第91話 冷たい勝利

 直史のピッチングの特徴は色々とある。

 とにかく球数が少ないというのは、誰にも言われることだ。

 だがそれは常識的に考えれば、かなり難しいことなのだ。

 最大のところは、パワーと技術のアンバランス。

 パワーがないのにボール球で、相手の目先を釣るということをしていない。

 初球からほぼゾーンに投げる。

 そんな制約があるのに、ちゃんとそこでヒットを打たれないようにしているのだ。


 初球の入り方が一番難しい。

 ピッチャーにとってはバッターが何を狙っているか、分からないからである。

 分かっていても打てない球を投げる、パワーピッチャーはそこが強い。

 そして直史の場合はいくつかの変化球によって、ジャストミートできないボールからまずストライクに投げる。

 色々とやってみて、初球から狙ってくるバッターがいれば、ボール球から入っていくこともある。

 その中でも基本になるのがカーブだ。


 高校時代から、入学時点で既に、この球種は一球品だった。

 正確に言うと、カーブを何種類も持っていることが、強みでもあったのだ。

 そこからさらに魔球を手に入れ、肉体に合わせて球速も増し、と順調に強くなっていった。

 今ではもう、強くなりすぎだと言われているが。それは直史のせいではない。


 シュミットに対してもカーブから入り、緩急差で内野ゴロを打たせる。

 大介が二塁に進むことは止められなかったが、一塁でしっかりとアウトを取る。

 そして内野フライでスリーアウトを取って、球数は133球。

 自己診断ではまだまだ、二イニングは余裕で投げられるだろう。


 結局勝敗を分けたのは、エースの力と言えるだろうか。

 いやこれは力でなく、技と言うべきだろう。まさに技術だ。

 力に頼らず上手く打たせ、そして時には三振も奪い、不定形であること。

 形にこだわらないことが、直史のピッチングの本質なのか。

 そしてどんな形にもなるためには、逆にとんでもないコントロールが必要となる。

 体力ではなく集中力が切れたとき。

 それが直史の本当の限界だ。

 今まではずっと、先に体力が切れてきて倒れてきたわけだ。

 



 ベンチに戻ってきた直史は、さすがに疲弊していた。

 大介に投げたボールは、どれも一歩間違えていれば、ホームランになっていてもおかしくはない。

 それを躊躇なく投げ込むのが、直史の持つ精神性だ。

 ただここでもし打たれて負けても、それはそれで布石に出来ると、後々のことまで考えて投げている。

 甲子園ではないのだ。

 対決の機会は、まだまだある。


 とは言っても精神的には、ベンチに座れば疲労しているのが実感する。

 一方のメトロズは予想通り、武史を交代させた。

 正直なところ、あれで大丈夫なのかと、兄としては心配な直史である。

「無茶しやがって……」

 樋口が苦い口調でそう言うが、メトロズはレギュラーシーズンのたった一戦に、何を賭けていたのか。

 アナハイムの首脳陣も、あまり言えないことだろうが。


 ただこのままであれば、やはりアナハイム陣営も批判を免れないだろう。

 直史は13回の裏も投げるつもりである。

 もちろん首脳陣は一応ブルペンの用意はしているが、それは別に直史が打たれる以外にも、急な怪我などを考えれば当然のことだ。

(あと二イニングぐらいで点を取ってくれるかな)

 アナハイムは前のイニング、シュタイナーのところで切られている。

 五番以降の打力は、やや落ちるのがアナハイム打線だ。

 もちろんMLBのスタメン選手は、全員がホームランを持てるポテンシャルを秘めている。

 

 メトロズはここまで武史に無茶をさせたのだから、なんとか勝ち星を付けたいとは思っているだろう。

 だが球数のことを考えると、まだ直史は投げられると判断してもおかしくない。

 実際に大介とシュミット以外なら、なんとかなると直史は思っている。

「14回にはアレクまで回るしな……」

 スクリーンを見ながら、直史は雑に計算をする。

 そこでなんとか塁に出てもらって、樋口とシュタイナーに頑張ってもらう。二人ならなんとかなるだろう。

 その裏を三人で封じればぎりぎり、大介と戦わなくて済む。


 そんな上手くいくかなと考えていたのだが、事実は意外と安易に展開する。

 13回の表、代わったばかりのリリーフから、アナハイムはこの回の先頭打者がホームラン。

 裏を抑えれば、勝利という条件が整ってしまった。

「……ホームランだけは打たれるなよ」

「……分かってる」

 熱狂するベンチの中で、バッテリーだけが奇妙な冷静さを保っていた。




 幸運と言っていいのだろうか。

 間違いなく疲労している直史だが、味方が覚悟していたよりも早く、先制点を取ってくれた。

 13回の表で、先制点も何もないと思うが。

 ただこれで、勝利条件の一つは整った。

 あとは直史が、それを確定させてしまうだけである。


 あれだけ熱狂していたスタジアムが、今はもうお通夜の雰囲気になっている。

(まるで処刑場みたいだな)

 そう思ったが昔の処刑は、庶民の娯楽でけっこうやかましかったらしいことを思い出す。

 ギロチンを見に来るのは、残酷だが刺激的だったそうな。

 日本でも江戸時代は、磔の刑などがあったが、あれも見せしめという以外に、ある種の娯楽ではあったのだろう。


 13回の裏、メトロズの攻撃は、四番のシュレンプから。

 本来なら変化球打ちも得意な、長打を打てるバッターだ。

 直史のスローカーブでも、自分のパワーだけで持っていける。

 だがあえてここは、アウトローとインローの出し入れ、それに伴う小さな変化球で片付けた。

 直史の代名詞とも言える内野ゴロ。

 たとえ外野の前に抜けていっても、大介までには回らない。

 そう考えるだけで随分と楽になり、最後の気力を振り絞る気になれる。


 ここで勘違いして、真っ向勝負などしてはいけない。

 メトロズのバッターはアナハイムの一発と、武史のここまでのピッチングを見てきているのだ。

 大介はそれなりの打球を何度も放っているが、他のヒットはシュミットの一本だけ。

 そんな状態のバッターに、まともないつも通りのスイングが出来るわけがない。

 だがそれでも注意して、シュレンプにはボール球を打たせた。

 焦りによってボール球の見極めが、とても難しいものになっている。


 あとはひどい話かもしれないが、ここまで来れば圧倒的にピッチャー有利だ。

 それはもちろん点でリードしているとか、そもそもの実力差があるとか、そういうこともある。

 だがひどい言い方をすれば、勝負が公平でない。

 審判が公平でないのだ。


 野球は、灼熱のグラウンドでプレイする選手が、一番大変だと言われる。

 違う。間違っている。

 高校野球であれば、日陰のないスタンドで応援する人間も、普段から暑さに慣れていないため、むしろこちらの方が大変だ。

 そしてなんだかんだ攻防がある選手と違って、審判はずっとそのまま。

 つまりもう、ここまで試合が進んでしまえば、審判としても早く試合は終わってほしいのだ。

 試合の流れが決まっているなら、当たり前の感情である。


 これは審判の怠慢と言うよりは、純粋に試合の流れである。

 両エースの投げ合いにはさすがに、水を差すことが出来なかった。

 よって緊張感も持続して、判定が間違わないように注意していた。

 これは逆に直史にとって有利になるのだが。

 そしてその均衡が崩れて、アマハイムが先制した。

 武史は降板し、直史はまだマウンドに立つ。

 実際には負け星がついたわけではないが、それでもピッチャーの格付けは済んだ。

 すごい試合だったな、と観客はもう感想戦を始めたりしている。


 当のメトロズでさえも、また守備側のアナハイムでさえも、この感覚は共通している。

 甲子園のマモノを知っているバッテリーは、さすがに油断していない。

 真っ当な勝負ではなく、ボールと判定されても仕方のない、ゾーンぎりぎりを攻めていく。

 これを全く躊躇なく、審判はストライクと判定していく。

 大介の打席であれば、まだ逆転のチャンスと、そんな空気になっていたかもしれない。

 だがもう、そこまで届くことはない。

 最後の打者は、アウトローを見逃し三振し、スリーアウトでゲームセット。

 長い試合はようやく幕を閉じた。




 13イニング42人に対して球数144、被安打三、四球0、奪三振14という数字。

 もし九回の時点でアナハイムが一点でも取っていれば、この試合も99球でマダックスであった。

 中五日ローテのピッチャーに、144球も投げさせるとは。

 メトロズの方はもちろんであるが、アナハイムも相当の無茶苦茶さである。


 さすがに試合後のインタビューも、直史はぼんやりとしていた。

 肉体よりもむしろ、脳の疲労の方が激しい。脳も肉体だというツッコミはさておいて。

 そして樋口もぼんやりとしていて、はいかイエスでしか答えていない。本当に疲れている。

 なので決勝点となったホームランを打った選手に、自然とインタビューも集中するわけだ。

 武史相手には全く歯が立たなかったので、これをヒーロー扱いするのも難しいが。


 一方で負けたほうのメトロズは、大介とシュミットの間で、上手く連打がなかったことに言及されていた。

 それは仕方がないと言うか、野球の統計、確率的な問題だ。

 ヒットが二本続いていれば勝っていた。

 後から見ればいくらでも言える問題で、実際にランナーが出ていたときは、直史は違うピッチングをしただろう。

 延長とは言え奪三振30は世界記録だ、などと不勉強な記者が言ったが、武史は思わず「なんでやねん」と関西弁でツッコミを入れた。

 NPB時代に上杉の記録した31奪三振を、この記者だけではなく多くの記者も知らなかった。

 上杉は九回で26奪三振を奪っているので、比較しても延長まで投げれば、普通にそれぐらいはいっただろう。

 この数年、大介、直史、上杉のNPB出身者にボコボコに負け、エキシビションでメトロズがレックスに負けていることを考えると、複雑な事情が見えてくる気もする。


 それはともかく、武史は次の試合、またさらにもう少し、故障者リスト入りして休むことになった。

 本人は直史や樋口と違って、ぴんぴんしていたのだが。

 やはり統計的に必要なピッチャーは、タフなピッチャーであるのか。

 もっとも直史は次のローテも休むつもりはない。

 普通に投げて勝てるだけの自信がある。


 今は直史の方が、疲れているように見える。

 しかし一晩明けてみれば、それは反対だと分かるだろう。

 直史はこの試合、肉体的な限界には至っていない。

 だが武史は、指先の感覚が微妙になるぐらいの、膨大な球数を投げてしまった。

 体力の回復ではなく、指先の感覚が戻るのに、どれだけの時間がかかるか。


 実際にNPBの先発ローテでも、同じようなことが言える。

 先発ピッチャーではなくリリーフ、特にクローザーに、速球派が多い理由。

 コントロールは微妙であっても、抑えられるだけのパワーが必要。

 ストレートのスピードだけで戦える武史は、アイドリングの問題さえなければ、クローザーが向いているかもしれない。

 ただ無理に試合前に肩を作れば、結局はブルペンでの球数が多いことになるが。


 二勝一敗でメトロズが勝ち越した。

 三戦目は負けたが、まだ勝率では上回っている。

 なのでこの試合、メトロズの勝利としていいのか。

 それは微妙なところで、最強戦力のぶつけ合いでは、アナハイムが勝っている。

 負け方にしても、メトロズは結局直史から、一点も取れなかった。

 ただ主砲の大介が、長打を含むヒット二本を打っている。

 微妙に調整したら、一点を取っていてもおかしくはないのではないか。

 そう思わせるだけの内容であった。




 メトロズの本拠地で、三連戦の最後の試合。

 応援していたファンは、もちろん悔しいことは悔しい。

 だがその帰宅する足取りは、重いものではない。

 重かったとしても、充実した重さとでも言おうか。

 緊張感にあふれた試合は、見る方さえも疲れさせたが、その疲労感さえ心地いい。

 

 それはVIP席で見ていた彼女たちも同じことであった。

「おめでとうございます、お義姉様」

 恵美理はそう言葉を発するが、悔しさを隠しきれていない。

 打たれたのは武史ではないし、負け星もついてはいないのだが、それでもわずかに残念なのだ。

「ありがとう」

 瑞希はそう返したが、この試合は課題が浮き彫りになっている。


 直史と一緒にいることが最も長い瑞希は、野球への観点にかなり影響を受けている。

 なのでこの試合も、客観的に見ると共に、ある主観から見ることも出来ている。

 つまり直史の視点からだ。

(もう追い越されかけてる)

 直史は実際の試合でも、負けてはいけない試合になれば、さらに色々と引き出しを出すだろう。

 だからこの試合でもう、全てを出したとは言えないかもしれない。

 だが大介との対決を見ていれば、見逃して三振を奪った最初の打席以外は、全てがヒット性の当たりになっている。


 結果が全て、と口にする人間がいる。

 確かに一つの問題だけに限れば、今日の試合の勝敗は結果が全てだ。

 しかしこの結果は、未来へともつながっているものだ。

 ワールドシリーズの優勝が最終結果と考えるなら、今日はまだ過程であるのだ。

 そう考えると大介には、ホームランこそ打たれていないものの、それに近い打球は打たれた。

 また長打になってもおかしくないボールが、野手の正面に飛んでいった。

 さらに去年は単打までで抑えていたのが、ついに長打を打たれた。

 間違いなくもう、直史にアドバンテージは残っていない。


 ただ今日の試合、直史のピッチングのコンビネーションは、ややいつもと違った。

 ストレートの割合が明らかに少ない。

 単純にストレートで、大介を打ち取ることが難しいと考えたのか。

 ただ投げていないわけではないし、色々と工夫はしている。

 果たしてその結果がどういうものになるのかは、今日の試合だけでは分からないのだろうが。


 試合も終わって今日の夜は、瑞希は直史の泊まるホテルに行くことになっている。

 荷物も準備してあるので、あとはタクシーに乗ってそのまま向かうだけだ。

 だが今は試合が終わったばかりで、帰りの観客で渋滞している。

 そう思ったからこそ、セイバーは声をかけた。




 セイバーはやや酔っているが、その頭脳はまだ充分に働いている。

 それに伝えるべきこともあるのだ。

「今のメトロズとアナハイム、ワールドシリーズどちらが勝つと思う?」

 遠い先の話であるが、セイバーはそんな話をした。

「勝敗に関係なく、私は夫を応援するだけです」

 そんな恵美理の言葉に対して、瑞希はあくまで客観的な立場でいる。


 三連戦自体は、二勝一敗。

 最後のエース同士の激突では、どうにかアナハイムが勝った。

 しかし大介との勝負は、かなり際どいものが多かった。

 去年の直史はワールドシリーズで三勝と、まさに主力として大活躍した。

 その前年のエキシビションを合わせると、メトロズにはずっと勝っている。

 そして今日も勝った。

 だがそれは未来の勝ちを保証したものではない。


 分析的であろうとすると、どうしてもシビアな見方になってしまう。

 そして両チームの戦力を単純に判定すると、どちらが有利かは分かるのだ。

「メトロズの方が有利だけど、ワールドシリーズはたったの七試合」

 七試合もやればある程度、チーム力で勝敗は決まる。

 だが野球というスポーツの特性上、とにかくピッチャーで勝敗は変化する。

 

 去年は直史が無理して三勝した。

 今年のアナハイムは、打線が強化されているので、エース以外のピッチャー同士の対決でも、それなりに勝負にはなるだろう。

 FMも全打席はさすがになくても、何打席かは大介を敬遠させるだろう。

 そこまでも含めても、どちらが有利かは分かるのだ。

「短期決戦でもメトロズが有利」

 それが瑞希の出した結論であった。


 セイバーの出した結論も、同じものである。

 レギュラーシーズンでのこの三連戦と、同じような結果になるのではないか。

 アナハイムはヴィエラが戻ってくれば、投手陣が強くなる。

 それに今回は先の二試合、大介との勝負をやらせてしまった。


 ワールドシリーズではやはり、敬遠ばかりなど許されるはずがない。

 FMはそれを苦々しく思うかもしれないが、野球というのはそういうスポーツなのだ。特にこのアメリカでは。

 そして何より、直史が投げたとしても、勝てるかどうかが分からない。

 武史と投げあえば、という前提になるが、もしもまた大介と対戦したら。

「メトロズが有利ということね」

 どうしても毎試合出られる、野手の強いメトロズの方が有利になる。


 セイバーとしてはそろそろ、直史に負けてもらってもいいのだ。

 彼女は別に、直史を一方的に贔屓しているわけではない。むしろ彼女の考えからすると、やはり勝敗の天秤が傾きすぎるのはよくない。

 MLBが一時期の人気が低迷した時代には、人気球団による有力選手の確保というものがあった。

 それは別にNPBでも同じことで、FAの恩恵を一方的に受けているチームはある。

 もっとも日本の場合、印象としてはFAでは、大失敗も多いと思えるが。


 あとはセイバーだけが知っていることだが、二つのチームには徹底的な差がある。

 それが明らかになるのは、もう少し先のことになるだろう。

 セイバーが選んだ二つのチーム。

 今年は彼女にとっても、選択の年になる。




 スタジアムでシャワーを浴びた直史は、ホテルに戻るとそのまま伝言を残し、自室のベッドに横たわった。

 キングスサイズとまではいかないが、かなり大きなベッドで、普通に二人分ぐらいで眠ることは出来る。

 まだ試合の余韻で、脳が疲れているのに、眠りがやってこない。

 そこで瑞希が到着し、ゆっくりと二人で風呂にでも入ろうということになる。

「電気消して」

「今更?」

「いいから消して」

 そこはロマンチックな程度に、薄暗くなる機能がついている浴室である。


 ゆったりとバスタブに浸かりながら、直史は「あ゛~」と声を出した。

「疲れた」

「うん、見てる方さえ疲れたから」

 直史は天井に目を向ける。

 そこに何か、別のものが見えているわけではない。

「今年のワールドシリーズ、どっちが勝つと思う?」

「確率的にはメトロズ有利だと思う」

「うちに足りないのは?」

「……得点力とリリーフ」

「そうだよな」

 何度も話し合ったことである。


 スタメンをこれ以上いじるのは難しい。

 内野は動かせないし、外野の選手の打撃力も、そう簡単に補強できるものではない。

 それに今日の試合を決めた一発は、五番以降の打線から生まれたもの。

 これ以上を求めるのは難しい。


 だがリリーフの方は、動く必要があるだろう。

 直史以外の投げる試合で、ピッチャーが勝たないといけない。

 樋口のリードによる底上げは、メトロズの坂本による底上げより、上げ幅は少ないと思う。

 キャッチャーとしての総合力に、バッターとしての安定性を考えても、樋口は確かに坂本より上だ。

 だがそもそもの坂本の力も高かったので、そのポイントの急上昇はない。

 もちろんアレクを取ったことで、かなりチームとしては強くなっているのだが。


 問題はやはりピッチャーの負担を軽くすることだ。

 直史がいることによって、充分に負担は軽減されている。

 しかしマクヘイルにルークと、二人に勝ちパターンのリリーフを頼っている現状はよくない。

 あるいはここから、マイナーの選手を試していくことはあるのかもしれないが。


 クローザーのピアースも含め、三人に何かがあったとき。

 その時のためのクローザーが、絶対に必要になってくる。

「それとセイバーさんが、ミネソタのデータを渡してくれた」

「ああ、やっぱり注意するべきなのか」

 昨年の最下位から、今年は一気に首位を走っているミネソタ。

 アナハイムやメトロズのような、問答無用の強さではないが、突出した数人の選手が、その強さを支えている。

 ポストシーズンの短期決戦では、必要になるのは突出した力。

 そしてポストシーズンでは、同じリーグのアナハイムは、必ず当たるものなのだ。もちろんあちらが勝ってくるのが前提だが。


 今年のターナーが、タイトル競争で一歩遅れている理由。

 それがミネソタの存在だ。

 六月の頭に、ミネソタとのカードは組まれている。

 そしてそこで直史は、投げるローテに入っている。


 メトロズとの対戦は、これでもうワールドシリーズまではない。

 なので研究して対策するのは、ミネソタの方が先になる。

 今年これまで、一度も対戦をしていない。

 そしてポストシーズンでは、メトロズとはワールドシリーズまでは当たらないのだ。


 このあたりのことは、もちろん当たり前に直史は分かっている。

 だがどうしても今日までは、メトロズを意識して調整をしてきた。

 次の試合でマイアミ相手に投げて、そしてその次がミネソタ。

 今日のピッチングの疲労が、どれだけ残るか。

 残るかもしれないのは、疲労だけではないだろうが。


「あちらはもう、今年はミネソタと当たることはないんだよな」

「不思議よね」

 NPBの感覚からすると、どうしてもそう感じてはしまうのだ。

 交流戦で必ず全てのチームと戦う、NPBとは違う。

 チーム数が多く、国土も広いアメリカでは、それもしょうがないことだ。

 直史としてはもう少し試合数は減らしてほしいが、そうするとチームの選手数も少なくなるのだ。

 特にそれはピッチャーにかかることだ。


 ナ・リーグ東地区で一番の難敵、メトロズとの対戦は終わった。

 次のマイアミは同じ東地区で、最弱とも言われているチームだ。

 今年の順当に最下位を走っているが、これもチームだけを多くした弊害なのか。

 ただマイアミはスプリングトレーニングの場所でもあるし、NBAにはそこそこ強いチームもマイアミにある。

 土地柄スポーツが弱いとは、あまり言えないと思うのだが。


 今日の試合は本当に、運が良かったのだ。

 瑞希に触れている間に、直史はようやく己の神経が、休まっていくのを感じた。

 そして寝落ちする前に、瑞希によって浴槽から引きずり出される。

 エロいこともせずに、直史は眠りに就く。

 本当に疲れていたのだな、と瑞希も理解する。


 明日からは移動して、またもアウェイでの対決。

 瑞希はここからアナハイムに戻る。

 深い眠りに就く直史の顔を、瑞希はしばらく眺めていた。



×××



 ※ かつて故障者リストと呼ばれていたMLBのリストは、故障者が障碍者との記述に被るとされ、現在では名前が変更され、負傷者リストと翻訳すべきものになっています。

 なおピッチャーの場合は一度これに入れると、15日間は試合に出られなくなります。

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