第103話 ミネアポリスの事件

 ア・リーグ中地区のトップを走るミネソタだが、その勝率は圧倒的と言うほどではない。

 ただアナハイムに勝ち越したことや、得点力の高さから、地区優勝の可能性はかなり高いと思われている。

 もっとも今のままのチームでは、ポストシーズンを勝ち進むことは出来ない。

 それを分かっているなら、補強ポイントも分かっているだろう。

 ただミネソタには、あまり金がない。

 安い若手中心のチームであるのに、それでも金がない。

 本当なら1000万ドルもらっていてもおかしくない選手が、300万ドルでやっている。

 そういうチームなのにまだ金がないあたり、球団の運営には金がかかるのだ。


 アナハイムのオーナーであるモートンは、今季が終わればある程度はチームを解体しようか迷っている。

 もちろん選手たちにはおろか、GMであるブルーノにも話していない。

 ただ優勝したら、三連覇を目指していこうとは思っている。

 21世紀以降、一つのチームの三連覇はない。連覇すらない。

 最も連覇に近いと言われていたメトロズを、去年はアナハイムがワールドシリーズで破った。

 色々な意味で歴史に残るワールドシリーズだったと言えよう。


 そんなアナハイムが、今年のレギュラーシーズンで負け越したのは、まずメトロズであり、そしてミネソタだ。

 レギュラーシーズンとポストシーズンでは戦い方も変わるため、あまり気にしすぎる必要はない。

 ただ全く気にしないのは問題である。

 アナハイムの首脳陣もそう考えて、直史のローテをずらしたのだ。

 特別扱いであるが、直史の場合は嫉妬などはされない。

 敬遠されるとか、畏怖されるとか、そういうものではなくとにかく、名状しがたき何かと思われている傾向がある。

 なので高校時代の、まだ人間をしていた頃を知っている日本人選手は、普通に接触できるのかもしれない。


 もちろんそういった、ある意味現実的ではあるが、それだけに魔術的なことを、口にするメジャーリーガーはいない。少なくとも直接直史や樋口には言わない。

 だがアレクは元はテキサスにいた頃に、チームメイトからそういった感じのことを言われたし、元は日本にいたことを知らないこのアナハイムのチームメイトから、そんな話を聞いている。

 実際にピッチングコーチのオリバーや、直史の変化球打ちに対応して打撃開眼したターナーは、まさに信者などと言われている。

 陰口と言うよりは、笑みを含んだ揶揄のような形で。

 実力があまりにありすぎるため、もちろん面と向かっては言えない。


 そんな怪物直史に、なぜブリアンは立ち向かっていけるのか。

 単純に神への信仰心が、怪物への恐怖心を上回っているからだろう。

 これは一応クリスチャンのアレクも、ある程度は納得出来る。

 人間は信仰という名の洗脳によって、メンタルを強固に保つことが出来るからだ。

 複雑な理論武装が必要なく、ただ論理性もなく神を信じること。

 それは昭和野球の根性論にも通じるところがある。




 前回の対決を考えて、アナハイムは一回から先制の意味をしっかりと考えている。

 アレクからターナーまで三連打でまず一点。

 そしてシュタイナーの長打がでて、三点を先取。

 普段ならここで終わることが多いのだが、まだまだアナハイム打線は止まらない。

 結局は初回に五点を取って、圧倒的な優勢を一回で決めてしまった。


 正直直史は、これで拍子抜けである。

 ミネソタの打線が強力であるのは、今年のこれまでの試合を見てくれば分かる。

 だが五点をいきなり取られて、そこから試合を立て直すほど、上手さのある選手がいないのがミネソタだ。

 もっとも若い力によって、この序盤の点差を、逆転することは不可能ではない。


 ただそれでもミネソタは、この試合に勝つことはないだろう。

 首脳陣がまず、この試合はどう負けるかを考えている。

 リリーフには長いイニングを投げられる投手を使い、追加点を取られることを覚悟する。

 これだけ条件が整ってしまうと、最初とは目的を変える必要が出てくる。

 ミネソタ打線を徹底的に封じる。これが本来の目的であった。

 なぜならそれによって、ミネソタ打線の機能を低下させ、アナハイムに対する苦手意識の植え付け、そしてこのカードを有利に戦うというものだ。


 だが既に戦意を失っているミネソタ打線は、果たしてそこまでして抑えるものだろうか。

 事実FMやコーチからは、抑え目のピッチングで六回か七回までを投げたらそれでいいと言われる。

 バッテリーもここで、無理をする必要は見出せない。

 ただやはり、ブリアンは抑える必要がある。

 ミネソタの打線の中心はブリアン。

 今度こそこれを完全に抑えれば、ミネソタの勢いを止めることが出来る。

 ただ二人のプロファイリングによれば、ブリアンはもちろん熱心に練習はするが、結果は全て神の導きと信じるタイプだ。

 たとえ負けたとしても、それを試練として受け止める。

 そのメンタルを崩すというのは、普通の野球選手の心を折るのとは、また別の次元の話になる気がする。


 五点を取られたその裏から、ミネソタの攻撃は開始される。

 単純に五点差というだけなら、今年はいくらでもそれ以上の点を取ってきたミネソタ打線だ。

 だが相手が直史で、そしてまだ初回なのに五点差で、ここからさらに点を取られる可能性も高い。

 それでも試合を捨てていないのは、今季のこれまでの自分たちの打線における信頼。

 そして純粋にバッターとして、直史を打っておきたいという心情。

 技量的に完全に潰すようなピッチングは難しい。

 そもそもそこまでするテンションが上がらない。

 点差が余裕になってしまった時の、この油断と言うよりは安全圏でのピッチング。

 これがまだ逆の立場であるなら、直史も分かるのだ。

 五点を先取されてしまった、その状況からのリリーフ。

 もっとも直史は敗戦処理をしたことがないので、本当の意味ではその気持ちは分からない。

 

 一球ごとの緻密な判断は捨てる。

 ある程度は打たれても、失点はいない程度に、ゴロを打たせて勝てばいい。

 その判断が正解なのだろうが、とりあえずブリアンだけはどうにかする。




 一番と二番も厄介なバッターなのだ、あっさりと内野ゴロを打たせてツーアウト。

 ここでブリアンがどういう選択をしてくるかで、彼の評価は決まる。

(とりあえずホームランだけはまずいんだが)

 まずは初球、インローに外したボール球。

 ブリアンは見送ったが、審判の判定はストライクであった。

(ラッキーだな)

 審判の傾向を加えても、ふだんならあそこはボールに取るコース。

 だが次のアウトローも、わずかに外れていながらストライクとなった。


 直史も樋口も、ここからどうなるかはちゃんと考えている。

 ストライクゾーンというのは、同じ打席の中でも変化することがある。

 判定する審判が、カウントによってゾーンを変えることがあるのだ。

 たとえばボールが先行していると、ストライクゾーンは広くなる。

 逆にストライク先行で追い込まれると、ゾーンが狭くなるのだ。

 全ての審判に共通というわけではないが、この傾向は間違いなく存在する。

 そんな審判の傾向まで考えた上で、確かに組み立ては考えているのだが。


 三球目はカーブを投げて、さすがにこれはボール判定された。

 単純にゾーンを通るかというだけなら、むしろこのボールの方がゾーンを通っていただろうに。

 落差のあるボールは、どうしても縦の判定が難しくなる。

 キャッチした位置で判定していれば、ボール球でもストライクになることはある。

 ただ今日の審判の判定は、ピッチャー有利ではないのか。


 最後のボールは外のボール球が、打ちに入ってくるツーシーム。

 これもまたぎりぎり、MLBの広い外のゾーンを通っていない。

 だが見逃したブリアンに宣告されたのは、ストライクのコールであった。

 バッテリーさえもが少し不思議な、審判の判定。

 一回の表の攻撃では、あまり意識などしなかった。

 だが二回、早くも二巡目のアナハイムの攻撃。

 先頭打者となった樋口は、審判のゾーンを確認する。

(ナオの場合、ゾーンが広くなっているのか)

 あるいはそれは、直史の球速が遅めなため、判定がしやすいからだろうか。

 悩みながら打った樋口は凡退し、ベンチに戻ってくる。

 やはり審判は直史のボールに、有利な判定をしているのではないか。

「二回の裏も試していこうか」

 樋口の提案に、軽く頷く直史であった。




 ストライクゾーンが投げるピッチャーと打つバッターによって、変化するというのは暗黙の了解である。

 若手の場合は、だいたい厳しい判定が下されることが多い。

 確かにブリアンを含み、ミネソタの打者は若手がとても多い。

 そんな中で直史は、このゾーンについて色々と検証している。


 傾向は案外とあっさりと分かった。

 直史のゾーンは拡大し、相手のゾーンは普通のまま。

 ミネソタのフランチャイズであるのに、よくそんなことをしているな、とは思う。

 だがスタンドからも、その甘めのコールにブーイングが飛んだりはしない。


 これはいったいどういうことであるのか。

 人間の洞察力を駆使して、バッテリーは決断を下した。

 おそらくこれまで直史が、ゾーンのギリギリを利用していたことが原因である。

 よく見れば確かに、ゾーンに入っているボール。

 それをボール扱いしていたのが、さすがにそろそろ効果を発揮してきたのだろう。


 直史の投げるボールは、際どいところは全てストライク。

 際どいところだからこそ直史はストライクを取るのだろう。

 後から批判されることを恐れて、直史のゾーンは甘めに広くする。

 そんな判断が少なくとも今日は、確かな事実として存在するらしい。


 少なくともこの試合は、アナハイムというか直史有利に展開する。

 審判が、グラウンドの中で一番騙されてはいけない存在が、直史の有利に判定している。

 ただ明らかなボール球を使えばどうなるか、それは分からない。

 そしてこのストライクゾーンがわずかに広がっているというのは、審判からさえも指摘はしづらいかもしれない。

 おそらく後から映像を見れば、確かに判定の基準が間違っているのは分かる。

 だがそこで「間違っても仕方がない」というほどのコントロールを持っていれば、今後も使っていけるかもしれない。


 この特殊な状況は、ブリアンには完全に厳しい状況になるだろう。

 大介であれば多少は外れていても、俺の打てるコースがストライクゾーンだと、割り切って打っていく。

 だがブリアンは選球眼がいいので、ゾーン内の球を打つことに特化している。

 特化していると言うか、それが正しい姿なのだが。

 直史としてはこの試合、ゾーンからボールを外すのが仕事となる。

 これにブリアンは対応出来るのか。


 追い込まれた時に、カットする技術があるのか。

 追い込まれても正確なゾーンを守って、ボール球には手を出さないのか。

 しかし過去のデータを見る限り、この審判のアウトローの判定は、かなり正しいと言っていい。

 ボール球を打ちにいって、ヒットにしてしまう。

 おそらくブリアンなら、それも可能なのだろう。

 だが正しくヒットや長打を打つのには、正しいスイングが出来るコースに投げてもらわないといけない。

 選球眼のいい選手は、その場の空気を読まなければ、ゾーンの拡大や縮小に気付かない。

 このあたりはやはり、直史のようなコントロールを持つピッチャーへの、大きな課題になるのではないか。




 三回までを終えて、アナハイムはさらに一点を追加。

 6-0でアナハイムが圧倒的に有利になっている。

 そしてここからは、直史もちゃんと知っているゾーンが適用されるだろう。

 つまり、試合を早く終わらせようというゾーンだ。


 試合が一方的になれば、審判もさっさと試合を終わらせて、家に帰りたいというのが人情である。

 勝負あったなと思えば、敵味方関係なくゾーンが広がり、ピッチャー有利の状況になる。

 勝っているチームへの忖度などではなく、スムーズに試合を終わらせるのが目的。

 負けているチームは形だけは整えて、勝っているチームもどちらかと言えばバッティングを控えめにする。

 一応どちらのピッチャーに対しても、公平にストライクゾーンは広がる。

 バッター不利だと言われるかもしれないが、レギュラーシーズンはスムーズに終わらせるのが第一。

 一人一人の打撃成績には、こだわっていられないのが正解だ。


 ただ直史の場合は、色々な記録がかかっている。

 これが大介や武史でも、同じことが言えただろう。

 ノーヒットノーランを達成している間は、セーフティバントでの内野安打を狙ってはいけない、などというアンリトンルールがあるMLBだ。

 同じような意識が、審判にもあってもおかしくはない。

 直史の勝ち星や球数、大介ならばホームラン、武史ならば奪三振。

 これらの記録が取りやすいように、自然と忖度されている。

 贔屓と言うよりは、強い者はスターへと押し上げる、自然な感情と言うべきだろうか。

 悔しかったら自分が、贔屓されるぐらいの実力を身につけてみろ、といったところかもしれない。


 四回のブリアンの第二打席。

 直史の投げたアウトローは、まだストライクにとってもらえた。

 右打者のブリアンには、ツーシームを外から内に変化させる。

 するとほんのわずかだが、ゾーンは通過しなくても、樋口のミットに収まった瞬間は、センター正面から見てストライクになるかもしれない。

 それが第一打席では通じたが、この第二打席はカウントを取るために使った。

 ブリアンとしてはボール球と判断しているため、手を出さない。

 なのにストライクとして判定されるのは、理不尽に感じるだろう。

 これは神の試練ではなく、審判の生み出しているミスだ。

 インハイのボール球を振った時、直史は確信した。

 ブリアンはこの先にまだ成長していくだろうが、今はこれが限界であると。


 最後は判定が難しいカーブを打って、内野フライ。

 この回も三者凡退で、直史のパーフェクトは続いていく。

 審判は自分の判定ミスで、直史のパーフェクトが途切れたら困る。

 よって直史の味方になるように、どちらのピッチャーに対しても、ストライクゾーンを広げていっている。




 こんなこともあるのだな、というのがバッテリーの感想だ。

 ただ野球の本質が興行であることを思えば、これはそれほどおかしなことではないのだ。

 MLBとしても試合においては、色々な記録が出たほうが盛り上がる。

 ミネソタにしても今季はかなりの観客動員を誇っているが、それでも早く満員御礼となったのは、この直史の投げる試合であった。


 MLBなどに限らずアメリカのスポーツは、試合の途中から観客が増えたり、試合の途中で観客が帰ったりすることが多い。

 もちろんこれは日本でも、それなりに見られることだ。

 卑近な例で言うのなら、もう試合は決まったな、と思って風呂に入ってテレビの前に戻れば、なぜか逆転されていたりする。

 スタジアムで見る観客も、帰りの駐車場の混雑を思えば、試合が決まったところで帰り始めても仕方がない。

 もっともこの試合は直史がパーフェクトを続けているため、そう簡単に帰ることも出来ない。

 金と暇があるアナハイムファンの中には、直史の投げる試合に合わせて全米を移動し、そのパーフェクトに何度立ち会えるか、自分で記録しているファンもいたりする。

 逆にこれはパーフェクトが途切れてしまえば、席を立って帰る理由にもなる。

 観客泣かせなのはこの間の直史と武史の投げ合いのように、どちらもがすごいピッチングをしている時だ。

 そしてどちらのチームが勝つかも、最後まで分からない試合。

 もちろんそれはそれで、見ていて面白いものではあるのだが。


 六回が終わり、七回の表も終わる。

 試合自体は8-0とアナハイムの勝利は決まったようなものだろう。

 あとは直史のパーフェクトが成るかどうか。

 普段はしっかりとゾーンの球を打っているブリアンには、ストライク判定されるボール球を打つのは難しい。

 これまではそのWASPという背景から、アメリカ社会一般の支持を受けてきたであろうブリアン。

 直史がピッチャーとして強すぎるので、打ってくれという期待もあったかもしれない。

 投打において日本人がMLBを蹂躙しているのを、面白くないと思っている人間は潜在的にいるのだ。

 それらの民意に背中を押されていたが、今日はそれが逆転した。


 七回の裏、ミネソタの攻撃。

 早くもツーアウトとなり、この日三打席目のブリアン。

 おそらくこれが、彼の今日の最後の打席となる。

 三人ランナーが出なければ、三番の彼まで回ってこない。

 大介と違って走力まで傑出しているというわけではない彼は、一番を任せるのは難しい。

 なので三番なのだが、あるいはここから先、二番を打たされることもあるかもしれない。


 ブリアンを打ち取ったら、残りは六人。

 パーフェクトまでの、最大にして最後の障害と言えるだろう。

 ここでまた直史は、インローから攻めてみた。

 すると審判のコールはボールで、わずかにゾーンが狭まっていると見えた。


 今日の最後の見せ場というのを意識してか、また審判のストライクゾーンが変わった。

 あるいはこれが、審判の本来のストライクゾーンなのかもしれない。

 直史はスルーを使って、ブリアンを空振りさせる。

 彼はリリースの瞬間に、その球種とコースを判断しているのだが、さすがにスルーへは対応しきれない。

 次に直史が投げたのは、チェンジアップだ。

 スルーチェンジは速いと思ったボールが来ないので、凡打を打たせるのにはもってこいの球なのだ。

 しかしながらこれを、どうにかカットするのがブリアンの現在の実力だ。


 どんなボールがどんなコースに来るか分かっていても、それを打つかどうかはケースバッティングだ。

 直史と対戦した場合、基本的には全てホームランを狙っていかなければいけない。

 ブリアンはそれに気付くのだろうか。

 追い込んでから直史が投げたのは、また判定の難しくなりそうなカーブ。

 これを打ったブリアンのスイングは、明らかに崩されていた。

 ふらふらと上がったボールが、内野と外野の間に落ちる。

 パーフェクトが途切れた瞬間、スタンドでは大きなため息が漏れた。




 観客たちが帰りつつある。

 試合の劇的な場面だけを見たいというのは、ライトなファンにとっては当たり前のことだ。

 だが残ったコアなファンのためにも、選手たちは全力でプレイするのが建前だ。

 ミネソタの選手たちは、己の年俸に関係するので、必死になるのか。

 これがメジャーに上がって三年目までは、ほぼ最低額での契約のため、MVPや新人王に選ばれる可能性がないと、途端に士気が落ちる。

 若手のボーナスもあるのだから、頑張ればかなりの金額が年俸にプラスされるのだが、どう頑張っても打てないと思ってしまえば、そこで試合は終了だ。

 ブリアンが塁に出て、そして次の打者があっさりとアウトになって、ミネソタは諦めたのである。


 そんな諦めていたミネソタの選手の打ったボールが、珍しくも内野の間を抜けていくことがある。

 今日二本目のヒットであるが、それに関心を払う者はもういない。

 その直後にダブルプレイでランナーが消え、もう直史は淡々とアウトを積み重ねていく。

 そして最終的には、8-0のスコアでミネソタに完勝した。


 直史と樋口にとっても、不本意な結果であった。

 ミネソタとちゃんと五分の条件で勝負をして、それで完全に封じるか、もしくはその力を測るつもりであったのだ。

 ブリアンは一応ヒットは打ったが、クリーンヒットではないので問題ない。

 毎試合パーフェクトが出来るわけではないという、当たり前の試合になっただけだ。

 ちなみにマダックスは達成している。


 ブリアンの、弱点は分かった。

 今のところの弱点であるので、ポストシーズンまでには修正してくるかもしれないが。

 それはケースバッティングがいまいち出来ないということ。

 打てるがヒットにしかならない球に、手を出してしまう。

 そしてボール球であっても、狙って打っていこうという意識がない。


 大介ならば今日のストライク判定されたボール球を、いくつかは打っていっただろう。

 ホームランまでは難しいかもしれないが、長打にはなったかもしれない。

 ようするにブリアンは、まだまだ経験が足りない。

 ボール球でも打たなければいけないような、ポストシーズンでやるような試合を、もっと経験すべきなのだ。

 今日の直史のボール球を、ブリアンなら打てたはずなのだ。

 もっともそれをしてしまうと、スイングに変なクセがつく可能性もあるため、簡単に出来ることではないが。


 まだ20歳のブリアン。

 NPB時代の大介の打率と、ブリアンの打率はほぼ変わらない。

 もっともホームランや走力に関しては、大介の方がはるかに上だ。

 あとは注意することは、勝負強さだろうか。

 今日の試合はアナハイムが初回から優勢であったため、ブリアンが厳しい場面でどういうバッティングをするか、見ることがなかった。

 大介にしてみれば直史がいなくなったあと、自分と打撃成績を競うような人間がいた方が、嬉しいかもしれない。

 直史はそんなことを思った。


 なおヒットは打ったが実質的には全て抑えられたブリアンだが、これで調子を崩すということはなかった。

 神に祈るという、彼のバッターボックスに入るまでのルーティン。

 これをどうにかしなければ、他のピッチャーには苦しいだろう。

「そういやアメリカって特定の宗教を賛美するような行為はOKなのかな?」

「キリスト教だしな。まあイスラムだとちょっと困ったこともあるかもしれんが、試合中に祈ったりするようなやつはいないだろ」

「野球をやるような層って、せいぜいキリスト教内のカトリックかプロテスタントの違いぐらいか?」

「俺たちは仏教だしな」

 やはり試合後には、どうでもいい会話をする、最強のバッテリーであった。


 なお、このストライクゾーンが変わったことは、ネットなどで拡散されて多少の問題にはなった。

 だが元々樋口はフレーミング技術も優れたキャッチャーで、直史のコントロールの良さも極まっている。

 結局は審判の責任と言うよりは、それに対応できないほうが悪いということで、決着を見ることになる。

 直史も樋口も、普通にプレイしたにすぎない。

 そこで文句を言われたとしても、知らんがなで通すしかないが、逆の立場になったときの事は、少し考えておこうという認識で一致した。

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