第113話 最強の個

 テキサスとのカードは、スターンバック、ヴィエラ、直史の最強の三人が当たる。

 既に103勝しているアナハイムは、常識的に考えて手を抜いても、地区優勝までは決まっている。

 またシードにしても、第二シードまでは決まっている。ア・リーグ東地区は星の潰し合いが多く、そこまで突出した勝率で優勝できないからだ。

 なのでここで選手たちに求められるのは、故障をしないこと。

 しかし単純に手を抜くのではなく、コンディションをポストシーズンに向けて、整えていくのが大事なのだ。


 故障したくてする選手はいない。

 だが故障するギリギリまでやらないと、自分は勝てないと考える選手は多い。

 そしてその見極めに失敗して、故障してしまうのだ。

 下手に身体能力が高く、無茶なプレイをしてしまって、腱や靭帯を損傷してしまうことはある。

 また若い選手であれば、自分の限界を分かっていないことが多い。

 ただ未だに野球界においては、限界までやってみないと分からない、などという人間がいる。

 故障したのはあくまでも結果なのだと。

 故障は間違いなく人災だ。

 自分の才能を信じられず、やりすぎてしまう人間というのはいる。

 それを止めるのが指導者であるのだが。


 スターンバックはまず、今年のオフでFA権を取得する。

 その時にいい契約を結ぶためにも、絶対に故障をしてはいけない。

 状況的に考えて、セーブして投げることが出来る。

 実際に第一戦、樋口のサイン通りにセーブして投げて、七回を二失点。

 そのまま勝ち投手になった。


 ヴィエラもまた、条件は似ている。

 今年で35歳と、MLBにおいてはある程度の区切りの年齢。

 ただ今年は二度ほど故障したものの、軽度のもので復帰している。

 メジャー昇格とFAを合わせて、もう10年以上の活躍。

 だがまだまだ引退するのには早い。


 アナハイムは若いピッチャーが育ってきているので、新しい契約はないと考えた方がいい。

 チャンピオンリングも手に入れたし、次は他のチームで働くことになるだろう。

 だがその条件を良くするためにも、今は戦わなければいけない。

 年金暮らしにはまだまだ遠い。

 そう思いながら投げて、やはり七回を二失点。

 リリーフが一点を奪われたが、問題なく勝ち星を得る。一点差であったが。


 翌日が直史の登板だと思うと、リリーフ陣は全力で投げられるのだ。

 なぜならリリーフが必要とならないから。

 今年はメトロズとの対戦で、延長まで投げぬいた。

 そして兄弟対決の末、どうにか勝利した。

 それも完封したのだから、全て完投した中で、完封でなかったのが一試合だけ。

 相手にほとんど点が入らないという、ゲームならば完全にバグ扱いで、直史は勝ち星を伸ばし続ける。

 そして実際にそれを達成してしまうのだ。




 この間は樋口のリードを見せ付けるために、生贄となってもらったテキサス。

 アレクの古巣であるが、そんなことは全く何も手加減の理由にはならない。

 割とどの球場でも、歓迎されるのがスーパースターのいるチームだ。

 特に直史の成績は、ひたすらMLBの記録を更新し続けている。

 テキサスは比較的、保守的な傾向の強い州だ。

 中でもヒューストンに比べるとアーリントン近辺は、よりその傾向が強い。

 地元のチームを応援するという意識が比較的高いのだ。


 また人口全体に対しては、白人が最も多く、ヒスパニックやラテン系の占める割合も高い。

 アレクが最初にここを選んだのは、そのコミュニティがアレクを受け入れるからだ。

 名前こそ中村さんというありふれたものであるが、アレクのメンタリティはラテンの文化に近い。

 もっともブラジルのラテン文化というのは、また独自に発達したものではあるのだ。


 初回の先頭打者のアレクに対し、ブーイングと拍手の両方が送られる。

 それを見るたびに直史も樋口も、微妙な感じになるのだ。

 ファンが応援するのは、チームなのか選手なのか。

 直史も樋口も、選手として応援されている意識が強い。 

 それは大学時代から、神宮を本拠地としていたからというのがある。

 直史ならばさらに、マリスタなどでも拍手はもらえただろう。

 ただ実際には交流戦でマリスタを利用した時には、大介が圧倒的に拍手や歓声をもらっていたが。

 甲子園といい、大介にとっては準地元のようなものであった。


 テキサスにおいては、直史は普通にブーイングを受けたりする。

 ただアメリカというのは、このあたりは大人しいものがある。

 基本的に鳴り物が禁止だし、ブーイングも対決の時には少なくなる。

 考えてみればブーイングなど、対戦するバッターにとってもプレッシャーになるものだ。

 それに直史はブーイングには強い。

 高校時代の甲子園や、NPBでの対ライガース戦で、鍛えられたと言うか、慣れた。

 野球において最も過激なファンは、間違いなくNPBのライガースである。

 あの野次に比べれば、英語の野次など意味が分かっていても響かない。

(意味として伝わるだけで、感情が伝わってこないからだろうか)

 そうやって冷静に分析したりもしたものである。


 初回に先制点を取って、スターンバックがマウンドに登る。

 ランナーこそ出したが、無失点に抑える。

 この初回の入り方で、おおよそピッチャーの調子が分かる。

 そしてスターンバックの調子はほどほどといったところだ。


 ほどほどであれば勝てるな、と樋口は考える。

 ただしここから試合は、中盤まで膠着した。

 ランナーの出る回数は、アナハイムの方が多い。

 だがどちらも得点には結びつかない。

 こういう時はチャンスを潰されているチームの方が、焦りを感じるものだ。

 しかしそれもバッテリーが安定していれば、ある程度は安心感がある。

 中盤を過ぎてまだ、1-0のままの試合。

 だがここで天秤が大きく傾く。


 アナハイムの四番、シュタイナーのスリーランホームラン。

 ターナーを下手に歩かせたのが、失敗だったと言えよう。

 アナハイムはピッチャーこそ今年で契約切れやFAの選手が多いが、打線はそれほど弱くならない。

 今年のシーズンオフに上手くピッチャーを補強できれば、来年もまた優勝候補だ。

(スターンバックとか交渉するのかな)

 樋口は全ての味方の能力を把握はしているが、契約内容などはさすがに知らない。

 パフォーマンスとは関係のないところであるからだ。

 ただ契約が残り何年かなどは、ある程度把握している。

 選手のモチベーションに関係しているからだ。


 終盤にピッチャーが交代したところから、両者の打線が動き出す。

 それでも最終的には6-3でアナハイムの勝利。

 スターンバックに勝ち星がついた。


 ヴィエラの試合も同じく、序盤から大きな動きはない。

 両チームの力がそのまま、点差となっている。

 なので七回まで、二失点でリリーフにつなぐ。

 リリーフ陣が一点を取られたが、それでも追いつかれることはなかった。

 4-3にて第二戦も勝利。

 そして第三戦を迎える。




 テキサスは現在チームを解体し、その再建期にある。

 とは言ってもどのぐらい先になれば、戦力が整うかは運次第。

 正直なところここまで急にアナハイムが強くならなければ、ポストシーズンを狙っていたのだ。

 ヒューストンはア・リーグ西地区で以前から強かったが、二位争いは微妙なところ。

 オークランドはずっと弱いままであるが。

 シアトルはそれなりの選手を揃えるのだが、どうも噛み合わないことが多い。

 FMやコーチの質の問題かもしれないが。


 なのでそこに付け入る隙があると思っていた。

 アナハイムもそこそこの戦力は集めていたが、明らかに去年一年で強くなっている。

 直史がいる以外には、ターナーの覚醒が大きかっただろう。

 そして直史一人が数人分の働きをすることで、投手陣全体が楽になった。

 今年はアレクと樋口が入って、攻撃力が強化されている。

 より強くなったアナハイムを見て、完全にチームを解体したのだ。


 高くてまだ数年の契約が残っている選手を放出し、プロスペクトを集める。

 だいたいそれに三年ほどはかけるか。

 ただMLBのチーム作りというのは、他のチームの状態でかなり左右されてしまう。

 またプロスペクトの中には、急激に成長してくれる者もいたるする。

 九月に入ってからのテキサスは、そんな若手を使っている。

 直史に対しては、あまり若手を出してこないが。


 なぜかというと、心を折られてしまうからである。

 MLBの世界で長く続けていれば、それなりに壁には何度も直面し、タフなものになっている。

 マイナーからメジャーに上がっていく過程もタフなものであるが、メジャーに上がってからが本当に試される時なのだ。

 フィジカルモンスターの揃う中で、さらに上を目指していかなければ、今の場所すら保つことも出来ない。

 そんな舞台でいきなり直史にぶつけるのは、あまりにも酷である。

 もっとも分かりやすい挫折ならば、武史や上杉に当たった方が確実かもしれないが。


 現在のテキサスの、ベストメンバーで直史には対して来る。

 ピッチャーもまたエースクラスで、出し惜しみはしていない。

 テキサスは今年は、ポストシーズン進出は絶望的になっている。

 なのでここで全力をアナハイムに当てて、粉砕されるのもむしろ好ましい。

 ドラフトでいい順位を得るために、負け星が必要なのだ。

 もっともマイアミやオークランドのような、圧倒的な負け星にはなっていないが。

 かつては完全ウェーバー制のため、負けて一位指名権が得られることは、かなり有利なことであった。

 だがそんなタンキングが横行したため、今ではある程度の縛りが入っている。


 テキサスの今の勝率では、その縛りの中に入る下位5チームには入っていない。

 負けてもらった方がむしろ、フロントとしては助かる。

 だがあまりにあっけないと、ファンが離れてしまう。

 もちろんこの試合自体は、対戦するアナハイムのおかげで、スタジアムは満員になっている。

 それでも直史に好き勝手に蹂躙されるわけにはいかない。




 直史としては好き勝手に蹂躙するつもりはない。

 前回のパーフェクトゲームは、あくまでも必要だったからそうしただけのもの、

 ポストシーズンまであと一ヶ月。

 重要なのは怪我をしないことだ。


 実のところ直史は、来年のワールドシリーズがアナハイムとメトロズの対戦になるか、微妙なところだと思っている。

 野球はチームスポーツだから、自分と大介がどれだけ突出していても、他が負ければどうにもならない。

 アナハイムもメトロズも、来年はやや戦力が落ちる見通した。

 それでも充分にポストシーズンまでは進出出来るだろうが。

 スターンバックとヴィエラ、この二枚のうちどちらかは残せるのか。

 また新しい戦力が、ちゃんと育っているのか。


 チーム力の維持はアナハイムだけではなく、メトロズの方にも同じことが言える。

 打線はFAになる者や、契約の切れる者がいる。

 特にペレスとシュレンプは、年齢的な能力の劣化も考えられるだろう。

 ワールドシリーズまで勝ち進まなければ、対戦することが出来ないというお互いの立場。

 せめて同じニューヨークのラッキーズに入れたらよかったのかな、直史は思わないでもない。

 ならばサブウェイシリーズにて大介との対決はあったろう。

 ただしラッキーズは井口などを獲得し、先発のローテは揃っていた。

 当時サラリーが既にぜいたく税の上限を上回っていたラッキーズが、さらなる補強をするはずはなかった。


 直史は疑心を抱いている。

 セイバーは直史と大介の対決を、最高の状況で整えるはずと思っていたのだ。

 だが今年のシーズン開幕前に、もう少し多めの戦力補強をしておくべきではなかったか。

 今年のシーズンが終われば、アナハイムもメトロズも、かなりの選手の契約が切れ、FAになる選手も多い。

 特にアナハイムは、ミネソタ相手に厳しい勝負をしている。

 ミネソタの強化はかなりの運が重なったもので、セイバーの意思は介在していないと思える。

 だが今年のポストシーズンはもちろん、来年のレギュラーシーズン。

 そして来年のポストシーズンと、ミネソタに勝てるのだろうか。


 樋口のキャッチャーとしての力で、ピッチャーを底上げするつもりなのか。

 アレクと契約を結び、ターナーはFAまで時間があり、樋口の打撃力も加わっている。

 だがスターンバックとヴィエラをどうするか、そしてメトロズの方をどうするのか、見通せないものが多い。

(そもそもあの人は、直近の目的はなんなんだ?)

 そんなことを考えながら、アウトを積み重ねている。




 セイバーの考えていることは、直史は全容を把握していない。

 だがそれでいいと思っている。

 少なくとも高校時代は万全の援助があったし、プロ入りやMLB移籍でも、かなり世話になっている。

 それと彼がセイバーを信ずる最大の理由は、大卒時に無理にプロに入れようとしなかったことだ。

 おそらく高校時点では、直史もいずれはプロで自分の駒にするつもりだったのだろう。

 彼女の財力とコネクションがあれば、直史を困らせることは出来たはずなのだ。

 そしてそれを解消するために、プロ入りに誘導することを、彼女なら出来たと思う。

 さすがに真琴の病気のことまでは、彼女にどうにかなるものではないはずだ。

 だいたいあの件は、結局大介が解決してくれた。

 それも五年間という期間限定で。

 大介がMLBに行く道筋と、それを直史が追いやすいように、契約には助言してくれたが。


 16球団構想は、日本では上手くいっていない。

 またどこかの球団のオーナーになることも、フロントにある程度の影響力は持っているが、日本では難しい。

 ただMLBのチャンピオンと、NPBのチャンピオンを対決させるという、エキシビションだが一つの目標は達成している。

 そして直史が考えているのは、MLBのどこかの球団のオーナーになることではないか。


 彼女の影響力が残るのは、ボストン、アナハイム、そしてメトロズ。

 他にも実は、影響力を持っているのかもしれない。

 だがアナハイムとメトロズには、共通するものがある。

 それはオーナーがほぼ個人で全ての権限を持ち、さらにかなりの高齢であるということだ。

 オーナーの後継者の座を欲するために、大介と直史を用意した。

 そのように考えるのであれば、二人はオーナーたちに対する贈り物というわけだ。

 もっともこれも、直史も大介も、全く損はしていない。

 WIN-WINの関係で、しかも恩を売っているのだ。


 どちらのオーナーを狙っているのか。

 より高齢であるのはメトロズのオーナーであるが、彼はおそらく死ぬまでオーナーの座を離さない。

 純粋に野球好きであるため、たとえ損をするにしても、過去にはぜいたく税以上の年俸を払っていた。

 それに対すればアナハイムは、オーナーはあくまでもビジネスとして球団経営を考えている。

 直史に樋口にアレクと、彼女の影響の強い選手を集めているのだ。

 あるいは最初は、素直にメトロズの方を狙っていたのかもしれない。

 ただ球団の資産価値が高まると、オーナーが手放さないことを察知、そしてアナハイムに鞍替えしたのでは、ということも考えられる。

 もっと単純に彼女の資金力が、買収に足りなかったのかも、ということもある。




 色々と考えているうちに、試合は終わっていた。

 ヒット二本とエラーが一つ出た、完封勝利である。

 いかにも統計だけで省エネをして達成した、またもマダックスのこの試合。

 5-0とアナハイムは打線も好調。

 三連戦をスウィープである。


 この先直史が投げる試合で、注意しなければいけないのはシアトルとヒューストンか。

 他の地区のチームとの試合も残っているが、シアトルと二試合、ヒューストンと一試合、直史は投げる予定がある。

 いっそのこと強いチームにばかり、当ててもらっても構わないかもしれない。

 ただ重要なのは、故障をせずにポストシーズンに入ること。

 106勝に達したアナハイムは、もう勝率二位以上を確定させた。

 同じ地区のヒューストンやシアトルはもちろん、中地区のミネソタも、全勝してもアナハイムには並ばないだろう。

 さすがにアナハイムが、ここから全敗すれば話は別だが。


 遠征は続き、次はオークランドでの三連戦。

 そしてその次はシアトルでの三連戦となる。

 次がホームでヒューストンを迎え撃つこととなり、直史はシアトルとヒューストン相手には投げることが決まっている。

 残りの試合で、どうコンディションを維持しながら、ポストシーズンに進出するか。

 試合後のインタビューの間も、直史はずっとほとんど、そんなことを考えていたのであった。

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