第81話 多様性の世界

 リリーフデー、あるいはブルペンデー。

 プロのローテを回していく上で、どうしても先発が足りず、リリーフのピッチャーを継投させて、試合を成立させることを指す。

 NPBではだいたい六人のローテで回し、週に一回は休みがあるため、あまり聞かない言葉である。

 だがMLBでは基本的に五人のピッチャーでローテーを回す。

 アナハイムの場合は、直史、スターンバック、レナード、マクダイス、ガーネットの五人である。

 中五日で回すためには、あと一人必要になる。

 ローテを六人にして中六日にすればとか、そういう話もないではない。

 だが現在のMLBのローテーションは、五人とリリーフ陣で回している。

 NPBと違ってロースターの人数とベンチ入り人数が違ったりしないので、ピッチャーを入れ替えることが難しいのだ。


 球数を100球以内に抑えて、中五日で回す。

 これが先発が揃わず、リリーフだけをフル回転させるなら、中四日の90球という事例もあった。

 結局球数などは、目安の一つに過ぎない。

 ピッチャーによっては使いべりしない、それこそ直史のような軟投派の技巧派や、武史のような強靭な本格派もいる。

 そんな直史でも武史でも、ましてや上杉であっても、限界を超えればそこで壊れるのだ。


 逆に言うと限界は、球数では決められない。

 スローボールを200球投げても、壊れることはまずない。

 直史の場合はこちらであり、武史や上杉はそもそも肉体が強靭だ。

 武史の場合は全身へ負荷が分散しているので、そのおかげで壊れにくいというのはある。

 同じような特性を、直史は意識して見に付けた。


 先発五枚を使わないこの日、重要なのはキャッチャーのリードもであるが、それ以上にベンチからの交代のタイミング。

 前回も前々回も失敗しているため、ベンチは慎重であるかと言うとそうでもない。

 ここまでローテーションピッチャーが先発した時は、高い勝率を誇っている。

 本番となるポストシーズンには、リリーフデーを作る余地はない。

 移動日が必ず休みになるので、その間に中五日は作れるのだ。


 今年もワールドシリーズ対戦相手の、第一候補であるメトロズ。

 あちらはあちらで、一本勝てるピッチャーを手に入れた。

 他にも細かい戦力の更新はあり、大介が一番だとその日のピッチャーの調子を確認する間もなくいきなり打ってきかねない。

 樋口はWBCの壮行試合で、一番大介と対戦している。

 あの時の日本代表とメトロズ、どちらが強いかと考えるとおそらく日本代表だ。

 だが大介はあの時からさらに数字を伸ばしている。

 成長の限界がどこにあるのか、それとも成長ではなく経験による最適化なのか。

 年齢的に考えると、身体能力の成長はもう頭打ちのはずだ。

 だが経験の蓄積による読みなどは、対戦する相手が強ければ強いほど、その経験値の質も高くなる。


 そして強くなって、強かったはずのMLBの舞台で、舞台ごと叩き壊す活躍を見せている。

 まだ日本での九年間の方が、手に負える相手ではあったはずだ。

(ナオがプロ入りしてからだな)

 強さは共鳴し、より強くなっていくのか。

 直史もツーシームの鋭さ、スライダーのスピード、そして純粋なストレートの球質と、確かにこの一年で成長している。

(だけど、もう白石の方が)

 スプリングトレーニングに入る自主トレの時点で、樋口はある程度格付けを済ましている。

 直史は相当に手を尽くさなければ、もう大介には勝てない。

 

 ピッチャーとバッターの勝負で勝てないなら、チーム同士の対戦にするしかない。

 そしてピッチャーとバッターではなく、バッテリーとバッターの勝負に持ち込むのだ。

 二人がかりなら、おそらくまだなんとかなる。

 他のチームが大介を敬遠し続けて、下手に経験値を与えないでいてくれるとありがたい。




 キャッチャー樋口にもレベルアップは必要だ。

 リードしやすいピッチャーをリードするのではなく、限定された能力のピッチャーをリードする。

 特に数イニングでピッチャーが代わる今日のような試合は、ピッチャーの力量と調子を把握し、相手のバッターをしっかりと封じ込める組み立てを考える。

 せっかく考えたリードも、ピッチャーが首を振れば使えないのだが。


 MLBのピッチャーの特徴は、やはりこの責任感である。

 責任と言うよりは、義務であり同時に権利でもあるかもしれない。

 打たれるのも抑えるのも、全てはピッチャーの力によるものだ。

 キャッチャーはあくまで、壁役としてそこにいてくれればいい。

 そもそも自分のピッチングを一番知っているのは自分だ。

 試合前のミーティングで、バッターに関する情報は頭に入っている。

 それで自分で組み立てたいと思うのだろうが、樋口としては特に継投の時のリリーフは、もっとキャッチャーを信じてほしい。


 確かにバッターのデータは頭の中に入れているのかもしれないが、リリーフならば前の打席のバッターの様子など、完全には掴めていないはずだ。

 試合の全体的な流れを通して、樋口は判断を下している。

 もっとも無理にピッチャーに言うことをきかせるなど、キャッチャーとしえてゃ二流である。

 信頼されることによって、お互いにピッチングの最善を探っていく。

 それがバッテリーとしての役割だと思うのだ。


 オークランド相手に、今日はキャッチャーとしての役割に注力。

 だがそこそこの点の取り合いになることも、事前にちゃんと分かっている。

 守備の間はキャッチャーでも、攻撃になると援護点を取っていかないといけない。

 まずは一回の表の守備を終えて、0に封じるスタート。

 ここから先取点を取れれば、今日の試合も有利に展開できる。


 オークランドは確かに、去年はひどい成績を残し、今年も順調とは言いがたいスタートだ。

 ここはオークランドには、しっかりと養分になってもらおうではないか。

 一番なんとかなるかもしれない、リリーフデーでもダメだったとしたら、オークランドは今年の全敗もありうる。

 去年も負け越しているが、アナハイムの13勝6敗。

 完全に一方的だなどという数字ではない。


 去年のオークランドがひどかったと言われるのは、特に直史に蹂躙されたことの影響が大きいだろう。

 直史は四試合に投げて、パーフェクトが二回とノーヒッターが二回。

 マダックスも三回達成しているのだ。

 弱音を吐くのは厳禁であるが、それでも明日の直史との試合に勝てるものか。

 勝つイメージが湧かないというのが、正直なところなのだろう。

 戦う意志をなくせば、それはもう戦士ではない。

 このスタジアムという弱肉強食の戦場で、それで生き延びることが出来るのか。


 意外とどうにかなったりもする。

 正面から戦って、勝つばかりが生き残る術ではない。

 そもそもバッターは三割打てれば一流。

 上手くいなして他のピッチャーとの打席で打てばいい。

 たとえば今日の試合のような、リリーフ陣をつないで戦うような試合で。




 樋口は自分でも高校時代までは投手経験がある。

 なので強いピッチャーと弱いピッチャー、そのあたりの判別をしっかりとしている。

 ピッチャーの強さというのも、評価基準が微妙なものかもしれない。

 だがとりあえずプロにおいて言えるのは、コンディションを保つのが上手いピッチャーだ。

 ポストシーズンではあまり出番がなくても、レギュラーシーズンでは試合を回していける。

 リリーフ陣をつなげていくのは、その中に一人でもパフォーマンスのいまいちな選手がいると、早めに交代していかなくてはいけない。


 アナハイムのベンチ入りロースターの中に、ピッチャーは12人いる。

 チームによっては13人だったりもするが、とりあえずアナハイムは12人だ。

 この中でローテーションのピッチャーが五人、勝ちパターンのリリーフが三人。

 ならば残りの四人で、この試合を回していくのか。

 実は違う。

 終盤でまだ勝っていれば、勝ちパターンのリリーフ陣を投入する準備がある。

 昨日も勝ちパターンの三枚を使っているが、明日は直史が登板するのだ。

 なのでリリーフは必要なく、三連投とはならない。


 戦力的に負ける可能性はそれなりにある。

 しかし終盤まで勝っていれば、安定した勝利が見込める。

 ここまでオークランドを粉砕する必要はあるのか。

 同じ地区だけにまだ多くの試合が残っているので、アナハイムに対する徹底的な苦手意識を植え付ける意義はある。

 ただあまりにチーム崩壊してしまうと、ヒューストンなどにもボロ負けしそうな気もするが。


 逆にアナハイムとの試合を全て諦めて、他のチームにピッチャーを投入する。

 そんな後ろ向きな考えになっても、アナハイムとしてはありがたいことだ。

 他のチームの戦力を必死で削って、アナハイムにはあっさりと負けてくれるのだから。

 実際のところそんな殊勝な考えはない。

 首脳陣のピッチャー運用にはそういう考えもありうるかもしれないが、バッターはとにかくどんどんと振ってくる。

 直史ではないピッチャーなのだから、ここでしっかり打って数字を戻さなければいけない。

 そういう我武者羅な姿勢であっても、樋口はそれをかわすリードを提案するのだが。


 先発ローテーションでも、勝ちパターンでもないピッチャーは、MLBにおいてはあまり決戦用の人材とは見られない。

 だがレックス時代に星がそうであったように、本来ならば重要な役割だ。

 ただ本人たちは、より高い年俸をもらえるポジションに移動するため、アピールしようと考える。

 そのアピールの仕方は間違いだと、樋口は分かっている。

 まずは淡々とイニングを無失点で過ごすことが重要なのだ。

 そして出来れば相手の出塁も減らしたい。


 WHIPという指標が出来て、フォアボールの多いピッチャーは価値が低くなった。

 実際には今でも、スピードのロマンを感じる首脳陣は多い。

 より年配にそれは多く、それにスピードはあるに越したことはない。

 単純な話、速いボールはそれだけで打ちにくい。

 だからコントロールは後付、という指導者もいるのだ。

 実際は正しいフォームからは、スピードとコントロールの両方が生まれる。




 色々と苦労しながらもリードして、六回までを三失点に抑えた。

 そしてアナハイム側の打線は、六点を取っている。

 これだけ点差がつくなら、リードはもっと楽だったろう。

 だがそれは結果論である。


 試合は終盤に入り、アナハイムは勝ちパターンのリリーフが使える。

 ここまで来ると樋口としても、安心してリードが出来る。

 一点を返されたものの、アナハイムも一点を追加する。

 キャッチャーの役目としての一つは、試合を下手に動かさないことにあると思う。

 積極的にピッチャーをリードするのではなく、安心した球を投げてもらう。

 こうやって相互に一点を取り合って、一見すると動いているように見える。

 だが実際の野球の試合などは、好投手同士の対戦であっても、二点ほどは入るものだ。


 このリリーフデーの投手の入れ替えなら、四点ほどは取られても当たり前。

 重要なのは試合にはしっかりと勝っておくこと。

 そしてゲームセットにおいては、7-4と六回終了時点と同じ点差となっていた。


 オークランドには絶望しかない。

 まだ四月であるが、既にFM交替の噂さえ存在する。

 誰がいったいこんなひどいことをするのか。

 やはり直史から、自責点ではないとはいえ、点を取ったから呪い返しを受けているのか。

 だがそれならば、シアトルはどうなのか。

 去年も今年も地区三位と、そこそこ安定した成績を残している。

 もちろんチームが再建期ではなく、ポストシーズンも狙えるだけのメンバーが、ようやく揃ってきたことも言えるのだが。

 アナハイムとヒューストンの壁が厚すぎる。

 特にアナハイムの方は、超大型の巨人であっても、破壊できるようなものではない。


 両者のこのカードは翌日が三戦目。

 そして予定通り、この試合は直史が投げるのであった。




 ピッチングにおいて直史の課題は、とにかく球数を減らすこと。

 もちろん大前提に、失点しないことがある。

 そして球数を減らすというのは、それだけで完全に正しいものではない。

 疲労を残さずに投げきる、ということが重要なのだ。


 オークランドとの三連戦、最後の試合。

 一回の表のマウンドに、直史が登る。

 試合前から土気色のオークランドベンチに、怖いもの見たさで観戦する観衆。

 そういったものを気にせずに、直史は本日の課題を思い出す。


 今季は樋口とバッテリーを組んでいるということもあり、色々と試合で実践することが出来ている。

 ゴロを打たせることを目的としたり、フライを打たせることを目的としたり。

 あるいはとにかく三振以外で、アウトを取ることを考えたり。

 そんな縛りを入れつつ、直史は投げてきている。

 そしてこの試合の課題は、ある意味ピッチャーの原点に戻ったものと言える。

 球数を減らした上で、どれだけ三振が取れるか、というものだ。


 三振を取るために必要なのは、球速ばかりではない。

 また大きな変化球も、必ずしも必要はない。

 だが絶対にこれは必要だな、と直史が考えているものがある。

 それは緩急だ。


 極端な話、カーブとストレートだけで、三振は奪える。

 もちろんこれは、この二球種が両方とも、球質に優れていなければいけない。

 ストレートはスピンが上手くかかり、カーブはしっかりとストレートとの緩急差がある。

 直史などはこれに加えて、横の変化球も持っていれば、速くて大きく沈む球も持っている。

 これらを組み合わせて、しっかりと三振を奪っていくのだ。


 なぜこんなピッチングをするかというと、ワンナウトまででランナーが三塁にいるとき、犠打や犠飛、つまり内野ゴロや外野フライで、一点を取られないようにするための練習だ。

 三振が一番で、内野フライが二番。

 ずっと差があって、内野ゴロ。

 これに対処できるようになっていれば、点を取られずにアウトが取れるのだ。

 本当なら相手のランナーを、実際に三塁まで進めて試してみたい。

 だがそんなに程よく打たせるのは、さすがに直史でも難しい。

 また三塁までそんなにランナーを進めていては、ベンチから交代の指示が出る。


 もちろん点差が開いていて、球数もそこまで投げていなければ、交代させられないかもしれない。

 だがランナーをあまり出していると、今の直史が備えている、戦う前から勝つような、圧倒的な覇気も消えてしまう。

 難しいことなのだ。

 だから今日は、三振を取り内野フライを打たせ、100球以内での完封を目指す。

 普段は武史がやっていることだ。その影響が全くなかったとは言えない。




 一回の表、二者連続三振の後、三番はセカンドフライでアウト。

 立ち上がりから普通に、見逃しと空振りの三振を奪い、ストレートでフライを打たせた。

 ただ直史としては、ぎりぎりの及第点といったところか。

 三人を打ち取るのに12球を使っている。


 もちろんこれでも、ほぼ100球での完投は出来るだろう。

 出会い頭の一発がなければ、完封も出来る。

 ただし今年まだ直史は、一試合に90球以上を投げたことがない。

 四試合全てマダックスというのを、どこまで続けていけるか。

 この記録にこだわるのならば、90球前後を目安に投げていった方がいいだろう。


 武史は二試合連続で、20奪三振以上を記録した。

 そんな記録に対抗するには、直史も記録を狙うしかない。

 だが直史は対抗しようと思わない。

 そもそも二人は兄弟でありながら、ピッチャーとしての特質が正反対に近い。

 ただもっと正反対のピッチャーを探すとしたら、星や淳のようなアンダースローになるのだろうが。

 特に淳のアンダースローは、サウスポーだけに今のMLBにさえ一人もいない。

 アンダースロー自体が、MLBからは減っているのだ。

 

 どの程度まで三振にこだわるべきか、ベンチで直史は考える。

 実戦を練習にしてしまえるのも、味方の優勢があってこそである。

 この一回の裏、アナハイムは珍しくも三者凡退している。

 オークランドがデータの少ない若手を先発に持ってきたのだその理由だ。


 こちらも打者一巡ぐらいは、援護がないと考えた方がいいだろう。

 すると三振を奪うのに際どいと思えるなら、まだゴロを打たせた方がいいのか。

 万一にも0-0のまま延長になど入れば、直史の球数も問題となる。

 もちろん今のアナハイム打線を、完封できるピッチャーなどそういないとは思うのだが。


 二回の表は三振ではなく、内野ゴロを打たせることにした。

 方針をコロコロと変えるのは、いいことなのか悪いことなのか。 

 野球においてはピッチャーが、試合の中でスタイルを変えるなど、あるはずもないことだ。

 だが直史はそれをする。

 彼我の点差などを考えれば、目的とすることは異なる。

 とりあえず珍しくも三者凡退で一回を終えた今、大切なのは何かが違うと味方に思わせないこと。


 焦りは隙を生む。

 なので味方が焦らないよう、直史はランナーを出さない。

 一人もランナーが出ず、点を取られる雰囲気すら見せない。

 そのためには事故になるかもしれないフライより、ゴロを打たせた方がいい。

 内野を抜けてしまっても、ホームランにはならない。

 そしてこの二回は、内野ゴロ二つに三振一つを奪う直史であった。




 アナハイムも三回までは、パーフェクトに抑えられていた。

 だが一巡が終われば、もうそれで対応できる。

 四回の先頭打者アレクは、いきなりフェンス直撃のツーベースヒット。

 続く樋口もレフト前にヒットを打って、ノーアウト一三塁。

 そこからターナーが外野に大きなフライを打って、まずはタッチアップで一点。

 動いた試合にわずかに動揺したのか、四番シュタイナーへのボールは不用意なものであった。

 ターナーが目立つがシュタイナーも、間違いのないスラッガーだ。

 ライトスタンドへボールが入って、これで一気に三点。

 点が入るときというのは、こういうものだろう。


 三点差あれば、それなりの冒険をしていくことが出来る。

 直史は試合前の予定通り、三振を奪っていくスタイルを軸に、そこからゴロも打たせる配球へと変化する。

 狙い球を絞れば、どうにか打てるのだろう。

 だがそれを絞らせないところに、直史のピッチングの真骨頂がある。


 四回を三者三振で抑えれば、もうオークランドは戦意を失っていった。

 その中で首脳陣は、ベンチメンバーを試してみる。

 アナハイムがあまり情報を持っておらず、そしてわずかな隙でも逃そうとはしない、ハングリー精神の塊のようなベンチメンバー。

 そういった血気盛んな連中は、まさにゴロを打たせるのには都合がいい相手だ。


 六回の表に、ポテンヒットがライト前に落ちるかと思われた。

 だが内野へのフライが浅いことに気づいていたライトが、事前に前進して守備位置を移動しており、このボールを珍しいライトゴロとしてしまう。

 不思議なこともあるものだ、と直史はライトに向かって礼をする。

 まだパーフェクトが進行中なのである。


 アナハイムは追加点を入れる。

 そして直史は打たれない。

 前回の試合以上に、奪三振の数は多い。

 だが序盤が少し響いてか「サトー」は目指せそうにない。

 追い込んだら三振を奪う。

 これが相手の頭に浸透していれば、追い込んでから変化球を投げれば、内野ゴロ程度に打ち取ることが出来る。

 

 まさかまたパーフェクトなのか。

 残り三イニング、既に奪三振は二桁に達している。

 ほどよい奪三振数を含めた、球数の増えないパーフェクト。

 これもまたバランスがいいという点では、直史の理想のピッチングに近い。

 パーフェクトをやっておいて、その先をさらに求めるな、と他のピッチャーであれば言いたいだろうが。


 だが物事はそう、一方的なものではない。

 ショートが深いところでキャッチしたボールは、アウトのタイミングが微妙であった。

 そしてファーストのシュタイナーに送球されたボールは、ファーストがキャッチできる範囲ではない。

 足をベースから離して、やっとキャッチする。

 そしてランナーにタッチしようとするのだが、その走る正面に立ってしまっていた。

 グラブの中にボールはあるので、これでも防塁妨害になるかは微妙であった。

 しかしランナーもまた、あえてぶつかるというわけではないが、勢いを止めようとはしなかった。


 交錯した両者から、ランナーはファーストに到達し、シュタイナーがボールをこぼす。

 ショートの悪送球からのエラーで、パーフェクトは不成立。

 ただ今のタイミングは、ヒット扱いでもおかしくなかったのでは、と思われたりする。

 観客からは、今の派守備妨害だろうと、グラウンドに物が投げ込まれる。

 だが投げた直史自身が、今のは内野安打でも仕方がないな、と判断していた。


 ランナーの走っていたコースは、問題のないゾーンだ。

 だからタッチでアウトにするなら、そこに手を伸ばせばいいだけ。

 体からぶつかってしまうのは、完全に走塁妨害。

 接触でどちらにも怪我がなかっただけ、良かったと思うべきだろう。


 ざわめきが騒音となったスタンドに向けて、直史は両手を上げる。

 そしてそれをわずかに押すようにするのは、アメリカでも共通の落ち着けという仕草。

 パーフェクトが途切れたことに、何も痛痒を感じていないのが、アナハイムのエース。

 もうそのピッチャーは、パーフェクトに慣れてしまっているのだ。


 余裕さえ感じる直史の表情に、スタンドの状態も鎮まる。

 ここで下手に時間がかかれば、帰るのが遅くなってしまう。

 グラウンドの中から異物が除かれて、試合再開。

 そして直後の牽制球で、ランナーをアウトにする直史であった。


 言うまでもないことだが、直史はこの試合、他にランナーを出さずにノーヒットノーランを達成した。

 球数は97球で奪三振は15個。

 出したランナーも牽制で殺したので、対決したバッターは27人。

 ちょっと球数が多かったな、と反省する直史。

 もちろん言うまでもなく、97球というのはマダックスの数字。

 そしてもう一つ重要なのは、奪三振の数が今季最多という部分である。


 試合のスコアは6-0と圧勝。

 オークランドはこの三連戦、完全に力負けした。

 直史以外のピッチャーすらも、まともに攻略できたとは言えない。

 四月の残りの試合には、直史が投げることはない。

 単純な勝敗で言うなら、五戦全勝。

 もちろん全てが完封で、パーフェクトを二回にノーヒットノーランを一回、そして残る二試合もマダックス。

 ただそれらの数字は、異様であるがある程度慣れてしまった人間もいる。

 そんな慣れた人間でも、驚くことはあるだろう。

 五試合を完封した直史が、必要とした球数は414球。

 一試合あたりの平均球数数は、余裕で90球を切っていたのであった。

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