第100話 上には上がいる

 ラッキーズの現在のスーパーエースと言えるのは、以前はセントルイスにいたスレイダーである。

 セントルイスが若返りのために、ラッキーズのプロスペクトと引き換えに放出した。

 契約を引き継ぐのと引き換えにラッキーズに来たスレイダーは、確かにスーパーエースと呼ぶのに相応しいだけのピッチングをしている。

 だがそれでも防御率が2を切ることはない。

 そして防御率が1を切らないと、直史に勝つことはほぼ不可能である。


 アナハイムの打線が軒並み調子が悪く、そして直史と樋口の採用した投球パターンを、相手の打線が上手く読んでしまった場合。

 あとは出会い頭の一発が、一試合に二度ほどもあった場合。

 ここいらが重なってようやく、アナハイムに勝つことが出来る。


 前回の直史との対戦で、ひどい目に遭ったラッキーズは、打線の調子が悪い。

 そしてそのトラウマが消えないうちに、また直史との対戦がやってくる。

 どれだけうちをひどい目に遭わせるんだ、とラッキーズの関係者は思うだろうが、スケジュールを決めているのは数年前のコンピューターである。

 

 一回の裏に直史も三人で終わらせて、二回の表のアナハイムの攻撃に移る。

 スレイダーのストレートはMAXが102マイルほどにもなるが、この球速でも武史に比べればマシである。

 一回の表には凡退した三人も、次なら打てると自信を持っている。

 ただラッキーズが前回と違い、普通に勝負してきているのが不思議ではあった。


 もっともNPB経験者、またはそれ以前の高校野球経験者には、なんとなく分かる。

 スモールベースボールというのは、頭が疲れるのだ。

 ポストシーズンで全力を尽くすならともかく、レギュラーシーズンにやるべきことではない。

 地区優勝やポストシーズン争いの激化した場面ならともかく、このカードは確かに影響は大きいが、それでも他の勝ち星でフォローできる。

 そう思えばスレイダーは、直史以外のピッチャーに当てた方が良かったのだが。


 本気になった同士のチームで、果たしてどういう結果になるのか、

 ラッキーズはそれを探ろうとしている。

 ポストシーズンでの対決の可能性が高く、そしてワールドシリーズへの最大の関門。

 アナハイムを倒すための方法を、ラッキーズは探っている。

 とりあえず奇襲で、直史以外は倒せた。

 あとは正面から対決したとき、どういう結果になるかが問題だ。




 二回はシュタイナーが、ヒットで塁に出る。

 だが得点にはつながらないアナハイムである。

 そして二回の裏、直史もあっさりとラッキーズを抑える。

 遅いボールを打たせて取る。

 普段のスタイルに戻してある。


 両チームのエースの投手戦となった。

 だがその内容はだいぶ違う。

 スレイダーはヒットを打たれても、得点にさえならなければいいと割り切って考えている。

 ホームランを避けて、連打されないようなピッチング。

 失点することなく、試合は進んでいく。


 実は直史も、目指すところは同じだ。

 だが違う。内容が違う。だいぶ違うようでいて、全く違う。

 一人もランナーを出さない。

 先発ピッチャーは七回を二点に抑えれば、充分に仕事をしたことになる。

 スレイダーはもちろん負けるのは嫌なのだが、勝敗ではなく投球内容で、現在の投手の価値は変わる。

 

 防御率をいくら低く、同じくWHIPもいかに小さくしても、試合に勝てるとは限らない。

 ホームランの一本だけで決まるという試合は、野球にはいくらでもある。

 五回まで両者無得点。

 そして六回の表、試合が動く。

 ワンナウトからアレクの打ったボールが、左中間を割る。

 フェンス際のバウンド処理にレフトがもたついている間に、アレクは三塁まで到達していた。

 ここでバッターは樋口。

(一点で勝つ!)

 打ち上げたボールはタッチアップに充分な距離があって、アナハイムは先取点を手に入れた。


 ランナーもおらず、これ以上の得点の可能性は低い。

 そう思ったスレイダーは、わずかに気が抜けたのかもしれない。

 ツーアウトでランナーがなくなったところで、ターナーに投げたボールがやや浮く。

 それをターナーは見逃さず、100マイルオーバーがスタンドに突き刺さった。

 一点あれば大丈夫なピッチャーが、二点のリードももらった。

 あるいはこれは逆フラグなのかもしれないが、直史ならばそれもない。

 二点を取られたところで、スレイダーは三点目は許さない。

 だがおそらく七回以降は、ラッキーズはピッチャーを代えてくるだろう。


 六回の裏、ラッキーズはまたも三者凡退。

 パーフェクトゲームが続いている。




 ノーヒットノーランが続いている時は、攻撃側はセーフティバントでのヒットを試みてはいけない。

 アンリトンルールの一つであるが、勝利の可能性が残されている場合は、これが許されることもある。

 ノーヒットノーランでも、わずか一点の差であれば、むしろピッチャーを崩すことこそが、試合を勝つための手段となる。

 現代ではおおよそ六点以上の差をつけていれば、バント禁止となる。

 しかし二点差なら、本来はワンチャンスだ。

 もっとも直史が相手となると、二点を取るなど不可能にも思えてくるが。


 ちなみにこのアンリトンルールの面白いところは、エラーの扱いにもある。

 初回や二回には野手強襲ヒットになったものが、九回にノーヒットノーランであったりすると、エラーとして記録されることもある。

 強襲安打と失策の差は、通常の捕球と送球を行っていれば、アウトに出来たかどうか。

 だが内野の間を抜かれたボールならばともかく、野手正面のボールならアウトに出来る可能性があるのだ。

 公式記録員は、これが九回であると、野手のエラーとする場合が多い。

 忖度とも取れるものであるが、やはり大記録の達成は、MLB全体を見ても望ましいことだとされるのだ。


 ラッキーズはセーフティバントを仕掛けてこない。

 直史の記録も関係しているのだろうが、あまり友好だとも思っていないのだろう。

 直史がここまで失点してきたのは、一発とエラー絡み。

 ならば打たせた方がいいと、全てのバッターに周知していある。

 下位打線には小技の上手い選手もいるが、それでも打たせていく。

 この試合も前の試合とは逆の方向に、直史の能力を試しているのだ。


 直史はとにかく球種が多く、緩急がつけられ、コントロールがいい。

 そしてちゃんと組み立ててくる。 

 いくらでも違うボールが投げられるのに、全く同じボールを連続で投げる。

 そして次に連続で投げたと思われるときは、少しだけ変化をつける。

 こうやってどんどんと、アウトを積み重ねていく。


 データを集めれば集めるほど、そのピッチャーの傾向は分かるはずだ。

 だが直史は定跡を持たない。

 強いて言うなら本格的なパワーピッチャーとして投げるのは難しいということだろう。

 それにしても緩急差を使えば、充分にストレートを活かすことが出来る。

 大介を打ち取ったボールは、カーブやスルーではなくストレートだったのだ。

 それでもフェンス際まで飛ばされただろうと言われるかもしれないが、他のピッチャーはストレートをスタンドに放り込まれているのだ。

 ピッチングはコンビネーション。

 結局はこの試合も、その言葉を肯定するものになっている。




 試合は終盤に入り、ラッキーズは勝ちパターンのリリーフを使えない。

 一方のアナハイムは直史の球数が、まだまだ限界からはほど遠い。

 アナハイムが追加点を入れたが、直史の交代はない。

 アナハイムは残りの二戦も、勝ってしまいたい。

 そのために重要なのは、勝ちパターンのリリーフを温存すること。

 またリリーフ陣を休ませることは、それに限らず重要なことだ。


 七回から八回、そして九回。

 ラッキーズのランナーが出ない。

 対してアナハイムは追加点を取っていく。


 ラッキーズは前の試合も、直史からはヒット一本しか打てていない。

 ただしこの試合の方が、奪三振は少ない。

 しかしそのくせパーフェクトをされていたら、むしろ完全にコントロールされて、打たされていることにはならないだろうか。

 前の試合では先にエラーがあり、そこから崩れるかという希望があった。

 もちろんそれは希望のままで、実現化しなかったわけだが。

 だがこの試合には希望の光が全く見えない。

 暗闇の中を手探りで進んでいくように、バットはボールをジャストミートすることがない。

 どうしても当てにいってしまって、フルスイングしていないのだ。


 ゴロの場合は高くバウンドすれば、それもヒットになる可能性がある。

 だがほんのわずかな運すらも、この舞台には存在しない。

 九回を投げて、92球11奪三振のパーフェクト。

 最終回にはスタンドのラッキーズファンの目は死んでいて、逆にゾンビのようにぬったりとした輝きの目で、直史を見つめる新たな崇拝者が出現していたりした。




 結局はラッキーズは、深淵を覗いてみて、まだ見えない深い先があることを知ったからである。

 底知れない、というのはまさにこのことなのだろう。

 他のチームとの対戦を見ていても、分かったものだ。

 佐藤直史は、少し運がよければ、普通にパーフェクトが出来る。

 運が悪いときは打ち取った当たりが、ぎりぎり内野を越えたり、内野の間を抜けていったり、勢いがなさすぎて内野安打になったりする。

 さらに運が悪いときは、一発で点を取られる。

 なおそんなに運が悪い日は、平均して年に一回しかない。


 六月中旬に、今季五度目のパーフェクトピッチ。

 去年はレギュラーシーズンでは、合計で四回しかパーフェクトをしていなかった。

 いや、普通はパーフェクトなど、一生に一度もすれば充分なはずだ。

 ノーヒットノーランでさえ一生の自慢になるし、それを二度も達成したら、それだけで伝説になる。


 去年の時点で直史は、ノーヒットノーランの通算記録を作っていた。

 一年で、通算記録を更新したのだ。

 パーフェクトにしてもMLBでは、二度達成したピッチャーはいない。

 サイ・ヤング賞の名前の元となった、サイ・ヤングでさえ生涯に三度。

 パーフェクトに加えてノーヒットノーランを複数回達成している武史のようなピッチャーでさえも、10年に一人の大エースレベル。

 だからもう、同じ時代に存在してしまった、己の運のなさを嘆くしかない。


 ファンや無関係の人間はそう思っても、選手たちはそんなのんきなことではいられない。

 アナハイムとの三連戦は、今度はまだ二試合残っているのだ。

 またスモールベースボールを仕掛けたら、勝てるのだろうか。

 だがスターンバックとレナードが第二戦と第三戦のピッチャーであり、そしてスモールベースボールに代表される隙のない野球をするには、ラッキーズの選手たちは疲れきっていた。

 

 直史に完全に封じられてパーフェクト。

 去年もポストシーズン、サイ・ヤング賞二度受賞のハワードが投げていて、それでも1-0で敗北し、直史はパーフェクトピッチングをしていた。

 オークランドもたいがいひどいが、直史と当たった試合数から割合で計算すると、ラッキーズの方がひどいかもしれない。

 事実ここで、地区順位は二位に落ちる。

 ボストンが首位に躍り出たのだ。


 そして残り二試合も、ラッキーズは打線が全く振るわなかった。

 第二戦のスターンバックは、八回までを一安打の無失点。

 ヒット一本がなければ、最終回まで投げさせたであろう。

 八回を終えて100球になったが、最後のクローザーはピアースを使うこともなく終了。

 6-0というスコアでアナハイムが勝利。


 第三戦はレナードが投げて、これまた散発の単打しかない。

 七回までを投げて無失点で、また余裕をもってリリーフに継投。

 5-1で勝利し、勝ちパターンのピッチャーはかなり休めて、次のカードに備えることが出来る。

 次のカードはこのままボストンに移動して、アウェイでの試合。

 ラッキーズをスウィープしたアナハイムを、ア・リーグ首位に立ったボストンは、もちろん全力で迎え撃つであろう。

 あるいはこのカードの対決は、ポストシーズンのリーグチャンピオンシップにつながるかもしれない。

 ア・リーグの本命はやはりアナハイムだが、対抗と言えるラッキーズが落ちてきた。

 ミネソタやボストンを入れた第二集団として、アナハイムを追いかけている。


 もっともレギュラーシーズンとポストシーズンは違う。

 それに応じた力の使い方が、絶対にあるはずなのだ。

 去年は確かに、117勝したメトロズと、116勝したアナハイムが対決するという、全く意外性のない対決になったが。

 しかし意外性がないというのは、誰もが一番望んでいた、ということでもあるだろう。

 ただそれも二年も続くと、飽きられるかもしれない。

「いや、それはない」

 なんとなく直史は否定してみた。

 

 今年はインターリーグでアナハイムとメトロズの対戦があり、メトロズが二勝一敗と勝ち越しながらも、直史の投げた試合では点が取れなかった。

 去年のワールドシリーズでメトロズがチャンピオンリングを手に出来なかったのは、結局のところ直史を打てなかったからだ。

 それはジンクスでもないただの事実であり、ワールドシリーズでメトロズがどう戦うのか、それはかなり注目されている。

 メトロズはよりにもよって、直史の実弟である武史が、今季はエース格として投げている。

 元々大介とも義兄弟の関係なのだが、チームとチームの対決という以上に、個人と個人の対決がクローズアップされている。


 二人の因縁は深い。

 元はチームメイトとして、日本でプロをも上回る人気の、トーナメントで優勝。

 アメリカにも大学によるスポーツの試合というのは、かなり人気があるものだ。

 しかし日本の高校野球のような、とんでもない熱戦が続くわけではない。

 そこからは今度は違うチームで、優勝を争う関係となった。

 もっともそれは大介のMLB移籍で、たったの一年だけの勝負となったが。


 MLBという世界一の巨大リーグにおいて、二人が対決するのはワールドシリーズを待つしかない。

 オールスターはお祭りであったし、今年のようなインターリーグの試合は少し例外的だ。

 ローテの調整がつかなければ、そもそも一度も対決がなかったかもしれないのだ。

 だがこれでアナハイムは八連勝し、次はボストンとの試合となる。

 やはりこれもまた、ポストシーズンを占う上で、重要な試合となるだろう。




 去年は投手力でメトロズを上回っていたアナハイムだが、今年はその投手力の総合力で、メトロズに負けている状況が多い。

 ローテのピッチャーが、やや穴があるからだ。

 リリーフデーに負けることが多いのは、やはりビハインド展開で使うようなピッチャーも、先発としては使うのが難しい。

 便利屋的に使われるピッチャーが、どうしても必要になるのだ。

 アナハイムはマクダイスがやや微妙だということもある。

 そろそろトレードにしても、動き始めているチームはある。

 主力が故障してしまったチームなどは、確かにもうチームを解体してしまう場合があるのだ。


 逆に事前の予想よりも、具合がいいチームは、ここで早めに補強をしていく。

 最終的な判断は、もちろん七月末のデッドライン直前になるが、ミネソタなどは普通にもう、先発などのピッチャーの補強に走っている。

 あとはマイナーにいる40人枠のピッチャーを、ある程度メジャーに持ってきて使ったり。

 実戦に優る練習はないと言うが、実戦並の真剣さで練習をすれば、それだけ実力はつく。

 だが困ったことにMLBの実戦並の練習だと、故障をしてもおかしくないのだ。

 そのあたりはやはり、オフの時間の使い方で決まる。

 昨今は日本でもそうだが、MLBは特にオープン戦が多いため、それに向けて早めの調整も必要となる。

 ミネソタはトレードもあるが、チームに所属していなかった実績はあるが年齢の高いベテランを、ここで契約していっている。

 勢いのあるチームには特有の、ハッスルしすぎの怪我人というものが出て、そこの穴埋めが必要になっているのだ。


 ただ先発の人数については、直史や樋口は別に問題とは思わない。

 ポストシーズンは試合の間の移動が多く、当然試合間隔が空くのだ。

 なのでレギュラーシーズン中よりは、ピッチャーの運用で楽をすることが出来る。

 もっとも当のピッチャーは、レギュラーシーズンよりもはるかに酷使されるわけだが。


 ボストンとの対戦は、直史が投げる試合はない。

 直史が投げるのは、次のトローリーズとの第一戦だ。

 強敵相手の試合が続いたところで、ハイウェイシリーズが始まるという鬼スケジュール。

 なかなかメトロズとの勝率差を縮めることが出来ない。


 この三連戦は、マクダイス、ヴィエラ、リリーフデーという先発で開始される。

 ヴィエラは今年、故障もあったので試合数がすくなかったことから、まだ負け星がついていなかったりする。

 ただ安定感ならば、やはり直史の次ぐらいには優れているだろうか。

 去年に比べても今年は、勝ち負けが先発のピッチャーに付きやすい。

 そんな中でヴィエラはしっかり、試合を作ってから継投している。


 今年でアナハイムとの契約が切れるヴィエラだが、まだまだ衰えたとは思えない。

 長期契約は無理だろうが、短めの複数年契約で、かなりの高額年俸を払うチームはあるだろう。

 来年が直史の最終年ということを考えれば、あと一年はアナハイムでプレイしてもらいたいものだ。

 ローテに穴が空き過ぎた先発陣では、レギュラーシーズンを戦っていけない。

 ただそれよりも先に、このカードではマクダイスが問題となる。


 マクダイスもこの時期と言うか、今年と来年、特に来年が重要な年になる。

 来年を終えたらFA権が手に入り、今よりもはるかに年俸は高騰する可能性が高いからだ。

 もっともこれ以上の伸び代は、少なくともフィジカル的にはないな、というのが樋口の冷たい見方だ。

 逆に言うと駆け引きやコントロールにコマンドなどは、まだまだ向上の余地はあると思うが。

 正直、今のマクダイスは既に、樋口によって一段階上に強化がなされている。

 それをちゃんと自分で理解していたら、樋口の思考を読み取って、それだけで一段階高いレベルのピッチャーになれるのだが。

 さほど、という言い方をされるマクダイスだが、ストレートのMAXは直史よりもずっと速い。

 ただ速さだけで通用するのは、本当に若いうちだけだ。




 ボストンとの三連戦は、結局二勝一敗で終わった。

 マクダイスが勝ち星こそつかなかったものの試合を壊さずに投げ、ヴィエラは安心のピッチング。

 ただリリーフデーがやはり死んでいる。

 普段はリリーフとして使われながらも、長いイニングをそこそこの防御率で投げられる。

 そんなレギュラーシーズン用のピッチャーが、一枚ぐらいはほしい。


 アナハイムは西海岸に戻ってきて、そしてその移動日当日の、第一戦で直史が投げることになる。

 ハイウェイシリーズも最初の二戦は、敵地トロールスタジアムで行われる。

 直史としてはこの試合、もしも自分に負け星がつくとしたら、この試合の可能性が高いと思っている。

 トローリーズの打線がそれなりということもあるが、それよりは第一戦のピッチャーが問題なのだ。

 先日のメトロズ戦で、メトロズの13連勝をストップさせた本多。

 おそらくそのいいイメージを持ったまま、アナハイムと対決することになるだろう。


 直史はラッキーズとの試合で省エネピッチングをして、ボストン戦はもちろんブルペンで投げる機会もなかった。

 万全かどうかはともかく、普段どおりのピッチングは出来ると思う。

 そして普段どおりのピッチングをすれば、相手を完封してしまうのが直史だ。

 ただしこの試合においては、樋口から依頼がある。


 トローリーズとの四連戦は、相手が強いということもあるが、その後のこちらの先発も考えれば、第一戦でガツンとやっておきたいのだ。

 出来ればまたパーフェクトをしておいてほしい。

 そういう無茶なことをさらっと要求される。

 ただそれほど無茶ではないと、周囲はもちろん樋口でさえ思っている、

 あまり完璧に投げすぎると、周囲の期待が重くなるというよりは、直史への依存が高まりすぎる。

 ワールドシリーズまで進めば、他のピッチャーの活躍も必要になる。

 それ以前のリーグチャンピオンシップでも、直史一人では勝てない。

 樋口のピッチャーへの支援効果はあるが、それでも勢いをつけたいし、相手の勢いは殺したい。


 要望を聞いた直史は、試合前のグラウンドでゆっくりとウォーミングアップをする。

 柔軟とストレッチをして、軽くキャッチボールなども。

 それが一段落ついたら、試合前のミーティングとなる。

 もっともこのハイウェイシリーズは、誰もがしっかりと意識している。

 去年までのこのカードは、アナハイムが負け越すことが多かったし、スウィープされることもあった。

 だが現時点での実力差はどうなのか。


 トローリーズとの対決で重要なのは、先手先手で得点を取っていくことだ。

 そういうことを考えると、直史が投げるのは出来れば、先攻がトローリーズとなるホームの方が良かったのかもしれない。

 ただ四連戦の初戦を投げるというのも、やはり先制攻撃の代わりになる。

「ただこの間、メトロズ相手にあれだけいいピッチングをしておいて、まだ調子を保っているのかどうかは疑問なんだよな」

 リーグ最強のメトロズ打線を、よくも終盤まで抑えたものだ。

 ただそれはメトロズのピッチャーが弱く、トローリーズが上手く点を取っていったのが大きい。

 直史から点が取れるのか。

 樋口としては難しいだろうな、と客観的に物事を見られる。


 本多との付き合いは、樋口はそれなりに長い。

 最初は一年の春に、練習試合で対戦した。

 甲子園での対戦はなかったが、二年の夏にはワールドカップで同じチームになっている。

 もっともその時の樋口は、直史と組んだことが多かった。

 正捕手としては武田などが使われていたのだ。


 プロ入り後は同じセ・リーグのチームで、それなりの対戦がある。

 そしてだいたいは樋口の属するレックスの方が、チームとしては優勢に勝っていた。

 もっとも本多はタイタンズのエースとして、普通にレックスからも勝ち星を上げていたが。

 野球というあの頃のつながりが、10年以上の時を超えて、こうやってつながっている。

 結局引退するまで、あるいはむしろ引退してから、付き合いはあるのかもしれない。

「そういや、本多さんも200勝見えてるのか?」

「どうだったかな。小さな故障は少ししていたはずだけど、ほとんど毎年二桁は勝っていたはずだけど」

 セ・リーグのピッチャーの悲劇として、本多もまたタイトルを取れていない。

 時代が違えば、リーグが違えばという選手だ。

 そして実際、リーグを超えて、アメリカにやってきた。

 そこでも対決する相手が、スーパーエースというのは皮肉なものだが。


 第一戦、アナハイムからの攻撃、

 立ち上がりが乱れることがある本多の、今日の調子はどうなのか。

「期待せずに投手戦を覚悟しよう」

 樋口の言葉に直史は無言で頷いた。

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