史は悪魔のようなピッチャーだ。
それは対戦相手のバッターだけではなく、相手チームのピッチャーにとっても。
あるいは味方にさえ、悪い影響を与えているのではないか。
直史の投げる試合では、味方の援護が減るのは周知の事実。
まるで周囲を敵味方関係なく、デバフをかけまくっているような。
ただそれにかかってないバッターも、三人ほどいる。
ターナーに、今年から加入した樋口とアレクである。
おそらくターナーは悪魔に魂を打って、あれだけの技術の向上を果たしたのだ、などとリーグの中では言われている。
そしてアレクと樋口に関しては、免疫がついているのだ。
免疫などと言うとなんじゃそりゃになるが、アレクは直史と同じチームでも、自分が点を取る必要があったりした。
もっとも本人の生まれつきの性質、アレクなりの個人主義が、直史に依存しなかったからとも言えるが。
樋口の場合は直史に依存すると言うよりは、同格のパートナーという意識が強い。
だから打つときはしっかりと、狙って打っていくのだ。
そんな一番と二番から始まる、今日の第四戦。
今日で決めてしまおうと、樋口は考えていた。
出来れば少ない球数で決めたいと思っている、ミネソタのハーパー。
対するアレクは、先頭打者ながらその日の初球を狙って打った。
いきなりランナーを背負い、勝負に強い樋口。
ただハーパーとしては、そこまで圧倒的な強打者の気配を、樋口には感じていない。
初球を打たれたピッチャーは、次のバッターにはボール球から入りやすい。
ただそれを見切られてしまうと、カウントが一つ悪くなるだけだ。
初球を打たれたからこそ、この初球もゾーンに投げていきたい。
ハーパーのデータを見ていれば、その性格の傾向はしっかりとしている。
左のハーパーがゾーンに投げて、カウントを取っていけるような球種。
(チェンジアップはないし、カーブもない。するとスライダーか)
左のハーパーのスライダーなら、右の樋口には懐に突き刺さるような軌道を描くだろう。
これが直史や武史であれば、キャッチャーとして樋口は、遅いボールを投げさせたであろうが。
ハーパーの傾向やMLBの傾向からして、初球はストレートかスライダーに的を絞れる。
サウスポーが右打者相手に、スライダーをどう使うのか。
懐に突き刺すのか、あるいは。
(フロントドアで、ボール球からゾーンに入ってくるボールか)
このどちらであるか。
直史がピッチャーなら、ぎりぎりに投げさせて、フレーミングでストライクにしてしまう。
だがハーパーにはそこまでの技術はないだろう。
(懐にスライダー)
攻撃的に投げてくるなら、その一択であろう。
樋口の予想は正しかった。
バッターの手元で、大きく曲がってくるような錯覚を感じさせるスライダー。
これは完全に、樋口が狙っていたものだ。
懐に呼び込んでから、体をゆっくり開いて速いスイング。
打球はフェンス直撃で、スタートの早かったアレクは帰って来られる。
(やっぱりパワーに限界があるか)
あとほんの数ミリの違いで、スタンドまで運べただろう。
スイングスピードがあればそのわずかな違いを無視して、スタンドまで運べただろうが。
これは樋口の繊手としてのスタイルの問題だ。
キャッチャーとしてはほぼ例外的な、ランナーとなった時のスピード。
これらを犠牲にして、バッティングだけに重点を置くわけにはいかない。
要はバランスなのだ。
三塁まで進んだ樋口は、ターナーの犠牲フライで、二点目のホームを踏む。
考えていたのは、初回の攻撃で最低でも二点。
まずノルマは達成である。
その後に四番のシュタイナーが、これぞスラッガーというホームランを打ってくれて、初回の立ち上がりで三点先取。
野球は良くも悪くも、予定通りにはいかないものである。
一番と二番をなんとか抑えたのに、三番のブリアンがソロホームラン。
後ろを抑えたものの、敵も味方もホームランと、派手な試合の立ち上がりになった。
(最悪でもホームランにならないリードをした方が良かったな)
ただ前の二人を抑えたことで、レナードが勝負をしたがったのだ。
今年で23歳のレナードは、去年からローテを回すようになって、今年は一気に数字を伸ばした。
だから自分への自信をつけるためにも、ブリアンを打ち取りたかったのだろう。
ここで重要なのは、ブリアンに打たれたことではない。
ちゃんとその次の四番を、抑えて単発に限定できたことだ。
「やっぱりストレートには強かったな」
なんでもないような感じで、樋口はレナードに声をかける。
これからまだ成長していくピッチャーに、変に萎縮はしてもらいたくはない。
「年齢はあっちが三つも下なのに……」
「この世界は年齢は関係ないだろ」
実力が全ての、MLBの世界である。
だがその自分の実力を、信じ切れなければ年齢に関係なくメジャーリーガーとしては終わりだ。
もっともこの状況では、ブリアンに好きに打たせるわけにはいかない。
全力のストレートを打たれたことで、レナードも樋口の言葉をもっと重大に受け止めてくれるようになったと思うが。
「次の打席、ちょっと配球は任せてもらえないか?」
こうやってピッチャーのプライドを上手くコントロールし、ミネソタを抑えていかなければいけない。
それにレナードはトレードにでも出されない限りは、あと四年はアナハイムにいるピッチャーなのだ。
樋口としてはしっかり育てて、再来年にはアナハイムの柱の一人として、チームの勝利に貢献できるピッチャーになってもらいたい。
さすがにどのピッチャーを取ってくるかなどには、今の樋口は口の出しようもない。
だが手元のピッチャーを育てるのは、中学校の頃から得意であるのだ。
そして分かりいやすいパワーピッチャーだけではなく、技巧派や軟投派も、その長所を最大限に活かしていく。
これで樋口はあと七~八年ぐらいは、MLBで稼いでおきたい。
政治に関わろうとすれば、金がかかるのは知っている。
元々清廉潔白な身の上ではない。
将来的には上杉の配下で、日本を動かしていきたい。
ならば一つのチームを強くするぐらい、出来なくてどうするのか。
ブリアンの二打席目、わずかに外れたボール球を打たせて、カウントを稼ぐ。
そして最後にはまたボール球を、フレーミングでストライクとコールさせた。
さすがのブリアンも審判の顔を見たが、最初にそのボールのコースを振っていったのはブリアンである。
あれで審判は、そのコースが微妙だと感じた。
最後に樋口がわずかにゾーンを広げて、見逃し三振としたわけだ。
第一戦の直史のピッチングが、いまだに体感として残っているのか。
あるいは今のレナードの球で思い出してしまったのか。
第三打席のレナードは、ボール球を打って凡退。
この間にアナハイムは、他のバッターに点を取られながらも、こちらも細かく追加点を入れていっていた。
終盤、アナハイムのリードした展開で、お互いのブルペンが動き出す。
アナハイムは当然のように、直史もブルペンに入っていた。
レナードは三失点と立派なクオリティスタートだが、球数はもう多くなっていた。
アナハイムはやはり、初回の三点が大きい。
ミネソタはもう後がないので、先発でも使えるピッチャーは使っていく。
ビハインド展開であるが、勝ちパターンのセットアッパーから出していくが。
アナハイムは二点差のリード。
ミネソタの打線の破壊力を考えると、まだまだ安全圏とは言えない。
残り3イニングも残っているのだ。
ブルペンで直史は、軽く肩を作っていた。
この状況からなら、やや多めに球数を使っても問題はない。
問題は球数が増えることではなく、どれだけ全力で投げたかであるのだ。
直史はコンビネーションだけで、ある程度は抑えられる。
そのある程度のレベルを引き上げるのが、読みと経験なのである。
七回の表に、アナハイムは追加点はない。
そして七回の裏、アナハイムがまず投下したリリーフはマクヘイル。
ヒットを許したものの、ツーアウトまでは追い詰めた。
しかしここで先頭に戻って、一番のアレンがヒットを打つ。
ツーアウトランナー一二塁。
もしも二番のパットンまで塁に出たら、三番のブリアンに回る。
満塁でブリアンを迎える。
逆転打が出る可能性は高い。
アナハイムのベンチが動いた。
ここは絶対に切らないといけない場面で、マクヘイルに代えて直史。
クローザーのピアースではない。
マウンドにやってきた直史に、FMのブライアンからボールが渡される。
悔しそうなマクヘイルの顔であったが、彼の役目はこのイニングを、三人で終わらせるべきだったのだ。
二点差で、ランナーが二人いる。
ただし既にツーアウトにはなっている。
ゴロかフライでも、どこかのベースでアウトにすればいい。
三振が一番確実だろうが。
直史に何度も打ち取られてきたパットンだが、この場面ではどういう心境なのか。
「普通に考えれば、なんとか後ろには回したい、だろうな」
「なら決まってるな」
樋口の判断に、直史も異議を挟まない。
パットンもなんだかんだ言って、まだ22歳の若手なのだ。
ここで力が入ってしまっても、仕方のないことだ。
今年のミネソタは、ここで終わらせる。
初球からアウトローギリギリを攻めて、まずは見逃しのストライク。
パットンとしては打てるボールをしっかりと選んでいかないといけないのだ。
二球目も全く同じコースに、直史のストレートが入ってくる。
これにもパットンは手を出せない。
(混乱してるんだろうな)
バッターボックスを外して、少しは気持ちを入れ替えればいいだろうに。
試合時間の短縮化を目指しているMLBであっても、ポストシーズンのこんな重要な場面なら、それぐらいは許してくれるはずだ。
三球目はほぼ同じコースに、カットボールを投げた。
パットンはこれに手を出して、一塁方向にボールをカットする。
今のボールこそ、手を出さなければボールと判定されていたはずだ。
だがパットンにはそれを見逃すという選択肢は取れなかった。
四球目はさらに少し外したが、これもパットンは当ててくる。
外に四つ続けば、次は内というのが当然であろう。
だがそういう普通のリードを、このバッテリーはしたりしない。
また外。
パットンはそれをスイングにいって、鋭く大きく曲がるスライダーを空振りした。
言うまでもなくこれは、見逃していればボール球。
だが内に意識がいっていたことと、そこに外へと投げられたことで、冷静に見逃すことが出来なかったのだ。
三振アウトで、二者残塁。
悲しいけどこれも、プロの世界の現実ではある。
ミネソタが真に絶望したのは、次の回であった。
八回の表、アナハイムに追加点はなし。
そしてその裏、ミネソタはブリアンからの打順。
ここで一発が出れば、点差は一点差。
今年唯一、直史からホームランを打っているのがブリアンなのだ。
アナハイム首脳陣はこの状況も、バッテリーに勝負を任せる。
そして直史は、ブリアンの外角いっぱいからボールに逃げるスライダーを投げた。
二球目はそれよりはまだベースよりだが、ゾーンには入らないカットボール。
三球目は懐の中へ、完全に膝元に落ちる球。
スリーボール。
まさか、と誰もが思っただろう。
だが四球目は、外に大きく外れるスライダー。
つまりフォアボールでブリアンは出塁したのである。
直史は今年、フォアボールでランナーを出したことが一度もない。
あらゆる記録を更新しているが、無四球記録というのも、直史は続けていたのだ。
大介に対しても勝負していたのに、ここで明らかに勝負を避けたフォアボール。
任せたはずのアナハイムベンチも、驚愕の表情を揃えている。
打たれたらまずいバッターを、避けるのは当たり前のことだ。
それに大介と違いブリアンは、ランナーとしてはそれほど危険な選手ではない。
スタンドからのブーイングさえなかった。
対決ではなく勝敗に徹したピッチング。
バッテリーは平然と、ミネソタの希望を回避してしまったのだ。
次の四番キャフィーも、30本を打つ強打者だ。
だがブリアンが勝負を避けられたことで、精神的な動揺は大きかった。
ポストシーズンのこんなひりついた場面で、どうして平然と事実上の敬遠が出来るのか。
直史に言わせれば、それでも大介なら打ったであろうボールだ。
特にあの内角の沈んだボールは、間違いなくバットは届いたはずなのだ。
キャフィーに対して投げたのは、初球真ん中から落ちていくスルー。
期待通りにこれを叩いて、打球はセカンドゴロ。
セカンドからカバーに入ったショート、そしてファーストへとダブルプレイ成立。
そして次のバッターをもまたも三振にしとめて、直史はこの回を、結局三人で終わらせたのであった。
九回の裏、アナハイムはピアースをマウンドに送った。
そして一人ランナーは出したものの、点は許さずにゲームセット。
二年連続でアナハイムは、スウィープでワールドシリーズに進出を決めた。
ただしこの試合後の、インタビューは少し荒れた。
記者たちはあの敬遠について、当然ながらまずFMに質問する。
ブライアンは正直に、信頼していたのでバッテリーに任せていたと、本当のことを言う。
するとバッテリーに、なぜあの場面で勝負をしなかったのかと、質問が飛ぶことになる。
「勝つために」
直史がそう言って、若林が通訳する。
「だがファンはあなたとブリアンの対戦を見たかったはずだ」
そう言われるのも当然だろうな、とは直史も考えている。
「ファンがもっと見たいのは、私と大介との勝負のはずだ」
直史は順序だてて、あの敬遠が意図的であったことを説明する。
直史は、あるいはアナハイムは。
大介を、あるいはメトロズを。
ワールドシリーズで打ち破って、優勝することを目的としている。
そしてそのために直史としては、完全な状態でワールドシリーズに進出する必要があった。
もしもブリアンの一発があれば、流れが変わった可能性がある。
第五戦ではなく第六戦に直史が先発しなければいけなくなったら、そこで消耗してワールドシリーズには万全の状態では挑めていない。
三連勝していた時点で、既にもうアナハイムはミネソタに勝っていたのだ。
「だいたい大介だったら、外の球も内の球も、バットが届くところを打っていった。ブリアンにはまだそんな技術がないと思って、私はそこに投げた。もし本当に点を取るつもりなら、大介のようにそれを打っていけばよかったのだ」
無茶苦茶ではあるが、言っていることは事実だ。
大介はあの程度外されたボールであったら、かなりの確率で打ちにいっている。
そして長打、ホームランになることもある。
さらには直史は、独自の考えを持っていた。
「ノーアウトでランナーが出たのに、それを活用しなかったのはミネソタだ。第一戦では普通に勝負していたし、あれでもう充分だろう。私はもうワールドシリーズのことしか考えていない」
この、清々しいまでの開き直りよ。
MLB関連にとっては、あそこは直史に勝負してほしかったのだろうな、ということは分かっている。
ブリアンがせめて一太刀浴びせて、それで負けるならばそれで良かったのだ。
だが直史はもっと高い勝率を望んだ。
二点差で、しかも下位に入るところで、ピアースに投げてもらうために。
ブリアンは歩かせた方が良かったのだ。
「私にとっては何度か勝負をしているスラッガーとあえてまた勝負するより、ワールドシリーズに備えることの方が重要だった。チキンと言ってくれても構わないよ」
開き直った直史に、罵声にも似た質問が飛ぶ。
だがそれを平然と受け流すのが、直史であったのだ。
ブリアンはここ数年、日本人選手によって荒らされていたMLBに登場した、久しぶりの白人スラッガーだ。
そのあたりのバイアスも、しっかりかかっているとは思っていた。
もしも敬遠した相手が大介なら、これほど大きく批難されなかっただろう。
だがこのあたりの全てを、直史は許容している。
事実は一つだ。
アナハイムは、ミネソタに勝った。
そしてワールドシリーズに進出する。
しばらくの間、有名無名いろんな人間が、直史を批難することになった。
だがそれでどんな影響も受けないのが、直史という人間であるのだった。
※ ドアマットチーム
最下位定位置で、踏みつけられるだけの存在のチーム。
本来よく使われるのはNBAにおける。
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