第123話 投手戦
リーグチャンピオンシップも第二戦。
昨日に続いてアナハイムでの試合から始まる。
アナハイムは今年、24勝3敗のスターンバック。
打線の援護が大きかったとはいえ、防御率や奪三振を見ても、例年ならば普通にサイ・ヤング候補である。
対するミネソタはもう一枚のエース、クルーン。
ツーシームとフォーシームのファストボールに、上手くカーブを混ぜてくる。
昨日の先発であったハーパーと共に、八月以降のミネソタを支えた、エースの一枚。
これをもし打ち崩すことが出来れば、アナハイムは圧倒的に有利になる。
もっともそれ以上に、ミネソタがスターンバックから点を取ったら、意味はなくなってしまうが。
この日はさすがに、投げることはない直史。
だがベンチの中では、しっかりと見えやすい位置に座っている。
一回の表から、投げるスターンバックに「GO!」だの「Yes!」だのと声をかけている。
それに集中力を削がれたのか、一番二番と凡退する。
そして三番のブリアン。
直史はここで、声をかけないようにする。
それまでは直史の声で、ミネソタのバッターも集中力を欠いていた。
だがブリアンに対しては、そんなことはしない。
スターンバックもここは集中している。
樋口のリードに対して、わずかに頷いて投げる。
種類は違うが、スライダー系を上手く操るスターンバック。
レギュラーシーズンでは一度対戦し、六回で四失点。
打線の援護があって勝ち投手にはなれたものの、満足のいくピッチングではなかっただろう。
ミネソタ打線は確かに強く、特に純粋な打力ならば、メトロズよりも高いとさえ言える。
メトロズとの対戦の前に相手にするには、丁度いいぐらいの打線だ。
もっともこの相手は前座ではなく、隙を見せれば噛み付いてくる猛獣だ。
スターンバックのスライダーの微妙な操作技術は、直史からも影響を受けている。
球速以外はスターンバックと同じことを、直史も出来る。
ただそれ以外の球種を使った方が、より打たれない。
スライダーを細かく、状況に応じて使い分ける。
それがスターンバックのスタイルなのだ。
ブリアンに向かった投げたのは、縦変化の多いスライダー。
それをブリアンは掬い上げようとして、救い上げ切れなかった。
打球は必死で追いかけたアレクがキャッチして、フライアウト。
アレク以外のセンターであったら、ヒットになっていた可能性は高い。
(もっと深く守って、単打は諦めるべきかな)
そう思いながらベンチに戻って、先頭のバッターボックスに入るのであった。
ツーシームは一時期、MLBで猛威を振るった変化球だ。
基本的にはボールの握りを変えることで、縫い目の空気抵抗が変化し、他の何も変えていないのに、シュートのような変化をする。
空振りを取るというよりは、ミスショットを狙うボール。
球数を減らすために、よく使われてきたのだ。
そんな微妙な変化ごと、スタンドまで放り込もうと思ったのが、フライボール革命の目的の一つ。
だが今でもツーシームは、ちゃんと高い効果を持っている。
そしてアナハイムにとってのクルーンは、あまり対戦がないか、もしくは遠い昔に対戦があった存在。
円熟味を加えたそのピッチングは、ファストボールとカーブの球速差で、三振も奪えば打たせて取ることも出来る。
ただアレクにとっては、ストレートにさえ気をつけていればいい。
変化球を見抜くことは、直史で散々に練習した。
だからあとは、ストレートを絞って打てばいいだけ。
上手くバットで捉えたが、その打球の軌道が低かった。
ジャンプしたセカンドのグラブに収まり、ワンナウト。
だがそれまでにちゃんと、ツーシームとカーブは見た。
大量点はどうか分からないが、何点かは取れそうな気がする。
二番の樋口も、まずは球筋を見ていく。
ストレートはカットしていって、ツーシームとカーブを引き出す。
ストレートとほぼ変わらない球速のツーシームと、緩急を取るためのカーブ。
カーブは来ると分かっていなければ、体を泳がせないと当てることは出来ない。
ただ狙いをストレートに絞っていけば、打てないことはない。
最後にはツーシームをショートゴロに終わったが、次あたりは打てるのではないか。
そして三番のターナー。
この試合はおそらk、三点か四点前後の、微妙にロースコアとも言えないゲームになるだろうと伝えられている。
ミネソタの打線は破壊力に優れている。
だがその破壊力はまだ安定していない。
スターンバックを相手に、初回は三者凡退で終わっている。
対してアナハイムが、先に一点を取れたなら。
(昨日の試合でほぼパーフェクトに負けたのが、ダメージになっていないはずはない)
第三戦ともなれば、一日の間隔と向こうのホームゲームで、調子を取り戻すことも可能だろうが。
(ここで勝つことは、かなり重要な意味を持つぞ)
ターナーは集中してバッターボックスに入る。
ミネソタは確かに今年、打線陣が驚異的な成長を見せた。
だがアナハイムの中にもこの二年で、驚異的に成長している者がいるのだ。
去年は直史の変化球を打つことで、本来のストレートに強いバッティングに加え、変化球への対応を身につけた。
そして今年はアレクに樋口という、高打率打者がチームに加わった。
アレクの変幻自在なバッティングは、さすがに真似は出来ないし、やろうとしたら止められるだろう。
だがミートの瞬間にどういう体勢を取っているかなどは、参考になる。
対して樋口のバッティングは、基本的なフォームの理想型に近い。
それで狙い球を絞った時は、それを崩して全力で打っている。
この打席はターナーも、球筋を見ていく。
だがツーシームにさえ気をつければ、あとはストレートを待つタイミングで、カーブも打てるのではないか。
追い込まれてから、ファストボールをカットしてカーブを待つ。
待たれていると分かっていても、カーブを投げてくるのかどうか。
投げてきた。
そしてこのカーブは、打っても長打は難しい。
手前で落ちるので、これは体が泳いでしまう。
だが必死でそれに耐えて、バットの先で上手く叩いてみる。
ふわりと浮いた打球は、センターの前に。
意外と飛んだとも言えるが、前進してきたセンターがどうにかキャッチ。
スリーアウトでアナハイムの一回の攻撃は終わった。
二回、三回と試合は進んでいく。
そして両チームが完全に二巡目に入った四回が終わる。
スコアは0-0のまま動いていない。
ミネソタはもちろんであるがアナハイムも、点が入っていない。
両軍エースクラスのピッチャーを出しているとは言え、二巡目に入れば一点ぐらいは入っていそうなものだ。
それがまだ、0-0のスコアで進んでいるのだ。
野球というスポーツにはこういうことがある。
どちらのピッチャーもそれなりの力量があって、守備がしっかりとしている場合だ。
こういう試合の場合、勝負を左右するのはエラーからピッチャーが崩れるか、もしくは一発。
そして両チーム、一発の打てるバッターは多い。
樋口はキャッチャーとして淡々と、相手のバッターを打ち取ることに集中している。
ミネソタ脅威の打線陣も、不思議なことにファインプレイの連発で、ランナーは出ても点には届かない。
アナハイムも色々と手を打っているのだが、三塁までランナーが進んでも、そこからは帰ってこれない。
こういう試合は、本当にあるのだ。
先に一点を取った方が勝つと言うには、まだまだ試合の先が長い。
そして後攻はアナハイム。
サヨナラの一発になる可能性は、味方の方が高い。
どちらかが一点を取れば、そこから試合が動き出すのかもしれない。
だが実際には一点も入らない。
この展開に焦れているのは、間違いなくミネソタの方だ。
アナハイムは相手を0に抑えることもそれなりにあるが、ミネソタは取られればそれ以上に取るチーム。
こうやって動かないというのは、アナハイムからすると悪くはない。
ミネソタの主砲ブリアンは、ちゃんとヒットは打っている。
だが彼に期待されているのは、ホームランなのだ。
また上手くボール球を選んで出塁しても、その後が続かない。
こういうことをやっていると、若いチームは打線が機能不全を起こす。
対するアナハイムは、ターナーこそ若いがそれでも25歳。
いわゆるアラサーが四番までに揃っている。
下手な一発は許さないピッチングを、両チームの先発が続ける。
すると次に動くのは、リリーフへの継投のタイミングか。
だがスターンバックは今日、カットボールを上手く打たせて、あまり球数が増えないようにしている。
対するクルーンは、それなりに球数が増えているところだ。
だがそれでも両チームのベンチは、ピッチャーを代えない。
先に代えた方が、失点するという流れになっていると思うのだ。
もちろんその失点から、試合が動き出す可能性もある。
ただ後攻はアナハイムなので、やはり最後に回ってくる可能性が高い。
双方無失点のまま、延長戦に突入した。
両ピッチャー交代のないまま、延長戦も投げ続ける。
球数はそろそろ130球。
どちらの陣営にも焦りはあるだろうが、致命的な失敗が起こらない。
10回にも得点がなく、11回へと。
ブリアンに五回目の打席が回ってくるが、ランナーがいないので容赦なく敬遠。
こういうことをすると後続が、ヒットを打って失点するパターンもある。
だが樋口は上手く、ボール球を振らせる。
そして相手のバッティングフォームを崩し、凡打を打たせる。
出塁したブリアンを、ホームに帰さないのだ。
直史はその様子を、ずっと見ていた。
そしてそろそろかな、と思い始める。
「ブルペン行ってくる」
グラブを持って、ベンチからブルペンに向かったのであった。
昨日完投したピッチャーが、ブルペンに向かう。
いくらなんでもリリーフでは投げてこないだろう。
だがブルペンに入った直史は、そこでキャッチボールを始めた。
アナハイムのFMブライアンはそれを止めようとしたが、そのブライアンはピッチングコーチのオリバーが止めた。
直史が投げるかどうか、決めるのはベンチなのだ。
彼がどう言おうと、ベンチの指示がなければ交代はない。
しかし交代させないと分かっているのは、アナハイムの側だけなのだ。
11回の裏は、アナハイムはラストバッターからの攻撃となる。
つまり先頭に戻ってくるというわけだ。
その九番バッターこそ打ち取ったものの、クルーンには動揺が見られる。
それは守備陣にとっても同じことである。
12回の表に、直史がリリーフで投げるのか。
さすがに一試合を投げた後に、リリーフなどをするのか。
ただし選手たちはともかく、首脳陣は直史の実績を、NPB時代にまで遡って調べている。
完投の後のリリーフどころか、二日連続完封勝利というものがある。
しかもそれで日本一になっているのだ。
出来なくはない。
そもそも前日完投と言っても、投げたのは96球。
大昔のMLBであれば、いくらでもそんな例はある。
さすがに無茶苦茶だろうと、敵ながらミネソタは混乱しているのだが。
バッターボックスに入ったアレクは、ここで決めようと思っていた。
ミネソタはここで、リリーフ陣にピッチャーを代えるべきであった。
エースクラスに全てを任せていると言っても、球数はいいかげんに150球に近い。
確かにここまでやってしまったからには、勝ち星を得られなければ苦しいのだろう。
だがここまで二枚看板のうちの一枚を使ってしまえば、次の予定試合までに回復するものだろうか。
アレクが狙ったのは、球威こそまだ衰えていないものの、コントロールが甘くなった球。
それを打てば一塁線を破り、フェアゾーンからファールグラウンドへとボールが逃げていく。
一気に三塁まで、進めるような打球かもしれない。
ワンナウトで三塁になれば、樋口ならどうにか帰してくれるだろう。
ライトからの送球は、サードへと向かう。
タイミングとしては、ギリギリセーフといったところか。
だがサードの前でバウンドしたボールが、イレギュラーした。
普通のグラウンドのように見えたが、芝の下がわずかに何かへこんでいたのか。
ありえない偶然が、こんな状況でそろってしまった。
三塁ベースへ滑ったアレクは、そのボールの動きも視界の端に捉えていた。
サードがキャッチし切れなかったボールは、そのままファールグラウンドを転がる。
立ち上がったアレクは、ホームベースへと向かった。
無理をしなくても、樋口が決めてくれる。
そういう予感もあったのだが、おそらくミネソタはここで、ピッチャーを交代させると思ったのだ。
クローザーは力任せのピッチャーであるが、樋口の苦手なタイプの、コントロールがアバウトなパワーピッチャー。
ここで決めてしまおうと、アレクは走ったのだ。
ファールグラウンド側からは、キャッチャーへの送球が難しい。
コリジョンルールでキャッチャーは、この場合はわずかに左に移動しなければいけなくなった。
そこにサードから送球されるのだが、ストライク送球とはいかない。
それだけサードも焦っていたのだ。
もしもキャッチャーが左利き、つまり坂本のようであったら、追いタッチでアウトに出来たかもしれない。
だがこのキャッチャーは、一般的な右利きだ。
ミットでつかんだボールで、アレクに触れるのに距離の遠さがある。
その間にアレクは滑り込んで、ホームベースをタッチしていた。
審判の手が横に広がる。
記録としては、ワンヒットとワンエラー。
ホームランにつけておいてほしいな、とアレクは思ったものだ。
だが、これで一点が入った。
同点の延長から、裏の攻撃で点が入るということ。
つまりそれは、サヨナラということだ。
さすがに息を整えて、アレクが立ち上がる。
それをチームメイトたちがベンチから出て迎える。
ブルペンでのキャッチボールを終えた直史は、ようやく安堵の息を吐く。
スターンバックを、いつまでも投げさせていてはいけない。
それが直史の考えであった。
まだワールドシリーズが残っているのだから、ここで体力を使いきってはいけない。
その考えは確かに正しい。
アナハイムは二連勝し、そしてシリーズの舞台はミネソタへと移る。
結局二試合目はキャッチボールだけで終わった直史は、三試合目も四試合目も、クローザーで投げる準備が出来るようにになったのだ。
スターンバックは結局、延長11回までを完封した。
強打のミネソタ相手に、その功績ははかりしれない。
ヒットは六本打たれているが、点が入らなければそれでいいのだ。
ブリアンを歩かせたことは、結果だけを見れば大正解だ。
そして攻撃面では、アレクがもちろん勲一等であった。
ミネソタにとっては致命的な不運があった。
だがあそこでライトが、レーザービームのノーバン送球が出来ていれば、少なくともアレクはホームにまでは帰ってこなかった。
もっとも次の打者が樋口だったので、スクイズでも内野安打でも外野フライでも、一点は取れていた可能性は高い。
だがそれはあくまで可能性であり、事実としてはアレクが一人で点を取ったのだ。
アレクもスターンバックも、これだけハッスルプレイをしていながら、特にひどいけがなどはなかった。
やはり運もまた、アナハイムの味方をしているのだろうか。
ミネソタはこの試合、惜しい場面が何度もあった。
しかしそのチャンスをことごとく、潰してきたのが樋口である。
連打が一度もなかったこの試合、ピッチャーをリードした樋口の功績も高い。
そしてあとは、何もしていないのに相手を威圧した、直史にも功績はある。
クルーンの投げたボールは、明らかに失投であった。
そしてここまで投げたのに、ついには負けてしまったこと。
次に投げるとしたら、第六戦までは休ませたいだろう。
本来ならばもっと休ませるべきなのだろうが。
第三戦はヴィエラの登板になる。
ヴィエラは制球力のある技巧派に近い。
それでも球速の最大値は、直史よりもずっと上。
ミネソタは若いパワーピッチャーがいるが、勢いは止まっている。
果たしてこの対決がどういう結末を迎えるのか。
「第三戦と第四戦は、状況次第で登板はあるな」
樋口の言葉に頷き、家族の待つ家に帰る、直史の後姿であった。
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