第92話 南へ

 なんだか一大決戦が終わってしまった気がするが、まだシーズンは五月も終わっていない。

 アナハイムはニューヨークを発って、そのままフロリダへ。

 マイアミとの対戦か、と思わせたところで次は同じフロリダのタンパベイとの四連戦。

 マイアミとの三連戦はその後となるのだ。


 タンパベイは去年、ア・リーグ東地区三位のチームである。

 だがこの地区は魔の地区とも言われていて、今年はラッキーズ、トロントと去年のポストシーズン進出組に加えて、ボストンとタンパベイがそれに迫っている。

 一つだけ弱いボルチモアは、本当に気の毒である。

 こういった戦力のねじれ現象が、いったいなぜ起こるのか。

 何度も言われることだが、一つの地区に覇権チームがあると、そこからは選手が逃げ出すか、その覇権チームに入る傾向がある。

 ア・リーグ西地区はまだしも、去年直史がやってきて、いきなり強くなっただけだ。

 だが大介の三年目であるナ・リーグ東地区は、アトランタもかなり戦力が落ち、他の三チームは微妙な補強をしている。

 おちろん球団ごとの資金力も違うため、このあたりは球団経営の、どうしようもない部分と言っていいのだろうか。


 たとえばアレクがテキサスからアナハイムにやってきたのは、明白に直史と対戦したくないからである。

 もちろん契約の都合などが、自分に有利であったからもある。

 それに直史とは、もう一度同じチームになってみたかったのだ。

 対戦するのは前年で、もう充分に堪能した。

 武史との対戦で、まるで対抗できなかったのはショックだが。

 ならば条件がよく、直史とも対戦しなくていい、アナハイムを選択するのも自然な話だ。

 MLBに来てみて、NPBとの差などさほどないことに気づいた。

 だがリーグのタフさだけは、間違いなくこちらの方が上である。


 この次のマイアミ戦から、ヴィエラがやっと戻ってくる。

 全治に一ヶ月から二ヶ月と言われていたので、ほぼ一ヵ月半というのは妥当だろう。

 そしてそれにあたって、ガーネットをおそらくはマイナーに落とす。

 ほぼ決定しているが、このタンパベイとの一戦次第では、それが覆るかもしれない。


 そんな空気を察していたのかもしれないが、ガーネットはぎこちないピッチングに終始した。

 ここが日本なら樋口は、もう少し何かを工夫したかもしれない。

 だがアメリカではそれは、FMやコーチの仕事だ。

 それにアメリカの文化や感性の違いでは、ツボがどこにあるのか分からないというのも本当だ。

 よって四連戦の第一戦、アナハイムは打線も爆発せず、ピッチャーの失点を覆せない。

 四回を五失点で交代。そして負け星もつく。

 ヴィエラと入れ替えで、マイナーに落ちることは既定路線のままである。


 ガーネットは当初素晴らしいピッチングをしていたのに、それがどうしてこうなったのか。

 徐々に調子を落としていったので、もちろんそれは推測がつく。

 MLBのシーズンの中で、コンディションを保つのは難しいのだ。

 マイナーでも移動はあるだろうが、MLBと違っていまだにバス移動。

 だが試合でのプレッシャーにも大きな違いがあるのだろう。

 そのあたりは樋口は全く経験してないので、あまりアドバイスも出来ない。

 日本の二軍時代も、すぐに一軍に上がっていったものだ。

 そして日本の二軍の環境は、アメリカのマイナーに比べればはるかにマシである。

 アメリカはとにかく、大成功しなければ全く富を得ることが出来ない。

 トップ層に富が集中するが、それは才能を活かすということでもある。

 本当に優れた人間に、富が集中してこそ、それを目指そうというモチベーションにもなる。

 いいか悪いかは別として、それがアメリカという国であるのだ。

 直史も樋口も、はっきり言って嫌いな価値観ではある。


 

 

 だが第二戦はローテ陣中核の一人、スターンバック。

 メトロズ打線、特に大介による洗礼を、浴びていないピッチャーである。

 実のところメトロズの首脳陣が、ヴィエラをもう呼び戻したものの、ガーネットをまだ本当にマイナーに落としてはいない理由。

 それはメトロズとの対戦で、マクダイスも相当に打ち込まれているからだ。

 ぎりぎりクオリティスタートを維持していたマクダイスも、メトロズ線では五回で五失点。

 もし調子が戻るようなら、ガーネットを残しておいてマクダイスを落とすという選択肢もあった。

 防御率にしてもほぼ5点台。

 26歳のマクダイスに、ここからの伸び代はあまりない。

 ならば21歳のガーネットに経験を積ませて、ここからでも建て直していけないかというものだ。


 MLBは実力の世界。

 そして結果の世界である。

 だが将来性も見据えている。

 ビジネスライクになったように見えて、プロ競技選手は職人のような世界。

 単純化した理論だけでは、どうしてもたどり着けない境地がある。

 それに実は首脳陣は、樋口の能力を高く評価している。

 ガーネットの成績が悪化した原因に、当初は樋口の言うことを聞いていて、結果が出たらそれを全て自分の力と勘違いして、言うことを聞かなくなったというのもある。


 プロ野球に限らず、こういった特殊技能の持ち主に必要なのは、頑固さと柔軟さ。

 相反するものを持っていなければ、真の成功には至ることはない。

 スターンバックは一度調整に失敗して炎上してから、また上手く立て直してきている。

 この試合も実際に、初回から快調にアウトを積み上げている。


 プロ野球選手の中でも特に、ピッチャーは勇敢さと慎重さを必要とする。

 キャッチャーは慎重さと計算高さだ。

 たまにピッチャーの背中を押すキャッチャーもいるが、アメリカでは完全に非主流派だ。

 スターンバックは今年の成績が、己にとってどれだけ重要かを分かっている。

 FAによってアナハイムに残るのは、現実的ではない。

 あるいはヴィエラが再契約しないのなら、わずかに可能性は出てくるが。


 樋口はこの点で、スターンバックとヴィエラを信用しきれない。

 いや、信用は出来るが、信頼まではいかないと言うべきか。

 二人ともこのオフに、どこかのチームとまた契約を結ぶことになる。

 そのときに重要なのは、故障などをしていないこと。

 ポストシーズンでこそ活躍してほしいエースクラスのピッチャーが、自分の身を守ることを優先するのは、ある意味当たり前のことだ。

 ただ全く活躍しないと、逆にポストシーズンでは役立たずで、やはり評価は低くなってしまうが。


 スターンバックがどういう考えでいるか、樋口はそこまで干渉しない。

 チームを勝たせるのは好きだが、アメリカではそれはFMの領分とされている。

 日本ならばチームの優勝のために、選手たち全員が運命共同体になる。

 MLBにもそういうところがないわけではないが、お世辞にも全てのチームが優勝を目指しているとは言えない。


 この試合は六回で、リリーフに継投。

 四点差を一点差に縮められたが、タンパベイの悪あがきもそこまで。

 むしろピアースはセーブ数が稼げて喜んでいたぐらいだ。


 残りの二試合、投げるのはレナードとマクダイス。

 マイアミに移動してからの第一戦は、復帰してきたヴィエラと決まっている。

 だがガーネットはまだマイナーに落ちていない。

 やはりレナードとマクダイスの調子を確認して、誰を残すのかを決めるのだろう。




 レナードは正直なところ、メトロズとの対戦であまりダメージを受けていない。

 もちろん自分の後ろのリリーフ陣が、打たれていったのはショックだったが。

 むしろあれに比べれば、タンパベイの打線はおとなしくて楽だとさえ言える。

 そんな気楽な気分で投げるのが、いいのか悪いのか。

 緊張感というのは、ありすぎてもなさすぎてもいけない。

 そんな中で樋口は冷静に、レナードを導く。


 ピッチャーにとって重要なのは、バランスだろう。

 技術などのバランスや、純粋なボディバランスだけではなく、メンタルのバランス。

 そのあたり直史は、ボディバランスは崩したことがあるが、メンタルのバランスは崩さない。

 これによって他の部分のバランスを、試合中に修正することが出来る。

(今日はいいな)

 レナードのピッチングを、樋口はそう評価していた。


 ランナーをそもそも出さないように、丁寧に投げていく。

 そしてランナーが出たとしても、そこで乱れない。

 さらに得点にまで結びついてしまっても、それを引きずらない。

 ピンチにおいてもそれを、最少失点に抑えるように組み立てる。

 七回まで投げて二失点。

 立派なハイクオリティスタートである。


 継投のリリーフも、危なげないピッチングをしていく。

 打線陣が順当に点を取っていき、勝ちパターンのリリーフを使うまでもない。

 失点をしてもまだ、充分な安全圏。

 最終的には7-3とグランドスラムを叩き込まれなければ大丈夫な点差で、試合を終えるのであった。


 これでレナードは大丈夫。

 去年も19試合に先発しているのだから、経験値が蓄積されているのは当然なのだ。

 そして第二戦がマクダイス。

 こちらの方が心配である。


 樋口はピッチャーの心理については、あまり直史に相談も質問もしない。

 直史に対する相談は、ピッチャーについてではなく直史に関する質問だ。

 他のピッチャーとは別格と言うよりは。別次元の存在としている。

 評価軸も判断軸も違う。

 だから試合全般についての相談などはしても、ピッチャーに対する相談は、あくまで一般的なものとしてしか話さない。

 ただ直史の意見は客観的であり、非野球的である。

 なので役に立たないというわけでもない。


 マクダイスに対する直史の評価。

 それは単なるローテを回すためのピッチャーである。

 そして相手のピッチャーが強く、勝算が薄い時に使うピッチャー。

 かなり辛辣であるが、去年のワールドシリーズでも、マクダイスはあっさりと負けている。

 だが今年のアナハイムは得点力が大幅にアップしているので、それでも勝ち星が先行している。


 これは首脳陣も難しい判断なのだ。

 マクダイスを使い続けるか、若い力のガーネットを育てるか。

 樋口しては今の自信喪失しているガーネットなら、むしろ導きやすいと思っている。

 マクダイスは本当に、別に悪いピッチャーではないと思っている。

 ただFA前に今の調子であるなら、せっかくのFA権を得ても、それほどの大型契約は見込めない。

 ローテをある程度回せる、ほどほどのピッチャー。

 単年や短い契約で、球団を回るジャーニーマンとなるかもしれない。


 前日に樋口は、直史と話し合っていた。

 マクダイスとガーネット、残すならばどちらであるかを。

 ただ二人の意見で、一致している部分はある。

 二人とも今の能力では、ポストシーズンでは捨て試合を任せるぐらいしか使いようがない。

 冷徹な意見に思えるが、間違いではないだろう。

 ただ樋口の意見に、直史も頷いた部分がある。

 どちらかをリリーフで使えばいいのではないか。


 アナハイムの弱点と言うほどではないが、もう少し厚みを持たせた方がいいところ。

 それがリリーフである。

 トレードでの補強が一般的だろうが、チーム内の配置転向で回せるならそれがいい。

 実際に去年は途中まで先発だったマクヘイルは、今はアナハイムの勝ちパターンのリリーフとなっている。

 ただマクダイスにリリーフの適性があるかどうか。


 ガーネットをリリーフで使うのは、長い目で見ればあまり良くない。

 やはり先発のローテとして、一本の柱となってほしいからだ。

 リリーフとして安定したピッチャーは、比較的安いベテランを、そこそこの年俸で獲得できる。

 ワールドシリーズ優勝を狙うなら、そこも強いピッチャーを補強しないといけないのだが。




 そのあたりアナハイムのGMには限界がある。

 オーナーの方針と言った方がいいので、GMのせいばかりにするのも気の毒だが。

 スター選手を集めたがるオーナーのモートン。

 レギュラーシーズンに限れば、ほぼ客を呼べるバッターが絶対的に経営的には有利だ。

 それが比較的安く直史を取ったのは、セイバーの働きかけもあるが、人気を得るのにいいと考えたからだ。


 MLBの市場は現在、日本にも広がっている。

 北中米圏以外で一番大きなマーケットは、日本である。

 その日本で偉大な記録を残す直史を手に入れるのは、商売的にも美味しいと思ったのだ。正確には思わされたのだが。

 結局のところ直史なくして、ポストシーズン進出もワールドシリーズ優勝も、間違いなく不可能であった。

 きっかけは直史であっても、ターナーが覚醒してバッティング面でも集客が見込めるようになった。

 本当ならアナハイムは、メトロズが大介にしたように、一年目の時点で契約の変更を持ち掛けるべきでった。

 もっともそれをされると、直史としては困ったことになったのだが。


 マクダイスのリリーフ適性。

「ないんじゃないか?」

 直史はばっさりとしている。

 縦の変化球が多いので、むしろマクダイスのいいのではとも思える。

 だが緩急をとるためのカーブが、現状かなり死んでいる。

 それは樋口も同じであった。


 先発向きかリリーフ向きかというのは能力的にもそうだが、性格的にも適性がある。

 あとは球種とは別に、三振奪取率なども問題だ。

 もっともマクヘイルがリリーフに向いていた理由は、やはりメンタル面、つまり集中力の持続性にあったのだが。


 マクダイスが先発したこの試合、アナハイムが先制した。

 だがすぐに追いつかれて、わずかに膠着状態となる。

 しかしタンパベイが突き放したと言うより、マクダイスが乱れた。

 その乱れに乗じてタンパベイは点を取る。

 この展開にアナハイムは弱点がある。

 勝ちパターンのリリーフはまだしも、ビハインドで追いかけるとき、リリーフがあまり良くない。

 そもそもビハインドで追いかける試合に、そんないいリリーフを使えないというのもあるが。


 当たり前の話だが、野球というのは先制点で勝敗が決まるわけではない。

 ただリードすれば、その時点では有利になるのも当然である。

 リードしているのを維持して、そのまま勝利する。

 ビハインド展開から逆転して勝利する。

 どちらも普通にありうる話だ。


 特に現代のプロ野球では分業制になって、リリーフがどうなっているかで、試合の行方が決まることもある。

 NPBの日本シリーズでも、なんと中継ぎ投手がMVPに選ばれたりもしたものだ。

 合理性と効率だけを重視するなら、勝てそうな試合を確実に勝ち、負けている試合は流すというのも一つの選択肢だ。

 実際にMLBは大差で負けている試合、野手にピッチャーをさせたりする。

 それならもういっそ、コールドを導入したほうがいいだろうとも思う。

 しかもそこに意味不明の、アンリトンルールまで絡んでくるし。


 結局この試合は、マクダイスがリードされた状態でリリーフに代わり、そこでも点を取られる、

 アナハイムもそれなりに点を取るのだが、結局は追いつけなかった。

 メトロズ相手に負け越してから、特にアナハイムの勝率は落ちている。

 もっともそれ以前、勝率90%を達成してから、当たり前のように徐々に落ちているのだが。


 チームの状態が悪いことは、おおよそ推測がついている樋口である。

 単純に言うとアナハイムは、一気に勝ちすぎたのだ。




 連勝を続けていたチームが、一気に連敗をするということもある。

 アナハイムは連敗というほどではないが、四月に比べると圧倒的に、勝率が下がってきていた。

 それでも五月はここまで、15勝7敗と、悪い数字ではない。

 だが四月の24勝3敗と比べると物足りない。

 負け越していないし、通年なら優勝してもおかしくない勝率だ。

 やはり勝ちすぎたのが悪かった、とは言えるかもしれない。


 勝っている時の異常な状態が、ずっと続くわけもない。

 冷静に勝因を分析できていなければ、普通に調子の出来不出来によって、勝敗はつくのだ。

 ただ勝っていたところに、一気に連敗を食らったのは悪かった。

 それによってさらに、チームは混乱したのだろう。

 他には武史のピッチングで、ほぼ完全に封じられてしまったのも、自分のバッティングを見失う理由になったかもしれない。


 アナハイム首脳陣も、そのあたりのことを考えたのだろう。

 ここはベテランのマクダイスを残し、ガーネットをマイナーに落とす。

 そう判断したのだが、それも仕方のないことである。

 少しでも安定感のあるピッチャーを、ここで使いたいのだ。

 ガーネットを上で育てるのは、今のタイミングは難しいと考えたのだろう。


 しかし今年もナ・リーグ東地区最下位のマイアミが、次の相手である。

 弱いところにヴィエラの復帰戦を持ってきたのであるが、これが果たしてどう作用するか。

 アウェイでの試合だけに、地元有利ということもあるのでは、と直史などは思っていた。

 だがそれに関しては、他のチームメイトが否定してくれたが。


 マイアミはMLBの中でも屈指の、弱小球団であり貧乏球団だが、同時に不人気球団でもある。

 だいたい一試合に一万人も入ればいい方なのである。

 むしろ対戦相手のチームの人気に、その動員数は依存していると言ってもいい。

 もちろんアナハイムファンが多くなるはずはなかろうが、純粋なMLBファンか、野球ですらなく流行のものが好きな人間が、試合を見に来る可能性はある。


 MLBではそのカードにおいて、先発を誰が任されるか、一気に発表される。 

 直史は第二戦の先発だ。

 そして当たり前のように、その第二戦のチケットは売り切れた。

 先日の試合が延長になったため、連続マダックス記録は途切れた。

 しかし今年に入ってから、直史は自責点はおろか、一点も失点していない。


 やたらと小難しくなってきた、最近のMLBの成績査定であるが、とにかく直史は点を取られず、試合にも負けない。

 ただ前回の試合では、普段の五割り増しの球数を投げていた。

 あるいはそれが、今度のピッチングに影響するかもしれない。

 それならそれで伝説の終焉するところが、目の前で見られるかもしれないではないか。


 ただその前に、ヴィエラの復帰戦がある。

 本日のヴィエラは、とりあえず五回までを目安と、少し抑え目に投げるつもりだ。

 もっとも内容次第では、もっと早く代わることもあるし、逆に長く投げることもある。

 ただ基本的に、長く投げることは想定していない。




 タンパベイからマイアミへは、同じフロリダ州の移動である。

 正確にはタンパベイは、都市の名前ではなくタンパなどを含むエリアの名前だ。

 都市としてはセントピーターズパークが正しい。

 同じフロリダの移動でも、随分と距離があるのがアメリカ。

 330kmの距離の移動には、やはり飛行機である。

 高速鉄道網が地帯なく運行されている日本とは違う。

 

 そしてこの第一戦で、久しぶりのヴィエラのピッチングとなる。

 結果から言うならば、これは全く心配はいらなかった。

 治癒するのには時間がかかったが、治ってからちゃんと、調整をした上での復帰である。

 ベテランはそのあたり、ちゃんと自分で自分の管理が出来る。

 出来ないベテランも多いが、そういうのは自然と消えていく。


 アメリカのプロスポーツ選手というのは、それが出来なければただのバカか、その経験を他にも活かす天才かの二種類しかいない。

 引退後数年で破産している選手がいる一方、実業家や投資家に転進したり、球団運営に関わったりする者も多い。

 なお日本と違ってアメリカでは、選手とコーチの才能は、全く別のものだと思われている。

 もちろん自分の経験を活かす人間もいるが、言語化出来ない人間は、コーチングなど出来ない。

 多国籍のアメリカでは、そのあたりにも問題はある。

 元プロというだけで自然とコーチになったりする日本は、アメリカから見たらおかしなことなのだ。

 そしてこの点に関しては、直史も樋口も同じことを思う。

 樋口は春日山時代、一年の時点から監督の代わりに、作戦などを全て考えてきた。

 直史は高校時代、ジン、セイバー、秦野といったあたりから、ちゃんと指導を受けている。

 そして大学時代、元プロであった辺見の指導は、完全に無視していた。

 だがチームは勝っていて、そして武史が卒業してから、早稲谷は平凡化していった。

 またコーチと監督、つまりFMでも役割は違う。

 これに関してはFMは、ある程度はチームの顔というところはある。

 それでもやはり実績がなければ、仕事が続くわけではない。


 ヴィエラはそういう点では、引退後もコーチが出来そうな人間である。

 もっとも本人がそれをやりたがるかどうかは、全く別の話だが。

 樋口がバッテリーコーチや監督をやれば、そのチームは強くなるだろう。

 だが樋口のしたいことは違う。


 リードしたところからリリーフへつなぎ、そして勝ちパターンへ。

 試合はアナハイムが完全に、序盤から優位に進めていった。

 そして第二戦は直史の先発となる。


 メトロズとの試合から中五日、既に回復してわずかながらピッチング練習もしている。

 なので大丈夫だと思うのだが、ピッチャーの調子は実戦のマウンドに立ってみなければ分からない。

 直史は安定して投げることが出来るが、それでも確実とは言えないのだ。


 ここ最近のマイアミでは、スタジアムが満員になるのは、相手がメトロズの時ばかりであった。

 これは昭和の時代の、日本のプロ野球に似ている。

 パ・リーグは完全にセ・リーグの引き立て役で、しかしながら実力ではセを上回っていることも多かった。

 とにかくタイタンズ一強という時代は、長く続いたのだ。


 チケットを買っているだろうに、あまり治安のよくないスタジアム周辺で、徹夜で並ぶ観客たち。

 近隣ではなくそれなりに遠くから、わざわざこの試合を見に来ている。

 直史の試合を見る機会は、大介の試合を見る機会よりも少ない。

 メトロズはマイアミと同じリーグの同地区チームであるので、それなりに対戦の機会はある。

 しかしマイアミはまさかワールドシリーズで戦えるはずもないし、インターリーグで対戦するのも数年に一度。

 そういった希少価値が、直史の試合には存在するのだ。

「あんまり期待はしてほしくないな」

 特に手を抜くわけではないが、本気で力を振り絞るつもりもない。

 ベンチの中でそう呟く直史の言葉を聞いて、肩を竦めながらバッターボックスに向かうアレク。

(そう言いながらマダックスして、下手したらパーフェクトをしちゃうんだろうな)

 アレクはそう思っていたが、今年はもう二度と当たらないマイアミ相手に、本当に直史は本気で投げる気がない。

 もっとも本気で投げなくても、結果は同じようになってしまうことがある。

 油断もなく傲慢でもない。

 ただひたすらに冷徹に、この試合も投げてくるのだろう。

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