第120話 クローザー
ラッキーズとの第二戦は、アナハイム側はスターンバック、ラッキーズ側はスレイダー。
ピッチャーとしてのレベル自体は、スレイダーの方がやや高いだろうか。
MAXの球速は164km/hも出る、カットボールとツーシーム、そして緩急のためのカーブを使うスレイダー。
ただしコントロールに関しては、微妙なところがあるかもしれない。
ただスターンバックはこの二年、直史のピッチングをずっと見てきた。
微妙なコントロールでスライダーを使い分けるスターンバック。
今年のレギュラーシーズンは、30先発して24勝3敗。
防御率2.10 奪三振204 WHIP0.85
普通の年なら間違いなくサイ・ヤング賞を取っているだろう。
だが今年は何をどうしようと無理であった。
おそらくMLB史上最高のシーズンピッチング。
直史にとっても、NPB時代を含めて、最高のシーズンではあった。
スターンバックも高い奪三振率を誇っているが、打たせて取ることもある程度出来る。
スライダーの投げわけによって、それが可能になっているのだ。
ただどのタイミングでそれを使うかは、キャッチャーのリードによるところが大きい。
クオリティスタートを25試合、そしてそのうちハイクオリティスタートを19試合。
去年はクオリティスタートこそ26試合あったが、ハイクオリティスタートは11試合だった。
ほんのわずかであるがここでも、リリーフへの負担が軽くなっている。
昨日の直史のピッチングで、樋口はラッキーズの情報を最新バージョンへと更新した。
こいつのリードに従っていれば勝てると思われるキャッチャーは、おそらくキャッチャーとしては最大の賛辞を受けていることになるだろう。
ベテランのヴィエラと最盛期のスターンバック。
この二人は明らかに、樋口のリードと戦略の恩恵を受けている。
そしてこの二人に次ぐのが、次代のアナハイムを担うかと思われるレナード。
ガーネットなどはまだ、自分のエゴとの折り合いがついていない。
そんなスターンバックでも先制点を取られるほど、ラッキーズの初回の打線は強力である。
もっともこの打線を相手に、今年はちゃんと勝ち越している。
ただ今日のラッキーズは、ピッチャーがスレイダー。
甘く見ていいものではないと、はっきり分かっている。
だがここのところ、アナハイムは打線がとても攻撃的だ。
一点を奪われた裏の攻撃、先頭のアレクにホームランが出る。
スレイダーは立ち上がりがやや悪く、コントロールがアバウトになる傾向がある。
集中力が乱れた状態で、いきなりそこを狙われたのだ。
それでも100マイルオーバーのストレートをスタンド送りにするあたり、アレクはパワーを増しているというのか。
細く見える割に、体重の重いアレク。
全くスタイルは違うように見えるが、打てるボールは打ってしまうという点で、大介に似ているのだ。
ハイスコアゲームでもなく、ロースコアゲームでもない試合になった。
だがそういったシーソーゲームでは、勝負強いバッターのいるチームが強い。
樋口は出塁を優先し、自分では点を取ろうとしない。
後ろのターナーやシュタイナーに、打点を稼いでもらっている。
下位打線による粘りもあって、ややアナハイムに優位な展開が続いていく。
ただ先発の球数がどちらも100球を超えてくると、継投のタイミングが重要となる。
七回に入って、アナハイムは二点差でリード。
ポストシーズンでは酷使されるエースクラスのピッチャーは、まだ交代しない。
「微妙な点差だな」
「他人事みたいに言うなあ」
直史はまさに、他人事のように言っている。
昨日の試合で完投勝利した直史。
リリーフもするとは言ったが、出来れば今日は避けたほうがいいだろう。
無茶な登板で投げるのは、ワールドシリーズのみにしたい。
ミネソタの補強がどれぐらいのものかで、リーグチャンピオンシップも難易度は変わるだろう。
戦闘民族ではない直史は、勝負には出来るだけ楽をして勝ちたいと思う。
スターンバックの制球が乱れ、ランナーを一人出したところで、アナハイムはピッチャーを交代。
セットアッパーのマクヘイルやルークではなく、クローザーのピアースを出してきた。
なるほど確かにランナーが既にいる場面では、ピアースの方がいいだろう。
実際にこの回、ピアースは無失点で抑える。
この試合で勝っても負けても、明日は移動日で一日休みだ。
回復力の高いリリーフ陣は、ポストシーズンでも酷使される。
序盤に試合が決まってしまったら、潔く捨てるのはレギュラーシーズンと同じ。
それでも一試合の勝利の価値の違いを考えれば、その判断は難しくなる。
二点差の状況から、アナハイムは三点差になる得点を追加した。
ピアースはこのイニングも続投する。
本当にポストシーズンは、ピッチャー使いが荒い。
それでも優勝を目指しているのは間違いない。
2イニングまでは、投げても大丈夫だろう。
そういう判断であるらしいが、ワールドシリーズならともかくディビジョンシリーズで、クローザーのピアースを無理させる必要はあるのか。
2イニングというのが無理の限界なのだろう。
実際に三点差を保ったまま、九回を迎えることが出来た。
アナハイムは最後に、ルークを持ってきた。
一点を取られたものの、そこでラッキーズの逆襲も終了。
これでアナハイムは残り一勝すれば、リーグチャンピオンシップに進めることになる。
もう一つの対決では、ミネソタが同じように二連勝している。
あちらは圧倒的な打力で、大量点を取っている。
もっともピッチャーも三点までに抑えているので、単純に打線だけを警戒するわけにはいかない。
ともあれこれで、あと一勝。
ニューヨークに移動して、アナハイムは三戦目を戦うことになる。
三戦目で決めてほしい。
そしてそのためなら、まさにクローザーをやってもいい。
直史と樋口の一致した見解である。
もしも第五戦にまでもつれこんでしまえば、直史が投げることになるだろう。
するとリーグチャンピオンシップの第一戦までには、一日しか休みがないことになる。
七戦四勝のリーグチャンピオンシップ、直史には二回は投げてもらいたいと、首脳陣も思っている。
そのためには第三戦で、直史をリリーフとして使ってでも、短期決戦で終わらせてしまいたい。
三戦目で決めるなら、直史は中四日でリーグチャンピオンシップの第一戦を投げられる。
それもクローザーとして投げるなら、消耗もそれほど激しくないだろう。
そのあたりもアナハイム首脳陣は考えている。
これにはキャッチャーの樋口も、ミーティングで呼ばれたりしている。
メトロズの試合についても、二人は注意していた。
ミネソタがあっさりと勝っているのも、当然ながら重要であるが、それよりもさらに重要なのが、メトロズの様子だ。
去年は直史が必死で三勝し、ワールドチャンピオンに輝いた。
だがそれでもヴィエラが一勝してくれなければ、優勝は無理だったのだ。
アナハイムは得点力が増大し、ポストシーズン用に強いピッチャーはしっかりそろっている。
だがメトロズとの得点力の差を考えれば、それでも万全の状態とは言いがたい。
メトロズの追加戦力で最も大きなものは、武史である。
ピッチャーの投げ合いになれば、直史でさえやや分が悪いのでは、と思える。
特に勝てたとしても、延長にまでもつれ込んだ場合などだ。
甲子園の時のような無茶はしたくないし、無茶をして倒せる相手とも限らない。
大介は直史は正しく理解し、攻略しようとしているのだ。
だがまずは、ラッキーズを倒すこと。
この第三戦を勝利し、おそらくミネソタとの決戦に向かわなければいけない。
空港で大勢のマスコミが迎えるのは、もう慣れていた。
しかしポストシーズンで、しかも人気球団のラッキーズとなれば、ニューヨークのマスコミは全て集まると言ってもいい。
去年もアナハイムは、ラッキーズと対戦している。
その時はリーグチャンピオンシップでの対戦で、4-0のスウィープでアナハイムが勝利した。
直史、スターンバック、ヴィエラと三勝し、それから四試合目はピッチャーの継投で最後に直史がセーブして終わった。
中五日で休んで、直史はメトロズとの第一戦に登板した。
果たして今年は、どういう結果になるものだろうか。
ラッキースタジアムは超満員であった。
ポストシーズン最多出場、ワールドチャンピオン最多制覇のラッキーズは、先祖代々のラッキーズファンなどというものもいたりする。
ただここのところ、ニューヨークではメトロズファンが増えている。
強くて華のあるチームというのは、それだけ魅力的なものなのだ。
それに歴史も長いと言っていい。
二年連続でポストシーズンスウィープ負けというのは、神が許してもファンが許さない。
もっともファンにも神にも許してもらう必要など、ないと思っているのが直史だ。
あちらさんのファンには気の毒であるが、直史は遠慮などいらないと思っている。
しょせんショーなのだから、楽しめばそれでいいだろう。
ビジターでの試合となるので、アナハイム側からの攻撃。
ここで先制しておけば、試合全体がだいぶ楽になる。
ラッキーズはさすがにエースと言えどハワードを、中二日で投げさせることなどは出来ない。
直史が相手だったのだから、最初から捨ててかかるか、もっと別の運用をするべきだったのだ。
だがそこに、美学というものが存在する。
それを捨てられないのが、MLBというブランドなのだ。
アナハイムは選手全体が、精神的に優位に立っていた。
ラッキーズのピッチャーはハワードやスレイダーに比べると、やや劣る三番手。
そしてメトロズは、ここで先攻を取ることが出来る。
初回の先頭打者であるアレクが、まずはフォアボールで出塁。
ボール球でも打てるコースなら、平気で打ってしまうのがアレクだ。
ただ今日は効率的に、確実性を高めて選択をしていく。
一塁からプレッシャーをかけるアレクに、バッターボックスには樋口。
この一番二番の出塁率の高さは、リーグナンバーワンかもしれない。
二人とも足があるので、安易に歩かせるわけでもいかない。
まして次は、強打者のターナーなのだ。
歩かせるわけにはいかないが、樋口もOPS0.8を超える好打者。
慎重にと思って投げた低めの球を、上手く掬われてしまった。
あわやホームランかと思われた打球は、フェンス上部に当たって落ちる。
追いかけた外野の処理が早かったため、アレクがホームに帰ってくるのは不可能であった。
しかしこれで、ノーアウト二三塁。
バッターボックスにチームナンバーワンのOPSを誇るターナーが入る。
あるいは歩かせるべきか、という判断もあるだろう。
下手に勝負をしてホームランなど打たれては、一気に三点差だ。
アナハイムの先発ヴィエラは、今年故障がちで20先発しかしていないが、16勝0敗。
何かを持っている、と思われても不思議ではない。
まだ初回の攻防なのだから、ここは勝負していくべきだろう。
ヴィエラはいいピッチャーであるが、完投する能力はもうない。
ここで打たれたとしても、まだまだ取り返せる。
そう思って勝負したのは安易であったろう。
初球を打ったターナーの打球は、センターが後退してなんとかキャッチ。
だがそれはアレクがタッチアップで帰ってくるには、充分な距離であった。
まだたったの一点。
だがポストシーズンでは、その一点の価値が高い。
一回の表のアナハイムは、ターナーに続いてシュタイナーも犠牲フライを打って、二点を先取した。
ヒットは樋口の一本だけで、二点が入ったわけである。
実力がほぼ同じか、あるいは上回るアナハイム。
初回の二点というのは、かなり試合を優位に進められる条件なのだ。
ヴィエラは今年、レギュラーシーズンで負けがない。
防御率はスターンバックの方が上だし、奪三振能力も劣る。
だがそれでも黒星が一つもないあたり、本当に持っているシーズンだと言えよう。
今年で契約が切れて、FAになるヴィエラ。
成績だけを見たら、来年も契約したいというチームは多いだろう。
ただアナハイムとしては、年齢と故障を理由に、来シーズンは契約をしないつもりである。
元々35歳のヴィエラとしては、ここから長期の大型契約を結ぶのは難しい。
故障したことも契約においては、リスクの一つとなるだろう。
それでもエース級であることは間違いないし、どこかのチームとは契約出来るだろう。
ポストシーズンで勝つことも、良い契約を得るためには必要なことだ。
だが変に気負うこともなく、安定した立ち上がりを見せる。
二回の裏にはソロホームランを打たれたが、それを引きずらない。
アナハイムは三回にも、追加点を取った。
これで3-1となって、アナハイム有利のままに、この試合も進んでいく。
チーム全体の安定感が、アナハイムの方がはるかに上なのだ。
その流れを突き破るための、圧倒的な何かがラッキーズには足りていない。
「井口もよく打ったよな」
直史が言及するのは、この日はラッキーズの五番に入っている井口だ。
先ほどのホームランで、少しアナハイムの流れを淀ませようとした。
「先手を次々に打っていくのが、重要なことだからな」
樋口は冷静に、ヴィエラの調子とラッキーズ打線を、正しく評価していく。
アナハイムはピッチャーのチームだと思われている。
ある程度は間違いないのだが、リリーフが微妙なのは確かだ。
なので先発が投げている間に、打線が充分な点差をつけるのが望ましい。
もちろんそんな都合のいい展開が、全てにおいてなされるわけではないが。
ヴィエラはこの試合、打たせて取ることをピッチングの要諦としている。
元々そういうスタイルであるし、ラッキーズは振り回してくる打線だ。
六回までを三点、出来れば七回までを二点。
そこまでに抑えれば、あとはリリーフと打線の仕事だ。
割り切っているヴィエラは、七回までを二失点に抑えることに成功する。
ただアナハイムは追加点がなく、点数は3-2とわずか一点差。
それでもアナハイム側に動揺が見られなかったのは、リリーフ陣への信頼による。
勝ちパターンの三人に加えて、直史がブルペンに入っている。
そしてマクヘイルと共に、肩を作り始めていたのだ。
去年の悪夢が甦る。
一点差にまで迫りながらも、結局はその一点が遠かった。
先発で完投してから中二日というのは、それなりに苦しいように思える。
だがその先発というのが、90球程度しか投げていなかったのだ。
八回にどうにか追いつく。
そう考えていたラッキーズであったが、八回の裏のマウンドに立ったのは、マクヘイルではなく直史であった。
直史のクローザーとしての能力は、少しでも情報を集めれば、普通に分かるものである。
もう10年以上も昔、ワールドカップのU-18においては、直史は12イニングをクローザーとして無失点どころかパーフェクトに抑えた。
そしてプロ入り以降も、わずかながらそういったデータがある。
そもそもクローザー適性以前の問題で、今年のレギュラーシーズン全勝の男なのだ。
32勝もしたピッチャーが、2イニングを投げられないと思えるのか?
それはむしろ愚かな問いである。
八回を直史は、普段よりはややストレートが多めの、内角に投げてきた。
だがそのボールはほんのわずかに変化していて、ファーストゴロとサードゴロで打ち取れる。
ピッチャーフライは左右を制して、自らが捕ってスリーアウト。
三振を一つも奪っていないが、もう打てる気がしない。
そしてここで、ラッキーズはもう、戦意を失ったといっていいだろう。
九回の表、エラーからの連打により、二点が追加。
5-2という三点差は、直史がクローザーでなくても、充分に安全圏だ。
だがアナハイムはそのまま、直史を最終回のマウンドに送る。
これぞまさに、確実性というものだ。
直史は無表情で、マウンドの上でバッターを待っていた。
三点差を、逆転することが出来るのか。
出来るのが野球というスポーツであるが、そんな原理を誰も語ろうとはしない。
直史から三点を奪うなど、9イニングかけても無理なことである。
それはただの事実だ。諦めではない。
ラッキーズのシーズンは終わった。
それでもバッターたちは、自分の評価のために、最後まで諦めない。
(最後まで油断せず、力任せにならないように)
直史はむしろ球数をかけて、ラッキーズを三者凡退に打ち取る。
八回から続いた、アウトカウント。
三振で奪ったものは一つもなかった。
スウィープでアナハイムは、ディビジョンシリーズを制した。
そして同じくスウィープで、勝ちあがってきたミネソタとの対戦が実現した。
去年は五勝一敗とレギュラーシーズンで優勢であったミネソタは、そのシーズン後半から、若手が活躍を始めた。
今年はスプリングトレーニングから好調で、レギュラーシーズンに入っても、それが続いた。
アナハイムはミネソタに対して、三勝四敗と負け越している。
スターンバック、ヴィエラ、レナードといった今年の主戦力となったピッチャーから、それなりに点を取っている。
直史が今年、レギュラーシーズンの中で、唯一点を取られた相手である。
もっともローテをずらしてでも対戦した二戦目は、完封に抑えているが。
ナ・リーグの方は、少し時間がかかっている。
それを別としても、試合日程は既に決まっている。
中四日の休みがあり、それからアナハイムでリーグチャンピオンシップシリーズが始まる。
七戦して先に、四勝したほうがワールドシリーズに進出する。
去年はここで、ラッキーズと対戦してスウィープであったのだ。
ラッキーズとしては去年と同じく、スウィープされてフラストレーションがたまったことだろう。
だがアナハイムとしては、そんなことは全く関係ない。
ラッキーズのことなど勝利した瞬間には忘れ、ミネソタ対策を考える。
とりあえず第一戦の先発は、直史が投げる。
他のピッチャーでどう勝つかが、ここでは問題となってくるだろう。
さすがに直史ほどではないが、スターンバックやヴィエラと同等、あるいは上回るピッチャーを二人、今のミネソタは有している。
それはアナハイムとのカードが終わってからトレードで獲得したものなので、アナハイムは経験から考えるのが難しい。
ただ負け越した相手が、より強化されている。
その事実だけは確かだ。
このカードで重要になるのは、あるいはリリーフになるのか。
そしてミネソタが点を取る以上に、アナハイムが点を取らなければいけない。
直史としてはここでは、二試合にしか投げたくない。
もしも三戦目の登板が回ってくれば、そこではかなり消耗して、三勝目を上げなければいけなくなる。
ワールドシリーズでは、メトロズが上がってくると想定していた方がいい。
メトロズ打線を相手に、どれだけの状態で対決することが出来るか。
「ブリアンは状況によったら敬遠だな」
「お前がいいなら、それでいいけど」
効率を重視する直史は、強打者との対決になど、全く興味を抱いていなかった。
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