第102話 六月に梅雨のない国
六月の日程が終了した。
アナハイムはこの時点で、64勝20敗。
勝率が76%と、去年の116勝した勝率を軽く上回っている。
もちろん地区ではトップを走っており、ア・リーグ全体でも圧倒的なトップ。
ただ一時期の勝率90%を知っている人間からすると、物足りないかもしれない。贅沢な。
それにナ・リーグを見ればメトロズはさらに勝率で上回る。
64勝16敗。
勝ち星の数は変わらないが、負け星が確実に少ない。
ただ消化した試合数を見れば、逆転が不可能とも言えない。
まだシーズンがほぼ半分残っているというのもあるが、メトロズはアナハイムより、消化した試合が四つも少ない。
つまり後半七月以降のスケジュールは、アナハイムよりもメトロズの方が、詰まっていると考えた方がいいのだ。
夏場の試合はやはり、体力を減らしていく。
そのあたりの体調管理はさすがに、メジャーリーガーともなれば、しっかりしていると思いたい。
直史などは夏場は、とにかくスタミナを減らさないことを重要視している。
熱中症などになったりすると、その後のパフォーマンスには大きな影響がある。
夏でも30℃を超えるのがせいぜいだった昭和と違い、今なら普通に35℃を六月から超えていく日本。
なお熱中症というのは筋肉や脳などの神経系にも大きなダメージを与え、一生回復しなくなったりする場合もある。
その字面だけを見れば、危険性は軽視されすぎだと言ってもいい。
たとえばヘレン・ケラーは幼少期の高熱が原因で、視力や聴力などを失った。
夏場のグラウンドというのは、40℃を超える場合がある。
暑さに体を慣らすという点では、サウナなども高温になるため、なんとなく大丈夫な気がするかもしれない。
だが本当に辛くなれば、抜け出すことが出来るサウナとは違うのだ。
それにサウナでも我慢しすぎて、死亡するというケースは珍しくない。
もっとも基本的にアメリカは、日本に比べると体感温度は低い。
湿度の関係で、過ごしやすさはだいぶ変わるのだ。
アナハイムもニューヨークも、最高気温はそれほど変わらない。
三年目の大介と、二年目の直史。
共にある程度は、シーズンの過ごし方を分かっている。
日本時代に比べれば、かなりきついローテーションであるし、スケジュールではある。
だが直史は節制により、大介は元からの体力により、どうにか試合についていっている。
タフさが必要なMLBにおいても、さすがに数日は休みが入るスタメン。
その中で大介は去年、162試合の全てにスタメンで出場した。
NPB時代も含めて、大介の最大の強みは、その安定感にあると言ってもいいだろう。
ただピッチャーとして見るならば、直史の安定感はまさに別格。
プロ入り後ローテを飛ばされたのは、オールドルーキーであった一年目ぐらい。
あとは自分の体調などで登板を飛ばされることは一度もない。
NPBでの二年目は、後半は中四日で投げてもいた。
そして無敗なのだ。
15勝はリーグトップであり、勝率は負けていないのでリーグトップ、防御率は0.06でWHIPは0.10に奪三振率は10.16と、いつものナオフミ=サンである。
奪三振率が低いなどと言われても、それでも先発の中ではリーグトップレベルであり、投げているイニング数が多いので、奪三振157個もトップ。
もっとも奪三振の数だけは、武史に及ばない。
直史との投げ合いのダメージを考えて、二試合ほど飛ばされていながら、おそらく武史はシーズン奪三振を更新するレベル。
NPBでは上杉の中四日登板により、もう誰にも更新できなくなっていた記録であるが、MLBでは上杉は先発としては投げていなかった。
クローザーだった上杉の奪三振率には、さすがに及ばない。
なにせ同点やビハインドの場面でも、三者三振で流れを変えてしまうのが上杉であった。
ちなみに故障明けの年の話である。
直史は今年まだ、フォアボールを出していない。
強打者を相手にした時は、上手くボール球を振らせることも駆け引きの一つだと考えれば、そのボール球をほとんど投げない直史は、完全に怪物であった。
ヒットにならないであろうボールでカウントを稼ぎ、際どいところのボール球をスイングさせる。
そういった当たり前の技術を使っていないところが、人間離れしているのだ。
球数が増えない直史。
グラウンドボールピッチャーはどうしても、打球自体は打たせるために、運の悪いヒットは増える傾向にある。
だが直史のお場合は、それすらも野手の正面に飛びやすい。
長打をほとんど打たれないことが、直史の最大の武器だ。
そしてクリーンヒットがほぼないというその投球術。
それはここにきて、まさに完成の域に達する。
チームとしては得点力がやや落ち、防御率がかなり落ちた。
平均得点と平均失点の差が2以上もあるため、やはり圧倒的に強いチームであることは間違いない。
ただメトロズと比較すると平均失点はわずかの差しかないが、得点はそこそこの差がある。
強打のメトロズという認識は、今年も間違っていない。
ただしアナハイムの得点力も、去年を上回っている。
レギュラーシーズンでは117勝のメトロズに、わずか一勝及ばなかったものの、ワールドシリーズで勝ったのはアナハイムだ。
レギュラーシーズンの試合は、いかに上手く負ける試合を負けるか。
全てを勝つつもりでやっていては、絶対に息切れをしてしまう。
過去にもレギュラーシーズンで、116勝をしたチームはあったが、その年のワールドチャンピオンにはなれなかった。
去年のことも、最高勝率で117勝の年間勝利数を更新したメトロズを、二位のアナハイムが逆転したという形と言える。
ちなみに似たようなことが、武史の好きなNBAにもあった。
マイケル・ジョーダンを要するシカゴ・ブルズは年間72勝10敗という記録で、その年のプレイオフに出場日、ファイナルにも勝って優勝した。
おそらくこれを更新することはないだろうと思われる記録であったが、後にステフィン・カリーを擁するゴールデンステート・ウォリアーズはシーズン73勝9敗でその記録を更新。
だが記録にこだわって主力のシーズン終盤の疲労が蓄積したためか、プレイオフでは敗退している。
疲労とパフォーマンスの問題は、当然だが密接に関連してくる。
野球の場合はレギュラーシーズンとポストシーズンでは、戦い方も変わるため、勝率で逆転して優勝というのもおかしくない。
MLBの勝率はおおよそ、NBAの勝率よりも控えめで、それだけ野球というスポーツが、常勝軍団を作りにくいスポーツであるとも言える。
アナハイムは去年、ポストシーズンでリーグチャンピオンになるまで、スウィープを続けて無敗であった。
それだけたっぷりと休めて、ワールドシリーズのメトロズ戦に臨めたとも言える。
ホームのアドバンテージは、確かに重要なものであろう。
だがそれを手に入れるためにシーズンの終盤、無理をしてまで勝ちにいく必要はない。
もちろんポストシーズン進出がぎりぎりであったりすると、ぎりぎりまで主力を使っていくのは当然だ。
たとえ最初のカードで負けてしまうにしても、ポストシーズンに出るか出ないかで、球団の収益は違うし、来シーズンへの展望も変わってくる。
ポストシーズンでの戦い方を学ぶには、ポストシーズンに進出する他にない。
もちろんFMは変わるし、選手でもトレードがあるため、経験の豊富な人間が、それなりには必要になる。
ただしポストシーズンの戦い方など、どうでもいいとばかりに勢いで戦い続け、ワールドシリーズまで勝ち進むということもある。
だがたいがいの場合はポストシーズンの戦い方を知らなければ、チームは途中で息切れを起こす。
特に重要なのが、エースクラスのピッチャーの運用方法。
直史が三勝もしてしまった去年のワールドシリーズは、完全に一人の力がチャンピオンに導いた。
しかし当の本人が、それではもう今年は通用しないだろうな、と思っている。
メトロズには武史がいる。
直史と同じように、今年まだ無敗のピッチャーだ。
直史と当ててお互いに削りあうのか、それとも他のピッチャーに当てて確実に勝っていくのか。
そのあたりは首脳陣の、相互の戦力の認識と関係する。
アナハイムは直史以外のピッチャーも、ヴィエラが6勝0敗と無敗をキープしている。
途中離脱はあったものの、防御率2.38というのは立派な成績である。
スターンバックも12勝2敗で、防御率は2.36とヴィエラをも上回る。
どちらもほぼスーパーエースと言っていいぐらいの数字だ。
アナハイムとメトロズのピッチャーのレベルを比較するなら、ある程度は数字から計算できる。
直史>>武史>>>ヴィエラ・スターンバック>ジュニア・ウィッツといったところだ。
直史と武史の間に上杉が入り、武史とヴィエラの間のヴィエラ寄りに、本多が入ると考えれば分かりやすい。
直接対決の七連戦となれば、アナハイムはなんとかして武史に直史を当てて、勝ち星を取っていく必要がある。
逆に勝敗だけを考えるなら、メトロズは武史でヴィエラかスターンバックに勝ち、残りは攻撃力の優位性で、どうにか直史が投げない試合を勝っていかなければいけない。
こういった状況から、アナハイム首脳陣は、シーズン後半とポストシーズンを占っていかなければいけない。
大前提として、ポストシーズンに直史が離脱したら、それはもう優勝には手が届かない。
そして投手陣、残りのヴィエラとスターンバックを万全に使うために、無理をさせないのが重要だ。
はっきり言ってリリーフ陣は、今のままでも構わない。
レギュラーシーズンの勝率でメトロズを逆転しようと思うなら、確かにもう一枚それなりに強いリリーフがいるだろう。
だがポストシーズンでのエースの使い方を考えれば、リリーフも出来る先発をリリーフとして使い、短いサイクルで先発を使っていくことも考えていい。
アナハイムはあと、どこに手を入れればいいのか。
それはもう、いくらでも資金があるなら、いくらでも手の入れようはある。
だがそれは現実的ではない。
打線についてはアレクを手に入れたし、まさか樋口がここまで打てるとは思っていなかった首脳陣である。
両者共に打率と長打力を両立し、恐怖の一番二番となっている。
そしてその後に、確実に覚醒したターナー。
アナハイムのこれまでの方針からして、FA権を獲得したとき、残留させるために相当の契約を結ぶことが考えられる。
六月の成績については、色々と周囲は騒がしい。
ただ直史のピッチャー・オブ・ザ・マンスはもうずっと続いている。
見飽きたと言われても、文句は他のピッチャーに言うべきであろう。
パーフェクト二回にマダックス四回。
今季既に五回もパーフェクトを達成しているあたり、常軌を逸している。
直史の目に映る世界は、おそらく他のピッチャーのそれとは違う。
もちろん上杉や武史も優れたピッチャーだが、現在のピッチャーのスタイルの延長線上に、そのパフォーマンスはあると言っていい。
だが直史のスタイルだけは、理解しがたいものだ。
技巧派や軟投派のピッチャーというのは、確かにいた。
だが直史のように、本格派のピッチングスタイルでもある程度通用して、それに技巧を複雑に混ぜていくスタイル。
ストレートでも大介から三振を奪ったり出来るのだ。
もっともそれも、複雑な計算の果てに成し遂げたものであるが。
直史は今年、特に故障などがない限りは、16回か17回の先発登板が回ってくる。
去年は30勝という21世紀では唯一の30勝に到達したが、今年はそれをさらに更新するかもしれない。
二年連続で30勝などというのは、大戦後すぐのピッチャーのレベルである。
まだ半分しか投げていないが、既にここまででサイ・ヤング賞の受賞は確定的と言っていい。
故障だけは心配であるが、一試合に100球も投げずに完封する。
メトロズ戦では無茶をしたが、武史と違って普通にその後もローテを崩さなかった。
144球を投げたあの延長戦も、その前後の試合の球数を見れば、上手く省エネが出来ているのだと分かる。
100球以内に抑えるどころか、90球以内に抑える試合も多い。
80球以内で抑える試合は、さすがに下手なパーフェクトよりもひどい。
相手の打線の人格尊厳を破壊していると言っていい。
もちろん野球の世界では、尊厳を破壊される方が悪い。
対シアトルの三連戦、直史は投げない。
このカードが終われば、その次がミネソタとの対決となる。
アナハイムが負け越したミネソタは、あれからピッチャーを補強している。
今年のポストシーズン進出、そして来年あたりにはワールドチャンピオンを狙う。そういう補強をしているのだ。
もちろんまだまだ総合力では、アナハイムやメトロズの方が強い。
だがそんなアナハイムに、勝ち越したという実績がある。
直史から唯一の点を取っている。
それは今年、インターリーグで当たったメトロズでも、成しえなかったことだ。
カードの先発は既に発表されていて、あえて少しずらしてでも、直史の先発を持ってきた。
この意図をミネソタは、正確に認識している。
もし、直史を打って勝つことが出来れば。
それほど資金力が豊富なわけでもないミネソタだが、ここは少し無理をしてでも、さらなる補強をする事態だ。
基本的には殴り合いで勝っているミネソタだが、同じ殴り合いなどをすれば、メトロズには負けるであろうと思われている。
リーグも違うのであまり確かなことは言えないが、その計算は間違っていないだろう。
ただプロの野球の世界では、上手く負けて確実に勝つことも重要なのだ。
殴り合って直史の時には、さすがに点が一点か二点しか取れなかったとしても、他のピッチャーを相手にした時、ハイスコアゲームで勝てればいい。
それぐらいに開き直っているなら、アナハイムに勝ってワールドシリーズに進出し、メトロズを相手にワールドチャンピオンになれるかもしれない。
ここしばらくは、チーム作りに長く時間をかけてきたミネソタ。
そして一気に飛躍というのは、MLBでは珍しいことではないのだ。
シアトルとの三連戦の途中から、色々と樋口は考えていた。
主にミネソタとの対戦のことをである。
最初のカードである四連戦は、ヴィエラ、直史、スターンバック、レナードという先発で、直史しか勝てなかった。
ヴィエラはリリーフに継投したところ、クローザーのピアースが打たれて負けている。
今度の三連戦は、直史の後にはレナードとマクダイス。
はっきり言って先発の力では、マクダイスが抑えきれる可能性は低い。
樋口はもうミネソタに関しては、ポストシーズンで当たることを想定している。
なので重要なのは、レナードの投げる試合だ。
直史が投げる試合は、確かに一点ぐらいは取られるかもしれない。樋口でもそれぐらいは想定している。
だがミネソタの先発を見るに、アナハイムなら三点ぐらいは確実に取れるであろうピッチャーだ。
なので問題は、ポストシーズンで当たった時に、誰を使って勝利を掴むか。
ミネソタはまだ投手力に課題を抱えているため、五連戦で当たることになるか、七連戦で当たることになるか、それは分からない。
しかしワールドシリーズでメトロズに投げることを想定して、直史に疲労を感じさせたくはない。
肉体的なものも、精神的なものも。
なので直史の先発は、二試合までとしたい。
すると一つか二つは、他のピッチャーで勝つ必要がある。
ミネソタも先発を補強し、ポストシーズンが現実的に見えてくれば、トレードデッドラインでさらなる補強をしてくるかも、とは聞いている。
このあたり樋口としては、どうしてもNPB時代の常識が計算の邪魔をする。
トレードした選手を、その日のうちにまたトレード。
そういったことを行うのが、MLBのトレードなのだ。
ミネソタは打線に若手が多いため、あまりこれをトレードに出したくもないだろう。
資金力が豊富とも言えないミネソタは、選手の総年俸はメトロズの半分強。
確かに無理をすれば、今年ワールドチャンピオンを狙えるかもしれない。
だが来年以降にもっと確実に狙うなら、今年はトレードはあまりしない方がいい。
金銭トレードなら、今年一年だけならば、どうにかスーパーエースの契約を抱えることも出来るだろう。
だがプロスペクトを放出するトレードとなれば、安く使える若手を放出することになるため、それはミネソタのチーム作りの方針に反するのではなかろうか。
このあたりは、直史のみと話すのではなく、アレクも交えて通訳スタッフの若林などからも話を聞く。
若林としてはそういうことを考えるのは、選手ではなく首脳陣、FMやコーチの職分だと思うのだが。
ただ直史も樋口も、球団経営ということに対して、かなり正確な考え方を持っている。
それが分かる若林としては、この二人は将来的には、球団のフロントで働くべきなのでは、と思わないでもない。
直史は日本に帰るつもりがはっきりしているが、樋口などは思考が日本人選手っぽくない。
キャッチャーは選手寿命が長いということもあるが、彼は出来るだけ長く契約した方がいいのではないか、と思ったりする。
若林は単なる通訳というわけではなく、球団のスタッフの一員だ。
スカウトなどで日本に向かうこともあるし、選手については意見を求められることもある。
直史も樋口も、通常のスカウトのルートで入ってきたのではないと聞いている。
だがこの二人を獲得したのは、間違いなく大正解だ。
七月のオールズター、直史は辞退を早々に表明していた。
実際のところシーズンのローテが、そのあたりで中四日もあるので仕方がないかもしれない。
それに去年のシーズンのように、左手で投げられたりしても、ちょっと困るところはある。
もちろん口には出来ないが、チームとしては直史には、ここでしっかりと休んでほしい。
オールスターはNPBと違いMLBは、MVPを取っても賞金などがもらえるわけではない。
それで得られるのは名誉であり、そして選ばれて顔を揃えるのは、ファンサービスと言ってもいい。
ピッチャーなどはたった一試合に、どれだけのピッチャーが出番があるというのか。
それにアナハイムからは、野手ではあるが樋口、アレク、ターナーが選ばれている。
スターンバックも選ばれてもおかしくなかったのだが、さすがに選ぶほうも遠慮した。
シアトル相手の試合は二勝一敗で勝ち越し、ミネソタに移動してアウェイでの試合となる。
直史としては移動直後の試合は、はっきり言って嫌いである。
今回は移動日が休みでもなく、到着すればそのまま試合となる。
中六日の休みがあったが、そもそも直史は試合で疲れをためないタイプだ。
もっとも前の試合は本多との投げ合いがあったため、普段よりは疲労が多かったが。
そして五大湖周辺のミネアポリスに到着すれば、マスコミが群がってくるというわけだ。
アメリカは大国だけに、地元メディアが発達している。
それにこの試合の先発カードは、明らかにミネソタに直史を当ててきたものだ。
注目しないほうが無理というものだろう。
ニューヨークに移動するほどではないが、ミネソタもそこそこの距離があり、時差もある。
一年間シーズンを送り、そして今年も半分を終えた。
季節的にはもう夏となり、日本のような湿度はないが、それでも暑さは感じている。
夏だな、と思う直史。
彼の野球の原風景は、夏の盛りの中にある。
この試合に勝てるかどうかと問われれば、それは自分では決まらない、と答えるしかない。
野球はいくらピッチャーが頑張っても、味方が点を取らなければ勝てないスポーツ。
そのはずなのだが直史は、今年は全ての試合に勝っているし、去年も負け星がついていない。
奇跡とたやすく人は口にするが、そんなに単純な話ではない。
やりすぎるほどに準備をして、そして確実に勝つ。
それが日本流の野球であり、高校野球から続くスタイルだ。
高校野球に比べれば、データの豊富なプロのゲームは、そんなに大きな不安要素はない。
ミネソタのブリアンは、相変わらず絶好調で、このままならア・リーグで三冠王を取るかもしれない。
もっとも三冠王という言葉の価値は、大介が完全に自分のものにしてしまっている。
もし三冠王を取れたとしても、それはあくまでア・リーグの三冠王。
打率も打点もホームランも、大介を上回ることは出来ない。
それで三冠王というのも、むしろブリアンには気の毒といったところか。
スタジアムで調整をする直史は、今日の調子は万全ではないな、と自覚している。
実際に投げてみれば、その違いははっきりするだろう。
やはり本多を相手に投げた試合で、かなりの力を使ってしまっている。
それが回復していないのと、そもそも根本の回復しにくい力を使ってしまったという意識がある。
ミネソタの強力打線を相手に、どうやって投げていくのか。
それなりに大変だな、と直史は考える。
負けるつもりはないし、勝つ自信がある。
ただ無失点に抑えるのは難しいかな、とも思う。
ミネソタの攻撃力は打撃力にかなり依存しており、大味なベースボールであることは間違いない。
前のカードの時はともかく、このカードで抑えてしまえば、調子を落とすのではないか。
そうは思ったが結局、あの試合もブリアンが打ったことで、ミネソタの士気はあまり下がらなかった。
ワールドシリーズでメトロズと万全の状態で対戦するためにも、それまでの過程は圧勝しておきたい。
ミネソタには出来れば、ポストシーズンに進出してほしくない。
ただア・リーグ中地区ではミネソタは、突出した存在になっている。
なので主力の故障でもない限り、ポストシーズンへの進出は防げないだろう。
ならばせめて、苦手意識を植え付けておきたい。
直史は打てないと、思わせておきたい。
この万全ではない状態で、どれだけのことが出来るか。
「今日はフォアボールを出すのもOKでリードしてくれよ」
「いいのか?」
「無駄に力を使って、全打席を抑える必要はないだろ」
割り切って考える直史に対して、樋口も計画に微調整を加える。
直史は別に、目の前の勝負にこだわっているわけではないのだ。
別に敬遠をしてもいい。ただこれまでは、その必要がなかっただけで。
そして本当ならもっと敬遠したいのは、これまでは大介だけであった。
興行ということを考えても、別にそこまで必死になるつもりはない。
直史の冷徹さに、樋口もあっさりと割り切る。
歩かせても、勝てばいい。
全ての打席を勝負しなくても、普通ならば逃げたとは思われない。
普通のピッチャーがある程度する、駆け引きを使ったピッチング。
それをリードするならば、随分と楽になる樋口であった。
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