第121話 ダークホース

 ミネソタは今季、最終的に五人のバッターがホームラン20本以上を記録した。

 特にリードオフマンである一番バッターが、20本もの長打を打っているというのは大きい。

 一番から九番までを、ホームランバッターで揃えたいのか、というある意味MLBにおけつ夢のような打力を持つミネソタ。

 トレードデッドラインでピッチャーを補強したことによって、優勝をアナハイムでもメトロズでもないと評する層から、ダークホースと称されるようになった。


 ただ総合的に見た場合、メトロズに勝てるところはスラッガーを集めたというところぐらいか。

 またアナハイムを相手に勝利したとはいえ、直史を打ててはいない。

 ブリアンのホームランで一点を取ってはいるが、全体としては完全に抑え込まれたと言っていいだろう。

「勝つだけならそんなに難しくはないんだけどな」

 樋口の言葉に、アレクは興味深そうに目を輝かせるが、直史としては小さく頷くだけである。


 ミネソタのピッチャーの中で、エースクラスと言われるのが、右のクルーンと左のハーパー。

 キャリアも能力も、スターンバックとヴィエラに近いであろうか。

 ピッチャーの層の厚さでは、アナハイムが優っている。

 だがミネソタの打線の勢いは、侮っていいものではない。

 とは言っても多くの人々が、ミネソタはあくまでダークホースとしか見ていなかった。

 戦力の中でもピッチャーはともかく、野手にベテランが少ない。

 しかしそういった経験というものは、若いチームであれば戦う中で、一気に蓄積していくものだ。


 それでもなお、樋口の言葉に直史が頷く理由。

 つまるところ直史の制圧力をミネソタは突破できず、アナハイムの打線をミネソタのピッチャーは抑えきれない。

 単純な足し算と引き算で、勝敗の結果は求められると思っているのだ。

「お前を温存するのに、どうすればいいか」

 樋口は直史を、エースではなくジョーカーとして見ている。

 問答無用でどのようにも使える、エース以上の存在。

 それだけにどこで切るかが、問題となってくる。


 ミネソタのブリアンの強さは、まだせいぜいキングといったところだ。

 だがメトロズの大介は、同じくジョーカーと言ってもいいだろう。

 そしてエース戦力の武史がいる。

 ジョーカーとジョーカーがぶつかりあった時、エースがいればそちらが勝つ。

 樋口は自分やアレク、ターナーの戦力をエースとまでは考えていない。


 先発の強さをミネソタと比べた場合、直史がいるだけアナハイムの方が有利。

 ただリリーフ陣はやや有利という程度の差だろうか。

「オリバーはお前の言うことなら、大概は聞くよな?」

「それはそうだが」

「五戦目までで、確実に勝負を決めよう」

 樋口の計算は、まさに冷徹と思える作戦を引き出す。

 だがそれはチームスポーツにおいて、個人の力で勝利を引き寄せるというものであった。




 樋口は優勝請負人的な要素を持つ人間である。

 高校、大学、NPBとその所属したチームで、必ず頂点を掴んでいる。

 もちろんキャッチャーというポジションから、限界を感じることもある。

 だがそれでもプロの世界以降は、キャッチャーが一番守備において、貢献度が高くなるのだ。


 唯一の例外は、先発のピッチャー。

 ただしそれは毎試合出られるものではない。

 しかし最強のピッチャーがいるならば、その力は最大限に発揮しなければいけない。

 目の前の試合、そしてミネソタとの対戦だけを考えるなら、もっと確実性の高い作戦は存在する。

 だが問題はワールドシリーズなのだ。


 アナハイムは去年、メトロズに勝利して優勝した。

 だがそのためには直史が三勝し、さらにヴィエラが一勝する必要があった。

 今年のメトロズは武史を補強して先発を強めた。

 そして元々メトロズは、得点力ではアナハイムを上回る。


 武史以外のピッチャーなら、三点ぐらいは取れると計算していいだろう。

 全力を出さなくても直史なら、二点ぐらいまでに抑えられるとは思う。

 だが三勝三敗で最終戦、直史にまた投げさせるのか。

 出来るものなら温存しつつ、中三日で投げてもらいたい。

 しかし万全ではない状態で、メトロズ打線を抑える。

 それは無茶であると、去年のワールドシリーズで分かっている。


 直史が壊れるまで投げて、それでアナハイムが勝てるのか。

 あと一年、直史はMLBでプレイするのだ。

 ただ樋口から見るとアナハイムは、戦力の補強を最低限にしか行わなかった。 

 今までの傾向からして、スターンバックとヴィエラは放出する可能性が高い。

 この二人を外して、若手の成長に期待する。

 だが最低でもあと一枚は先発がいないと、ポストシーズンにさえも届かないかもしれない。


 直史は自分の投げた試合では、全部勝ちたいと思う人間だ。

 ただそれは現実的ではないと、他の誰よりも辛い味方をしている。

 来年、ポストシーズンに勝ち残れるか。

 勝ち残ったとしても、直史が投げなければ、他のピッチャーでは勝てないのではないか。


 アナハイムのオーナーの、ピッチャー軽視の姿勢は、直史としても分かっている。

 軽視と言うか、優先順位の違いであり、それこそ軽視ではないか、と思わないでもないのだが。

 ビジネスマンであるオーナーは、毎試合客を呼べるバッターを優先する。

 それは確かにその観点から見れば、間違いのないことなのだ。

 そしてビジネスとして成り立っていなければ、いずれは破綻する。

 だが完全にビジネスライクでは、人にパッションを届けることは出来ない。


 メトロズのオーナーの方が、そのあたりは分かっている。

 強いチームを作ったうえで、そのチームで商売をしようとしている。

 アナハイムのオーナーは、まず稼げるチームを作る。

 そしてそれで勝てるように祈るのだ。


 メトロズは大介と三年の契約を結びながら、二年目に新たな契約を結んだ。

 もちろん一年目の成績が素晴らしかったからこそ、さっさともっといい条件で確保しようと思ったのだ。

 直史は今年が二年目。

 一年目のシーズンの後には、新たな契約についての話はなかった。

 ここいらがオーナーの、姿勢の違いということか。

 どうしてもワールドチャンピオンのオーナーになりたいメトロズのコール。

 大介の一年目でそれを経験し、さらに連覇を狙う貪欲なオーナー。

 だがそれが本来は、正しい姿ではないのだろうか。

 今のMLBのチームでは、個人がほぼオーナーの権利を持っているチームは、あまり多くない。

 ましてメトロズの場合は、ニューヨークのチームであるというだけで、金がかかることがある。

 それでもコールは、メトロズを手放さないだろう。


 アナハイムのモートンは、それとは全く違う。

 彼は完全にビジネスライクというわけではないが、エンターテイナーだ。

 だからこそ直史に対しても、それほどの執着はしなかった。

 しかしここに来て、直史の影響力というか、圧倒的過ぎるパフォーマンスは、大介をも上回ろうとしている。

 今年もチャンピオンになれば、21世紀になって初の連覇。

 その栄誉を手にしたら、考えも根底から変わるかもしれない。




 ミネソタについて、直史と樋口は自分たちで分析していた。

 確かに優秀なMLBの分析班は、データを正確に出してくる。

 だが実際に対決したのは、このバッテリーであるのだ。

 そして二人のミネソタに対する考えは、一つの点で完全に合致している。

 それは若いチームだということだ。


 若さとはこの場合、甘さや粗さも示す。

 だがそれ以上に成長性や可能性を感じさせる。

 一試合ごとに、あるいは試合の中で、成長していく。

 それが今のミネソタというチームで、データは完全には当てにならない。


 冗長性を持って、対戦しないといけない。

 ギリギリで効率よく勝とうと思えば、おそらくそれは慢心となる。

 圧倒して勝つぐらいの余裕を持っていても、おそらくピンチがやってくる。

 ミネソタというのはそういうチームで、来年はもっと厄介になるだろう。

 もちろんチームのフロントが、現状を正しく理解していたのならば、だが。


 一番から五番までは本当に危険なバッターが多く、DH枠をその五人のうち四人で使うことが多い。

 若さゆえの暴走しやすさから、ハッスルしすぎることを恐れて、上手くFMが力を抜かせているのだろう。

 その五人に対しては、樋口はしっかりと攻略を考えている。

 問題はむしろ、相手のピッチャーの攻略にあるのかもしれない。

 なにせアナハイムとの対戦が終わった時点では、まだいなかったピッチャーだ。

 ずっとピッチャーが弱いと言われて、それでも乱打戦で勝っていたミネソタが、安定感を持ったのは先発二人を入れてから。

 リリーフは意外と、そこそこいいピッチャーが揃っている。


「右のクルーンと左のハーパーか」

「悪くないピッチャーだよな」

 直史が悪くないと言うのは、本人はそのつもりはなくても、皮肉に聞こえるだろう。

「クルーンは三年、ハーパーは二年の所持期間があるのに、よくもまあ引き出せたもんだ」

「ハーパーの方はサラリーを抑えたかったんだろうな」

 MLBの選手の補強には、どうしても年俸の壁が存在する。

 ミネソタにエースクラスのピッチャーを放出したチームは、ハーパーの場合は格安で手に入れることが出来た。

 彼の高い年俸を、ミネソタが残り払うという条件で。

 クルーンの方はまだFA前だったので、それなりに難航した。

 だが故障して使えない高年俸選手とバーターで、手に入れることに成功した。

 MLBではそういうトレードもあるのだ。


 打線の五人は、最年長が22歳で、最年少が20歳。

 よくもまあこの若さで、メジャーに上がってこれたものだとも思う。

 だが若いからこそ、飢えているということもあるだろう。

 少なくとも直史は、この五人を、甘く見ようとは思わない。

「大阪光陰を思い出すなあ」

「そういえば、あそこもえげつない打線だったな」

 堀、小寺、後藤、大谷、明石、毛利、竹中、初柴といったプロ入り選手が、ゴロゴロと揃っていた。

 ピッチャーも加藤、福島、豊田、真田と超一流クラスが毎年揃っていた。

 あのチームに勝てた白富東の方がむしろ異常なのだ。

 ただあの時期は白富東も、本当に後のプロ入り選手が揃っていた。


 だが大介を抑えた者、そして直史を打った者は、二年の春まで。

 夏にはパーフェクトに抑えて、大介が決勝打を打った。

 彼我の戦力差は、あの時に比べればむしろこちらが上回る。

 ただ問題なのは、直史以外のピッチャーが、ミネソタを抑えられるかということだ。

「抑えなくでも勝負を避ければ、それで勝てるとは思うんだけどな」

 樋口の予想を超えてきそうなバッターは、さすがにブリアンだけだ。

 ただそんなバッターが一人いることが、ミネソタの脅威なのである。




 ディビジョンシリーズを三連勝で共に勝ち抜けたアナハイムとミネソタは、休養期間が四日ある。

 直史はクローザーとして投げたが、短いイニングなら四日あれば休養は充分だ。

 このシリーズチャンピオンシップも、出来れば一度しか投げずに終えたい。

 投げるとしても誰かのリリーフで、相手を抑える程度に投げたい。


 直史が二試合完投する必要があれば、それはアナハイムにとって厳しい状況になるだろう。

 だがなんとか五試合目までには、ミネソタとのカードは決着をつけたい。

 別にそれは傲慢でもなく、ベストコンディションを保つためのものだ。

 五戦目までに決めることが出来れば、中四日が空く。

 四戦目と五戦目を、クローザーとしてでも投げれば、その短いイニングからなら、回復しているはずだ。


 直史は節制を忘れない人間であるが、それでも10代のころに比べれば、自分の体力の限界が分かってきている。

 体力だけではなく、自分の体の耐久力の限界もだ。

 高校とNPBで、体力の限界は分かった。

 あれはむしろ、集中力の限界かとも思ったが、集中力を維持するのにも体力は必要だと思ったのだ。

 去年の場合は、耐久力の限界であった。

 さらに昔のことを言うなら、二年の夏は指の耐久力の限界であった。


 相手のピッチャーの実力は、あくまでピッチャーとしてのもの。

 樋口がリードしているならば、アナハイムの方が優勢だ。

 ただ問題は、相手の打力とこちらの打力。

 破壊力だけならば、ミネソタの方が上である。

 それを認めた上で、どちらが点を取っていくか。


 取られた以上に取れば、その試合には負けない。

 また味方が一点しか取ってくれないなら、それ以下に抑えてしまうのもエースの力だ。

「第一戦はナオで確実に勝つ。第二戦はどうするか。第三戦以降のことを考えるとな……」

 スターンバックとヴィエラが投げれば、おそらくそれで勝つことは出来る。

 ミネソタの打線が強力になって、分析結果を超えていても、それでも樋口の予想の範囲内に収まるはずだ。

 ただあちらも強いピッチャー二人を出してくれば、こちらが無失点で終わるのは難しい。

 もしも五戦目、直史が先発で完投するなら。

 短いイニングではなくフルで投げるなら、四日間では回復しきらないかもしれない。


 移動のことも考えないといけない。

 第五戦で決めたとしても、ミネソタから一度はアナハイムへ。

 そしてまたワールドシリーズ第一戦のため、アナハイムからニューヨークへ。

 ただ試合をしなければ、回復するというものでもないのだ。

「なんとか四戦目までに決めてしまいたいけどな」

「スウィープか。難しいだろうな」

 出来ないとは言わない樋口である。




 二人の目標は、ワールドシリーズである。

 そしてそこで勝つことだ。

 メトロズを抑えるのに、必ず直史には二勝はしてもらわないといけない。

 出来れば武史とは投げあわず、ある程度は楽な状況で。

 武史と投げ合っても、負けるとは思わない。

 だが勝つにしても、どこまで消耗していいかが、直史にとっての課題となるのだ。


 レギュラーシーズン中は、とにかく安定していることが第一であった。

 だが同時にローテがあるため、それが乱れるということも少なかった。

 ポストシーズンではエースクラスのピッチャーは、酷使されるのが当たり前だ。

 直史としても三試合は、丸々完投してもいいと思っている。

 だがそれはワールドシリーズならば、という話だ。


 第一戦から第五戦までには、中四日の時間がある。

 そこで勝負を決めれば、中四日でワールドシリーズが開催。

 どこまで体力が回復しているか、直史自身にも分からない。

 30歳の肉体というのは、そういうものなのだ。


 直史は既に、技術的なことは、おそらく全て習熟している。

 ここから伸び代があるとすれば、あとはバッターとの駆け引き。

 ただそれも大介を抑えるためには、しっかりと駆け引きを行っている。

 どこまで集中して投げられるか、それは脳が糖分不足にならないように、どうにかしないといけない。


 第二戦が終われば、ミネソタへ移動する。

 そこでの三試合で、どうにか勝ち抜いてしまいたい。

 第六戦はアナハイムでまた行うために、移動に一日をかける。

 その第六戦で直史が投げたとしたら、勝てたとしても中二日でワールドシリーズが始まる。

 甲子園の決勝近くともなれば、そういうものもあったものだ。

 だが直史が日程的に無茶をしたのは、高校三年の夏、決勝再試合の連投だけだ。

 あれもたいがい、頭のおかしい壮挙ではあったが。


 ただ直史はプロ一年目で、樋口が故障して出られなかった日本シリーズ、一人で四勝した。

 しかも最後は連戦で、後の試合でパーフェクトをやっている。

 樋口としても、あんなチーム状態で、よく勝てたものだと思う。

 あれこそまさに、エースが勝たせた試合だ。

 だが直史に言わせれば、相手が大介のいるライガースではなかったからこそ、出来たものなのだ。


 二人は色々と考えている。

 だが実際にどうピッチャーを運用するかは、FMなどの首脳陣の判断なのだ。

 もっともピッチングコーチのオリバーはおおよそ直史の話を聞くし、その意見はFMのブライアンにまで通る。

「第二戦目を捨てたいな」

 樋口の出した結論には、直史も頷くのであった。

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