第95話 異能と異才

 直史がこだわっていることは、大介との対決である。

 それ以外の全ては、それを目的として存在している。

 つまりワールドシリーズに進出しなければいけない。

 そのために必要なのは、ポストシーズンに進出することと、リーグチャンピオンになること。

 ミネソタに勝つということは、そのためには必要なことだと思われる。

 だが、今すぐ全て勝つ必要はない。


 自分の打ちたてている記録について、何か思うところがあるか。

 あまりないが、日本という国への帰属意識が強い直史は、それ以外の舞台では徹底的に相手を叩きのめしてやろうというつもりになる。

 ワールドカップでもそうであったし、WBCでもそうであった。

 そしてこのMLBでも、戦った相手に容赦などはしない。

 NPB時代も容赦などはしていなかったが、よりその冷酷さを増している。

 なぜなら共感しづらいからだ。


 NPB時代の直史にとっては、チームメイトも対戦相手も、甲子園や神宮で対戦した相手が、それなりにあった。

 やや語弊があるが、自分よりも年上のプロの選手たちを蹂躙するというのに、罪悪感らしきものを覚えたものである。

 似たようなことは大学野球でも言えた。

 大学に来てまで野球をやるような人間なら、徹底的にやられても文句は言えないよな、といった感じの。

 直史は日本の大学野球は、ある意味軽蔑していた。

 その恩恵を最大に得ながらも、同時に無価値と判断していたのだ。

 だから非道な記録を作るのに、躊躇がなかった。

 おまけにそれを補佐する鬼畜眼鏡もいたものだから。


 直史はMLBを広い範囲で軽蔑している。

 もちろんNPBや、はては高校野球も軽蔑していたが、より共感せずに対処できるのはMLBだ。

 マダックスに抑えても、パーフェクトに抑えても、気の毒だなと表層的にしか思わない。

 残酷である者こそが、天才的なプレイを披露できる。

 そんな直史にとってペドロ・ブリアンという人間は、さらに軽蔑しやすいタイプであった。


 極めて日本人的な直史は、典型的な保守主義だ。

 思想や宗教などについては、基本的に法治思想と日本道徳を最高のものとする。

 その中では宗教などというものは、葬儀と祭りの時にだけ必要なもので、日常にちょっかいをかけてくるべきものではない。

 またその偏った日本的保守性は、典型的な外国嫌いにもつながっている。

 セイバーのことは尊敬しつつ、アレクやトニーなどは先輩として導く。

 そういった面を持ちながらも、代表的な異質文化である外国は嫌いなのだ。

 そしてその典型的な存在が、キリスト教である。


 直史は先祖代々の仏教徒である。

 あまりにも保守過ぎて、わざわざ宗派を変えようなどとも思わないぐらいの、ひねくれた保守主義である。

 その偏った思考から見て人類の歴史の中で、いくつか害毒と言えるものを発見している。

 共産主義、無政府主義、中華思想、平和主義なども大嫌いである。

 しかしその中で一番の害悪と断ずるのがキリスト教である。


 何もそこまでと思うぐらい、直史はキリスト教を、理性的に嫌悪している。

 キリスト教の影響が濃い欧米社会を嫌悪して、本当ならばクリスマスなども祝いたくないぐらいだ。

 ただあれはもう、ただのお祭りの無毒化に、日本では成功している。

 なので許せるのであるが、アメリカの表面だけを取り繕った、平等だの自由だの正義だのには呆れるしかない。

 バイアスを嫌うなどと言いながら、バイアスに囚われているのがアメリカという国家だ。

 もっともその中に多様性を許すところが、わずかに救われるところだろうか。

 日本の場合は全ての多様性を、日本色に染め上げているので、充分に我慢が出来る。

 傲慢なる許容と言えよう。




 さてそんなわけで、直史は信心深いブリアンを、利用するのに全く躊躇はなかった。

 恐ろしいまでの読みというか、情報処理能力の速さとそれへの対処。

 これを封じることで、大介に対する練習台にしよう、と思ったのだ。

 なかなか大介を想定するにしても、それに見合った練習台がいない。

 チームメイトの自信を喪失させては、今後のシーズンの戦いに影響がある。


 なのでこれを壊してもいいだろう。

 積極的に壊すわけではないが、壊れてしまってもそれは仕方がない。

(久しぶりに少し面白いな)

 極善非道の直史は、己の信じる価値観によって、対戦相手で好き放題実験をすることにした。


 まず露払いしておく必要がある。

 ヒット一本は打たれたものの、直史の無失点記録は続いていく。

 三球以内でバッターを打ち取っていく。

 ブリアンに少し多めに使った分を、他で回収しておく必要がある。


 ヒットがようやく一本でて、ここから反撃だと思わせておいて、もう一度蹴り落とす。

 直史はサディストであるが、それとは別にこういうことが効果的だとは分かっている。

 それなりにバットにボールは当たるのに、どうしても内野を抜けていかない。

 外野が働いたのは、ブリアンの打ったヒットの他には、浅めのファールフライをキャッチしたのみ。

 他は全て内野ゴロと内野フライ、そして三振で打ち取っている。


 そして七回ワンナウト。

 既に点差は六点と、ほぼアナハイムの勝利は確定している。

 直史の球数は70球未満と、マダックスの水準で推移している。

 81球未満の完封を狙ってみるか。

 だがそれは逆に、コンビネーションの偏りを生む。


 重要なのはバランスなのだ。

 球数は少ないほうがいいが、全力の一球よりも八分の力の二球の方が、肉体への消耗は少ない。

 全力投球で81球の全打者三球三振よりも、ほどほどに打たせて90球完封の方が楽だと、イメージ的には分かるのではないだろうか。

 ここで直史は好打者相手に、試してみたいボールがあった。

 それは去年、最終的に大介をぎりぎりで打ち取ったものの、今はもう信じることが難しくなった球種。

 ストレートだ。




 ピッチングの基本はストレートなどというのは、常識であると言われている。

 いつの常識だ、という話だ。

 実際にMLBなどでは、投げる球の九割がツーシームだとか、カッターだとかいうピッチャーがいる。

 ムービング系のボールとチェンジアップだけで、ピッチングを組み立てるピッチャーもいる。

 直史からすれば、一番変化しないボールがストレートである。

 そしてこのボールは基本的に、一番落ちる変化の少ない球である。


 空振り三振はもちろん、色々な手段で奪うことが出来る。

 落差のあるカーブを空振りしたり、逃げていくスライダーを空振りしたり、高速で落ちるフォークを空振りしたりといったものだ。

 だがその中で目立つのは、ストレートでボールの下を振っている空振りではなかろうか。

 全てのボールが落ちる中で、最も落ちない球。

 これもまた原義的には変化球であろう。

 他の全てのボールに落ちる要素があることから考えて、この変化球は本来、直史のように多彩な変化球を投げるピッチャーにとって、一番の武器になる。

 コンビネーションの幅を広げるからだ。


 そのストレートが果たして、どれぐらい通用するのか。

 直史はここで試してみたい。

(コースは高めいっぱい)

(空振りが取れるか、それとも当てられるか、まさかと思うがジャストミートしてくるか)

 カーブを使って落差に目を慣らしておく。

 そして本日唯一の、全力のストレート。


 ボールの軌道を予測して、そこに当てることが出来るのか。

 ブリアンのスイングは、そうフルスイングとまでは言えないものであった。

 だが確実にミートはしていた。

 ホップ成分の高いはずのストレートの軌道を、完全に脳の中で処理。

 そしてミート出来たなら、パワーはそれほど必要ない。

 左中間の一番深いスタンドへ、ボールは突き刺さる。

 直史の今季初失点であった。




 ベースの踏み忘れなどということもなく、一点が入った。

 怒りも屈辱も憎しみもなく、純粋に直史は驚いていた。

「驚いたな」

 マウンドに近寄ってきた樋口がそう言う。

 まさにそれが感想であったのだ。


 ブリアンは素晴らしい動体視力で、ボールの球筋を見極める。

 その弱点として、ストライク判定されたボール球に、手を出さずに三振となった。

 あとは長打を打つときは、失投を打ったときが多い。

 狙いを絞って打つのではなく、来た球を打つタイプ。

 だがゾーンで雑なコースに投げれば、速球系はホームランにされる。


 おおよその情報は出揃った。

 これでもう、次からは対処出来るだろう。

 五点差になって、ここから逆転するぞと騒いでいるミネソタ。

 確かに今季のミネソタは、一イニング一気に五点など、そういった爆発力を持っている。

 だがランナーもいない今、直史は一番得意なピッチングが出来る。


 内野ゴロを打たせる。

 そのための配球だったのだが、四番のキャフィーにもクリーンヒットを打たれてしまった。

 過去にホームランを打たれたことはある直史だが、その後はすぐに抑えてきていた。

 しかし今回は、まるでダメージが残っているかのように、連打を食らっている。

 味方のベンチが動揺し、ミネソタのベンチが盛り上がる。

 ヒットを打ったランナーが、ガッツポーズでそれに応えている。

 そしてバッテリーの表情は変わらない。


 ワンナウトなのでまだまだ続くぞ、と戦意を高めて五番のマイヤーがバッターボックスに入る。

 それに対して直史は、四球を使って三振を奪った。

 カーブでファールを打たせ、ストレートを外し、チェンジアップを空振りさせ、最後にはまたストレートという配球だ。

(やっぱりあいつだけが特別か)

 四番はそこそこ出会い頭的なヒットであった。

 そして五番には、ヒットを打たせない入り方をして、三振が取れる配球をして。

 結果が三振である。


 まだランナーがいる。

 直史は次のバッターに、また三振を取る配球を使う。

 だが球数は三球。

 打ち上げたフライを、樋口が無難にキャッチして、衝撃の七回は終わったのであった。




 直史のストレートはスピン量が多く、スピン軸も地面と並行に近いため、ホップ成分が多い。

 なので球速がそこそこであっても、かなりの空振りを奪うことが出来る。

 そういった手順を踏んだのに、ブリアンはホームランを打った。

 この事実を甘く見てはいけない。


 ただバッテリーは周囲の喧騒とは無関係に、相手の分析をしていた。

「ストレートのホップするタイプは、他のピッチャーでも体験するよな」

「つまり予想の範囲内の球だから打てた。それはいいとして、カーブで下方向への意識の誘導をしたのに、普通に高めのストレートをジャストミートしたよな」

「布石を打っても通用しないタイプだな」

 直史は腕組みをして考え込むが、表情はさほど深刻ではない。


 今のままなら、向こうの限界も見えている。

 確認したいことは、初対決となる相手に、どこまで対応できるかということだ。

 直史は高めのストレートを、空振りを取るつもりで投げた。

 だがゾーンいっぱいであり、見逃されたらストライクになっていただろう。

「ボール球だったら振ったと思うか?」

「一打席目のことを考えると、振ったかもしれないが」

 樋口が考えるのは、高めの球は審判の目も近いため、フレーミングがしづらいということだ。

 自分の選球眼に自信があるなら、振ってこないだろう。


 若手相手だと厳しくなるMLBの審判だが、それが例外の選手も存在する。

 ブリアンはそんな選手の中の一人で、その選球眼を認められている選手だ。

 それだけに一打席目のボール球をストライクに取られたのは、本人としては不本意であろう。

 だが抗議などはせずに、すぐにベンチに戻って行った。

 今後の試合展開、またキャリアを考えれば、それが正解である。

 ただブリアンのデータや特集などを読めば、彼が他人との諍いを嫌うタイプだとは分かる。

 

 己の主義や思想でもって、審判の判断を尊重する。

 直史や樋口も、審判の判定には、基本的に異を挟まない。

 ただハーフスイング判定の時などは、普通に樋口は他の審判に判定を求める。

 日本におけるリクエスト制度はMLBではチャレンジと呼ばれるが、ストライクとボールの判定には、これは使用できない。

 おそらく試合時間の長期化を恐れるものであろうし、審判の判断の方が機械より、妥当だと思われる場合が多いからだ。


 次の打席には、どういった勝負をしていくべきか。

「ストレートをもう少し試してみたいな」

「今度は低めか?」

「アウトローに外してみたい」

「微妙だな……」

 アウトローは一打席目、見逃してストライクを取られたボールだ。

 そこにもう一度投げて、果たして通用するのかどうか。


 ただ直史は、そこは確かめるべきだと思う。

「あいつ、自分が咄嗟にボールだと判定しても、カットとか出来ると思うか?」

「ああ、そういえばなかなか振らないバッターだしな」

 ブリアンの三振数はかなり少なく、そして空振りよりも見逃し三振の方が多い。

 つまり自信を持って見逃して、それで三振になっているということか。

 あるいは球威がありすぎて、手を出すことも出来なかったのか。

 だがこれまでのバッティングスタイルから、カットもそれなりに出来そうには思える。


 ともあれ、ブリアンにヒットとホームランを打たれ、他のバッターにもヒットを打たれているため、遅くとも九回ツーアウトから、ブリアンに打席は回ってくる。

 何をどうしようと、おそらく試合をひっくり返されることはない。

 ならばその機会を使って、相手を丸裸にしれしまおう。

 バッテリーの計算は冷徹で、全く感情を見せることはなかった。




 ホームランを打たれた直史は、本当にそれを気にしていないのかどうか。

 周囲の人間には分からないぐらい、その表情に変化はない。

 もちろん樋口であっても、判断するのに難しいことがある。

 だが今回の直史に限るなら、ひそかに逆襲するつもりであるというよりは、ブリアンへの興味が先に立っているように思える。


 実際に直史もホームランを打たれたのは、怒りよりも感心の方が高かった。

 いくらこちらの投げるボールをしっかりと読んでいたとはいえ、その次に投げられたストレートのホップ成分に、ついていけるとは。

 八回もまた三人で終わらせて、アナハイムは五点差のまま九回の表を迎える。

 もはやマダックスも消えた直史であるが、100球前後で試合は終わりそうだ。

 ツーアウトをあっさりと取って、四打席目のブリアンを迎える。


 今年の直史が一試合に三本もヒットを打たれたのは、これが二度目のことである。

 一度目のメトロズ戦が延長であったことを考えると、これが実質初めてと言ってもいい。

 三打席目はどうなるか、まず初球はカーブで入る。

 ブリアンはそれを見送ったが、コールはストライク。


 カーブのように変化が大きく落差がある球は、ストライクと取ってもらえない場合もある。

 だが今回は取ってもらえたのは、普通にストライクであるからだ。

 ブリアンはそれを見逃した。

 彼の中のストライクゾーンは、やはり機械的に決まっているものではない。

 これまでの経験から、そうだと判断しているのではないか。


 あるいは今の球は、打ってもヒットまでにしかならないと思ったからか。

 この試合にミネソタが逆転するのは、もう不可能であろう。

 野球はツーアウトからなどと言うが、プロのレギュラーシーズンでここから逆転するなど、一年の全試合を通しても、果たしてあるかどうか。

 逆にプロだからこそ、もう流してしまうというのはあるのだ。


 ブリアンはどうせなら、またもホームランを狙っているのではないか。

 もしも直史から二本もホームランを打てば、それは大きな自信になる。

 チームにも勢いがつき、残り二戦を両方勝てるかもしれない。

 そういった影響力まで、ブリアンは考えているのではないか。


 バッテリーの推測からすると、ブリアンは基本的にその打席で、最大の効果を狙ってくる。

 だがヒットで充分な場面なら、しっかりとヒットを打つ。

 この場面で必要というか、一番求められる結果。

 それは間違いなくホームランであろう。


 直史が一試合に、二本もホームランを打たれるなど、誰も信じないだろう。

 ましてや同じバッターに、二本も打たれるなどとは。

 それだけに打ったなら、世間を驚かせる。

 現時点で既に、三打数二安打で、驚くべきことをやっているのだが。


 カーブの後には内角を攻めた。

 ボール球であったが、ブリアンはわずかに腰を引いたのみ。

 それもちゃんと、ボールになるのを見切ったような、バッターボックス内での動作だった。

 これでアウトローを攻めたい。直史はそう考える。

 決め球ではなくカウントを稼ぐためなので、そこは少し樋口と意見が違ったものだ。

 だがここは直史の意見が通った。

 アウトローへの、ごくわずかに外れたボール球。

 樋口ならばストライクにしてくれるというボールに、ブリアンは手を出さない。

 審判のコールはストライクで、ブリアンはバッターボックスを外した。

 今日最後の打者になるかもしれないブリアンは、色々と考えているかもしれない。

 だがその試行の結果にどういったプレイが見せられるのか、直史も樋口もある意味期待している。


 もう一度、同じコースへ。

 普通ならしない配球であるが、ここはこれでいいのだ。

 ブリアンはスイングしてきたが、あのヒットやホームランを打ったスイングとは違い、腰の回らない手打ちの打球となる。

 それは一塁線を切れていって、ファールとなった。

 ブリアンはおそらく、際どいところでも打ってしまうという、そういう技術を持っていない。

 相手の投げるボールが分かるなら、ボール球でも腰を入れて打っていけばいいのに。

(今のところはそれが限界か)

 ブリアンは出塁率も高い、優秀なバッターだ。

 少し意識が切り替われば、かなりの強敵になるであろう。

 だがワンバウンドのボール球を、ホームランにしてしまった、大介ほどの危険さは感じない。

 最後に投げる球をどうするか、バッテリーははっきりと決めてある。


 分かっていても打てない球、というものがある。

 直史の場合はスルーにカーブ、スライダーにツーシームあたりは、組み立てによって分かっていても打てない球になる。

 だがブリアンは一球ごとに配球をリセットしているなら、布石もリセットするだろう。

 内角を攻められた後に外いっぱいを狙われては、打てない球になるバッターは多い。

 それを自由に操るほどのコントロールは、直史以外にはそうそういないだろう。




 最後に投げる球は決めていた。

 内角ゾーン内で変化するスルー。

 他にそうそうないジャイロボールを、ブリアンはどう打つのか。

 もしもこれもあっさりと打てるなら、今後のミネソタは対戦が難しい相手になる。

 むしろ期待すらもって、直史はスルーを投げた。


 内角の、絶好のベルト高のコース。

 だがそれが違うと、どの時点で気づけただろうか。

 落ちるのに伸びるという、他の変化球にはない特性。

 ブリアンのスイングが、沈むボールを追いかけた。


 バットにボールは当たった。

 だがそれはかすかに前に転がったゴロで、簡単に直史がそれを処理する。

 走り出したブリアンだが、もちろんベースのはるか手前でアウト。

 かくしてミネソタとの対戦は終わった。


 スルーに当ててくるというのは、少し驚きであった。

 だがスイングのフォームが崩れて、明らかに腕の力だけで打ちにいっていた。

 ブリアンはホームラン数もア・リーグトップのスラッガーだが、その体格はそこまでのパワーは感じさせない。

 ただ打てる球を確実に打つ。

 相手の失投などもあって、それでホームラン数を伸ばしてきた。

 だから直史のボールを追いかけてスイングしていれば、そんな凡打になってしまうのだ。

 大介のようなでたらめな爆発力はない。

 ただここからどれだけ伸びるかが、彼の課題になるだろう。




 試合後のインタビューでは完投して勝ったにも関わらず、直史に求めるコメントは、あのホームランに関するものばかりであった。

 直史としてはそれに対し、素直に答えていく。

「相手の力を見ていくため、あえて高めのストレートを投げた。それまでの配球から空振りか、せいぜいフライになるだけだと思っていたから、かなり驚いた」

 ブリアンのバッターとしての可能性はどうか、という質問も出てきた。

 なかなか答えづらい質問である。


 今の段階では、さほどの脅威ではない。

 それに本来は大介以外とのバッターは、どうでもいいと思うのが直史だ。

 強力なミネソタ打線も、他にヒットを一本打たれただけ。

 足もそこまで速くはないブリアンなら、単打までなら問題ない。


 この程度のバッターなら、特に問題はないだろう。

 四割打者で、直史からでもヒットを打てるが、しかし怖さは感じない。

 選球眼から理想的なスイングをしてくるので、それを上手く崩せばいいだけとなる。

 確かに残している数字はすごいが、シーズンはまだ六月に入ったばかり。

 ここから他のチームも、色々と考えてくるだろう。


 直史はあまり過激にならない程度に、曖昧に答えることにした。

「彼が本当に優れたバッターかどうかは、次のカードで対戦した時に、その答えが分かってくるだろう」

 七月にはまた、ミネソタとの一カードがある。

 そこで決着をつけるということだ。

 実はこのままのスケジュールなら、直史が投げることはないのだが。


 ブリアンに対しては、四打数二安打で、ホームラン一本。

 この数字は客観的に見れば、バッターの勝ちと言っていいだろう。

 だが実際のところ、己のストレートの威力の検証など、点差が開いていなければ、直史は行わなかった。

 ただ四打数二安打は、大介の五打数二安打よりも上だ。

 さらにはホームランまで打っているので、直史には今季初失点をつけたのだ。

 大介との比較を、マスコミは尋ねてくる。

 今の時点では、全く相手にならないというのが、直史の本音である。

 だがそんな本音はちゃんと隠して、直史は一般論でごまかした。

「結果が全ての答えになってくれるだろう」

 ただその一般論は、事実であり真実でもあるのは、確かに言えることなのだった。

 

 ちなみにこの試合、直史の投げた球数は98球。

 九イニング換算で全て100球未満という記録は、まだ続いている。

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