第97話 地獄の六月

 シーズンが始まってから見れば、この六月の対戦相手は、かなり厳しいところが多いことが分かる。

 まず最初にミネソタと四連戦をし、デトロイトはともかくとしても、ヒューストンやラッキーズ、そしてトローリーズとのハイウェイシリーズも集まっているからだ。

 特にラッキーズとは、一気に六試合も戦うことになる。三連戦が二回だ。

 もっとバランスのいいスケジュールを組めと言いたくなるが、複数年をかけて長距離を移動するとなれば、こういう偏りも生まれるのだろう。

 それにミネソタがここまで強くなるなど、スケジュールを組んだ時点では分かっていなかったはずだ。

 他に今年は好調のボストンとも、対戦することになる。


 この時点で勝率トップのメトロズは48勝12敗。

 対してアナハイムは48勝15敗と、既にある程度の勝率差はある。

 これが直接対決のある日本の同じリーグなら、単純に1.5ゲーム差と言えるのだが、対戦カードに偏りがあるMLBだと、差を縮めるのにどれだけかかるか、いまいち分からないのだ。

 目標とするメトロズの六月のカードを見て見れば、トローリーズとの対戦はあるが、あと歯ごたえのありそうなのはサンフランシスコぐらい。

 やはり大介の三年目ということで、ナ・リーグ東地区のチームが基本的に地区優勝は諦め、今を再建期としているのが、メトロズにとっては勝ち星を得やすくなっているのだろう。


 もっともア・リーグ西地区も、ヒューストンの補強はそれほど目だった効果を見せず、テキサスが弱体化。

 オークランドは完全に迷走中と、そこだけを見たらそうまずくもないように思えるのだ。

 やはり今年の両チームの差は、リーグの差にあったと言っていい。

 直接対決のインターリーグをメトロズが勝ち越したことと、ダークホースと思われていたミネソタの躍進。

 今後は直接対決がないため、メトロズが負けない限りは追いつくことが出来ない。

 地区優勝からポストシーズンでワールドシリーズまで進出すれば別だが、もしこれがNPBであれば、自力優勝が消えた、という意味になってしまう。

 

 対戦する相手が強いなら、むしろ大介であれば燃えただろう。

 だがブリアンを大介の前に持っていっても、おそらくは燃えない。 

 彼の勝負の情熱は、やはりピッチャーと相対してのものとなる。

 

 直史は本来、試合の勝敗のためならば、敬遠もやむなしという思考の持ち主である。

 本来ならば大介との対決は、前後のバッターを打ち取って、勝負しても勝てるところだけ、勝負するというのが直史の哲理だ。

 だが直史にとっての唯一の例外が大介なのだ。

 約束だから勝負する、というわけではない。

 間違いなく世界で一番のバッターだから、勝負していかなければいけない。

 野球から離れて、違う道を歩く直史。

 未練を残さないため、大介と勝負して勝ち、やるだけのことはやったという状態になりたいのだ。


 日本においてはとりあえず、一度も負けずに終えることが出来た。

 そしてこの舞台でも、一度も負けずに終えたい。

 ここには直史の複雑に見えて単純な価値観があり、自分が制圧することによって、アメリカのレベルなど日本と変わらないという証明にしたいのだ。

 実際に直史のMLBでの数字は、NPB時代よりも上がっているとはいいがたいが、下がっていないことは確かだ。

 そもそもNPB時代に既に、これより上がりようがないという数字だったので、それを維持できているだけでおかしい。




 直史は基本的に保守派だが、リベラルな一面もある。

 しかし共同体への帰属意識がそれらよりも上回る。

 甲子園に出場したときは、地元の代表だからと柄にもなく頑張った。

 大学時代はただの仕事で、NPBもそれの延長。

 だがMLBで活躍すれば、日本のファンが喜んでくれるから嬉しい。


 日本を離れたからこそ、日本人だという意識が強くなる。

 直史はそういう人間なのである。

 日本人代表として、アメリカ人には負けたくない。

 大げさだろうと人は言うだろうし、考えすぎだと思われるかもしれないが、直史は日本を背負って投げている気分になる。

 NPBでのピッチングは、仲間内の野球を見てもらっている感じ。

 MLBでは母国の誇りのため、投げているという感じになる。

「おそらくそういうことだ」

 自分のピッチングがNPB時代よりも、さらに進化を遂げている理由を、直史はそう分析した。


 技術的な向上はもう、ほとんど見られない。

 ツーシームやスライダーの強化は、それほどの影響はないと思われる。

 メンタルに理由があるから、ここまで投げている。

 ただしその分メンタルにかかる負荷は、NPB時代の比ではないだろう。


 メンタルというのは、本質的には鍛えるのが難しい。

 あれだけやったのだから大丈夫、という理屈では鍛えられないのだ。

 肉体的に追い込み、精神的に追い込んでも、現在では心を病む人間が大勢いる。

 なおアメリカ人のメンタルクリニックに罹っている割合は、日本人よりもはるかに多い。

 直史は大学における心理学の勉強とは別に、弁護士として働いていた時代、昔はバリバリ働いていたという人物が、完全に人生の敗残者となっている事態に遭遇したことが何度もある。

 警察の人間とも話したが、警察学校でメンタルを鍛えられた人間でさえ、現場を経験すれば精神を病むことがある。

 長く刑事畑で働いていたことで、鋼のメンタルを持っていたと思える人間が、退職後に自殺したりもする。

 要するに人間のメンタルというのは、ありとあらゆる方向から攻撃されれば、どこかした弱い部分を持っているのだ。


 それを知識として得られたのは、直史にとっては幸いであった。

 メンタルを鍛えるのではなく、プレッシャーがかかれば柔軟に対応する。

 逃げ場を作っておくことが重要であり、そのためには自分も誰かの、逃げ場になっておかなければいけない。

 もっとも本物の天才は、それも必要ないのかもしれない。

 イリヤがキレたところは何度も見たが、病んでいるなと思ったことは一度もない。

 だが彼女は、間違いなく天才であった。


 大介や武史も、天才と言っていいだろう。

 植えすぎも天才だ。さらに彼には、たくましくも優しい伴侶がいる。

 自分は天才ではない。ただ環境が、ある程度メンタルを強くさせたし、鈍くもさせた。

 硬いだけのものは、むしろ壊れやすい。

 柔らかく、身軽で、そして盾を身につける。

 メンタルの強化などというものに頼るよりは、社会的な立場を築いてコネクションを増やした方が、よほど実用的であるのだ。




 そんな直史はヒューストン戦、登板のローテに入っていない。

 だがFMに呼ばれて、ローテの調整を告げられた。

 すぐのことではない。まだだいぶ先のことだ。

 本来は登板の当たらなかった、ミネソタとの二度目のカード。

 その初戦で投げてほしいというものであった。


 ふむ、と直史はその前後のカードを見る。

 ラッキーズやトローリーズとの対戦があるため、ここで投げる順番をずらしたくはない。

 ただここでローテをずらすと、その後に響く。

「オールスターには出ないということですか」

「いや、そういうわけではないのだが」

 オールスターに呼ばれて出場する名誉など、直史はどうでもいい。

 考えるべきはそれが問題視されないかということだ。

 肩肘の休養を考えるなら、また左で投げてもいい。

 ただその後のスケジュールを考えると、調整は必要になるだろう。


 オールスターを休むということは、そのまま完全に休養が取れるということだ。

 大介との対決を夢見ていたファンはいるかもしれないが、それは今年は既に、インターリーグでは果たしている。

 ファンの反応を言うのならば、直史は登板イニング数が圧倒的に多い。

 球数ではそれほどでもないが、先発の中ではリーグ全体を見てもトップなのだ。

 それは毎試合完投していることを考えれば、当たり前のことだろう。


 イニングイーターでありながら、球数は少なくほとんど失点しない。

 そんなピッチャーが一人いれば、どんなチームのピッチャー事情も良くなるに決まっている。

 直史がオールスターを欠場する理由は疲労。

 四日間ゆっくり出来るわけだ。


 実際のところ中四日でも、投げようと思えば投げれなくいはない。

 それが常態化してしまえば、話は別だが。

 アナハイム全体が直史に依存するのは、問題が多すぎる。

「ラッキーズとトローリーズ相手に投げるのは動かせないとして……」

 首脳陣と一緒に、今後のスケジュールを考えていく。


 ミネソタに投げるのは、出来れば三連戦の最初がいい。

 そこで徹底的に封じることが出来れば、残りの二試合も相手は調子を崩すかもしれない。

 ラッキーズ、ボストン、トローリーズというカードの並びが凶悪すぎる。

 本当にコンピューターは公平になるようにスケジュールを作ったのかと思うが、どのチームがどれだけ強いかなどは、考慮の対象になっていない。

 重要なのは移動距離と日程。

 それに強い相手とのカードが先にあれば、シーズン終盤には弱いチーム相手のカードが多くなるということだ。


 もっともMLBはシーズン途中に、トレードなどでの補強があるため、後半戦が楽だというのは、今の時点での見込みに過ぎない。

 ただ強いチームが、よりポストシーズン進出やワールドシリーズ制覇を意図して補強する方が、弱いチームが強くなるため補強するよりも、多いのは確かである。

 弱いチームは中途半端な強さより、徹底的に試合に負けて下位に終わったほうが、ドラフトでいい順番を引けるからだ。

 直史は了解した。

 この六月の試合が、おそらくはアナハイムにとって一番大変な試合が続く。

 そして七月の最初に、ミネソタとの二度目の対戦。

 直史にしか出来ない仕事がそこにある。

 ブリアンを完全に抑えるということだ。


 そこまで警戒するものか、という思いもあるが、ポストシーズンのこともある。

 どういう組み合わせになるか分からないが、ア・リーグのチャンピオンを目指すには、当たる可能性はかなり高い。

 ただシビアな作戦が展開するポストシーズンでは、若手の力が強いチームは、作戦で封じることが出来るかもしれない。

 逆手に若手の勢いで、作戦を打ち破ってくる可能性も高いが。

 どのみち勝って、ワールドシリーズに進むことは、義務的に求められている。

「じゃあ、これで行きましょうか」

 大介とメトロズを相手にするよりはマシ。

 心の中でそう唱えれば、おおよそのプレッシャーは霧散するものだ。




 ヒューストンとの三連戦は、地区の順位を決めるための大切なものである。

 ただ主力が二枚ほど抜けない限りは、アナハイムの優勝は確定しているだろう。

 ポストシーズンで当たることがあっても、おそらく勝ち抜くのはアナハイム。

 もちろん油断していれば、すぐにその予想は逆転されてしまう。


 メトロズとの勝率争いは、あちらの負けも期待しなければいけない。

 だがアナハイムも、これ以上負けるわけにはいかない。

 直史は投げないが、それでもしっかりと勝ちに行く。

 ただ時期的なことも考えれば、より重要なのは怪我人が出ないように無理はしないこと、

 試合はさっさと点を取り、余裕を持った状態で進めなければいけない。


 ヒューストンはかけた補強の金額などから、ポストシーズンへ進出する地区二位を狙っている。

 シアトルとの差はまだあるかもしれないが、これまた油断できない。 

 普通にアナハイムに勝つだけで、チームに勢いも出る。

 まだ六月であるのに、そんなことまで考えていく。

 怪我人が出ないようにというのは、お互いの重視するところだ。

 このあたりは両チームのFMが、一番重要だと考えること。


 ただアナハイムの方は、連覇がかかっている。

 去年はメトロズだけに残されていた可能性、ワールドシリーズの連覇。

 今年はその栄誉を握るチャンスがあるのは、アナハイムだけである。


 第一戦を投げるのはスターンバック。

 ある程度の波を覚悟したとして、今日はやや調子が悪い。

 それでも先発に試合を作らせ、五回までは上手く抑えるのが樋口の役割である。

 坂本よりもはっきりとリードしてくるが、頭脳派キャッチャー樋口の説明には、ちゃんと根拠がある。

 化け物であった直史の成績が、さらに異形化しているので、おとなしく言うことを聞いておいた方がいい。

 そんなわけで六回を四失点で継投。

 今のアナハイムならヒューストン相手でも、五点以上は取れる。


 リリーフ陣にどう投げさせるかも、樋口のリードの見せ所である。

 ただ言うことを聞いておいた方が、成績が上がることは間違いない。

 結果、先発が四点も取られていながら、アナハイムはしっかりと逆転に成功する。

 最終的なスコアは6-5であった。

 先発が五回ではなく六回まで試合を作ってくれれば、どうにかなるのだ。

 攻撃においても自分のバッティングで、ランナー二人を返す長打を放っており、本日のMVP的だと言われた。




 第二戦はレナードが投げる。

 若手のレナードはここのところは二連敗していたが、シーズン序盤からは調子が良かったのだ。

 去年の途中からローテに入って、11勝5敗。

 だが今年は開幕からローテの一角であったので、少し疲れやバイオリズムの低下が心配された。

 アウェイでのゲームで、少しまた調整を心配されたいたが、レナードとしても思うところはある。

 もしこれ以上自分が調子を落とせば、またガーネットを上げてくるのではないか。

 マクダイスの方がマイナー降格の候補ではあろうが、それでも自分にも、マイナーに落ちる危険性はある。

 ちょっとしゃんとした、という程度ではないだろうが、この試合はクオリティスタート。

 三失点までならというところで、二失点で六回までを投げる。


 より大きな援護を、打線は与えた。

 終盤にはヒューストンも諦めて、流して試合を終える。

 11-3で最終的にアナハイムが勝利。

 アナハイムはデトロイト戦からの連勝を、五へと伸ばす。


 ただ第三戦は、憂慮されていた事態が起こった。

 リリーフデーで投げたこの試合、その継投するリリーフ陣が取られていく失点に、打線の得点が追いつかない。

 ここまで二勝していることから、ベンチもあえて無理に勝ちには行かず、消耗を防ぐようにピッチャーを使う。

 9-5となんとかなりそうな機会もあったのだが、どうしてもこういう試合もある。

 こういう試合がないのは、それこそ直史ぐらいだ。


 樋口としても、不思議には思っているのだ。

 直史の持つ、変化球、コマンド、緩急。

 それらの全てが、完全に制御されているということ。

 統計的に点が入らないよう、ゴロばかりを打たせるピッチング。

 もちろんこれまでも、アッパースイングで掬い上げようというバッターは、大量にいた。

 今でも基本的に、ランナーがいなければ、クリーンナップなら一発を狙ってくる。

 そういった相手に、直史が使っているコンビネーション。

 効果的だということは分かっているのだから、形だけでも真似てみよう、というピッチャーはそろそろ出てきてもおかしくない。


 同じアナハイムの中でも、わずかにそういった動きはある。

 だが樋口は勧めはしないし、実現できてはいない。

 変化球を身につけるのに、故障のリスクはある。

 コントロールにしても、そこまで安定したピッチングなど出来ない。

 ベテランのヴィエラなどは、直史の力の最大の理由は、技術ではないと思っている。

 直史の最大の武器は、メンタルだ。


 樋口のリードの中には、なんでそんな組み合わせをする、という意表を突いたものがそれなりにある。

 確かにそんなところに投げられたら、打てるはずなのに打てないな、と後からならば思うのだ。

 ゾーンばかりで勝負する割には、ちゃんと駆け引きがある。

 前の打席や、他のバッターへのピッチングでさえ、布石として利用する。

 試合全体を見て、バッターを抑えるピッチングをする。

 それはコンピューターを使って求める最適解とは、おそらく違うのだ。

 だがコンピューターはおそらくい、意外性というものを理解できない。


 そもそもコンピューターを使って計算しても、その入力要素がまだまだ足りていないのだろう。

 気温や風向きが、ピッチャーやバッターに与える心理的な影響。

 そういったものまで、コンピューターは分析しているのか。

 もちろん全てを入力できていないのは、バッテリーも同じだ。

 だがそれこそ直感としか言いようがないピッチングで、二人はバッターを沈めていく。

 あんなピッチングは自分には出来ない、とヴィエラは思う。

 下手に目指してしまったら、むしろ自分の可能性を狭めてしまうだろう。

 敵として対戦するだけではなく、味方として学ぼうと思っても、教材として不適切。

 直史のピッチングは、彼にしか出来ないオリジナリティを持っている。




 オリジナリティうんぬんは、直史にはあまり興味がない。

 ただ必要であると思うのは、相手の精神的間隙を突くということ。

 予想もしていなかった球を投げられれば、バッターが対応できないのは当たり前のことだ。

 その手段を模索していて、こういうピッチングをすることになった。

 もっとストレートにこだわれとか、とういうコーチを直史は受けていない。

 彼が積極的に誰かの指導を必要としたのは、高校二年生までである。


 大学に入っては、そこは成長の場所ではなく、既に仕事として投げる場所になっていた。

 六大学の中に直史を制するようなバッターはおらず、草刈場のように直史は記録を残し続けた。

 チームとしての強さは、他のメンバーも強力であったため、優勝して当然というもの。

 その中で一番苦戦したのは、ジンを相手にした時ではなく、二年目の東大との対戦であったろう。

 まさか女子選手があれだけの脅威とは、周りは誰も考えていなかったろう。

 もちろん直史は、自分の妹たちの厄介さを分かっていた。


 そしてプロ入りの時点でも、やはり直史に指導できる者などいなかった。

 WBCや日本代表との壮行試合で、直史の性能は既に分かっていたからだ。

 コーチには自分より劣った人間にしか教えられないコーチと、自分より優れた人間にも教えられるコーチがいる。

 ただそれでもコーチの役割は、直史のコンディションを保つことであった。

 ある意味NPBでの直史のコーチは、樋口であったと言っていい。


 プロ入りの時と同じことを、直史はやっている。

 エキシビションでワールドチャンピオンになったメトロズを、パーフェクトで封じたのだ。

 そんな器用なことは、誰にも出来ないだろうということを、直史はやってしまっている。

 コーチたちの想定する、ピッチャーの限界の能力を、直史は超えているのだ。

 なので下手にいじると、逆に責任問題になる。

 投げすぎにならないようにだけは気をつけなければいけないが、直史は試合では全く投げない。

 なので故障の心配をすることすら難しい。


 


 アウェイにおいて地区優勝を争う、同じ地区のヒューストンを相手に勝ち越し。

 背中を追いかけるメトロズも、さすがに無茶な勝率は落としている。

 そんな中で行われるのが、今年のリーグチャンピオンシップの前哨戦。

 ミネソタとの対決もその色があったが、これは今年のリーグチャンピオンを争う大本命。

 ニューヨーク・ラッキーズをまずはホームに迎えての、三連戦となる。


 ラッキーズは今年も、ア・リーグ東地区で首位を走っている。

 だが二番手には去年、途中まで調子の良かったボストンが、故障者も戻ってきて油断できないゲーム差にある。

 去年のポストシーズン、アナハイムと最初に戦ったトロントも、なかなかの勝率を残している。

 まだ半分以上のシーズンは残っているが、おそらくこの三つのチームから、ア・リーグ東地区の代表は決まるのではないか。


 このラッキーズと、ホームで三連戦したカードの後、カンザスシティと四連戦を行う。

 すると今度はニューヨークに飛んで、向こうのホームでのラッキーズとの三連戦となる。

 本当にもう、こんな間隔でこんなカードをこなしていいのか、と思わないでもない。

 だがこういったスケジュールが、統計的に見れば一番選手への負担も少なく、公平なのだとコンピューターが判断している。

 もっとも移動の距離などを考えれば、同じ地区の試合が近い移動で行える、東海岸か五大湖周辺のチームが、有利になるのは仕方のないことなのだが。


 ラッキーズとの対戦、先発のローテはマクダイス、ヴィエラ、直史の三人という並び。

 地元ではあるがマクダイスはここまで、11先発の6勝3敗。

 充分に勝っているように見えるが、アナハイムの投手陣の中では、それほど良くもない。

 打線の援護があるため、どのピッチャーも良く見える。

 これは去年のメトロズにもあった現象だ。


 他人の成績にはあまり興味のない直史も、樋口の苦労については考えている。

 アナハイムは樋口が潰れたら、おそらく一気に数字が悪くなる。

 スターンバックとヴィエラはともかく、他は五割を維持できるかも怪しい。

 ピッチャーを上手く運用して回すのは、その試合の中ではキャッチャーの役割が大きい。

 その樋口の見解によると、ここ最近の調子は、むしろマクダイスの方がレナードよりもいいとされる。


 以前にマクダイスは、トレードレッドラインでどこかと、トレードされるのではと言っていた。

 今年のマクダイスの試合を見ると、11試合中9試合はクオリティスタートに成功している。

 そしてクオリティスタートが出来なかった試合でも、六回までは投げている。

 意外なことに安定感は、マクダイスの方があるのかもしれない。

 防御率が4以上であっても、それを援護する打線の力がある。

 リリーフ陣も機能しているので、メトロズは強い。

 全体としてメトロズは、チームが先発をフォローしているのだ。


 スーパーエースが核となって、チームに必勝をもたらす。

 そしてそれで楽になったリリーフを、FMがしっかりと運用する。

 グラウンドの中では樋口が、ピッチャーの負担を少しでも軽くしようとする。

 これだけやっているのだから、アナハイムの防御面は強くて当たり前だ。


 去年よりもさらにアナハイムが強くなったのは、ターナーが今年も安定して成績を伸ばしていることと、アレクの獲得。

 そしてこの一番と三番の間に、樋口がいることが初回の攻撃で強力な得点源となっている。

 坂本もまた打撃には優れていたが、意外性はあっても確実性が微妙なバッターであった。

 樋口はそれに比べると、勝利のためにならいくらでも己を殺すことが出来る。

 日本型のキャッチャーの美徳は、攻撃面でも発揮される。

 果たしてこの三連戦でも、それは上手くいくのか。

 

 もっとも対戦するラッキーズとしては、そこは重要なことではなかった。

 このままのアナハイムのローテであると、直史と二度も対決しなければいけなくなる。

 去年も今年も、圧倒的な制圧力により、対戦相手の打線を不調に陥れている直史。

 ほとんどストーリーのラスボス的な扱いを、直史は受けている。


 対する大介もブリアンも、それに対するヒーローか。

「金さえもらえれば別にいいんだけどな」

 プロレスでもベービーフェイスより、ヒールの方が好きな直史であった。

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