第93話 優しくフルボッコ

 人はなぜか、自分の方が悲惨だ、ということを自慢げに話す生き物である。

 だから優しくしろとかそういう打算があるわけでもなく、純粋に自分の方が悲惨だと、なぜか自慢するのだ。

 奴隷が、自分の身を縛る鎖の丈夫さを比べあうようなものだろうか。

 とりあえず今年のナ・リーグ東地区のチームと、ア・リーグ西地区のチームは、どちらにもその資格がある。

 それでも比較するなら、メトロズと当たったとき必ず大介がいる、ナ・リーグ東地区のチームの方がひどいだろう。

 運が良ければ直史とは、ローテの関係で戦わなくても済むし、そもそも試合数が少ない。

 だが大介とは確実に対戦するし、武史が投げてくる割合も多い。


 つまり今年の一番気の毒な地区は、ナ・リーグ東地区ということだ。

 このチームが選手補強に失敗したのは、この先数年メトロズは、バッターに大介という怪物を飼うからだ。

 そして武史が加わったことにより、さらにこの傾向は強まるのだろう。

 メトロズの地区覇権は、この二人を握る限り、揺らぐことはないだろう。

 だがこの二人の年俸は次の契約では高騰が予想されるため、そう長い期間でもないはずだ。

 もっともメトロズは金があるので、二人をずっと抱え込もうとするかもしれないが。


 そんなナ・リーグ東地区で、中でも一番気の毒なのが、マイアミであろう。

 去年の大敗北も記憶に新しいが、今年もその成績はひどい。

 そしておそらくこの試合も、かなりひどいことになるのだろう。

 誰もが確信していて、そして実際にそうなっても、特に感動すらないと思われる。




 アナハイムが五月に入ってから勢いを落としたのは、攻守両面に理由がある。

 ただそれでも単純に得失点を見ていけば、ピッチャーの方に原因があるのは一目瞭然だ。

 直史一人は相変わらず、完璧以上の完璧なピッチングをしている。

 だが他の人間は、普通に調子の波があるのだ。

 それに、直史の次に波の少なそうな、ヴィエラの離脱も響いていた。

 ガーネットは当初、勢いそのままに勝ち星を上げていた。

 だがマイナーから上がってきたピッチャーが、そう簡単に成績を残すことが出来るのか。

 意外と残すことがある。

 だが残し続けることは少ない。絶対にないとは言わないが。

 そもそもベテランでさえ不調になることはあるのだから、若手が調整に失敗するのは当然のことと言っていいい。

 機械より正確な、誰かさんを除いては。


 その誰かさんのために、アナハイムの選手たちは躍動する。

 マイアミってこんなに弱かったのか、と同情するほど、一回の表から五点を取ってしまう。

 この間スターンバックも、一回で炎上したので、あまり他人事ではない。

 いきなり大量のリードを奪った直史は、この試合の課題をどうするべきか、考え直す。

 もちろんそれはFMが考えることで、ちゃんと指示も出てくる。


 大局的に見なくてはいけない。

 マイアミに勝つということは、重要なことであろうか。

 試合に勝つことはもちろん重要だと、多くの人が言うだろう。

 だがこれだけ圧倒的に有利だと、勝ち方まで選択出来てしまう。

 たとえばマイアミとの試合は、あと一試合残っている。

 だがマイアミがまだまだシーズン中に対戦しなければいけない相手には、メトロズが存在する。


 現時点でマイアミは、もうメトロズ相手に10回対戦している。

 悲惨な勝敗結果になっているかと言うと、実はそうでもない。

 負け越してはいるがメトロズの七勝三敗と、勝率に比べれば充分に、勝ち星を上げている。

 内容を見ればどちらかというと、メトロズでも弱い先発の間に、マイアミがそこそこの点数を取って勝っている。

 一点差が一試合と、二点差が二試合。

 メトロズ相手に僅差で勝てているのだ。


 これからの九試合、まだまだメトロズと対戦してもらうことになる。

 ならばそのマイアミの調子を、必要以上に落とすのは得策ではない。

 もちろんそれでこちらが負ければ、それは本末転倒だ。

 試合の前のミーティングで、FMからはさすがに、そこまで消極的な指示は出ていない。

 ただそれとなく匂わされてはいる。


 マイアミだけではなく、これから対戦するナ・リーグ東地区のチームには、あまり致命的な打撃を与えない方がいい。

 あまりにも無茶苦茶な話である。

 だがそれが出来ると思われていて、実際に出来るんじゃないかな、とも思っている。

 なのであまり期待をしすぎてほしくはない。

「点は取られない程度に、ほどほどのヒットを打たせて、かといってこちらは下手に消耗せずにローテを守る」

 なんという作業ゲーだろう。

 それでも仕事なら、やってみせようではないか。

 一回の裏、マイアミは内野ゴロ三つで、スリーアウト。

 いつも通りの三者凡退に終わった。




 直史は手を抜いてはいない。

 ほどほどに打たれるなどというのは、むしろ普段のピッチングよりも難しいものだ。

 完全に抑えるのも、ほどよく打たれるのも、それはコントロールが重要になる。

 点は取られたくないので、フライ性のボールは打たせたくない。

 そして運や偶然のことを考えれば、ノーアウトのランナーも出したくない。

 フォアボールを出すのは己の流儀に反する。

 それに何より、試合時間を長引かせるのは、時間の無駄遣いである。


 この世において命に準じて貴重なもの。

 それは時間である。

 直史ぐらいの年齢であれば、まだ感じていないかもしれないが、その後に健康と若さが入るだろう。

 全てが金とは、なかなか引き換えにも出来ないもの。

 時間の短縮は、金と引き換えにある程度果たせるものだが。


 三イニングを投げて、早めにマイアミに打たせていく。

 バットにボールは当たるので、過去に二度対戦した武史の時ほどには、マイアミは絶望していない。

 だが、やがて気づいてくる。

 これは打たされているのだと。

 まるで内野の守備をさせるように、直史の投げる球はゴロばかりを打たせる。

 三イニングを投げて、奪三振がたったの一つだけ。

 いくら直史が打たせて取るのが得意とはいえ、先発としては奪三振能力も高いピッチャーなのだ。

 追い込んだら普段は、三振を奪いに行く。そういうコンビネーションを持っている。

 だが今日はそれもなく、内野ゴロを打たせる。

(考えてみれば守備の練習には、一番実戦がいいよな)

 ほどほどに打たせるというのは、逆に大変ではあるのだ。


 普段の直史のカウントの取り方は、一つにはカーブを使う。

 落差の大きい変化球は、ストライクなのかボールなのか、かなり判定が審判によって異なる。

 また微妙なところや緩急を使って、見逃しのストライクを取ることもある。

 コンビネーションの組み合わせによっては、ゾーン内で上手くファールを打たせることが出来る。

 それがこの試合はフィールドの中に、ほどよい勢いのゴロを打たせる。

(難しいな)

 中には上手く掬い上げて、内野の頭を越えるバッターもいる。

 すると今度は外野の出番となる。

 センターの守備範囲が広いので、カバーもしやすい。

 結局五回に三遊間を破るヒットが出るまで、ランナーが出ることはなかった。




 ランナーが出ても内野ゴロが多いということは、ダブルプレイにもしやすいということだ。

 ワンナウト一塁からでは、打ったらそのままスタートという手段が使えない。

 それだけにここでも、ダブルプレイが成立してしまう。

 ヒットを打たれながらも、27人で終わる可能性が消えない。

 その点ではいいのだが、まだ打たせるヒットが足りないのではないか。

 三振をここまで一つしか奪っていないのが、むしろ不自然だ。

 やりすぎなぐらいに打たせて取っていると言えるだろうが、こんなピッチングを見せ付けるということは、マイアミのメンタルを打ち砕くこと以上に、これから当たる他のチームへの布石にもなる。


「やりすぎたな」

 樋口がゾンビ化しているマイアミの選手たちを見て、直史の生かさず殺さず戦術の誤りをしてきする。

「今更ほどよく三振を取るのもなんだし、実験体になってもらおう」

 直史は非道である。


 もう点差は10点以上開いていて、アナハイムも攻撃に意識を割いていない。

 さっさと終わらせて、ホテルに戻って寝ようという空気である。

 あるいはこれだけ楽勝であると、これから食事でも、ということになるかもしれない。

 それは難しくても、ホテルのバーで飲むぐらいのことはあるだろう。

 直史は速攻で寝るつもりだが。


 もはや虐殺とか屠殺とかそういうものでもなく、アナハイムの公開守備練習となっている。

 直史としても、やりすぎをここから修正する方が不自然なので、色々と新しいパターンを試してきていた。

 エラーが一つ出たが、そこからまたダブルプレイ。

 27人で試合が終わる計算は、まだそのままである。


 直史のやっていることは、ハリウッドアクションでもなく、ホラーでもない。

 実験的前衛映画だ。

 なんだかすごいことをやっているのが分かる観客は、それなりにいる。

 だがパーフェクトもしなかったし、三振も少ないし、試合展開は一方的。

 普通に楽しむのはとても難しい試合だ。

 もちろんマニアックな人間は、今年のレギュラーシーズンベストピッチなどと言うのかも知れない。

 ただ直史としては、随分と中途半端な試合になったなと思うだけだ。


 マイアミのバッターはゴロを打つマシーンとなっている。

 次にメトロズと対戦するのは六月の末なので、それまでには立ち直っていてもらいたいものだ。

 ボロボロにプライドを打ち砕いておいて、直史がそう思うのも無責任な話だが。

 仕方がない。このプロの世界は、弱い方が悪い。

 それに明日のアナハイムは、リリーフデーということを考えれば、徹底的に叩いておくのも悪くはない。

 その次のアトランタとの試合を終えれば、ついに警戒していたチームとの対戦となる。

 ア・リーグ中地区のミネソタ・ダブルスとの試合だ。


 昨年地区最下位から、今年の地区首位へと。

 MLBは戦力の入れ替えが激しいため、ないわけでもない話だ。

 ただその中でも打線の主力を務めるバッターが、打率四割にまで達していれば、注目の度合いも違うだろう。

 そして生意気な若造が問答無用で嫌いなファンは、直史にこれを叩いてほしいと思ったりする。

 いつもの勘違いだが、直史はMLB二年目で、NPBを合わせても四年目の、プロ入り年数的には若手なのである。

 もう30歳になってしまったが。




 人間はいつ大人になるのか、という問題がある。

 実のところ大人になるというのは、年齢を重ねるだけではいけない。

 子供の頃から大人びた人間は、直史のようにそれなりにいる。

 いまだに無邪気なところがある武史や、子供の頃から邪悪だったツインズに、一般的な子供から成長して大人になっていく人間。

 だがその本質としては、大人のフリをするのが上手くなっていくだけである。

 そして大人のフリをするのが上手くなるのは、社会に出ては仕事をしていくため。

 また家庭においては子供に大人の姿を見せるためだ。

「俺はそう思っているんだが、お前はどう思う?」

「知らんがな」

 試合も終盤、樋口もやる気がなくなってきている。

 そんな質問をされても、直史も困るのだ。

「いや、うちは上二人が娘だから、悪い大人の姿を見せられないというか」

「ああ、お前のところは子供出来たの早かったな」

 積極的に子作りをした樋口は、二男二女の父である。

 もう少し作ってもいいと彼自身は思っているのだが、嫁の方がそろそろしんどいのだとか。

 もう37歳と言うべきか、まだ37歳と言うべきか。

 四人もいればいいじゃない、とキレ気味に言われるらしい。

 

 樋口もまた大人びた子供であった、と直史は思っていた。

 だが実際のところは、中学の頃までは、ただのこまっしゃくれたガキであった。

 ツラがいいのでさらに、その調子に乗っていたりしたが、家庭環境が彼を大人にした。

 そして歪んだわけであるが、子供を育てるというのは、そういった自分の歪みを、矯正する効果もあるらしい。

 少なくともアメリカに来てからの樋口は、特定の愛人を作ってはいないようだ。

 普通に女を買っているあたり、性欲が強いのではなくもっと、セックス依存症の傾向を疑ったほうがいい。

 まあアメリカではそういったメンタルクリニックは、すぐに適当に患者に名前をつけるので、良し悪しといったところだが。


 とにかく二人は、そんなくだらない話をしている余裕があった。

 なお同じチームのアレクはそんな二人の会話に、いまいちついていけないところがある。

 アレクは日系ブラジル人であるが、そのメンタルはブラジル人だ。

 日本にいた頃からモテたし、こちらでもモテている。

 今のところ結婚するつもりはないらしいが、それなりに普通に遊んでいる。

 直史としては先輩として、性病にだけはかかるなよ、と言いたいぐらいだが。


 ともあれ、ひどい試合は終わった。

 九回27人86球で、被安打一の失策一。

 ダブルプレイが二つあったので、こんな結果になっている。

 当然ながらマダックスであったが、もうインタビューでその感想を尋ねる者はいない。

 あまりにも当然にマダックスをするので、期待するなら「サトー」の方だ。


 ただこの試合は、奪った三振の数も少なかった。

 追い込んでからも空振りや見逃しではなく、内野ゴロを打たせる意識でいた。

 最終的にはそれでも、奪三振は三つ。

 逆にこの奪三振の少なさは、すごいのではないかと議論される。

 なおスコアもひどく16-0という決着になった。


 直史は前回のメトロズ戦で、確信している。

 自分が完投しなければ、ワールドシリーズでメトロズに勝つのは難しいと。

 そして出来れば、三先発したい。

 もっともそこまでやっても、大介は打ってくるだろう。

 そして武史と投げ合えば、援護力の差でメトロズが勝つ。


 戦力の計算は出来ている。

 だがその計算をぶっ壊すのも、エースの力である。

 これまで大介がやっていたことを、去年は直史がやってやったのだ。

 NPBでは一年しか重ならなかったが、やはりクライマックスシリーズでは、直史の個人技でレックスはライガースに勝ったと言える。


 このままではどうしても、ワールドシリーズで戦うのは難しいのではないか。

 バッテリーはそう思いながら、なんでもないフリをしてインタビューに答えるのであった。




 一日でマイアミが立て直すことは難しく、それでも取られた点は半分の八点。

 これにてアナハイムの遠征10連戦が終わる。

 ただ遠征は終わっても、連戦は終わらない。

 今度はフランチャイズにおいて、七連戦となる。

 その最初のカードがアトランタだ。


 去年も一昨年も、ナ・リーグ東地区の二位だったアトランタ。

 今年も二位であるのだが、この地区は圧倒的にメトロズが強い。

 アトランタもあまり大きな補強は出来ておらず、それでも地区では二位。

 ただしメトロズ以外の四チームは、かなり他の地区のチームに勝ち星を献上している。


 アナハイム相手に、アトランタはどういう感情を持っているか。

 それはもう、複雑なものである。

 一応地区の中では、アトランタは二位。

 三年前には地区優勝をしていて、しかもそれが二年連続であった。

 メトロズの強さは、間違いなくそれほどでもなかった。

 だがそこに大介がやってきたのだ。


 若手の成長と、FA契約のベテランが、共にかなり安定して活躍したのも大きい。

 ただトレードなどで選手を獲得したのは、メトロズが前半戦でかなり強く、これはいけるとオーナーやGMに思わせたからだ。

 その原動力の大介と、アトランタは戦っている。

 一年目はまだしも良かったが、二年目からは戦力がどんどんと落ちていった。

 今もまだ地区二位でいるのは、他の三チームがさらに弱くなったか、元々弱いかのどちらかだ。

 ワシントンもフィラデルフィアも、それなりには補強をしているのだが。


 だがスターンバック、レナード、マクダイスと対戦したアトランタは、かろうじて一勝はしたものの負け越す。

 二勝一敗で勝ち越したアナハイムの方は、それで良しとは思わない。

 アトランタとはインターリーグでの戦いなので、今年はもう戦うことがない。

 出来れば圧勝したかったのだが、それをするとメトロズを利することになる。

 ただそれは、直史が投げた場合のことだ。

 呪いのかからない試合なら、全て勝ってしまってもいい。

 だがレナードの立ち上がりが悪く、一試合を落としてしまったのだ。


 そろそろピッチャーたちが疲れているのか。

 樋口はそう思うのだが、そういうわけでもないと思う。

 むしろ疲れているのはバッターの方ではないか。

 上位打線の得点力は、特に序盤は優れている。

 だが下位打線での得点が少ない。

 上手く打順調整を行えば、下位打線をしっかりと抑えられる。

 そうするとやはり、総合的には得点は少なくなるのだ。


 


 ホームの試合ということで、少し気を抜いてしまったのか。

 あるいは連戦続きなので、集中力の問題かもしれない。

 このアトランタとの三連戦で、五月の試合は終わった。

 五月も直史は、五試合に投げて五勝。

 その中でも一番大きかったのは、メトロズとの対戦だ。


 直史はここまで、10試合に先発して10勝。

 去年よりもさらにすごく、全ての試合で完封している。

 特に強力打線のメトロズに13回を投げて勝った。

 故障さえしなければ今年も、確実にサイ・ヤング賞を取るだろう。


 メトロズ相手に勝ったこともそうであるが、武史をあそこまで使わせたことにより、メトロズは負傷者リストを使って武史を休ませることとなった。

 もっとも運のいいことに、メトロズは武史を使えない間、弱いカードの相手と戦うことが多い。

 あちらはあちらで苦労しているだろうが、どうもツキはメトロズの方にあるような気がする。

 あるいはアナハイムとの試合で、大介のヒット性の打球を野手守備範囲内のアウトにしたことで、ツキが逆転してしまったのか。

 ミネソタとの四連戦。

 ここでどういう結果が出るかは、注目の的である。


 アトランタとの試合で、もちろん直史が投げることはなかった。

 そして休養の間に、しっかりと調整もしている。

 ただその時間は、ミネソタの打線の分析にも使われている。

 セイバーからも回ってきたデータであるが、ミネソタの打線陣。

 その中核となる三番のペドロ・ブリアンのデータは、驚くべきものだった。


 高卒からMLBに入り、一年目にルーキーリーグからすぐに昇格したが、故障でしばし離脱。

 復帰後は一気に3Aに上がり、去年の終盤からはメジャー昇格を果たしていた。

 今年もまだ新人王の資格を有しているが、果たして樋口とブリアン、どちらが新人王に相応しいか。

 これまた微妙な問題である。


 ブリアンは確かに優れたバッターであるが、守備や走塁の傑出度は、さすがにそこまでではない。

 それでも平均よりははるかに上で、6ツールプレイヤーと言っていいだろう。

 だが樋口はキャッチャーというポジションの補正が入るし、走塁なども優れている。

 しかし新人王に相応しい若さなら、ブリアンはまだ20歳。

 樋口は日本でじっくり経験を積んだ、アラサーのおっさんである。


 おそらくブリアンが選ばれるのかな、とは樋口も言っている。

 新人王はインセンティブの要件に入っていないので、そこはどうでもいいと考えているらしい。

 実際のところ樋口は、今年のオールMLBチームに選出されるだろう。

 キャッチャーで純粋に打てる選手は、今はあまり多くない。

 ホームランも余裕で二桁には届きそうだし、何より打点がいい。

 樋口がもう少し打てなければ、ターナーの打点は逆に増えていただろうと言われる。

「大介の次ぐらいには厄介なバッターだな」

 直史の言葉は、おそらく最大の賛辞である。

「同感だな」

 樋口も頷いて、ミーティングに入る。


 首脳陣にバッテリーを加えて行われる、このミーティング。

 そこでの話し合いは、もちろんミネソタをどう抑えるかというものになる。

 第一戦の先発ヴィエラは、復帰初戦のマイアミとの試合、六回を一失点に抑えている。

 七回二失点のハイクオリティスタートに抑えれば、おそらく勝てるのではないか。

 ただここのところ、リリーフ陣もやや疲れたところがあるかもしれない。


 だがこの試合さえ頑張れば、翌日の第二戦は直史だ。

 またしっかり完封して、リリーフ陣を休ませてくれるだろう。

 そんなに甘いものじゃないぞ、と直史は思っている。

 合同ミーティング後に二人で、データ室にこもって色々と対策を考える。

 本当はこういうのは、もっとFMやスタッフがやらなければいけないのだが。


 ミネソタとの対戦カードは、七月にもある。

 そしてもしポストシーズンに上がってくれば、そこでも対戦の可能性はあるのだ。

 果たしてどうすれば、抑えることが出来るのか。

「わざと打たれて反応を見てみてもいいが」

 直史はそう言うが、影響はどうなるであろう。


 今年の直史は、まだ一点も取られていない。

 一度も負けていないのではなく、一点も取られていないのだ。

 ヒットを打たれることも、去年よりさらに少ない。

 そんな直史の失点は、チームに悪い影響を与えてしまうのではないか。

「そろそろ他のやつにも、働いてもらわないとダメだろう」

 樋口もそう言って、直史の判断が正しいだろうと支持する。


 幸いにもミネソタは、直史に当ててくるのに、既に試合を捨てていた。

 ピッチャーの力が弱いので、打線の援護がかなり見込める。

 ならば一点か二点を取られてでも、未来のためには情報を収集する。

 直史はそのように考えているのだ。


 負けたくないという直史の、最大のモチベーション。

 点を取られるのも嫌いだが、打たせてやるなら妥協は出来る。

 ミネソタとのここでの勝敗は、ポストシーズン進出までには、まだまだ時間があるのえ影響は少ない。

 それに直史が点を取られるということ。

 ワールドシリーズでメトロズとまた当たれば、普通にありうることなのだ。


 アメリカに来てからも大介と、そしてせいぜい織田ぐらいしか、意識して注意していなかった直史。

 だがそこに、若くて新しい敵が出現している。

 勝てるならば、楽しんでもいい。

 直史はほんの少しだけ、大介以外のバッターに期待をしていた。

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