第78話 ひ ど い

 アナハイムの今季初の他地区との対戦は、ア・リーグ中地区のカンザスシティとの試合になる。

 アウェイに移動して、その日のうちに試合。

 このあたりの試合感覚については、樋口もまだ慣れないらしい。

「先発しかしてないのに、よくこれに慣れたな」

 むしろ樋口はそんなふうに、直史の去年の成績を感心したりする。


 このカードの第二戦に、直史は登板する。

 そこは順当に勝つとして、第一戦が問題だ。

 普段はリリーフとして運用するピッチャーで、どうにか勝ちにいく。

 だがカンザスシティのバッターの対策のための、分析時間が足りていない。


 それなりの失点を覚悟した上で、ハイスコアのゲームを制する。

 そのためには初回、こちらが先攻なので、上手く先取点を取る。

 先制すれば間違いなく、それだけ有利になるのが野球だ。

 ただし高い攻撃力を誇る打線でも、タイミングが悪く得点につながらないこともある。

 そんなものもやはり、野球の中の一つであるのだ。


 アレクの打球がショートライナーになり、樋口の打球がセンターフライとなり、ターナーがファーストゴロを打つ日もある。

 それに加えてあちらの攻撃で、初回に三失点することもある。

 こうなると樋口としても、今日は諦めるかな、という意識が出てくる。

 高校時代に比べて、大学やプロを温いと感じた理由。

 それは高校のトーナメントが一度負けたらそこで終わりなのに対し、大学やプロは負けても次があるということだ。


 もちろん高校野球は負けても、それで終わるだけで、プロと違って失業するわけでもない。

 プロは成績を残せないと、クビになって野球自体をやっていけなくなる。

 だが樋口は、統計的に考えるのが得意な人間であった。

 三割を打てばそれで問題のないプロの世界。

 あとは客観的に見て、自分に出番がないはずがないという自信。

 怖いのは怪我ぐらいであったが、それも注意していた。

 昔と違って今は、キャッチャーも危険は少なくなっている。


 より競争が激しいプロの世界であるはずなのに、樋口が考えることは高校時代のひりひりとした切迫感。

 上杉にかかった期待に、それを支える自分への圧力。

 最後まで点を取られなくても、それでも届かなかった頂点。

 そして翌年の、わずかなチャンスを潜り抜けてたどり着いた場所で、追い込まれながらの大逆転。

 あの三年間に比べると、それ以降の樋口の野球は、全てどうにか取り返しのつくものなのだ。


 高校野球の、甲子園と言うものが、アマチュアであるのにどれだけ巨大な影響力を持つか。

 樋口は今後、メジャーで活躍したキャッチャーと言われるし、レックス黄金時代を築いたキャッチャーとも言われるだろう。

 だが地元に戻れば、甲子園の大優勝旗を持ち帰った選手の一人になるのだ。

「問題は、だから第三戦だな」

 目の前の試合はもう見切りをつけて、次の第二戦は問題ない。

 第三戦はマイナーから上がってきたピッチャーを、さっそく先発として使う。


 リリーフ陣から先発に回すのではなく、マイナーから持ってくるのだ。

 ヴィエラの復帰までの期間を考えるに、それほど即戦力を期待できるピッチャーではない。

 まだ21歳というから、ここで今年は経験を積み、来年以降に本格的に使いたいといったところか。

 今年で契約の切れるヴィエラとまた契約をしないのなら、まさにヴィエラの後釜という扱いになる。

 もちろん実際はベテランでMLBで長く投げたヴィエラの、穴を埋めるのは簡単なことではない。

 だがMLBにおいて、戦力は更新していかなければいけないのだ。

 NPBい比べると複数年契約が多いが、それが終われば他のチームに移籍する。

 そうやってキャリアを積み上げていくのが、それなりに実力のあるメジャーリーガーの姿なのだ。




 試合は結局、6-4というスコアで敗北した。

 六点も奪われたことも問題だが、四点しか取れなかったのも課題である。

 だがその理由を簡潔に言ってしまうと、運が悪かったからだ。

 いい当たりが野手の正面に飛び、イレギュラーなどでこちらにエラーが発生する。

 わずかずつの不運が積み重なり、敗北するのはNPB時代の上杉でもあった。


 ただそれを考えると本当に直史が異質すぎる。

 プロ入り後の三年間で、敗北した試合が一度もなし。

 まだ一年間無敗なだけであれば、過去にも例があるのだ。

 しかし無敗であるのが当たり前で、むしろどういう勝ち方をするかが注目されているのが直史である。

 その直史としてはこのカンザスシティとの第二戦、強いて無安打に抑えようなどとは思っていなかった。


 カンザスシティは去年のア・リーグ中地区では四位の成績に終わった。

 マイアミやオークランドのように、圧倒的に負けすぎるという成績でもなかった。

 ただこの地区は今年、昨年は最下位だったミネソタが、脅威の大躍進を遂げつつある。

 ピッチャーの枚数が足りないため、なかなか勝ちきれない試合も多い。

 だが今年も補強をしていたブラックソックスなどを、正面からの戦いで破っている。

 そのミネソタとの比較として、カンザスシティはちょうどいい相手かもしてない。


 普通に投げても勝てることは勝てる相手だ。

 だが次の第三戦に投げる、若手のガーネットのために、少しでも情報を増やしておきたい。

 もっとも重要なのは、カンザスシティの選手の情報よりも、ガーネットの実戦でのピッチングだろう。

 あまり活躍しすぎて、ヴィエラが復帰してきたとき、マイナーに落とせなくなっていたりしても、それはそれである意味困るだろう。

 そのあたりの事情はともかく、今日のカンザスシティは打線陣の決意が悲壮だ。

 直史は今年、ここまで二試合に投げて、ヒット一本しか打たれていない。

 奪三振率は去年に比べてかなり落ち、一試合平均七個。

 だが一試合あたりの球数は、90球を切っているのだ。


 一回の表のアナハイムは、赤い三連星と呼ばれてきている、初回の得点力の高い三人で、まずは一点を取った。

 そしてこの時点で、カンザスシティの勝機はほぼ消えたと言っていいだろう。

 地元の試合であっても、カンザスシティのファンはそれほどでもなく、またMLBファンですらそれほど多くはない。

 とにかくこの二年、一気にニュースとなることが多くなった、野球の試合を見に来ている。 

 特にこの試合は、直史が投げることは、かなり以前から発表されている。

 日本と違ってMLBの予告先発は、カードごとにかなり前から発表されるし、またそのローテもかなり厳密に守られる。


 ピッチャーというものの負担、特に先発の負担を、しっかりと理解している。

 だからこそ調整はしっかりしてもらおう、という考えなのだ。

 直史は調整法を固定していない。

 次の試合、またその次の試合を見越して、ある程度の余裕を持って勝ちにいく。

 去年はそれでも難しかったが、毎年より慣れてきている。

 プロ入り四年目、MLB二年目の新人だが、年齢は間もなく30歳。

 あまり年を食ったというイメージは自分でもないのだが。




 直史は高校時代ジンによって、大局的にトーナメントを見るという観点を植え付けられた。

 同年に岩崎がいて、後輩にも使える駒がいたため、甲子園で二度も優勝しているピッチャーの割には、直史が甲子園で勝利した数は意外なほど少ない。

 そのトーナメントを勝ち進むという観点は、大学ではむしろ楽になった。

 プロに行くような選手は大半が高卒でプロに行ってしまい、早熟なスーパーモンスターは大学ではまだ熟成中の場合が多かった。

 例外的な西郷は味方であったし、西郷に迫るようにバッターは六大学リーグではいなかった。

 正直楽な場所であったので、珍しく球速の向上に励むことが出来た。

 あれは正解だったと思う。さすがにMAXが145km/hもなければ、打ち取るための球数はもっと増えただろう。


 そしてプロに入ると、もっと戦略的に戦うことになる。

 最初に意識したのは、継戦能力の維持だ。

 レギュラーシーズンの半年間、そしてその後のプレイオフと、高校野球や大学野球よりも、年間で行う試合数が圧倒的に多い。

 先発は多くても30試合ほどであるが、それでも戦うバッターのレベルが、最低でも大学野球の最高レベル。

 実際にどうにかこうにか内野安打を打ったりするバッターは多くなった。


 MLBはさらに、その継戦能力が必要になる。

 試合間隔は短く、移動は多く、家族と過ごす時間が短くなりストレスが溜まる。

 まあ赤ん坊の泣き声などは、さすがに建前を大事にする直史でも、ある程度のストレスにはなったものだが。

 長男もそろそろ原因不明の大泣きはなくなってきて、素直に可愛い可愛いとすることが出来るようになっている。

 長女は少し難しい年齢に入ってきているが。


 個人的な事情はともかく、直史は中五日をしっかりと守ることが出来ている。

 今年初めての敗北があったので、これがチームに影響するといけない。

 明日の先発のガーネットのためにも、より今日の試合でカンザスシティのバッターを丸裸にしておこう。

 ついでに強烈な呪いでもかけておこうか。


 対するカンザスシティも、事前に直史の先発と当たるのは、ちゃんと分かっていた。

 去年色々と対策を取られたにもかかわらず、結局はシーズン終盤にパーフェクトを達成している。

 今年も色々と他のチームは対策を考えているはずで、三振の数は減っている。

 ただし球数も減っているので、どちらの対応が成功なのかは他には分からない。

 そもそも開幕戦にしても、ヒット一本さえなければパーフェクトだったのだ。

 そんなピッチャーを攻略するのは、ほとんど運任せのようなものである。


 もっとも直史はデータ収集のため、あえてそこそこは打たれるかもしれない配球を考えている。

 なので恐れず挑んできてほしい。

 最終的にチームが優勝すれば、それでいいのだ。

 もちろん手加減するつもりは一切ない。




 一回の裏、三振一つ、内野フライ一つ、内野ゴロ一つで八球にて終了。

 二回の表にアナハイムは先取点はなし。

 二回の裏、内野ゴロ三つで八球で終了。

 三回の表のアナハイム、またも上位打線に回ってきて、一点を追加。

 三回の裏のカンザスシティは、またも内野ゴロ三つ。

 球数は三回までで23球。

 ちょっと最少球数での完封を狙ってもいいかもしれない。

 それ以前にまだ、パーフェクトであるのだが。


 なぜ点が取れないと言うよりも、なぜランナーが出ないと言うよりも、なぜクリーンな当たりがない?

 今日の直史は、内野ゴロを打たせるマシーンとなっている。

 内野ゴロを打たせるのは難しく、ゴロでも勢いを上手く殺さなければいけない。

 あまり勢いがなさすぎると、今度は内野安打になってしまう。

 ただMLBのショートやサードなどは、際どいボールを素手でキャッチして、そのまま肩の力だけで一塁に送球アウトというのがかなりある。

 やはりフィジカルによるレベル差というのはあるのだ。


 カンザスシティは去年ももちろんアナハイムと対戦しているのだが、直史の先発とは当たっていない。

 そんな幸運はやはり、去年だけだったのだろう。

 四回の裏まで終わって、まだパーフェクトは続いている。

 そしてこの回も、内野ゴロ三つで終わっている。


 直史は間違いなくグラウンドボールピッチャーであるが、奪三振率も実はかなり高い。

 去年の奪三振率も、先発のピッチャーの中ではリーグで三番目であった。

 そして投げたイニングが多かったため、奪三振数はリーグトップ。

 勝利数や防御率と合わせて、投手三冠を達成している。

 満票でサイ・ヤング賞を獲得し投手三冠でもあったが、上杉が途中でナ・リーグに行かなければ少し票は割れたかもしれない。


 今日は働く機会の多いアナハイムの内野は、ひょっとして今日は最少奪三振でのパーフェクトなどを目指しているのかな、などと思ったりしている。

 なにしろここまで、まだ初回の一つしか三振がない。

 内野ゴロはなんだかんだ、エラーなどでパーフェクトにならない可能性もある。

 これまでの直史の、最少奪三振での完封数は四つ。

 ただその試合は球数も意外と使ってしまっていた。


 三振の少ないパーフェクトというのは、かなり守備に依存したものとなる。

 打球の勢いがどれだけ殺せるか、そして野手の正面を突くかなど、運がどうしても必要になるものだ。

 だから直史はパーフェクトについては、一人もランナーを出さないでおきたいとは思うが、それが達成できるかは運次第だと思っている。

 アナハイムは守備陣がかなりしっかりしているし、外野は今年アレクが入っている。

 MLBに来てからも何度か、ホームランをアウトにしてしまっているジャンピングキャッチは見ることがあった。

 ただ直史としては、やはりその広い守備範囲が魅力なのだ。

 生来の身体能力による、守備力の高さ。

 もっとも今日はまだ、一度もボールに触れていないアレクである。




 打てているのにランナーが出ない。

 クリーンヒットがないから、それもそうかとは思うのだが。

 野球は統計のスポーツで、打球の具合によっては、クリーンヒットではなくてもちゃんとヒットになることがある。

 確かにここまでゴロばかりを打っている。

 それでも内野安打なり、内野を抜けていくなり、ヒットが一本は出てはいいではないか。

 センター返しの打球などは、直史自身が処理してしまったが。


 ピッチャーの守備力は間違いなく、失点を防ぐのにつながる。

 純粋に打球を処理する以外にも、内野との連携は重要なことだ。

 ランナーをほとんど出さないにも関わらず、カバーに入るのが的確である。

 このあたりは本当に、高校時代の経験が生きている。

 大学時代にももちろん練習はしたのだが、問題は反射で動くか高速思考で動くか。

 直史の場合は後者である。


 五回の裏は、三振が一つあった。

 追い込んでから明らかに低めを狙っていたので、高めにストレートを投げたのだ。

 綺麗なストレートが高めに決まると、なかなか手が出ない。

 直史の球速でも、しっかりと空振りが取れるのだ。

 それまでゴロばかり打たしておくと、より効果的である。


 140km/h弱のムービング系が、今日のメインである。

 スルーはムービング系ではないが、詰まらせてゴロを打たせるという点では、あれが一番効果的だ。

 もっともまずないことだが、読まれて打たれると、ボールのエネルギー量が大きいため、それなりに鋭い打球になってしまう。

 一番痛い思いをしないのは、直史にとってはカーブだ。

 カウントも稼げるし、肩肘に負担がかからないし、打ってもあまり飛ばない。

 ただゴロではなく、そこそこフライにもなってくれる。


 六回の裏も三振はなく、そして三人で終わった。

 直史のピッチングは試合によってテーマがあるが、今日のテーマは打たせて取ろう。

 いつもと同じであるが、今日はより極端に。

 カンザスシティのバッターの情報を、丸裸にして樋口に持ってもらおう。

 もっとも直史と違って、普通のピッチャーはそれほど多くの手は持っていないのだ。




 奪三振の多いピッチングというのは、確かにそれだけ派手である。

 だがパワーピッチングで疲れるし、直史には出来ないことだ。

 三振を奪えるのは、あくまでコンビネーションとコントロールによるもの。

 普段よりも遅い球で、確実にゴロを打たせていく。

 打てると思った球で、実際に打てて、そして内野ゴロ。

 バッターにとってはあるいは、空振り三振よりも苛立たしいことだろう。


 好きなようにバッターに打たせて、内野ゴロで終わらせる。

 ムキになって飛ばそうとして、なんとか内野を越えるかと思ったら、ショートが交代してフライをキャッチアウト。

 七回も内野ゴロが二つと、内野フライが一つ。

 三振は増えていかない。

 奪三振率は低くても、直史は消化するイニングが長い。

 するとそれだけ三振の全体数は増えていく。


 今日の演目は普段よりも不気味なものだ。

 アナハイムの打線は正常に機能しているが、爆発的に点を取るということはない。

 そして直史もまた、いつもよりも静かに投げる。

 三振がわずか二つ。

 それだけパワーを必要としていない。

 相手が打ってくれて、そしてアウトが積み重なっていく。

 五点差に点差が開いて、そして最終回。

 八回までで球数は66球。

 まさかとは思うが、パーフェクトの最少球数数の更新の可能性がある。


 今日は追い込んでから、あまり三振を奪わずに、内野ゴロなどを打たせてきた。

 一年目に達成した72球を更新できるのか。

 それにあの試合はなんだかんだ、12個も三振を奪えている。

 ところが今日は二つだけ。

 完全に内野の守備力に依存したパーフェクトピッチングだ。


 同じパーフェクトには違いないのに、色々なパーフェクトがある。

 上杉がやったような、三振を取りまくるパーフェクトもある。

 直史の場合は、理想的なのは球数が少ないパーフェクト。

 最終回のマウンドに登り、内野陣の様子を確認する。


 もうどれだけ非常識なことをやってくれても、直史ならば仕方がないのだ。

 自分たちはそれぞれの仕事をする。

 ゴロを正確に処理して、ファーストに送球する。

 まずはワンナウトである。


 パーフェクトピッチングは、普通スーパーエースでも、一勝に一度も出来ない場合も多い。

 ましてやリーグのレベルが上がれば、よりそれは難しくなる。

 ただ上杉などは、複数回のパーフェクトを達成している。

 直史に至っては、複数回どころではないのだが。


 ファールグラウンドへ外野フライが上がって、これをキャッチしてツーアウト。

 残り一人。

 まさか、という記録だ。

 過去にNPBでは達成ぎりぎりまでの記録が残っているが、これはさらにそれよりも、ピッチャーの限界に近い。

 二試合連続パーフェクト。

 高校レベルならば地方大会で、似たような記録が達成されている。


 最後の一人はこういった事態には、まともに体が動かなくなる。

 この日、三つ目の三振で試合終了。

 最少球数記録は塗り替えられなかったが、75球で試合終了。

 打者27人に対してのパーフェクトである。


 偉業である。

 それは誰もが分かっている。

 だが言葉を失った観戦者たちが多い。

 アナハイムベンチでさえ、自失状態に近い人間が多い。

(無理もない)

 樋口は冷静である。直史のパーフェクトは、その多くを樋口とのバッテリーで達成している。

 そしてこうやって、またも伝説的な記録を達成したのだ。


 直史のピッチングの特徴は、パーフェクトなどであればどんどん、球数が逆に少なくなるということ。

 一人でもランナーを許したら、また球数を使ってしまうことになる。

 だからパーフェクトを達成したら、自然と球数も少なくなる。

 理屈の上では正しそうに聞こえるが、机上の空論である。

 バッターをしっかりと確実に打ち取るには、どうしても配球を組み立てていかなければいけない。

 だが直史の場合は球種やコントロールの選択肢が多いので、ゾーン内で組み立てることが出来る。

 よってだいたいは、ピッチングの精度が良ければ、球数も少なくてヒットも打たれることもない。

 ましてフォアボールで歩かせることもない。


 三振や確実なアウトを狙うには、ボール球も投げていく必要があるのだ、

 直史にはそれがない。本当に必要ない。

 旧来のピッチャーのスタイルとは、全く違うこれ。

 今までにいたことのないピッチャーなのだ。




 またいつものようなインタビューが行われた。

 開幕戦をヒット一本のマダックスに抑えて、二試合目と三試合目を、マダックスのパーフェクト。

 どうこれを理解すればいいのか、長年野球に携わっている人間ほど、逆に質問がしにくい。

 何をどう考えてどう投げれば、こういうことになるのか。

 しかしそれを質問しても、直史は運や統計の話だとする。

 それもまた、完全に間違っているわけではない。


 三振をたったの三つというのは、また直史の新しいスタイルであった。

 もともとグラウンドボールピッチャーなのだが、追い込んでからは積極的に三振を奪いにいく。

 それが今日は追い込んでからも、ゴロを打たせるようなピッチングをしていた。

 何故かと問われれば、三振を取るよりも今日はゴロの方がいいと思ったから。

 おかげで相手チームのバッターの傾向は、はっきりと樋口に分かってくる。


 翌日の試合は、楽なものになった。

 前日の試合の後で、カンザスシティのバッターはおろか首脳陣も、まだ地に足がついていない。

 そこにマイナーから上がってきた、先発に昂ぶったピッチャーがボールを投げてくる。

 気分の切り替えが出来るのが、毎日試合をするプロの条件である。

 だが生きていれば、特別な試合というものはある。

 ほとんどのバッターにとっては、パーフェクトに抑えられるなど、初めての経験だ。

 去年からMLBでは、本当にパーフェクトを経験させられるプレイヤーが多くなった。

 本当にもう、直史一人のせいで。


 若手のガーネットは、ポンポンと三振を奪っていた。

 昨日の直史のボールが、沈むものがおおかったのでその影響だろう。

 完全にバッティングフォームを崩されて、まともに打てやしない。

 なので途中からは、かなりベンチのメンバーが出てくる。

 本来ならスタメンに比べれば、少し落ちるラインナップだ。

 だが直史のピッチングの呪縛を受けた者よりはマシである。

 それでしっかりと打てるかというと、むしろ守備の面で穴が目立ったりするのだが。


 八回までを投げて、わずかに一失点。

 それもあまり、ヒットの連打で取られたという点数ではない。

 去年のオークランドと同じく、今年のカンザスシティもひどいことになるのか、

 なったとしてもそれは、直史が原因ではあっても、責任は全くない。


 試合の最終的なスコアは7-1で圧勝。

 ついに一試合は落としてしまったものの、アナハイムの勝ち越しで終わる。

 ひどい話で、まるで初黒星を与えられた腹いせではないか。

 案外直史は、無意識にそれを考えていたかもしれないが。


 次の試合はまたも移動して、アウェイでのヒューストン戦。

 今年もおそらく、同地区の中では一番厄介な対戦である。

 直史としては、自分の誕生日だなあ、と思っただけであるが。


 12勝1敗。

 アナハイムのスタートダッシュは、まだまだ終わらないようである。

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