第109話 俯瞰風景
想定外のことは、必ず起こる。
別に野球のことに限らず、人間社会のみならず、世界の摂理はそういうものだ。
だから人間が何かをする場合、ある程度の冗長性を持たせておかなければ、一つの歯車が壊れただけで、全体が動かなくなることもある。
ネジ一本で、巨大な機械が崩壊することは、ないように思われている。
だが人類の英知を賭けて作り出したスペースシャトルであっても、ほんのわずかな部品の欠陥で、爆発四散することがあるのだ。
この事件がアメリカ社会に与えた影響は大きい。
根本的な事故原因を、一つの部品の故障ではなく、組織の意思決定にまで言及したのが、アメリカという社会の強さと言えようか。
なんだかんだと文句を言われるアメリカであるが、少なくともこの時代は、原因を単純な事実だけに求めることがなかった。
何度も回避するチャンスはあったのに、それを進言する者もいたのに、決定は上層部によってなされた。
現場の人間が判断したことを、上層部は尊重しなければいけない。
これはアメリカにおいて、今でも変わらずなされていることである。
たとえば職分に関してもそうだ。
MLBにおいてオーナーは、GMを任命する権限はあるが、GMの方針に口を出してはいけない。
それをするならそもそも、GMを代えればいいのだ。
そしてGMもまた、FMにグラウンド内の選手起用などは、任せなければいけない。
下手に口を出すと命令系統が二つになってしまい、まともにチームは機能しなくなる。
もちろん両者がお互いの専門知識を有していたら、話し合うことはある。
だが選手起用の決定権は、FMにある。
ここでアナハイムのオーナーがGMの領分に口を出してきているのは、本来ならばいけないことなのだ。
だがアナハイムのオーナーがそもそも、自分の言うことを聞くGMを雇っているのだから、それは仕方がない。
チームで儲けるのはオーナーの仕事だが、GMがそれに関するのは、選手の年俸などと練習環境など。
それにかかつ費用は、GMがオーナーに求めるものである。
オーナーの指定した金額内で、チームを作り上げるのがGMの役目の一つ。
だがオーナーと交渉して、その資金を増やしてもらうということもする。
FMからほしい選手について、聞き取りを行うこともある。
ただこの職能に完全に縛られていると、組織として機能不全を起こすこともある。
アメリカの場合は契約書を書く場合、本当に様々な事例を想定して、その量が膨大になる。
実は日本は相当に、このあたりが前例や慣例に倣うところが多い。
想定外のことは、必ず起こると想定して、冗長性を持たなくてはいけない。
その実際の例が、このボルチモアとの第二戦で起こった。
六回までを投げて、ホームラン一本の一失点に抑えていたヴィエラが、肘に違和感を覚えて交代。
肘の炎症で、二週間ほどの離脱となった。
ヴィエラは今年、序盤でも一度離脱している。
年齢的に今年で35歳と、実力はともかく肉体の耐久力が、MLBではそろそろ限界ではないのか。
昨年は直史とスターンバックに次ぐ成績を残していたヴィエラ。
だがこの年間二度の故障で、次の契約が大型化するのは、難しくなってきただろう。
アナハイムが再契約する可能性は、かなり低いか短い期間の契約になるだろう。
MLBにはクオリファイングオファーという制度がある。
FA権を初めて獲得した選手に、球団が優先的に契約を持ちかけるというものだ。
これはMLBの上位125人の年俸の平均額で、FA権を獲得する選手、たとえばアナハイムならスターンバックに働きかけることが出来る。
この二年の成績を見れば、スターンバックはそれよりももっと高い契約を手に出来る可能性が高い。
なので選手からは、これを拒否することが出来る。
拒否した上で、改めてもっといい条件で、元のチームと契約を結ぶことも出来るが。
なおチームがクオリファイングオファーを出した選手に、他のチームが接触し獲得した場合、翌年の三番目のドラフト指名権を、元球団に譲渡するという条件がある。
三位指名というのは微妙なもので、スターンバックレベルを獲得するためなら、普通に差し出しても構わない。
だがもっと低いレベルの選手に、そこまで払うのは微妙だ。
ただ元の球団にとっても、現在2000万ドル以上というクオリファイングオファーを、単にFAになっただけという選手に提示することは高すぎる、
もっとも選手にとっても、FA前最終年に怪我で成績を落としていたら、一年間のこのオファーを受ける可能性は高い。
それによって次からは、この制度は発動せず、移籍先球団のドラフト指名権の譲渡がなくなるからだ。
一年働いて活躍できる自身があるなら、オファーを受けることはある。
このままならスターンバックは、間違いなクオリファイングオファーを受け、そしてそれを拒否して他の球団を探し、アナハイム以外のチームと契約して、アナハイムはドラフト指名権を得る。
ヴィエラの離脱はこの時期としては、よくあるものであった。
重大な故障ではないので、ポストシーズンには間に合う。
しかし肘の炎症というのは、MLBでは大変に多い症例だ。
ヴィエラはここまで、珍しくもトミー・ジョン手術を受けていない。
昨今のMLBのピッチャーだと、若いうちにもうトミー・ジョンを受けて、太い靭帯を移植するなどというのhが、ある程度当たり前にさえなっているが。
直史も昔、わずかに肘は痛めたことがある。
そこからフォームを改造したのが、今の直史である、
三本の柱の一人が離脱したのは、かなり痛い状況だ。
樋口としてはこれで、ガーネットとリッチモンドの二人が、完全に二回か三回はローテを回すことになったので頭が痛い。
当の二人はこれでチャンスが出来たと思っているのかもしれないが、負傷者リストに回ったヴィエラの代わりには、普通にマイナーからピッチャーが一人上がってきている。
先発では使われないのかもしれないが、チャンスは与えられたのだ。
そしてそういうチャンスを逃さないことが、プロとして成功するためには必要になる。
人間にとっての信用、財産というのは、若さか過去の実績のみである。
若ければ将来性があるし、過去の実績が蓄積されていれば、期待される。
別に野球だけの話だけではなく、全てのジャンルにおいて言えることだ。
ただ若くても完全にダメな人間もいるし、過去の実績を見てもさすがに年齢が、というのはある。
ガーネット、リッチモンド、それに加えて新たに上がってきたピッチャー。
それを活かさなければいけないのだから、樋口の労力も大変なものだ。
ヴィエラの交代後もアナハイムは相手打線を抑えて、無事に勝利した。
そして第三戦目のスターンバックも勝利し、このカードは二勝一敗。
第一線のガーネットで落としたのが大きかった。
「メトロズに追いつくのは、諦めた方がいいな」
ついに樋口はそう結論付けた。
直接対決がない以上、自力で逆転するのは不可能だ。
そしてアナハイムはヴィエラも含めて、強いピッチャーでは確実に勝っていかなければならなかったのだ。
実際にはメトロズは、弱いピッチャーでも勝たせるほどの、圧倒的な得点力を誇る。
アナハイムは打線が、ある程度は強いピッチャーがいることを前提としてしまっている。
本来ならばある程度は、負けることを計算するのがレギュラーシーズンだ。
メトロズとアナハイムの勝率が、とにかく異常すぎるのだ。
次は敵地シアトルでの四連戦。
先発のローテはレナード、直史、ガーネット、リッチモンドとなっている。
ヴィエラの代わりにリッチモンドが入っただけで、随分と投手力が落ちてしまう。
それでも地区優勝を確実視出来るぐらいには、今のアナハイムは強いのだが。
メトロズも戦力の離脱がなかったわけではないのだが、その割合はアナハイムよりもずっと少なかった。
そしてその離脱を埋めるために、新しい戦力を上手く使った。
選手の若返りが、上手くいっている。
地味に選手層の厚さが、アナハイムよりも優れているのだ。
ただポストシーズンまで進めば話は別だ。
最低限の仕事をするピッチャーは、あまり必要ではなくなる。
正確に言うと負ける試合はボロボロに負けて構わないのだ。
重要なのは先に三勝、あるいは四勝すること。
勝つ試合は一点差で勝って、負ける試合は大差で負けていい。
もちろんそんな単純なものではないが、本質はこのように単純だ。
今季のア・リーグ西地区は、完全にアナハイムの一強であった。
それにヒューストンが続いていたわけだが、シアトルはまだ逆転の可能性を残している。
ポストシーズンに進出できるのは、まず各地区の優勝チーム。
そしてあとはリーグの勝率が、優勝以外のチームで高い三チームだ。
おそらく東地区は、ボストンとラッキーズは決まっている。
中地区はミネソタが優勝するが、二位ブラックソックスの勝率は微妙なところだ。
そして西地区は、アナハイムが一強。
勝率だけを見るなら、東地区から三チーム出てくる可能性もある。
それだけアナハイムが、ヒューストンなどの同地区のチームから勝ち取った星の数は多い。
そのアナハイムが、シアトルにやってくる。
どうにかして直史を打たないと、と考えるのは何人か。
織田などは直史を打つのは、意味がないと思っている。
打てたとしても一点までで、今年のシアトルのピッチャーに、アナハイム打線を完封するピッチャーは、いないと言っていい。
直史は無視して、他のピッチャーから勝つ。
アナハイムはヴィエラが離脱しているので、それが現実的だと思うのだ。
ただそう思ってはいても、選手たちには言えないのが首脳陣。
基本的にMLBは、建前で成り立っている要素が多い。
ただアナハイム戦で直史が投げる試合は、シアトルの地元でもチケットは売り切れになる。
他の試合も開始前には売り切れるので、アナハイムの人気はフランチャイズの領分を超えている。
織田はシアトルのピッチャーから、どうすれば直史のように投げられるのか、質問されることがある。
どうやったら打てるのかはともかく、どうやってらあのように投げられるのか。
高校時代にはある程度ピッチャーもやっていた織田だが、そんな質問には答えようがない。
武史がかつて、左の上杉などと呼ばれたことはあったし、直史が和製マダックスなどと呼ばれていた時代もあった。
だが今、直史のようだと例えられるピッチャーはいないし、もう和製マダックスなどとも呼ばれない。
直史は空前絶後の存在だ。
事情を知らない織田は、今後数年間は、直史にどう対処するかで、その選手の評価が決まると思っている。
この時代に生きていた選手は、かなりの人数が、とにかく運が悪かったのだ。
絶対的な王朝を作っているチームが、違うリーグにそれぞれ存在する。
おそらく何かの間違いでどちらかに勝ってワールドシリーズに進んでも、そこでもう一つのチームに負ける。
そんな想像がリアルにしてしまえるので、他のチームは士気が高まらない。
実際には勝負など、やってみなければ分からないところはあるのだ。
NPBの一年目に直史のやった、日本シリーズ四勝などというのは、絶対にMLBでは出来ない。
出来ないはずだ。
シアトルの重要命題は、ポストシーズンの進出だ。
それを争う相手は、もちろん地区の中ではヒューストン。
そして他の地区では、ラッキーズ、トロント、ブラックソックスなどとなる。
これらと争い、勝率上位に入る。
難しいがまだ不可能な状況ではない。
そのためにもまず、アナハイムに勝利する。
相手の不幸に付け込むようだが、ヴィエラが離脱したのは大きい。
リッチモンドとガーネットは、キャッチャーのリード通りに投げるかどうかで、その勝敗は決まるだろう。
NPBと言うか日本式に慣れた織田には、樋口のリードに任せていたら、どうにかしてくれるだろうにと思う。
だがそこで従えないのが、メジャーリーガーなのだろう。
リッチモンドは過去の実績が、ガーネットは若者の無謀さが、素直に従うことを拒否してしまう。
もっともリッチモンドの方は、かなり切実に自分の数字を上げにきているが。
契約の切れたリッチモンドが、新しい契約をどれぐらうで結ぶことが出来るか。
それはここからのピッチングにかかっている。
たとえ負けたとしても、数字さえちゃんと残していれば、今の契約ほどではないが、ちゃんと契約してくれるチームはあるだろう。
ローテーションピッチャーや勝ちパターンのセットアッパーにクローザーだけで、野球の試合が出来るわけではない。
確実に今よりも金額は落ちるが、必要とされるピッチャーではある。
どういう契約を結べるかは、代理人の腕次第か。
ただここのところのリッチモンドの成績を見れば、あまりいい長期契約は期待出来ないだろう。
織田としても次の契約は、他人事ではない。
今は長期の大型契約で、かなりの評価を得ている。
最初の数年でやったことの評価が、今の年俸なのだ。
織田としては優勝を狙えるチームに行くか、それとも年俸の高いところに行くか、それなりに迷ったのだ。
恋人との逢瀬なども考えると、ニューヨーク近郊が良かったとも言える。
NPB時代は一度も優勝を経験していない織田は、チームの強さと年俸を求めた。
まさかアナハイムがこんな飛躍を見せるとは、さすがに予想外であった。
さらにはアレクがアナハイムに補強されたというのも、今のこの地区のバランスを大きく崩している。
アナハイムのオーナーは、金を使う時には使う。
アレクと樋口を得て、今年のアナハイムは強くなった。
ただ投手陣に関しては、確実と言える補強は出来ていない。
こちらはマイナー上がりの方を、優先して使っている。
トレードにしても、調整程度のトレード。
その後にヴィエラが故障したあたり、余裕がないなとは言える。
アナハイムとシアトルの四連戦、初戦はアナハイムの先発はレナード。
これもアナハイムがマイナーから育ててきた、若手のピッチャーだ。
今季はここまで、14勝3敗。
立派な数字であり、何よりローテに穴を空けていないのが大きい。
六回までしっかりと三点で抑えれば、あとはアナハイムの打線が点を取ってくれる。
これで15勝目となった。
リリーフ陣が三連投をしている者がいて、それは少し負担が厳しいのは確かだ。
だがアナハイムとしてはメトロズを追いかけるために、勝てる試合は勝っておかなければいけない。
それに次のピッチャーは直史なのだ。
ならばリリーフは必要ない。
前回のオークランド戦は、九回を投げて79球のノーヒットノーランを達成し、「サトー」であった。
エラーはダブルプレイで帳消しにし、27人で終わらせている。
奪った三振は八つと、典型的な打たせて取るスタイル。
内野ゴロばかりが続いて、オークランドの選手がバットを叩き折っているのが印象的だった。
直史としてはそういった、物に当たる姿は見苦しいと思うのみだ。
さすがに直史も人間なので、怒りを発散することは、ないではない。
ただ野球のプレイ中は、その精神の水面は凪いでいる。
この試合においても、それは変わらない。
初回からアナハイムは、一点を取りに来た。
とにかくメトロズにも共通して言えることだが、この二強のチームは徹底して、初回に一点を取りにくる。
そしてピッチャーの強いところであれば、それでもう勝ててしまう。
一点だけを取れたところで、直史はマウンドに登る。
そしてそこから、内野ゴロを打たせるピッチングが始まる。
分析力を深めることは、直感につながる。
内野ゴロを打たせるばかりではなく、沈む球が狙われてると思えば、あえて高めに投げてみる。
そのボールは内野ゴロではなく、内野フライを打たせることにつながる。
外野までボールが飛んでいかない。
飛んだと思えば、それは明らかなファール。
打たせることでカウントはストライクを増やし、追い込んだら三振を狙う。
スライダーやチェンジアップ、そしてストレート。
それに加えてスルーも投げていく。
球数も増えていかない。
味方の援護点は増えていく。
そしてランナーは出さない。
シアトルにとって悪夢のような時間が過ぎていく。
ここで負けるのは、ある程度仕方がない。
シアトルの首脳陣や、織田はそう考えている。
チーム全体のことを考えて、重要なのはポストシーズンに進むこと。
今のアナハイムには敵わないが、いずれは必ずチームは強さを失う。
永遠にプレイできる選手などいないからだ。
それに優れた選手は、それだけ年俸が増えていく。
NPBと違ってMLBは、ぜいたく税が存在する。
ほぼサラリーキャップと同じ機能を持っているが、ぜいたく税を払ってでも、チームを強化しようというオーナーはいる。
強ければ強いほど、観客動員数は伸びたりもする。
ただ実際は、今では放映権などの方が、その収益を大きくしているのだが。
アメリカの市場はもちろん重要だ。
だが今の市場の拡大は、主に日本においてなされている。
メトロズの試合、そして次にアナハイムの試合。
圧倒的にこの二つのチームが、日本の視聴者に対しては受けがいいのだ。
スーパースタープレイヤー同士の戦いという、分かりやすい構造。
それに加えてあの二人が、どんどんと記録を更新している。
日本人が海外で活躍するのに声援を送るのは、旧来からの外国への、特にアメリカへのコンプレックスがあると思う。
これが韓国や台湾で活躍しても、別に話題にはならない。
もちろんそれぞれのリーグに、優れたプレイヤーはいる。
だが基本的にそれらのリーグは、NPBよりはレベルが低いのだ。
野球ならアメリカ、サッカーならヨーロッパ。
より高いレベルで活躍する人間を応援するのは、当たり前のことである。
その意味では東アジアのスポーツ業界は、圧倒的に日本が中国よりも優れている。
中国もレベルの高いスポーツ選手はいるが、基本的には個人競技の方が強い。
また日本で人気のある競技は、別に中国での人気競技ではない。
本当ならば人口の多い中国は、ショービジネスでも大きな市場になるはずだ。
だが実際のところ、その傾向は全く見えない。
それについては直史も樋口も説明出来るのだが、そもそも説明の必要性も認めない。
七回の裏、織田の第三打席。
ここまでパーフェクトに抑えている直史から、どうにかヒットを打たなくてはいけない。
完全に封じられてしまうのは、さすがに後に響く。
試合事態はもう五点差がついていて、アナハイムの勝利は動かないだろう。
(意地で勝てる相手じゃない)
織田はそう感じながら、必死で粘る。
追い込まれてからも、どうにかカットすることが出来る。
そして投げてくる、あの球を待つ。
スルー。
そう見えるが、これは違う。
前傾姿勢になりながら、織田はスルーチェンジをしっかりと目で追う。
(当たれ!)
低いボール球であるが、織田の打ったボールは、わずかに内野の頭を越えた。
織田は歩かせたほうが良かったな、と直史は珍しく思った。
粘られた時点でコンビネーションが少なくなっていったのだ。
他のバッターには織田ほどの、ゾーン内のボールをカットする技術はない。
そして織田にしても、直史の持つストライクゾーンの錯覚を、攻略することは難しいのだ。
それでも打たれてしまったのだから、織田のことを甘く見ていたのは間違いない。
(それだけに打ち取れれば、よりダメージは大きかったんだけどな)
直史と樋口は、視線で会話をする。
織田ぐらいのバットコントロールの技術があれば、ああやって打つことは出来るのだ。
だが完全に、長打を捨てていた。
この試合のパーフェクトを防ぐ。それが織田の目的になっていたのだろう。
そして一塁からは、やや広めのリードを取る。
(スチールをしかけてくるのか?)
直史は牽制を一度入れたが、余裕で足から織田は戻った。
走塁についての織田は、かなり計算して走ってくる。
大介に比べれば少ないのは、それは大介が歩かされて、試行する回数がそもそも違うからだ。
(どうせ三塁までは行かせない)
樋口は走られたら、殺すつもりで準備をしている。
直史のクイックと樋口の肩、そしてコントロールからすれば、織田であっても走るのは難しい。
だが走るつもりならば、直史のピッチングのバリエーションをある程度封じることが出来る。
直史の投げたボールは、完全にゾーンに入ったものだ。
これに対してシアトルは、ラン・エンド・ヒットで対応してきた。
内野ゴロを打たせる間に、二塁に到達する織田。
そして続けて、ゴロを打たせる間に、三塁まで進んでいた。
三塁まで行かせるつもりはなかった。
だがこれで、ツーアウトながら三塁にランナーがいる。
直史からでも、得点の機会は作れるのだ。
織田はそれを証明していた。
ツーアウトになっていれば、もうバッテリーの考えることは多くない。
注意するべきは、織田のホームスチールぐらいか。
バウンドするような変化球は、この状況では使いにくい。
しかし平気でバウンドするカーブを投げて、内野フライを打たせるバッテリーであった。
ランナーが出たことで、九回には後一度、織田の打順が回ってくる。
だがそれはツーアウトからで、ツーアウトの状況では織田も、どうにも点に絡むことなど出来ない。
そもそもアナハイムは、ここからさらに得点していった。
シアトルが直史相手に、弱いピッチャーを使っていて、そしてビハインド展開のピッチャーを使ったことで、試合の趨勢は最初から決まっていたとも言える。
実際に九回の裏、ツーアウトから回ってきた織田は、直史の投げたスルーを、内野ゴロに打つぐらいしか出来なかった。
空振りを狙っていたので、バッテリーの予想は超えてきたのだが。
マウンドの前で跳ねたボールを、直史はキャッチして一塁へ。
織田が一塁を駆け抜けるよりわずかに早く、ボールはファーストのミットに収まった。
8-0で試合は終了。
球数も充分に少なく終わり、直史としてはほどよい緊張感のある試合であった。
既に今季、一点は取られている。
だがそれでも防御率を、徹底的に下げていくのは意味があることだ。
(シアトルの心を折ることは出来なかったか)
明日からの二試合、微妙なピッチャーをリードする必要のある樋口は、シアトルのしぶとさに感心しながらも憎憎しく思うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます