第90話 壊れない試合
※ 前編です
×××
樋口の直感に従って、ファーストストライクが取れた。
それはいいのだが、次に何を投げるかさえ、脳をフル回転させないといけない。
神経への負荷で、時折目がちらつく。
おそらくこんな極限状態で、武史は投げていない。
(天才ではないし、単なる技巧派でもない)
純粋に他より犠牲を払っているので、それだけの実績が残せるだけだ。
呼吸の出来ない水の中で、ずっと動いているような感覚。
本当に脳にダメージがないのかどうか、オフに診てもらった方がいいかもしれない。
逆に、脳は使えば使うほど、その機能は上昇していくとも言われるが。
(さて、次はどうする?)
迷いを捨てた大介には、不意打ちは通用しない。
だが、不意というのはそこにあるのではなく、作り出すものだ。
樋口の提案に、直史は頷く。
そして投げられたのが、完全に胸元を突くボール球。
当たったらデッドボールになるが、普通に避けられるボール。
しかし大介は体を開いて、これを打ちにいく。
体は開ききっているのに、バットはまだ出てこない。
そしてようやく、体に巻きつくように、バットでボールを弾き飛ばす。
打球はライト方向、スタンドの中に消えていった。
ファールになってしまったのは、ボールが体の近くでさらに、当たるコースになったからである。
こういうことを大介に対してやってはいけない。
100倍ぐらいになって返ってくるからだ。
もっとも直史相手に、そんな余裕はない。
(俺を信じて当てに来たってとこか)
それも違うような気がする。
直史は絶対に、ビーンボールは投げないはずだ。
だが今のボールは弾かなければ当てられていた。
大介も一年目には、散々に当てられたものだ。
それをピッチャー返ししている間に、自然と投げられなくなったものだが。
このボールはメッセージであるのかもしれない。
もちろん大介にではなく、他のチームのピッチャーへの。
内角も使わなければ、大介を打ち取れない。
外角に集中しているからこそ、今の大介の数字が出ているのだ。
大介の内角は、器用に腕を折りたたんで、確実に打っていることは間違いない。
だがそこを全く攻めなければ、やはり通用しないのだ。
ツーナッシングと、カウントだけは圧倒的に有利になった。
だが追い込まれたことで、大介のやることは少なくなっている。
下手な駆け引きはなく、ゾーンは全部振っていく。
際どいボールも全部振って、最低でもカットしていく。
内と外、緩急、高低を使っても、それでどうにかなるかどうか。
まずは一つと外にわずかに外れるツーシームを投げても、あっさりとカットされた。
(一応こいつにも苦手なパターンはあるんだが……)
樋口はそれを、今日は使わないと決めていた。
直史も同意して、封印して投げている。
最終的な勝利から、逆算して考えているのだ。
ワールドシリーズの最終戦で、大介の最後の打席を打ち取るのに、そのパターンが使えるかどうか。
甲子園の決勝の、最後の打席を打ち取るために、残しておくのに似ているだろう。
もちろん本来のプロ野球は、地力と地力の勝負。
初見殺しを使うのだとしたら、いったいどれだけ初見殺しを用意しなければいけないのか。
それに大介は直史の、初見殺しの種類を最も多く見ている。
小手先だけで通用するのがどこまでか、直史としても慎重に見極める必要があるのだ。
結局は粘られながら、フルカウントにまで持ち込む。
外角に投げたスルーを、大介は無理に掬い上げようとはせず、そのまま叩き付けた。
ボールは大きくバウンドし、サードの頭の上を越す。
長身のターナーだがグラブは届かず、大介は一塁へ進出。
この打席は、果たしてどちらの勝利なのか。
当初の作戦に従うなら、これは直史の勝利である。
ノーアウトからならともかく、ツーアウトからならランナーに出られても、さほどは怖くはない。
大介が帰ってくるまでに、内野ゴロや外野フライでも、そのイニングを終わらせてしまうことが出来るからだ。
だがそれは分かった上で、バッテリーは大介を打ち取ろうとした。それには失敗した。
成功や失敗という言葉を使うのを避けるなら、想定の範囲内ではあるが、そこまでの結果でしかないといったところか。
出来るものなら、より高い目標へと到達しておきたかった。
だが当初予定の最低限、妥協の産物として設定していた結果に、結局は終わってしまったわけだ。
ノルマはこなしたが、それ以上の上澄みはなし。
もっともそのノルマが、そもそも圧倒的に難しいものだったのだが。
シュミットへのピッチングは、長打を許さないことを念頭に置いている。
最終的にはショート正面、強いゴロで打ち取ることが出来た。
大介をランナーに出しても、ホームに帰さなければいい。
失点しなければ、試合は決まらない。
直史の大前提としている考えで、このイニングも抑えることが出来た。
これでランナーを出さなければ、九回はワンナウトで大介に回るということだ。
そしてこの試合、延長が具体的に見えてきた。
大介以外のバッターは、おおよそ抑えられる。
連打さえ許さなければ、それで充分だ。
やはり怖い並びは、大介とシュミット。
ただそれもどちらかは、抑える計算が出来ている。
七回の表、武史の球数は100球を超える。
だがフォーシームストレートは、104マイルか105マイルを記録。
ここまで投げて全く落ちていないどころか、四番から始まった打線を、フライ一つと奪三振二つ。
点が入る気がしなくなってきた。
(果たしてどこまで、球威と制球がもつのかな)
キャッチャーボックスに座って、樋口もそれを考える。
球数では圧倒的に直史が有利。
だがこれまた九回までで、100球前後には達する。
アナハイムの首脳陣は、どこまで直史を引っ張るつもりなのか。
兄弟対決で盛り上がっているのはいいが、ここは向こうのフランチャイズ。
いつまでもロマン優先で、投手運用をするわけにはいかないだろう。
しかしピッチングコーチのオリバーはナオフミストであり、疲れを見せない直史を代えないだろう。
そしてFMにしても、そのあたりは無視しないと思うのだ。
レギュラーシーズンで地区優勝することと、二位でポストシーズンに進出すること。
その違いはほとんどないはずだ。
問題になるのはやはり、メトロズが上がってきそうなワールドシリーズ。
そのための前哨戦として、この試合に過剰な意味が込められている。
七回の裏、直史は10球しか投げず、そして三振を一つ奪う。
奪三振の数は、ほぼダブルスコアで武史が優っている。
(九回の攻防か)
大介の第四打席が回ってくるが、その前にアナハイムが四打席目の一番からの打順となるのが九回の表だ。
果たしてどちらが勝利するのか。
ここはピッチャーの耐久力がものを言うのかもしれない。
八回の表に至って、ようやく武史のギアは最高にチェンジしたと言うべきか。
三者三振であっさりと終わり、メトロズの攻撃の八回の裏へ。
ここもまた直史があっさりと終わらせる。
そして九回の表が回ってきた。
アナハイムはこの回、一番のアレクからという打順。
ここまで三人しかランナーを出していない。
だが樋口が一本、長打を打っている。
アレクが上手く塁に出れば、一点を取ることは出来るかもしれない。
しかしムービング系をゾーンに投げられて、あっという間に追い込まれる。
そして最後は、高めのボールをファールチップで空振り三振。
最終回なのに、球数も多くなっているのに、全く球威に衰えがない。
「むしろ速くなってるかもしれない」
アレクの言葉を聞いて、樋口は小さく頷く。
(今ので130球か……)
150球までは、武史の球威は落ちないはずだ。
ただ今日は早いうちに、ギアが上がってきている気がする。
多めにアップしてアイドリングしていたのか、それともアドレナリンが多く分泌して、早めにスペックを出したのか。
バッターボックスの中から、樋口は武史の様子を観察する。
疲労の色は見えず、首や手をぶらぶらと振っている。
まだまだこの先を投げるぞという、気負いでもなく決意が見られる。
(アレクを三球で終わらせてるからな……)
まともに打てるとは思えない。
だがどうにか粘って、球数を増やすのだ。
限界の兆候を見逃してはいけない。
ムービング系が外角のボールゾーンに投げられる。
このスピードではストライクとの見極めなどつかないだろうが、今のはリードの失敗だ。
どうせこんなスピードなら、そのコースはストレートでも振っていかない。
追い込んでから投げるべきボールだ。
それとも坂本は、他の思惑があったのか。
(こちらの追い詰められているのを確認したかったのか)
樋口はそういう駆け引きなら得意だ。
ムービングであっても160km/h台は出ている。
ストレートの球速で160km/hを出すピッチャーはいても、ムービングでこの速度が出るのは、他には上杉ぐらいだ。
まったく、これがバスケットボールの世界に行かなくて良かった。
あちらに進んでいれば、おそらくは日本で周囲とのレベル差により、あまり成長することもなかっただろう。
(少しでも粘る)
武史の体力を削ると言うよりは、メトロズの首脳陣に判断をさせるために。
だが最後は、チェンジアップを空振り三振。
ほぼど真ん中に落ちてきたのに、完全にタイミングが合わなかった。
ストレートにばかり意識が向けられ、チェンジアップに対応するリソースがなくなっていた。
このあたりは坂本のリードなのだろうが、直史と武史に、ほぼ唯一共通した部分である。
バッターとの対決に、必要以上にこだわらない。
「ストレートはボール二つ上ぐらいだから」
そう言われたターナーも、ごくりと喉を鳴らす。
そしてターナーも三振に終わった。
ボール二つと言うか、明らかにボールがホップしている。
もちろん目の錯覚のはずなのだが、少なくとも伸びがすごい。
軌道の途中からふわりと浮かんで、バットのスイングの上を通り過ぎる。
他の球種と混ぜられると、本当に対応が出来ない。
バッターの本能に逆らうボールだ。
ライズボールがそうなのだが、ライズボールではないにしても、野球選手には打ちにくい。
アンダースローから投げてもらっているのに慣れているなら、それなりに打てなくもないと思うのだが。
(いつまで続くんだ)
直史のピッチングの前に、これまで多くのチームのバッターが心折れてきた。
だがこの試合はついに、アナハイム側がその犠牲者になりそうだ。
上杉の狂ったストレートとは、また違うストレート。
ただここで、もう球数は141球になった。
九回の裏には、大介の四打席目が回ってくる。
そこで点が入らなければ、延長戦に突入。
ピッチャー交代はありうる話だ。
先頭打者をしっかりとしとめて、そして大介を迎える。
これで今日、四度目の打席。
一打席目は見てきて、二打席目は大飛球。
三打席目は大介らしからぬ打球だが、ヒットを打ってきた。
だんだんと追い詰められている。
そう感じはするが、直史がそれを面に出すことはない。
(段階的に考えれば、次は長打を打たれるか)
ホームランでさえなければ、どうにかなるとは思うのだが。
ファーストストライクを取る手段さえ、段々と難しくなっている。
この打席では、落差の大きなカーブを使った。
他の審判ならボールとしたかもしれないが、この審判は試合の過程において、直史のボールをストライクと取りやすくなっている。
(これもこの試合だけのアドバンテージか)
同じ審判であっても、おそらく次は判定基準がリセットされている。
まずは一つ、ストライクを取れた。
だが肝心なのは、ここからアウトにすることなのだ。
フォームを変えたストレートを投げても、次は確実にミートされるだろう。
もし使うとしたら、これまた印象がリセットされた、ワールドシリーズでの対戦の時。
それも相当に工夫しなければ、あっさりと見切られるのだろうが。
大介に確実に通用するという球種はない。
強いて言えば、伸びながら沈むスルーは、さすがにある程度有効だろう。
だがコンビネーションの中で、確実に打ち取れる球としては使えない。
それもまた初見殺しに近いからだ。
試合が進み、打席を重ねれば重ねるほど、バッターには有利になる。
ピッチャーのボールに慣れるというのもあるが、大介の場合はそれだけ、不純物が取り除かれていく。
対する直史が、過程において布石を打っておくのとは、まるで反対。
その布石を全て忘れて、目の前の一球に集中する。
(一球入魂か)
前時代的なその言葉は、ここまでの高みに上れば、むしろしっくりとくるようになる。
あるいは戦前戦後、野球がまさにベースボールではなく、野球であった時代。
精神性がはるかに今よりも重視された時代、本当に野球は、スポーツではなく野球道であったのかもしれない。
その精神鍛錬を歪ませて、軍隊よりもひどい非効率的な練習方法などが生み出される。
非効率の、不条理の果てに、突破する何かがある。
おそらく直史がまだ大介に勝てるのは、そこにわずかに近いからだ。
ただ大介は、そういった方向から、野球の極致にたどり着くことはないだろう。
(これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)
大介の野球に対するのは、この姿勢だ。
孔子の残した言葉を、論語として弟子が編纂した。
今の野球に関しても、こちらの方が正しい。
それはこちらの方が本質だからというわけではなく、時代が変わったからだ。
戦後の日本においては、長く日本人はまだまだ栄養失調の状態にあった。
食べていくため、生きていくためなら、なんでもした時代。
そんな時代に比べて、今は生きていくのに選択が出来る。
生きるために野球をする人間と、選択肢があって野球を選んだ人間。
指導者は前者なら、壊れるほどに鍛えていくだろう。
だが後者こそが、現在の野球選手層の中心。
これを間違えていれば、強いチームなど作れるはずもない。
アメリカという国は、物量で勝つ国、と思われている。
豊かな資源、国土、そして一定の能力を持った人口。
また才能を伸ばす舞台も、ちゃんとしつらえられている。
だから勘違いされるのであるが、アメリカが勝つのは物量からではない。
論理によってアメリカは勝っている。
この論理というのは、まさにロジスティクスと訳すべきだろう。
日本語では兵站とも翻訳されるものだ。
アメリカは勝つために、その前提条件を整えられる。
金持ちの才能にあふれた人間を、効率よく育成する。それもアメリカの一つの姿で、確かにもっとも一般的なものである。
だが同時にアメリカは、貧困層からスーパースターが生まれる。
そこにあるのは楽しむとか、そんな甘いものではない。
これで勝ちあがれなければ、自分は負け犬だ。それで済めばいいが、生きていくことすらも出来ないかもしれない。
ハングリー精神というものだ。
アメリカは才能への投資と、そしてこのハングリー精神が、格差によって存在する。
日本にもそれなりに存在するが、アメリカほどのものではない。
もしも直史が、中学時代からシニアでやるような環境にあったら。
ひたすら反復や試行錯誤することによって、体軸や体幹の強化が成されてなければ、今のスタイルにはなっていない。
単純に身体能力だけを高めるなら、変化球もたくさん使える、150km/h台半ばのストレートを投げるピッチャー。
それなりに貴重ではあろうが、日本国内だけでもかなり存在するだろう。
直史の精神性は、素朴な言い方をすれば農民なのだ。
毎日の目配りが必要で、成果はすぐに出てくるものではなく、地味な作業が続いていく。
機械化された部分は多いが、それでも手作業でこなすことは多い。
人間以外の理不尽には、耐えることが出来る。
人間関係であれば、耐えることなどないが。
己自身を追い込んだ直史と、楽しみながら強くなった大介。
この成長の仕方自体には、優越はない。
最後にはやはり、素質と計算と運が関係してくる。
直史の投げた二球目は、内角へのスプリット。
さほど強力でないはずのこの球を、大介はしとめきれずにファールにする。
追い込んだ。
ここから三振が取れるか、もしくは上手く打たせて取るか。
バッテリーは三振などという高望みはしない。
さらには打たせて取るということさえ望まない。
必要なのは、点を取られないこと。
そのために直史は、三つボール球を投げる。
ここからいったい、何を投げるのか。
フルカウントにしたのは、あえてのことだ。
ツーナッシングの時と、フルカウントの時。
際どいボールを見逃すと、ストライクと取られる可能性がある。
このバッテリーならばそこを利用する。
優れたバッターを打ち取るのには、突出した決め球が必要なわけではない。
むしろ統計的にいい数字を残すために、決め球は効果的なのだ。
三つ続けたボールの後に、直史は普段、まず使わないボールの握りをする。
セットポジションから足を上げ、そして踏み込む。
最後にリリースは、抜くように投げた。
ボールの軌道を、大介の目はしっかりと捉える。
そしてその、ボールの回転数が少ないのに気づく。
(フォークか?)
ここで使われるには、かなり微妙なボールだ。
ただゴロを打たせるのがメインの、直史のスプリットと比べればどうなのか。
落差が違う。
だが球速も違う。
大介は体をわずかにゆっくりと開く。
そして沈んでいく球を追いかける。
見逃せばボール球だ、と気づいたのはミートした後。
そして鋭い打球が、そのバットからは生み出される。
ライナー性の打球は、大介本来のもの。
だがその軌道が、本来のものとは違った。
直史の頭の上を通り過ぎたそのボールは、スタンドに飛び込む軌道ではない。
深めに守っていたアレクが、ジャンプして届く軌道。
センターライナーで、アレクはその場にひっくり返った。
予定よりも、ほんの少しダウンスイングになったこと。
それが軌道を、わずかに下にしてしまった。
打球へのバックスピンも、普段ほどはかかっていなかった。
野手正面のライナーで、長身のアレクがどうにかキャッチ出来たこと。
(賭けに勝った)
息を吐く直史に対して、ベンチに戻る大介。
(ただのフォークをああ使うのか)
わずかずつのタイミングのズレで、どうにか打ち取ったというもの。
だがこれでシュミットが打てなければ、試合は延長に突入だ。
いくら力を使ったとはいっても、ここで油断するのはいけない。
シュミットにヒットを打たれたのは、わずかに制球の乱れもあったのだ。
ここでまた、同じような過ちを犯してはいけない。
直史は計算をして、樋口と答えあわせをする。
上手く内野ゴロを打たせて、この回は三者凡退。
試合は延長戦に突入する。
どう判断するべきか。
メトロズベンチの方は、かなり迷っている。
現時点で武史の球数は141球と、普通のピッチャーなら間違いなく交代する場面だ。
それでも九回の表に、三者三振にしとめた。
アナハイムの厄介な一番から三番までをだ。
実際に制球も球速も、全く衰えていない。
それに坂本も特に何も言ってこないし、本人はずっとそのつもりでいる。
(常識で考えれば、ここはもう交代だ。ここまでやれたなら、たとえ負けても痛くはない)
九回まで投げて、わずかにヒット二本。
これは充分すぎる数字なのは間違いはない。
ただ九回まで投げさせたのは、その裏のメトロズの攻撃で、試合が決まるのを期待していたからだ。
大介が塁に出て、シュミットがそれを帰す。
実際に前の打席で、大介はヒットを打っていた。
それに結局はセンターライナーであったが、あれは長打になってもおかしくない打球だった。
ただ、これでアナハイムがまだ、直史を投げさせたとする。
するとメトロズは、おそらく10回の裏も、11回の裏も点は入らない。
現時点で直史の球数は99球。
もしもあちらに一点を取られていれば、マダックスで負けている。
ほとんどの試合を100球以内で終わらせている直史だが、それなりの球数も投げられないわけではない。
もしもここで武史を交代させて、一点でも取られれば。
あと一イニング、アナハイムは直史に投げさせるだろう。
「球威か制球、どちらかがおかしくなったら代える」
メトロズのFMディバッツの判断は、かなり苦しいものだ。
だがここで、次の武史のローテを飛ばすと、完全に判断した。
武史の限界がどこにあるかを、見定める必要がある。
当の武史はそれを聞く前に、とっくにマウンドに上がっていた。
坂本がFMの指示を聞いて、苦笑しながらベンチら出る。
今年のメトロズは、一度も延長戦を戦っていない。
ただしそれは、アナハイムも同じである。
お互いのピッチャーが完全に打線を封じ、延長にもつれ込む可能性は考えていた。
だがここまでその予想が、完全に当たってしまうとは。
武史は141球を投げながら、奪三振22個を奪っている。
特に八回と九回は、スタミナの枯渇を全く感じさせない、六者連続三振だ。
前の回から数えると、八者連続三振。
とてもこれが、疲れているピッチャーの数字とは思えない。
ただしこれは、おそらく間違いである。
直史はそれなりに、もっと球数を投げた過去がある。
しかし武史にとっては、MLBでは未体験の球数。
メトロズもまた上位に回ってくるまでは、おそらく直史を打つことは出来ない。
ならばどれだけ、武史に投げさせればいいのか。
異次元の領域の試合に、ディバッツの判断力も低下していた。
既に二勝はしているのだし、勝率でも上回った。
ここはこの試合を落としても、武史が通用するということは確認できたのだ。
確かに直史はまだ投げてくるのかもしれないが、他のピッチャーでそれには対応するべきだ。
もしこれで武史が壊れたら、戦力は大幅に落ちることになる。
理性的に考えればそうなる。
だがまだまだ元気な武史を見れば、その判断が出来ない。
本当にここで交代していいのか、FMとしてではなく、一人の野球人として考えてしまう。
(兆候が見えればすぐに代える)
それを言い訳にして、ディバッツは己の見たい試合を、そのまま続けさせてしまうのであった。
最低限、ブルペンの準備は開始させて、別にそれを気にはしない武史であった。
×××
※ 限定ノート五話公開に伴い、四話までを期間限定で通常公開しています。
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