第114話 常勝

※ 本日はややNL編が時系列は先になっています。



×××



 テキサスからオークランドに移動して、アウェイのゲーム三連戦が始まる。

 メトロズとのゲーム差は1縮まっているが、それでもまだ4ゲーム差。

 アナハイムはこの先、ヒューストンとシアトル、そしてブラックソックスとの試合が残っている。

 最大戦力で戦えば、間違いなく勝てる……と言えるかもしれない。

 だがローテの弱いところに当たれば、それなりに負ける。


 メトロズとの直接対決を思い出せばいい。

 レナードとウィッツ、マクダイスとオットーでは、明らかにメトロズの方がピッチャーは強かった。

 そして直史と武史は、事実上は引き分け。

 もっとも直史がその後のローテを崩さず、武史が少し休んだことを考えれば、レギュラーシーズンの戦いとしては、直史の勝利だと言える。


 さらなる真実を言うなら、直史だけが勝っても、その試合にだけ勝っても、最終的に優勝しなければ意味がない。

 実際は負けてもなお、強いところを見せて勝負になれば、それは興行として成功である。

 だが直史の場合は完全に、勝つためだけのピッチングをしている。

 相手の打線には全く点を取らせないし、なんならヒットすら数本しか打たせない。

 よく言われるのは、直史のピッチングは、モニターの方が見やすいというものだ。

 もちろん歴史的な試合になることを期待して、観客は訪れる。

 ただもう普通にマダックスをしただけだと、あまり喜ばれもしない。

 むしろマダックス出来なかった場合、今日は珍しいものが見れたな、という話になってしまったりする。


 希少価値が逆転している。

 人工真珠の作り方が分かって、真珠の価値が暴落したようなものだろうか。

 おそらく違う。いや、絶対に違う。

 かつては松茸など、シメジよりもありきたりな安い食材だったということか、

 いやいや、そんなわけもないだろう。


 今日は調子が悪かったですか?

 普通にマダックスをしていて、調子が悪いはずもないだろう。

 パーフェクトを達成している回数と、マダックスを達成している回数を比べてみろ。

 普段どおりのピッチングをしているではないか。

 ……普段どおりとは?




 オークランドとの三連戦は、ピッチャーの弱いところと当たったというのもあるが、意外なことに苦戦した。

 もはやポストシーズンには進出出来ないことは決定し、下位5チームの中に入るのはほぼ決定したオークランド。

 ドラフトでの順番もこれであとは運次第になるので、あえて負ける必要はなくなったのだ。

 するとFMとしても勝つために、全力で采配を振るうことになる。

 選手にしてもチームのことはともかく、自分の成績を上げることは重要だ。

 まだFAを取っていない選手にしても、年俸調停の範囲内で高い年俸をもらうことが出来る。

 そしてFAが近い選手であれば、それこそFAになった時の価値が、完全に変わってくるのだ。


 もっともオークランドの場合、FAまでの期間が迫ってくれば、トレートなどで売り払ってしまうことが少なくないが。

 弱いチームだけに、新しい戦力にチャンスがある。

 そしてその新しい戦力が揃ったタイミングで、ポストシーズンに進むための補強をさらにする。

 オークランドは元々、歴史のあるチームではあるし、ワールドチャンピオンになった回数も多い。

 だが今は間違いなく弱小だ。


 そんなオークランド相手に、二勝一敗。

 普段はあまり使わないピッチャーを、ビハインド展開のリリーフとして使うこともある。

 メトロズが失敗してくれない限りは、もうアナハイムが勝率で上回ることはない。

 そして得点力の高いメトロズは、平均的なピッチャーが投げれば、それだけで充分に勝てるのだ。


 翌日は休養日を使って、シアトルへと移動する。

 ここでは第一戦に、直史が投げてくる。

 シアトルのローテーションのカードも発表されているが、明らかに直史相手には強いピッチャーを当ててこない。

 他のピッチャーをどう攻略して、少しでも勝ち星を得るか。

 それとヒューストンとの直接対決において、どうやって勝率を稼ぐか。


 現時点で明らかなのは、ア・リーグ西地区からポストシーズンに進めるのは、二位のチームだけ。

 お互いにヒューストンとシアトルは潰し合いがあるため、どう星を分け合っても三位は出場できない。

 可能性としては東地区から、3チーム出てくることもある。

 だがそれはあくまで可能性であって、現実的には東地区も、2チームの進出が限界であろう。

 そして中地区からも、ミネソタともう1チーム。

 去年と同じように、地区優勝チームと二位チームが、ポストシーズンに進んできそうなのだ。


 現実的に考えれば、ア・リーグの一位はアナハイムで、二位がミネソタになる。

 そして三位はボストンかラッキーズ。

 第四シードはボストンかラッキーズで、第五シードがヒューストン。

 最後の六番目が、おそらくはブラックソックス。

 ただここはトロントが出てくる可能性もわずかながら残っている。

 東地区から三チームが出てくるのだ。


 ミネソタは確かに、一試合だけだがアナハイムに勝ち越している。

 打撃力による援護で、ピッチャーの弱さを補っているのだ。

 もっともポストシーズンで勝つには、必ず先発とリリーフを揃えておかないといけない。

 ミネソタはそのあたり、トレードなどで必死にピッチャーをそろえた。


 ただし今年よりも、来年を見据えた戦力強化だろう。

 契約年数が二年以上残っている選手を、他のチームから引き抜いたのだ。

 おかげでプロスペクトは流出し、再来年以降のチーム編成は難しくなるだろう。

 それでも優勝を狙えるほどに、ミネソタは充実しているということか。

 確かに直史は二つとも勝ったが、片方の試合ではホームランを打たれている。

 そしてスターンバックとヴィエラの投げた試合でも、敗北しているのだ。

 今年はともかく来年以降、アナハイムの戦力がどうなるのか。

 直史としては気にかかるが、プロとしての最後の年、ワールドシリーズに進出出来なければ困る。




 初回の表にアナハイムは、シアトルからまずは二点を先取。

 その裏のシアトルは、先頭打者が織田。

 直史としては手強いという以上に、厄介な敵だ。

 直史の目的とする、消耗を少なくした状態でポストシーズンに出る。

 そう考えると織田のような選手は、打たせるのも走らせるのも面倒だ。


 前回の試合から、中四日で直史は登板している。

 休養日の都合で、こうしないと中六日になってしまっていたからだ。

 だが本当ならばこの時期、中六日でエースを休ませるのはおかしくはない。

 それなのに直史に、中四日で投げさせる。

 また中四日は、最終戦でも行われる。


 32試合に登板する予定で、直史のスケジュールは組まれている。

 常識的に考えれば、メトロズに追いつくための行動以外に、この間隔で登板する意味はない。

 だがメトロズとのゲーム差を考えれば、ここで無理をして故障のリスクを増すよりは、もうホームのアドバンテージを捨ててでも、調整にかかるべきだろう。

 実際に去年はアドバンテージを持たなかったものの、アナハイムが最終的には勝利した。

 それでも今年、直史をギリギリまで使う理由。

 勝率によるアドバンテージで、シードが取れるので、休めるということもある。

 直史がそれぐらい投げても、全く問題ないと思っているということもある。

 しかし最大の理由は、首脳陣さえもがそれを見てみたいからだ。


 去年の直史は、確かに無敗であった。

 だが先発した試合の全てに、勝利したというわけではない。

 後続に任せて、逆転負けというものがあるのだ。

 それに何より、どこまでこのピッチャーが投げられるのか、首脳陣が見たがっている。

 直史としてはもう少し余裕を持ちたいが、投げることの限界が近いわけでもない。

 ならばしっかりと、その力を見せ付けるというのも、悪いことではない。


 シアトルのバッターは、既に戦う前から、げんなりと諦め顔の者もいる。

 ただし先頭打者の織田は、まだ何も諦めていない。

 粘った末にサードゴロに倒れたが、こういった粘りが直史としては一番大変だ。

 少しずつでも削っていくというのが、本当なら直史にとっては有効な手段なのだ。

 ヒット性に出来るボールであっても、あえてカットしてファールにする。

 その先に三振を奪わせるような、強力なボールを投げさせる。

 そうやって少しでも疲労を蓄積させれば、シーズン全体を通してならば、どこかで不調になる可能性もあった。

 来年からはひょっとしたら、対戦する全てのチームが連携して、球数を投げさせてくるかもしれない。

 さすがに考えたくないことである。


 初回は三者凡退で終わらせたが、15球も投げさせられた。

 もっともそのうちの半分以上は、織田の粘った数字である。

 直史のボールは球速の絶対値が高くない。

 なので内と外、緩急を考えなければ、三振を奪うことは難しい。

(ボール球を上手く使わないとな)

「ボール球を振らせるか」

 直史の思考と樋口の提案が、全く同じものであった。




 アナハイムは絶対的な強者であろうか。

 確かに強いのだが、弱点とまでは言わなくても、ストロングポイントではない部分もある。

 下位打線の得点力、リリーフピッチャーの確実性、そういったところは補強がしきれていない。

 ただ全てのポジションを、完全に埋めることも難しい。

 上位打線でしっかりと点を取り、その点を守るために守備重視の先取も使う。

 これによってアナハイムは、直史だけではなく他のピッチャーも、防御率が悪化しないようにしている。


 アレクが加わりピッチャーも新戦力が台頭し、樋口がそれを育てている。

 結果的には去年よりも、さらに強いチームになっている。

 ならば勝率でそれを上回る、メトロズはもっと強いチームなのか。

 そうとも言えないのが、野球の面白いところだ。


 安定して強いチームと、爆発的に強いチーム。

 前者の方がレギュラーシーズンでは上だが、ポストシーズンには後者の爆発力が必要になる。

 ただ爆発力という点で、メトロズが下だとも言えない。

 去年はいなかった、絶対的なスーパーエースがいる。

 それが兄弟対決となるというのは、なんとも運命の皮肉であろうが。


 ただこれは運命ではなく、魔女の姦計であろう。

 恐ろしいのは直史さえもが、この展開をむしろ望んでいたことだ。

 それに対決を見つめる者は、とてもとてもとても楽しい体験をするに違いない。

 伝説に残るようなワールドシリーズを、今年も導くのか。

 もっともそのためには、去年よりも少しだけ、ポストシーズンが厳しい。

 実力どおりに上がってきたら、ミネソタとの対決が前座として待っている。


 シアトルとも当然ながら、ミネソタは対戦している。

 その勝敗はおおよそ内容的に、五分といったところだろう。

 この目の前のシアトルを、確実に倒すこと。

 それが今のアナハイムに求められていることだ。


 エラーが出て、パーフェクトは途切れる。

 シアトルのホームであるのに、スタンドからは残念そうなため息が漏れた。

 ただエラーといってもイレギュラーなどで、仕方のない部分はある。

 この試合はもう一つ、送球ミスによるエラーで、ランナーがもう一人出ることになった。


 ランナーを置いたピッチングに関しては、直史も苦心しているものだ。

 変化球を主体で使う直史は、カーブやチェンジアップを落とすなら、さすがに樋口もコンマ数秒、送球が遅れることは分かっている。

 だがそれを分かっていてもなお、直史はカーブを使って、カウントを取る。

 今のは打てたのに、とバッターに思わせることが目的だ。

 そして結局はホームを踏むことはない。

 ただ今日の試合の課題は、球数がやや多くなってしまったことだ。




 九回を完投し、108球でエラーが二つ。

 ノーヒットノーランを達成していたが、100球以内に収まっていない。

 もちろんベンチに戻ってきた直史は、全く疲れた様子は見せていなかった。

 パワーではなくコンビネーションで打ち取る。

 三振を五つしか奪わなかったのに、内野を抜けるようなヒットがなかった。

 フライを打たせた数も少なく、ほとんどがゴロアウト。

 本来の直史のピッチングスタイルと言ってもいい。


 直史が悩むのは、むしろ自軍の得点の方であった。

 一年目はそれほど感じなかったが、やはり二年目には自分の登板の時、援護点が少なくなる。

 スーパーエースの投げる時は、打線も遠慮をすると言うか、守備に意識を向かわせてしまうことがあると言うか。

 直史の投げるスタイルは、凪ぎをもたらすようなものだ。

 相手の攻撃は完全に封じるが、自軍の打線もある程度鎮めてしまう。

 これがパワーピッチャーの力投ならば、それに応えようという打線の心意気が見えるのであるが。


 第二戦はスターンバックが、今季二度目の完投を果たした。

 この時期に直史以外のピッチャーが、これほどの結果を出す。

 失点もたったの一点で、かなり士気が上がっている。

 調整として投げるために、あえて全力を出したといったところか。

 残りのシーズンを考えるに、ここいらで全力を出しておくのは、調整としてもおかしくない。

 もちろん少しでも違和感があれば、交代を申し出ていたであろう。


 逆に第三戦のヴィエラは、ベテランらしく六回までを投げた。

 その後のリリーフが打たれて、勝ち星は消えてしまう。

 リリーフがやや弱い、というアナハイムの弱点は、結局直っていない。

 ただリッチモンドを獲得したことで、直史以外のローテのピッチャーは、楽に投げられることになったのは確かだ。

 直史一人には、全く恩恵がないが。


 こうやってアナハイムが負けても、メトロズもわずかに負けている。

 レギュラーシーズン終盤になると、選手の疲労や温存、そして調整も考えていかなくてはいけない。

 残っている試合を、直史は確認する。

 その中で自分がかなり力を入れないといけないと思うのは、やはりヒューストンとの対戦。

 相手の先発予定は、蓮池となるはずである。


 少し前にインターリーグの対決で、ヒューストンはメトロズと対戦していた。

 結果としてはメトロズが二勝一敗であったのだが、試合内容ではそれほどの差はないように思える。

 他にブラックソックス、そしてシアトル。

 直史は油断はしていないが、そもそも油断の出来ない精神構造をしているが、それでも力の入れ具合は調整する。

「やっと終わりが見えてきたな」

 樋口などはそう言うが、それは間違っている。

「実際はここからがクライマックスシリーズ扱いなんだけどな」

 直史は今年、去年ほどは楽に勝てないだろうな、とは思っている。

 ミネソタの打線は、トレードデッドラインでピッチャーを補強してから、より攻撃力を高めているように思える。

 アナハイムの投手陣でそれをどの程度抑え、そして打線はどれだけ援護が出来るのか。

「打つことだけは出来ないからなあ」

 自分の力の及ばないところで、決着がついてしまう。

 それはとても気に食わないことであるし、樋口としては直史の手の届かないところで、白富東を破ったという自覚がある。


 144戦目、ヒューストンとの三連戦が始まる。

 このカードの結果次第では、ア・リーグ西地区のポストシーズン進出チームが決まる、重要なカードになるはずであった。

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