第79話 今年の相手は
去年も強かったアナハイムであるが、今年は直史が二年目で、より戦力が上手く作用するようになっている。
ア・リーグ西地区はそんなアナハイムが圧倒的な優勝候補だが、それに続いて戦力が充実しているのがヒューストンである。
今年は日本から、蓮池がポスティング移籍している。
この数年は上杉と佐藤兄弟の三人で、沢村賞を独占してきた。
しかし三人がセ・リーグのチームだったこともあり、パ・リーグの蓮池はそれなりにタイトルを取っている。
100年に一度のピッチャーが五年以内の範囲で三人も登場してしまったため、あまり評価されていない。
もっとも同じセ・リーグにいてしまった真田よりは、ずっとマシな評価ではあるだろう。
ヒューストンとの四連戦、蓮池は三戦目の試合に出てくる。
直史はこのカードは投げないので、勝負は成立しない。
日本時代は一年目に、レギュラーシーズンの交流戦と、日本シリーズで一度ずつ対戦している。
そしてどちらも直史は一点も取られていないので、もう蓮池の勝つ余地がない。
樋口などは直史との対戦がそこそこありうる、ヒューストンによく来たものだな、と思わないでもない。
年間19試合しかしないということを考えれば、それほど問題にはしないということなのか。
ヒューストンは総合力で高いので、援護もしっかりしてもらえる、というあたりの思惑もあったのかもしれない。
蓮池は大阪光陰から埼玉に入っているので、おそらくセイバーの伝手は使っていない。
白富東派閥と早稲谷派閥で、彼女はいったいどれだけのマージンを取ったことか。
あるいは金銭ではなく、もっと巨大な権益なのか。
直史としてはそれが違法かどうか、そして自分が巻き込まれるかどうか、それだけ分かればそれでいい。
弁護士資格の剥奪さえなければ、セイバーが違法なことをしていても特に気にしない。
それと野球協約などは、法律には関係ないので、将来的に球界で働く気がない直史としてはどうでもいい。
今年と来年でどれだけの結果を残して引退するか。
ただし直史にとっての結果とは、大介との勝負だけに比重が偏っている。
ヒューストンとの初戦、この日は直史の誕生日で、色々とメッセージが送られてきた。
自分の誕生日はどうでもいいが、子供たちの誕生日は祝っておかないといけないし、あとは恵美理あたりは毎年メッセージをくれるので、お返しもしておく。
MLBは意外と慶弔休暇などは取れるし、子供たちの誕生日を祝うための休日などは、契約に盛り込まれたりする。
そういったことまで契約するのが、アメリカという社会なのだ。
ただ子供が生まれるときの、立会いのための休暇は自然と認められていて、アメリカも色々な価値観があるのだなと思ったりする。
そんな直史の感慨とは関係ないが、今日は先発がスターンバック。
今季のヒューストンとの初戦だけに、ここでは勝っておいてもらいたい。
アウェイであるが初回から、一点を先制するのに成功する。
ヒューストンも選手層は厚いのだが、これは育成とトレードが上手くいっているからだ。
ほどほどに成長してあと二年ほどFAまである選手を、どう売り飛ばしてプロスペクトと交換するか。
そういったトレードは、まさに選手の取引。
チームの強さを維持するために、GMはそこいらをかなり采配しなければいけない。
アナハイムは投手陣に離脱がなければ、去年と同じかやや上回る程度の力を持っている。
ヴィエラが離脱した今は、そこを逆に利用し、プロスペクトの育成に使用している。
この日はスターンバックが先発なので、普通に正面から対決することとなった。
アウェイではあるがそれだけに、一回の表で先制が可能となる。
アレクは同じ西地区から移籍したので、ヒューストン相手でもそれなりに対戦経験がある。
先頭打者の出塁から、アナハイムは高い得点力を発揮する。
先取点を取って、先発ピッチャーを援護する。
スターンバックは前の試合、やや空回っていた。
FA前の最後の一年、いい契約を結ぶためには、重要な一年だと分かっている。
それが最初はいい方に出て、完封を記録した。
二試合目の反省を、既に終えているスターンバック。
ヒューストン相手に立ち上がりも良く、初回は無失点に抑える。
ヒューストンもそれなりに大きなマーケットであり、二年前にはワールドシリーズまで進んだ実績がある。
去年こそアナハイムに地区優勝を果たされているが、それでもポストシーズンには進出している。
スプリングトレーニング開幕までは、正捕手であった坂本が抜けて、代わりに日本人捕手を取ってきたなど、不確定要素もあった。
もっとも樋口は今のトレンドとも言える二番打者を打ち、キャッチャーとしても完全に機能している。
ここまでの試合の評価値の計算は、おおよそ坂本を上回っている。
ヴィエラは一時離脱しているが、それはあくまで先発が一枚抜けたに過ぎない。
今日のスターンバック相手に勝てるかどうかは、また別の話なのだ。
スターンバックのメンタルコントロールは、樋口にとっては分かりやすいものであった。
確かにほとんど100マイルのストレートも投げられるが、彼のストロングポイントはスライダーの投げ分けだ。
MLBはNPBと違って、投げるボールの90%がツーシームだのカッターだのという、かなり極端なピッチャーもいる。
最初にストレートを、徹底的に教える日本とは違うのだ。
ストレートもまた変化しないようにした変化球なのだから。
大きなスライダーも、左右両方の打者に使えなくはない。
基本は逃げていく形で空振りを誘うものだが、懐に投げ込んで詰まらせるのもいい。
要は決め付けず、選択肢を広く持つこと。
最も自信のある球を一つ持ち、それでいてそれに囚われない。
上杉は別だがその弟の正也も、極上のストレートとスライダーを持ちながら、それだけにとどまらずピッチングの枠を広げていった。
単純に変化球を増やすだけだと、故障のリスクが上がるが。
回が進むごとにスターンバックのボールは走るようになってくる。
やはり前回の少し窮屈なピッチングが、メンタルに残っていたのだろう。
MLBでもピッチャーのメンタルコントロールは重要なものだ。
スターンバックもヒットは単打に抑えて、ストライク先行で投げていく。
最終的には七回を投げて無失点。
勝ちパターンのリリーフにつなげることが出来た。
今年のアナハイムが余裕であることの一つには、終盤まで三点以上の点差をつけて、勝ちパターン以外のリリーフも使えるから、というのはあるだろう。
それでも全く登板させないのは、かえって試合観を鈍らせるので、ある程度は使っていかないと、もったいないということもある。
ここでロングリリーフに成功したりすれば、先発ローテの候補に挙がったりもする。
だが立ち上がりで崩れかけたピッチャーが、どうにか立て直して投球責任回である六回までは投げてしまえる。
この試合は終盤までに、五点の差がついていた。
リリーフは九回にクローザーのピアースが一点取られてしまったが、それでも役目はしっかりと果たした。
最後まで打線も緩まず、一点を追加する。
序盤にやや緊張感があったが、最終的にはやはり6-1と圧勝。
スターンバックはこれで三勝目である。
ヒューストンとの第一戦を、無事に勝利出来たのはおいしい。
今年も勝てないと相手に思わせれば、精神的な優位を保つことが出来る。
ただ第二戦はレナード、第三戦はマクダイスと、ややピッチャーの力は落ちていって、四戦目はリリーフデーだ。
どうにか二勝二敗で終わらせたいな、というのが樋口の考えである。
三戦目のマクダイスと蓮池のピッチャー対決は、本来ならかなり蓮池の方がスペックは上である。
マクダイスは前回の試合が良かっただけに、ここも勝てばいい具合で今シーズンは投げていけるかもしれない。
だがそれは甘いだろうな、というのが樋口の考えだ。
直史としてはそういったキャッチャーの考えを、理解はするが共感はしない。
ピッチャーはとりあえず、自分の試合で相手を叩きのめすことを考えておけばいい。
それが直史の考えで、本来ならそれは間違っていない。
ただ調整の上手い直史を、出来れば難敵に当てたいというのは、樋口のFM的な考えだ。
特に今回の場合など、ヒューストンの初戦に当てたかった。
どこを相手に投げてもほとんど勝てるピッチャーは、出来るだけ強い相手に当てたいのだ。
乱暴な考えであるが、強い相手から勝つのと弱い相手から勝つのでは、全体的に見れば価値が変わってくる。
ことしも絶不調のオークランド相手など、若手ピッチャーの練習と割り切ってしまえばいい。
大変なのはラッキーズやヒューストン、またハイウェイシリーズのトローリーズ、他にはメトロズとのカードが今年は一つ存在する。
直史以外でメトロズに勝つのは、かなり難しい。そして直史でも簡単ではない。
あとは不気味なのが、今年はかなりの攻撃力を発揮しているミネソタ。
勝てるピッチャーが投げる試合では、確実に点を取って勝っている。
勝ち星だけなら直史やスターンバックと同じ三勝だ。
もっともここまで防御率が0とか、そんな極端な成績ではないのだが。
第二戦、アナハイムの先発はレナード。
前回は完封し、一段階レベルが上がったようなピッチングであった。
その流れを保ったままこの試合も投げられるのか、それとも前回の調子で投げようとして力を入れすぎるのか。
あまち深く考えず、六回三点のクオリティスタートを目指せばいいだろう、と完封するのが当たり前の直史は見ている。
この試合も初回からターナーのツーランホームランが出て、アナハイムは優勢であった。
先制点は肩に力が入ったピッチャーを、楽にさせる効果がある。
ベンチでただ見ているだけの直史も、レナードがいい立ち上がりで投げるのを見ている。
樋口はだいたい、どんなピッチャー相手でも対応が可能なタイプのキャッチャーだ。
初回の攻防だけで判断するのは危険だが、おそらくこの試合もアナハイムの勝利に終わるのではないか。
直史はそう考えながら見ていて、事実試合はそう展開していく。
下位打線で地味に点が取れるのが、強いチームの条件だろうか。
相手のピッチャーを休ませないことで、しっかりとスタミナを削っていく。
そしてタイミングに乗じて、上位打線が正面から粉砕する。
明日の第三戦、ヒューストンは蓮池が投げてくる。
既に二試合に登板し、最初の試合は勝敗がつかなかったものの、二戦目で初勝利。
そのスペックはMLBでも通用することを示している。
対するアナハイムはマクダイスで、今年はいい感じで二勝している。
先発が球数少なくイニングを投げられることは、ローテが崩れないためにいいことだ。
リリーフ陣も消耗が少ない。勝ちパターンを使わなくても済むなら、よりその方がいいだろう。
レギュラーシーズンは、いかに安定して勝つかが問題だ。
故障をしないこと、疲労を溜めないこと、調整を守ること。
ただそのあたりMLBは、選手のタフさにかなり依存しているように思える。
管理をした上で、チームの強さを保つ。
管理野球ではあるが、樋口はそんな面倒なことはしたくない。
半年間の長いレギュラーシーズンは、あくまでも前座である。
ポストシーズンで勝ち進み、ワールドシリーズまで進出出来るかどうか。
観客の動員は、ポストシーズンに進めるかどうかでかなり変わる。
そしてポストシーズンになってからが、本格的なエースの出番だ。
ベンチから涼しい顔で、試合を見つめる直史。
確実にワールドシリーズに進むまで、どのようなルートをたどればいいのか。
メトロズが勝ち上がってこなければ、それはもうどうしようもない。
だが今年のメトロズは、去年よりもさらに強くなっている。
アナハイムもそれは同じだが、自分が大介との対決を逃げないことで、チームは負けるのではないか。
そう思われても逃げる気は全くないのだが。
ミネソタの打線の爆発力も、今年はかなり話題になってきている。
だがア・リーグはやはりアナハイム以外には、ラッキーズがしっかり補強をしている。
ヒューストンをこのまま降すことが出来れば、やはりア・リーグの代表はアナハイムになるだろう。
色々と他にも、他チームの動きはあるのだが。
第二戦は結局、アナハイムが勝利した。
6-5という一点差の攻防で、最後にはクローザーのピアースが〆たのだ。
レナードは六回までをしっかり一失点に抑えたのだが、今日はセットアッパーのマクヘイルが崩れた。
一度追いつかれてしまって、そこから双方が点を入れあう。
追いつかれたマクヘイルに勝ち星がついてしまったが、とりあえずこれでアナハイムは二連勝。
残り二つを負けても、このカードは引き分けになるだろう。
ホテルに戻るバスの中で、今日も頑張った樋口は消耗していた。
マクヘイルは去年、先発からリリーフに転向したためか、時折崩れることがあるのだ。
今日はそれほどひどくはなかったが、タイミング悪くポンポンと打たれてしまった。
ここで立て直せるピッチャーは、先発のローテに入ることが出来る。
それが出来ないからこそ、リリーフで投げるわけだ。
先発としても自分の勝ち星を消されていい気はしないだろうが、MLBの評定は単なる勝ち負けではなくなって長い。
中学時代の直史であれば、高く評価されたであろうな、という指標がいくつもあるのだ。
これで明日は、マクダイスを使って蓮池と投げさせる。
ちょっと厳しいかな、と直史も思う。
直史は日本時代、さほど蓮池との接点はなかった。
それでも試合で投げ合ったことはあったし、間違いなくNPBでもトップ10に入るだけの力は持っていた。
少しぐらいは負けたところで、まだまだシーズンは続く。
捨てる試合は捨てて、勝てる試合に勝つことが、プロには必要なのだ。
直史にしても、味方が点を取ってくれなかった試合で、勝ち投手になることが出来なかった。
昔からずっとそうだ。直史が好投しても、負けるときはいつも打線の援護がない。
(今日はリリーフ陣も使ったし、あまり無理はさせられないだろう)
直史はそう考えるが、樋口は勝てない試合でも工夫して勝とうとする。
それもまた野球の一つではあるのだ。
第三戦と第四戦は、予想通りの結果になった。
第三戦は普通に、蓮池の制圧力をアナハイムの打線が突破しきれなかった。
そしてマクダイスにしても、どうにかクオリティスタートは達成したのだ。
だが蓮池は七回までを投げて一失点。
アナハイムはさらに詰め寄ろうとしたが、微妙なところで手が届かない。
4-2でヒューストンは勝利。
続く第四戦はリリーフ陣を駆使したリリーフデーとなる。
ここもまたアナハイムは、特に何かを失敗したというわけではない。
ただ打線の爆発力が、ここにきて落ちていた。
今年の試合はピッチャーの調子が良すぎて、圧勝の試合が多かったことも関係するのか。
4-3と一点差を詰められず、二勝二敗。
かくして西地区のライバルヒューストンとの最初のカードは終わった。
遠征はこれで終わって、アナハイムは今度はホームで、地区の違うチームとの対戦となる。
まずは去年、ポストシーズンの最初のカードでも当たった、トロントとの試合だ。
この第一線が、直史の登板となる。
今年はここまで、三試合を完封してわずかに一安打。
怪物と言うよりこれは、明らかに他の何かである。
ただアナハイムに戻ってきた直史としては、移動したその日の夜にはもう試合。
体調の管理が難しい条件ではある。
本当に機械のように投げるなど、人間には無理だ。
そもそも機械というのは、それほど正確なものではない。
全く同じ過程の動きをするなら、機械は確かにそれなりに正確だ。
だが変化球とコース、緩急まで考えて、期待通りに投げられる機械などはない。
直史のピッチングは、コントロールだとか緩急だとか、コンビネーションだとか色々と言われる。
確かにそれも間違いではないが、本当にすごいのは、それらを発揮するアジャストの能力だ。
直史は機械ではないので、いつもコンディションが同じというわけではあに。
機械ですら環境が変われば、微調整は必要になるだろう。
そして直史は、その微調整する早さが、機械よりも早い。
一球投げてしっくりこなければ、体のどこをどう動かしたらいいのか、それを理解している。
試合前のわずかな投球練習で、直史はそのアジャストを完了した。
トロントは今年もそれなりに強そうだと思っていたが、スタートダッシュにはもたついて、勝ち負けはほぼ五分となっている。
つまり直史が折ってしまえば、ここから落ちていくことは充分にありうる。
はたしてそれをするべきか否か。
ア・リーグ東海岸の事情など、アナハイムにはそれほど関係はない。
ならば折ってしまえ、というのが今のアナハイムの非道なところである。
はてさてどうするべきか、などと直史は迷わない。
いつも通りに考えて、いつも通りに投げる。
結果は統計的についてくるだけだ。
一回の表、トロントの攻撃。
直史はスルーの空振りで、まずストライクを取った。
樋口からの注文は、とにかく球数を少なくして、球速もあまり出さないこと。
つまり消耗せずに勝てという、かなり無茶振りをしてきてくれる。
飛行機から降りてすぐの試合は、直史でもそれなりに感覚が狂うものだ。
だがそういう時のために、セオリーのコンビネーションは存在する。
そしてそのセオリーをどの程度崩すかは、樋口との対話で成り立つ。
グラウンド上のピッチャーとキャッチャーの関係ほど、饒舌なものはそうそうない。
先頭打者を内野ゴロに打ち取って、やはりいつも通りのスタート。
そして遅いカーブなどで、カウントを稼いでいく。
遅いストレートのアウトローが妙に伸びて、ゾーンいっぱいに入る。
見逃したその球を、低いと思っていたらストライク。
審判のテストを始めるバッテリーである。
三人目は高めのストレートを打ち上げた。
センターアレクの守備範囲で、余裕で追いついてアウト。
だが外野までボールが飛んだことは、トロントにはホッとすることだったかもしれない。
まさか内野ゴロばかりを打たされる、などということもありえなくはない。
この間の試合以来、カンザスシティは連敗が続いた。
絶対に見習いたくないトロントなのは当たり前である。
アナハイムは一回の表、完全に予定通りに無失点で抑えた。
ただセンターフライを打たれたというのが、珍しいことであった。
圧倒的にゴロを打たせることが多い、グラウンドボールピッチャー。
だが同じスタイルをずっと続けていては、いつか対策を取られてしまう。
型をなくすのだ。
無形であるということは、いくらでも変化が可能であるということ。
そして自在に変化するものに対しては、効果的な対策など取りようがない。
実際にはある程度、とてつもなく広い枠組みの中で、色々と組み立てているわけだが。
まずは先取点がほしいな、と思っていたところで、アレクの打球は初球ホームラン。
ついこの間も見たことがあるような、というホームランであった。
とりあえずこれで先制した事実だけは間違いない。
初回は一点だけながら、アナハイムとしては絶対的な先取点を取ったのであった。
三振とフライが多い。
それが本日の直史のピッチングである。
実戦を練習にするのか、と聞けば呆れられるかもしれないが、実際のところは実戦で試すのが、一番効果的なものなのだ。
どれだけ練習をしても、結果を出すのは実戦だ。
ならばどれだけイメージどおりのピッチングが出来るか、試してみて損はないのだ。
ゴロと三振とフライを一つずつ。
測ったようなアウトの取り方で、三回までをパーフェクトに抑える。
球数もそれほど増えることはなく、またも81球前後のペース。
それを三回の終わり、打者一巡パーフェクトで続けた。
甘く見られているとか、馬鹿にされているとか、そういう穏やかなものではない。
もはや完全に相手を、実験動物としか考えていないピッチング。
だが四回からは、それがまたも変わる。
序盤の140km/h台前半のピッチングから、スピードが上がる。
初回からの遅い球に、どれだけ相手のバッターは切り替えることが出来るか。
ただその速めの球であっても、三振を奪うためのものではない。
カッターやツーシームで、早打ちのゴロを打たせる練習。
いや練習ではなく、これは実戦なのだが。
こんなコンビネーションも使えるのだな、と実感はするが、これを大切な試合で使うかどうか。
決戦ともなればコンビネーションの幅は、もっと効果的なボールのみで組み立てる。
ヒットを打たれても大丈夫、という程度の覚悟であっては、決戦においては使用すべきではない。
もしも打たれた時の、ダメージと後悔が大きいだろう。
(でもこれでコンビネーションの幅を広げて、相手が対応するボールを多くしておく)
この試合だけを考えるのではなく、この試合を見て、他のチームがどう考えるか。
広く浅く対応してこようとするなら、鋭い傷を深くつけて、一気に致命傷を与えてやろう。
アナハイム打線はいつも通り、ポツリポツリと追加点を取っていく。
そして直史はいつも通り、淡々とアウトを積み重ねていく。
六回打者二巡が終わった時点で、まだパーフェクトは継続中。
球数は55球で、これもまた圧倒的な少なさ。
81球以内の完封がまた出来るかどうか。
いやもう、本当にトロントは泣いてもいいと思うレベルなのだが。
佐藤直史は怠けない。
新しいコンビネーションを使って、どれだけ効果的かを考える。
それを実戦で試してしまうのは、他のピッチャーもやっていることだろう。
ただ直史はそれが極端なだけで。
七回のマウンドに登る直史。
足場を均してしっかりとボールに力が伝わるように。
直史のボールは、上半身ではなく下半身を使う。
そもそも筋肉の量が圧倒的に、足の方が多いのだから。
投球練習の遅いカーブを投げる。
その姿はトロントの選手たちからは、死神のように見えていたのであった。
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