第72話 適応
NPB時代の樋口は、6ツールプレイヤーであった。
走塁、守備、肩、ミート、長打、そして出塁。
バッターとしての評価の一つトリプルスリーも、NPB時代全ての年で成し遂げた大介がいるせいで影が薄くなりがちだが、複数回達成しているプレイヤーは、それほど多くない。
現役では樋口の他に悟ぐらいで、一度達成した選手でも、他には柿谷が一度、悠木や緒方が惜しいところまで打っている。
MLBのスカウトが評価した樋口のスカウティング・スケールは、ミート、出塁、守備がレジェンドクラス。
他の全ての要素も、平均を大きく上回っている。
ただそれでも、NPBの野手がバッティング能力で成功するのは、なかなかに難しい時代が続いた。
大介の歴史的活躍があったとしても、いまだに日本人野手の成功は珍しい。
ましてキャッチャーは、となかなかその実績に対しても、樋口を獲得するのは冒険だったであろう。
坂本という前例があったからこそ、アナハイムは冒険できたとも言える。
その樋口が野手が合流して、バッティングも見せることになった。
坂本が勝負強く打てるキャッチャーであったため、樋口にもある程度の打力が期待されてしまう。
そしてフリーバッティングにおいては、樋口の打撃は確かであった。
バッティングピッチャーからであれば、自由自在に打てる。
またマイナーから上がってきたピッチャーであっても、デッドボールを食らわないようにしながら普通に打てる。
ここで重要なのは、まだスプリングトレーニングなのに、ムキになって故障したりしないことだ。
重要なのはオープン戦で、メジャー契約をした樋口は、間違いなくそこには出場する。
そこで計算した分のボールを打てばいいのだ。
必要以上に打って、脅威度を高めてしまう必要はない。
とにかく打ちまくって、勝負されないようになった大介を見ればいい。
もっとも樋口はさすがに、あそこまでの打力などはない。
だからこそ相手を油断させて、打つべきときに打つ。
樋口のプレイヤーとしての本質は、バッターではなくキャッチャーなのだ。
そういった樋口の思考を、直史は聞いている。
樋口にとってMLBは別に、憧れの場所でもなんでもない。
ただ一つ一つの要素のレベルが高いのは本当のことだ。
その要素をまとめ上げるレベルは、決して高くないのだが。
確実に一試合に一本はヒットを打ち、打点を多くつけてくる。
樋口に加え、今年から契約したアレクは、本当にポコポコとよく打つ。
アレクの場合はおそらく、一番バッターを任せることになるだろう。
センターを幅広く守り、一番打者でありながらそれなりの打点を上げる。
それよりもやはり、得点の数の方が圧倒的に多いが。
去年のアナハイムは投手と守備の防御力が極めて高かった。
だが得点力に関しては、それほど突出していたわけではない。
単純に得点力が低いわけではなく、投手陣が強力であったため、無理に大量点を必要としなかったというのもある。
しかしそれは結果であって、求められるなら更なる得点力は求めるべきなのだ。
アレクを一番に置けば、初回の先頭打者から、ホームランが飛び出ることもある。
だいたい毎年、20本前後を打っているのがアレクだ。
NPB時代よりも長打力は落ちているが、それでも一番打者としては有能。
もっともバットコントロールが上手いため、ボール球でも打てるならヒットを打ってしまう。
打率は高いのだが、あまり出塁率との間に差がない。
もしも改善するとすればそのあたりであろう。
今のままだと単純に、ボール球にまで手を出してしまっている困ったバッターに思えてしまう。
OPSが高いので、そういう判断にはならないが。
そして二番に誰を置くか。
ポストシーズンではターナーを置いて、かなりこれが成功した。
しかしオープン戦が始まると、樋口が器用にケースバッティングをこなしている。
長打力もあるが、単純なスラッガーというわけでもない。
それにキャッチャーでありながら、ピッチャーの投げるボールを読んで、盗塁まで仕掛けるのだ。
盗塁の価値は現代ではそれほど高くないとも言われる。
だが選択肢があってやらないのと、選択肢さえないのはやはり違うのだ。
攻撃時のセットプレイは、それが多ければ多いほどいい。
もっとも小手先の技術を多く身につけるより、圧倒的なフィジカルで蹂躙するのが、MLBとしては主流派だ。
わざわざ攻撃にそんなプレイを身につけるより、フィジカルを鍛えて圧倒する。
単純で合理的な路線を取っているが、これは選手を画一的にするものだ。
中途半端なスラッガーなど、そうぽろぽろと揃える必要はないのだ。
MLBだけではなくアメリカにおけるスポーツは、とにかく合理的ではある。
だが合理的過ぎると逆に非合理になるという、そういうパラドックスもある。
価値判定の基準が一つだけであれば、他の能力を持った選手はいらないのか。
そんなはずはないのだ。
ユーティリティなプレイヤーと、一発芸に長じたプレイヤー。
これを上手く組み合わせることが、強いチーム作りには大切である。
もちろん全ての基準が大きく上回る選手がいれば、それは心強い。
だがそんな選手はどうしても、高くなってしまうのだ。
アナハイムの首脳陣は、一番にアレク、二番に樋口、三番にターナーという打順を試している。
四番のシュタイナーまでが、特に点を取れるバッターだろう。
ピッチャーも今年までは、間違いなく強い。
ただ今年で切れてしまうため、来年はどうするのだろうとうい疑問はあるが。
首脳陣から見ると、直史も少し、調子が悪そうに見えた。
もちろんすぐに炎上するというものではないが、ぽろぽろと打たれては点を取られている。
ただ去年もオープン戦の最初のほうは、あまり調子を上げてこなかったというか、調整のように投げていた。
間違いなく使えると判断したのは、オープン戦も終盤に入ってからである。
直史としても一ヶ月の治療期間があったこともあり、オープン戦は貴重な実戦練習だ。
フルパワーで投げずに、どれだけ相手の打線を抑えることが出来るか。
無失点にまでは抑えなくても、完投勝利をすれば、アナハイムのリリーフ陣に楽をさせることが出来る。
もっとも首脳陣は、直史の完封記録に期待している。
今年去年と同じように、25完封を記録すれば、たったの2シーズンで、通算20位に入ることになる。
三年かければノーラン・ライアンの61完封を上回ることも夢ではない。
直史が考えるのは、やはりどれだけ球数を少なく、試合を終わらせるかということだ。
それと出来るだけ打たせて取って、試合時間も短くしたい。
時間は有限で、若さは常に衰える。
より自分の人生で、やりたいことを多くやってしまうため、直史は貪欲である。
もうちょっと気楽に生きてもいいのでは、と周囲からすれば生き急ぎのようにも見えるのだが。
ただ直史には、生き急ぐと言うか、やりたいことをたくさんやっていく理由があった。
イリヤに訪れた突然の死は、少なからずその人生観に影響を与えた。
万が一を考えて保険にも入りなおしたし、跡継ぎになるのかどうかはともかく頑張って子供をもう一人作った。
自分の遺伝子を残し、自分の業績を残す。
それが人間の目的と言うか、歴史に刻み込む目的ではないか。
もっともいずれは太陽も燃え尽き、宇宙も消滅するらしいが、そこまではさすがに考えない。
人間と言う種が存在する限り、自分の生きた証が残ってほしい。
そんな極端なことまで考えて、直史は今を生きている。
樋口も似たようなものだ。
自分の生きる社会を、より生きやすくするために、選択を重ねている。
ロスアンゼルスの近いアナハイムという都市は、それなりの人脈を築くのにも都合がいい。
この二人に比べるとアレクは、自分の遺伝子を残すことはともかく、人生に対してはもっと享楽的である。
だがその人生観にケチをつけようなどと、思わないところが二人の美点だ。
樋口から見ると直史の存在は、確かにもう伝説上の存在だろうな、とさえ思えてしまう。
人類が野球というスポーツを忘れない限りは、その記録は残り続ける。
そして映像や、あるいは瑞希の文章が残る限りは、記憶にも残り続ける。
その余禄のような形で、樋口の存在も残してもらっているが。
自分が生きているうちに、少しでも世界を変えてやる。
そう樋口は考えていて、そのために必要な力を持っているのが、上杉であったり直史であったりする。
本人の意思はどうであれ、それだけの影響力を持っているのだ。
大衆へ訴えかけるという点では、大介もまた強力な存在感を持っている。
オープン戦は進んでいく。
直史はまず、一試合に二イニングか三イニング程度しか投げない。
試合以外の部分でそれなりに投げて、そして試合にフィードバックしていく。
そのオープン戦も半ばになると、急にバッターは打てなくなってくる。
まず点が入らなくなり、長打が打たれなくなり、ヒットさえも出なくなる。
フライが打たれなくなりゴロばかりとなり、そのゴロに内野を抜く勢いがなくなってくる。
魔法だ。
彼はやはり魔法使いだ。
悪魔に魂を売り渡し、それと引き換えに魔法を使うようになったのだ。
いや、彼のことだからおそらく悪魔をペテンにかけ、力だけを奪ったのだろう。
そんなことを言われるようになってくる。
まさに去年のレギュラーシーズンと同じような話だ。
直史だけではなくアナハイム全体も、調子が良くなってくる。
去年素晴らしい成績を残した先発ローテ陣だが、それを脅かそうとする若手はなかなか出てこない。
だがリリーフ陣として使うには、充分なピッチャーの台頭がある。
今年も間違いなくコンテンダーとして勝負が出来る。
また、メトロズとワールドシリーズで対決することがあるのか。
ただ他のチームの情報も得てみれば、なかなかそう一方的にはいかないだろうとも思えてくる。
まずは同地区ではヒューストンが蓮池を獲得し、他にも補強を繰り返している。
ア・リーグ西地区の覇権は、この両者のどちらかが得るだろうと思われている。
それと地区は違うのだが、ア・リーグではミネソタがかなり積極的な補強をしている。
去年は五勝一敗、直史自身も勝ち星を二つ獲得し、チームとしても中地区最下位であった。
だが去年までに集めたプロスペクトが去年マイナーでは活躍し、終盤にはかなりの個人成績をもってメジャーに上がってきたらしい。
怪物はアメリカにもいる。
なんとピッチャーとバッターの二刀流をしている選手もいるのだ。
アメリカの場合は早い段階でピッチャーとそれ以外に分かれてしまうことが多く、なかなかそんな活躍はしにくいだろうと思うのだが。
なんでも元はピッチャーで肘を壊し、それからバッターに転向して、久しぶりに投げたら100マイルオーバーだったという、なんとも適当な話である。
基本的にはそれでもバッターで、セットアッパーやクローザーとして投げていることが多かったらしい。
どれだけの好打者であっても、大介を上回るものではないと思うが。
ただ警戒することは警戒するべきだろう。
「オープン戦でも当たらないんだけどな」
そして直史はオープン戦の終盤、試しに一試合投げきってみるか、という話が出てくる。
その哀れな相手はシンシナティ。
去年のナ・リーグ中地区三位のチームである。
今年のナ・リーグ中地区は、セントルイスが強いのではと言われている。
去年もポストシーズンには進出してきて、補強をしっかりとしている。
その強いセントルイスとは当たらないが、とりあえずシンシナティとはレギュラーシーズンでは対戦予定がない。
なのでとりあえず蹂躙するには、ちょうどいい相手だと思われた。ひどい。
去年アナハイムはレギュラーシーズン、シンシナティと三試合を対戦している。
ホームだったこともあるが、三戦全勝であった。
しかし直史は登板していない。
つまり直史を、初めて体験するわけである。
とりあえず無理はしないように、とだけは言われた直史。
もちろん無理はしないに決まっている。
ただある程度手を抜いて、どこまで楽に勝てるか。
それはじっくりと見ていかないといけない。
「これはひどい」
試合が進んでいくについれ、アレクはそんな言葉を漏らしていた。
高校時代以来の同じチームの試合と言うか、アレクは早めにポスティングでMLBに来て、そして国際大会でも同じチームになどなっていないため、直史の本気を見るのは久しぶりだ。
いや、これでもまだ本気にはなっていないのだろうが。
初回から三人を内野ゴロに打ち取ると、二回以降も内野ゴロと内野フライを量産させる。
そして早打ちはやめようとバットを振らないと、ストライクカウントが簡単に増えていくだけになる。
そして追い込んだら三振か、あるいは内野フライを打たせることが多い。
ストレートの質が上がっているためか、内野フライを打たせやすくなっているのだ。
序盤にはゴロを打たせていたのが、終盤には布石となっている。
シンシナティの選手たちは、次第に目が死んでいった。
そして観客やマスコミも、相変わらずのその支配的ピッチングに、大きく唾を飲み込む。
打撃の方は打撃の方で、とりあえず数字だけは残しておくかと、樋口は安打一本の一打点。
だが大量点差がついてからは、もうはっきりと打つ気をなくしていた。
全く手加減しないアレクは、楽しそうにヒットを連発していたが。
途中でもう、ピッチャーを代えてもいいのではと、アナハイムの首脳陣は思った。
だがこれは直史が、一試合を投げてどれだけ消耗するか確認するためのものなのだ。
どうせなら同じ地区のチームを相手に、この虐殺をしておくべきではなかったろうか。
もしもそうなら去年のオークランドのように、ひどい結果になっていただろう。
あるいはベアーズなどもひどい結果になっていたが。
今年はヒューストンが、かなりの気合を入れて補強をしている。
もっともヒューストン相手とは、オープン戦では対戦がない。
しかしこの結果を、気にせずにはいられないだろう。
ヒューストンだけではなく、全てのMLBのチームが。
大量点差をつけられたシンシナティは、中盤以降はどんどんとピッチャーを代えてきた。
その中にはマイナーから上がってきたばかりの、元気のいいパワーピッチャーもいる。
連続三振を取って、チームとしては敗北しながらも、個人としてはまだやる気が充分。
若手というのはそうでなくてはいけない。
そんな彼からも、アレクは間単にセンター前ヒットを打った。
まあ今年の途中から、どうにかメジャーに上がってくるかな、と思ったぐらいである。
ただし調子に乗ったピッチャーにお仕置きをするという点では、樋口はアレクよりもはるかに容赦なく、大人気ない。
初球の浮いた102マイルを、狙いすまして打った。
その打球はレフトの中段に着弾した。
別に打つ気はなかったのだが、どうせならアピールしておこう。
そんな樋口のひどい思惑により、かれはプライドを叩き折られたのであった。
本当にひどい試合になった。
スコアは13-0と、アナハイムにしてはかなり、打力が爆発している。
そもそも途中からシンシナティのピッチャーが、やけくそ気味になったというのもあるのだが。
そしてランナーは、エラーで出たのが一人だけ。
つまるところノーヒットピッチングである。
ゴロをたくさん打たせた試合なので、イレギュラーでランナーが出るのは仕方がなかった。
それを理解したうえで、直史は今日の組み立てを考えていた。
あえて奇策は立てず、スタンダードな組み立て。
だがインハイの後のアウトローをギリギリに決められれば、やはり大半のバッターは打てないのだ。
そしてボールに逃げる変化球は、ことごとく空振りしていた。
ツーストライクまで追い込まれれば、手を出さないわけにもいかないのだろう。
九回28人に78球。
ノーヒットノーランマダックス。
そろそろ81球以内で完封することを、サトーと呼ぶ人間が出てきてもおかしくはない。
たださすがの直史も、去年一年間では、81球以内の完封は三試合しかない。
三試合もあるのか、と驚くほうが自然であるのだが、なにせ直史だからして。
アレクは全打席出塁、樋口は二安打三打点と、間違いなくアピールしている。
キャッチャーとしてのリードが満足かは、実際にレギュラーシーズンが始まってからでないと分からない。
だがバッターとしての能力は、間違いなく高いと証明できた。
試合の趨勢は序盤で決まっていたので、あとは時間がかからないことを望んだ。
そんな樋口の試合であった。
まだこれはオープン戦だということは、全ての人が了解している。
それでも期待が高まるのは、当然のことであった。
去年のあの、投げる試合全てで、パーフェクトが期待されるような雰囲気。
さすがにそれはなくとも、大方の試合が完封されていたのだが。
そしてこれは大衆や首脳陣だけでなく、直史自身も満足することとなった。
課題であったカットボールが、上手く投げられている。
三振ではなく内野ゴロを奪うためのボール。
そして試合の終盤には、追い込んでさっさと三振を奪うこと八つ。
打たせて取るだけではない。
やはりピッチャーは三振も奪えないと、魅力的には映らないのだ。
シンシナティには本当に気の毒なことをした。
オープン戦の段階で、彼らの今年のシーズンは終わったかもしれない。
死んだような目をした選手たちに、それ以上に死んだ目をしていた首脳陣。
とにかく戦意を失った選手たちを、どうやってこれから立て直していけばいいのか。
優れた指揮官であっても、士気を立て直すことは難しい。
カエサルでも呼んで来れば別かもしれないが。
その日の夜、直史は首脳陣に呼ばれた。
そして予想通りであるが、開幕戦の先発に任命された。
あとはここから、そんな間隔で何試合に投げるか。
去年は上杉がいたために不可能であった、先発試合全勝が、今年はやりやすくなっている。
打線の援護も下位打線を中心に、少し多くなっている。
メトロズのような打撃偏重とは違い、今年はアナハイムはチームバランスが大変にいい。
もっともメトロズは武史という、直史のような完投型ピッチャーを手にいいれたので、リリーフ陣全体が、負担は軽くなるだろうが。
ホテルのテーブルを囲む樋口は、当然だろうな、という顔をしていた。
彼もまた最近は、オープン戦だがほとんどスタメンのマスクを被る。
キャッチャーは専門職なので、怪我をした時などのために、ある程度は二番手キャッチャーにも経験を積ませているが。
坂本がいなくなっても、正捕手になれるわけではない。
そんなサブ要員であても、MLBのキャッチャーならそれなりの年俸を手にすることが出来る。
樋口としてはインセンティブもそれほどたくさんつけてはいないので、とにかく今年は実績を積むしかないが。
フロリダの方のキャンプでは、相変わらず大介が打っていると、普通にニュースがやってくる。
そしてそれとは別に、また武史が105マイルを投げたと、実兄である直史に、それについてインタビューしてくるマスコミもある。
樋口とは去年まで、同じチームにいた武史だ。当然彼にもコメントを求めてくる。
だがそんなことを尋ねられても、これぐらいはやると思っていた、としか言えないのだが。
ただ武史は武史らしいというか、三振の嵐の中で、ぽっかりとホームランを打たれてもいるらしい。
基本的にストレートを打てば、ゴロではなくフライになるのが武史だ。
キャッチャーが上手くリードをしなければ、アッパースイングでホームランにもなるだろう。
もっとも打たれたところで、特に気にすることもなく、次のバッターを打ち取ってしまうのだが。
「メトロズは今年、タケを開幕戦で投げさせるのかもな」
直史はそう言って、樋口は首を傾げる。
「MLBは新人にそんなことをやらせるのか?」
「メトロズの内情は聞いていただろう? ベテランのウィッツは今年で契約切れ、次のピッチャーの中心を作りたい。ならば今話題の、というわけだ」
「それに兄弟で共に先発となったら、それも話題になるか」
そういうことだ、と直史は頷いた。
大介がいつも通り打っていて、そして武史もしっかりと投げている。
その二人に比べると目立たないが、坂本がしっかりと正捕手となっている。
そこが実は、メトロズのチーム力を、一番上昇させている部分かもしれない。
「これでメトロズがさらに勝ってきたら驚くけどな」
「あとはヒューストンかな」
テーブルを囲むアレクは、やはりヒューストンが気になるらしい。
同じ地区で対戦し、去年は二位だったヒューストン。
NPBでは多くのタイトルを取っていながら、誰かさんたちのせいで沢村賞をとれなかった蓮池は、かなり気合を入れているだろう。
なにしろMLB初年度なのだ。
ただ、まだレギュラーシーズンにも入らないこの時期。
いまだ見ぬ強者が出現するのを、このバッテリーはまだ予想していなかった。
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