第118話 神域
レギュラーシーズンが終わった。
ナ・リーグ最強のチームと、ア・リーグ最強のチームが、ワールドシリーズで戦う。
まだポストシーズンが始まったばかりなのに、気の早い人間たちは、ワールドシリーズの対戦を楽しみにしている。
去年も100年に一度の激戦であったが、今年は101年に一度の激戦だ。
来年は去年にも劣らぬ激戦、などとボージョレヌーボーの宣伝文句のような、訳の分からないものになっていくのかもしれない。
ア・リーグのポストシーズン進出チーム。
第一シード アナハイム・ガーディアンズ
第二シード ミネソタ・ダブルズ
第三シード ボストン・デッドソックス
第四シード クリーブランド・ネイティブズ
第五シード ニューヨーク・ラッキーズ
第六シード ヒューストン・アストロノーツ
このうちアナハイムとミネソタは、ディビジョンシリーズ進出が決まっている。
第三シードのボストンと第六シードのヒューストンが対決し、第四シードのクリーブランドと第五シードのラッキーズが対戦する。
前者の勝者はミネソタと、後者の勝者がアナハイムと対戦する。
「去年もラッキーズとは戦ってるけどな」
直史はそう言うが、去年の対戦はリーグチャンピオンシップでの対戦であった。
ア・リーグは今年、アナハイムが完全に独走し、ミネソタが例年ならトップの勝率で駆け抜けた。
ミネソタも60%オーバーという、MLBにおいては充分な勝率を誇っていた。
だが同じ年にアナハイムがいたというのが、致命的な、運命的な不幸とでも言おうか。
ただレギュラーシーズンでの対戦を見れば、アナハイムにとっても難敵だ。
そして対戦カードが終わった後に、明らかな補強をしている。
アナハイムがミネソタに勝てるのか。
圧倒的なミネソタの打線は、アナハイムよりも潜在的な得点力は上かもしれない。
ただ若い選手が多いため、経験豊かなアナハイムのピッチャー数人には、抑えられてしまう可能性がある。
もっとも先に気をつけるべきは、クリーブランドかラッキーズとの対戦だ。
だがここはラッキーズが勝つだろうな、と言われている。
ア・リーグ東地区は今年、ナ・リーグ西地区と並んで、最も激戦の多い地区だったと言われている。
ボストン、ラッキーズ、トロントにタンパベイと、5チームのうち4チームが勝率五割を超えているのだ。
星の削り合いがなければ、第四シードになっていただろう。
誰もがそう言っているし、直史も否定はしない。
ポストシーズンは開始されたが、アナハイムは待つ身である。
その間に直史は、インタビューを受けることがある。
だが球団の広報から取次ぎを受けたものだけで、直接マスコミの記者からは、完全に距離を置いていた。
単純な話で急に来られても、通訳がその場にいるとは限らないのだ。
改めてマスコミは、この壮挙と言おうかなんと言おうか、人間離れしているだけではなく、もはや神の領域の成績を紹介する。
32先発32勝0敗。
登板した試合は全て先発で、そして全て勝利した。
この時点で狂った数字ではあるが、さらにおかしな数字がいくらでもある。
32完投31完封。
先発した試合を全て投げきって、しかも点を取られた試合が一度しかない。
前年自分の記録したシーズン完封数を、翌年に抜いてしまった。
普通ならピッチャーというのは、対戦回数が増えるたびに、打たれやすくなるのだ。
それがいくらMLBはチームが多いと言っても、ここまで全く打たれないというのは、完全な異常である。もっと言えば奇跡だ。
292イニングを投げて、330奪三振。
面白いことに去年より投げたイニングは18回増えている。
だが奪三振の数は、丁度同じであった。
奪三振率は微妙なのかと言われれば、これも10.17と先発投手の中では三位。
失点したのはホームランの一本のみで、フォアボールは一つもなかった。
WHIPは0.15とNPB時代も含めて最高の数字。
七試合投げてようやく、エラー以外では一人のランナーが出るかどうか。
エラーを含めても出塁したのが57人だけ。
32試合に投げて、全て完投しているのに、だ。
パーフェクトピッチング達成が六回。
ノーヒットノーラン達成が三回。
マダックス達成が27回。うちサトーと呼ばれる基準が四回。
武史を相手にした試合と、本多を相手にした試合では、1-0で勝利している。
こんな無茶な記録は、おそらく今後は出ないことだろう。
それこそ数百年後、宇宙人との交流が進み、その中からとんでもない選手が現れるとか、そういった時代にでもならなければ。
マスコミは直史のことを、神か悪魔か宇宙人、などと呼んでいる。
別に他の人間にも、出来ることしかしていないと直史は思うのだ。
確かにそうかもしれないが、他の選手が出来る最大限のことを、いくつも集めているのが直史のピッチングである。
様々な変化球を使いすぎて、どうして故障しないのか。
出力よりもむしろ、その耐久性が一番の謎だ。
NPB時代も含めて、不調になった試合が一度もないのではないか。
実際のところ直史は、不調な試合はそれなりにある。
単純に不調であっても、抑えることは出来るというだけで。
フィジカルに頼ったピッチングではなく、コントロールとインテリジェンス。
組み立てて裏を書けば、今の直史なら打ち取る選択肢は無数に増える。
今年のアナハイムが強くなった理由には、もちろん新戦力の加入もあった。
ピッチャーはまだ、レナードが育ってきたかなと思えるぐらい。
それでも一年を通してほぼローテを守り、28先発で20勝4敗。
スターンバックが30先発で24勝3敗、ヴィエラが故障で離脱はあったものの20先発で16勝0敗と、これまた無敗で一年間を投げた。
故障したことはともかく、この安定感によって、オフにはまたいい契約が取れるであろう。
スターンバックは言うまでもない。
アナハイムがメトロズに追いつけなかったのは、結局五枚目のピッチャーと六枚目のピッチャーが、安定していなかったことによるだろう。
それでもガーネットは6勝4敗と、来年につなぐ希望は見えていた。
あと一枚先発にもリリーフにも使えるような選手がいれば。
だが八月から入って5勝2敗のリッチモンドと再契約する可能性は、かなり低いだろう。
直史との三年契約の最終年なのだ。
樋口はある程度いい素材を見繕って、首脳陣には告げてある。
そこからどれだけの才能が伸びてくるのか。
ただ今年はピッチャーよりも、野手の方に新戦力が多かったと言えるか。
坂本もキャッチャーとして、またバッターとして悪くはなかったが、樋口の成績が良すぎた。
打率が三割を超え、ホームランと盗塁が20個を超え、打点も100近くに至っている。
打率、出塁率、OPS、そして盗塁と打点は、ア・リーグのキャッチャーの中ではナンバーワン。
本人としては盗塁は、もう少し増やすことは出来たと思っている。
ただ故障の可能性を考えて、あえて減らしていったのだ。これは首脳陣の指示もある。
だが走れるキャッチャーという不思議なものを見たMLBは、これからキャッチャーにも機動力を求めていくかもしれない。
コリジョンルールでホームベースへのライン上に位置できなくなったので、キャッチャーでもクイックネスは必要なのだ。
樋口の総合力は、間違いなくオールMLBレベルである。
またさりげにアレクは、リーグ最多安打を記録していた。
打率も高かったが、さすがにブリアンが四割近くでフィニッシュしたので、これは三位にまでしか伸びなかった。
だがテキサス時代よりも、出塁率にこだわってみた。
二番に樋口、三番にターナーがいたので、自分一人でチャンスを作る必要はない。
それでも先頭打者ながら、二桁のホームランは記録していたが。
なお盗塁は30個を超えていた。
本当はもっと走れたのだが、走ってもどうせ樋口やターナーが敬遠されるだけと思う状況が多かったので、これはあまり伸びなかった。
ターナーと合わせてオールMLBチームに、この三人は選ばれるのではないかと言われている。
少なくともセカンドチームに選ばれることは確定であろう。
ピッチャーは直史が選ばれるのも、これまた決まったようなもの。
ただアナハイムは微妙に、スタープレイヤー以外は堅実な中堅で固めてある。
二遊間の選手が守備力特化であるのも、その一つだろう。
とにかく上位打線で、点が取れる一年間だったのだ。
去年のアナハイムよりは、実は失点は増えている。
だがこれはヴィエラの離脱や、若手の成長に重点を置いたことが大きい。
レナードの成績は11勝5敗から一気に上がっている。
それを思えばやはり、勝てるピッチャーはより勝っているのだ。
ポストシーズンに突入し、ディビジョンシリーズを考える。
対戦するのはクリーブランドか、それともラッキーズか。
今年の対戦成績は、どちらを相手にしても5勝2敗。
戦力はラッキーズの方が上だ。クリーブランドはシーズン終盤で怪我人を出している。
ポストシーズンまでに間に合わなかったので、ラッキーズになる可能性は高い。
去年もリーグチャンピオンシップで対戦したが、今年も対決するのか。
だが去年よりはやや、戦力は落ちているはずだ。
今年で大型契約の終わる選手が数人いるので、FAになった選手を取りにいくだろう。
するとまた来年は、ラッキーズは強くなる可能性はある。
そしてリーグチャンピオンシップだ。
ボストン、ヒューストン、ミネソタのどこが勝ち上がるのか。
おそらくここは、ミネソタになる。
そもそも勝率が高いということもあるが、ボストンとヒューストンは最初の対決で、お互いにピッチャーを削りあうはずだ。
勝った勢いでミネソタに挑むかもしれないが、ミネソタの得点力はア・リーグではナンバーワン。
二冠王に輝いたブリアン以外にも、優れたバッターが複数存在する。
ボストンもヒューストンも、それを止められるとは思えない。
アナハイムと戦ってからミネソタは、さらに補強をしているのだ。
そのミネソタを相手に、アナハイムは勝てることが出来るのか。
実のところ単に勝つだけなら、それほど問題はないと思われる。
ただ考えなければいけないのは、その後にワールドシリーズが控えているということ。
直史は消耗せずに、ワールドシリーズにたどり着かなければいけない。
そこで三試合投げるために。
もちろんアナハイムも打線の力が上昇しているため、殴り合いでも勝てる可能性は高い。
ただ武史からそう何点も取れるかと問われると、さすがに疑問符が付く。
武史の防御率は、0.33なのだ。
三試合でようやく、一点取れるかどうかというレベル。
武史のボールに慣れた樋口や、速球に強い三番四番がいても、やはり確実に打てるとは思えない。
そして敵になってようやく厄介さに気付く。
いや、直史の影に隠れていただけで、ずっと武史はとんでもないピッチャーであったのだ。
同時代に同じパワーピッチャーの、上杉がいたために目立たなかっただけで。
ミネソタから効率よく勝つためには、ピッチャーをどう運用するかが重要になる。
最終第七戦にまでもつれこんだら、また直史が投げるのか。
直史が二試合投げて勝つのは構わない。
だが他のピッチャーで、二勝はしてほしい。
去年はスウィープでワールドシリーズまで到達し、温存できたからこそメトロズに勝てたとも言える。
逆にメトロズの方も、ピッチャーは温存したいだろう。
打線が奮戦し、どれだけピッチャーに楽をさせることが出来るか。
それがワールドシリーズで、全力で戦うための前提条件になるのだろう。
ポストシーズンの第一段階が始まる。
第三シードと第六シード、第四シードと第五シードの対戦だ。
直史はこれを見ながらも、ナ・リーグの方の状況の推移も見ていた。
去年は故障者が多くて早々にコンテンダーとしては諦めたボストンだったが、上杉を放出したことでメトロズからプロスペクトの補充をしていた。
今年はさすがにまだそこまでの活躍はしていないが、故障から復帰した選手と、FAで獲得した選手によって、確実に強くなっている。
戦乱のア・リーグ東地区と言われた地区を、優勝しただけのことはある。
ヒューストンは第一戦で主力に故障者が出たという不運もあいまって、一試合だけを勝ったがボストンが勝利。
このボストンとミネソタの勝者が、アナハイムが勝ちあがれば対戦する相手となる。
ディビジョンシリーズでアナハイムが対戦する相手は、順当にラッキーズに決まった。
こちらもクリーブランドは、シーズン終盤で故障者が出ていたため、その分の戦力が足らなかったと言っていい。
よってラッキーズとは五試合戦い、先に三勝したほうが、リーグチャンピオンシップへと進む。
アナハイムにとっては、戦力はほとんど分析しきった相手だ。
ナ・リーグの方でも試合は進む。
セントルイスとアトランタとの対戦も、怪我が祟った。
レギュラーシーズン終盤にアトランタはピッチャーが一人負傷していたため、そこでわずかに差が付いた。
セントルイスとトローリーズが、リーグチャンピオンシップ進出のため、対戦することになる。
そしてメトロズの対戦相手も決まった。
元々勝率だけならリーグ三位であったサンフランシスコ。
ピッチャーが良くなければポストシーズンは勝ち進めないと言われているが、サンフランシスコもピッチャーが弱いわけではない。
平均よりもっや上のピッチャーを、打線が援護する。
これと対戦しなければいけないのだから、メトロズは大変である。
それでもナ・リーグから出てくるのは、メトロズとトローリーズ。
そしてそこからメトロズが勝ってくるだろうと思われた。
今年のメトロズには武史がいる。
大事なところでやらかすが、本当に大事なところでは絶対にやらかさない。
直史は弟のことを、そういう存在だと思っていた。
サンフランシスコ相手に五戦し、先に三勝すればリーグチャンピオンシップへ。
セントルイスは今年はいまいち影が薄かったが、それはメトロズはもちろん、トローリーズやサンフランシスコから、勝ち星を奪われていたからであった。
結局去年と、ほとんど変わらないようなポストシーズンになるのか。
万が一ジャイアントキリングがあるとしたら、ミネソタの躍進だろうか。
ここからが本当の地獄である。
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