第124話 ミネソタ

 ミネソタ州ミネアポリス。

 10月のこの時期の気温は、前回アウェイで対戦した四月の時と、おおよそ同じである。

 日本も縦に長いので、そこそこ気温差はあるが、一番北の北海道はドーム球場。

 海流による温暖化の影響もあるため、アナハイムに慣れた体であると、ミネアポリスのこの時期の気候は厳しい。


 リーグチャンピオンシップシリーズ第三戦、対決の場はミネソタのフランチャイズに移動して行われる。

 アメリカの場合は長距離の移動は、とにかく飛行機が多い。

 ちなみにチームが一年で移動する距離は、ア・リーグ西地区が一番多いとも言われている。

 中地区のチームなら東と西に行けばいいが、西地区ならば遠い東地区へも行かなければいけないので、仕方がないことかもしれない。

 ただ東地区は比較的、都市間の距離が短いためか、移動距離も短めになると言われている。

 中地区のチームが楽、とは限らない。

 同じ地区でも場所によって移動距離は全く違うからだ。


 試合数、試合間隔、そして移動。

 東京の球団であったレックス出身としては、かなり辛い日程であった。

 だがポストシーズンに入ってからは、むしろ楽になる。

 相手が全く、同じ距離を移動しなければいけないからだ。

 

 そしてこの試合からは、アウェイとなるアナハイムが先攻となる。

 アナハイムの初回の得点力は、先攻でこそ活かされる。

 加えて三戦目のミネソタのピッチャーは、先の二戦と比べるとやや落ちる。

 ミネソタの打撃力の援護があって、勝ち星先行になってはいる。

 だが防御率はWHIPなどを比べると、ローテを回すレベルのピッチャーであるのだ。


 ヴィエラもスターンバックに劣るものではない。

 今年レギュラーシーズン無敗というのは、確かに運も大きかったが、それだけでは出来ないことなのだ。

 最低限の実力に、二枚も三枚も追加して、さらに運が必要。

 直史の場合は運がよければ、勝利でも完封でもなく、パーフェクトになってしまうのだが。




 メジャーリーガーの目的というのは、いったいなんだろうか。

 社会的な地位、名誉、チャンピオンリング。

 それらは全て、後から求めるものだ。

 とりあえずメジャーリーガーのほとんどは、金を目当てとしている。

 人間の欲求として、ごく自然なものである。

 もちろんメジャーのレベルに達するには、多くの時間と労力をかけている。

 それだけ野球に、執着できるという才能もいるだろう。

 ただ野球への執着、あるいは情熱と、金に対する欲望は、相反するものではない。

 

 自分の好きなもの、自分が情熱をかけてきたもの、自分が労力をかけてきたもの。

 それによって成功し、それによって豊かになる。

 実際のところ豊かであるということと、無駄に贅沢をするというのは、別のことであるのだが。


 ヴィエラの場合は一度大型契約で、巨万の富を得た。

 もっともそれをメジャーリーガーに相応しい使い方で、増やすと共に減らしているのだが。

 またエースクラスのピッチャーとして、名誉も得ているし、周囲もおだて上げてくれる。

 去年にはチャンピオンリングを手に入れて、そして今年が契約最終年。

 ここでわずかに躓いている。


 契約最終年に、故障して戦線を離脱している。

 もちろん16勝無敗という成績は素晴らしいし、これは単に打線の援護を受けただけでもない。

 直史ほどではないがグラウンドボールピッチャーで、防御率は2.34とかなりの数字。

 ただ意外なことに、長打を打たれることはそれなりにある。


 技術と経験を持った、アナハイムにおいては三番手のピッチャー。

 対決するは若さにあふれたミネソタの強力打線。

 前の試合ではスターンバックに完封され、二試合続けて一点も取れていない。

 だが移動したこととホームゲームということで、ある程度の気分転換は出来ただろう。

 また若い選手たちにとっては、これはまだまだ挫折などというものではない。

 ここからさらに、成長していくのだ。

「というわけで、今日は殴り合いだな」

 そう言った樋口であったが、一番のアレクが出塁した後は、冷静に進塁打になるバッティングはしていった。


 この試合、樋口は終盤まで試合を壊さない程度には、ヴィエラをリードする自信がある。

 そしてヴィエラはポストシーズンで勝てるピッチャーだと、証明しなければいけない。

 新しい契約を、また結ぶためにも。

 アナハイムともう一度契約を結ぶことは、あまり考えていない。

 ヴィエラから見るとアナハイムのフロントは、直史との契約を更新するために、資金を用意するだろうと思えるからだ。

 年間に30回以上も完封するピッチャーは、絶対に手放せない。

 ヴィエラを切って若手を育てる。

 それが諸事情を知らないヴィエラが考えることである。


 ターナーのタイムリーで、まずは一点を手に入れたアナハイム。

 だがミネソタとしては、一点ぐらいなら失点するのはむしろありがたかった。

 第二戦のように、なぜか点が入らないという、不思議な展開。

 ああいった試合になってしまうよりは、むしろこうやって試合が動いた方がいい。


 一回の表は、結局先制したものの一点のみ。

 そしていよいよ、ミネソタの強力打線が動き出した。




 第一戦は直史に完全に封じられ、第二戦もその影響が残っていた。

 登板するはずがないと分かっているのに、ブルペンの直史からプレッシャーをかけられた。

 ただこの試合は、第一戦から中二日経過している。

 直史のピッチングであれば、クローザーとして1イニングぐらいは投げることは出来るだろう。


 ミネソタが求めるのは、圧倒的な打力による勝利。

 ハイスコアゲームで、終盤までに打ち勝つ。

 直史がいくら優れたピッチャーであっても、負けてる試合でクローザーとして登板し、チームを勝たせることは出来ない。

 この一回の裏から、ヴィエラを攻略していく。


 だが若手の多いミネソタ打線は、上手くヴィエラに打ち取られた。

 ツーアウトになって、ランナーのいない状況で、三番のブリアン。

 今年のア・リーグのホームラン王に、ヴィエラはどう対処すべきか。

 樋口はこれがNPBなら、平気で敬遠をベンチに要求した。

 だが一回の裏ではそれが許されないのが、MLBという世界であるらしい。


 ヴィエラのツーシームとカットボールは、150km/h台の半ば。

 これをしっかり区別して打つのは、かなり難しいことなのだ。

 ゾーン内に投げていったヴィエラのボールを、ブリアンはしっかりと見ていく。

 こいつを上手く打たせてアウトに出来れば、アナハイムに流れはくるかな、と樋口は思っていた。


 ボール球で上手く釣られるかな、と思ったがそれはしっかりと見送る。

 フレーミングを使うことは、あえてしない樋口であった。

 直史ほどのコントロールがあるならともかく、ヴィエラはさすがにそこまでのコマンド能力はない。

 下手にストライクに見せようとすると、むしろ審判には逆効果になる。


 ツーツーと並行カウントになって、樋口は考える。

 ここまでムービング系のボールを使ってきたのだから、速球のタイミングに体が慣れているだろう。

 そこにヴィエラの遅いカーブが来ればどうなるか。

 ブリアンのことだから、普通に打っては来るのだろうが。


 下手にムービング系で攻めても、カットされるだけだろう。 

 ストレートを投げては、打たれる雰囲気しかない。

(カーブを、ボール球と判定されても仕方がないように)

 そしてフルカウントになったとしても、そこでゾーンから逃げていくムービングを使う。


 ブリアンはバッターとしては傑出しているが、走塁はそこまで飛びぬけてはいない。

 ツーアウトから出すランナーとしては、あまり怖くないのだ。

 頷いたヴィエラの投げたカーブは、落差のあるもの。

 これは多分ボール判定かな、と樋口は思っていた。


 ブリアンは振った。

 腰の入った、鋭いスイング。

 落ちてきたカーブを、パワーで持っていく。

 大きな弧を描きながら、そのボールはスタンドへと。

 同点となるソロホームランであった。




 ハイスコアゲームではないが、ロースコアゲームでもない。

 お互いの点の取り合いだが、ビッグイニングは作らない。

 打たれても一点以内に抑える。

 ヴィエラはそういう、粘り強いピッチングを行っている。


 ミネソタはそれに対し、早めに継投をしてきていた。

 おかげでこちらの打線も、それへの対応が上手く行かない。

 これが昔のルールのままなら、ミネソタはもっと細かく継投してきたかもしれない。

 リリーフは三人に投げるか、そのイニングの終了まで投げなければいけないというルール改正。

 ワンポイントリリーフを殺してしまったルールであるが、こういう試合ではどう判断するべきだろうか。


 わずかにアナハイムがリードしている展開で、試合は進んでいく。

 ヴィエラは今日は、球数が100球を超えてもまだ投げてもらう。

 六回を終えて、点差は4-4の同点。

 そしてこの回から、直史がブルペンに入った。


 第二戦と違いこの試合は、投げてくる可能性が確かにある。

 ヴィエラの球数は110球を超えて、そしてこれからアナハイムの攻撃。

 ここで点が入ってリードした場合、七回の裏にはミネソタも、ブリアンの打順が回ってくる。

 残りの3イニング、直史ならば投げられる。

 そうでなくてもブリアンの打席だけを、どうにか抑えてもらうのでもいい。


 ただ同点のままなら、出番はまだ先になるだろう。

 そう思われた七回の表、アナハイムが一点の追加点を加える。

 たったの一点で、ミネソタ打線を残り3イニング抑えるのか。

 直史は既にキャッチボールをしていて、そしてどうやら追加点は一点だけになるらしい。


 球数や展開を考えても、どちらにしろヴィエラはここで交代するべきだろう。

 リリーフに誰を出すのか、アナハイムベンチは考える。

 そしてコールされたのは、直史の名前。

 アウェイであるので大ブーイングと、そして大歓声が湧き上がった。




 ミネソタの打線は完全に、直史に対して苦手意識を持ってしまっている。

 第一戦でわずか一安打に抑えられた体験が、残ってしまっているのだ。

 第二戦にしても、その影響はピッチャーにまで伝わり、わずかずつチームの歯車が狂っていった。

 そして第三戦、ついに本当に直史が登板する。

 ミネソタの動揺は大きかった。


 メジャーリーガーなんだから、それぐらいはなんとかしろと、中途半端に知っている者は言う。

 だが他のどの時代に、年間無敗で32勝もするピッチャーがいるというのか。

 防御率は余裕で1を切るというか、年間で一点しか取られていない。

 そんなピッチャーは他には絶対にいない。


 先頭一番打者からの攻撃を、あっという間にツーアウトにしてしまう直史。

 なお三振は一つも奪っていない。

 そしてブリアンの打席が回ってくるが、バッターボックスに入る前の、十字を切るのを忘れている。

 勝ったな、と樋口は思ったし、直史もこれは、相手の精神的な動揺は大きいな、と思った。


 ボール球をスイングした。

 おそらく第一戦の記憶が、トラウマとなって残っていたのだろう。

 そして三球目は、低めに落ちていくスルー。

 打ったボールはマウンドで跳ねて、セカンドの守備範囲内へ。

 結局はセカンドゴロで、スリーアウト。

 奪ったアウトは全て、内野ゴロであった。


 まだ試合は終わっていない。

 だがこのままでいけば、三人ランナーに出ないと、もう一度ブリアンには回らない。

 そんな考えが、ミネソタのベンチには浸透してしまったのか。

 八回の表、アナハイムは二点を追加する。

 三点差となって、アナハイムは直史を、まだマウンドに送る。

 それにミネソタは絶望したのかもしれない。


 八回の裏も、三者凡退。

 九回の表にも一点追加して、点差は四点。

 アナハイムはここで、クローザーのピアースをマウンドに送った。

 満塁ホームランでも打たれなければ、同点に追いつかれることはない。

 ただもしここからブリアンまで回すとしたら、三人はランナーに出なければいけない。

 これはツーアウト満塁になるフラグではないのか、となんとなく思った者もいる。

 だが下位打線のバッターを、ピアースはしっかりと抑えていった。


 最終的に8-4のまま、試合は決着した。

 直史がマウンドに登ってからは、ミネソタは一人のランナーも出すことが出来なかった。

 完全に一人のピッチャーが、この対戦カードを支配している。

 ワールドシリーズへリーチをかけて、アナハイムは第四戦に向かうことになる。

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