第70話 追憶
年が明けて三が日が過ぎると、直史はそろそろ渡航の準備に入る。
今年もまたフロリダにある大介の別荘で、自主トレ開始という次第だ。
参加者は直史に大介、そして今年からMLB移籍が決まった武史と樋口。
そして珍しくもアレクが一緒である。
アレクの場合はオフシーズンは、ブラジルに戻ることが多い。
当たり前のことだがブラジルは南半球の赤道沿いなので――と言っても国土は広大だが――単に暖かいところでトレーニングをするなら、フロリダに向かう必要はない。
ただ無事にアナハイムに移籍してきたアレクとしては、レベルの高いプレイヤーと一緒にトレーニングをすることを望んでいた。
ブラジルの女の子にまとわりつかれて困っていたわけではないだろう。樋口ではないのだし。
去年の人選に比べると、上杉が外れてアレクが入ったことになる。
もっとも上杉と違ってアレクは、家族は連れてきていないが。
結婚はまだ考えていないらしい。
アメリカのシステムの中で結婚することを、かなりのリスクだと捉えている。
ラテン系に対する偏見になるかもしれないが、アレクもこれで多情な男なのだ。
下手に結婚すると、不誠実さを指摘されることになるだろう。
アレクは相手も縛らない人間なので、オープンマリッジなどをすれば、それなりに上手くいくのかもしれない。
ただアレクもパートナーとの信頼関係を築いている夫婦の姿を見ていると、結婚も悪いものではないなと思うのだ。
子供たちと遊ぶのは、それなりに楽しい。
アレクの実家では兄妹が結婚していて、多くの甥や姪がいる。
ただ親としてではなく、それぐらいの立ち位置で可愛がるのが、いい感じなのかもしれない。
大介のように妻が二人もいるのは、さすがに例外であろうが。
ただ一夫多妻というのは経済的な事情が許すなら、むしろ安定している気もする。
何かを支えるときは、三脚が安定するのと同じで。
もっともこれはツインズが双子だからという、かなり珍しい関係があるからとも言える。
妻をたくさん作るならブラジルだな、とアレクは判断した。
アメリカの場合は結婚などすると、離婚の時の慰謝料が莫大になる。
アレクは女性をトロフィーのように考える人間ではないため、そのステータスなどには興味がない。
しかしアメリカには余計な知恵をつける弁護士がいるため、そういった美人なだけの普通の女性と組んで、子供も慰謝料も養育費もたっぷり、という例が多いらしい。
これは彼自身がメジャーリーガーの同僚から聞いた話で、ちょっとブラジルの価値観に日本人的感覚をちょびっと持つアレクには、どうにも理解しがたい。
浮気性と言うなら樋口はどうなのかな、とアレクは考える。
さすがに本人に聞くのはアレなので、相棒として組むのが長かった直史にそれとなく聞いてみる。
直史の素人判断では、樋口は一種のセックス依存症だ。
精神的なトラウマを、肉体関係を結ぶことによってカバーしているのだ。
もちろんそれを面と向かっては言わない。
これまでの樋口はそれで、どうにかなってきたからだ。
だが直史は本来なら、カウンセリングを受けるべきだろうな、とは考えている。
自分もそれなりにトラウマはあるが、瑞希との関係によって、客観的に見ても独占欲の強い男程度でいられる。
樋口は独占欲が強く、妻に対して支配的だが同時に溺れてもいて、それでいて他にもセックスパートナーが必要であるのだ。
今までは事件にならなかったから良かっただけで、実害が出た今こそ、本当は改善するべきなのだ。
環境が変わったことは、樋口にとっても悪いことばかりではない。
アメリカのメンタルクリニックは、日本よりも発達している。
それだけメンタルに問題のある人間が、顕在化していたからでもあるが。
ピッチャーが二人にキャッチャー、内野、外野と一通りはそろっている。
世界的に見てもトップクラスのプレイヤーが五人。
そして出産のダメージからもう回復している桜が、それに混じっていたりする。
この時期のフロリダは、シーズンオフだからこそ逆に、温暖だからと野球をやりに来ている集団がいる。
また中米や南米では、冬場にこそ行われるリーグがある。
これは南半球のオーストラリアなどでも同じだ。
自主トレにおいては、調整を主眼とするものと、さらなるパワーアップを狙う者がいる。
樋口と武史は、MLBの流儀の知識を獲得せんと、色々と話すことが多かった。
大介とアレクは調整で、さらなるパワーアップを求めるのは、直史が一番となる。
昨シーズンのワールドシリーズで、力と技の対決では、技を見切られた時に、急に不利になることが分かっている。
最後に力勝負、というのはさすがに大介も予想外であったが。
初見殺しを何枚も用意するか、それともフィジカルの底上げを行うか。
ただ下手にパワーをつけると、しなやかさを失うことになる。
大事なことは速いボールを投げることではなく、打ちにくいボールを投げることだ。
それはもちろん、スピードも含まれるが。
技術の初見殺しは、そうそうもう生み出せるわけではない。
ただ樋口が来た以上、駆け引きの初見殺しは生み出せるのではないか。
もちろんど真ん中にゆるいストレートなどという、あまりにもアレなことはそうそう出来ないだろう。
だが直史と樋口の外道コンビは、マイナスとマイナスが掛け合ってプラスになる。
いくらなんでもそれはないだろう、という選択肢を、ルールにのっとって平気で選んでしまう。
坂本のようなサイコパスと違い、二人は確信犯であった。
去年アレクは、ボストンとの試合でわずかながら、上杉と対決している。
そして思ったのだが、NPB時代に比べればまだしも、どうにかなりそうだというものであった。
もちろん結局、点は取れていない。
だが上手く当てて転がして、そして内野安打を打っている。
今の武史は、アレクにとっては上杉よりも撃ちにくいピッチャーになっている。
左バッター相手に大きく変化する、ナックルカーブを持っているからだ。
球速はおよそ105マイルで、MAXは上杉に近い。
ただそう考えると、衰えてあれか、と上杉のポテンシャルには今さらながら驚く。
球速が169km/h。
直史が相手でも、どうにかヒット程度にすることは出来るアレクだが、武史の球速はそういった限界を超えている。
それに同じ本格派ピッチャーではあるが、武史は上杉に勝っているところがないではない。
一つにはナックルカーブ。上杉は大きな変化球を持っていない。
一つにはサウスポー。聞くところによると体感で2~3km/h速いと感じる者もいるらしい。
そしてストレートの回転軸によつ、ホップ成分だ。
武史のホップ成分は、上杉よりわずかだが高い。
武史がMLBにおいてまず慣れないといけないのは、その登板間隔だ。
メトロズも中五日でピッチャーは投げており、その運用は過酷というほどではない。
武史は中六日で投げていたが、その分球数は多めに投げていた。
もっともその部分が、武史の序盤の弱点になるかもしれないが。
武史は肩が暖まるのに時間がかかる。
だがギアを上げる前の段階でも、かなりの三振を奪う能力は持っている。
ブルペンで仕上げるのと、試合で仕上げるのでは、かかる球数が違う。
そして一試合の球数は、おおよそ150球がフルで投げられる限界だ。
中五日にすることによって、負担はどれぐらいかかるのか、ちゃんと回復しきるのか。
やはり具体的には、早いイニングからより高いギアで投げられるようになり、球数を減らすこと。
それによって回復まで、中五日でも充分になると思うのだ。
しかし武史は、本当にもうこれ以上伸び代がないのか、と樋口は疑問に感じている。
早稲谷大学時代から、武史は直史と共に、一年の春からダブルエースの一人になった。
リーグ戦では四年間で、パーフェクト二回にノーヒットノーランを九回達成している。
また三振を奪っていくスタイルではあるが、マダックスも数度記録している。
出場した試合の数が違うが、六大学リーグの奪三振記録を大幅に更新した。
10年に一人のピッチャーが、この数年の間に集中した奇跡の時代。
世界の野球の歴史に残ることだろう。
樋口は思考する。今年のシーズンの行方を。
アナハイムは坂本が抜けたことが、直史以外のピッチャーにどう影響するか。
ただアレクというリードオフマンを手に入れたことで、全体的な戦力は上昇しているはずだ。
対してメトロズは、その連覇を妨げたアナハイムから、坂本を獲得した。
坂本がメトロズのピッチャーと、そして武史を上手くリード出来るなら、戦力の上昇はアナハイムを上回るかもしれない。
ア・リーグ西地区は、テキサスからアレクが抜けたことで、よりオークランドとテキサスの戦力低下が激しいだろう。
ヒューストンとシアトルは、それなりに戦力補強をしている。
テキサスとオークランドは、まだチーム解体をなしきっていない。
ナ・リーグ東地区は、メトロズがそのまま強いかは微妙なところだ。
上杉を獲得するため、プロスペクトをボストンに放出している。
そのボストンは故障者の復帰と若手の台頭で、今年はア・リーグの東地区では有力なのではないかと言われている。
ただメトロズは坂本を結局取ったし、武史も獲得している。
かなり金を出して、チームを補強しているのだ。
樋口は知識としては知ってたが、このMLBのシーズンオフでのチーム補強は、NPBよりもずっと大きいものだ。
NPBのトレンドはもうずいぶんと前から、ドラフトと育成に偏っている。
一時期は選手流出で困っていたジャガースが、またも復権したのが10年ほど前から。
ただ今はまた、上杉正也はFAで移籍し、アレクや蓮池はポスティングと、育成が戦力離脱に追いつかない状況になっている。
その蓮池は結局、ア・リーグ西地区でアナハイムと同じ、ヒューストンへの移籍が決まった。
ヒューストンは二年前にはワールドシリーズに出場し、メトロズとワールドチャンピオンを争った。
アナハイムとの試合と違い、全ての試合がそこそこ点の取り合いとなった。
去年は同地区のアナハイムのあおりを食らったが、それでもポストシーズンに進出することは出来た。
アナハイムがさほど戦力を落とさないどころか、おそらく増強する今年、どうにかシアトルの上に行く必要はあるのだ。
今年のアナハイムは、アレクに樋口と巧打者が多くなっている。
あとは先発ローテがもう少し強くなればとも思うが、それは贅沢すぎるだろう。
リリーフはそこそこ、そして主力の攻撃陣が変わらない。
坂本のような小手先の技術で出し抜く選手がいないのは、少しだけ懸念点になるかもしれない。
一緒に自主トレをしながらも、直史と樋口、そしてアレクの三人で、左打者対策を考える。
別に直史は、左打者が苦手なピッチャーではないが、大介対策は左対策にもなるのだ。
大介だけではなく一般的に左バッターが苦手なのは、サウスポーによるスライド変化のボールである。
右の直史はどうしても、真田のような鋭いスライダーは投げられない。
そもそもリリースのポジションが全く違うのだ。
シンカーで出来ないか、と考えたことはある。
だがやはりリリースしたポジションから、変化していくスピードが、左のスライダーほどにはない。
ツーシームの変化はもっと小さいので、アウトローを攻めるようにしか使えない。
今のままの直史でも、普通に他のバッターなら抑えられる。
大介だけが別格なのである。
これまでの対戦経験から、また高校時代には最も身近な強打者であったことから、大介の特徴自体は分かっている。
フライを打つというアッパースイングが主流の時代で、大介はレベルスイングだ。
だがもちろん、ボールが空気抵抗で落ちてくることを計算し、ほんのわずかにアッパースイングの成分はある。
単打、あるいはホームラン未満に抑えるには、基本的にはワールドシリーズで直史がしたように、落ちる球を使えばいい。
もっとも単に落ちる球だと、大介はゴルフスイングをして、スタンドに運んでしまうのだが。
バットの下で打つような、そんな打球にしなければいけない。
ただこれだけでは、内野の間を抜いていくヒットにはなる。
状況によってはそのヒットが、サヨナラになる可能性もある。
もう一つの攻略法が、直史が前年に最後の打席で使った、極めて単純な方法だ。
相手の想定以上の球威で攻める。
その結果がセンターフライであったが、あれだけはボールの下を、バットが叩いていたのだ。
今後の大介との対決では、沈む球と伸びる球を、上手く組み合わせて対戦していく必要がある。
割合的にはもちろん、沈む球を多めだ。
ホップ成分の多いボールは、下手に読まれると確実に放り込まれる。
それを防ぐには、高めのストレート。
基本的に高めに浮いた球は、強く打たれて痛いことになる。
だが最初から高めを意識して投げれば、ちゃんと指にかかってスピンがかかっていくのだ。
あとはスルーの進化だ。
ジャイロボールであるスルーの概念は、基本的にはスライダーと似ている。
回転軸が進行方向にまっすぐだと、そのまま減速せずに沈みながら伸びる。
この回転軸を意識的に、わずかに変化させたらどうなるか。
実際に試したところ、ただのスライダー系の球にしかならなかった。
だがスライダーではなく、カットボールの鋭く小さく速く変化するボールにはなる。
MLBにおいて速いツーシームを手に入れた直史だが、逆報告に似た変化をするボールがあれば、より効果的になるだろう。
直史は基本的に、三振を奪いたいピッチャーではない。
少しでも球数を減らして、少しでも楽に勝ちたいピッチャーなのだ。
このボールの効果については、アレクに体験してもらった。
基本的にアレクは、悪球であっても打てるものなら打ってしまう。
そこが似た成績ではあるが織田とは違う部分であり、バッティングのタイプは違うが大介と似ている部分である。
大介が必死になって達成しているシーズン200本安打を、アレクはかなり簡単に達成する。
それは一番バッターになることによって、前にランナーがいない状態で打席が回ってくるのと、あとはバットコントロールが上手いからだ。
なのに初回先頭打者ホームランもやってしまうので、対戦するピッチャーとしては相当に厄介だ。
そのアレクに、このカットボールは効果的であった。
ツーシームならば地面に叩きつけて左に打ち、内野安打にもしてしまうアレクである。
だが懐に突き刺さるボールは、地面に叩きつけても、それほど大きなバウンドはしない。
そしてファーストに送られるボールは速いため、内野安打になりにくいのだ。
武史はそのストレートよりもまず、ナックルカーブを磨いていた。
唯一持っている、大きく曲がる球種は、武史の生命線になるかもしれない。
これからは敵同士になるとは言っても、メトロズとアナハイムが対戦するのは、ワールドシリーズとなる。
それを思えばそうそう、相手に協力しないという選択肢はないのだ。
武史のストレートは、確かにMLBでも通用すると、直史も大介も保証している。
だがやはり問題は、立ち上がりなのだ。
肩が暖まるまでの間、緩急と変化球をそれなりに多めに使う必要がある。
ナックルカーブと、高速チェンジアップだ。
あとはカットボールとツーシームが、武史の持ち球だ。
肘への負担を考えて、スプリットなどは遣わない。そもそもチェンジアップがあるので充分だろう。
正直なところ球速だけで、MLBのバッターでも多くは打ち取れる。
だがやはり、ストレートに強いのは、MLBのバッターだ。
日本と違ってアメリカは、技術の研鑽よりもフィジカルを重視する。
これは日本がフィジカルを軽視するとか、アメリカでは技術がないがしろだとか、そういう話ではない。
単純にアメリカでは、最初からスペックの優れた選手に、技術を教えていくからだ。
日本ではこれに対して、フィジカルでは上回る相手にも、技術や駆け引きで対抗しようとする。
結果的にはアメリカの方が、総合的に化け物の選手が多くなる。
直史のような技術とメンタル偏重は、かなり珍しい存在なのだ。
武史もまた、故障には強い選手だ。
純粋にピッチングによる故障というのは、結果的にだが経験したことがない。
だからといって体に負荷のかかるボールを、身につけようとは思わない。
ただでさえサウスポーということで、野球においては有利なのだ。
もし武史に伸び代があるとしたら、それはメンタルや駆け引きによるものだ。
こんな怪物たちの間で、樋口はMLBの流儀に慣れるような学習をしていた。
基本的に樋口は、頭脳派の選手である。
もっともそれだけで30本のホームランと、30本の盗塁を記録できるはずもない。
キャッチャーでこの身体能力というのは、MLBでも相当に珍しい。
またスピードと変化球に対しても、直史と武史がいれば、それに慣れていくことで対応できる。
五人がそれぞれに調整していくと、大介は近隣で合宿をしている大学の野球チームなどに、顔を見せて練習相手を確保してきたりした。
プロアマ協定などないアメリカでは、普通に大学生と練習をしても大丈夫だ。
日本にしてもプロ野球の二軍などは、大学チームとの対戦をしていた。
その中で直史や武史は、二軍レベルならば無双してなぎ倒していたわけだが。
こちらでは二手に分かれて、紅白戦などをしてみたりする。
ただ武史は樋口と組ませないと、キャッチャーがボールを捕れない。
直史の変化球にしても、キャッチャーはボールをこぼすことが多かったが。
メジャーリーガーの頂点レベルと、大学生を比べてはいけない。
それでも力の差は大きく、ちょっと可哀想なことをしてしまったが。
「練習試合はスプリングトレーニングの紅白戦を待つしかないな」
直史の提案に、頷く一同であった。
こんな自主トレの間にも、それぞれはそれぞれのことをやっている。
アレクは適当に遊びに行くし、直史は瑞希の文の監修をして、大介は子供たちと遊ぶ。
絵本を読んであげることは、美咲やツインズが意外と多い。
特に椿は、杖を使えば問題がないとは言っても、今でもまだ左足に麻痺が残る。
瑞希は過去のメモを文章にしながらも、新たにメモすべきことが多くなり、ちょっと途方に暮れていたりもする。
今年のMLBは、まだスプリングトレーニングも始まっていない。
だがこのフロリダの地で、間違いなく始動している。
このノリはあれだ、と瑞希は思った。
高校時代の野球部の、宿泊所での合宿のノリだ。
瑞希は泊まることはなかったが、野球部のマネージャーたちは普通に女子用の宿泊所に泊まっていた。
そして野球部のメンバーは、通学と帰宅の時間を、そのまま練習と勉強の時間にあてていた。
白富東は基本的に、練習時間が短いと思われている。
確かにそれは、部活という点を見るなら、間違いではない。
私立の学校などは野球部は全員寮であり、野球を中心として生活しているのだ。
やりすぎだと思うのと同時に、弱者が強者に勝つには、それぐらいのことも必要なのだと瑞希は思う。
なにしろそのやりすぎているのが、絶対の強者なのだから。
ここ数年の白富東は、甲子園に出られていない。
それはもう、ピッチャーの確保が足りていないのと、ピッチャーの育成が間に合っていないからである。
やはり野球は、その一試合を左右するのは、ピッチャーの役割が一番大きい。
トーナメントの高校野球であれば、よりそれは当たり前の話になってくる。
プロの世界は、負けても終わりではない。
興行なのだから、負けて終わってしまうわけにはいかない。
引退しない限りは、来年も物語は続いていく。
そのあたりやはり、熱量が足りないと瑞希は感じる。
進学に有利だとか、プロを目指すとかいう利益はあるが、プロとは違って成績で収入を得るわけではない。
過ぎ去って初めて分かる。
高校野球は短いから、チャンスが少ないからこそ、その儚さに魅了される人間がいるのだ。
大学野球と違って、高校野球にはよく分からない観客が、二回戦や三回戦から見に来ていた。
後になって瑞希は、そういった人々が完全に無償の、ブログなどを立ち上げているのを確認している。
そもそも自分が記録をして、それを非売品の本にまとめて、出版社から声がかかってしまったのも、高校野球の魅力である。
とても皮肉なことだが、直接的な利益を得られない高校野球において、もっとも金銭を稼ぐことになったのは、瑞希である。
大介はプロに行き、直史は大学で奨学金を得たが、それでも高校卒業時点では、まだ一般人であった。
瑞希は大学の学生の間に、自分で自分の生活を支えられるだけの収入を得ていた。
おかしなものである。
フロリダの大地で、ボールとバットとグラブを使って、走り回る男たち。
その姿は高校時代と、あまり変わらないように思える瑞希であった。
×××
※ 限定ノート公開しております。中編です。
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