第96話 ニトロ
エースが打たれるということが、どれだけ重要な意味を持つか。
この時のアナハイムほど、それを如実に示したものはない。
第二戦で直史は、ホームランこそ打たれたものの完投勝利。
ヒット三本という素晴らしいピッチングだったはずなのだが、これまでが異次元過ぎた。
逆にあのサトーでさえ打てるのだと、ほとんど完璧に封じられたはずのミネソタ打線が、第三戦以降に開き直ってしまった。
スターンバックにレナードというそこそこいい並びの先発であったのに、第一戦のようにミネソタに打たれて勝利に届かず。
この四連戦を一勝三敗と、かなり深刻な負け越しで終えたアナハイムであった。
NPB時代は早稲谷でもレックスでも、直史が少し打たれたからといって、チームの調子が極端に悪くなることなどなかった。
樋口がその原因を考えるに、日本にいた頃の直史は、まだしもその未熟期を知っている人間が多かったからだろう。
大阪光陰は甲子園で勝っているし、帝都一や神奈川湘南も、直史が点を取られることを知っていた。
だがMLBではスプリングトレーニングの序盤こそゆっくりしていたものの、シーズンデビュー戦からいきなりパーフェクト。
直史はアメリカにおいて、既に完成形からスタートした。
それだけに直史が打たれたことは、味方にとってショックだったのだろう。
去年も織田に打たれているのに、どうしてそこまで衝撃を受けるのか。
それは去年よりもずっと、直史への精神的な依存度が高いからだと思える。
メトロズとの試合でも、13回を投げて無失点。
去年のポストシーズンなど、五試合に投げて無失点の全勝と、まさに直史は野球に愛されていると思うのかもしれない。
考えてからプロ入りして、レックスで二年、アナハイムで一年と、直史の入ったチームは全ての年で優勝している。
まさに優勝請負人、と言う事ができるだろう。
信仰はそれが強固であればあるほど、対象にわずかでも陰りが見えたとき、一気に色あせて見える。
思えば罪な男であるが、それは直史の責任ではない。
周囲を奮い立たせる上杉とは、また違ったタイプのエース。
それがほんのわずかに崩れただけで、ここまでの影響があるのだ。
ただ、このあたりは直史や樋口も悪い。
この二人はもう長年、実力で周囲を黙らせるということを、延々と続けてきた。
実力だけを示してきて、コミュニケーションが足りていない。
特に樋口はミネソタ戦、それを痛感していた。
直史が樋口と組んだことで、無敵のバッテリーとなった。
だがその直史が打たれたのは、樋口の方にも原因があるのではないか。
基本的に樋口は、日本のキャッチャーだ。
守備の要としてだけではなく、ピッチャーをリードする。
アメリカではキャッチャーが一人前になるのは早い。
なぜならピッチャーの投げる球は、ベンチとピッチャーで決めることが多いのだ、
他に理由と言えば、やはりメトロズ戦であろう。
あの後もタンパベイ、マイアミ、アトランタと対戦しているが、やや得点力が落ちていて、ピッチャーが不調になったのと重なってしまった。
武史に三振を取られまくった影響は、皆無と言ったら嘘になるはずだ。
手も足も出ずに三振というのは、バッターの自信を喪失させる。
そして打線の援護とピッチャーのメンタルは、かなりの相関性がある。
逆に俺がしっかりする、と考えるピッチャーもいるが、基本的に今のMLBは、勝敗以外の指標で評価されてしまう。
勝ち星をつけるよりも、クオリティスタートで安定感を示すのが重要だ。
かつてデグロムがほとんど貯金もない成績ながらサイ・ヤング賞を取った。
ピッチャーの評価はともかく、試合の勝敗とは別に、自分の評価を考えている選手は多いのだろう。
それに個人事業主で、個人成績を出さなければ切られるプロ野球選手は、その考えが間違っているわけではない。
ただ、チームとしての一体感が、ワールドチャンピオンになるためには必要だと思うのだ。
地元で負け越した後、遠征が開始される。
まずはデトロイトである。
今年既に一度カードがあったので、ある程度の手数は分かっている。
デトロイトは去年地区三位であったが、ミネソタと同じ地区で、今季はかなりその被害を受けている。
一つのチームが強くなると、その地区の他のチームも強くなる場合と、弱くなる場合がある。
ア・リーグ中地区はミネソタが一強になっていて、デトロイトは今のところ最下位。
最初のカードの時は、そこまでひどくはなかったのだが。
三連戦の最初の試合は、マクダイスが先発する。
今の先発五人の中で、樋口が一番評価の低いピッチャーだ。
ガーネットを上で実戦を積ませて育てた方がいいのではとも思うが、さすがにそこまではキャッチャーの領分ではない。
ただどういう意図で入れ替えなどをしているのかは、軽い感じで訊いたことはある。
FMのブライアンは快く答えてくれたが、メンタル面への信頼性が薄かったらしい。
昇格直後は勢いで、それなりの成績を残した。
だが調子はどんどんと落ちていっている。
ならば本格的におかしくなる前に、マイナーに落として調整しろ、という意味であったらしい。
新人は実は、2Aから一気にメジャー入りすることがあり、3Aはメジャーが調整や休養で練習する場所でもあるのだとか。
ただベテランの選手だと、マイナーに落とさないという契約が付いていたりする場合がある。
するとどうしてもベンチのメンバーを入れ替えたいなら、負傷者リストを使うか、トレードになってしまうというわけだ。
マクダイスはFA権前で、そんな契約にはなっていない。
少し不服な樋口に教えるのは直史である。
「トレードするつもりなのかもな」
ポジション的に余っている選手なら、それもおかしくないのがMLBだ。
実際に直史は去年、リリーフ陣や野手陣など、そこそこトレードされているのを見ている。
NPBの感覚が抜けない樋口には、そのために今はメジャーで投げさせるというのが、どうにも不思議に感じるらしい。
マイナーに落としたガーネット以外にも、未来の先発候補はいるのだ。
マクダイスをトレードに出すことで、他にいい選手が取れるなら、それはいくらでもありうる選択肢だ。
海外からのポスティング移籍で、このバッテリーは地獄のマイナー生活を経験していない。
それはアレクも同じことだ。
だが他の選手に訊いてみると、やはりマイナー時代は一刻でも早く、メジャーに上がりたいと思っていたそうだ。
憧れのメジャーとも言えるが、実際には金銭的にメジャーとマイナーでは、圧倒的に給料が違う。
メジャーは最低賃金でも、年間全てをMLBのベンチにいれば80万ドル前後。
対してマイナーは3Aでも4万ドル。ただし実際はシーズン中しか払われない。週給のシステムになっている。
NPBの二軍よりは高いかな、と勘違いしてはいけない。
二軍よりもさらに育成選手の年俸は低いが、およそは寮で生活しており、食費などが割安になっている。
もっとも結果が残せなければ、クビになるのはどのリーグでも同じだ。
MLBの方がカットするのは、とんでもなく早いが。
NPBとMLBと言うより、日本とアメリカのスポーツに対する向き合い方の差も、考えなければいけないだろう。
アメリカのプロスポーツでプレイする人間というのは、二種類しかいない。
幼少期から育成されたスポーツエリートと、これでダメなら人生の勝ち組にしかなれない選択しのない貧困層出身の人間だ。
スポーツエリートはおおよそ、他の部分の教育にも恵まれている。
自分のキャリアを冷静に計算して、プロスポーツの世界に進むのかどうか。
そういう人間は故障などによって、選手生命が絶たれるリスクまで計算している。
結局ハングリー精神だけでメジャーに上がってきた人間は、金の使い方を知らないため、浪費に走って引退後にまた破産する。
元の生活に戻っただけ、とも言えるだろうが。
マクダイスは後者の、貧困層出身だ。
貧困層と言っても学校に行くことも出来ないほどの極端な貧困ではなく、しかし成功するためにはこの道しかなかった。
そんな人間が他人の忠告を、素直に受け入れることは難しい。
直史も樋口も、マクダイスの改良点には気づいているが、苦労してそれを聞いてもらおうとまでは思っていない。
「日本でも最近は、野球やるのに金がかかるからなあ」
「いや、昔から本気でやるなら、それなりに金はかかってたけど」
それでもシニアに入ったり、学校の部活以外での活動は、それなりに金がかかる。
直史の場合は、最安のルートでやっていたものだが。
スプリングトレーニングで樋口は、若手の中に何人か、有望そうなピッチャーを見つけていた。
その時はまだ自分も、今年からMLBの新人ということで、発言権などないと思っていた。
だがここまでやれば、そしてバッティングの方でも成績を残せば、来年には色々と意見することも出来るだろう。
もっともピッチングコーチのオリバーは、完全に直史に篭絡されている。
そちらから攻めたほうが、効果的であるのかもしれない。
そんな不満点もあるマクダイスであるが、今日のピッチングは良かった。
六回を二失点で抑えて、打線も順調に援護する。
そしてあとはリリーフ陣の出番だ。
ミネソタとの第一戦、セーブ失敗でさらに今年初めての負け星を記録したピアース。
三点差の場面で出てきて、見事にシャットアウト。
ミネソタに連敗していただけに、この第一戦を勝つことは、かなり重要なことであった。
第二戦の先発ヴィエラも、ミネソタ戦では勝ち星を消されている。
だが自分のイニングはクオリティスタートで、それほどショックを受けてはいない。
ベテランとは安定してプレイできるからこそ、ベテランの年齢まで生き残って来れたのだ。
この試合も問題なく、六回を一失点。
安定した内容で、リリーフにつなげる。
この試合ではアナハイムは、かなり打線が爆発していた。
今のままではおそらく、メトロズと言うか武史を、打つことは出来ない。
そう感じた打線陣は、かなりスピードボールへの対策が進んでいる。
「170km/hを打つだけじゃ、あいつからは点を取れないんだけどなあ」
そんなことを呟きつつも、自分はあっさりとツーランホームランなどを打っている樋口であった。
デトロイト相手に二連勝して、かなり溜飲が下がっているアナハイム。
そして連敗しているにも関わらず、本日のデトロイトの本拠地、ネオ・ジャガー・スタジアムは満員御礼であった。
去年も一度、直史はこのスタジアムで投げている。
その時もノーヒットノーランでマダックスと、圧倒的なピッチングを見せている。
ただ、アメリカ人の多くは、いい加減に異常さに気づいている。
気づく前に慣らされてしまっていたが。
直史はパーフェクトをするのもノーヒットノーランをするのも、ほとんど難易度は変わらないのではないかと。
今年の直史は既に、三度のパーフェクトを達成している。
それに対してノーヒットノーランは一度しかない。
難易度からすると、普通は逆になるはずなのだ。
ただ直史は今年、点こそ取られたものの、フォアボールが一つもない。
つまりヒットを打たれず味方がエラーをしなければ、パーフェクトになるということなのだ。
おかしいが、事実である。
とてつもなくおかしいが、事実であるから仕方がない。
一試合あたりの平均被安打は、現時点で1.3本。
一試合完投するのに、二本も打たれていない計算になる。
それはまあ、少し偏っただけでも、パーフェクトになるだろうな、というものだ。
納得しがたいだろうが、現実なので納得するしかない。
「デトロイトも思ってたほど反日感情は強くないよな」
この観客の入りを見て、樋口はそう言う。
どうだろうか、と直史は思うが、デトロイトはその都市圏の巨大さに比べて、日本人学校などがない。
若年層ではともかく、高齢者やその言葉を聞いて育った中には、まだ反日感情が強く残っている。
「そもそも治安が悪いからな」
全米的に見てもデトロイトは、かなりワーストクラスの治安の悪さである。
それでも上澄みは存在するわけで、注意していれば事件に遭遇する可能性は低くなる。
低くなっても、日本の一般的な都市より、はるかに危険であろうが。
この都市にはアメリカの四大スポーツのチームの、全てが揃っている。
武史などに話を振ると、マイケル・ジョーダンによるシカゴ躍進以前のデトロイトは、ピストンズが二年連続でチャンピオンとなり、バッドボーイズなどとも呼ばれていたと、なぜかMLBではなくNBAの雑学が出てくる。
ハードなディフェンスを駆使したピストンズは、確かにファウルを取られやすいプレイヤーが多く、性格も過激な選手が多かった。
キャリアの初期にデニス・ロッドマンがいたんだよ、と言われればだいたいNBAを知っている人間には通じるらしい。
だがとりあえず、そんなことはこの試合には関係ない。
またいつものふよふよとした投球練習を行い、試合が始まる。
ミネソタ戦でホームランを打たれてから、次の試合となる。
あるいはどこか調子を崩しているのでは、とデトロイトの人間は思ったかもしれない。
本人ではない周囲の人間でさえもが、そのパフォーマンスを落としていたのだ。
ただ樋口やアレクなど、直史を長く知る人間は、全くそんな心配はしていなかった。
先攻の味方に初回に二点を取ってもらうと、その裏には内野ゴロ二つと三振で、スムーズな立ち上がりを見せる。
グラウンドボールピッチャーが、いつもの通りに打たせにきているのだ。
そして三振を奪ったのは、アウトローへのストレート。
今のがストライクか、とバッターは微妙に抗議を行っているが、彼の気持ちは分かる。
ストライクではない。
樋口がストライクにしたのだ。
わずかなカッターの軌道で、キャッチしたのはほぼベース正面。
そこからさらにフレーミングで、ボール半分ほどは内に見せたのだ。
キャッチした位置から体ごと動いて、ストライクバッターアウト。
そうやってさい先良く三人で終わらせた。
二回以降もアナハイムは、毎回ヒットを打っていく。
得点にはつながらなくても、ランナーがいる状態でのセットプレイを試して、得点力を高めていくのだ。
何も打つだけが、得点する手段ではない。
ランナーさえいれば、そこからヒットは一つもなくても、得点することは出来るのだ。
樋口などは意識的に、タッチアップが出来そうなフライなども打っている。
そしてデトロイトは凡打の山を築いた。
時々投げるストレートで、空振りの三振も取る。
内を攻めたあとのアウトローのストレートなら、見逃し三振も取れる。
あえてカットにいっても、それで空振りしてしまってはどうしようもない。
またスライダーを使って、ボール球を振らせることも出来る。
スライダーと思って見逃したら、普通に遅いストレートだったりもするので、ここはもう駆け引きとなるだろう。
デトロイトは今年も、それほど強くはないことは確かだ。
ミネソタがあそこまで強くなっていると、デトロイト以外の地区の三つのチームにも、頑張ってもらいたい。
勝率はポストシーズンでの、ホームフィールドのアドバンテージにつながる。
全体ではややメトロズに差をつけられているが、まだシーズンは半分以上を残している。
出来れば今年は地元アナハイムで、ワールドチャンピオンのシャンパンファイトをしたいものだ。
試合はある意味、規則的に進んでいったと言えるのだろうか。
直史が三振を奪う。
そしてアナハイム打線は長い攻撃を行う。
その間に直史は、ベンチの中でじっと待つ。
あまりにその時間が長いと、少し眠たくもなってくるが。
アナハイムの攻撃時間だけが長く、デトロイトはあっという間にスリーアウトを取られて攻撃が終わる。
おそらく去年感じたよりも、さらに絶望的な支配力。
追い込むと容赦なく三振を奪いにくるように見せて、ボールゾーンに変化したボールを振らせる。
結局三振という結果は変わらないが、その意味は変わる。
バッターへの深い洞察によって、そのピッチングは変化するのだ。
毎回奪三振という、ゴロと三振のアウトの比率も、丁度いいぐらいだろう。
ほぼ三球以内にしとめていて、無駄に球数が増えることもない。
六回を終えたところで、その球数は57球。
そしてランナーは一人も出していない。
デトロイトのベンチの中で、選手や首脳陣の目が死んでいる。
どうにかこの状況を打破しようと、足掻く者はもう残されていない。
だがどうにかして打ってみれば、自分の評価は高まるのだ。
そこでなんとしてでも打っていこうと思わず、次に頑張ればいいと切り替えてしまうことは、いいことなのか悪いことなのか。
プロにまで到達し、超一流になる人間の条件の一つ。
それは頑固さと柔軟さを、両立していることであった。
そしてここにもまた、相反する条件がある。
最後まで足掻く執念深さと、次に切り替えて良いイメージを持つ精神性。
だいたい最後まで執念深く抗う方が、日本人には受けがいいだろう。
しかしそれはフットワークの重さにもつながりかねない。
機会が本当に限られている高校野球などは、なんとしてでも勝とうという気持ちが強かった。
だがプロのレギュラーシーズンは、一つぐらいは落としても挽回できる。
それでも落とすことに慣れてしまうと、それは成長につながらなくなる。
こだわりを持たなければ、それはそれで超一流にはなれない。
そう考えるとデトロイトの選手の中には、超一流になれる人間はいないのかもしれない。
試合も終盤に入ってくると、特にデトロイトの方は他の選手も試すべく、代打を出してくる。
そういった選手はバッターボックスに入ると、飢えた獣のような目で、直史を睨んでくる。
前のめりになって打ってくるバッターに、直史はもてあそぶような遅い球を投げる。
するとそれがチェンジアップになって、確実に内野ゴロを打たせてしまったりする。
そんな打球にしてしまうぐらいなら、素直に空振りしておけばいいのだ。
チャンスをつかめない人間は、成功することはないという。
だが目の前に置かれたそれは、チャンスではなくただの罠だ。
ゾーンぎりぎりのボールを、しっかりと見送ることが出来るかどうか。
つまり直史に球数を投げさせられるかどうかも、この試合の中では評価の一つになっているはずなのだ。
アナハイムのベンチも迷うところである。
直史を本当に、このまま継投させていいのか。
いや、もちろん今日の試合であれば、パーフェクトが続いている限り、交代させる意味などないだろう。
球数も100球どころか、90球を切るぐらいの順調なペース。
だがそういう直史を見ていると、首脳陣は思うのだ。
直史だけは中四日で投げても、充分な成績を残せるのではないかと。
四月から五月序盤にかけてのアナハイムは、圧倒的な勝率を誇っていた。
しかし今はメトロズに逆転され、徐々にその差が大きくなっている。
これを防ぐために必要なのは、絶対に勝てるピッチャーを、もっと柔軟に運用することだ。
もう一度あるミネソタとのカードや、東海岸のラッキーズとの対戦など。
直史を柔軟に使うことで、他のピッチャーに余裕を与えられないものか。
だがそこまでの特別扱いをしてしまっては、他のピッチャーのモチベーションを下げることになりかねない。
確かに成績を見てもパフォーマンスを見ても、直史は圧倒的である。
そこで、自分たちは期待されていないのかと、複雑な気持ちになってしまう選手もいるだろう。
そんな選手をめんどくさい存在だと思うなら、FMなどやっていけない。
スターンバックかヴィエラのどちらかが、また離脱したりしたら、そういった使い方も考慮する余地があるのだろうが。
メトロズとの、おそらく一番盛り上がるインターリーグが終わってしまった。
この先のチームとの対決で、一番重要になりそうなのが、先日負け越したミネソタとの二度目のカード。
本来のローテの順番では、直史はその試合では投げない。
だがもうしばらくある期間で上手く調整し、そこでも先発で投げてもらう方がいいだろう。
直史と樋口がブリアンに対して、対策を考えているのは知っていた。
首脳陣はその攻略法もある程度聞いていたが、それはアナハイムのピッチャーでは直史にしか出来ないレベルのことだ。
打線で援護するにしても、やはり一試合は直史に先発してほしい。
アナハイムの首脳陣はそう考える。
そして試合が終わった。
九回27人を相手に、80球11奪三振。
ヒットもエラーもフォアボールもない、パーフェクト達成である。
正直試合の終盤で、バッターが積極的になってきたので、球数を抑えられたのが良かった。
三球目まで待ってもらっては、それだけ投げる球数が多くなる。
80球で抑えて、二桁奪三振で、パーフェクトピッチング。
まるで何かの宗教的儀式に参加させられたように、観衆たちは陶酔していた。
試合後のインタビューでは、やけくそのように笑う記者から、それについての指摘を受ける。
今季三度目の「サトー」達成ですね、と。
「あれって80球未満じゃなかったっけ?」
直史も自分のことのくせに、勘違いしている。
全バッターを三球三振で打ち取っても、81球にはなってしまう。
それ以下に抑えるのが「サトー」であるのだ。
直史としては、特に感慨深くもない。
「せっかく作ってくれた基準だけど、この完投しない今のMLBで、他に記録されることって年に一度もないんじゃないかな」
まさにその通りである。
他人事で聞いていた樋口は思った。
もしかしたら直史一人で、他の歴代全ピッチャーの達成した「サトー」の数を上回るのではないか。
今年が半分以上、そして来年一年が残っていることを考えると、それは充分に可能性のある話だ。
直史としては、そういったことはどうでもいい。
重要なのは試合に勝利することで、パーフェクトが達成されてしまったのは、あくまでも運が良かったからだ。
そして球数も少なく出来たことで、ミネソタ戦で打たれた影響など、全くないと示すことが出来た。
これによってアナハイムの負の循環が、途切れてくれればいい。
直史の視野は既に、ポストシーズンに向かっている。
(一応それまでに、ミネソタはどうにかしないとな)
首脳陣の思惑と、ある程度一致はする。
直史のローテをずらしてでも、ミネソタへの先発を作る。
準備は早すぎて悪いことはない。
そう考える直史は、そろそろ自分の日米でのパーフェクト達成回数が、とんでもないことになっているのに、まだ気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます