第98話 AL東地区
今季のア・リーグ東地区のシーズン戦は激しい。
特に台風の目と言うか、今年は開幕から調子が良かったのは、ボストンである。
昨年も序盤から調子が良かったものの、中盤に怪我人などの離脱で主力を失い、ある程度チームを解体したボストン。
だが今年はしっかりとした補強に若手の台頭もあって、現在地区二位となっている。
その若手の中に、メトロズが去年上杉の獲得のため、放出した選手もいるので笑えない。
現在首位のラッキーズは、まだ今年メトロズとのサブウェイシリーズを戦っていないので、そこで星を落とすと考えられている。
そんなラッキーズはメトロズより先にアナハイムとのカードがやってくる。
ラッキーズから見れば、アナハイムは天災のような存在だ。
しかも今年はアナハイムとの二カードの間隔がほとんどなく、そして両方に直史の先発予定が組まれている。
(台風の被害から復興する前に、次の台風が来るような感じか)
ラッキーズでクリーンナップを打つ井口は、そんな感想を抱いてしまう。
人間は意外と一度きりの天災や事故ならば、立ち上がることが出来るのだ。
嘆いていても始まらない、ということが分かるからだろう。
だがその立ち上がりかけたところに、追い討ちをかけたらどうか。
これはもう気力をなくしてしまうというのが、少なからずあるのだ。
(しかも今年は佐藤弟もいるからなあ)
井口はラッキーズを望んで移籍してきた。まさか大介がメトロズにやってくるとは思わなかった。
そもそも大介はピッチャーとの勝負にこだわるタイプで、井口のようなフォア・ザ・チームの意思は弱いと思っていたのだ。
だから直史や上杉のいる、NPBで満足するだろう。
しかし上杉が再起不能と言われた故障をして、自らのスキャンダルもあり、MLBにやってきた。
計算外である。
井口はピッチャーではないので、大介を抑える必要などはない。
だが同じニューヨークで、同じ日本人バッターで、年齢も同じとなると、どうしても比べられることは避けられない。
井口もちゃんと一年目から、メジャーリーガーとして相応しいだけの成績を収めている。
しかし、NPBで井口は、一度もタイトルを取ったことがない。
ベストナインには何度も選ばれたが、打撃の主要五タイトルをどれ一つ取っていない。
三冠と出塁率は、ほとんど全て大介が取っていった。
最多安打だけは大介は一度も取れていないが、そもそも井口もこのタイトルが取れるタイプのバッターではない。
打率が三割あってもホームラン数が多ければ、勝負を避けられることも多くなる。
むしろ大介と違ってそこまでの足がないため、井口は歩かされることが多かった。
もちろん大介を上回って盗塁王なども取れていない。
守備力も肩も優れていたが、それも全て大介に劣る。
ホームラン王などは二度ほど、大介さえいなければ取れたはずなのだ。
大介のいなくなったNPBでは、西郷がしっかりとホームラン王を取っているので、やはり井口にはタイトルにとの縁がなかったのだろうが。
レジェンドによるセ・リーグ悲劇の時代と言えようか。
ピッチャーは上杉をさらに直史が上回るという、異次元の対決が行われていた。
バッティングでは大介が九年間、打撃タイトル六個のうち、最多安打を除けば盗塁王を二度、首位打者を一度だけ取れなかった。
パ・リーグでもアレクと織田の首位打者争いや、悟のトリプルスリーなどがあったものの、まだしもまともな競争が行われていた。
大介が本来はMLBに来るつもりがなかったことを考えると、確かに本当に井口は間が悪い。
せめてポスティングでもう少し早めに来ていればとも思うのだが、タイタンズがどうしても手放してくれなかった。
真田が佐藤兄弟のせいで甲子園優勝投手になれなかったのと似たような感じで、井口もまたプロ入り後はタイトルに恵まれない。
もし真田が聞けば、ベストナインに選ばれただけマシじゃないか、と言うだろうが。
だが今、そんな井口を中心に、アナハイムに対抗しようとミーティングが行われている。
直史の先発が二度もあると分かっているので、どうにかして打とうと考えているのだ。
たとえ打てたとしても一点ぐらいであろうし、それならば今年のアナハイム打線は、もっと大量に点を取ってくるだろう。
これは試合に勝つための作戦会議ではなく、直史に抑えられすぎて打線が調子を崩さないための、かなり後ろ向きな負け方の心構えなのだ。
井口が直史を最初に認識したのは、高校二年生になる直前の春のことであった。
その年は甲子園のセンバツに出場を果たせず、テレビで夏にライバルになりそうなチームの試合を見ていたのだ。
天凛との一回戦で、直史は投げた。
そして140km/hが一球もないピッチングで、ノーヒットノーランを達成したのだ。
一応前年の秋に、千葉の公立校が、関東大会の決勝まで残ったことは聞いていた。
井口の聖稜がセンバツに出られないのは、秋の県大会の時点で分かっていたので、その時点での興味は薄かったが。
テレビによる学校紹介では、白富東は県下でも公立としては一二を争う進学校。
甲子園に出場するのは初めてであり、そのくせグラウンドや練習設備などは、かなりのものが揃っていた。
変化球主体でノーヒットノーランを達成したのだが、奪三振も14個奪っていた。
結局はベスト8で優勝した大阪光陰と対戦し負けたのだが、その試合でも12個の三振を奪っていた。
本当にその真価が全国レベルになったのは、やはり夏の大阪光陰戦だろう。
延長14回をパーフェクトに抑えながら、ルール上の関係でノーヒットノーラン。
自分と同じ学年のこのピッチャーをどう攻略すればいいのか、井口も悩んだものだ。
ただ、高校時代に甲子園で直史と対決することはなかった。
三年の夏には初戦で当たったのだが、白富東は直史を投げさせなかった。
あの年の白富東は最強であり、直史に投げさせる必要がなかったのだ。
そして決勝では15回延長パーフェクトの翌日に、完封勝利。
そんな成績を残しておきながら、直史のプロ入りはかなり遅くなった。
オールドルーキー。
果たして一線から離れていて、今更通用するのか。
直史が一年目、キャンプの途中までは言われていたことだ。
開幕までにはそんな声は聞こえなくなっていたが。
「ハイスクール以降はもう、誰も打てなくなっていたような感じか……」
井口の英語はまだネイティブとまでは全く言えないので、通訳も挟んだ上での説明である。
直史のNPB時代の成績は、ラッキーズもちゃんと調べて分かっている。
だが高校時代の成績は、全てがネットで拾えるわけでもない。
高校卒業時点でも140km/h台半ばで、プロとしては微妙かもしれない、などという的外れな評価をされていた。
大学時代に伝説的な記録を数多く残したため、そういった評論家は赤っ恥をかいていったものだが。
それでもプロでは通用しないなどと言って、さらに恥を上塗りした者もいた。
直史は評論家やOBなどには、全く忖度しないのである。
「ジュニアハイ時代に何か、攻略の糸口はないのか?」
「それは日本時代から色々と言われてましたけど」
井口は中学生の時点で、既にスラッガーとしての素質を開花させていた。
地元のみならず関東のチームからも引き合いがあったが、結局は地元のチームに進んだ。
大阪光陰や帝都一などが強いことは分かっていたが、それよりはちゃんと先輩などのつながりがあり、チームの透明性がどうかを考えたからだ。
直史の中学時代。
「最初はキャッチャーをしていて、ピッチャーになってからは一度も勝っていなかったそうです」
誰も映像記録を残していない、直史の中学時代。
本人は一度も勝っていないと言い、またそれを否定する声もない。
だが確かに一度も勝っていなかった、と言い出すチームメイトなどの声が出てこなかったのだ。
不思議な話だと、最初は井口も思った。
しかしその実態が明らかになれば、確かに直史がいたのに一度も勝てなかったチームなど、恥ずかしくて名乗り出られないだろうと分かったのだ。
一応井口は高校時代、井口本人はともかくチームの判断としては、そう攻略するかを考えたことがある。
バスターやプッシュバントを含めた、バント戦法だ。
当時の直史は、まだ球速がそれほど速くはなかった。
なのでバントで転がして、守備のエラーや内野安打を狙う。
現実的な作戦だったのだ。高校野球のレベルでは。
ちなみに大介対策は敬遠であった。
MLBでは出来ない戦法だ。
もちろんそれは効果的かもしれないと、想像は出来る。
だが今のMLBでそんなチマチマとして戦術を取れば、観客が黙っていない。
敵地ではもちろん、フランチャイズにおいてさえ、ラッキーズファンはブーイングを飛ばすだろう。
それに根本的な問題として、メジャーリーガーはあまりバントの上手い選手がいないというのもある。
フライを強く打つことを、とにかく徹底された現在のMLB。
送りバントなども統計的には、得点の期待値は下がるとされる。
実戦であまりやらなければ、当然ながら上手いバントなどは減っていく。
また直史のフィールディングが優れていることも、よりバントからの内野安打が難しいことを後押ししてしまう。
結局のところ、直史を打つためにはどうすればいいのか。
「一番簡単なのは、キャッチャーの集中力を乱すとか」
最初のカードでは、直史が投げるのは第三戦だ。
それまでの二戦で、上手く樋口を削っておけば。
別にラフプレイなどではなく、バント戦法などを先に行い、キャッチャーとしてケアすべきことを多くしておく。
NPB時代から組んでいるこの二人は、樋口のリードがかなりピッチングにおいて重要だと示している。
去年の坂本といい、直史は基本的に、日本人のキャッチャーとしか組んでいない。
もちろんオープン戦やブルペンなどでは別だろうが、万一キャッチャーがケアレスミスで小さな怪我でもすれば、動揺が誘えるかもしれない。
これにはむしろ、ピッチャーの方から同意される。
やはりピッチャーとしては、キャッチャーが壁としてしっかり機能してくれることを望むのだ。
樋口もさすがに、後逸が0というわけではないが、それでも本当に数えるほどしかそれはなく、ワンバンのボールでも前に落としている。
直史の場合はコントロールがいいので、ミットで捕れないボールなどほとんどない。
どうせそれなりに打てるであろうから、バントをしても問題はないだろう第一戦と第二戦。
アナハイムとは最初はアナハイムで、次がニューヨークで試合が行われる。
そしてポストシーズンでも、当たる可能性は高い。
チーム力全体でも、今のアナハイムは強い。
去年はメトロズと、とてつもない勢いで勝率の競争をしていた。
今年はメトロズがリードしているが、去年と同じ試合消化数の時より、勝ち星が一つ多い。
つまりメトロズが去年よりもかなり強くなっていて、アナハイムもそれなりに強くなっているというわけだ。
ワールドチャンピオンまでは、正直難しいのかもしれない。
だがラッキーズの選手の年俸などを考えると、ポストシーズンまでしっかりと勝ち上がって、それだけの価値があるチームだと示さなければいけない。
直史を倒すためには、まず樋口を消耗させる。
そして樋口を消耗させるには、第一戦と第二戦を、目的をもって戦う。
統計だけを重視して、漫然と戦っていたはダメなのだ。
今からそんな勢いでもつのか、と思う者もいるかもしれないが、それぐらいに無理をしなければ、ラッキーズは今後数年、ワールドチャンピオンには手が届かないだろう。
ホームでラッキーズを迎える三連戦。
メトロズはここのところ五連勝している。
アナハイムはこの前の試合で、連勝が五でストップ。
そして今日の第一戦も、ちょっと苦しいかなと思っている樋口である。
アナハイムはここのところ、首脳陣も少し落ち着いてきていた。
メトロズとの熾烈な勝率競争を、意識しすぎだと悟ってきたのだ。
確かにあまり、勝率で差をつけられるのはまずい。
だが去年はホームのアドバンテージは向こうの方が多かったのに、それでもアナハイムは優勝したのだ。
まだシーズンは、三ヶ月丸々残っているというのもある。
まだ半分も終わっていないのに、ここで選手にスパートをかけさせるのは意味がない。
それこそ故障者が出れば、一気に順位は下がるかもしれない。
センターラインの守備や、長打力のあるバッターなど、アナハイムは控えの選手までが、そうそう潤沢なわけではないのだ。
第一戦の先発はマクダイス。
なんだかんだ言いながら、クオリティスタートにはそれなりに抑えている。
ただそれは樋口のリードに従ったときの方が圧倒的に多く、アメリカのピッチャーらしく自分で投げる球を決めたがる。
自分の一番いい球を打たれるなら仕方がない。
それがアメリカのピッチャーの心境なのだという。
日本においては野球は、もっと連帯責任が強い。
ピッチャーが花形のくせに、その投球内容はキャッチャーが決めることが多い。
もちろん逆にベテランのピッチャーが、キャッチャーを育てるということもある。
そして成長したキャッチャーが、今度はまたピッチャーを育てるのだ。
マクダイスはかなり、自分の成績に焦っているのだろう。
なんだかんだ言いながら、ほとんどの試合はクオリティスタートで投げてはいるのだ。
ただ樋口にキャッチャーが代わった今年から、ピッチャー全体の成績がかなり向上している。
その中でやや弱めのマクダイスは、再来年が終わればFA権を手にする。
トレード要員として売り込むなら、売り時ではあるのだ。
今年のアナハイムはヴィエラが故障したとき、ガーネットを下から持ってきて、それなりに結果を残した。
しばらくしてメジャーのプレッシャーなどに耐えられず、調子を落としていったが、ポテンシャルは充分に通用するものだと分かった。
今年の終盤などに、また上がってくる可能性は高い。
そこでしっかりと結果を残せれば、来年はローテに開幕から入ってくるだろう。
ただ先発のローテは、今年でヴィエラの契約が終わり、スターンバックがFAになる。
そのあたりGMというのはどう考えているのか、さすがに樋口にも予想がしづらい。
直史に聞いても、はっきりしないぐらい、MLBの選手活用はNPBとは違う。
来年は直史のラストシーズン。
NBA的に言うならラストダンスであろうか。
樋口は自分の仕事を、スプリングトレーニングの間に、若手のピッチャーを数人仕上げることだと考えている。
ヴィエラかスターンバック、どちらかは残ってほしい。残るようにGMに動いてほしい。
ただアナハイムの選手の入れ替えは、GMが決定するとは言っても、かなりオーナーの意向が影響する。
リリーフ陣の微妙な薄さを、樋口は感じている。
だがそれは去年も直史が思っていたことで、そしてそれは改善されていないのだ。
当初は先発ローテの一角であったマクヘイルを、リリーフとして配置転換。
これがハマって今年も、マクヘイルはしっかりとセットアッパーとして投げている。
ただ今日の試合は、そういったアナハイムの事情とは、全く関係なくラッキーズが仕掛けてきた。
初回からセーフティバントなどをピッチャーの前などに。
さほど上手くはなかったものの、慌てたマクダイスが処理に手間取り悪送球。
ノーアウトランナー二塁から、試合は始まってしまった。
MLBではこんな試合もするのか、と不思議に思った樋口である。
一応日米の違いはあるとはいえ、同じ野球であるので、ネットなどで調べたことはある。
バントの扱いでも、アメリカは日本と違って、もっと攻撃的なバントがある。
プッシュバントなどで野手の横を抜くとか、チャージしてきた頭の上を越えるバントだ。
ただそれは、バントのスーパープレイとして紹介されていたもので、やはり普段はあまり行わない。
もちろんこれまでの試合でも、終盤に一点を争うときは、バッターや状況でバントはあった。特に樋口などは自分からバントをしていた。
それなりに足に自信があったこともある。
今日のラッキーズは妙に動いてくるな、と樋口は冷静であった。
事前のマクダイスのピッチング練習の内容から、打線が上手くつながらなければ、勝てない相手だと思っていたからだ。
重要なのは試合を崩さないこと。
マクダイスには点を取られても、六回までは投げてほしい。そうすればピッチャーを消耗させなくて済む。
一回の表、ラッキーズの先取点は二点。
そしてその裏、アナハイムは一点も返すことが出来なかった。
不思議な試合であった。
ラッキーズの試合はポストシーズン、樋口からすると日本シリーズを思わせる、この試合だけを勝つための戦法を使ってきた。
初回から慎重にこちらの打線を窺ってきたため、初回に得点することが出来なかった。
二回以降もセーフティなどに加え、バスターなどの細かい野球をやってくる。
大味なMLBの野球に慣れかけていた、樋口などは戸惑ったものである。
プロの世界では、基本的にレギュラーシーズンで奇襲は使わない。
それに使ったとしても、すぐに通用しなくなる。
ポストシーズンで、それこそワールドチャンピオンを決める場面ならともかく、MLBは良くも悪くも大味な場面が多い。
力と力の対決、フィジカルで圧倒する勝負。
そんなことをやっている限りは、直史は打てないだろうが。
ただ今日のラッキーズは、スモールベースボールをやってきた。
いわゆる日本式の野球だ。
それならば樋口はすぐに対応できるはずだったのだが、ラッキーズの意図がつかめなかった。
奇襲とか奇策として用意していたとしても、ここでは使うべき場面でないだろうと思ったのだ。
だから結局は、その真意を図るために、あえてやらせてみた。
ラッキーズには井口がいる。
井口はタイタンズで四番を打ちながらも、いざという時にはスクイズをしたり、しっかり外野フライを打つ、滅私の心で野球をしているタイプの人間だった。
チームの勝利のためには、自分を捨てて勝ちに行く。
MLBは自分のプレイで魅せた上で勝ちにいくと、考えているプレイヤーが主流である。
実際井口は、今日はヒット一本で二打点を記録していた。
NPB時代は50本近くホームランを打った年もある井口だが、MLBに来てからは30本台。
やや長打力が落ちているのは間違いない。
しかしそれは織田やアレク、樋口も同じことで、大介だけが異常なのだ。
いや、もちろん直史も異常だが。
パワーの目立つフィジカル重視のMLBだが、テクニックを疎かにしているわけではない。
ルーキーリーグから始まるマイナーで、しっかりと鍛えられていくのだ。
だがその鍛える内容は、やはり日本人が考えるものとは違う。
バントがとんでもなく下手であったり、守備も下手なスラッガーは、必ずいる。
そういった部分にまで目を瞑ってでも、使いたいと思わせればいいのだ。
もちろん隙のないタイプのユーティリティ・プレイヤーも必要とされる。
MLBは万能型と特化型、二つを上手く組み合わせてプレイをするのだ。
それが今日の試合は、全員が万能型のように、状況によってプレイスタイルを変えた。
恐ろしいことは、それが選手を入れ替えてやったことではなく、どの選手もそういったスモールベースボールに対応できたことだ。
「ラッキーズはこれ、スプリングトレーニングの時から準備してたのかな?」
樋口の呟きに対して、直史は考え込む。
「去年とはそこそこ選手の入れ替えもあるし、うちやメトロズとの対戦を考えて、スタイルを変える準備はしていたのかもな」
主砲を放出して、ピッチャーなどをそろえた。
それは単純な補強ではなく、方針を丸ごと転換する補強、選手集めであったのか。
「マネーボールみたいなことを、スモールベースボールでやったのか?」
「そういう見方も出来るだろうな」
それまで目をつけていなかった指標で、選手を揃える。
マネーボールはセイバー・メトリクスでチームを強化した話である。
本来の価値の割りに、格安であったプレイヤーを集める。
そして強くなっていったが、結局最後には否定される。
レギュラーシーズンではそれで勝てても、ポストシーズンでワールドチャンピオンになるのは、やはり決定的なコアとなる選手がいる。
そして今日のラッキーズがやったことは、そういったスタイルの変更ではないのか。
ラッキーズ相手に、ここで負けたのはいい。
明日の試合も、相手の出方を見る余裕がある。
第三戦には直史が投げる。
そこでスモールベースボールをしようと、無駄だと思い知らせればいいだけだ。
攻撃に関しては確かに、アナハイムのベンチを慌てさせた今日のラッキーズ。
しかし守備に関しては、それほど革新的な点は見られなかった。
対ラッキーズ第二戦の先発はヴィエラ。
ちなみにもしこの試合で負けると、アナハイムは今年初めての、三連敗を喫することとなる。
ヴィエラに対してもラッキーズは、同じようにスモールベースボールを仕掛けてきた。
だが今日はそれに、もっと柔軟性を持たせている。
クリーンナップにはちゃんと打たせてきたのだ。
このあたりアナハイムの首脳陣は、ラッキーズに振り回されたと言えよう。
真っ向勝負と横からの襲撃、ラッキーズの攻撃はシチュエーションによってその形態を変える。
そしてベンチが慌てる中、守備の要である樋口は、もう慌てなかった。
失点している間に、いかに次の失点を防ぐためにアウトを稼ぐか。
統計的な野球をしながら、トーナメント式の思考でもヴィエラをリードする。
このあたりヴィエラが、ベテランで奇襲も理解するのが早かった。
先取点を取られたものの、中盤で追いつく。
そしてヴィエラの負け星が付かない場面で、リリーフに交代していく。
こうなるとラッキーズとアナハイム、どちらの首脳陣がこの一勝を取りにいきたいと思っているか、それが問題になる。
そして執念は、ラッキーズの方が上回った。
リードした展開でもないのに、勝ちパターンのリリーフを投入。
そしてラッキーズがアナハイムに優っているのは、その勝ちパターンのリリーフ陣だ。
九回の裏、一点を追いかけながらもアナハイムは、ランナーを確実に進めるという手段を取れなかった。
今のアナハイムで、なんだかんだ言いながら出塁してしまえるのは、アレクと樋口の二人が優れている。
その二人に五打席目が回ってこなかったのも、確かにラッキーズには運が良かったのだろう。
だがヒットの数で上回っておきながら、得点はラッキーズに敗北。
得点を取るのにヒットはいらないという、まさに野球の細かい部分を思い知らされた。
日本の高校野球に慣れた人間には、別に新鮮でもなんでもなかったが。
何がなんでも勝ちにいくという試合は、ポストシーズンにやる。
そんな思い込みを、ラッキーズに利用されたとも言える。
それに樋口は試合の終盤で気づいたのだ。
第三戦は直史が投げるから、ラッキーズがリードする可能性が極めて低い。
ならば勝ちパターンのリリーフをここで使っても、明日は休ませることが出来るのだと。
「参ったな」
さほど深刻な面持ちでもなく、樋口はそう呟いた。
「次で叩き潰せばいいんだろ?」
スモールベースボールならこちらが本職で、そしてその対応策も存分に知っている。
問題があるとすれば、今日のようにストロングポイントを混ぜてくることだが。
小手先の技で、勝てると思っているのなら甘い。
直史はもう、既に試合に向けて、集中力を高めてきていた。
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