第71話 アメリカの日本人

 アリゾナにおけるキャンプは、まずバッテリーが野手に先行して集められる。

 これはやはり野球が、ピッチャーが投げなければ始まらないという、当たり前の事情から、ピッチャーの仕上がりを重視しているからであろう。

 この年のキャンプで一番注目されているのは、やはり日本人捕手として、坂本の後を継ぐかと思われている樋口だ。

 日本人キャッチャーで成功したと言えるのは、今までまさに坂本ぐらいしかいなかった。

 だが間違いなくアナハイムの、そしてMLBのスーパーエースである直史が、学生時代やNPB時代に、ずっと組んでいたキャッチャーだとは知られている。

 それに打撃においても非凡なもので、走れるキャッチャーという現代の身体能力に優れたキャッチャーだとも周知されていた。


 直史は樋口に関しては、その技術と能力に関しては何も心配していない。

 だが何か上手くいかないことがあるとしたら、樋口の日本人としての信念、価値観、習慣などといったところに生じるものだろうと思っている。

 ピッチャーであればバッターを打ち取れば、それで証明される。

 だがキャッチャーの凄さというのは、それに比べると確かめにくいものだ。


 キャッチャーのポジションを狙って、FAのベテランや若手など、樋口以外にも主に四人が有力視されている。

 この中からロースターに入るのは、二人ぐらいだ。日本なら三人はいるのだろうが、メジャーでは故障や調子が悪ければ、すぐにマイナーに落とされる。

 まあ故障と不振はまた別であるのだが。

 とにかく樋口はまず競争するわけであるが、チームの絶対エース直史から、絶大な信頼を得ているというアドバンテージがある。

 言ってしまえばアナハイムは、直史が気分よく投げたら、今年も25勝はしてくれるであろうという計算がある。

 また新戦力のアレクも、直史の高校時代の後輩。

 アナハイムというチームの中で、直史の存在感はその実力でもって、圧倒的な影響力を発揮し始めている。

 本人が下手に野心的な人間でないのが幸いである。


 アナハイムは今年も、充分に優勝を狙える戦力を揃えてある。

 ただ、来年はおそらく無理だろう。

 スターンバックが今年でFAになるし、ヴィエラとの契約も切れる。

 ただこれは資金さえあれば、あと少しマイナーから出てくるピッチャーが一人か二人いれば、どうにかなる問題とも言える。

 打線についてはシュタイナーの契約はもう少しあるし、ターナーのFAまでにはあと三年。

 もしも直史が投げ続ければ、という思惑がフロントにはあるだろう。

 そのために今年のシーズンが終われば、契約の見直しなどもしなければいけない。


 ピッチャーではなくバッターを取りたがるオーナーが、それでも直史に関しては、金を多く出そうというのだ。

 そしてそれはフロントと現場の意見の一致でもある。

 テキサスでリードオフマンとして、安打製造機となっていたアレクの獲得も、そして二年連続で日本人のポスティング獲得となる樋口も、オーナーが金を出してこそのものだ。

 だがこれは、元は取れると充分に判断してのものだ。

 現場としてはだが、樋口がちゃんと使えるキャッチャーでいてくれないといけない。

 バッティングなどはNPB時代の映像を見れば、優れていることは分かる。

 あとはとにかく、キャッチャーとしての性能なのだ。




 今年もアナハイムの先発は、直史にスターンバックとヴィエラの三人が柱である。

 これにマクダイスとレナードの五人までは、先発ローテとして決まっている。

 だが三人の柱以外は、このスプリングトレーニングでもシーズン中でも、代わる可能性はある。

 もちろん故障離脱も考えられる。

 リリーフ陣としては、去年から引き続きマクヘイル、ルーク、ピアースの三人は確定。

 去年も投げていたメンバーに、スプリングトレーニングとマイナーでの活躍で、リリーフ陣は入れ替えていくという感じだろうか。

 打線は強化したが、昨年リーグナンバーワンだった投手陣はほぼそのままなのだ。

 直史一人が故障しただけで、ほとんど崩壊してしまいそうである。


 とりあえず樋口は、先発三本柱のうち、直史以外の二人のボールを受ける。

 キャッチングの技術はやはり、坂本よりも上手い。

「いいキャッチャーだな」

 先に投げたヴィエラは、直史にそう声をかける。

「今の日本では、キャッチャーとしての技術はナンバーワンだからな」

 ヴィエラの太鼓判があるなら、それは望ましいものである。


 樋口の優れた点は、単純にキャッチャーとしての技術もあれば、ピッチャーに合わせる能力もある。

 上杉と直史、どちらの能力も引き出すのだから、地味にこいつもバグった能力だ。

 ただ結果だけを見るなら、おそらく直史との組み合わせが一番力を発揮する。

 二人の力は、+と+の足し算ではない。

 +と+の掛け算なのだ。

(これなら……)

 自分で感じていた限界の、さらにその先へ到達することが出来る。

 大介に勝てる。


 スターンバックのピッチングも終え、リリーフ陣のボールもキャッチングしていく。

 入念に準備を整えた直史が、最後にブルペンのマウンドに立つ。

 去年のワールドシリーズ最終戦、直史は故障した。

 分かる部分は左の脇腹というよく関連性の分からない部分であったが、肉体全体がダメージを受けているようだと医師には診断された。


 フィジカルで圧倒的に優る相手を、劣る人間が上回るということ。

 それは間違いなく、肉体の限界を超えるということだ。

 やがてフィジカルに優る側もより、己の限界に近づいていく。

 果てにはその肉体以外の部分で、究極の一瞬に近づいていくのかもしれない。


 だが今はまだ直史の肉体はブルペンのマウンドの上にあり、舞台はスプリングトレーニングのピッチング練習。

 限界に近づくべき状況ではない。

(自主トレ期間中のナオのピッチングは、明らかに日本時代よりもキレを増していた)

 最初は一ヶ月もの治療期間により、全体的に鈍っていたのは確かだ。

 だがそこから這い上がると、まるで羽が生えたように、その動きは軽々として見えていた。

 投げられるボールは、スピードが極端に上がったわけではない。

 だが樋口の感じるストレートは、より光の直線に近く輝いて見える。

(MLBの最新機械なら、この現象を化学的に分析できるのか?)

 人文的な人間でありながら、科学と合理を重んじる樋口は、それに期待をしていた。



 

 樋口のミットに向かって投げる直史は、去年の最終戦、リミッターを解除した時のイメージを鮮明に憶えている。

 左の脇腹というのは、あくまでもそこが一番壊れやすくなっていたから。

 あと少し力を解放していたら、どうなっていたのか。

 直史のイメージとしては、ボールをリリースした瞬間、肉体が崩壊していただろうというものだ。

 もちろんそれはあくまでもイメージであり、実際の現象としてはそうなるはずもない。

 

 ただあの限界近くにまで到達したから分かるのだ。

 限界は、一度到達してしまえば限界ではなくなる。

 直史の肉体はそれほど、突出したフィジカルというわけではない。

 だがまだ鍛える余地はあるといったところだ。


 直史はこうやって、自分の限界を意識するたび、不思議に思うことがある。

 なぜ他の人間は、このゾーンに入ってこれないのだろうと。

 大介はわずかに入ってきている気がする。他にも何人か、対戦している中で足を踏み入れかけている者がいるのは分かる。

 だが明確に、この領域を操っているとは言えない。

 おそらくこれは野球に限らず、またスポーツに限らず、人間の脳がオーバークロックした状態なのだ。

 肉体の限界ぎりぎりまで力を出せるのは、その余技に過ぎないと思う。

 

 他のいくつかのスポーツや、あるいは頭脳的なゲームなど。

 積極的に調べたわけではないが、瑞希に尋ねてみたことはある。

 野球を調べる上で、他のスポーツにもある程度詳しくなった瑞希。

 彼女は意外でもないが、凝り性なのである。

 直史はそのあたり、無関心なものには興味はない。

 一つのことに深く潜るのが、直史のタイプなのだ。


 瑞希も別に、そこまで深く色々なスポーツを調べたわけではなかった。

 だがスポーツにおける集中力は、確かに重要視している。

 ゴルフなどは、ワンショットの瞬間の集中力が、完全に己の肉体をコントロールしたものだ。

 サッカーのプレイヤーなどは、見えないはずの視界に誰がいるのかが分かり、他のプレイヤーの思考もある程度分かるという。

 一種の未来視を、脳内で構成するのだ。


 ボクサーなどは明らかに、動体視力とスピード、パワーが組み合わさった対戦競技だ。

 ただ格闘技はまた違った部分の、フィジカルが必要になるだろうが。

 芸術的な分野になるが、バレエの踊りや音楽家の演奏。

 それらを考えた限りでは、直史のピッチングに一番近いのは、イリヤの音楽だ。


 陶酔の中に人々を引き込むイリヤの音楽は、人間の脳の奥深くにまで届くものだ。

 多くの信奉者を生み出し、その歪みから命を落とすことになった。

 直史の場合はゾーンに入ったと言うよりも、トランス状態に近いのかもしれない。

 どちらにしろ普通の人間の至る領域ではない。

 それを自由に操れるのであれば、確かに現在の人間の中では、進化した存在にさえ見えるかもしれない。

 実際は退化した脳を、かつてのように活用しているだけなのかもしれないが。




 そんな哲学的なことを、直史は樋口とも話したものだ。

 人間の可能性などという、宗教に近いようなことを、現実主義者の樋口はあまり重視しない。

 そして瑞希としても、そのあたりは得意分野ではない。

 彼女の重視するのは人類社会における、道徳や公共心の発達といったものだ。

 進化の可能性というのは、遠すぎて話題にはしにくい。

 それはもっと言うなら、SF的なものであり、オカルト的なものであったのだろう。

 身近で素養があるのは、ツインズとなる。


 ツインズの肉体能力は、あるいは直史以上に、その数値的なものと現象に乖離がある。

 あの二人は格闘技をしているような成人男子であっても、たいがいは勝ってしまう存在であった。

 そこで必要なのは、フィジカルやテクニックもそうであるが、何よりもメンタル。

 殺してしまってもいいな、と吹っ切れていることである。


 直史は本質的に、保守的な人間であろうとしている。

 ただツインズから見ればその生来の本質は、違うのだろうと判断している。

 強烈な自制心は、本来なら保守的な人間には必要ない。

 現状を追認するというのが、保守的な思考の多くであるからだ。

 

 直史は思考は穏当かもしれないが、存在自体、あるいは生き方自体は過激な人間だ。

 実際にこの世界に刻み続けている出来事を見れば、とても普通の人間とは言えない。

 選ばれた存在。あるいは選ぶことを許された存在。

 世界に対する影響力が、一個体としては大きすぎる。

 取替えの可能な歯車ではなく、ワンオフの存在。

 もっとも実際には、少しずつ世界は変わっても、同じように世界を動かす存在はいるのだ。

 イリヤが死んだことで、彼女の音楽が生み出されることは二度とない。

 だが世界は続き、彼女のいない世界線が描かれていく。


 大介がいなくても、直史がいなくても、野球は消えないし世界は続いていく。

 ただその欠けた未来は、二人が存在するよりも、ずっと退屈なものになるだろう。

 歯車にも性能があるように、代役のある舞台でもその役者の力量で、物語は変わっていく。

 具体的には感動の度合いが下がる。

 大介が一方的にホームランを打つ姿は、いずれ飽きられてしまうであろう。


 とにかくあと二年だ。

 直史の見つけた、肉体の限界とも、脳の限界とも違う、いわば感性の限界。

 これをどこまで伸ばしていけるか。

 肉体の制御は、今までどおり必要になる。

 そして脳が描く、強敵を倒すためのシナリオ。

 それを遂行するためのメンタル。

 今までとはまた違った力が、必要になってくる。


 野球をやめればあまり関係のなさそうな技術である。

 だがそこに成長の余地があれば、達成してみたくはある。

 直史はプロ野球選手であることに興味はないが、ピッチングを極めるなら話は別だ。

 より完璧に近づく。

 上杉とはまた違う、ピッチャーの一つの完成形。

 そこに至る道を、直史は歩んでいくのだ。




 自主トレ期間中から問題ないとは分かっていたが、実際にブルペンで投げても異常は感じない。

 MLBのキャンプの内容では物足らず、直史は勝手にトレーニングをしている。

 樋口は樋口でキャッチャーではなく、バットを持って直史と対したりしている。

 根拠を持つ自信家である樋口は、MLBのピッチャーのボールでも、それほど打つのは難しくないだろうと思っている。

 特に変化球に関しては、直史のボールを捕っているからだ。

 速球ならば自主トレ中に、また去年までのNPBで、武史の球で慣れている。

 あとはMLBのピッチャーの、キャラクターの個性について考えていかないといけない。


 現在のMLBのピッチャーに関して、特徴的なことはフライボール革命への対応だ。

 球数制限が話題になった時代、そこから生まれたのが打ち損じを狙うツーシーム。

 そしてそのツーシームをはじめとする、ムービングファストボールに対応するため、フライボール革命が進歩した。

 OPSの点からも、打率よりも長打が重要となった。

 そして長打を打たせないためには、高めのゾーンにしっかりとストレートを投げることと、カーブが重要になったのだ。


 樋口はカーブ打ちにかんしては、充分すぎる自信がある。

 問題になるかもしれないのは、高めへの速球だ。

 直史にカーブ打ちのバッピを依頼したら、どんなカーブでも打てるようになるだろう。

 対して高めへの球は、まだ完全とは言いがたい。

 現時点ではまだ、バッティングの方はキャンプでは行わない。

 なので直史に、高めのストレートを投げてもらったりする。


 去年の最終戦を、樋口もテレビで見ていた。

 だから何が起こったのかは、おおよそ分かっている。

 直史は確かに、球速の限界を突破した。

 それによって故障し、最初は脇腹を抑えていたのも、肩か肘の深刻な故障を隠すためと思ったものだ。

 実際には体のあちこちが壊れかけ、それが左脇腹に集中したというだけだ。


 そこまでした直史は、球威の増加で大介を打ち取った。

 単なる球速であれば、あの天才が打ち損じるわけがないからだ。

 自主トレ中に樋口は、大介とアレクにMLBでの速球対策について聞いたことがある。

 ただ大介は天才だし、アレクも感覚派で、さほど樋口の参考にはならなかった。

 ただ一つ言えるのは、直史の本気のストレートは、今のMLBのピッチャーの100マイルオーバーよりも、大介にとっては脅威だったということだ。


 このキャンプには現時点で、五人のキャッチャーが呼ばれている。

 ブルペン用には、他にも数人がいるが、メジャー契約されるのは多くてそのうちの三人まで。

 残りはまたマイナーか、トレードに出されるのだろう。

 そして樋口はキャッチャーとしての技術では、他の者には負けないと確信できている。


 少し心配していた、ピッチャーとのコミュニケーション。

 NPBとMLB、日本とアメリカの違いだが、これも特には問題はなさそうだ。

 ただ日本と違ってアメリカでは、よりピッチャーの自己主張が激しいことも確かだ。

 またベンチからの指示、特にピッチングコーチの指示は絶対であるらしい。

 ただし直史を除く。


 仕方のないことなのかもしれないが、ピッチングコーチのオリバーは、直史に心酔してしまっている。

 芸術品を眺めるように、直史のピッチングを眺めるのだ。

 樋口とすれば、まだそれはやりやすい。

 直史が樋口と組むため、当然ながら樋口の立場は強くなる。

 すると他のピッチャーとも、ちゃんと対等に会話が出来るのだ。




 やがて野手陣が合流する前日となる。

 直史は樋口と共に、食事を摂っていた。

 いよいよバッティングを見せることになり、また紅白戦や練習試合が多くなる。

「しかしお前がこのキャンプ、女を連れ込まないのは意外だった」

 直史としては、それは本当に意外なのだ。

 確かに日本での事件直後ではあるが、アメリカには日本以上に、スター選手のおっかけがある。

 樋口はまだアメリカでの実績はないが、それでもメジャー契約をしていれば、寝たがる女はいくらでもいる。


 樋口がそういったものに手を出さなかったのは、妻への貞節を気にしてのものではない。

 少しはそういったものもあったかもしれないが、もっと即物的な理由がある。

「アメリカの女は臭い」

 差別発言ではなく、単に樋口の趣味が、外国人の女にはなかったということだ。

 実際に食生活や衛生習慣の違いから、外国人には性的な魅力を感じない人間はいる。


 意外なことではあったが、樋口は白人系の女性には興味がない。

 また黒人系も興味がない。

 アジア人のくくりならどうかと思うと、中華系はそこそこ魅力を感じるが、朝鮮系や南アジア系はやはり趣味ではないらしい。

 人種でそんなに変わるのか?とは直史も思うが、実際に彼も性的な懊悩に苦しんでいた中学生時代など、海外ポルノには興味がなかった。


 そのあたりはアレクの方が、よほど見境はないらしい。

 もっともアレクはアレクで陽気なラテンの血を引いているので、それも関係しているのだろうが。

「今年もシーズンは四月に入ってからか」

「そうだな。ただオープン戦も後半になれば、フランチャイズに戻って試合をするんだが」

 その中でどんどんと、選手は選別されていく。

 最終的に残るのが、26人というわけだ。


 分かってはいたことだが、樋口は少し不思議に思う。

 MLBはNPBよりも、ロースターの人数が少ない。

 ベンチ入りメンバーは同じなのだが、それは先発ローテの人間を、前日と翌日には入れないことで調整している。

 MLBもピッチャーの球数管理は厳密に行っているのだから、このあたりは日本の真似をしてもいいだろうに。

「MLBもピンキリだからな」

 直史の言葉の通り、樋口もそれは感じている。

 MLBのピッチャーとはいっても、ビハインド展開の時などに使うピッチャーは、日本のピッチャーと比べても、たいして強力なわけではない。

 イニングイーターのピッチャーは、MLBではより必要になるのだ。


 市場規模が大きく、世界中から選手が集まると言っても、MLBはチームが30もある。

 日本の二倍以上のチーム数の中で、本当に使えるピッチャーを集めるのは難しい。

 マイナーの中にもメジャーで通用するような選手が埋もれているが、それをどうして使わないのか。

 そのあたりはMLBの、世知辛いFA事情がある。


 敗戦処理用のイニングイーターの代わりに、有望なマイナー選手をメジャーで上げると、それだけFAになるのが早くなるため、マイナーで飼い殺しになるのだ。

 もちろんマイナー選手のドラフトもあるMLBでは、それも計算に入れた上で、マイナーで育成をしているのだが。

 直史から見るとMLBの選手は、日本人や他のプロリーグがある国の選手なら、いきなりMLBに来るべきではない。

 まずはNPBなりで実績を残し、即メジャー扱いの年齢かキャリアに達してから、MLB移籍を考えるべきなのだ。

 マイナーとメジャーの間の年俸格差は大きく、またメジャーでもFA権を持っているかどうかで、年俸は全く変わってくる。 

 アレクなどはMLBに25歳で来ているが、年報はいきなり日本円換算で10億オーバーの、しかも複数年契約であった。

 大介の方が実はアレクよりも安かったのだが、その代わりにインセンティブが大きく、結果的には大介の方が一年目に稼いだ金は多い。


 樋口がするのは、NPBであったらどんなピッチャーでも、身につけている基本をないがしろにしているピッチャー。

 ただのボールの威力だけで上がってくるピッチャーというのも、それなりにいるのだ。

「そういうやつはバットで粉砕して、通用しないと証明しないといけないわけか」

「そういうことだな」

 今年のアナハイムの投手陣を見る限り、樋口が攻略できないピッチャーはいないだろう。

 それこそスターンバックなどのローテ陣を含めても。


 大介とはまた違った理由であるが、ほとぼりを冷ますためにアメリカにやってきた樋口。

 本当に将来的なことを考えるなら、ニューヨークなどにいたほうが良かった。

 ただし西海岸は、人種差別が比較的少なく、日本人の居住者も多い。

 その中で自分の存在感を出したいと、政治的に考える男が樋口である。

「35歳ぐらいまでかな」

 樋口もまた、そのぐらいの年齢までを、野球で稼ぐつもりでいる。

 彼にとってもまた、野球は手段に過ぎないのだ。

「MLBは別に、技術レベル的にはそれほどNPBと隔絶しているわけじゃない。ただ日程のタフさだけは間違いなく厳しいな」

 直史はそういうが、それは直史が、NPBの中でも他の選手とは、能力が隔絶していたからである。

 それに対すれば樋口は、まだしも常識的な範囲の能力だ。


 盗塁が少なくなっている現在のMLBでは、キャッチャーもピッチャーも、持っている技術がNPBとは違う。

 重要度というか優先順位が違うからだ。

 盗塁を殺すのも上手かった樋口が、どういったプレイをすればいいのか。

 それを学んでいくのが、ここからのスプリングトレーニングになるだろう。

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