第88話 サトーとサトー

 直史と武史の違いを簡単に言ってしまえば、変化球と剛速球。

 魔球とまで言われる球を持つ直史は、確かに変化球投手だ。

 だが決め球としてストレートを投げていることも、少ないとは言えない。

 逆に剛速球投手の武史は、特に試合序盤の立ち上がりは、小さな変化球を頻繁に使う。


 どちらがピッチャーとして優れているのか、評価基準は色々とあるだろう。

 だが最も分かりやすい基準は、チームを勝たせるピッチャーだ。

(だけどどちらが有利かは分かる)

 直史はその点は、はっきりと認識していた。

 当然ながら武史が有利である。

 理由は打線の援護だ。


 メトロズとアナハイム、リーグも地区も違うので、完全にそれだけで評価するわけにはいかないが、平均得点はメトロズの方が上である。

 ただこの試合においては、その平均得点というのはあまり意味がない。

 短期決戦に必要なのは、安定した強さではなく爆発的な強さ。

 得点力の高さではなく、爆発力の高さで、メトロズはアナハイムを、攻撃面では圧倒している。

 大介がいることと、直史が大介との対決を避けないからだ。


 アレクから樋口、そしてターナーに続いていく三連星は、黒くなく赤いので、通常の三倍ぐらいの脅威度がある。

 ただその脅威の攻撃力が、果たして武史のピッチングを上回ることが出来るか。

 日本にいる時、高校ではチームメイト、プロでは敵となったアレク。

 そして大学からずっと、武史を導いてきた樋口。

 二人はきっぱりと、武史を順当に打ち崩す自信はないと言った。

 そしておそらくターナーやシュタイナーも、その域には達していないと。


 対して大介の打撃力は、直史のボールを得点につなげることが出来るか。

 ある条件を満たせば、出来ると思う樋口だ。

 直史も不本意ながら、それには同意する。

 しかし現実には、前提条件の情報によって、得点の体勢を整えることが出来ない。

「対戦する約束か」

 樋口も呆れるが、この期に及んでもそれは有効らしい。


 直史は大介とは勝負しなければいけない。

 大介と勝負するために、プロの世界に入ったのだから。

 それを知らないメトロズは、大介を一番に持ってくるだろう。

 だが今のメトロズなら、シュミットを一番に、大介を二番に持ってくるべきだ。

 シュミットはなんとか直史から出塁できるかもしれないし、大介はホームランとまではいかないが、直史から長打を打てる。

 それでシュミットが塁にいれば、ホームに帰ってくることが出来る。


 ただメトロズの要注意打者は、この二人だけではない。

 ペレスにシュレンプは、どちらかというと技巧派ピッチャーを相手にするのが得意だ。

 もっとも直史から見ると、この二人はそれほど怖くはない。

 シュミットが塁に出たところで、大介に長打を打たれる、

 それが直史の考える、点を取られるパターンだ。


「俺もそう思う」

 樋口もメトロズに関しては、要注意と考えていた。

 大介を抱えているチームに、今年は武史が加入している。

 去年のワールドシリーズを分析すれば、メトロズが勝てなかった原因は分かる。

 直史を打ち崩せなかったというのもそうだが、加えて直史を消耗させるレベルのピッチャーが向こうにいなかったからだ。


 いや、正確にはいたのだ。

 だがメトロズの首脳陣は、その使い方を間違えた。

 上杉を先発で使うなら、直史と当てなければいけなかった。

 どちらのピッチャーも消耗して、その後の試合に使えなくなったかもしれない。

 故障明けの上杉を、延長まで使うわけにはいかなかったというのもあるだろう。

 しかし上杉の回復度合いから、使うべきであったと思う。

 そうすることによって、直史であってもプレッシャーは感じただろう。

 そしてその状態からなら、三試合も投げるのは無理だったと思うのだ。


 今年の武史は、パワーピッチャーという点では上杉に似ている。

 去年のメトロズの投手運用が、果たして正しかったのかどうか。

 その答えあわせを、かなりの違いはあるものの、この試合で行うことが出来るだろう。

 先攻のアナハイムに対して、武史がマウンドに登っている。

 いつも通りであれば、序盤に点を取らないと、勝利するのは難しい。

 だが先頭打者のアレクは、投球練習する武史の様子が、いつもとは違うと感じている。


 最初からMAXなのか、それとも逸っているのか。

 武史はプレッシャーは感じないピッチャーのはずだが、ここで感じるのは野球におけるプレッシャーではないだろう。

 次男として生まれて、絶対に勝てないと思ってきた、過去の全ての記憶。

 武史が戦う相手は、己自身のその記憶となる。




 アレクは悪球打ちの選手、と一般には思われている。

 高校時代から、なぜそこを打つ、というところを打っていき、ホームランにしたりしていた。

 そのあたりは大介に似ていると、表に出ている事象だけを見れば、言えるのかもしれない。

 だが実際は二人の悪球打ちは、全く性質の違うものである。


 大介の場合は、無理に打ってもヒットやホームランに出来る、というものだ。

 それに対してアレクは、純粋に自分の打てるゾーンが、一般的なストライクゾーンより広いのである。

 そして悪球打ちでも、インハイはあまり狙わない。

 長い手足を利用して、外の球を打っていくか、あるいはインローの球を打つ。

 ど真ん中近くを確実に打つ能力は、意外と一般的な選手と変わらない。


 そのアレクが今日の初回は、完全に出塁に意識を集中している。

 アレクなら手を出してくるだろう、という武史の意図は、裏目に出ている。

 球数を使わせて、アウトローのボール球を見送る。

 これまでになかった、先頭打者の初回出塁である。


 アレクは普段、好き放題に打つ。

 それでは首脳陣からの受けは悪そうに思えるが、実際には高い出塁率を誇る。

 長打も打てる一番で、切り込み隊長としてはとても優れている。

 そんなアレクが必死にフォアボールを選んだことが、樋口にも覚悟として伝わる。

(勝負は初回か)

 武史がトップギアに入る前に、一点を取る。

 直史はなんだかんだ言っていたが、小手先の工夫でもして、この試合だけでも大介を抑えるのは、ありだと思うのだ。


 レギュラーシーズンとポストシーズンでは、戦い方が違う。

 NPB時代から大介は、明らかにポストシーズンの方が成績が良かった。

 そんな大介に、決定的な敗北をしていないのは、直史だけだ。

 上杉でさえ大介相手には、勝ったり負けたりといったところなのだから。

 去年のワールドシリーズ最終戦も、かなり際どい勝負に見えた。

 だが結果だけを見るなら、最終打席を打ちとって、試合も1-0で勝利させた、直史の完勝だ。


 しかし投げた本人は、常に恐れを抱いている。

 自らを萎縮させるようなものではないが、ずっと危機感を持って、ピッチングをしている。

 今年の成績が去年よりも、さらに圧倒的になっている理由。

 それは樋口が加入したからというのもあるが、それも含めて直史のピッチングのバリエーションが広がっているからだ。

 そのモチベーションというか、危機感が大介のパフォーマンスだ。

 もはやまともに勝負するピッチャーが、ほとんどいないという現状。

 直史だけが確実に大介に勝負を挑んでいく。

 より高度なピッチングを模索していかないと、大介に勝つことが出来ない。

 お互いの高め合いというか、もっとひどい競争によって、二人のレベルは上がっているのだ。


 この試合の勝敗と、直史と大介の対決の勝敗は、別に考えなければいけない。

 武史に負け星をつけてやるのは、意味があると思いたい。

 ただあの無自覚の天才は、負けてもあっさり立ち直って、また元のようにピッチングを開始する。

 負ける準備が出来ている人間は、負けても折れない。

 樋口はそんなことを考えながら、試合の状況について考える。


 ここまでメトロズに、二連敗している。

 ピッチャーのレベルだとか、そういう理屈はつくだろうが、勝率で逆転された。

 この試合に負けるというのが、三連敗になるのだと忘れてはいけない。

 そして途中でピッチャーの交代がなければ、直史に負け星がついてしまう。

(先取点はほしいな)

 そう思う樋口への初球は、高目への105マイルストレートであった。




 樋口は基本、読みで打つ。

 そして流れをぶった切る、決め球狙いのところもある。

 狙って打った場合は、打点がつくか長打になる可能性が高い。

 アナハイムで打点を稼いでいるのは、樋口とターナーなのだ。


 その樋口へのストレート。

 ミットが爆発するような音を立てているが、配球をあまり考えていないように思える。

 樋口に対して投げるなら、有効なのはツーシームとカッターだと、自分でも分かっている。

 チェンジアップはむしろ狙い打ちされるだろう。

 坂本はそのあたり、分かっていて仕掛けてくる。

 ここでホームランでも打てれば、一気に二点で試合展開は楽になるのだが。


 スプリットを見せていたが、あれは無視していい。

 投げた回数からして、明らかにまだ未完成だ。

 確かにたまたま、決め球として投げて、打ち取られる可能性はあるだろう。

 だが失投する危険性があるからこそ、ここまで多くは投げていないのだ。


 出来れば序盤のストレートを叩きたい。

 初球のストレートは、確かにその期待通りの球。

 だがファールになった打球は、真後ろに飛んでいった。

 ボールの球威が既に、樋口の予想よりも高くなっている。


 アレクが下手に投げさせたのが悪かったのか。

 自主トレに一緒にこなしていたので、武史の状態についてはある程度予測がついている。

 それに本来なら体力オバケの武史が、自主トレからスプリングトレーニングで、150球まで投げていないことも分かっている。

 最終的に出した、この試合で勝つための条件。

 終盤になればなるほど球威が増す武史を、さらにそこから投げさせて、スタミナ切れを狙う。

 常識的に考えたらおかしい作戦だが、少なくともアレクと樋口、そしてターナーはその作戦で行くつもりだ。

 もちろん序盤に、点が取れるなら、それはそれで悪いことではない。


 武史の攻略と、試合での勝敗。

 そして直史の体力を温存すること。

 これらの優先順位ははっきりしているはずなのだが、試合展開によっては変更したりする。

 三連敗はまずいというのもあるが、直史を削ってまでこの五月に無理をする必要はない。

 武史を上手く攻略出来たら、試合には負けてもそれなりの成果とはなる。

 ただ直史が投げている以上、武史の攻略は、そのまま試合の勝利につながるはずなのだが。


 粘っていた樋口だが、最後には内野ファールフライでアウト。

(これで合計18球か)

 普通のピッチャーなら粘られすぎなのだろうが、武史の体力はかなり平均を上回る。

 ただ肩肘の消耗はどうなのか。

 直史のように、力を抜いたボールで、カウントを取ることは出来ない武史だ。

 そのあたりの継戦能力が、この試合を決めるのかもしれない。


 三番のターナーも、どちらかと言うと技巧派を打つのが得意なタイプ。

 武史はコントロールとコマンド能力は、むしろ技巧派に近い。

 だがそれで100マイルを軽く超えてくるのだから、バッター泣かせと言うべきか。

(くお!)

 インハイのボールを振ったら、ボールの軌道はバットの上を通った。

 完全にホップ成分が強いボールだ。

 ここから肩が暖まってきたら、さらに球威が増していくのか。


 シュタイナーも凡退に終わり、アレクは残塁。

 初回の先頭打者がランナーに出られたのに、それを活かすことが出来なかった。

 だが作戦自体は成功している。

 この一回の表だけで、武史は30球も投げている。


 当てるだけならそこそこ出来た。

 前にはろくに飛んでいないが、それでも奪三振王から、バットを短く持って当てていけている。

 この作戦が上手くいけば、他のチームも真似てくるだろう。

 そこでメトロズの勢いが止まったら、アナハイムとしては嬉しい。




 一回の裏が、この試合のクライマックスになるかもしれない。

 マウンドには直史が登り、バッターボックスには大介が入る。

 アナハイム側が危惧していた、打順の変更はなかった。

 どちらのチームも、試行錯誤以前の段階、相手の実際の状況を探っているのだ。


 直史としては去年の場合、リミッターを外して投げて、ようやく大介にヒットこそ打たれたものの、無失点で抑えることが出来た。

 レギュラーシーズンのこの段階では、リミッターを外してはいけない。

 つまり普段どおりのスペックで、大介と対決することになる。

 大介に求められているのは、もちろん出塁することだ。

 初回のノーアウトからならば、ホームランを狙うのはやりすぎだ。

 ただ直史から見れば、出塁だけなら怖くはない。

 大介は直史相手では、さすがにあまり走ってこない。

 特に樋口とセットになっているからだ。

 その思い込みを突いて、逆に走ってくるという可能性はある。

 だがそれならそれで、シュミットからストライクカウントを一つ取ればいいだけだ。


 直史が大介に対して、どう配球を組み立てていくか。

(下手に考えても、一球目からは上手く導けないしな)

 樋口との作戦でも、色々と考えてはいる。 

 首脳陣はやはり、外を中心に組み立てるべきだと主張する。

 確かに外の球をミスショットすることは、大介でもそこそこある。

 だがそれは、相手が普通のピッチャーの場合だ。


 大介は直史相手に、ギアをチェンジして対決してくる。

 それに対して直史は、まずこの打席は相手のスタンスを考えなければいけない。

 まずは内角を攻める。

 ただし大介の内角は、本当に攻めるのが危険だ。

 よって内角にボール球を投げる。

 ゾーンから膝元に入るボール。

 大介はこれを振らなかった。


 コールはボールで、まあ仕方ないなというものだ。

 そして二球目は、カーブを同じように投げる。

 斜めではなく、縦の変化が多いカーブ。

 これもまたボール球である。

 そして三球目は、さらに厳しいところのストレート。

 これでコールがやっとストライクになった。


 むしろ今のボールは、ボールとしてカウントされるべきだった。

 バッテリーとバッターは、そう考えている。

 変化球なので捕球の位置が変化後になるため、ベース上のコースを通ったボールがストライクにならない。

 そして右ピッチャーのストレートは、わずかにフレーミングでベース寄りに動かす。

 審判は上手く騙されて、これをストライクとコールした。

 際どいところは手を出して、カットしていくべきだろう。

 しかしそれはツーストライクからになる。


 三球続けた内角の後に、今度は外へのボールを投げる。

 アウトローの鋭いストレートを、大介は見送る。

 これは本当にぎりぎりだが、ストライクがコールされた。

 確かに今の派ストライクだな、と大介は納得する。

 ただコールの早さから考えて、今日の審判はやはり外を大きめに取っている。

 データとしては共有されていたが、いきなりそのわずかな偏りを攻めてきたか。


 そして五球目だ。

 バッテリーは自信を持って、その五球目を投げる。

 またも内角へ、今度はツーシーム。

 大介は見送って、審判はストライクを宣告する。

 形式としては見逃し三振で、まずはワンナウトを取った。

 もっとも大介は、一度もバットを振らなかった。




 審判ごとの偏りは、普段から計算に入れて投げている。

 この試合の場合は、審判は外に広いということと、ベースよりキャッチの位置で判定することが多いということ。

 初球のカットボールより、次の沈むカーブの方が、明らかに判定は楽にしていた。

 そして樋口のフレーミング技術で、ストレートをストライクにする。

 最後のツーシームも、よりキャッチングを上手くすえば、ストライクにしやすいものだった。

 だが大介ならそれを承知の上で、カットするぐらいは出来たはずだ。


 バッテリーは油断していない。

 この試合はおそらく一点を争う試合になる。

 そのために大介は、一打席目を観察に使った。

 ボールの観察ではなく、審判の特徴の確認になってしまったきらいはある。


 二番のシュミットもまた、なかなかバットを振ってこない。

 これははからずも、両チームが同じことを考えているのか。

 つまり球数を投げさせて、終盤に勝負する。

 武史の耐久力を知る直史と樋口が、この作戦を言い出すのは意外であったろう。

 そして直史がゾーンばかりで勝負するのも、メトロズは分かっているはずだ。


 シュミットは二球で追い込んだが、そこから粘ろうとした。

 だがそれに気づいたバッテリーにより、緩急差で投げたカーブを、見送ればボールになっただろうに、本能的に振ってしまった。

 内野フライでアウトで、四球で終わっている。

(粘るのか)

 直史としてはこれは、単純にレギュラーシーズンの一試合ではないな、と思っている。

 メトロズはなんとしてでも、去年のワールドシリーズで三勝を上げた、直史の攻略を考えているはずだ。

 スタミナを削るというのは、ここまで出来ていないこと。

 本当にスタミナが不足しているなら、去年のあんな無理は出来ない。

 だがこの場合のメトロズが考えているのは、スタミナよりもむしろ、回復力かもしれない。


 ワールドシリーズの最終戦、直史は大介までを片付けて、最後は他のピッチャーに任せた。

 軽い故障ではあったが、限界近いと体への負担が大きいのだ。

 もしも今年もまた、ワールドシリーズで投げるとして、出来るだけ球数を増やさせたらどうか。

 球数だけではなく、色々なところから、消耗させることは考えられる。

 そのあたりのことを、メトロズは狙っているのか。


 とりあえずツーアウトを取った直史だが、メトロズのこの考えは確かに効果的だと思う。

 もちろん他の平凡なチームであれば、単に力を抑え気味で投げればいいだけだ。頭の方も働かせる必要はない。

 だが大介にシュミットはMLBトップレベルのバッターであるし、べレスとシュレンプも駆け引きが上手く、ケースバッティングに長じた強打者だ。

 上手く組み立てていけば、しっかりと抑えることは出来る。

 だが徹底して待球策を取られるならば、さすがにある程度の球数は多くなる。


 ペレス相手に投げたのは五球。

 この一回の表で、14球も投げている。

 ピッチャーのスペックが最大限発揮されるのは、一イニングにつき15球前後。

 もちろんその中に、抜いた見せ球を入れれば、その許容範囲は広がる。

 それでも限界は25球と言われているし、一イニングに15球投げれば、一試合を完投して135球となる。

 もちろんここからは、まだしも楽なバッターが続くので、もう少し球数を抑えることは出来るかもしれない。

 だが逆に二打席目以降の大介には、さらに球数がかかるかもしれない。


 そしてもう一つの問題点と言うか、恐れているのがこの一回の攻防の結果だ。

 アナハイムは一番得点するパターンの、アレクからの打順でヒットを打てていない。

 その分と言ってはなんだが、しっかりと武史に球数を投げさせてきた。

 ただそれで武史の暖気は、早いうちに完了してしまうこともある。

 上手く球数を投げさせたが、それがこの先も続くとは思えないのだ。




 難しい試合になったとは考えられる。

 アナハイムもメトロズも、エースを投入している。

 だがこの場合、直史の方が武史より優れていることが、総合的に見れば仇になってしまう。

 まずカードとして、既にメトロズは二連勝している。

 エース対決で負けるのは問題だが、実際のところは点にまでは至らないまま、延長戦に突入することはありうる。

 そしてそこまで投げた場合、大介を相手にする直史の方が、武史よりも消耗が激しい。


 武史の方が純粋なスタミナでは優れているとも言える。

 ピッチングスタイルがパワーに振られたもののため、繊細なコントロールはそれほど必要ではない。

 もっとも下手なことをすると、樋口などは一発を狙うだろうが。

 アナハイムもメトロズも、共にピッチャーに楽をさせないという意思は感じさせる。

 ただこれは、ポストシーズンにつながるものになるのかどうか。


 この一戦は、課題の抽出と試行の実践の場所でもある。

 両チームのエースを打つためには、どうすればいいのか。

 またお互いの強力な打線を、どうやって封じていくのか。

 ベンチに戻った直史が考えるのは、敬遠出来たら楽だよね、というものだ。


 大介以外にもわずかに粘られたら、全てのボールに手を出さないという、極端なことはなかった。

 むしろ大介に対しては、直史の方からボール球を使っていったのだ。

 審判の判定の確認というのは、確かにその面もあった。

 だがワールドシリーズの審判が、今日の審判と同じとも限らない。


 二回の表は、アナハイムは五番から。

 三番までと違い四番以降は、むしろパワーピッチャーには強いバッターが揃えられている。。

 それを相手に武史が、どういうピッチングを展開していくのか。

 武史を打つために、打線陣は頭を使う。

 一方の直史は、次の大介の打席を考える。

 前後にいるバッターは、絶対にランナーに出さない。

 大介を単打までに封じても、シュミットに長打を打たれてホームを踏まれては、ピッチャーとしての役割の根底に関わる。


 球数は減らし、大介はしっかりと抑える。

 ひたすら面倒にも思えるが、これはワールドシリーズと同じことだ。

 ただワールドシリーズにおいて、このレギュラーシーズンでの一戦と、同じように戦えるとは思わない。

 極端な話、小さな故障をしてもいいのは、ワールドシリーズの最終戦だけだ。

 あとはワールドシリーズにおいても、武史との投げ合いが発生するか分からない。

 たとえ点を取られても、取り返してくれるぐらい、相手のピッチャーも打たれてくれるならいいのだが。

(さていったいどうしたものか)

 樋口にも考えてもらうが、あちらはあちらで武史から勝つ方法も考えなくてはいけない。

 ピッチングだけに集中できるのは、DH制のあるMLBのピッチャーの特権だ。

 長い試合は、まだ始まったばかりである。


×××


 ※ 本日も時系列はおおよそAL→NLになります。

   この数話はやや重複するところもありますが、基本二つで一つの流れになります。

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